クラスメイトは全員思春期   作:キラ

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禁断の全編シリアス。


篠ノ之姉妹はどっちも不器用

≪篠ノ之箒の自己分析≫

 

「箒ちゃんはお利口さんねえ」

 

 幼稚園に通っていた頃、先生は私に対してその言葉をよく口にしていた。

 どうやら私は、同年代の他の者よりも物覚えがよいらしい。文字の読み方、難しい言葉の意味、その他さまざまな知識を、彼らよりもずっと速く、そして数多く吸収してきた。

 だからかもしれない。5歳、6歳と年齢が上がるにつれ、彼らと一緒にいるのがつまらなく感じるようになった。

 幼稚園の先生が絵本を読むと、彼らは楽しそうにそれに聞き入る。私は、もう何度も聞いた話じゃないかと興味を失う。

 彼らが外でわいわい遊んでいる時も、私はいまいちそれに乗り切れない。

 その傾向はだんだんと強くなり、小学生になった頃には、他人と関わるのが面倒になってしまっていた。彼らとのつまらない時間を共有するくらいなら、家の道場で竹刀を振っていた方がずっといい。

 

「あ、あの、箒ちゃん。あっちで一緒に遊ばない?」

「断る」

「あ、うん……」

 

 1年生になった直後はそこそこ遊びに誘われていたが、今ではそれもほとんどない。でもそれでいいと思っていた。私は彼らとつるむ気はないし、彼らも私と一緒にいて楽しいということはないだろう。どちらにとってもこれが正しい選択だ。

 

≪変わり者≫

 

 私には、歳のかなり離れた姉がいる。

 両親は道場の経営などの仕事で忙しく、家族の中で最も一緒にいる時間が長いのがこの姉だった。

 ……と、いうのは昔の話。7歳になった今となっては、私は姉さんを意図的に避けるようになっていた。

 なぜか、と問われれば、答えはひとつだ。

 恐ろしかったから。

 

「ねえ箒ちゃん。箒ちゃんは、世界が自分の思い通りになるとしたらどうする?」

「……わからない」

「あはは、まだ箒ちゃんには早すぎる質問だったかな。束さんはねえ……いっそ、ぜーんぶ壊しちゃうのもありかな、なんて思うんだ」

 

 冗談のような言葉なのに、声色や顔つきからは冗談と受け取れない。あの人と話していると、そういうことがよくあった。

 加えて、彼女にはとんでもない力が備わっている。ISなんて代物を作り上げるだけの能力を持っているのだ。

 何か、外れてはならないタガが外れている。この人は、自分とは違う世界にいる。それが、何年もかけて出来上がった私の篠ノ之束に対する印象だった。

 あんな風にはなりたくない。そう思うが、私も周囲から孤立している点は姉と同じだ。だから時々怖くなる。自分とあの人は似ているのかと、不安になる。

 そんな時は、ただひたすらに剣道に打ちこんだ。姉さんのやっていないことをやることで、自分とあの人は違うということを証明できる気がしたから。

 

 私は変わり者だ。その自覚はあるが、治すつもりもないし、その方法もわからない。

 そういった考えが凝り固まった時に、ひとりの男が私に近づいてきた。

 そいつの名前は、織斑一夏といった。

 

 

≪きっかけ≫

 

 織斑と最初に会ったのは、小学校の入学式だった。同じクラスで、席が隣同士。加えて、4月から彼は私の父が経営する道場に通い始めていた。他人とコミュニケーションをとらない私といえども、さすがに名前くらいは覚えた。

 

「ねえねえ箒ちゃん。土曜日のウルトラマン見た?」

「見ていない」

「えー? 面白かったのに」

「私にとっては面白くない。わかったらもう話しかけるな」

「むー……」

 

 だからといって、仲良くしようなんて思ったわけではない。他のクラスメイト達に対する態度と同様に、彼に対しても必要以上の会話を行うことはなかった。

 入学から1ヶ月経った頃には、生徒のほとんどは私に積極的に話しかけてはこなくなった。それは隣の席の織斑も例外ではなく、私もようやくいちいち突き放さずにすむと安心していた。

 そんなある日の放課後。

 

「ん~っ、ん~っ!」

「お兄ちゃんがんばれ!」

 

 下校中、織斑と小さな女の子が1本の木に群がっているのが目に入った。よく見ると、木にはピンクの風船がひっかかっており、織斑がひもをつかもうとぴょんぴょん跳んでいる。

 が、私には関係ないのでそのまま通り過ぎる。

 

「あっ、箒ちゃん!」

 

 見つかった。さすがにそばを歩いていると気づかれるか。

 

「この子の風船が木にひっかかっちゃったんだ。箒ちゃんも手伝ってくれない?」

「なぜ私がそんなことをしなければならん」

「だって箒ちゃん、俺より背高いじゃん。だから手が届くんじゃないかなーって」

「だとしても、私がお前達のために動く理由がない。帰る」

 

 足を前に動かす。

 

「そんなあ!? ひどいよ箒ちゃん!」

「お姉ちゃんのいじわるー!」

「おにー!」

「あくまー!」

 

 背後から罵声を浴びせられる。そこまで言われる筋合いは絶対にないと思うのだが、とにかくうるさくて耐えられなくなってきた。

 

「わかった、わかった! あの風船をとればいいのだな」

 

 改めて風船の位置を確認する。織斑はああ言っていたが、これは多少背が高い者が跳んでもとれないだろう。

 かといって、早々に諦めるとうるさいのは目に見えている。なので、面倒だが別の手を試すことにした。

 

「……うむ、問題ないな」

 

 幹がつるつるしていないことを確認してから、両手両足を木にひっかけた。

 そのまま上に登っていき、枝にからまっていたひもを右手でつかむ。

 

「おおっ!」

 

 下から歓声が聞こえてくるが、気にせずにゆっくり降りていく。片手が塞がっているので、登りよりも慎重に手足を動かした。

 

「ほら、これでいいのだろう」

 

 無事着地して、女の子に風船を渡す。少し制服が汚れてしまったが、擦り傷などは作らずにすんだ。

 

「では私は帰――」

「すげええ!!」

「お姉ちゃんかっこいい!」

「は?」

 

 今度は私に群がってくるふたり。両方とも目を輝かせている。

 

「あんなに木登りうまい人初めて見たよ」

「わたしも!」

「ねえ箒ちゃん、どうやったらあんなふうにできるの? 教えてよ」

 

 どうやら私が木に登ったのを見て興奮しているらしい。確かに木登りには密かに自信があったが、こうも反応が大きいとは。

 

「ねえねえ」

「断る。そこまでやってやる義理はない。風船はとってやったのだから満足だろう」

「……ぎり? 箒ちゃんの言うことは難しいよ」

「お前に学が足りないだけだ。勉強しろ、勉強」

 

 今度こそその場を立ち去る。これ以上付き合ってやる必要はないだろう。

 次に同じようなことがあっても、もうこんなふうに優しくはするまい。

 

 

≪変なヤツ≫

 

「箒ちゃん、昨日の仮面ライダー見た?」

「見てない」

「そっか。面白いから今度見てみてよ」

 

 一度ああいうことをしたのがまずかったのか。

 一時は私に話しかけるのを諦めていた織斑が、再び積極的にからんでき始めた。どうやら本格的に興味を持たれてしまったらしい。

 どんなに素っ気ない返答をしても、織斑はめげずに話を振ってくる。教室でだけではなく、剣道場でもそれは同じだった。

 変なヤツだと思う。私よりも他の者と接した方が、ずっと有意義な時間を過ごせるだろうに。

 

「あっちに行け」

 

 7月に入ったあたりのある日。いい加減うっとうしくなってきたので、剣道場で近づいてきた織斑に突き放すような言葉をぶつけた。

 

「ねえ、箒ちゃん」

「しつこい。私にかまっている暇があるなら練習をしろ。未熟者」

「むう……」

「だいたい、神聖な道場で余計な話をする方がおかしいのだ」

「し、しんせー?」

「神聖、だ。お前は勉強も足りないようだな。未熟者なうえに馬鹿者だ」

 

 少し言い過ぎかとも思ったが、こうでもしないとあいつは私から離れないだろう。そう考えて、特に発言を訂正することもしなかった。

 

「わかったよ。練習すればいいんでしょ」

「ふん」

 

 ようやく諦めたらしく、竹刀を拾って他の連中のところへ向かう織斑。

 

「む?」

 

 と思ったら、急にこちらに引き返してきた。

 

「じゃあさ、俺が箒ちゃんに剣道で勝ったら、また話しかけてもいい?」

「なに?」

「未熟者じゃなくなればいいんでしょ?」

 

 真面目な顔で尋ねてくるので、少々面食らってしまう。

 別にそういう意図で言ったわけではないのだが……まあいい。ここで首を横に振るとうるさそうだし、私が負けなければいいだけの話だ。

 

「そうだな」

「よし、約束だからね」

 

 織斑は1年生の中では強い方だが、それでも私にはまだまだ及ばない。負ける心配はないだろう。

 

 

≪夏が終わって≫

 

 夏休みが明けて、運動会が終わって、11月。寒さが本格的になってきた時期の道場で、事件は起きた。

 

「やった! 俺の勝ちだ!」

 

 眼前には飛び跳ねる織斑。対する私は、呆然と竹刀で打たれた小手を眺めるだけ。

 

「箒ちゃんに初めて勝った!」

「ぐぬ……だが、二刀流は大会で禁止されているはずだ」

「でも練習なら別にいいって先生も言ってたよ?」

 

 二刀流が禁止されたのは、昔それを使って引き分け狙いの消極的な試合を行う者がたくさんいたからだと聞いたことがある。強すぎるから禁じられたというわけでは決してない。

 だから、織斑が私に勝ったという事実に文句をつけることは、どうにもやりにくかった。

 

「……そうだな。私の負けだ」

 

 今日の勝負。同年代との試合ということで、慢心がなかったと言えば嘘になる。そこを織斑は見逃さなかった。

 

「ずーっと箒ちゃんに勝つために研究してきたんだ」

「なるほど。毎日視線を感じたのはそのせいか」

 

 私の動きを観察することで、どうすれば有利に戦えるかを考えたのだろう。それもここ数日の間だけではなく、それこそ何ヶ月も。

 真摯に努力すれば、それだけ腕は上達する。今日戦って、私は彼の成長を実感していた。

 だが、いったいなんのために? そう思ったところで、私は夏の初めに織斑と交わした約束を思い出した。

 

「これで話しかけてもいいんだよね」

「やはりそれか」

「だって約束したし」

 

 どうせ負けることはないとたかをくくった結果がこれだ。安易に約束などするべきではなかったと、今さらながら後悔する。

 

「約束、だからな。仕方ない」

「よし!」

 

 ぐっと拳を握る織斑。私と話せることがそんなにうれしいのだろうか。おかしなやつだ。

 

「じゃあ明日、一緒に遊ぼうよ」

「……はあ?」

「すっごく面白いところに連れてってあげるから」

「なぜ私がお前と」

 

 

≪翌日、日曜日≫

 

「結局来てしまった」

 

 押し切られた。昨日は敗者の立場ということもあり、どうにも強い態度に出ることができなかったのだ。

 

『すっごく面白いところに連れてってあげるから』

 

 ……まあ、少しだけ、ほんの少しだけは期待している。あれほど自信満々に言い切ったのだ、つまらなかったらどうしてくれようか。

 

「箒ちゃーん」

 

 そんなことを考えている間に、待ち合わせ場所の公園に織斑が姿を現した。昨日の雨でできた大きな水たまりを避けつつ、私のもとへと走ってくる。

 

「ちゃんと来てくれたんだね」

「断らなかったのだから当然だろう」

「じゃあ、行こうか」

 

 元気よく歩き出す織斑。何がそんなにうれしいのか、ニコニコと笑っている。

 

「どこへ行くのだ」

「いろんなところ」

 

 

≪デート、ではないと思う≫

 

 織斑も私も、まだ小学1年生である。遊びに行くといっても、遠出をするわけではないだろうと、もともと予想はついていた。

 実際、織斑は私を連れて町をあちこち回っているだけだった。生まれた時から住んでいる場所、見慣れた風景。道1本1本もすっかり頭に入っており、今さら面白みなど感じるはずもない。

 

 そう、思っていた。

 

「ほら、ここの店の裏、道が隠れてるんだ」

「本当だ」

「この道を歩いていくと……ほら、いい景色」

「町が一望できるのか……確かに、壮観だな」

 

 彼は、秘密の抜け道を知っていた。

 

「次はここのレストラン」

「おい、私はそこまでお金は持っていないぞ。こんな高級そうなところでは」

「大丈夫大丈夫。こっちだよ」

 

 正面の入り口ではなく、裏の方へまわる織斑を追いかける。

 

「おじさん、パン買いに来たよ。ふたつ」

「はいよ」

 

 裏口で彼が声を出すと、店員の男性が袋に入ったパンを持って出てきた。

 

「ひとつ200円ね」

「はい400円。今日は俺がおごるよ」

「女の子のぶんも買ってあげるとは、いい男だな。坊やは」

 

 私が呆気にとられているうちに、パンを購入した織斑がそのうちのひとつを手渡してきた。

 

「ここのお店、料理に使うソースとかで余ったやつを使ってパン作ってるんだ」

「それを裏口で売っているのか? しかし、そんな話は聞いたことがない」

「そりゃそうだよ。お店の人が何も言ってないんだもん」

 

 つまりこういうことらしい。あのパンに関しては一切宣伝を行っておらず、偶然その存在を知った人しか買うことができない。もともと余りの材料で作るために数が少なく、客が増えすぎると困るから、だそうだ。

 そして、肝心の味の方だが。

 

「……おいしい」

「でしょ?」

 

 ソースの種類はわからないが、パンにしっかり染みていてとてもおいしかった。初めて経験する味だ。

 

「店の中の料理は何千円もするから無理だけど、これなら買えるからたまに行くんだ」

「確かに、これはくせになりそうだ」

 

 織斑一夏は、こういった穴場の店も知っていた。

 

 それから後も、彼は私をさまざまな場所へ案内した。

 いわく、ここの駄菓子屋は店主の気分でたまに値下げをする。

 いわく、ここに住んでるお兄さんはどこにも売っていない面白いゲームを持っていて、好きに遊ばせてくれる。

 どれもこれも、私のよく知る町の中の、私の知らない姿の紹介だった。

 

「あ、もう5時か」

「そのようだな」

 

 最初にいた公園に戻ってきて、ふたりでそこに設置された時計を眺める。

 

「楽しかった?」

「……まあ、景色はきれいだったし、パンはおいしかった」

 

 この町に、あれだけの新しい発見が残っているなんて思いもしなかった。全部わかった気でいたところに、いきなり全然知らない世界を見せつけられたような気分だ。

 楽しかったか、と聞かれれば、確かに答えはイエスになるだろう。少なくとも、つまらないなんてことは決してなかった。

 

「お前は、ああいった場所を見つけるのが得意なのだな」

「うん! みんなにもよく言われるよ」

 

 観察力があるのだろう。一種の才能、はさすがに言い過ぎか。

 

「あっ」

「どうした」

「あそこの木、風船がひっかかってる」

 

 織斑が指さした方を見ると、確かに水色の風船が木の枝にひっかかっていた。

 

「俺、とってくる!」

「あ、おい」

 

 一目散に走る織斑を追いかける。

 

「跳んでとれる高さではないようだが」

「わかってるよ。だから」

 

 そう言って、織斑はゆっくりと木を登り始めた。動作はぎこちないが、ちゃんと少しずつ上に動いている。

 

「大丈夫か」

「大丈夫。この前箒ちゃんが登るの見てから、頑張って練習したんだ」

 

 この前というと、1学期にピンクの風船をとった時のことだろう。私がやり方を教えなかったから、自分で努力したということか。

 

「んしょ、んしょっと……とれた!」

 

 数分後、しっかり風船のひもをつかんだ織斑は、そのまま地面を目指して降りてくる。

 

「うわっとと」

 

 だが、足が地面に着く瞬間、バランスを崩してしまった。とっさに手を伸ばそうとしたがわずかに間に合わず、

 

 ばしゃーん!

 

 近くにあった水たまりに、織斑の体は思い切り倒れこんでしまった。

 

「うげえ、口に入った」

 

 起き上がった織斑の姿はひどいもので、服も顔も泥水で茶色に染まってしまっていた。

 ただ、風船だけは大して汚れた跡もなく、今も水色のままだ。

 それに気づいたのか、織斑はにっこり笑ってひもを持った右手を突き上げた。

 

「……ふふっ」

 

 それだけ汚れているのに、何を笑っているのだ。そんなに風船をとることが大事だったのか?

 剣道だってそうだ。私に勝つことが、こいつにとっては何ヶ月もかけて目指すだけのものだったのか。

 

「ははは」

 

 すがすがしいまでの真っ直ぐさ。それを認識した途端、私は自然に笑いだしていた。

 

「ははははっ」

 

 しばらくの間、私と織斑は声を出して笑い合っていた。

 

 

≪笑えるだろうか≫

 

「箒ちゃん、笑うとかわいいんだね」

 

 公衆便所で顔を洗ってきた織斑は、帰って来るなりそんなことを言い放った。

 

「かわいい? 私がか」

「うん。いっつも真面目な顔してるから知らなかったよ」

 

 かわいい、か。同年代の者に言われたのは初めてかもしれない。

 

「笑ってれば、友達もたくさんできると思うよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 織斑が言うのなら、そうなのかもしれないな。ただ、それは難しい話だ。

 

「面白くもないのに笑えるほど、私は器用じゃない。わざわざそこまでして友達を作ろうとも思わない」

 

 今日は楽しかったし、面白かったから笑えたのだと思う。だが、いつもはそうじゃない。明日からはまた学校に通い、つまらない時間を過ごすことになるだろう。だから、私は笑えない。

 

「んー……」

 

 私の言葉に、織斑はしばらく悩んでいる様子だった。

 が、ふと何かを思いついたらしく、私に笑いかける。

 

「じゃあさ、俺が面白くするよ」

「え?」

「今日みたいに、俺が面白いことをいっぱい見せてあげるんだ。そしたら箒ちゃんも楽しいし、笑っていられるんじゃないかな」

「あ……」

「だからさ、箒ちゃんも探してみようよ。面白いこと」

 

 面白いことを、お前が私に与えてくれるのか。今日のように、新しい何かを教えてくれるのか。

 だとすれば、私は。

 

「それは、いい考えかもしれないな。ふふっ」

 

 もっと笑えるように、なるのかもしれない。

 

 

≪変わったこと、変わらないこと≫

 

 あの日、私と一夏は友達になった。すぐに名前で呼び合うようになり、次の日から面白いこと探しが始まった。

 私も考えを改めた。つまらないと最初から否定するのではなく、何かないかと手探りを入れてみよう、と。

 そうしたら、見える景色ががらりと変わった。クラスのみんなとのコミュニケーションにも、楽しみを見出せるようになった。当然の帰結として、笑う回数もたくさん増えた。

 そのうち性知識に関心を持つようになった。小4で一夏と離れた時はさすがに堪えたが、なんとかひとりでも面白いことを見つけられるよう頑張った。

 そうして、今にいたる。私が人生を楽しんでいられるのは、一夏のおかげだと言っても過言ではないのだ。

 

「……はあ」

 

 ただ、それでも変えられないものがひとつだけある。姉さんとの関係だ。小さい頃に刻み込まれた印象がトラウマに近いものになっているのか、どうしても接し方を変えることができない。

 明日には16歳になるというのに、このありさまだ。情けない。

 

「おい」

 

 ひとり浜辺で海を眺めていると、背後から聞きなれた声がした。

 

「探したぞ。こんなところにいたのか」

「一夏……何か用か」

「ああ。大事な用だ」

 

 うなずいて、一夏は私の隣に立った。

 

「箒。お前、束さんと仲良くしたいか」

 

 

≪俺のやり方≫

 

「お前、束さんと仲良くしたいか」

 

 夜の浜辺にたたずむ箒を見つけて早々、俺は直球に話を切り出した。もともと回りくどいのは好きじゃないし、得意でもない。

 

「………っ」

 

 箒が息を呑むのがわかった。なんと答えるのか、黙って待つ。

 

「……わからない」

 

 やや間を置いて、彼女の口から漏れた言葉はそれだった。

 

「このままでは駄目だというのはわかっているつもりだ。だが、やはり私はあの人が怖い」

「そうか」

 

 怖い、か。確かに、あの人は得体の知れないところがあるからな。実の妹である箒にとっては、余計にそう感じるのかもしれない。

 でも、これで言質はとった。

 

「わからないなら、俺に任せてくれないか」

 

 箒が束さんと仲良くしたくないと答えたなら、俺にできることは何もなかった。

 でもそうじゃなかった。だから、やれることをやろうと思う。

 

「任せるって、いったい何を」

「心配すんな。俺が面白くしてやる」

 

 箒が目を丸くする。あの時と同じような言葉を聞いて、昔を思い出したのだろうか。

 

「明日はお前の誕生日だ。当の本人がそれじゃ、祝う方もつまらない」

 

 あの時自分が言ったことを、今の今まですっかり忘れてしまっていた。箒と一緒にいるうちに、彼女に面白いことを提供するのが当たり前のことになっていって、次第に意識しなくなったからだ。

 

「だからさ、やってみようぜ」

「………」

 

 手を伸ばす。箒はためらっていたが、やがておずおずと俺の手をつかんでくれた。

 

「頼む、一夏」

「決まりだな。といっても、おもに頑張るのは箒の方だけど」

 

 正直なところ、俺の役割は半分以上終わっている。尻込みしている幼なじみに一歩を踏み出させることが、まず大きなステップだったから。

 あとはただ、舞台をセッティングすればいいだけだ。

 

「箒。束さんと戦ってみないか。ISで」

「えっ?」

 

 

≪姉妹決戦≫

 

「どちらも準備はいいな。では始めろ」

 

 ど、どうしよう。

 一夏を信じて手をとったら、翌日姉さんと模擬戦をすることになってしまった。すでに千冬さんが試合開始の合図をしているのに、いまだに心の準備ができていない。だって急展開すぎるだろう。

 

「いつでもいいよ、箒ちゃん」

 

 私も姉さんも、使用しているISは同じ打鉄。私が緊張しているのに対し、あちらは自然体そのものだ。

 

「箒、頑張れよ!」

 

 回線越しに一夏の応援が聞こえてくる。……始まってしまったものは仕方ない。私が一夏を信じたのだから、やれるだけのことはやるべきだ。

 深呼吸をして、いったん心を落ち着ける。そして、十分間をとったところで。

 

「はあっ!」

 

 ブレードを構えて、姉さんに斬りかかった。が、難なく回避される。

 続けて何発か打ちこもうとするも、すべてかわされるか受け止められてしまった。

 

「うんうん。やっぱり強くなってるねえ」

「くっ」

 

 余裕の態度を崩さない姉さん。この人は頭脳だけでなく身体能力も化け物だ。加えて、世界で一番ISのことを知っている。実力差は歴然だった。

 

「それっ」

「っ!」

 

 鋭く力強い一振り。初めて攻めに転じた姉さんの一撃を、かろうじて受け流す。

 

「いっくんから頼まれちゃったからねえ。本気でやってくれって」

 

 そこから先は一方的だった。向こうの攻撃をいなし切れずダメージが蓄積し、かといってこちらは反撃することもできない。

 ……敵わない。無理だ。この人には、何をしたって、

 

「箒っ!」

 

 諦めかけた瞬間、一夏の叫び声が聞こえた。まるで見計らったかのようなタイミングでのそれに、消えかけていた闘争心が少しだけ蘇る。

 

「……はっ!!」

 

 刀を振る。ほぼがむしゃらに放った一撃は……打鉄の装甲をわずかに掠めた。

 姉さんの表情が、わずかに強張る。

 

「あ……」

 

 当たった? 微々たるものだろうが、それでもシールドエネルギーを削ったのか?

 

「ほいっ」

 

 続く姉さんの斬撃をギリギリで回避し、カウンターを試みる。……また、掠った。

 クリーンヒットではない。だが、攻撃が当たっている。

 絶対に届かないと思っていたものに、私の刀は確かに触れていた。

 

「………」

 

 息遣いが荒くなるのを感じる。

疲れからか? 違う。おそらく私は、興奮しているのだ。

 どうすれば手痛い一撃を与えられる? どうすれば相手の攻撃をしのげる?

 試合中に考えることとしては、ごくありふれた類のものだ。だが、相手は篠ノ之束だ。そもそもそんな思考をすることができるとも思っていなかった、そういう存在なのだ。

 

「ふっ! ……はあっ!!」

 

 ひょっとすると、姉さんは私が思っているよりも私の近くにいるのかもしれない。私が勝手に、高い壁があると思い込んでいただけなのかもしれない。

 剣戟を重ねるたびに、その想いは強くなっていった。

 

 

≪見届け人≫

 

 試合は結局、束さんが勝った。さすが、あの人はなんでもできるんだなと再認識。

 ただ、俺が提案したこの勝負、大事なのは勝ち負けじゃない。

 

「あの様子だと、うまくいったみたいだな」

 

 模擬戦が終わってすぐ、箒は束さんのもとへ駆け寄った。会話の内容までは聞き取れないけど、そこに不穏な空気は感じられない。

 

「難しいことじゃないんだよな」

 

 箒は、昔のままの箒じゃない。他人を寄せつけなかったあの頃とは違う。誰とでも仲良くなれるし、多少のことは受け入れられる強さも持っている。そういうすごいやつなんだ。

 そんなあいつが、実の姉と仲良くできないはずがない。誰かが背中を押してやれば、それで済む話だったんだと思う。

 

「模擬戦は終わりだ。各自作業に戻れ」

 

 千冬姉の指示で、観戦していた生徒達も立ち上がる。今日も一日ISの訓練だ。

 

「さて、問題も無事解決したし」

 

 俺も頑張るか。これが終わったら、夜は箒の誕生日パーティだ。

 

 

≪パーッと騒ぎましょう≫

 

 夕食でクラス全員が集まっている折に、一緒に誕生日会をやろう――というのが、1組のみんなで決めた当初の予定だった。

 

「で、なんでみんなして外に出てるんだ?」

「決まっているだろう。今日は合宿最後の夜なのだから、やることはやっておかなければな」

 

 夕食+誕生日会が終わった後、箒はクラスメイト全員を浜辺に連れ出した。ぞろぞろと移動する1組の集団が気になったらしく、いつの間にか他クラスの生徒も混じっている。

 

「夏の夜といえばずばりこれだ!」

 

 どさっと大きなカバンを投げ出す箒。中を開けると。

 

「おおーっ、花火だ!」

「あの大量の荷物の正体はこれだったのね」

 

 線香花火にロケット花火、ねずみ花火に……他にも名前は覚えてないけど、たくさんの種類の花火がぎっしり詰まっていた。

 

「大勢でやった方が楽しいと思ってな。持てるだけ持ってきたのだ」

「けどお前、こんなに大量に買ったら相当お金かかったんじゃ」

「問題ない。保護プログラムを受けていた時に政府から受け取った生活費がたんまり残っている。多めにもらっていたからな」

 

 まさか日本政府も自分達が渡したお金が大量の花火に変換されるとは予想していなかっただろう。

 

「では早速始めよう。前戯なしのいきなり本番だ!」

 

 こうして始まる花火大会。大勢が思い思いの種類の花火を燃やす光景は、なかなか壮観だ。俺も楽しませてもらおう。

 

 

≪今はこっちが大事かな≫

 

「妹と仲直りした気分はどうだ」

 

 花火に興じるIS学園の生徒達を眺めていると、ちーちゃんが声をかけてきた。

 

「仲直りって言い方は間違いだね。なぜなら束さんと箒ちゃんはずっと関係冷え切ってたから!」

「威張って言うことか、馬鹿者」

「えへへ」

 

 ちーちゃんのツッコミは厳しいけど癖になるんだよね。だからついついボケてしまう。

 

「箒ちゃんと戦ってた時なんだけどね。あの子、ずーっと私のことを見てくれてたんだ」

 

 どうすれば私に一撃当てられるか。どうすれば私の攻撃をやり過ごせるか――箒ちゃんは、真っ直ぐ私を見据えてそれを考えていた。

 初めてのことだった。たったひとりの妹が、私の姿をしっかり捉えていた。

 それを認識した瞬間、渇いた心が少しだけ潤った。つまらない世界に、何か変化が起きた気がした。

 

「うれしかったなあ」

「それはよかったな」

 

 ちーちゃんの口調も、心なしか穏やかなものに変わっていた。ひょっとして喜んでくれてるのかな。

 

「これからどうするつもりだ」

「そうだねえ」

 

 ラボに戻って、今後の計画のためにISの研究と開発に力を入れよう……と、昨日まではそう思っていたんだけど。

 

「どうしよっかなー」

 

 今は、箒ちゃんの方が大事かな。

 

「姉さん、織斑先生。こんなところにいたんですか」

「あ、箒ちゃん」

 

 噂をすればってやつかな。私達の姿を見つけた箒ちゃんが、走ってこっちにやって来る。

 

「見てないで、一緒に花火やりませんか。山田先生も参加していますし」

「そうだな。たまには童心に帰るのも悪くはない。束、お前はどうする」

「可愛い妹の頼みとあれば、断るわけにはいかないね」

 

 私とちーちゃんがうなずくと、箒ちゃんはうれしそうに笑った。

 

「ひょっとして、紅椿よりも花火作ってあげた方が喜んだ?」

「あはは、今はそうかもしれません」

「そっか。じゃあ今度、束さん特製のスペシャルな花火を用意するよ、ぶいぶい」

「楽しみにしておきます」

 

 昨夜、ちーちゃんが言っていたことを思い出す。私の妹は私よりも強い、という言葉を。

 

「ねえ、箒ちゃん。今の世界は楽しい?」

「……はい、とても。とても楽しいです。姉さんは?」

「束さんはねえ……今からそれを判断するところかな」

「そうですか」

 

 箒ちゃんが笑う。私もつられて笑う。後ろを歩くちーちゃんは、そんな私達を微笑ましそうに見つめていた。

 




真面目な話になるといつも文字数が膨れ上がります。ともあれ、これにて篠ノ之姉妹の確執編はおしまいです。結局箒が今のようになったのは一夏のせいだったということです。
箒さん天才説。姉があれなんだから妹が頭よくてもおかしくないと思います。

原作での束の目的はわかっていませんが、この作品内での解釈としては、彼女は「認められたい」という思いが強いのではないかな、と。あんまりだらだらと説明するつもりはないです。

シリアスな話は今回で終わりです。最終回はこの作品らしい雰囲気でお送りします。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。
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