歪んでいる僕たちは   作:五十朗

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第2話

 石鹸の香りがしている。

 自分では分からないが、僕の全身からは風呂上りの香りが漂っているはずだった。姉ちゃんが用意してくれた寝間着も、洗い立てではなくとも清潔なものだ。

 

「臭いを嗅ぐなら、こういうときにしてくれたらいいのになぁ」

 

 バスタオルで全身の水気を拭き取る。寝間着に袖を通してから、背もたれのない椅子に座り、ドライヤーの熱で濡れた髪の毛を乾かした。

 脱衣所に用意された鏡の中には、ちんちくりんな子供の姿が映っていた。愛想のない弱り切った仏頂面で、どことなく元気がない。服の上からでも、年齢の割に貧相な体付きが見て取れた。

 

「どうしたら、いいんだよ」

 

 ドライヤーのスイッチを切り、鏡越しに自分を睨んでみても、何もかもが解決する名案が浮かんでくるわけもない。

 見て見ぬふりはできない重大事だ、というのは理解していた。その対処にあたっては、姉の気持ちを確かめた方がいい、ような気がする。誤解している可能性は捨てきれないし、より詳細に知ることで出来ることの幅も広がるからだ。

 

「そうしよ」

 

 悩んでいても、どうにもならない。

 猫の顔と耳があしらわれたスリッパを履き、廊下を抜けて二階への階段を上った。僕の部屋のとなりにある姉ちゃんの部屋の前に立つ。

 

「い、いくぞ」

 

 何度か躊躇った後、意を決して部屋の戸を叩いた。

 僕はノックすることに慣れていない。普段、姉ちゃんの部屋にお邪魔する際には、入るならノックをするように、と度々お叱りを受けていた。

 

「あれ?」

 

 数秒が経っても、姉ちゃんの返事がない。やや強めにノックを繰り返しても、それは同じだった。

 

「入るね……入る」

 

 この展開は拍子抜けだった。

 いないのか、だとしたらどこにいるのだろう、外に出かけたのだろうか。一応、不在の確認のために戸をひらくと、ベッドの隅で膝を抱えて蹲っている姿を見つけてびっくりした。

 

「い、いたんだ、姉ちゃん。いないのかと思って、僕……」

 

 動揺から、あらかじめ心の中で組んでいた予定がぐちゃぐちゃになっている。まずは姉ちゃんの近くに座らせてもらうことだ。なんとか、そこだけ実行に移した。

 

「あ、となり、大丈夫だった?」

 

 遅れて断りを入れると、姉ちゃんは頷きを返してくれた。小さくとも反応を引き出せてほっとする。

 なにげなくベッドの上に置いた指先に違和感を感じて、そこに自分の下着を発見した。姉ちゃんが持ち去っていたらしい。放置もしておけないが、どうしたら……立ち上がり、とりあえず部屋を見まわして、テレビ台の上に置いた。離れた場所に移動させたに過ぎないが、奇妙なやりきった感がある。

 姉ちゃんのとなりの位置に戻って、額の汗をぬぐう。室温は暖房でほどほどに調節されているが、冷や汗のようなものは抑えられない。

 

「えっ?」

 

 不意に手首を掴まれ、強い力で引き寄せられた。

 

「姉ちゃん?」

 

 天井の木目が見えた。ぐるん、と景色が流れたと思ったら、ベッドに押し倒されている。

 恐ろしくはなかった。なんといっても、姉ちゃんだ。暴れても逃れられはしないだろうが、家族に対する無条件の信頼がそれをさせなかった。それに、姉ちゃんの顔が涙に塗れていた、というのもある。

 姉ちゃんの泣き顔を見るのは初めてで、胸が痛くなった。

 

「怒ってないよ、だって僕は姉ちゃんの……」

 

 声音が柔らかくなっている。僕の唇が語ろうとした続きは、自分でも分からない。なぜなら、この場では無粋とばかりに、押し付けられた姉ちゃんの唇に塞がれてしまったからだ。

 ぬるりとした舌が口内をまさぐる。経験はないが、おそらく性的な行為だった。姉ちゃんはとにかく興奮していて、鼻息が荒くなっている。口を塞がれているなら鼻で呼吸すればいいのか、と悟って僕もそうした。

 

「姉ちゃん……怖い、よ」

 

 服の隙間から侵入を果たした姉ちゃんの手が微妙な膨らみの胸をまさぐり、首筋を舌がなめくじのように這いまわっている。たまらず、僕が恐怖心を訴えると、手首を拘束する力がするりと抜けた。

 身を起こすと、脱いだ覚えのないスリッパが床に転がっていた。姉ちゃんは僕に背を向けて、膝を抱えて丸くなっている。

 意外でもなんでもないが、家族を恐ろしく感じていることに、僕は大変なショックを受けていた。というか、このひとはほんとうに、僕が知っている姉ちゃんなのか。

 

「姉ちゃん、僕……部屋から出て行ったほうがいい?」

 

 判断がつかなくて訊ねると、こくん、と姉ちゃんは頷いた。

 素足をカーペットにおろす。部屋を後にする間際、振り返って姉ちゃんの様子を見た。壁に向き合ったまま、まったく身じろぎもしていない。

 

「姉ちゃん、好き、だよ。家族として」

 

 僕は酷い言葉を口にしたのだろうか。

 姉ちゃんは一瞬、肩を震わせたきり、なにも言わなかった。

 自室に戻ると、僕はベッドに潜ってすぐに明かりを暗くした。

 その夜は、眠れなかった。

 

 

 

 




一人称で主人公の性別が男性っぽく書かれてたんだけど、最後に女性だったと明かされる、みたいな感じで書かれてた小説が面白かった覚えがあるので、自分も真似してみたかったんだけど難しいんで諦めました。
作者の設定上は、主人公は女性になってます。
つまり、おねロリは最高ということですね。

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