≪触れるな危険≫
トーナメントの1回戦、一夏が勝った。しかもあのセシリアにだ。
最後の攻撃はどうかとも思ったけど、全体的に見れば間違いなくかっこよかった。それを伝えたくて、あたしは箒達と一緒に一夏のいるであろうアリーナのビットに向かった。
「って、なんなのよこの人だかりは!」
「出遅れてしまったようだな」
ビットの中はすでにたくさんの生徒の山で埋まっていた。この中心に一夏がいるんだろうけど、とても近づけそうにない。みんな、さっきのいろんな意味で濃い内容だった試合の感想を聞きに来たのかしら。
「一夏っ! 一夏ってば!」
とりあえず声を張り上げてみるけど、周りがざわついているので一夏まで届くことは期待できそうもない。
ああじれったい。あいつが密かにセシリアへのリベンジに燃えてたのは知ってるから、早くおめでとうって言ってあげたいのに。ついでに、次のアンタの相手はこの凰鈴音サマだってことも。
「……あれ、今遠くで誰か俺のこと呼ばなかったか?」
と、その時人ごみの中から一夏の声が聞こえてきた。うそ、ひょっとしてあたしが呼んだのに気づいてくれた? もしそうなら、これこそ昔なじみの絆の力ってやつ――
「なんかかなり低い位置から聞こえた気がしたんだが……しゃがんで人ごみ抜けようとするのは危ないぞ」
「………」
ブチッ。
≪逆鱗≫
「さて、2回戦だ」
たくさんの人に質問攻めにされるなんてこともあったが、しっかり体と心を休めたところで次の試合がやってきた。対戦相手は鈴。またしても代表候補生である。
「やれるだけはやるしかないよな」
二刀流はもう割れてるし、鈴の動きはセシリアほど研究していない。正直分は悪いけど、なんとか零落白夜を撃ちこむ機会を作りたいところだ。
『それでは両者、規定位置についてください』
アナウンスに従い、ビットからステージに出る。鈴の戦い方は基本に忠実なので、どうにかそのあたりを逆手に取れないものかと作戦を練ってきたんだが……
「……鈴?」
反対側のビットから出てきた鈴の姿を見た瞬間、それまでの思考がストップしてしまった。
「くっ、ふふふふ……」
こ、この笑い方は、まさか。
「我が右腕よ。先刻は随分と私をコケにしてくれたな」
「え、えーっと」
何が原因かはわからないけど中2病モードが発動している。しかも知らないうちに俺は彼女の怒りを買ってしまっていたらしい。背後に禍々しい黒いオーラのようなものが見える。
「そろそろ灸を据える必要があると判断した。今一度ここで私と貴様の上下関係を示してやろうではないか」
「いや、だからなんで急に」
理由を問いただす前に試合開始のブザーが鳴り響く。これはまずい、普段の鈴と『悪夢の女帝』じゃ行動パターンに違いがあり過ぎて対応が――
「背丈なぞ人間の価値を決めるうえでなんの意味もないわーー!!」
「うおおおっ!?」
なんか急に話の内容がスケールダウンしているような……などというツッコミをする余裕はもちろんなく。
「さあ、闇に溺れるがいい……!」
完全に向こうペースで戦いが進んでいった結果。
『試合終了! 凰選手、織斑選手に対して圧倒的な力の差を見せつけました! さすがは混沌の申し子!』
10分後、俺はあっさりと白式のシールドエネルギーを切らしてしまったのだった。
鈴のやつ、やっぱりこっちのモードの方が強いんじゃないのか……? そんなことを考えてしまうくらい、何もさせてもらえなかった。
「ふふふ……はははははっ! 思い知ったか織斑一夏! 貴様は一生私の右腕だ、ゆめゆめ忘れるな!」
対して鈴は上機嫌そのもの。実況の言葉にも満足しているようだった。
「一生私の右腕、か」
めちゃくちゃなことを言われているが、あくまで『そういう設定』にすぎないことを理解しているのでたいした文句もない。
……そういや、前にも同じようなこと言われたっけか。懐かしい。
≪彼女がそれに目覚めた時≫
あれはまだ俺達が中2(学年的な意味で)だった夏の日のこと。
「今朝も陽の光が煩わしいな。闇を本質とする私には害悪でしかない」
いつものように登校すると、幼なじみが変なしゃべり方になっていた。
「鈴。なんだその言葉遣い」
「たわけ。凰鈴音は世を忍ぶ仮の名だ。私の真の名は『
いや、そんなの初めて聞いたんだが。
「おい弾、どういうことだこれ。新しい遊びか?」
先に教室に来ていた友人その1、五反田弾に事情を聞く。
「わからん。昨日から今日の間に突然中2病に目覚めたらしい」
「中2病?」
聞きなれない単語だったので意味を尋ねると、弾が簡潔な説明をしてくれた。
「なるほど。つまり妄想がひどくなってるってわけか」
「身もふたもない言い方すればそういうことだ。でも、俺もあそこまでひどいのは漫画の中だけだと思ってたぜ」
そう言って肩をすくめる弾。俺は再び鈴の様子をうかがってみた。
「む? どうした我が眷属よ」
「け、けんぞく? それって俺のことか」
「そうだ。お前は私と同じく闇と混沌を愛する者……ゆえに私の配下に加わると、満月の夜に誓ったではないか」
「は、はあ」
いかん、全然話についていけん。一時的なものなら別にいいんだが、本格的に中2病ってやつにかかってるならこれがずっと続くことになるわけで。
「あのさ、鈴」
「だから鈴ではないと」
「そこは置いといてだ。もう少しわかりやすい言葉を選んでくれないか? 俺の頭じゃ理解が追いつかないんだ」
「……仕方あるまい。下の者の頼みを聞いてやるのも姫としてのつとめだ」
小さくうなずくと、鈴は席から立ち上がり、勢いよく両手を広げた。
「よいか我が眷属。一言で説明すれば、私は将来世界を混沌に陥れる存在だ」
のっけからすごい宣言だな。でかい声で言うからクラス中が注目してるぞ。
「今はまだ器が満たされていないがゆえ、こうして雌伏の日々を送っているが……」
目を閉じてゆっくりと歩き始める。どうやら次の発言までの溜めを作っているらしい。でも、そんなことしてると……
「なあ」
「私の語りに口を挟むな無礼者。つまりだな、私の肉体が成熟の時を迎えたあかつきには、世界は――」
ガンッ。
多分決め台詞を言おうとしたところで、鈴の左足が机の角に思い切りぶつかった。
で、そのままばたーんと豪快に倒れこむ。
「だから目閉じて歩くと危ないって」
注意しようとしたのに途中で止めるんだもんな。
「いたたた……なんでこんなところに机があるのよ!」
「ここが教室だからだ」
あ、しゃべり方が元に戻ってる。予想外のことが起きて演技を忘れたのだろうか。
「ぐぬぬ……と、とにかく! 私はいずれ世界を支配するのだ、わかったか!」
捨て台詞みたいなものを残してすたすたと教室の出口へ向かう鈴。
「おい、どこ行くんだよ」
「ふっ、我が体内に傲慢にも居座る邪魔な物質を排除してくるのだ。………お腹痛い」
「普通にトイレって言えよ」
≪中2病な日々≫
「ねえねえ鈴。昨日の火サス見た?」
「ああ見たぞ。もっとも、私は開始30分で犯人を見抜いていたがな」
「あはは、うっそだー。鈴って推理系いっつも外しまくるくせに。どうせルポライターが犯人だと思ったんでしょ」
「むっ……ま、まあ確かに怪しいとは思ったが、確信はしなかったからセーフだ! 私の魔眼に見抜けぬものはない!」
夏休みが明けて2学期になっても、鈴の中2病は治っていなかった。クラスのみんなも慣れたのか、今ではほとんど誰も突っ込まないし、普通に会話が成立している。たまに言葉の意味が理解できない時はあるけど、そこはご愛嬌だ。
「我が眷属よ」
「おう、なんだ?」
「以前言った通り、今宵再び
「ああ、聞いてみたら今日は暇だから気分転換に付き合ってやるってさ」
ちなみになんちゃらサタンとは俺の姉のことである。最近、鈴は千冬姉に対してよく勝負を挑んでいるのだ。私が世を統べるためにいずれ越えねばならない壁だとかなんだとか、そんなことを言っていた気がする。まあ、確かにうちの姉は魔王みたいな人だけど。
「くくっ、余裕でいられるのも今のうち。今日こそ私の勝利する時だ」
「自信満々だな。今日は将棋で勝負だっけ」
「その通り。この日のために駒の動かし方を熟知してきた」
勝負といってもこんな感じで内容は平和そのもの。仕事で疲れている千冬姉にはちょうどいい娯楽になっているようだ。
「今日もうちで夕飯食べてくよな?」
「無論だ」
「よし、なら今晩はハンバーグでも作ってみるか」
「本当!? やった……こほん。ま、まあ期待しているぞ」
時々、というか結構な頻度で素が出てくるので、周りの人からはそこをいじられることも多い。
「鈴ちゃーん。ちょっと来てくれるー?」
「だから凰鈴音は仮の名だと言っているだろう。私の真名は――」
そういうわけで、鈴のおかしな言動はすっかり受け入れられ、今まで通りみんなと仲良く過ごしている。
いったいどういう理由があって中2病を発症したのかは教えてもらえないけど、本人が楽しそうにやってるならそれでいい。
「………」
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
自分を闇の申し子だのなんだのとうれしそうに語ったりする中で、まれに彼女がいつもと違う表情を見せる時がある。
自分で自分に酔っているような顔つきでもなく、うっかり素が出て焦っている様子でもなく。
目を伏せて、何か寂しがっているような……そんな表情に、俺には見えていた。
≪過去から今へ≫
久しぶりに中学時代の夢を見た。昨日鈴の派手な中2病を見たせいだろうか。
「しかし、今日は暇だな」
昨日はトーナメントの2回戦前半まで消化され、俺はすでに敗退済み。一日中観客席で応援ということになる。箒や鈴達ができるだけ勝ち進めるように祈ろう。
「まずは腹ごしらえだな」
低血圧の人間特有のゆっくりとした着替えを終え、部屋を出る。
「あ、一夏。おはよう」
「おっす、鈴」
食堂に向かう途中で鈴と会ったので、一緒に歩くことにした。
「今日も勝てるといいな。応援してるぜ」
「ありがと。頑張って優勝目指すわ。ただし、戦闘はあくまで冷静に……間違っても熱くなりすぎないように、ね」
後半部分は俺にじゃなくて自分に言い聞かせているようだ。中2病モードの発動を恐れているんだろう。
昔はあんなに楽しんでいたのに、今じゃ必死に封印しようとしている。
「そういや、今まで聞いてなかったことがあるんだけど」
「なに?」
「お前、確か大人の女を目指してるって言ってたよな。どうしてだ?」
気になったので尋ねてみると、鈴は唇の端をつり上げて、
「秘密よ」
何も教えてくれなかった。
「言ってくれないのか」
「隠し事のひとつくらいあった方が大人っぽいでしょ? 心配しなくても、別に変な理由があるわけじゃないから」
「そっか。ならいい」
正直ますます答えが聞きたくなったのだが、本人が口を割らないんじゃどうしようもないか。
≪怪我の功名?≫
「一夏さん」
観客席でよさげな座席を探していると、背後から聞きなれた声が。
「セシリア」
昨日1回戦で戦って、一応は俺が勝利を収めた相手。しかし、男性恐怖症の彼女にはいらぬショックを与えてしまった。
勝つためにはあれしかなかったので、自分のとった行動自体に後悔はない。ただ、それはそれとして謝罪はした方がいい。そう思っていたのだが、結局昨日は会えずじまいだったのだ。
「あの、昨日は本当に」
「いいんです」
俺が頭を下げる前に、セシリアはそれを遮るかのように微笑んだ。
「一夏さんは勝つために全力を尽くした。それだけでしょう?」
「あ、ああ。それはそうだけど」
「ならなんの問題もありませんわ。それに」
彼女の両手が俺の右手をつかむ。
「え?」
ちょっと待て。今、驚くべきことが起きてないか。
あのセシリアが、普通に男に触れている?
「一種のショック療法になったようですわ。妄想の世界でなく、れっきとした現実で胸を触られたりあんなものをぶっかけられたりしたせいで、一夏さんに触れるくらいなら造作もないように思えてきましたの」
「な、なるほど。わかるようなわからないような」
ともあれ、彼女の抱える問題解決に向けての大きな一歩になったことは間違いない。
「ありがとうございます。これも一夏さんに辱められたおかげですわ」
「お礼を言うのはいいんだけど、その言い方だと俺がすごく変態に聞こえる」
観客席には俺達の他にもたくさんの人がいるので、聞かれていると思うと恥ずかしい。
「ですけど、実際一夏さんが 辱 め て く だ さ っ た のは事実ですし」
「……あの、セシリア?」
「あの 辱 め がなければ今のわたくしもありませんし、それならはっきりと一夏さんがわたくしを 辱 め た という功績を讃えてさしあげたいのですが」
にっこり笑顔で話すセシリア。しかも特定の部分の声がやたらと大きい。
「セシリア。やっぱり怒ってるのか?」
「いえいえ、そんなことは決して。勝負のためには仕方なかった、でもそれとこれとはまた別問題とか考えていませんわよ。ちょっとくらい仕返ししてやろうとか全然思っていませんから」
貼りついたニコニコ顔がすごく怖い。
間違いなく怒っていらっしゃるようだった。……ごめんなさい。
ついに鈴ちゃん過去編へ突入しました。次回で中学2年生編後半を終え、同時に原作2巻の内容も一通り終えることになるはずです。あんまり文字数が増えると2話に分けるかもしれませんが。
第9話と同じく真面目な話が多めになるかと思われますが、ネタがゼロというわけではないのでご了承ください。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。