≪幼なじみのいない部屋≫
「うーん……」
携帯電話のアラーム音で目が覚める。カーテン越しから朝日が射し込み、1日の始まりを俺に伝えていた。
「そうか。昨日からひとり部屋になったんだよな」
大抵先に起きている同居人、篠ノ之箒の姿はどこにもない。寮の部屋の都合がついたことで、男女が相部屋といういびつな状況が解除されたためだ。
「なんか部屋が広く感じる」
というか、実際ひとりが暮らす分には容量が大きすぎる。掃除とか大変だろうな。
とりとめのない思考を続けながら、制服に着替えたり歯を磨いたりといった作業にとりかかる。
「眠い……」
自慢でもなんでもないが、俺は朝に弱い。若干低血圧気味なのが影響しているのか、それとも俺自身の気の持ちようの問題なのかはわからない。
とはいえそれが遅刻の言い訳として成立するはずもないので、頬をぱんぱん叩きながら登校の準備を整えた。あとは食堂に行って朝食をとるだけなので、鞄を持って部屋を出る。
「お」
「ああ一夏。おはよう」
廊下に出たところで、昨日までルームメイトだった人物とばったり会った。
「きちんとひとりで起きられたようだな」
「なんとかな」
たまに目覚ましの音でも意識が醒めないことがあったので、そういう時には箒が俺を叩き起こしてくれていた。
「む……どうかしたか? どこか元気がないように見えるが」
「そうか?」
「ふふっ、ひょっとして私がいなくなって寂しいからではないだろうな」
ニヤニヤと笑いながら軽い口調で尋ねてくる箒。
「寂しい……かもしれないな。ひとりの部屋がなんとなく物足りないのは事実だし」
「………」
俺が率直な気持ちを言葉にすると、箒はなぜか押し黙ってしまった。
「どうした」
「い、いや、そのだな。まさかそういう返事がくるとは予想していなくてうれしいというか……そうかそうか。私がいないと物足りないか」
そっぽを向いてぶつぶつとつぶやいた後、再び俺の方へ向き直った彼女は、何やらうれしそうな笑みを浮かべていた。
「仕方のないやつだ。ほら、早く食堂に行くぞ。部屋は違っていても朝食は一緒にとれるからな」
「あ、おい待てって。そんなに早足で行かれると困る。足腰がついていけないから」
元気よく歩き出した箒を呼び止める。すると彼女はハッとこちらを振り返り、申し訳なそうな顔になった。
「す、すまない。今日は朝に一発抜いてきたのだな。その余韻で足腰が」
「低血圧で朝辛いだけだからな。知ってるよな?」
≪ふたりの転校生≫
「今日はなんと転校生を紹介します! しかもふたりです」
いつものように朝のホームルームを聞いていると、山田先生から衝撃発言が飛び出した。
ざわめくクラスメイト達。俺も通算3人目となる転校生がやって来ることに驚いている。だってまた6月の初めだぞ。
「でもふたり一緒でよかったですね。今のクラスが30人なので、ひとりだけ入ると奇数になってしまいますし。そうなったら『はーい、ふたり組作ってー』で余る子が出て、仕方なくすでにできたグループに頭を下げながら入らされるなんてことに……ああ思い出したくない……」
「……こほん。山田先生、転校生を廊下で待たせるのはよくない」
「はっ!? す、すみません! ではふたりとも入ってきてください」
いつものように始まりかけた自分語りを千冬姉が止め、正気に戻った山田先生は入り口の扉に向かってそう呼びかけた。
さて、どんな人が現れるんだろうか。できれば、これ以上ボケを連発するタイプは勘弁願いたいが……
ガラッ。
扉が開き、入ってきたのはふたりの……え?
「シャルル・デュノアです。フランスからやって来ました。僕と同じくISを動かせる男子がいると聞いたのですが……」
≪シャルル・デュノア≫
転校生の片方は、銀髪で左目に黒の眼帯をしている普通の女の子だった。いや、眼帯をしている時点で普通とは少し離れているかもしれないが、もう片方に比べれば性別が女なだけで十分普通と言っていい。
「お、男……?」
シャルル・デュノアと名乗ったその転校生は、ブロンドの髪を後ろで束ねており、清潔感を感じさせる美男子といった風貌だった。
俺以外の生徒もみんなポカンとしており、教壇に立つ彼を凝視している。当たり前だ。俺と言う前例があるとはいえ、まさか男子が入って来るなんて。
「どうかこれからよろしくお願い――」
「おい、デュノア」
デュノアが挨拶を終えようとしたところで、千冬姉が彼の言葉を遮った。
「なんでしょう? 織斑先生」
「なんでしょうはこちらが言いたい。お前、なぜ男子用の制服を着ている」
……え?
「それにシャルル・デュノアという生徒を私は知らん。シャルロット・デュノアという転校生の名前しか聞いていない」
は?
「性別を偽った自己紹介をする馬鹿がどこにいる。とっとと女として紹介し直せ」
「もう、先生ノリが悪いですよ。せめてもう少しクラスのみんなのリアクションを見てからタネ明かししたかったのに」
……ちょっと待て。頭の回転が追いつかん。男ですと自己紹介したのが嘘ってことは、つまりこいつは。
「では改めて。はじめまして、シャルロット・デュノアです。男装が趣味のれっきとした女子ですので、よろしくお願いします」
な、なんだ、女の子だったのか。完全に騙された。
「びっくりしたー」
「全然気づかなかったよ」
「声もちょっと高いけど男っぽいしゃべり方だったし」
他のみんなも口々に感想を言い合う。実際、さっきまでのデュノアさんと今の彼女じゃ声色がかなり違っていた。肩幅とかも男っぽいし、多分そう見えるように詰め物でも入れているんだろう。
「山田先生。デュノアさんに質問してもいいでしょうか」
と、そこで椅子から腰を上げた生徒がひとり。わが幼なじみだった。
「え? あ、はい。少しだけなら」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げてから、箒はデュノアさんに鋭い視線を向ける。
「体つきが随分と男らしいが」
「うん。肩にはパッドを入れてるからね」
やっぱりか。手の込んだ男装だ。
「いや、もちろん肩幅も男らしいのだが……私が言いたいのはその絶妙なもっこりだ」
ビシッと箒が指さした先は、デュノアさんの股間。だが俺には特に変なところがあるようには見えない。というより女子のそんな部分をあんまり見るわけにもいかない。
「……驚いた。まさかこの超短小型パッドの存在を初見で見抜くなんて。小さすぎて入れてるのがわからないレベルなのに」
「私も驚いている。まさか私が見抜けないレベルの男装を行う者がいるとはな」
「それは光栄だね。頑張って小道具を作ったかいがあったよ」
「なに!? ではまさかパッドは自作か!」
「そうだよ。特に股パッドは自信作で、他にも普通型とか巨根型とかいろいろ作ってるから」
「それはすごいな!」
朝からなんちゅう会話してるんだ、こいつらは。
≪もう片方≫
「ドイツ出身、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
もうひとりの自己紹介は、先ほどとは違って硬いムードを醸し出していた。
「私はこの学園に己の実力を高めるためにやって来た。クラスの調和を乱すつもりはないが、必要以上に他人となれ合うつもりもない。以上だ」
軍人みたいな雰囲気をまとったボーデヴィッヒさんは、隣の男装少女とは正反対ですごく真面目そうだった。眼帯をしているのは怪我か何かだろうか。
「ええと、ではボーデヴィッヒさんに質問のある人はどうぞ」
山田先生がそう言うと、ちらほらと何人かの手が挙がった。
「制服がスカートじゃないのはどうしてですか?」
「あまり肌身を晒すのが好きではないからだ」
彼女の制服は珍しくズボン型だった。このクラスの女子はみんなスカートをはいているので目立っている(そこの男装している女子は除く)。
「失礼な質問かもしれないけど、その眼帯は怪我でもしたんですか」
「怪我……そうだな。そのようなものだ。あまり触れないでもらえると助かる」
あまり眼帯については話したくない様子。彼女と会話する時は気をつけよう。
「先生、僕も質問していいでしょうか」
「デュノアさん。はい、もちろんかまいませんよ」
次の質問者はもうひとりの転校生・デュノアさん。いったい何を聞くのだろうか。
「ボーデヴィッヒさん、男装に興味ない? 君はすごくイイ素材だと思うんだ。胸も控えめだし」
なんか仲間づくり始めたぞ。これ質問じゃなくて勧誘だろ。
さっきなれ合うつもりはないって言ってたのに、そんなこと聞いたら怒ってしまうんじゃないだろうか。ふざけたことを聞くなって感じで。
「なっ……ば、馬鹿なことを言うにゃっ! だ、だいたい男がいる前で先ほどから胸だの股だの……は、はれんちだぞ! はれんち!」
あれ? なんかめちゃくちゃ動揺してる。顔も真っ赤になってるし。
まさかこの子……
「そうかな? これくらい普通だと思うけど」
「普通なわけないだろう! とにかく、私の前でエッチな話題はやめろ、いいな!」
間違いない、彼女はピュアだ。貴重なピュア枠だ。
変な色に染まらないよう守らなければ。
「? 一夏、どうかしたか」
「いや、なんでもない」
間違ってもああはしたくない。ツッコミが足りなくなる。
≪役満≫
今日の授業は2組と合同で実践形式で行われる。6月に入り、内容も本格的なものになっていくらしい。
「一夏。1組に入った転校生ってどこよ」
グラウンドに出ると鈴に声をかけられた。どうやら新しく入ってきたふたりの姿を探しているらしい。
「ほら、あそこだ。箒と話してるのがシャルロット・デュノアさん」
「ずいぶん仲よさそうね。もともと知り合いだったの?」
「いや、初対面だが意気投合したっぽい」
ちなみに今は全員IS用のスーツに着替えているが、デュノアさんも他と同じく女性用スーツを着用していた。さすがにこんな時までパッド入れたりしないか。
「もうひとりは?」
「えーっと……あ、いた。あっちでセシリアと一緒にいるな」
いったい何を話しているのか少し気になる。
「どれどれ」
俺の指さした方を確認する鈴。
次の瞬間、彼女の表情は恐怖に染まっていた。
「あ、あわわわ」
「どうした急に。知り合いか?」
「違うけど……似てる」
「似てる?」
「銀髪、赤い目、眼帯……あたしが中学時代に描いた
ナイトメアなんとかって、確かこいつの二つ名的なやつだったよな。昔の鈴はああいう見た目に憧れてたのか。
「うっ、思い出したくもない記憶が次々と……ねえ一夏、あの子は別に中2病ってわけじゃないのよね」
「そんな素振りは見せてなかったな。眼帯のことは触れてほしくないみたいだから話す時は気をつけろよ」
「覚えておくわ。……あれで眼帯の下が金の瞳だったら役満ね」
「それはさすがにないだろう」
「そうよね」
≪なんで男装?≫
「君が織斑一夏くんだよね? これからよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく。デュノアさん」
箒と一緒にやって来たデュノアさんとあいさつを交わす。
「僕のことは名前で呼んでくれるとうれしいな。堅苦しいのは苦手なんだ」
「そうか? じゃあシャルロットで。俺の方も一夏でいいぞ」
「うん。よろしく、一夏」
そうしているうちにセシリアもやって来て、シャルロットは彼女や鈴ともあいさつを終えた。
「そういやセシリア。さっきまでボーデヴィッヒさんと一緒じゃなかったか?」
「ええ。ですけどわたくしがシャルロットさんのところに行くと言ったら逃げてしまわれましたわ」
「あはは。ちょっと嫌われちゃったかな」
失敗した、という風に頬をかくシャルロット。嫌われてるというよりは苦手にされてる感じじゃないのかと思う。
「なあシャルロット。どうして男装が趣味になったんだ?」
ホームルームでの箒とのやり取りを聞いた限り、相当なレベルで凝っているのは間違いない。そうメジャーな趣味じゃないゆえに、どうしてハマり出したのか結構気になる。
「わざわざ説明するほど長い過程があるわけじゃないよ」
そう前置きを入れてから、シャルロットは理由を語り始めた。
「僕は昔から男と男のラブ的な絡みが好きだったんだ」
「のっけからすごい発言が来たんだが」
こういうのなんて言うんだっけ。えっと、腐女子?
「それでよく妄想したり、自分で漫画を描いたりしてたんだけど……残念なことに僕の周りには男の子が少なかったんだ。学校が女子校だったせいなんだけど」
「ほう」
「だからなかなか妄想のネタが見つからない。そんな日々が続いて、ある日僕はひらめいたんだ。ネタがなければ作ればいいじゃないかと」
「おう」
「自分が男装すれば、あとは男子がもうひとりいれば絡みができる。その時から僕の世界は一気に広がったよ。だから一夏、これからいろいろとよろしくね」
「それって俺と自分を妄想のネタにするってこと?」
「うん! 直接漫画に描くわけじゃなくて、あくまで僕と一夏の絡みをネタに妄想を広げるだけだけどね。でもきっとすごく萌えると思うよ」
一切邪気のない笑顔だった。
「審査員、今の発言の判定を」
まずはセシリア審査員。
「アウトですわね」
次に箒。
「全然セーフだろう。むしろ感心した」
最後に鈴。
「ゲッツー」
「よし、3アウトチェンジだな」
「ああ、私の出したランナーが!?」
これは箒以上の逸材かもしれない……もちろん悪い意味で。
シャルロッ党のみなさんごめんなさい。こんな変態キャラになっちゃいました。
シャルを男として入学させると真面目な話が続いてしまう。でも男装要素は残したい。ふたつの相反する考えの折衷案として出たのがこれです。だからしょうがないですね。
一方ラウラはピュア枠として登場。今後ボケに染まるかツッコミ役になるかは周りの影響次第です。今の彼女は何色でもない。
シャルもラウラも次回でもう少し掘り下げます。
感想等あれば気軽に書いてもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。