≪三刀流≫
トーナメントも無事終了。優勝はラウラ、準優勝は鈴だった。プロの軍人だけあって、ラウラの動きはまさに隙がないって感じですごかったな。
「私ももっと腕を上げねばならないな」
「でもベスト4だろ? 十分な結果じゃないか」
俺が試合を見た限りじゃ、1年生の中で打鉄を一番うまく扱えてたのは箒だと思う。しかし、本人はまだまだ自分を未熟だと感じている様子。
「妥協をしたくないのだ。強くなればきっと、今より面白い試合ができるだろうからな」
「お前は本当に面白いこと好きだな」
おおげさでもなんでもなく、行動理由の大半がそこに集約されている気がする。普段の下ネタだって、こいつ自身が性知識に好奇心を刺激されるゆえのものなんだろうし。
「そこで考えてみたのだが、私もお前のように三刀流を使ってみようと思う」
「唐突に人のトラウマほじくり返すのやめろ」
数日たって、段々俺の記憶の中では(強制的に)風化していたというのに。
「そう気に病むな。私はお前の試合を見て素直に感心したのだぞ? 適した武器を適したタイミングで使えるのは実力のある証拠だ」
「……そう言われる分には悪い気はしないんだがな」
「そうそう、称賛は素直に受け取るべきだ。それで、話を戻すが」
そう言うと、箒は少し後退してから両手を掲げる。これは……二刀流の構えか?
「打鉄のブレードを1本追加するだけなら簡単だ。だから両手を使って二刀流まではできる。しかし私は女なので股間にブレードがないのだ」
「別に俺が男だから白式の股間に砲台があるわけじゃないからな?」
束さんが勝手に変な場所に付けただけだ。俺は悪くない。
「困った私は悩み、そしてふと思いついた。両手が塞がっているのなら、口でくわえればよいではないかと」
「ほう。そういや漫画でもあるよな、両手と口で三刀流」
扱いは相当難しいと思うけど。でも、それ以前に大きな問題があるような。
「しかしそれも駄目だった。なぜならISには口がないからだ」
「やっぱりそうなるよな」
装着した人の顔が思い切り露出されてるからな。まさか箒自身の口でブレードをくわえるわけにもいかないし。
「構造上の欠陥だな」
「仕方ないだろ。そんなことまで考慮されてないんだし」
「ちょっと股に穴を開けていればいいだけなのに」
「どっちの口にくわえるつもりだコラ」
≪お風呂≫
「大浴場っていいよね。この学園に来てお風呂が好きな日本人の精神が理解できた気がするよ」
「おお、シャルロットにもジャパニーズスピリットが宿ったか。いいことだ」
休み時間に荷物の整理をしていると、私の席の近くでデュノアと篠ノ之が風呂について語り合っていた。
ちなみに私自身は、ドイツにいる頃から湯船というものを使ったことがない。
「フランスではシャワー派だったんだけど、お湯に体全部をつからせるっていうのがあんなに気持ちいいとは知らなかったよ」
「そうだろう。特に大きな湯船だとなおさらいいものだ」
少し興味をそそられる内容だったので聞いていると、こちらの様子にデュノアが気づいたらしい。
「そういえば、ボーデヴィッヒさんはいつもシャワーで済ませてるよね」
「ああ、それで体を洗うには十分だからな。……しかし、大浴場とはそんなにいいものなのか」
一度も試したことがなかったが、気持ちよくなれるのなら今夜あたり行ってみようかとも思う。
「もちろんだ。まず広い空間で合法的に全裸になれるのがいい」
「解放感を感じられるよね。まるで野生にかえったような」
「誰にも叱られない露出プレイは手軽でおすすめだ。というわけでどうだ?」
「……私にはまだ早いようだ」
何かが、私の求めるものとは決定的に何かが違う……。
≪中2のおもひでぽろぽろ・転≫
鈴の中2病が発症してから3ヶ月。日に日に肌寒くなってくる時期の夜に、俺は家を出て近くの公園に向かっていた。
「なんで夜空の観察なんて面倒な宿題を出すんだ」
スケッチは時間かかるし、外は寒いから防寒着必要だし。かといって理科の先生は怒ると怖いからサボるわけにもいかない。
「誰か話し相手でもいれば、まだマシなんだけど」
わざわざ公園まで足を伸ばすのはそのためだ。俺と同じく提出前日になって焦ってスケッチしてる人がいれば、そいつとおしゃべりして少しは寒さを紛らすことができると考えたのである。ついでに言うと、家の前は道路だから座ってると邪魔になる。
「お、本当にいた」
公園の中に入ると、見慣れたツインテールが芝生に座っているのが見えた。
「おーい、鈴」
「っ!? い、一夏……!」
びくんと体を震わせる鈴。いきなり背後から声をかけたから驚かせてしまったようだ。
「お前も星の観察してるんだろ? 一緒にやろうぜ」
「え? あ、いや、あたしは……違うの」
「そうなのか? じゃあそのスケッチブックは……」
膝の上に乗っているスケッチブックを覗き込む。
そこには、羽根が生えた人間の絵とか、『必殺技一覧』とかいう文字が書かれていた。
これはもしかして、普段あいつが演じてる中2病のキャラ設定ではないだろうか。
「すげえ書きこんでるな。ちょっと見せてもらってもいいか」
「……別にいいけど」
「サンキュー」
スケッチブックを受け取る。ぺらぺらとめくってみると、他のページにもぎっしりといろんな絵やら文字やらが詰め込まれていた。
「へえ~、本当にすごいな。ここまで設定がこんでるとは思わなかった。なあ、これ全部書くのにどのくらいかかったんだ……って、あれ」
顔を上げると、なぜか鈴が消えていた。慌てて周囲を見渡すと、そそくさと公園を出ようとしている彼女の後ろ姿を見つける。
「おい、どこ行くんだよ」
「帰るのよ」
「帰るって……これは?」
貸してもらったスケッチブックを掲げる。ちらりとこっちをうかがった鈴は、すぐに前に視線を戻して、
「あげる。いらないから」
なんて平然と言い放った。
「はあ? なんだよいきなり。それにお前、いつもの中2病は……」
どうも様子がおかしい。最初は俺がいきなり現れたことに驚いて演技を忘れているだけかと思っていたが、いつまでたっても鈴は普通のしゃべり方を崩そうとしない。しかも、この設定集みたいなものって大事なんじゃないのか? それをいらないって、いったいどういうことだ?
「……そういう気分じゃないのよ。じゃ、おやすみ」
「あ、ちょっと待てって!」
俺の制止の言葉も聞かず、鈴はそのまま立ち去ってしまった。公園にひとり取り残された俺は、しばし呆然と右手のスケッチブックを眺める。
「なんだってんだ……?」
わけがわからない。そう思うことしかできなかった。
≪仕方なかった≫
その日の夜は、態度が変だった鈴のことで頭がいっぱいだった。
俺の手に残されたスケッチブックが何かの手がかりにならないかと、家に帰ってからじっくり読み込んだりもした。数十ページにわたっていたため、かなりの時間がかかってしまった。
そう、とてもとても時間がかかってしまったのだ。
「織斑。今日の宿題は夜空の観察とスケッチだったな」
「そうですね」
「お前のスケッチには大きな丸がひとつ書かれているだけなんだが、これは日本国旗か何かか?」
「やだなあ先生。これは満月ですよ。ちゃんとウサギが餅つきしてる模様も書いてるのに」
翌日の1時限目、理科の授業。俺は教卓に立つ先生と真っ向から議論を交わしていた。
「ほう。織斑の見た夜空には月しかなかったのか」
「そうなんですよ。いやあ、街の明かりが邪魔したみたいで。最近問題になってますよね? 人口の光が強くて市街地じゃ星が見えないって」
「そうだな。先生もそれは嘆かわしいことだと思うよ」
「ですよね。俺も満天の星空を見たかったんですけど、仕方ないですよね。じゃあそういうことで」
「今夜は私が山奥に連れて行ってやろう。一晩中きれいな夜空が眺められるぞ」
「ごめんなさい宿題やり忘れました」
やっぱりごまかしきれなかった。
≪最近の子供はませてる≫
「はあ、明日は早起きしなきゃな」
下校中、思わずため息をこぼしてしまう。
スケッチに関しては、明日の朝のホームルーム前に職員室に出しに来るよう命じられた。とりあえず、今夜はちゃんと星空観察しないとな。
……しかし、気になるのは鈴だ。今日の学校でも素の態度をとり続けていたので、クラス中が驚いていた。あいつの中2病はすでに日常の一部になっていたから。
「あっ、一夏兄ちゃんだ!」
「おーい!」
考え事をしながら公園を横切ろうとした時、ジャングルジムで遊んでいた近所の小学生3人組に声をかけられた。こいつらとは家が近いこともあって、昔から何度も遊んだことがある。
「よっ。どうかしたか?」
「兄ちゃん、今からヒーローごっこやるから悪役やってよ」
「僕ら全員ヒーロー役やりたいんだ」
「悪者がいなくて困ってたの」
なるほど。ま、わざわざヒーローにやられる役をやりたがる子はいないか。ここは年長者の優しさを見せてやるとしよう。
「いいぜ。じゃあ悪の怪人役でいいか?」
「うん!」
3人ともうなずいたので、早速ヒーローごっこを始めることにした。
「ふははは! ヒーロー達め、今日こそやっつけてやるぞー!」
手をぐわーっと広げて襲いかかるポーズをとる。さあかかってこい!
「………」
「………」
「……えー」
あれ? なんで無反応?
「兄ちゃん、子供っぽーい」
「今時そんなコテコテの悪役なんてはやらないよー」
「つまんなーい」
うぐっ……まさか5つも6つも年下の子供達に駄目出しされるとは。俺がお前らのころにはそんなませたこと考えてなかったぞ。
「む……じゃあ大人っぽい悪役ならいいのか」
首を縦に振る一同。しかし参ったな、どういう演技すればいいのかわからない。大人っぽいといえば、なんか小難しい言葉を並べたりすればいいんだろうか……?
「ん?」
子供達を前に腕を組んで悩んでいると、公園の前を歩いている幼なじみの姿が目に入った。
で、同時に俺はひらめいた。
「りーん! ちょっとこっちに来てくれ!」
大声で呼びかけると、それに気づいた鈴がこっちに近づいてくる。
「なに?」
「悪役の手本を見せてくれ」
「……は?」
ざーっと事情を説明する。
「でもあたし、ああいうのはもう」
「今だけでいいからさ。こいつらのためにも頼むよ」
「お姉ちゃんお願い! 兄ちゃんじゃ全然ダメなんだよ」
そんなストレートに言われると正直傷つくんだが、とにかく頼み込んでみた結果。
「……しょうがないわね。1回だけよ、1回だけ」
「わーい!」
なんとか了承を得ることができた。さすが、なんだかんだで面倒見のいいやつなだけある。
≪大人っぽい悪役≫
「覚悟しろナイトメアプリンセス! ここで僕達がお前を倒す!」
「くふふっ、有象無象が粋がったところで何が変わる? 我が地獄の烈火に焼き払われることは確定された未来! つまり貴様らは全員死ぬ!」
「そんなことはさせないぞ!」
「力を合わせて勝ってみせる!」
「ならばやってみるがいい。小さき者どもよ!」
うん、やっぱりこういうのは鈴に任せるのが一番だ。子供達も元気にヒーローやってるし、最初は渋々だった鈴自身も今はノリノリだし。
「食らえ、必殺トリプルビーム! ズババババ!」
「ふっ、かような技が私に効くと思ったか! 蚊に刺された程度の――」
「いや、それは駄目だろ」
「あう」
3人の合体技を弾き返そうとしていた鈴の頭に軽くチョップ。
「な、何をする眷属よ!?」
「ヒーローの必殺技受けてるんだから倒れないと。じゃなきゃあいつら打つ手なしで困っちまうぞ」
「し、しかしこの悪夢の姫君が小童3人の一撃ごときで」
「いいから。ここは大人の寛大さで、な」
「む、むう……仕方あるまい」
不服そうにつぶやくと、鈴はひとつ咳払いをしてから3人組に向き直る。
「ぐっ……!? ど、どうやら今日は力の発現が不完全だったらしい。本来ならば今のような攻撃でダメージを受けるはずはないのだが、思いのほか深手を負ってしまった。今回はこれで引き下がることにしよう……今日のところは、貴様らの勝ちだ」
「わーい! ナイトメアプリンセスに勝ったぞ!」
「正義の勝利だ!」
「悪は必ず滅びるのだ!」
うろたえる様子を見せる鈴を見て、歓喜に沸く子供達。うんうん、これでよし。
「ほ、本当は無傷のはずなのだからな! 力の発現が不完全だっただけなのだからな!」
「わかったから、小物臭い発言はやめろ」
必死なのがちょっとかわいく見えるじゃないか。
≪中2病の秘密≫
「ほら、報酬のクレープだ」
「ありがと」
子供達を満足させてくれたお礼として、公園の中にあった屋台で300円のクレープをおごることにした。
自分のぶんも買って、ふたりで手近なベンチに腰掛ける。
「あっ、これおいしい」
「本当だ。うまいな」
いい屋台を見つけた。今度は違う味を試してみよう。
「今日はありがとうな。おかげで助かった」
「たいしたことじゃないわよ」
「いや、俺じゃあいつらを楽しませられなかったからな」
実際、あんなにセリフがぽんぽん出てくるのは本当にすごいと思う。俺じゃ絶対に無理だし、素直に感心するレベルだと改めて感じた。
だというのに、鈴はどうしてか顔を下に向けてしまう。
「本当にたいしたことじゃないのよ。それに……ああいうのは、もうやめたから」
「……理由、聞いてもいいか」
昨晩の鈴の態度からして、何か深い事情があることは簡単に読み取れた。配慮が足りないかもしれないが、俺は思い切って尋ねてみることにした。
「………」
「正直、心配なんだ。だから知りたい」
最初は躊躇っていた鈴だが、やがて意を決したように口を開いてくれた。
「あたしの中2病は、嫌なことから逃げるためにやってたことなのよ」
≪やがてそうして彼女は≫
「最近、お父さんとお母さんの仲が悪くて。夏に入ったころから毎日喧嘩続きなの」
近くにいるつもりの人間のことでも、全然知らないことはあるもので。
それとも、近くにいるつもりで実はまったくそうじゃなかっただけなのか。
「家で怒鳴りあってるふたりを見てるのが耐えきれなくなって……ある日、気を紛らすために絵を描いたのよ。とびきり強くて、多少のことでは動じたりしないキャラクター。自分もこんなふうになれたらいいのにっていう妄想を書き連ねていったら、予想以上に楽しかった」
俺は、彼女がそんな状況に追い込まれているなんてちっとも把握していなかった。
「それから、どんどん妄想がエスカレートしていって。そのうち普段から自分の作ったキャラを演じるようになって。……そうしている間は、嫌なことを忘れられた」
「なら、どうしてやめるんだ」
「……たまにね、どうしようもなく虚しくなるのよ。こんなことしてたってなんにも変わらない。現実から逃げてるだけで、あたしはずっと何もできない中学生のままだって、自分で自分を馬鹿にしてる。それがいい加減嫌になったの」
お互い、クレープを食べる手は完全に止まっていた。
「中2病はあたしの弱さの象徴なの。こんなもの、ない方がいい。あっても無駄なだけだから」
吐き捨てるように言い切る鈴の顔つきは、今まで見たことないくらい弱々しかった。
いつも元気な振りしてて、心の中ではこんなに辛い思いをしていたのか。
それに気づいてあげられなかったことが、幼なじみとして本当に情けなかった。
「ひとつ、聞いてもいいか」
でも、いつまでも悔やんでいても仕方がない。自分を責めても何も変わらないのだから、今は鈴に俺の思っていることを伝えるのが先決だ。
「嫌なことから逃げるのって、そんなに悪いことなのか?」
「……え?」
「ずっと現実と真正面から向き合ってたら、それこそ息が詰まっちまう。なら、息抜きしてなんの問題があるっていうんだ」
少なくとも、俺は悪いことだとは思わない。そりゃあ、完全に妄想の世界に逃げるのは駄目だと思うけど、鈴がそうじゃないのはわかっていることだ。普段からよく素に戻っている以上、こいつはナイトメアプリンセスなんてやつじゃなく、凰鈴音なんだ。
「それにお前、中2病が無駄だって言ったよな」
「う、うん。だって」
「ついさっき役に立ってたろ。あの3人組がヒーローごっこを楽しめたのは、お前の悪役の演技がめちゃくちゃうまかったからだ」
「それは……そうかもしれないけど、でも」
「確かに小さなことかもしれない。けど、あいつらが笑っていたのは間違いなくお前のおかげだ。その時点で、中2病に価値があるって言っていいと俺は思う。違うか?」
「………」
最初は戸惑ったけど、俺だって今は鈴の中2病を楽しんでいる時がある。そういう意味でも、決して無駄なんかじゃない。
「で、これが一番大事なことなんだが」
言いながら、俺は鞄の中からあるものを取り出す。昨日鈴から渡されたスケッチブックだ。
「鈴。さっきあいつらと遊んだ時、楽しかったか?」
俺は正直頭がよくない。だから、こういう単純な聞き方しかできない。
「……楽しかった」
「そうか。じゃあ続ければいいじゃねえか」
そして、こういう単純な考え方しかできない。
「妄想したり演技したりするのが今でも楽しいんだろ? だったら何も気にすることない。弱さの象徴だとか現実逃避だとか、そんな理由で捨てる必要なんてない」
俺達はまだ子供だ。それを言い訳にするつもりはないけど、少しくらいのわがままは許されたっていいはずだ。
「難しいことは正直わからない。でも、俺はお前が落ち込んでる姿より笑ってる姿を見たい。だから続けてほしいんだ、中2病」
これって説得になっているんだろうか。言いたいことを言ってるだけで、理論も何もあったもんじゃない。自分でも無茶苦茶言ってるのがわかるくらいだ。
でも、どうしても伝えたかった。鈴には元気よく笑っていてほしいと。
「………」
俺が全部話し終わった後、鈴はしばらく呆気にとられたように黙り込んでいた。
「……肯定、か」
「鈴?」
「く、くくっ」
と思ったらなんか小刻みに震え始めた。
「く、くくくっ、はーっはっは!!」
「うおっ」
いきなり高笑いしだしたので驚いてしまった。でも、これは……
「ふん、私としたことが愚かにも感傷に浸ってしまっていたようだ。奮い立たせてくれたこと、感謝するぞ」
「……おう!」
どうやら元気を取り戻してくれたみたいだ。本当によかった。
「ナイトメアプリンセスの復活だな」
「ふふ、違うな。悪夢の姫君はすでに過去の名。己の心の壁を破壊したことで、私は
「そうか。よくわからんがおめでとう」
早速改名とは、しばらく溜めてたぶんエンジン全開だな。でもこれでちょうどいいくらいだ。
「これも織斑一夏、貴様の力によるものだ。ゆえに貴様は私の眷属から格上げすることにした」
「格上げ?」
「そう、今日この時をもって、貴様は私の右腕だ」
びしっと俺を指さし、満面の笑みを浮かべる鈴。右腕か、そりゃまた信頼されてることで。
「ああ、よろしく頼むよ」
「うむ、これで契約成立だ。……貴様は、一生私の右腕だ」
夕陽が射し込んでいるせいだろうか。俺を見つめる鈴の顔が、ちょっぴり赤く染まっているように見えた。
≪そして今≫
「あの頃もあの頃で毎日騒がしかったなあ」
鈴の中2病に付き合ったり、弾のナンパに付き合ったり。もちろん楽しかったからいいんだけどな。
……結局、鈴の両親は次の年の春に離婚。母方に引き取られた鈴は中国に旅立つことになった。でも、空港まで見送りに行った時も笑顔だったので、俺はあまり心配していなかった。
そのまま時は流れて1年後、今の状況に至るというわけだ。
「……やっぱ気になるな。あいつが中2病やめた理由」
あと、大人の女を目指してる理由も。
≪女の子だね≫
「ああ……今日もやってしまった」
下校して寮の部屋に戻ったあたしは、そのままバタンとベッドに倒れこむ。ルームメイトのティナはまだ帰ってきていないようだ。
「いつまでたっても昔の癖が抜けないのはまずいわよね」
昼食の時、いろいろあって中2病の症状が出てしまった。もうやめにしようと思っているのに、ちょっと刺激されただけでこれだ。先が思いやられて仕方がない。
「でも、なんとかしたいなあ」
大人の女を目指す以上、中2病はできるだけ早く封印したい。それに頼らなくても、今はもう現実と向き合えるし。
「あいつの好み、変わってないでしょうね」
ついこの前も同じようなことを言ってたらしいから、心配はないと思うけど。
……改めて、中学時代のあいつと弾のやり取りを思い出してみる。
『なあ一夏。お前ってどんな女の子がタイプなわけよ』
『ん? 急にどうした』
『深い理由はねえよ。なんとなく気になったから聞いたんだ。で、どうなんだ』
『そうだな……おおらかで包容力のある、大人っぽい人がいいかな』
『ほうほう。つまり年上好きと』
『別に年上に限らなくても大人っぽい子はいるんじゃないか?』
……うん、やっぱり間違いないわね。
「好きな男の子の好みのタイプになるっていうのも大変よねえ」
でも仕方ないか、初恋なんだし。
こうして頑張るのも、なんだか楽しいし。
思った以上に鈴の昔話が長くなってしまいました。一夏が悩んでいた彼女に言ったことの内容は単純極まりないですが、意外と今後の展開的には大事だったりもします。
……今後の展開とか言ってますが、実はあと4話で終わるんですけどね。少なくとも一区切りにはなるはずです。
次からは原作3巻の内容に入ります。そろそろあの人も再登場。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。