怪物達の地球   作:彼岸花ノ丘

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蹂躙

 バミューダ海域。

 オカルト事象を抜きにして考えた場合、此処の特徴はとても温かな地域である事だろう。例えばマイアミ沖では最も冷たい時期でも水温が二十数度ある。沖縄本島の海よりちょっと暖かめな場所、と言えば日本人には分かり易いかも知れない。

 温かな海は生物にとって暮らしやすいのだろう。降り注ぐ昼の太陽光によりキラキラと光る海面には、魚の群れが幾つも見えた。その魚を狙って海へと飛び込む鳥の姿もある。もしかするとクジラやイルカ、或いは大型魚も見られるかも知れない。

 実に面白みのある海だ。ワクワクする。

 ワクワクするのに。

 

「ううう……まさか船の上でも、植物と睨めっこなんて……」

 

 レイナは海面ではなく、船内の一室でノートパソコンと向き合っていた。パソコンに映るのは植物……『星屑の怪物』の繁殖時の動画。

 要するに、出立前にしていた仕事の残りである。先輩には事情を話したが、「ネットって便利だよねー。何処からでもデータ送れるもん」の一言で引き継ぎは却下。下っ端研究員であるレイナは、船上でも事務仕事を強いられていた。

 

「ほらー、早くしないと件の海域に到着するわよー」

 

 必死に仕事を片付けるレイナに、船室内に居るシャロンが暢気に励ます。自分なりに頑張っている中でこの励ましは、レイナでもちょっとカチンときた。

 ……普段ならこの程度流せるのに。根を詰め過ぎて、精神的余裕がなくなっているのかも知れない。深く息を吐き、レイナは眉間を指で揉む。身体の緊張が解れるのと共に、心の方も少し柔らかくなった気がした。

 

「データ解析は、あと二時間ぐらいで終わると思います。現場到着は何時頃ですか?」

 

「四時間後の予定よ。仕事を始める前に紅茶はご馳走出来そうね」

 

「楽しみにしておきます」

 

 二時間後にはやってくるであろう紅茶の味を想像し、レイナはにこりと微笑む。

 

「……それにしても、物々しいですね。今回の調査は」

 

 そんな会話をしている最中に船室の窓からふと見えた光景に対し、レイナは疑問を漏らした。

 室内の窓から見えるのは大海原……そしてそこを走る、複数の艦船。

 窓からだけだと全ては見えないが、任務の基礎情報としてレイナは知っている。自分が乗る船以外に、今回は十五隻という大船団が参加していると。

 その内の十三隻は、多数の武器を搭載していた。

 レイナ達が乗る船にも武装はある。が、精々小型船を相手する程度の……機関銃とか、対人ロケットランチャーぐらいの……代物だ。対して十三隻の船が搭載している武装は、大口径艦砲、対艦ミサイル、対空ミサイル、機銃等々……軍艦と呼ぶに相応しい重武装をしている。加えて全長百五十メートルという巨体は、五十二ノットという現代兵器が目を回す速さで海を駆けていた。

 これらの艦船は、なんでも()()()世界最高峰と呼ばれている軍艦を大きく上回る戦闘能力があるらしい。「今回ぐらいの規模があれば米海軍ともやり合えるわ」とはシャロンの弁……割とトンデモ兵器のようである。

 そんなものが十三隻も一緒なのだから、これから起きる事の物騒さを想像するなと言われても無理というものだ。

 

「相手が相手だもの、これぐらいは用意しないとね。とはいえうちの組織にこんな巨大兵器はないから、外部組織の力を借りてるんだけど」

 

「あ、資料見ました。人類社会の平穏のため、日夜命を賭して生物的脅威と戦ってる方々なんですよね。確か『人類摂理』とかいう名前でしたっけ? 正義の味方って感じで心強いです」

 

「……そうね。悪気はないし、そのやり方しかない時もあるから、正義は正義なのよ。ほんと、もう少し頭が柔らかければ……」

 

「? シャロンさん?」

 

「なんでもないわ。ほら、無駄話してると仕事が終わらないわよ」

 

 何かを言おうとしていたようなシャロンだったが、レイナが思わず問うと、独り言を止めてにっこりと微笑む。明らかに誤魔化されたのだが、何を誤魔化されたか分からなければ、問い詰める事も儘ならない。

 それにお喋りをしていても仕事が進まないのは、確かにその通りである。残り僅かな仕事をささっと終わらせるべく、レイナは再びパソコンと向き合った

 刹那、艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 とても大きな警報で、レイナは思わず両手で耳を塞いでしまう。しかしそれでも音は聞こえ、頭をぐわんぐわんと揺さぶってくる。

 お陰でその音が()()()()()()を知らせる警報であると、嫌でも理解出来た。

 警報が鳴り響く中、シャロンがレイナの肩を叩く。警報音はあまりに大きい。声を出したところで、何を言ってるのか全く聞き取れない。

 しかしシャロンが指した指と口の動きから、レイナはこう解釈した。

 「今すぐ甲板に向かうわよ」、と。

 つまり巨大生物とやらを目視で確認しようという指示。

 

「はいっ!」

 

 レイナがこの指示に、躊躇いを覚える筈がなかった。

 シャロンは駆け出し、部屋の外へと出る。レイナもノートパソコンをバタンッ! と閉じ、シャロンの後を追った。警報音は消え、こちらを振り向いたシャロンの声がよく聞こえるようになる。

 

「ちょ、なんであなた一緒に来てるのよ!?」

 

 ……聞こえるようになってすぐの一声がこれだった。

 

「え? 一緒に甲板まで来いって言ってませんでした?」

 

「違うわよ!? 私は甲板に行くけどあなたは留守番って言ったの! なんで都合良く解釈してる訳!? 今からでも戻りなさい!」

 

「お断りします!」

 

 どうやら自分が勘違いしていたのだと分かったが、ここで大人しく退くつもりなどレイナにはない。

 警報を鳴らさねばならないような生物が接近していると聞かされて、どうして部屋で大人しく出来よう。そいつはきっと、ワクワクする存在に違いない。

 それにこの任務は致死率が高いと聞く。なら、何も見ずに死ぬなんて……勿体ないではないか!

 

「~~~っ……ああもう! 来るからにはちゃんと手伝いなさいよ!」

 

 レイナの気迫に負けたのか、この気迫を放つ輩を部屋に閉じ込める時間が惜しいと思ったのか。シャロンは忌々しげに了承し、レイナは喜びのあまり走りながら跳ねた。

 『許可』をもらえたレイナはシャロンの後を追って船内の廊下を駆け、シャロンが開けた扉を走って通り抜ける。出た場所は甲板。今日はよく晴れた日であり、空から燦々と陽が降り注ぐ。

 そして大海原では、()()()()()()()()()()()

 比喩ではない。本当にヒトデが空を飛んでいたのだ。それも巨大な、体長二百メートルはあろうかという大ヒトデが!

 

「……え、えぇうええええええっ!? ななな、なん、なん……!?」

 

「狼狽えてるぐらいなら船内に戻りなさい! 記録するわよ!」

 

 驚きのあまりまともな声が出せなくなるレイナを、シャロンが叱咤する。お陰で我を取り戻したレイナは、次いで自分が目の当たりにしたものの正体を理解した。

 コイツが、今回の『ターゲット』。

 バミューダトライアングルに生息し、これまで数多の船を沈めてきた……正真正銘の怪物。

 『魔境の怪物』であると!

 全てを理解したレイナが最初にしたのは、現れた『魔境の怪物』を観察する事だった。『魔境の怪物』は第一印象の通り、どう見ても姿はヒトデそのもの。藍色の体表はつるつるとしており、突起物らしきものは確認出来ない。極めて平坦で、二百メートルはあろうかという体躯の割に貧弱な身体付きをしていた。

 そしてその身を高速で回転させている。

 スピードは回っていると目視で確認出来る程度、具体的には一秒で三~四回転ぐらいだが、だからといって遅いなんて事はない。『魔境の怪物』の体長を二百メートルと仮定すれば、回転時に身体の末端が描く円周はざっと六百二十八メートル。この距離を一秒でざっくり三回転するには、秒速千八百八十メートル……音速の五倍以上の速さが必要だ。

 とんでもない勢いで回転している『魔境の怪物』は、まるで鳥か戦闘機のような速さで海上を駆ける。人間でも目で追うのがやっとだ。いや、近ければそれすら叶わない。

 つまり『魔境の怪物』が急接近しようとも、人間が操っている船に何かが出来る筈もなく。

 『魔境の怪物』は、『ミネルヴァのフクロウ』が保有する調査船の一つと衝突――――まるで熟練の侍が刀で巻藁を斬るように、あっさりと船を真横に切断してしまった。古代の帆船ならば兎も角、二十一世紀の最新鋭艦には無数の配線が走っている筈。それを問答無用でぶった切れば、船体中で火花が飛び散る事になるだろう。そして船の中にはたくさんの燃料が積まれている。

 切断された船は、次の瞬間には爆発四散した。文字通り跡形もなく吹き飛び、残ったのは岩礁染みた金属の残骸だけ。乗組員も、きっと全員原形を留めていないだろう。

 レイナが唖然としながら船だったものを眺めていると、ドンドンッ! と鼓膜を揺さぶる激しい音が聞こえた。『魔境の怪物』がまた何かしているのか、とも思ったが、それは誤解だった。

 音を出したのは人類側だ。同行していた外部組織(人類摂理)の戦闘艦十三隻が、一斉に攻撃を始めたのである。シャロン曰く米海軍に匹敵する戦闘力を誇る船団の攻撃だ。対人類ならば、これほど心強いものもあるまい。

 しかし此度の相手は怪物。

 大きな対艦ミサイルは一度に何十発と撃たれたが、どれも『魔境の怪物』の移動速度に追い付けていない。戦闘機染みた機動力の物体を追うのは、対艦ミサイルの想定する状況ではなかった。されど『魔境の怪物』はミサイルを避けている訳でもない。運良く対艦ミサイルが当たる事もあった……が、『魔境の怪物』は怯むどころかよろめきすらしなかった。

 頑丈な戦闘艦を沈める攻撃さえも通じていないのだ。動きの速さに対応するためか、やがて戦闘艦達は大量の小型ミサイル ― 恐らく対空ミサイルだろう ― を撃ち出して怪物を攻撃するも、対艦ミサイルですらビクともしなかった皮膚にこんな豆鉄砲が効く筈もない。

 『魔境の怪物』は止まるどころか怯みもせず、次々と船に突撃し、切り裂き、沈めていく。

 レイナは直感的に理解した。あの怪物を人間の武力で止める事は叶わないと。世界中の艦船を掻き集め、全力で叩き潰そうとしても……怪物は優雅に空を飛ぶだけで、人類の本気をあっさり海の藻屑に換えてしまう。

 これが怪物の実力。

 これが――――この世界に潜む生命の、本当の力なのだ。

 

「ぐっ……まさかこんな場所まで進出してるなんて……今年の活性は想像以上ね!」

 

 シャロンも別の部分に驚きを感じているようで、それを言葉として漏らしている。

 そしてシャロンは笑っていた。船が何隻沈もうと、何百何千の人が死のうと……自分の船が何時狙われてもおかしくないとしても。

 正しく狂気。研究のためならば、自分含めた全ての人命に全く頓着しない。人としてあるまじきその感性を、おかしいと窘めるべきか?

 否である。

 レイナもまた、ワクワクしていたのだから。人類が足下にも及ばない、超越的生命体の存在に。

 勿論死にたくはない。まだまだレイナは不思議な怪物を見たいのだから。見ず知らずとはいえ、人が殺されていくのも勘弁願いたい。彼等の命だって尊いものなのだから。

 けれども命を惜しみ、今目の前に居る不思議な怪物を見逃すのは、もっと嫌だ!

 レイナはポケットから小型の端末を取り出す。『ミネルヴァのフクロウ』が開発した撮影機器で、非常に高性能かつ片手で持てるほどコンパクト。高速で飛行する『魔境の怪物』の姿がピンボケにならず、ハッキリと記録出来た。

 もっと見たい。

 もっと知りたい。

 好奇心に突き動かされるがまま、レイナは船をも切り裂く怪物の撮影を続け――――

 

【本船はこれより緊急退避を始める。乗組員はただちに柱などに掴まれ。以上】

 

 冷徹な男の声が、ワクワクする時間の終わりを伝えた。

 船内放送だ。恐らくは船長が退却を決めたのだろう。

 

「え、あっ、ちょ……ぎゃぶっ!?」

 

 操舵室に居るであろう船長に向けて、甲板に居るレイナが届かぬ抗議を伝えようとする。が、船は容赦なく旋回を開始。掴まるものがなかったレイナはすってんころりと転がってしまう。

 船はレイナが転んだ事などお構いなしに疾走。『魔境の怪物』から全速力で逃げていく。人類摂理側の戦闘艦は何隻か残って交戦を続行するが、怪物はその船全てを沈めて……逃げたレイナ達の船を無視してUターンしていった。

 そしてその巨体からは想像も付かぬほど静かに、海の中へと突入。

 すぐに再び姿を現したが、『魔境の怪物』は何故かこちらを追わず。近場に着水してはまた現れる、というのを繰り返す。もう攻撃などしてこない。

 まるでこちらの事など、最初から見てもいなかったかのように。

 

「……あ、あれ?」

 

「なんとか逃げきれたわね。ふむ、座標からして……前年より八十キロほどズレてるか。移動したのか、それとも広がったのか……」

 

 呆気に取られるレイナの横で、急旋回の中倒れなかったシャロンがぶつぶつと呟いている。何か学術的な考察をしているようだが、『魔境の怪物』にそこまで詳しくないレイナにその意図を読み取る事は出来なかった。

 しかし慌てる事はない。何故なら自分達の任務は、あの怪物の調査なのだ。その謎に迫れる事に、自然と胸が高鳴る。

 ……仮に胸が高鳴らずとも、知らなければならないとはレイナも思うが。

 何しろ先の怪物の襲撃により、大勢の人々が海に散ったのだから。そしてこの怪物が野放しである限り、此処を通る船は沈み続けるだろう。加えてレイナが感じた印象通りならば、怪物を駆除したり追い払ったりする事は、今の人類では総力を結集しても叶わない。

 何故『魔境の怪物』は船を襲うのか。この謎を解明する事は、今後この海上を通る全ての人の命を守る事につながるのだ。

 そのためにも、まず、やらねばならない事がある。

 

「……ほっぽり出した仕事を、早く片付けないとなぁ」

 

 決まらない台詞を吐きながら、レイナはがっくりと肩を落とすのであった。


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