≪梅雨≫
6月も半ばにさしかかり、そろそろ月末の学年別トーナメントを本格的に意識し始める時期がやってきた。俺以外のみんなも同じようで、学園全体が若干ぴりぴりした空気に包まれている。
トーナメントの内容は、シンプルに1対1の個人戦。敗者復活もなしと、実にわかりやすい。一応専用機持ちという身分である以上、初戦負けとかは不恰好極まりないので頑張らなければ。
鈴やセシリアをはじめとする代表候補生に勝てるかどうかが問題だけど、一応そのための策はある。束さんにやってもらった白式のアップデートの内容も秘密にしてるし。
「しっかし、湿気がきついなあ」
そしてもうひとつ、この時期特有のじめじめした空気を作り出しているのが、例年通りやって来た梅雨前線サマだった。
「昨日に続いて今日も雨か。毎年のことだが、こうも天気が悪いと嫌になるな」
「だな。外出も面倒になるし」
朝のホームルーム前の時間、箒と一緒に愚痴りあう。
「ですけど、日本の方はこういった季節の変化に『風流』なるものを感じるとお聞きしましたわ。わたくしも、イギリスとは違った気候が新鮮に思えています」
と、ここで海外出身のセシリアの意見が割って入ってきた。
「風流ねえ」
「そういう意見もわからなくはない。だが私達は10年以上同じ気候を味わっているのだ。いい加減飽きも来る」
俳句とか嗜んでれば少しは変わるのかもしれないけど、俺はああいうの苦手だ。
「じめじめするっていうのは確かに困るよね」
「シャルロットか。おはよう」
「おはよう」
教室に入ってきたシャルロットは、俺の隣の席に腰かけると、そのまま俺達の会話に参加してくる。
「僕もあんまり雨が続くのはちょっとね」
どうやらシャルロットは梅雨に不満を持つ派らしい。同じ欧州出身でも意見はセシリアと異なり、俺達側に近いようだ。
「雨の日はなんだか漫画の執筆がはかどるんだけど、いろいろ妄想しているうちに下の方がじめじめしてきて……だからこうも天気が悪いといつも湿ってて参っちゃうよ」
「そんな理由で同意されるとは思わなかった」
≪いつもと違う≫
「いーちかっ」
昼休み。今日の日替わり定食はなにかなーなどと考えていると、教室の入り口から俺を呼ぶ声がした。
「お昼、学食でしょ?」
「ああ、いつも通りにな。一緒に行くか?」
「そのために来たのよ」
昼食仲間に鈴が加わった。他に誰か誘うか、誘うまいか……
「………ふふ」
「ところでお前、なんでそんな顔してるんだ」
何がうれしいのか、鈴はニッコリ笑顔で俺を見つめていた。
「何か気づかない?」
「え?」
「今日のあたし、いつもとどこか違ってないかしら」
いきなりつかみどころのない質問をされて、ちょっと戸惑う。うれしそうに聞くってことは、何か鈴にとっていい変化が起きてるってことだよな。
「うーん……どこか変わってるのか? パッと見てわかるくらい?」
「わかんないの? あたしの顔見れば一発よ、一発」
「顔?」
言われた通り顔に注目してみる。
「………」
じーーーー。
「……ぁ」
じーーーー。
む。よく見るといつもより肌のつやとか色とかがきれいになっているような。
「あっ、そうかわかった! 化粧してるんだな……って、どうした?」
いつの間にか鈴の視線が下がっている。加えて妙に落ち着きがない。
「べ、別に? 化粧で正解よ。……クラスの子に教えてもらったの」
「そうなのか。でもなんで正解したのにさっきよりテンション下がってるんだ?」
「そ、そうかしら」
なんか様子が変だな。俺、何かしたか?
……でも化粧か。派手な口紅塗ったりとかはしてないけど、確かに意識してみると普段より大人っぽい雰囲気に感じられる。
「なるほどなあ。結構変わるもんだ」
そのままじっと鈴の顔を凝視する。
「………」
ぷいっ。
「あれ」
なぜかそっぽを向かれてしまった。これじゃよく見られない。
「そ、その……あんまりじっと見られると、恥ずかしいのっ!」
すたすたと教室を出ていく鈴。ひょっとして照れてるのか?
「おい、待ってくれよ」
あわてて俺も後を追う。
自分が顔を見ろって言ったのに、変なやつだな。
≪πショック≫
『てんびん座のあなたは恋愛運が絶好調! 今日は女の子との距離が縮まるかも!』
朝のテレビ番組の占いコーナーによると、俺の今日の運勢はこんな感じらしい。
「恋愛運ねえ」
俺はいい結果の占いは信じて、悪い結果の占いは信じないタイプである。で、今回のこれは俺にとっていい結果のものと言えるわけだが。
「あんまり想像できないけど、期待だけはしておこう」
俺だって男だ。女の子と何かしらいい雰囲気になることを望んでいないと言ったらうそになる。
もしかしたら、今日は素敵な出会いがあるかもしれない。そんなことを思いながら、朝の教室に足を踏み入れようと扉に手を伸ばす。
伸ばした瞬間、扉が向こうから勝手に開いた。教室側から誰かが開けたのだろう。
が、反応が遅れたために俺の腕はそのまま止まらず伸びきってしまう。
ふにゅっ。
教室のドアとは似ても似つかない、柔らかい感触が右手から伝わってくる。
「……い、一夏、さん?」
目の前にはふんわり金髪の美少女、セシリア・オルコットの驚愕に満ちた表情が。そして、俺の手は彼女のへそより上で首より下の部分に触れていた。
つまりこういうことだ。俺が教室に入ろうとしたのと同時に、セシリアが教室から出ようとして扉を開けた。それにより行き場を失った俺の右手がたまたま彼女の胸に当たってしまった。
なるほどなるほど、理解した。
……まずくないか?
「きゅう」
俺が危機感を抱くと同時に、セシリアの体がばたーんと後ろ向きに倒れた。
「大変よ! セシリアが白目むいてる!」
「こんな漫画みたいな倒れ方する人初めて見たよ!」
「いったい誰がこんなことを……」
ざわつくクラスメイト達。冷や汗をかきまくる俺。
女の子との距離が縮まるって、こんなダイレクトな形でかよ!
「責任もって保健室まで運んできます!」
かくして俺は、父親以外は触れたことのないであろうセシリアのおっぱいとの出会いを果たしたのであった。
≪励ましの言葉≫
結局セシリアは1時限目の授業を欠席した。すごく申し訳ないので、休み時間に保健室に様子を見に行った。
「もうお嫁に行けませんわ……」
めちゃくちゃショックを受けているようで、どう謝ればいいのか困ってしまう。
「セシリアはオルコット家の当主なんだから、お嫁に行くんじゃなくて婿をとるっていうのが適切なんじゃないかな」
「そういう細かいことは今は置いておこう」
一緒に来てくれたシャルロットの指摘は流しておく。正論ではあるんだけど。
「とりあえず、僕が先にフォローしておくよ。一夏が謝るのはセシリアが落ち着いてからの方がいい」
「頼めるか?」
「お任せあれ」
そう言って、セシリアが横になっているベッドに近づくシャルロット。俺は保健室の入り口付近で待機である。
「しくしく。あんなところを触られてしまっては、わたくし……」
「大丈夫だよセシリア。元気出して」
優しく言い聞かせるように、彼女はセシリアに語りかける。
「シャルロットさん……ですけど」
「ショックだっただろうけど、そこまで悲観的になることないよ」
ぐっと親指を立てて、シャルロットは少し語調を強めた。
「お尻の穴までなら余裕でお嫁に行けるから!」
そんなフォローの仕方はどうかと思う。
「あ、あの……ちなみに、お尻の穴ともうひとつの穴ではどちらの方が優先度が高いのでしょうか」
セシリアも食いつくな!
≪πショック2≫
とりあえずセシリアに謝って、なんとか許してもらうことができた。
「一時はどうなることかと思った」
事故とはいえ、男性恐怖症の女の子の胸を触ってしまうとは。末恐ろしいことをしたもんだ。これからは気をつけないと――
「ひゃっ」
「うわっ」
言ってるそばから、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。しかもその拍子に手が相手の胸に当たってしまったような。
「い、一夏!?」
ぶつかった相手は鈴だった。さっきのセシリアと同じような顔つきになっている。すぐに謝らなければ!
「ご、ごめん鈴! わざとじゃないんだ。わざと……」
あれ? でも、今当たったのって本当に胸だったのか? セシリアの時みたいな柔らかな感触はなかった気がするし……いやいや、念入りに思い出してみるとわずかに膨らみがあったような。しかも鈴の顔、赤くなってるし。
……うん、やっぱりあれは胸だったんだよな? よし、確信が持てたところでちゃんと謝罪しよう。
「そう、わざと胸を触ろうとしたわけじゃないんだ。許してくれ」
「今の微妙な間でなんか許せなくなった」
「え」
≪学年別トーナメント≫
6月の終わり。ついにトーナメントの当日を迎えた。
「箒、ここにいたんだ。1回戦突破おめでとう」
「鈴か。そちらも順当に勝ち上がったようだな」
アリーナの観客席に箒の姿を見つけたので、隣に座らせてもらう。
あたしも箒も、先ほど最初の試合を勝利で飾ったばかりだ。
「次の試合が1回戦の山かしらね」
「そうなるだろうな。専用機持ち同士が戦うのはこのカードだけだ」
試合場に出てきた2機のISを見る。片方は白い機体。もう片方は青い機体。
『それではこれより、1回戦第10試合、織斑一夏VSセシリア・オルコットの対戦を開始します。実況は私、黛薫子がお送りいたします。整備科は試合がないので暇です』
なぜか1年の試合だけ実況つきである。
「一夏とセシリア……この組み合わせは2回目だな」
「そういえば、クラス代表を決める時に戦ったらしいわね。その時はどんな感じだったのよ」
「終盤一夏が盛り返したが、基本的には終始セシリアのペースだった。相手が男だという緊張感も入学当初よりは薄れているだろうし、あいつとしては以前よりやりやすいだろうな」
「へえ」
ま、仮にもセシリアはイギリスの代表候補生なわけだし、普通に考えればあっちが勝つ確率が高いわよね。
「ただ、私には妙な期待感が」
箒の言葉を遮るように、試合開始のブザーが鳴り響いた。
『さて、それでは試合スタート……おおっと、これは!』
始まって早々、実況が驚く声が聞こえてきた。
あたしも同じだ。白式――つまり一夏が武器を構えた姿を見て、思わず固まってしまった。
「ブレードが2本……?」
うそ……だってあいつ、武器はひとつしかないって言ってたのに。今までの訓練でだって、一度も『雪片弐型』以外のブレードを使ったことなんてないはず。
対戦相手のセシリアも驚いているようで、試合が始まっているのにその場から動いていない。そうこうしているうちに、白式がブルー・ティアーズめがけて突っ込んだ。
『先に仕掛けたのは白式! 事前の情報では武装はひとつとのことでしたが、2本のブレードを巧みに操り猛攻!』
しかも、二刀流がちゃんと様になってる。セシリアもライフルやビットで迎撃するが、なかなか攻撃に転じることができない。
「ふふっ……そうか、そういうことか。姉さんに手を加えられたのはそこだったのだな」
「箒?」
隣を見ると、箒は目を輝かせて一夏の剣捌きを凝視していた。驚いているというよりは、明らかに喜んでいる。
「一夏のやつめ。今の今まで武器が追加されたことを秘密にしていたのか」
「それって、この前篠ノ之博士に白式を改造してもらったっていう……」
「そうだ。おそらくトーナメントで相手の不意を打つために隠していたのだろう。実際、セシリアはそのせいで初動が遅れた」
「なるほど。でも、それにしたって動きが軽すぎない? 両手にブレードって慣れるまで時間がかかるらしいのに」
「元の経験があるからだ。あいつは元来、剣道では二刀流の方が強かった」
え? 剣道って二刀流ありなの?
浮かんだ疑問をそのままぶつけると、箒は小さく頷いた。
「もっとも、高校生以下は公式の試合で使うのを禁止されている。しかし練習でやるぶんには自由だ。昔一夏が私に勝った時も、あいつは竹刀を2本使っていた」
「そうなんだ」
初耳だった。一夏が小学生の頃に剣道を習っていたのは知っていたけど、詳しいことまでは聞いたことがなかったから。
「それで二刀流に慣れてるわけね」
「ああ。だが、それでも想像以上だ。ここに入った時にはあれだけ腕が鈍っていたのに……あいつはいつも私の予想を超えたことをやってのける。だから面白いんだ」
面白い、か。なんとなくわかる気がする。
「いい試合になってるみたいだね」
ふと声をかけられたので振り向くと、シャルロットがあたしの隣の席に座ろうとしていた。
「シャルロット。先ほどの試合、見事だったな」
「ありがとう」
彼女の試合は一夏とセシリアのひとつ前だったので、観客席に来るのが遅れたみたいだ。
「今ちょうど、箒からいろいろ説明してもらってたところなのよ」
「うん、知ってる。ふたりの話している声が聞こえてたからね」
ちらりと試合の様子をうかがってから、シャルロットはあたし達の方を見て興奮気味に語りかけた。
「つまり、一夏が二刀流で男も女もOKってことだよね!」
「アンタの耳にはいったい何が聞こえていたのかしら」
≪切り札≫
序盤は有利な試合運びだった。俺が二刀流で戦うなんて考えもしていなかったであろうセシリアを焦らせ、その勢いで攻め続けることができていた。
「くっ……」
だが、さすがは代表候補生。中盤以降は俺の動きにも対応し始め、今ではこちらが劣勢に立たされている。
「ようやく確信が持てましたわ。エネルギー無効化の能力を持つのは右手のブレードだけですのね」
くそ、ばれちまったか。
セシリアの言う通り、白式のワンオフ・アビリティーである『零落白夜』は右の刀からしか発動できない。今まではどちらからも一撃必殺の斬撃が飛んでくるという必要以上の警戒を抱かせることで、向こうの攻撃の手を緩ませることができていた。でも、もうその手は通じないみたいだ。
「二刀流。確かに最初は戸惑いましたが、もういいようにはさせませんわ!」
まずいな、今度はセシリアの方が勢いづいている。このままだとどんどん形勢が悪くなって、待っているのは敗北だけだ。
「2連敗はできないよな」
前回のクラス代表決定戦に続き、またも大きな試合で同じ相手に負けるっていうのは嫌だ。つまらない男の意地かもしれないけど、とにかく嫌なもんは嫌だ。だからこそ、他の専用機持ち以上にセシリアの動きを研究してきたのだ。
でもどうする? このまま何もしなければ負けるのは確実だが、かといってこの場面で有効な打開策はあるのだろうか。二刀流が見切られた以上、もう使える武器は――
「あ」
その時、俺は思い出した。ここまで誰にも見せていない技が、ひとつだけ存在することを。あまりにアレだったので今後一切使うまいと、記憶の奥底に封じ込めた武装があったことを。
「………」
どうする。こうして悩んでる間にもセシリアの攻撃は激しさを増している。やるならやる、やらないならやらないではっきり決めなければ。
しかしあれを、よりにもよってセシリアに撃つのは……
「そこですわ!」
叫ぶ彼女の顔を見る。この試合に勝とうと、真剣に対戦相手である俺を見つめていた。
……ここで打てる手を打たないのは、全力で向かってきている彼女に失礼だ。
「やろう」
撃とう。どれだけ恥をかく羽目になっても関係ない。このトーナメントは各国からたくさんのIS関係者が観戦に来ているという事実も気にしてはいけない。
「そろそろフィナーレと――」
「せいっ!」
勝負を決めに来たセシリアに向き合い、左手に持つ刀をぶん投げる。彼女がそれを避ける間に右手の刀を左手に持ち替え、空いた右手を下に持っていく。
そして……俺は白式の股間部分を全力でこすり始めた。
「うおおおおっ!」
ドピュドピュドピュ! ドッピュルルルル!!
股間に内蔵された砲台が現れ、ものすごい勢いで白いねばねばした液体を射出する。
「ふぇっ? な、なななんですのこれは!?」
束さんが手間取ったかいあって、あまりにも高い再現度を誇るそれを見たセシリアの頬が赤く染まる。普通に考えればありえない想像をしてしまうほど、彼女は混乱していた。
そしてそれにより、一瞬の隙が生まれる。強力な瞬時加速と零落白夜を持つ白式にとっては、十分すぎる隙だった。
『き、決まったああ!! 白式のブレードがブルー・ティアーズをとらえました!』
斬撃とともに試合終了を告げるブザーが鳴り響く。俺の勝ちだ。
前回負けた相手に勝利。うれしいことにはうれしいが……
『刀ひとつと思わせておいて二刀流、しかしそれすらもフェイク! 織斑選手、男だけが持ちうる股間のブレードを使った三刀流で勝利をつかみました!』
あーはいはい絶対そう言うと思ったよ!
初陣で負けた相手にリベンジマッチで勝利。これは名勝負ですね、間違いない。
トーナメントの続きは次にまわします。
感想や評価等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。