憂鬱だ。
湖に浮かぶ船の上でどうしようもなく憂鬱な気持ちに呑まれていく。
眼前に見えるのはこの上なく壮大な景色だ。
「…すげえ景色だな」
夜の湖畔にうっすらと輝きを放つ確かな存在。
話には聞いていたがこの景色は普通に過ごしていた俺にとって想像を遥かに超える代物だった。
ホグワーツ魔法学校。
身寄りのなかった俺、比企ヶ谷八幡は魔法使いに引き取られなんの因果か魔法使いとして育てられた。
本当になんの因果だったんだろうな。
「君は才能に溢れておる」
どこの童話から出てきたんだと言いたくなる老人が俺に話しかける。
膝を抱え俯いていた俺は突然の来訪者に顔あげる。
「それに君はとても強い。心にあるのは闇ばかりなのに光を失っておらん」
家族を失い生きる気力のなくなった俺にそう聞かせる。
「君は何も悪くはない。そんな君を救いたいと思うておるのじゃ」
なんだって言うんだ。どうせ何もないならもうなんだって良いじゃないか。
「儂は君を一人にしたくない。だから一緒に来ないかの?」
老人は手を伸ばす。なんだって知らない爺さんについていかなきゃ行けないんだ。
「怖いかの?しかし誰しも1人では闇に呑まれてしまう。だからその前に儂は君を光に連れて行きたいのじゃ」
……。
「光…?」
「そう光じゃ。そこには君の求めているものがある。あぁ、勿論儂の打算的な願いもあるがの」
そう言いながらウインクする爺さんはやけに様になっていた。
「俺の欲しいものがわかるのかよ?」
「もちろんだとも。儂は君を必要としておる。そして儂だけではない、君が望めばその場所を与えてやることもできる」
俺が望まれる場所…。
「…爺さん、名前は?」
「アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンンブルドアじゃ」
「なが…」
新一年生はここに集められた。
目の前にはホグワーツの大広間の扉があって、その扉の先では先輩方が待っているらしい。
ざっと集められた俺たちはミネルバさんの説明を受ける。
彼女は俺に気がついて優しい笑顔をくれる。
それからミネルバさんが扉の先に消え、俺たちは待つ事になった。
そのわずかな間にこの年のトップカースト達が争いを始めた。
何でもハリー・ポッターというヴォルデモートを倒した英雄が入学したらしく、そいつを自分の派閥に組み込もうとしているらしい。魔法の世界だろうと人のやる事は変わらないらしく、それを見て嫌気が差す。
ポッターを引き込もうとしているのはドラコ・マルフォイと言うらしく、自分の名を誇らしげに名乗ったところを見るに純血派と言うやつだろう。
はぁ、くだらね。
大体なんで入学する必要があったのかね。
爺さんが言うには俺は入学するべきらしい。
でもこの様子を見るに学校生活は面倒なだけになりそうだ。
二人を見てみるがどっちの肩を持つ気にもなれない。
マルフォイの方は純血以外は認めないようだし、ポッターもいかにも英雄って感じで苦手だ。
(何処にも居場所は無さそうだぞ爺さん)
そんな二人のやりとりはミネルバさんの登場で終わる。
そうして連れられるのはまさに魔法の世界と言うべき場所だった。全てが不思議な空間には左右に馬鹿みたいに長い机が4つ並んでいて、どうやらそこに座っている沢山の人が先輩方らしい。
そして一番奥には爺さんがいる。
家の中じゃ普通の隠居爺さんって感じなのにちゃんとした服を着ると威厳がすごいな。
流石はダンブルドア校長って事か。
そうして椅子に乗せられた帽子の前で止まり、これからその帽子に組み分けをしてもらうらしい。
組み分けかぁ…。
セブルスさんと目が合う。この人無表情過ぎて何考えてるかわかんない。
しかし億劫だ。次々と名前が呼ばれ、自分の番が近づく。
組み分け。
四つの寮に組み分けされるらしい。
グリフィンドール
ハッフルパフ
レイブンクロー
スリザリン
俺に魔法を教えてくれた三人の魔法使いと魔女。
ミネルバさんは
「ハチマンは優しい子です。貴方がホグワーツに来た際には必ずグリフィンドールに選ばれますよ」
それに対しセブルスさんは
「ハチマンは勤勉で驕らない。野心こそないが狡猾さは随一だ。純血ではないがスリザリンこそ相応しいと思うがね」
と2人は何度も対立していた。
俺としてはどっちでも良いと思ったけど2人にとっては重要らしく、この組み分け次第でどちらからか不評を買うのだろう。
嫌だなぁ…。
因みに爺さんは
「組み分け帽子がどの寮を選ぼうとハチマンはそこで何かに出会うじゃろう。それがお主にとって何になるかは自分次第じゃ。決まった未来など存在せぬよ」
無責任すぎじゃないですかね…。
まぁこの人の思わせぶりな態度なんて何年も一緒にいれば慣れるもんだ。あんまり家には居なかったけど。
そうして大歓声が溢れた後、俺の名前が呼ばれた。
「うーむ…先ほどの子も悩んだがこれも難しい」
「パッと決めてください」
「そうはいかん。君はそうだな慈愛の心に満ちておる。おまけに自分を犠牲にしても心を貫く行動力がある。これだけならグリフィンドールと言いたいところだが」
あ、後ろの視線が痛い。これ絶対セブルスさんだ。
「だがしかし、心の奥では薄暗いものがあり他者への興味が薄れている。そのせいか君は何処までも狡猾にそして自らの力しか信用しない。1人で完結できてしまう君は正にスリザリンらしい統率者になれるかもしれん」
今度は横から強い視線。ミネルバさん、睨んでませんか?俺悪くないですよ?
「あの、早く決めてもらって良いですか?これ以上ここに居たくないんで…」
「ここまで両極端なのは初めてかもれん。うむ…決めた」
「スリザリン!」
帽子がそう言った時にすぐに後ろから拍手が聞こえてきた。
あの人喜びすぎだろ。
ミネルバさんは固まっていたので帽子は椅子に置いて寮の机へと歩いていく。
しかし拍手こそあるものの俺を歓迎するような雰囲気は感じなかった。
理由は簡単だ。
俺の名前が日本名だからだ。
ハチマン・ヒキガヤ。
純血であるはずがない名前はここでは受け入れられないんだろう。
爺さん、ここが俺の居場所か?
色々と考え鬱になっていると
「ねえ、ヒキガヤ?だっけ」
隣にいた女の子に話しかけられた。
「お、おう。ひきぎゃやはちまんだ」
噛んだわ。
「え?何?発音しずらいのね。ヒキギャア?」
「いやすまん。ヒキガヤだ」
困ったように発音する彼女を少しだけ可愛いと思ってしまった。
「そう、ヒキガヤね。私はパンジー・パーキンソン。貴方マグル生まれでしょ?」
「そうだけど。魔法は使えるぞ」
そう言うと呆れたような顔を浮かべ
「ここは魔法学校よ?そんなの当たり前じゃない。それよりも」
すっと近づいてくる彼女。
「い、いきなり近づかないでくれ」
「大事な事なの。スリザリン寮に入ったんだからこれだけは覚えておきなさい。マルフォイに気に入られるようにしなさい」
耳元で囁やく彼女に
「はぁ?なんでだよ」
「彼のお父さんは純血の有名な家なの。只でさえマグルは嫌われるから逆らったりしたら居場所なくなるわよ」
「あぁ、そう言うこと」
別に逆らおうなんて思わないが。
どの道俺は孤高のボッチだ。俺には家族もいないし、育ててくれた人は居るけど息子って感じじゃないしな。
「気にしないで良い。俺にはどうせ居場所ないし適当にするから」
聞いた彼女は首を傾げて
「何いってんの?変なやつね」
彼女には上手く伝わらなかったようでそれきり話すことはなかった。
やっぱり居場所なんてなさそうだぞ。
そう思いながら演説をする爺さんに目を向けると、目が合う。
なんで笑ってるんだよ…。
「ねえ」
入学して少し経った後
「あっと、パーキンソンさん?だっけ」
彼女に話しかけられた。
「ハチマン、あんたスネイプ先生に気に入られてるわよね」
いきなりファーストネームかよ。
「俺ってよりかはスリザリン生全員に甘くないか?」
点数ポンポンやってるし。
「その中でもハチマンに甘いわ。何かしたの?」
「昔に魔法教えてもらう機会があっただけだ」
「へぇー。まぁいいわ。ハチマンって今じゃマルフォイに目をつけられてるの知ってる?」
は?
「なんで」
「スネイプ先生があそこまで特別扱いしてるんだもの。マグルとはいえそれだけで価値はあるわ」
さいで…。
「マルフォイとは仲良くできそうにない。つまり自分の手下にしたいってことだろ?」
「光栄なことじゃない。何が不満なの?」
「お前らポッター達にやけに突っかかってるじゃねえか。あんな真似はしたくない」
「ふーん。でも私がグレンジャーに言っているのは事実じゃない。穢れた血にそう言って何が悪いのよ」
「俺だって穢れた血だ。なのに俺には言わないな」
「ハチマンはスリザリンだもの。理由ならそれだけで十分だわ」
わけわからん。
「まぁいいわ。ハチマンに合わせてたら進まないしついて来なさい」
そう言うとパーキンソンは俺の手を掴んできた。
「お、おい!なんだよ!ど、どこにだよ」
いきなり手を掴まれたらドキドキするでしょうが!
「ついて来なさい。私がマルフォイに紹介してあげる!」
やめてくれよ!俺は金髪オールバックには興味ないんだよ!
あの日から俺はパーキンソンに振り回れる日々が続いた。
「ねえハチマン、ちょっとこの魔法教えてよ」
「聞いてよマルフォイに褒められちゃった!ハチマンのおかげだわ!」
などなど。
結局俺はマルフォイの派閥に入ることはなかった。
面倒だったし、マルフォイもあまり良い顔をしていなかったしまぁ当然の流れだった。
「なんで俺に絡むんだよ」
ある日気になって聞いて見ることにした。
「嫌なの?」
「嫌というか…まぁ面倒」
「嫌じゃないないならいいじゃない」
「はぁ?」
「ハチマンが嫌だって言うならもう近づかないわ。でも嫌じゃないなら一緒にいてあげるの」
なんで嫌って言えなかったんだ。
「意味がわからん。大体マルフォイにも好かれてない俺はお前のメリットになることなんてないだろ」
「そんなの簡単じゃない。私はハチマンを気に入ってるわ。その変わった性格とかめんどくさい性格もね」
「俺は別にお前のことを気に入ってるわけじゃないぞ」
すると彼女は得意そうな笑顔で
「そう?面白い冗談ね。ハチマンが気に入ってない人間と嫌々一緒に居るわけないじゃない。マルフォイにそうしてるみたいにね」
得意げに胸を張る彼女を見てふざけるなと思い
「お前が無理矢理付き合わせてんだろ。俺は自分から一緒にいてくれなんて頼んだことはないぞ」
「今はね。そうね、いずれハチマンに俺と一緒にいて欲しいって言わせて見せるわ。ゆくゆくは私のボディガードとして側にいさせてあげる」
あどけない笑顔でさらりと変なことを言う彼女。
何が目的なのか…。
「言うわけないだろそんなこと。俺はお前の手下になんかならんぞ」
「だから今はって言ってるでしょ、バカ。そのうち気が変わっていくわよ。ハチマンは私にとって面白いのよ。一緒にて飽きないわ」
そう言いながらバカにしたような笑顔で笑う彼女に、ああ変なのに目をつけられてしまったと思いながら
「お前嫌いだわ」
「本心から嫌ってなさそうだから無駄。さあ次の授業に行くわよ」
パーキンソンは良く言ってとても素直な性格だった。
面白いと思ったら素直に笑うし、馬鹿だと思ったら馬鹿だと言ってくる。
奥ゆかしさなんて存在しないし、思いやりもない。
あるがままに、そのままに生きてきた少女。
それが最近は俺のことを引っ張り回してばっかりだ。
前まではマルフォイと一緒に居ることが多かったがそれも少なくなった。
どうして気に入られたかは知らないが一緒にいて面倒だとは思っても嫌になることはなかった。
きっとその性格のせいだ。
素直すぎる彼女は嘘をつかなかった。
取り繕うことがなかった。
面倒だと言っても、知ってるわよと一蹴し、いいから私の為になりなさいと言う。
俺がマグル生まれだからと同じ寮の奴に絡まれたときも、
「なんで反撃しないの?ハチマンは間違いなくスリザリン生じゃない。狡猾で優秀で誇りが高いわ。まぁその誇りが魔法族としてじゃないのが欠点だけど」
と言われ。
彼女について付き合い方がわからないまま、それでも嫌じゃなかった俺は受け入れていた。
「ハチマン、今度の冬休みだけど実家に帰るの?」
寒くなって来た頃、突然そんな風に聞かれ少し困った。
実家か。爺さんの家に帰ったところでなぁ。
どうせ忙しくて帰ってこないだろうし、セブルスさんもミネルバさんもその時期にはあまり家には来れなかったし。
「…俺には家族がいないからな。世話になってる家があるが多分帰らないと思う」
それを聞いた彼女はなんとも微妙な顔をして
「そうだったんだ。嫌なこと聞いたわね。じゃあ寮に残るのね?」
「そうだな」
そう言うと彼女は少し考えているようで
「それなら私の家に来る?」
そんなことを言い出した。
「はぁ?」
「遊びに来なさいよ。両親にも紹介してあげる。学園での私の下僕ってね」
「勘弁してくれ…大体いつ下僕になったんだよ…」
すると彼女は笑いながら
「あはははは!知らなかったの?寮生の間じゃ有名よ。ハチマンはパーキンソンの下僕だってね」
なん…だと…!
「みんなに否定してくる」
「嫌よ。いいじゃない別に。周りがどう言おうと事実は変わらないんだから。」
それだと俺が下僕ってことになるんですが…。
「まぁ自分で言っておいてなんだけど下僕とは思っていないわ。そうね…ペットって感じかな」
「変わんねーじゃねえか」
「あははははは!」
「楽しそうだな…」
「そうね、楽しいわ。ねえ家に来ないの?きっと楽しいわよ!」
「…遠慮しとくわ」
学校を歩いている。
つまりそれは常に爺さんの掌の上という事だと気付いておくべきだった。
「久しぶりじゃの、ハチマン」
「…いきなり出てくるなよ、爺さん」
びっくりして後ろから声が聞こえた方へ目を向ける。
「ふむ。楽しそうじゃの、ハチマン」
「そう見えるか?」
「見えるとも。儂の目が節穴じゃなければな」
楽しそうに笑う爺さんになんともいえない気持ちが湧いて来たが
「…まぁ思ってたより楽しい場所かな」
「それは良かった。それと友達の家に行くのに儂の許可はいらんよ」
「いや別に行きたいと思ってないし」
「そうかの。じゃが儂に遠慮はいらんからの」
「なぁ爺さん」
「なんじゃ」
「ありがとな。居場所をくれて」
「礼を言われるようなことはしておらんよ。なにせ儂は"何考えてるかわからんじいさん"じゃからの」
こ、こいつ。
「俺の心でも読めるのかよ…」
「ハチマン」
ふと後ろから声が聞こえ振り向くと
「こんなところで1人で何してんの?」
「え?」
振り向くと爺さんはもういなかった。
逃げ足速えな。
「なんでもない。それよりどうかしたのか?」
「さっきのはなしだけどさ、両親に友達連れて行くねって言っちゃった!」
は?
「はぁ?」
「だから両親にハチマン連れて行くって言っちゃったから。よろしくね」
「お、おい!なんでそうなるんだよ!」
「いいじゃない別に。どうせ帰る家ないんでしょ?家に来なさいよ」
なんでこう無茶苦茶なんだ…。
「ハチマンの嫌なことはしないわ。でも嫌じゃないでしょ?」
そう言って微笑む彼女をみて、なぜ自分が嫌と思えないのかわからなかった。
「あ、それといつまでもパーキンソンじゃ困るわ。パンジーって呼びなさい」
「嫌だ」
「なんでそれだけそんなに嫌がるのよ…」
かくしてパーキンソン家に行くことが決まったらしい。
爺さんに言わなきゃなと思いつつもどうせわかってそうだと思い億劫になった。
「ハチマン」
「なんだよ」
「私の傍にいなさい」
なんだ俺より男らしいじゃないか。
「嫌になるまでな」
精一杯の抵抗でそう言った俺に彼女は
「それなら大丈夫だわ!ハチマンは私を嫌いにならないと思うし!」
自信満々にそう言った彼女にお前はどうなんだといいたくもなったが、藪蛇になりそうな気がしてやめた。
ああでも、俺は爺さんに言った言葉で自分の気持ちを少しは理解してるんだろう。
俺の居場所になってくれてありがとう。
リクエスト頂いたものです。
満足出来たら幸いです。