社会人結月ゆかりと高校生紲星あかりのお話

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紫煙は登る

夕焼け色に染まる街並み。微かに見える青空と茜色の光が混ざり合う境界線は、感性のある人が見れば少しは目を奪うような景色なのかも知れない。しかし、そんな感性など微塵も持ち合わせていない私こと結月ゆかりは、何も感じる事無く手に持った煙草に火を付けた。

「……はぁ。」

煙を吸い込み、溜息と共に吐き出す。紫煙が登る。煙は風に掻き混ぜられ、空の風景に溶けていく。一瞬の出来事。しかし私を惹きつけてやまないその姿が、私は大好きだ。

この煙は私の命と引き換えたもの。揺蕩うソレは空に浮かんで、風に流されて、輪郭すら曖昧になり、瞬く間に消えていく。私の命を分解したものが、これほどまでに呆気なく消えてしまう。それがとても面白おかしくて堪らないのだ。

命と時間を、湯水のように浪費していく。手元に残るソレは、なんとも虚しいものだろうか。しかし、魅入られてしまったものは仕方がない。

「すぅ……。」

だが、いくつか問題は存在する。わざわざ身体を痛めつけてやる必要があるのか、という点。別にこんな事をしても悩みの種や面倒事が消える訳では無い。それは私も充分承知してるのだが、どうにも昔から続けてきた癖であるが故に今も辞められず、こうして身体を蝕んでいる。

「……ふぅ。もうちょい安くならないのかね、君は。」

そして、タチが悪いことに高いのだ。昔、一度酒に変えようかと思ったものの、私自身が下戸であることと、なおかつ醜態を見せられない相手が出来てしまった以上、今の私にはこれしか残されていなかった。

「はぁ……」

溜息を吐き、また煙草を吸う。口に広がる煙の味を感じようとした時、

「ゆかりさん、ただいまー!」

「んっ、ぐふ…あかり、おか…ごほっ…」

盛大にむせた。原因は、玄関から響いた帰宅の言葉。 声の主人は紲星あかり。私の部屋に下宿しに来た従姉妹であり、今年で15歳になる、件の私が醜態を晒せぬ相手である。その溌剌と元気な声に反応し、思わず反射的に声を出そうとしたところ、煙が悪さをしてきた。

咳き込み続け、やっと息苦しさが無くなり、私の頭がゆっくりと活動を再開し始める。

「…ふぅ。お帰り。帰って来るの早かったね、あかり。」

「うん、部活早く終わったから。大会も無いからね。」

そう言って、あかりはへへへと笑いながら頬を掻く。

可愛い子だ、そう思う。可愛らしく、愛おしい。私が独占するのも勿体無い程に。しかし、彼女は私しか持てない重荷でもある。私が守らねばならない為に。

手放すのは簡単だ、壊すのも簡単だ。しかし私には出来ない。だって、私にそんな価値など無いのだから。

「まだご飯作って無くてごめんね。これ吸い終わったら作るから。」

「はーい」

元気な返事だ、思わず私の頬も緩んでしまう。

「……ふぅ。」

最後の一服。煙を吐き出し、空を見上げる。風に流され、揺らめき、揺蕩う煙。一瞬の光景は、まるで泡沫の夢。

いつしか私も死ぬのだろう。分解された私の命のように。しかし、私は今此処に居る。彼女という重りを背負い続けてる以上、私は空に飛ぶことなど出来ないのだ。

灰皿に煙草を押し付け、私はベランダから出る。そして、カーテンを閉めようとした瞬間に気付いた。

「……案外、長続きしそうですね。」

未だ消えぬ、命の残滓に。

紫煙は、何処までも登っていった。

 

 

-Fin


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