≪むかーしむかし≫
「あっちに行け」
小学生になってから、俺は家の近くの剣道場に通うようになった。年上の人の方が多かったけど、何度も一緒に練習するうちに普通に話せるようになっていた。
ただ、同い年の女の子とは、いつまでたっても仲良くなれない。
「ちょっとお話しするくらいいいじゃないか」
「断る。私は誰かと話すのが好きじゃない」
その子の名前は篠ノ之箒。俺よりずっと剣道が強くて、そこは本当にすごいと思ってる。
でも、いつもむすっとしてて竹刀を振っているだけで、楽しいのかな。他の人は練習の合間におしゃべりしてるのに。
「ねえ、箒ちゃん」
「しつこい。私にかまっている暇があるなら練習をしろ。未熟者」
「むう……」
「だいたい、神聖な道場で余計な話をする方がおかしいのだ」
「し、しんせー?」
「神聖、だ。お前は勉強も足りないようだな。未熟者なうえに馬鹿者だ」
う、うるさいな。そんな難しい言葉、きっとクラスのみんなだって知らないよ。
「わかったよ。練習すればいいんでしょ」
「ふん」
箒ちゃんから離れて、床に置いていた自分の竹刀を拾う。
あの子の言うことは難しくてよくわからないけど、バカにされてることはなんとなく伝わってきた。ちょっとムカッとしている。
……こうなったら、練習して強くなって、参りましたって言わせてやる。
≪いつもの朝≫
懐かしい夢を見た。
「あいつ、昔はマジで愛想悪かったよな」
いつも仏頂面で、笑った顔なんて見せたことがなかった。そのぶん、剣道に一生懸命打ちこんでいるのは伝わってきたが。
学校でも同じクラスだったけど、必要以上の会話をしている様子もなかった。多分、というより間違いなくみんなから距離を置かれていたと思う。
「変わるもんだな」
それが今じゃあの感じだ。友達も多いし、他人とも積極的にコミュニケーションをとる。加えて、よく笑っている。
「一夏、起きたのか」
ベッドの上で物思いに耽っていると、洗面所から箒が姿を現した。先に起きて顔を洗っていたらしい。
「おはよう、箒」
「ああ。おはよオ○ニー!」
……本当、同一人物とは思えない。
≪制服≫
「鈴は制服を改造しているのだな」
「ええ。こういうのOKだって聞いたから」
箒と話していると、あたしのちょっぴり手を施した制服のことを尋ねられた。みんなと完全に同じ格好というのも面白くなかったから、肩口の部分を切ったりして独自性を出してみたのである。
「似合っているぞ」
「ありがと」
……こういう『他の人と差をつけたい』という気持ちがアレにつながっているのかしら。今さらながらそんなことを思う。
「私も制服を改造してみるか。鈴のように露出を増やすのもありだな」
「それはいいけど、なんでそんなに視線が下がってるのかしら」
どこを露出する気なのかすごく気になる。
≪わたくし、気になります≫
「ふと思ったのですけれど」
土曜日の午後はアリーナが解放されるので、箒、セシリア、鈴と一緒にISの訓練に励んでいた。
一段落ついて休憩に入った際、セシリアが箒に何やら話しかけていた。心なしか顔が赤くなっているような。
「織斑さんの専用機、しっかり下半身が隠されていますわよね」
「そうだな。普通のISは割とスーツが露出されているが、あいつのは違う」
「では、もし織斑さんが勃起した場合、装甲に圧迫されたりしないのでしょうか」
「……! そこに気づくとは、お前は天才か!」
「ありがとうございます」
「早速聞いてみよう。おーい一夏! ……む? いない」
「鈴。あっちで近接戦のレクチャーしてくれ」
「いいわよ。でも箒達置いてっちゃっていいの?」
「たまにはツッコむことから逃げてもいい。そうは思わないか」
「?」
≪隣の芝・前編≫
ある休み時間の教室。
「世の中不公平よね」
「急にどうした。世界に絶望したような目して」
鈴の視線の先を追うと、数人の女子と談笑している箒の姿がある。
「どうして胸の大きな女と小さな女がいるのかしら」
「ああ、そういうこと」
貧乳をコンプレックスとしている鈴としては、あいつの体つきは羨ましい限りだろう。
実際、何が原因でここまで差がつくんだろうな。人体って不思議だ。
「巨乳って素晴らしいんでしょうね……存在だけで色っぽさが増して、男子をゴキブリホイホイみたいに寄せつけるんでしょうね」
「たとえから巨乳に対する悪意が感じられるぞ」
というか少し大げさすぎる。
「でもほら、最近はつつましやかな胸も需要があるって言われてるじゃないか」
「………」
「大きいだけが正義ってわけじゃないだろ。妬むだけじゃなくて視点を変えることも大事だと思うぜ」
「……で、アンタはどんな胸が好きなの」
「大きい方」
「ちょっとは迷うふりしないさいよバカー!」
ポカポカポカ。
≪隣の芝・後編≫
また別の休み時間、教室にて。
「むう」
「どうした箒。難しい顔して」
「いや、少しな」
どこを見ているのかと確認すると、廊下の近くで鈴とセシリアが楽しそうに話していた。
「あのふたりもすぐ仲良くなったな」
「そうだな。代表候補生同士、共通の話題があるのかもしれない」
鈴の転入からそろそろ2週間。俺のセカンド幼なじみはすっかりIS学園の風景に溶け込んでいた。
「で、なんであんな顔してたんだ?」
「……大したことではないのだぞ?」
「でも気になるから」
悩みでもあるのなら力になりたい。これでも幼なじみだからな。
「そうか。なら白状するが」
「おう」
神妙な面持ちで、箒は俺の方に向き直った。
「最近、ブラを買い替えた」
「……はい?」
「前のブラがきつくなったのだ。どうやらまた胸が大きくなったらしい」
……どうやら、ほぼ間違いなく力になれそうにない類の悩みのようだ。
「昔は巨乳ごっこなんてやっていたが、こうも成長すると肩がこって仕方がない。剣道をするにも邪魔だし……幼い私はこんな単純なデメリットにも気づいていなかったのだな」
「はあ」
「その点、鈴のような者は羨ましいと思ったのだ。あれくらい控えめなら肩こりもなさそうだからな」
世の中奇妙なもので、お互いが相手の持っているものを欲しがっているようだ。
「思うだけならいいけど、それ鈴の前で絶対言うなよ」
「どうしてだ?」
「終焉の闇にのまれるから」
≪偽名≫
「なあ箒。お前ここに来るまでは偽名使ってたんだよな」
確か入学初日にそんなことを言っていた気がする。
「そうだが、どうかしたか」
「どんな名前にしてたんだ? ちょっと気になってさ」
「なんだ、そんなことか」
そう言うと箒はメモ帳とシャーペンを取り出し、きれいな文字をつづっていく。
「ほら、これが私の仮の名だ。ちなみに自分で考えた」
「
「いや、これは
「きんだ? 珍しい読み方だな」
じゃあフルネームは『きんだなお』になるのか。
「ちなみにこれを並べ替えると『オナ禁だ』となる!」
「ドヤ顔して言うことじゃない」
仮にも自分の名前なんだから遊ぶなよ……
≪ISの秘訣≫
「どうだ、セシリア」
「まだ動きがぎこちないですわね。もっとISの能力を信じて、身をゆだねてください」
「そうは言ってもな……」
今日の放課後はセシリアにマンツーマンで稽古をつけてもらっていた。箒は剣道部、鈴はラクロス部に行くとのこと。
「どうしても人間の体基準で考えちまう。なかなか難しいな」
「はじめは誰でもそんなものですわ。ISは優れたパワードスーツですが、優れすぎているがゆえに思考と現実のギャップが激しいですから」
自分の体がどんな動きをできて、どんな動きをできないか。これは誰でも大まかには把握している。生きる上でいつも使っているものだからだ。
これに対してISはそうじゃない。だから動作の可能不可能の基準を人体で考えてしまって、行動の幅を縮めてしまっている。本来ISならなしえる動きが俺にはできていない、つまり力を引き出しきれていない。以上が先ほどセシリアからいただいた言葉だ。
「ISをどれだけ自らの一部として認識できるか。これが重要であるからこそ、操縦者の実力はISの総稼働時間に大きく左右されると言われるのですわ」
「なるほど。だからセシリアは強いんだな」
代表候補生として普段からISと触れ合っている時間が多いから、スムーズに動くことができるってわけか。
「なら俺も、できるだけ長い間白式を展開しとかなきゃならないのか」
1日中出しっぱなしなら上達も速いのかもしれない。現実的に考えて無理な話だが。
「それにも限界がありますから、もうひとつ重要なのがイメージトレーニングですわ」
「イメージトレーニング?」
そのまま言葉を繰り返した俺に対し、セシリアは微笑みながら解説をしてくれた。
「結局のところ、ISと自分を一体化させるイメージが大事なのですわ。訓練でISの動作を確かめ、夜にその時のことをできるだけ鮮明に思い出し、さらにイメージの中でISを自由に動かしてみる。普段からこれを行っていれば、効率も上がるはずです」
「なるほど。イメージか」
練習も考えてやらないと成果が出にくいってことだな。それは剣道でも同じだからよくわかる。
「てことは、セシリアもイメージトレーニングを重ねて強くなったのか?」
「ええ、その側面も大きいと思いますわ」
胸を張ってふふんと笑うセシリア。相変わらずちょっとしたしぐさがかわいいやつだ。
なんて思っていると、なぜか彼女の頬が朱に染まっていた。
「……わたくし、妄想は得意ですから」
「その話の持っていき方は予想できなかったぁ」
≪イメージトレーニング≫
「………」
「いちかー……何してんのよ」
教室で無言で固まっていた俺を不審に思ったのか、鈴が怪訝な顔つきで声をかけてきた。
「ISのイメージトレーニング」
「イメージトレーニング? 何よそれ」
「あれ、お前は知らないのか」
同じ代表候補生でもいろいろ違うんだな。
「セシリアから教えてもらったんだけど」
かいつまんで説明すると、鈴は納得したようにうなずいた。
「ああ、そういうやつならあたしもやってるわ。イメトレって言い方はしてないだけで」
「じゃあどう呼んでるんだ?」
「どうって……いちいち名前なんてつけてないわよ。単純に想像するとか、そんな感じね」
「そうなのか」
鈴もやってるとなると、おそらく確かな効果があるんだろうな。
「それのおかげで操縦が上達したとか、あるか?」
「うん? そうねえ……中国にいた時、周りより成長が速いって褒められたことはあるけど、もしかするとイメトレのおかげだったのかもしれないわね」
そこまで言うと、なぜか鈴は表情を暗くし、自嘲気味の笑みを浮かべる。
「だってあたし、妄想とか得意だし……」
「自分から傷口を広げていくのか……」
こういう時、どんな言葉をかければいいのか。今の俺にはさっぱりわからなかった。
≪イメージは大事≫
他の人にもイメトレに関する感想を聞いてみた。
「イメトレなら私もやっている。妄想は得意だからな!」
これは箒の回答。
「おねーさんも妄想は得意よ?」
これが会長。
「せ、先生も妄想は大好きです! ところで織斑くん、このあと時間があれば私の部屋に」
山田先生。
「妄想は大事よ? 記事を作る上で重要……うそうそ、新聞は事実にもとづかないとね」
新聞部の黛さん。
「おかしい。途中から完全に妄想に関する話になっている」
というか俺の周り、妄想好き多すぎだろ。しかも全員優秀だし。
箒はセシリアいわく普通に実力があるらしいし、更識会長は学園最強と聞いた。山田先生も日本の元代表候補生だし、黛先輩も整備科の2年生のエースらしい。
ひょっとして、IS関連で実力のある人はイメトレがうまい=妄想が得意、なんて一見ふざけた等式が成立しているのか?
「うーん」
「織斑、廊下の真ん中に突っ立っていては通行の邪魔だ」
悩んでいると、向こうから歩いてきた千冬姉に注意を受けてしまった。
……待てよ。さっきの仮説が正しいとすれば、ISの世界大会で優勝経験のある千冬姉も、もしかして。
「あの、織斑先生」
「なんだ」
「先生は……妄想とか、得意ですか」
って、これよく考えたら質問の内容が馬鹿げてるぞ。少なくとも実の姉兼担任教師に唐突に尋ねることじゃない。
「お前は何を馬鹿なことを言っているんだ」
「す、すみません」
「いいから教室に戻れ。そろそろ休み時間も終わる」
「はい」
回れ右をして退散。その場で制裁を受けなかったのは運が良かった。
だいたいこんな質問するまでもない。ずっと一緒に暮らしてきて、千冬姉に妄想癖がありそうな様子なんて全然なかったわけだし。
「……危なかった。まさかバレてはいないだろうな」
ん? 今何か背後から聞こえたような……気のせいか。
原作の一夏は幼少期はかなり尖った性格だったのですが、ここではある程度年相応で無垢な子供という設定にしました。逆に箒は原作以上に尖ってるかも。
あと、千冬姉の秘密はそのうち明かされます。
感想等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。参考にします。
次で原作1巻の内容は終了です。ちょっと真面目な話になるかも。
では、次回もよろしくお願いします。