荒野の番犬   作:ジャック伍長

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第九章 Chain Reaction

「包帯が足りねえぞ!」

「こっちに担架回せ!」

そんな怒号が飛び交っている。アレシマ飛行場は戦時のような状態になっていた。あの巨大飛行船のもたらした被害は甚大だ。特にアレシマの飛行隊は大多数があの爆発で吹き飛ばされている。あれだけの数がいたアレシマの飛燕は離陸した半数程度しか帰って来ていなかった。戻ってこれた機体も無事なのはごく僅かでほとんどは何処かしら損傷している。救助者を乗せた機体を着陸させては次の救助機を離陸させ、合間合間で余裕のない防空隊を降ろす。管制塔にとっては悪夢の様な忙しさだろう。

残燃料の少なかった俺とピクシーは隙を見て着陸させて貰えていた。羽衣丸の側までタキシングして待機していたナツオ班長に引渡し今は担架の搬送を手伝っていた。

「重傷者は担架に乗せて救護班テントへ!軽傷者はその場で手当てを待て!無傷の者は担架を運ぶのを手伝ってくれ!遺体はA格納庫へ!!」

アレシマ警備隊の空港警備班がエンジン音にかき消されない様大声で指示を叫ぶ。救護班テントにピクシーと担架を運び終わりシートの上で救護を受ける者たち眺めた。

「酷いもんだ…キャンプに迫撃砲弾が降ってきたときの事を思い出すよ」

俺の呟きにピクシーが反応する。

「ヴァレーに来る前の話か?」

「もっと前だ。孤児院を出て傭兵になりたて…18の頃だったか」

昔話を語りながらテントを出て空を見上げると見知った塗装の機体が二機滑走路に降りてくるのが見えた。主翼を赤く染めた九六式艦戦、アカツバメ隊の機体だ。左右にフラつき彼らの機体が片輪ずつ接地する。あの戦いの後ではああなるのも無理はないだろう。

誘導路を移動して救護班の邪魔にならない位置に彼らが機体を駐機させた。パイロットが降りると胴体のハッチを開けてそこに乗っていた奴に肩を貸しながら機体から降ろした。隊長のデトが隊員の肩に支えられながら脚を引きずって歩いている。

「生きてたか、着地の時に脚でも折ったか?」

彼らに近づいて尋ねるとデトが脚の痛みに顔を顰めながら言った。

「サイファー。折れてはないよ、少し捻っただけさ…っ…つう…」

「痛そうなことに変わりは無さそうだ。救護テントはあっちだぞ」

テントの場所を聞くとデトは分かったと言うように片手を上げて仲間に寄りかかりながら救護班の元へと歩いて行った。

デトをテントへ見送ってすぐに俺の上を6機の隼が通過した。

「お、降りてくるな」

コトブキ飛行隊の隼が綺麗に編隊を組んだままトラフィックパターンに入っていく。ぐるりと滑走路上空を周り滑走路に正対しゆっくりと隼が滑走路に降りてくる。デト達とは違いあの激戦の後でも姿勢の乱れない綺麗な三点着陸で大地に機体を接地させた。こればっかりは経験の差が大きく出る。

俺たちがアカツバメ隊の機体を止めた場所から戻ってくると彼女達も俺たちと同じように羽衣丸の元へと機体を移動させて整備班へと引き渡してる最中だった。少し近づいたところでレオナが歩いてくる俺たちに気づいた。

「二人とも怪我はないか?」

「俺たちは無事だ。さっきは助かったよ、俺たちだけじゃアレを止めきれなかった」

「そちらが敵の気を引いてくれてたおかげだ。それにチカが世話になった」

「良いんだ、それにしてもあの紅い隼なんだったんだろうな」

俺が隼の話題を出すとキリエが会話に混ざってきた。珍しく神妙そうな顔で俯きながらキリエが言った。

「あの技、ナオミそっくりだった。前に受けた時とタイミングも殆ど同じだったし…」

「そのナオミって奴は隼乗りなのか?」

ピクシーがキリエに尋ねると彼女が顔を上げて言った。

「違うよ。ナオミは零戦乗り、しかも三二型」

「キリエは何度もコテンパンにやられてるから飛び方身にしみてるもんね〜」

「そんなにコテンパンにはされてないし!!」

キリエの後ろからチカがやってきていつものようにキリエを揶揄った。当然のようにキリエが食ってかかり、チカの頬をつねろうと手を上げる。いつもの光景だ。そしてその姿をレオナが咳払いしながら睨みつけ制止する。これまたいつもの光景だ。彼女ら二人が喧嘩を止めるとレオナが改めて言った。

「詳しい話はまた後にしよう。今は彼らに手を貸すのが先決だ」

「だな。じゃあ俺たちは先行ってる」

「ああ、また後で」

振り返りピクシーと共に再び救護テントの方に向かう。空を見ればだいぶ空が静かになっているのが見えた。

 

数時間後、すっかり陽は落ち、あれだけ人と飛行機のひしめき合っていた飛行場は普段通り、いや何時も以上に静かだった。重傷患者は順次病院へ送られて治療を受けている。そんな飛行場の格納庫だけは未だに人気が多かった。並べられているのは袋に包まれ動かなくなった骸だった。その側には妻、子供あるいは親が立ち尽くすなり泣き崩れるなりしていた。

死んでしまった以上は幸運も何もないだろうが、朝出て行ってそのまま帰らず亡骸も見つからないという事の多いこの世界では亡骸の近くでああやって家族が泣くというのはまだ多少運のある方なのだろう。

「やっぱりつらいな…ああいうのを見るのは」

羽衣丸の外でタバコを咥え格納庫を眺めながら俺は一人ボヤいた。途中まで俺に付き合っていたピクシーは疲れたから寝ると言って部屋へ戻っていた。ドライな奴を気取ってるが本心は感傷的なのでこれ以上見ていられなかったのだろう。

「……」

紫煙を浴びながら頭の中ではあの巨大飛行船、『オオトリ』の事を考えていた。船体自体はこの世界でも作れるかもしれないが、あの船首の巨大な砲とそこから撃ち出される砲弾は艦砲に関する知識のほとんどないこの世界の技術のみでは作り上げるのは無理だろう。この世界でそんな事をできるとすればグラオヴェスペ隊が乗っていたBf109を作った『グランダーIG』くらいしかない。だがなぜベルカ人と元ベルカの兵器製造会社がこの世界に関わりを持ち自白連を支援しているのかが分からない。この世界で暗躍して奴らにはなんの得があるのだろうか。一体何を企んでいるのだろうか。

「……ふぅ」

考え込んでいるうちに燃え進んだタバコの灰が重みで落下した。落ちる灰を目で追うと視線の端に人影が見えた。近くの木箱に置いた灰皿に短くなったタバコを押しつけて消した瞬間、人影が俺の名を呼んだ。

「サイファー、ここにいたのか」

いつもどおりの凛とした声。レオナだった。

「レオナか。どうした?何か用事か?」

彼女の名を呼び尋ねると彼女はすぐに答えた。

「ああ、マダムから連絡だ。明日の朝9時に社長室まで来て欲しいとのことだ」

「了解。ありがとうよ」

彼女の方に顔を向け短く礼を言う。だがそこからが問題だった。今までと違いまるで会話が続かなかった。昨晩の一件のせいか今までできていたレオナとの会話が進まない。わずかな時間でぎこちない空気になってしまっていた。

「…」

「…」

何かを話すことを待ったまま沈黙が続く。なんでもいいから会話を続けようととりあえず彼女の体調を聞いてみることにした。

「ところでレオナは怪我はないか?」

「え、ああ…」

「…頭の傷はもうだいぶ良いのか?」

「ああ、塞がってる…」

なんとか会話を続けようとするが二往復で精一杯だった。頭の中から今日の敵の事はすっかり消えて今は彼女とどう会話をつなげるかということばかりを考えている。

「…」

「…」

再び二人で無言で佇む時間が続く。意を決して俺はレオナに向き直した。

「レオナ、昨日は……その…すまなかった。急にあんな方法で告白をしてしまって…」

「……」

謝る俺を見たままレオナは黙っていた。俺が言葉を続ける。

「自分の勇気の無さを言い訳にしてあんな事を…」

その言葉を聞いて少ししてレオナが微笑んで俺を見て言った。

「良いんだ。……ただアレは流石に突然すぎて驚かされた」

「本当にすまない…」

謝る俺から目を逸らして顔を赤くしながらレオナが言った。

「だが私もその…驚きはしたが悪い気はしなかった。あの砂嵐の中で助けられた時から…私も似た気持ちだったのかもしれない」

「レオナ……」

「だから私もサイファーと………そういう関係になる事は……嫌ではない…」

最後の最後にこちらを向き俺の目を見つめるレオナはとても素敵だった。見惚れて声も出ず瞳に吸い込まれそうだ。

「…ありがとう」

「まあお互いこういう事には不慣れなんだ。ゆっくり進めて行こう」

彼女の言葉を聞き嬉しくなり急にあんな事をしたのを謝ったばかりだというのに身体が動き彼女を抱きしめてしまった。抱きしめた彼女は動かずにまた驚いたように言った。

「ゆ、ゆっくり進めようと言ったばかりだろう」

「俺の世界じゃハグくらいは普通なんだ」

「はぁ……郷に入れば郷に従えというユーハングの諺もあるぞ」

そう言いつつもレオナは自分に抱きつく俺の背に手を回し抱き返してくれた。髪から香る彼女の匂いが鼻をくすぐる。とても幸せだった。

その時、羽衣丸の方から物音が聞こえた。抱き合ったまま二人で物音の方向を見ると羽衣丸のゴンドラの窓からキリエとチカが口を開けて見ていた。それを見たレオナが咄嗟に俺の胸を突き飛ばし身体を離す。抱き合う姿を見られたからかその顔が余計赤くなっていた。先ほどまで唖然と見ていたキリエとチカがニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。そして誰かにこの事を伝えんとばかりに奥へと移動し始めた。たまらずレオナもその後を追おうと羽衣丸の方へと向かった。向かいながらレオナが顔をこちらに向け言った。

「明日朝9時だ!忘れるなよ!キリエ!チカ!待て!」

用件をもう一度言いレオナが二人を追って行く。俺は一人で佇み手に残った彼女の感触の余韻に浸っていた。

「PJ…こういうのっていいもんだな」

夜空を見上げ空に散ったもう一人の僚機の名前を呼んだ。今こそまさにあいつと語り合いたかった。

 

色々あった日から一夜明けた。流石に疲労が抜けきらず溜息が出る。サルーンで軽い朝食を済ませマダムの元へ行く準備を整える。

朝食を食べてる間キリエとチカが昨日と同じようにうっすら笑みを浮かべながらこちらを見ていた。エンマやケイトが無反応なところを見るとレオナはなんとかあの二人の口止めに成功したらしい。レオナの相棒であるザラ昨晩何かあったことに気づいてるような視線でこちらを見ていた。

羽衣丸の社長室前で一度深呼吸をし扉をノックすると中から入ってという声が聞こえた。

「失礼します」

扉を開けると中でマダムが煙管を片手に自分のデスクに着いていた。口から煙を吐き出し残ったタバコの灰を落として煙管を置くと俺の目を見てマダムが言った。

「早速だけど本題に入るわね。あなたと相方に仕事の依頼が入ってるわ」

「私とピクシーにですか?」

「ええ、アレシマ市からイヅルマ方面への調査の依頼よ」

「市からの依頼でイヅルマへの調査?」

行ったことはないが名前は聞いたことのある都市だ。この世界でもかなり裕福な都市で飛行船建造で発展していった都市だ。だがアレシマが俺達二人にイヅルマ行きを依頼する理由は分からなかった。

「昨日の襲撃でアレシマ飛行警備隊は大きな損害を受けたわ。その損害の復旧が済むまでの間、飛行隊の手を貸してほしいという話、報酬も相場の倍出すそうよ」

「その間コトブキと羽衣丸は?」

「彼女達にも依頼が来てるわ。どちらも引き受けた場合その間停泊する羽衣丸の費用も市が負担する」

報酬を倍出した上に停泊中の費用も持つ。大都市だけあってやる事は派手だ。俺は依頼の中身についてマダムに尋ねた。

「調査という事ですが何を調べるんですか?」

「あなた達が対峙した飛行船の行方よ」

「アレを探せと…」

骨が折れそうな依頼だ。そう思ったときマダムが続けて言った。

「コトブキとあなた達の攻撃でアレは撤退に踏み切った。損傷はかなりの筈よ。アレシマ側はその修復前に確保もしくは破壊したいそうよ」

「それでわざわざ人を借りてまで探すと」

確かにあの化け物を潰すのであれば叩けるうちに叩いておいた方がいいだろう。地上にあるうちに確保できればそれだけでも被害は減る。

「場合によっては危険な状況になるわ。無理に受けろとは向こうも言ってないし私も言う気はない。しっかり考えて決めなさい」

マダムはそう言って再び煙管に葉を詰めて火をつけた。考えて決めろと言われたが俺の腹は決まっている。俺たちの世界の技術が使われているであろう兵器の調査を他人に任せるつもりは無かった。

「引き受けます」

 

アレシマ側からマダムが預かっていた契約書類にサインをして社長室を後にした。今回の仕事でグランダーIGやらベルカ人パイロットやらの情報も掴めればなおいいのだが。

ピクシーにこの事を伝えようと自室に戻ると彼はベッドに寝転がりながら本を読んでいた。彼が戻ってきた俺に気づき本を閉じる。

「よう戻ったか。何処行ってたんだ。……あの隊長と密会か?」

「今日は朝飯食ったとき以外会ってない」

「ほう、『今日は』ね。昨日の晩、俺が戻った後何かあったか?」

悪そうな笑みを浮かべながらベッドから彼が起き上がった。俺はそれを無視して仕事の事を話し始める。

「仕事を受けた。イヅルマ方面へあの化け物飛行船を探しに行くぞ。発進は一時間後だ」

「了解、準備しておく」

特に文句を言うこともなくピクシーが持ち物をまとめ始める。仕事に関しては相変わらずきっちりしてるやつだ。ここまでプライベートの事を茶化してくるのだけは予想外だったが。向こうで使うものを一通りバッグに準備しピクシーと外に駐機してある機体へと向かう。

外ではすでにナツオ班長と整備班たちの手で機体の始動前準備が行われていた。機体に近づくとこちらに気づいたナツオ班長が近づいて来て機体の注意点を教えてくれた。

「お前らはイヅルマ行きらしいな。結構な距離を飛ぶから増槽を着けておいた。いつもより重いから注意しろよ」

「了解、ありがとう班長」

一通り機体の外見チェックをした後、翼の上へと上がりシートの後ろにバッグを放り込み座ろうと機体の中に入ると俺の機体の側にレオナが近づいてきた。

「あの飛行船を探すそうだな。分かってるとは思うがあれは相当危険だ」

機上にいる俺の方を向きながらレオナが言った。

「ああ分かってるよ。ちゃんと生きて帰ってくるからそっちも気を付けてな」

そう返すと彼女は機体の側から離れて行った。それを確認して機体のシートに座る。こうして女性に心配されるというのはなんだか悪い気分ではなかった。緩む顔とベルトを締めて機体の動翼チェックをしエンジンを始動する。レシプロ戦闘機のエンジン音にももうだいぶ慣れてきたが同時にF-15のターボファンの音も恋しくなってきていた。

<<各部異常なし ピクシーそっちはどうだ?>>

<<こちらも異常なし いつでも上がれる>>

整備班へとチョークを払う様に手で指示を出す。チョークが払われ滑走路へ向けてタキシングを始める。班長の側で見ていたレオナに手で『じゃあな』と合図を送ると彼女も少し恥ずかしそうにしながら同じように手で合図をしてくれた。

誘導路を移動していくと所々に使えなくなった機体の残骸の山ができているのが見えた。まだあの戦いから24時間経過していないと考えるととてつもなく密度の濃い1日だったと改めて思う。

管制塔から滑走路進入許可を得て滑走路へと進入し機体を停止させる。動翼のチェックをしフラップを展開を確認して管制塔から離陸許可をもらう。

<<よし ピクシー行くぞ>>

<<了解>>

スロットルを徐々に上げ機体を加速させていく。尾輪が上がり水平になった機体がしばらくして空へと浮かび上がる。ナツオ班長が言ったようにドロップタンクを抱えてるからか少々動きが重い。

脚とフラップを格納し飛行場上空を旋回してイヅルマの方角へ機首を向ける。上から見ると残骸の山が一目瞭然だ。正面を向き直し一人でぼやく。

<<さて イヅルマまで何も無ければいいんだが…>>

 

しばらくの間飛行を続けて俺とピクシーは航路のほぼ終わりに当たる空の駅を通過していた。ここを越えればイヅルマまでは後少しだ。そして案の定問題が発生していた。

<<相棒 気づいてるか?>>

ピクシーが俺に尋ねた。

<<後ろの2機のことだろう? 3つ目のウェイポイントを過ぎたあたりからずっと着いてきてるよな>>

後ろを振り返りその機影を再確認する。ここはイヅルマへの主要航路なので近くに別の機がいてもおかしくはない。だが加減速を加えたり何度か意味のない旋回をしても殆ど距離を変えず着いてきているのが怪しいところだった。

<<流石に仕掛ける訳にもいかないしな>>

<<ん? …サイファー その心配はしなくてよさそうだ 10時と1時 二機ずつこちらにきてる>>

ピクシーが言った方向を向き直す。たしかにこちらに向かって飛んできている二機編隊が見えた。高度は向こうの方が若干上だ。

<<合計六機か ピクシー ドロップタンクの残燃料は?>>

<<ほぼ空だ 全力戦闘をしてもイヅルマまでは機内燃料で余裕で届く>>

<<班長に感謝だな>>

スティックとスロットルを握り直しいつ攻撃されてもいいように構える。

<<青い翼と片翼の赤い紫電改 あいつらか>>

<<あれを墜とせば金ががっぽりだ 仕留めるぞ!>>

俺たちの1時方向にいた二機が機首を下げてこちらへ降下を始める。500ydの距離で二機が発砲した。

<< ブレイク!ブレイク!>>

無線で叫びピクシーと左右にブレイクする。それと同時にシートの横にあるドロップタンクの投棄レバーを押し込んでドロップタンクを落とす。ガコンという音と共に機体が少し浮き上がる。攻撃してきた機体がこちらの後方へと飛び抜けていった。

<<ガルム1から2へ 分散して墜とすぞ>>

<<ウィルコ>>

ブレイクしピクシーと別れたまま交戦状態に入る。周囲を見回し飛び抜けていった二機以外の位置を確認する。先程まで後ろにいた奴らはもうすぐこちらに追いついてくるが10時方向にいた奴らはまだこちらに近づくまで時間がかかりそうだった。

スティックを引きスロットルを押し込んで少し機体を右に旋回降下させて加速しながら先程飛び抜けていった二機の後ろに回り込むように機体を操る。この二機は五式戦のようだ。

<<こっちの後ろに青いのが着いた そっちで狙えるか?>>

<<無理だ まだ距離がある>>

周囲を再び確認する。ピクシーはどうやら俺たちを尾行していた二機へと向かったようだ。まだ接近途中の機体への注意は払ったまま目の前の五式戦を狙う。

先ほどの降下で稼いだ速度を使い前を飛ぶ敵機との距離を詰める。500yd程の距離で牽制のために機銃を発射する。ラダーを使い二機に当たるように弾を左右に散らす。曳光弾が何発か敵の横を通り抜けるのが見えた。被弾を警戒した片方の敵機が右に旋回を始めるのを確認し最短ルートで近づくように進路を向ける。距離250yd。多めのリードアングルを取り旋回する敵機の進路へ向け機銃を放つ。曳光弾の軌跡が伸び敵機へと吸い込まれていった。

<<こちらガルム1 敵機撃墜>>

<<くそ!操縦が効かない!!>>

翼から火を吹いた五式戦が荒野へと墜ち始めるのを確認してもう一機へと意識を向ける。

残った五式戦は一度俺から離れるように旋回していた。もちろん逃す気はない。左に機体をロールさせて敵機の背後を追う。向こうは狙いを定めさせないように左右に旋回を繰り返していた。だが焦りからくる荒い操作で速度の低下が著しい。俺は向こうよりは緩い左右の旋回を行い速度を落とさないように照準を合わせつつ接近していく。距離220yd、完全に射程に入った。

<<くそっ!!>>

左への切り返しで敵機がブレイクする。ベルカ戦争の時から何度も見たパターンだ。見飽きている。あらかじめとっておいたリードアングルからさらに角度をつけて敵機の行き先に向けて機銃を放つ。20mm弾が進んだ先で敵機とぶつかり炸裂する。

<<チクショウ!!>>

エンジンと翼から火と煙を上げながら五式戦が大地へと墜ちて行き地面に叩きつけられる。

周囲を確認して次の敵グループを探す。10時方向にいた奴らが1nmのところまで接近してきていた。

<<こちらピクシー 敵機を撃墜>>

その言葉を聞き、ピクシーがいる方角へ目を向けると黒煙が大地へ向かうのが見えた。向こうの一機をピクシーに任せたままもう二機を迎撃する準備を整える。

<<奴らは保たなかったか>>

<<所詮は雇われの空賊だ 我々で仕留める>>

二機の機影がこちらに向けて降下して接近してくる。スロットルを奥まで押し込み先程失った速度を交戦までにできるだけ回復させる。

距離500ydで敵機が編隊を崩さないまま牽制の弾を撃ち込んできた。ラダーとエルロンで横滑りの姿勢を取り、敵の射撃を難しくしながら横滑りの状態からトリガーを引いて機銃を放つ。当たらずとも編隊を崩せればいいと思った一撃だが練度が高いのか奴らは編隊を崩さず向かってきた。そのままお互い被弾することなく敵機とすれ違う。敵の機体は翼に帯状のエンブレムの描かれた茶色い迷彩の疾風だった。このエンブレムの奴がいるなら間違いなく俺たちを狙っての戦闘だろう。

編隊を崩さず降下しながら抜けていった疾風二機を目視しつつ策を練る。再び疾風が機首をこちらに向けて接近する。同じようにこちらも機首を向けて二度目のヘッドオンだ。急速に距離が縮まっていき、レティクル越しに見える疾風の像が大きく映る。再び横滑りさせ降下していく。距離300ydで疾風が機銃を発射し横滑りするこちらの側を曳光弾が掠めていく。距離150ydで横滑りを脱して機体を安定させレティクルに捉えた敵機に向けてトリガーを引いた。黒煙を吹く敵機と交差した時、コクピットの中のパイロットと目が合った。

<<くそっ!ダメだ!>>

交差した黒煙を吹く疾風からパイロットが脱出し、白いパラシュートが開いた。

<<こちらピクシー 敵機撃墜 後はそいつだけのようだな>>

ピクシーが敵機撃墜を報じて俺の方へと戻ってくる。残る一機の疾風からはあまり戦意が感じられなくなっていた。

逃がすべきか仕留めるべきが考えていると北東方向に何かが見えた。目を凝らしてよく見ると戦闘機の編隊だと分かる。

<<……待て 方位045から何機か向かってくる>>

<<6機か 増援だとすれば面倒だな>>

北東方面に注意を向けつつ疾風に目を向ける。接近中の編隊が敵だった場合、合流されると厄介なので墜とす事に決めた。お互い速度を殺さないような旋回をしていた状態から俺が切り込み始める。旋回しつつ降下して加速し敵機と距離を詰めていく。牽制のために敵の進路へ向け一斉射、敵機が逆方向へとロールし切り返す。少し距離を詰めてまた一斉射、次にどう来るかはもう理解できていた。

左へ切り返すロールを途中で止めずに敵がフェイントをかけてそのまま右旋回に入る。予めそれを予測し機首はそこへと向けていた。三度目の斉射で敵機に機銃弾が吸い込まれ、疾風の翼が真っ二つに折れる。制御を失った機体が広い荒野へと墜ちていく。

<<撃墜確認 ガルム1が1機キル>>

<<さて あの6機は敵か味方か>>

北東方面から向かってくる編隊に目を向ける。まともに編隊の組めない空賊も多いこのイジツで綺麗に揃った編隊はかなりの手練れであることの表れだ。スティックを握る手に力が入る。

6機がかなり近づき俺が身構え始めたところでオープンチャンネルに合わせていた無線機から女性の声が聞こえた。

<<こちらはカナリア自警団です 速やかに戦闘を停止してください>>

編隊を組む俺たちの側を白地にカラフルな翼端の紫電が通り抜ける。垂直尾翼には女性横顔のシルエットのパーソナルマークが書かれていた。旋回してこちらの後ろに着こうとする自警団機にバンクを振って敵意がないことを合図する。

<<こちらはオウニ商会所属ガルム隊 イヅルマへの飛行中に空賊の襲撃を受け撃退した そちらとの戦闘の意思はない>>

<<オウニ商会… コトブキ飛行隊の…?>>

声が聞こえたオープンチャンネルで事情を説明しそのまま水平飛行を続ける。自警団の機体が俺とピクシーの横へと並び、こちらを確認している。同じようにこちらも自警団の機体を眺めてみるとパイロットは全て女性だった。全員が白い制服に身を包んでいる。極めて驚いたことに自警団ながら一人、緑の髪のパイロットは居眠り操縦のようだった。

俺たちの機体のチェックが終わったのか再びオープンチャンネルで女性の声が聞こえてきた。

<<事情は分かりました 詳しい調書を取りますのでご同行願います>>

<<了解した ところで自警団は居眠り操縦もありなのか?>>

<<…!すみません失礼します!……>>

雑音と共に声が途切れそれからすぐに居眠りをしていたパイロットがハッとして目を覚ました。

<<……失礼しました それでは着いてきてください>>

俺とピクシーの周りを囲むように自警団機が着く。もし俺たちが撃ち始める様な事があっても対応できる体勢だ。

<<しかし女だけで構成された自警団か こっちでも珍しいんじゃないか?>>

周囲を囲む白い紫電を見ながら俺はピクシーに尋ねた。

<<元々は広報や宣伝を担当する部隊だった様だからな 色々あって最近はイヅルマ屈指のエース自警団として名が売れてるようだ>>

<<なるほど 腕前通りお飾りって訳じゃないんだな>>

 

そのまま少し飛び自警団に連れられた俺たちはイヅルマへとたどり着いた。以前ピクシーの書いた旅行記で読んだだけだが彼の本に書いていたとおり裕福そうな都市だ。ビルの立ち並ぶ経済都市だったアレシマと比べると大型ビルは数えるほどしか無いが、大きな家が多く建っていた。富裕層の住宅街という感じか。

何事もなく無事に着陸し駐機場に機体を止めて待っていると先ほどの自警団の紫電も降りてきた。着陸も手慣れている。いい腕をしていた。

駐機した紫電を眺めていると若い女性達が降りてきてこちらに近づいてくるのが見えた。全員コトブキと同じくらいの若さだ。そして美人揃いだった。

「カナリア自警団団長のアコです。ご協力ありがとうございます」

赤い髪に白いベレー帽を被った少女が紫電改の横で並ぶ俺たちに言った。

「ガルム隊のサイファーだ。こっちはピクシー。面倒を起こしてすまないな……自分で言うのもアレだがあまり俺たちを警戒してないように見えるが…」

街の近くで空賊とやり合ったパイロットを連れてきたにしては彼女達は落ち着きすぎていると感じた。本来なら他の自警団員が来てもおかしくない状況だろう。

「オウニ商会が紫電改に乗るパイロットを雇ったと言う話はこちらにも聞こえてきていましたから。自警団の詰所はこちらになりますので着いてきてください」

「……随分有名になったもんだな」

改めてオウニ商会とコトブキのネームバリューには驚かされる。段々と名前が知られ始めるというのはベルカ戦争の時以来の体験だ。

詰所へと案内され歩いているとアコが俺に尋ねた。

「そういえばお二人はコトブキ飛行隊の方々と仕事されてるんですよね?」

「ああ、一緒に働かせてもらってる」

「ザラさんはお元気ですか?」

「元気にしてるよ。今は仕事でアレシマにいる」

俺がそういうとアコの近くを歩いていた銀髪の女性が言った。

「そういえば昨日のアレシマは相当酷かったようね」

「かなり酷い状況だったよ。アレシマ飛行警備隊はかなりやられてしまった。幸い俺達やコトブキに被害は出なかったが…」

「あなた達がイヅルマへ飛んできたのもその事件が理由?」

「まあそんなところだな」

彼女達とそんな話しながら自警団の詰所内を移動していった。俺は普段の状態を詳しく知っている訳ではないがどことなく慌ただしい雰囲気が漂っている。こちらでも何かあったのだろうか。

彼女達に詰所の一室に通され調書を取られたが思いの外時間はかからなかった。どうやら俺たちを襲ったうちの二隊は自警団にも名前が知られていた空賊だったらしく正当防衛ということで処理された。

「これで事情聴取は終わりよ。外まで案内するわね」

書類をまとめて部屋を出ようとする先程の銀髪の女性、シノに俺は外の慌ただしさの理由を聞いた。彼女は答えるかどうか少し考えてから口を開いた。

「最近イヅルマの北から南東にかけて空賊がよく現れるのよ。不思議なことに現れても移動するだけで何もしてこないのよね」

「襲ってこないのか?たしかに変わってるな」

「警戒のためにパトロールを増やしてるわ。色々と慌ただしく見えるのはそのせいかもね」

彼女に案内されて自警団の詰所の外へと出た。陽が輝き晴れ渡る空を見上げると自警団の紫電が真上を飛んでゆくのが見える。先程のシノの言っていた空賊のことが頭から離れず、何故か妙な胸騒ぎがした。

 

 

 

 

 

 

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