≪前傾姿勢≫
どたん!
「つっ……」
朝起きると、俺の体はベッドの上にはなかった。直後、腰のあたりにじんじんとした痛みが広がってくる。
「そうか、昨日から寮生活になったんだよな」
恥ずかしい話だが、俺は寝相が悪い。家ではずっと布団を使っていたからごろごろ転がってもあまり問題はなかったのだが、この部屋にはベッドが2つあるだけ。ベッドから出ると床に落ちてしまう。
「……痛み、ひかないな」
打ちどころが良くなかったのか、しばらく寝転がっていても腰がしびれたままだ。いつまでもこうしているわけにもいかないし、そろそろ起きよう。
隣のベッドを見ると、箒はまだ気持ちよさそうに眠っていた。起こさないように気をつけながら、洗面所に行って歯磨きと洗顔を済ませる。
「ふう、目が覚めた」
気分はさっぱりしたが、腰は痛いままなので前かがみで移動する。
戻ると、ベッドの上の箒は半身を起こしていた。
「悪い、起こしちまったか」
「いや、丁度いい時間だ。問題ない」
「おはよう」
「おはよう一夏……うん?」
朝の挨拶を交わしたところで、箒が俺の不自然な体勢に気づく。
「ああ、これは」
「そ、そのだな……朝勃ちが治らないなら、まだ横になっていてもいいのだぞ?」
「そんなんじゃないからお気遣いなく」
学園生活2日目。今日も俺の幼なじみは絶好調。
≪朝ごはん≫
「織斑くん、篠ノ之さん。隣、座ってもいいかな?」
箒と一緒に食堂で朝食をとっていると、横から同じクラスの女子に声をかけられた。3人グループで来ているらしく、彼女の後ろでは残り2人が俺たちの反応をうかがっていた。
「いいけど」
「私もかまわないぞ」
「ありがとうっ」
こうして5人でテーブルを囲むことに。クラスの人とは早めに打ち解けたいし、丁度いい機会かな。
「織斑くん、朝よく食べるんだね」
「ん、そうか? 今日はそこまで多い方じゃないと思うんだけど」
昨日の夜はIS学園の食堂の豪華さに興奮して、つい食べ過ぎてしまった。なので、今朝はあまり腹が減っていない。
「というか、そっちが少なすぎるんじゃないのか」
3人とも、そんなんじゃ昼まで持たないだろうってくらいの量に見える。
「えー、そうかな? やっぱり男女の違いってやつ?」
「でもそこの箒のトレー見てみろよ。俺より食べてるぞ」
「うまうま」
「あ、ほんとだ……」
ここの食堂はバイキング形式なので、好きなものを好きなだけ食べられる。箒の前には、和洋問わず様々な種類の料理が並んでいた。
それを見て、隣に座っていた子が彼女に話しかけていた。
「篠ノ之さん、朝すごいわね。胸やけとかしないの?」
「ああ、昔から胃袋が大きいとよく言われる。それに、ここはいろいろな国の料理を取り揃えているから食欲も湧く。変わった味のものもあって面白いぞ」
「へえ、そうなんだ」
「昨日食べた海鮮ラーメンはおすすめだ。お前も食べてみるといい」
「本当? じゃあ今日の夜はそれにしようかしら」
近日中にメニュー制覇が目標だと言っていたが、あいつなら難なく達成しそうだ。
「あんなに食べてるのにあの体型って、ちょっとうらやましいな」
「まあ、太ってはないよな」
自分と箒の食事の量を見比べてため息をつく谷本さん(名前はさっき教えてもらった)。どうやらスタイル維持に苦労しているらしい。
「やっぱり、栄養があの辺に集まってるのかな」
彼女の視線の先には箒の上半身……の、大きなでっぱりに注がれていた。
「む、どうかしたのか」
胸を見られていることに気づいた箒が、谷本さんに声をかける。
「ううん、大したことじゃないよ。ただ大きくていいなーって。私のなんて貧相なもんだし」
ちょっとうつむく谷本さん。自分の胸に自信がないみたいだ。
「落ち込むことはない」
そんな彼女に、箒は優しく笑いかけ、ぐっと親指を立てた。
「小さい方が感度がいいらしいからな!」
「それフォローになると思ったのか? なあ」
≪お姉さん≫
「篠ノ之さんって、あの篠ノ之束博士の妹なんだよね?」
「いきなり自己紹介で言われた時はびっくりしたわ」
食事量の話から、今度は束さんのことに話題が変わっていた。
「いずれわかることだからな。ひそひそ裏で推測されるくらいなら自分から宣言した方がいい」
ちなみに昨日の箒の自己紹介を再現するとこんな感じである。
『篠ノ之箒です。剣道をやっています。あと篠ノ之束は私の姉です。よろしくお願いします』
あまりにあっさり明かしたので、しばらく大半のクラスメイトが唖然としていた。その後大騒ぎになったが、千冬姉の一喝で無事収束。
「IS学園に入ったのもお姉さんの影響だったりする?」
「それはないな。だいたい私はあの人のことがあまり好きじゃない」
「そうなの?」
あれ、そうだったっけ。でも確かに、思い返してみると束さんと箒って一緒にいることが少なかった気がする。
「何を考えているかよくわからないからな。それに私と姉さんは考えが合わないんだ」
「なるほど……いろいろあるんだね」
「ああ。特に問題なのが」
そこまで言って、箒は目をくわっと見開く。
「あの人は私がシモの話をすると決まって憐れむような目を向けてくる。そこが気に食わん!」
それは多分束さんが正しいと思う。
≪副担任山田真耶≫
「全員出席しているみたいですね。うれしいです」
朝のホームルームの担当は山田真耶先生。1年1組の副担任である。上から読んでもやまだまや。下から読んでもやまだまや。
背はあまり高くなく、丸いメガネがどことなく控えめな印象を与えてくる。軍人みたいな厳しさの千冬姉と対照的に、こちらはぽややんとしたオーラを放っていた。
「今日も勉強頑張ってください。あと、織斑くんと篠ノ之さん、オルコットさんは模擬戦の準備もですね」
オルコットに吹っかけられた勝負は、来週の月曜の放課後に行われる。今日が火曜なので、あまり時間は残っていない。ので、早速今日から箒に指導してもらうことになっていた。
「単に多数決で決めてしまうよりも、こういう形にした方がいいのかもしれませんね」
穏やかな笑みを浮かべて語る山田先生。物腰も柔らかいし、生徒に好かれるタイプの教師だと思う。
ただ、ひとつ問題があるとすれば。
「実は先生、多数決ってあんまり好きじゃないんです。小学校の頃、頭良さそうって理由だけで学級委員にされて……私、目立つの苦手なのに、やりたくなかったのに……ぶつぶつ」
たまにこうして、唐突に自分語りを始めることだろうか。しかも内容が暗い。昨日も1日の間に3回ほどこんな話を聞かされた。
「私、昔から自分の意見をはっきり言うのが苦手で……その点織斑先生みたいな人は本当にすごいですよね。憧れちゃいます。ぽっ」
そしてだいたい、千冬姉を持ち上げる形に話が進んでいく。別にそれだけならかまわないと言っても差し支えないんだが。
「本当に……お姉様。じゅるり」
どうしてこの人は舌なめずりをしているんだろう。正直ちょっと怖いです。
≪専用機≫
「そういえば、お前には専用機が与えられるのだったな」
「ん? ああ、千冬姉がそんなこと言ってたな」
学食で昼飯を食べている最中、箒がそんな話を振ってきた。
「すごいよねー。1年でいきなり専用機もらえるなんて」
「いいなあ、私も欲しいなあ」
周りの女子達が羨ましそうに言う。朝食の時と同じく、昼食もクラスメイトに誘われて一緒に食べることとなった。
「やっぱりすごいことなのか」
「それはそうだろう。ISは世界で467機。そのうちのひとつを独占できるのだ」
そう考えると贅沢な話だ。休み時間に千冬姉がこのことを俺に伝えた時、教室全体が色めき立ったのもうなずける。
「私も専用機は欲しいな」
「箒もか」
「当然だ。単純に量産型よりスペックが高いことが多いし、何より自分好みに調教できるのが大きい。そう、調教できるのが、調教、調教!!」
「そこそんなに強調するところか?」
≪特訓その1≫
「なんでISの訓練するのに剣道場に来てるんだ?」
「授業料だ。明日からはちゃんと教えるから、今日は私の剣道に付き合ってくれ」
「あー、別にそれでもいいけど」
わがまま言ってるのはこっちなんだし、そのくらいの頼みは聞いてあげるべきだ。
というわけで、剣道部が予備で置いてある胴着と防具一式を借りて身に着ける。箒いわく、ちゃんと許可はもらったとのこと。
「なにこの人だかり?」
「なんか噂の男子が剣道の勝負するらしいよ」
「ほんと!? それはスクープね!」
いつの間にやら道場の中は野次馬でいっぱいになっていた。俺の行動がいちいち注目されるのはいつになったら収まるのか。
「ではそろそろ始めるか」
「ああ」
「審判は私がやるよー」
剣道部2年の先輩が判定を行ってくれるらしい。互いに準備を終えて、俺と箒は距離をとって向かい合った。
「あのさ、始まる前に一応言っとくけど」
「なんだ、一夏」
「……俺、中学に入ったあたりで剣道やめちまったんだ。だから、お前の期待してるような勝負は」
「わかっている」
「え?」
「構えでわかる。明らかに最近竹刀を握っていない」
こっちが言わずとも、箒はすでに察していたようだ。ちょっと構えただけでわかるってことは、それだけ腕が落ちてるんだろうな。
「ずっと剣道を続けようと約束したわけでもないのだ。お前がやめていたって不思議でもなんでもない。今日はただ、私の練習の成果を見てもらいたかっただけだ」
「……それって、俺が完膚なきまでに叩きのめされること前提?」
「だから言ったろう? 授業料代わりだと。少しくらい我慢しろ」
面をかぶってるから表情はわからないけど、多分いたずらっぽい笑みを浮かべてるんだろうな。
ま、いいか。久しぶりに打ち合うんだし、せめて出来のいいサンドバッグになってみせよう。
「行くぞ一夏! ア○ルをしっかり引き締めろ!」
「お前は言葉を引き締めろ!」
こんな時くらい真面目にやれないのか、こいつは。
≪3本勝負でやりました≫
「面あり! 勝負あり!」
バシン! という音が道場内に響き渡り、同時に箒の連続一本による勝利が決まった。
向かい合って礼をしてから、互いに面を外す。蒸した空気が一気に入れ替わる感覚、久しぶりだな。
「試合前にふざけたこと言うくせに、容赦なく来るんだもんな」
「本気でやらねば意味がないだろう」
実力差は圧倒的だった。昔は俺の方が強かったんだが、そんなものはこの5年の間に簡単にひっくり返され、あの時とは比べ物にならないくらいの開きが生まれてしまっている。
「でも本当、強くなったな」
「……ありがとう。お前にそう言ってもらえるのを楽しみにしていたんだ」
声だけでもわかるくらいに、箒は俺の言葉に喜んでいた。俺に褒められるのはそんなにうれしいことなのだろうか。
「篠ノ之さんすごかったねー」
「あれってどのくらいのレベルなの? 全国大会とか狙える?」
ギャラリーも満足してくれたようで、口々に勝負の感想を語り合っていた。
箒の戦い方は、まさに基本に忠実を具現化したものだ。本人の性格はあんななくせに、こと剣道においては気持ちいいくらいに正道で勝負する。それは今も昔も変わらない。
そういうスタイルは、ある意味では地味に見えるかもしれない。でも、ひとつひとつの動きが高いレベルでまとまれば、これ以上に美しいものはないとも言える。だから、剣道を知らない人から見てもすごさが十分伝わるのだ。
「一夏の方は……予想通り、腕が鈍っているな」
「もうちょっとマシかと思ったんだけどな。バイトで体自体は鍛えられてたと思うし」
「単純な身体能力だけでは勝負は決まらないからな。……というか、そんなにバイトしてたのか」
「ああ。剣道やめたのもたくさん働くためだったし」
できるだけ千冬姉に負担をかけたくなかったというのがバイトの理由だ。
「なるほど、そうだったのか。大変だったのだな」
「結構体力のいる仕事でさ。しかもバイト先の人が厳しくてこってり絞られたよ」
昔を思い出しながら説明していると、なぜか箒はそっぽを向いてもじもじし始めた。
「し、絞られる……? はっ! あ、ああ叱られたという意味か。驚いた」
「むしろ俺はそれ以外にどういう意味があるのか気になるな」
≪たっぷり鍛えてやろう≫
「だが、相変わらずお前の戦い方は面白いな」
「基礎が固まってなきゃ何の役にも立たないけどな」
「それはそうだ。どうだ、もう一度剣道やってみる気はないか。剣道部は男子歓迎らしいぞ」
もう一度……か。
「お誘いはうれしいけど、今はISにかけなきゃいけない時間が多いから難しいだろうな」
「そうか……」
ちょっぴり寂しそうな顔をする箒。
「人の話を最後まで聞け」
「え?」
「部活をやる時間はとれないかもしれないけど、毎日趣味の範囲でちょっとの間竹刀を握るくらいはできる。というか、俺も久しぶりに剣道やりたい」
「じゃあ」
「お前さえよければ、たまに稽古つけてくれると助かる」
「そうか! そうかそうか!」
今度の『そうか』は一転して喜びを表すものだった。同じ言葉なのにここまで印象が変わるのもすごいと思う。
ともあれ、箒は本当にうれしそうだった。今にも踊り出しそうな雰囲気だ。
「言っとくけど、ちゃんとISのことも教えてくれよ?」
「わかっている。剣道もISも、私がしっかり揉んでやるからな」
……まあ、こんなにはしゃいでくれるのなら、俺も復帰する甲斐があるってもんだ。
なんて考えてると、うきうきしていた箒が急に動きを止めて俺を見た。
「……お前が私を揉むのはなしだぞ?」
「前言撤回してやろうか」
この作品でも篠ノ之姉妹の仲はよろしくないです。でも自分から話せる程度には余裕あります。
タグに箒ちゃん無双と入れたくなるくらい箒が自重していませんが、まあ原作メインヒロインだし多少はね?
そんな彼女の行動原理は単純明快。もう何度か口にしているあの言葉にあります。
感想等あれば気軽に送ってもらえるとありがたいです。
では、次回もよろしくお願いします。