≪朝寝坊≫
「ぐだー」
「どうした一夏。朝から元気がないようだが」
2時間目の休み時間。
授業が終わるなり机に突っ伏していると、箒が心配そうに声をかけてきた。
「ああ、実は」
今朝は目覚ましで起きられず、起床したのは始業時間ギリギリ。おかげで朝食を食べられず、昼休みを前にしてすでに腹が悲鳴をあげていた。
……ということを説明するのもだるい。
「今日は朝抜いてきたんだ」
だるいので、若干内容を端折った返事をしてしまった。まあ要点はおさえてるし問題ないだろう。
「なるほど、それで疲れているのだな」
ほら、ちゃんと伝わった。
そして昼休み。
「一夏くん」
「あ、会長」
たらふく食べて、生き返った心地で廊下を歩いていると、更識会長と出くわした。
「箒ちゃんから聞いたわ。午前中ローエンジンだったらしいわね」
「はは、恥ずかしながら」
朝起きられないなんて、だらしない男だと思われただろうか。
「そういうことに興味のあるお年頃なのはわかるけれど、朝から体力がなくなるくらい絶頂を迎えるのは感心しないわよ?」
「え、なんの話ですか」
なんで頬染めて視線そらしてるんですか。
≪どんな人がタイプ?≫
「ねえねえ、織斑くんの好みの異性ってどんな感じなの?」
「ん? そうだな……おおらかで包容力のある人とか、理想的かも」
「ほうほう。そうすると年上狙い?」
「別に同い年や年下でもそういう人はいるんじゃないか?」
隣の席からクラスメイト数人と一夏の話が聞こえてきた。どうやら彼の好みはおおらかで包容力のあるタイプらしい。
つまり、僕の想像からするとこんな感じかな。
『えいっ』
『おいおい一夏、今は料理の真っ最中なんだ。尻を揉むのはやめてくれ』
『ジョニーが悪いんだぜ? こんな屈強で見惚れちまうようなケツをふりふりしやがって』
『HAHAHA、しょうがねえな。今回だけだぜ』
『さすがジョニー、おおらかだぜ! あとさ、飯の後だけど』
『わかってるさボーイ。今日も俺の大胸筋で優しく包んでやるよ』
『さすがジョニー! 包容力のあるナイスガイだぜ!』
「うんうん。いいねいいね!」
「俺が言ったのは好みの異性! あとジョニーって誰!?」
おっといけない。つい頭の中の考えが口に出ちゃってた。
≪直視できない≫
「千冬さん、急に呼び出すなんて何かあったのかしら」
凰、今夜時間はあるか――放課後にそう声をかけられたので、あたしは夜の寮を寮監の部屋目指して歩いていた。
「怒られるようなことはしてないわよね、多分」
せいぜいこの前の模擬戦ではしゃぎ過ぎたくらいだが、いちいち部屋に呼ばれるほどのことでもないと思う。だから説教とかそういうのじゃないはず。
そんなことを考えているうちに、千冬さんの部屋の前までたどり着いた。まずはノックからということで、ドアに手を伸ばす。
「あれ?」
片手を掲げたのと同時に、あたしの右横から別の手が伸びてきた。反射的にそっちを振り向く。
「なんだ。お前も織斑先生に用があるのか」
銀色の長髪。赤い瞳。眼帯。
「うわああっ!?」
「そこまで驚かなくてもいいだろう、凰鈴音」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。その姿を見ただけで中学時代の黒歴史が連想される、あたしにとっては天敵のような存在。彼女本人は何も悪くないんだけど。
「あ、アンタ、あたしの名前……」
「同年代の代表候補生の顔と名くらいは把握している。お前に関しては一夏からも話を聞いた」
「へ、へえ? そうなんだ」
変に声がうわずってしまう。駄目だ、これ絶対変な子だと思われる。
ていうか、なんでしゃべり方までそんな感じなのよ。あたしの設定と被ってる要素が多すぎてもう……
「お前達、部屋の前で何をやっている」
返す言葉に苦労していた矢先、ドアが開いて千冬さんが顔をのぞかせた。ナイスタイミングです、師匠。
「中に入れ。来るのが遅いから私ひとりで食べてしまおうかと思っていたところだ」
「は、はい。失礼します」
言われるがまま、ふたり一緒に部屋に入る。
まず目に入ったのは、テーブルの上にあるビール缶の束。すでに1本空になっている。
「高級な羊羹をいただいてな。お前達ふたりにおすそわけだ」
「え、いいんですか?」
「ああ。その代わり、他の者には内緒にしておけ」
これはラッキーね。隣のボーデヴィッヒさんもうれしそうに顔をほころばせている。
「ありがとうございます、教官」
「また昔の癖が出ているぞ。もう私は教官ではない」
「失礼いたしました。織斑先生」
教官? このふたり、どういう関係なのかしら。
「以前、織斑先生にご指導いただいた時期があったのだ」
疑問に思っているのが顔に出ていたのか、すぐさま説明が飛んできた。でもいまだに彼女の顔を正面から見ることはできない。
「……先ほどからどうした。なぜ私の目を見ようとしない」
さすがにおかしいと思われたようで、ボーデヴィッヒさんが不思議そうに尋ねてくる。ぐ、これはまずいわ……正直に説明するのも恥ずかしいし。
「そういじめてやるな、ボーデヴィッヒ。凰は照れているだけだ」
「照れている? なぜですか」
「お前の外見が昔恋い焦がれた者によく似ているからだ」
「ちょっ、千冬さん!?」
なんですかその微妙に誤解を招きそうな言い方は! 間違ってないけど!
「こ、恋っ!? ……凰、その、他人の趣向にケチをつけるつもりはないが、私は」
「ち、違うわよ! あたしはいたってノーマルであって同性愛者なんかじゃないから!」
「しかし現に今も目を合わせようとしないではないか!」
「だからそれはっ……ち、千冬さぁん」
泣きつくようにすがってみると、誤解を与えた張本人は口に手を当てて必死に噴き出すのをこらえていた。
というか、今さらだけどよく見ると目がとろんとしている。
「もしかして、酔ってます?」
「何を言う。そこに置いてあるのはノンアルコールビールだ。生徒の前で酒を飲むわけにもいかんからな」
いや、でも若干いつものキャラじゃなくなってますし。
「教官、いや織斑先生はアルコールなしでも普通に酔う。ドイツにいた時も何度か同じことがあった。雰囲気で酒がまわった気になるんだろう」
「やっぱりそうなんだ……」
「さて、せっかく羊羹をやるんだ。少し私の話に付き合ってもらおうか」
「そして結構絡み酒だ」
ええー……
≪女達の宴≫
「そもそもだな、私はいたって普通の恋愛観を持っているつもりだ。今はこれと思える相手がいないが、いつかは男性との交際、結婚も考えている。それなのに、それなのにだ。なぜ同性愛者だの両刀だの言われねばならない?」
「先生、その話もう5回目です」
部屋に入って30分後。すっかりできあがってしまった千冬さんは、羊羹やら和菓子やらをやけ食いしながらあたし達に愚痴をぶつけていた。もらった羊羹はおいしかったんだけど、正直ずっと聞き役に徹しているのは疲れることこの上ない。
「それだけ織斑先生が魅力的な方だということです。女性からも恋慕に近い感情を抱かれてしまうほどに。加えて、この学園はほとんど女しかいません。それゆえ色恋沙汰に飢え、少々強引な解釈を行ってしまうのでしょう」
「ラウラ……しかしだな」
「ほら、飲み過ぎです。明日は休みとはいえお体に響きます」
「む……そうだな」
早く解放されたいとばかり願っているあたしとは対照的に、ボーデヴィッヒさんは親身になって話を聞いてあげていた。しかもビールを取り上げるまでやっている。
「すごいわね。なんか手慣れてる」
「織斑先生の相手は慣れているからな。他の者に対してはこうはいかない。……と、どうやらお疲れのようだ」
くてん、と机に突っ伏した千冬さんに毛布をかけるボーデヴィッヒさん。いつの間に用意していたのかしら。
「普段から気を張り詰めておられる方だからな。ストレスが溜まるのも、それを吐き出したくなるのも無理はない」
「確かに、それはそうかも」
「その不満のはけ口に選ばれたのだから、私達はそれなりに信用されているということだ」
うーん、そうなのかしら? だとしたら、ちょっとうれしいかも。
「さて、では今度はお前と話すことにしよう」
「え?」
いきなりこっちに向き直ってきたので、思わず面食らってしまう。
「相変わらず目は合わせないのだな」
「ご、ごめん。いつかはちゃんと治すから、今は理由聞かないでもらえる?」
「……はあ、まあいい。顔を突き合わせずとも会話をすることはできる」
なんとか理由を話さずにすんだ。引き下がってくれたことに感謝ね。
「もともと、凰とは一度言葉を交えてみたいと思っていたのだ」
「あたしと? なんで?」
「同じ代表候補生ということもある。それに一夏から聞いたが、お前がISに乗り始めたのはほんの1年前だそうではないか。短期間で実力を伸ばした者として、より興味が湧いた」
「ふうん。でも、あたしはそんなにたいしたことはしてないわよ? 他の訓練受けてる子と同じ……か、それよりちょっとだけ頑張ったくらいだから」
実際、自分が代表候補生であるという事実はいまだに冗談みたいに感じられる。よっぽどISと相性がよかったとしか考えられない。
「なるほど。だが、それでもお前が努力したことには変わりはない。少々ぶしつけな問いになるが、なぜISに乗ろうと思ったのだ?」
「なぜ、かあ。中国に帰って、なんとなくIS適性を調べてみたらAなんて出て、それで面白そうだと思ったから始めて……なんか、改めて振り返ると相当テキトーね」
真面目な顔で尋ねられてるのに、こんな答えで怒られないかな、と少し心配になる。
「ふむ……そうか」
でも彼女は不機嫌な様子を見せることなく、神妙な面持ちでうなずいていた。
「そういうきっかけもあるのだな。いや、参考になった」
「参考になったって……今ので?」
「どんな形であれ、お前は自らの意思でこの道を選んだのだろう。ならばそれで十分だ」
「……アンタはそうじゃないの?」
ボーデヴィッヒさんの表情に陰がさしたのを見て、ついそんな言葉が口を突いてしまう。
「私は……」
「あ、いいのよ別に! 話しづらいことなら無理に話さなくても」
「すまない。では勝手だが、話題を変えさせてもらう」
あまり触れてほしくないらしい眼帯といい、いろいろとワケありみたいね。
とりあえず、今は別の話をすることにしましょう。
「そうだ。ひとつ聞きたいと思っていたのだが、ちゅうにびょうとはなんのことなのだ?」
「ぶっ!?」
……と、とんでもない方向に話題を持っていかれた。
「お前のことを話している時に一夏がそんなことを言っていたのだが、よく意味がわからなくてな」
「一夏め……今度の模擬戦、覚えてなさいよ」
自分で自分のウィークポイント説明するってどんな拷問よ。
「えっとね、それはちょっとあたしの口からは言いづらいというか……」
「私がかわりに説明してやろうか」
「先生。起きていらしたのですか」
どこから話を聞いていたのか、むくりと体を起こす千冬さん。でも、酔っぱらったこの人に説明されるとそれはそれでよくないことになる予感がする。
「しかしまあ、鈴音も大変だな。本人は中2病のイメージを払拭したいと思っているのに、周囲にはどんどんアレの話が広がっていくのだから」
うんうんとうなずく千冬さん。まったくもってその通りです。
「中2病を克服するのは大変だ。まず自分の妄想癖を抑えられるようになることが第一だが、周りの者は以前のイメージのまま接するからたちが悪い。中2病の発症を期待されて、それに引っ張られてついつい妄想を繰り返してしまう。完治に時間がかかるのはこれが原因だな」
……あれ?
「どうした」
「いえ、やけに詳しいなーって」
「そうですね。まるで織斑先生もそのちゅうに病というものにかかったことがあるかのようだ」
「………気のせいだろう」
今の微妙な間がすべてを証明しちゃってる気がする。
「少し飲み過ぎたようだ。私はもう寝るからお前達も戻れ」
「は、はあ」
「わかりました。では失礼します」
しかも露骨に逃げた。追及しようかとも思ったけど、ボーデヴィッヒさんが早々に部屋を出たので、引きずられる形で私も退室してしまった。
「え? 本当に、あの千冬さんが?」
「むう、結局ちゅうに病のことを聞けずじまいだった」
≪思春期あるある その1≫
「記念すべき1発目は、私、篠ノ之箒が担当します」
「審査はIS学園生徒会長、更識楯無です」
「では早速。思春期あるある、そのいち! 古文の時間、『あなる』という言葉が出てきてついつい興奮してしまう! さらに、先生が文章の音読を生徒に当てる時、誰か間違えてそのまま読まないかなーと期待してしまう!」
「あー、あるある! というわけで80点! ちなみに私はわざと言い間違えていたわ」
「さすがは師匠です」
「一夏。あのふたりは何を話しているのだ?」
「あれはなラウラ、あまり気にしない方がいい。お前はそのままのお前でいてほしい」
「?」
一応本当の読み方を言っておくと、「あなる」は「あんなる」と読みます。撥音便無表記ってやつです、おそらく。
感想や評価等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。