暴風を掻き分けて
びゅうびゅうと、風が全身に吹き付けてくる。
風の強さは凄まじく、油断すれば大人であろうとも吹き飛ばされそうだ。雨粒などはないが、風により舞い上がったであろう落ち葉などのゴミの数々が飛び交い、弾丸のように横切っていく。砂埃なども激しく巻き上げられ、真っ昼間にも拘わらず視界だって殆どない。周囲を知る手掛かりは、分厚い登山靴越しに感じるゴツゴツとした石の感触だけだ。
レイナが居るのは、そんな荒れ狂う土地だった。
今のレイナは分厚いゴーグルを掛け、身体は足首近くまで丈があるダウンジャケットを纏っている。頭にはヘルメットのように分厚い毛皮の帽子を被り、手袋も革製と、兎に角分厚く頑強な装備を身に纏っていた。いずれも荒れ狂うこの地で活動するのに適した服飾であり、極めて実用的である。
装備のお陰で、時折飛んでくる大きめの石が当たった時以外は左程痛みは感じない。顔だって、鼻や頬がピリピリと痛いだけで、ゴーグルに守られている目はパチリと開けられた。頑丈な靴はしっかりと大地を踏み締め、前に進もうとするレイナの意思を手助けしてくれる。これらの装備がなければ、命すら危うかったに違いない。
……自分の真横を巨大な樹木がすっ飛んであったので、今も命は危ういが。
「ひぇえっ!? な、なんか木が飛んできたんですけどぉ!?」
「はっはっはっ! お前さんは運が良い! 一月前の『第一部隊』のメンバーの半分は、今のような物に当たって脱落してるからな! まぁ、一ヶ月前はまだまだ色んなものが残っていて、今の何倍もの数のブツが飛んでいた訳だが!」
九死に一生を得て悲鳴を上げるレイナに、レイナの二~三メートル先から快活な男の声が話し掛けてきた。レイナは反射的に怯えた眼差しを男に向けようとして、しかし舞い上がる粉塵により彼の姿はぼんやりとしか見えない。
無論、こんな暴風域に入る前にレイナと彼は顔合わせをしている。レイナの三倍はあろうかという幅広な体躯を持つ、筋肉隆々な大男だ。年齢は四十代と中年盛りだが、リンカーンのように立派な顎髭を生やし、鋭い眼差しと端正な顔立ちは野性味溢れる美形。俳優としてデビューしても、恐らく世界で通用するだろう。
彼の名はジョセフ・ホランド。レイナと同じく『ミネルヴァのフクロウ』に所属する研究者だ。尤も本部には殆ど居らず、専ら外での研究に勤しんでいる身。今日までレイナとの面識はない。
今日のレイナは、そんな彼の『お手伝い』として派遣されたのだ。
「いやぁ、助かったよ! 一週間前に作業員の殆どが『
……或いは『捨て駒』かも知れないが。
「さらっととんでもない事言ってませんかそれぇ……というか『刀神の怪物』って、事前に聞いていない怪物なのですけど」
「『刀神の怪物』については気にしなくて良い! アレはこの地の神みたいなものだからな! そもそも今回の仕事相手じゃないし、一週間前の出来事は不幸な事故だ! いやぁ、最初の作業員達は若くて優秀で剛胆だったが、如何せん恐れ知らずでね! 俺がちょっと目を離した隙に怒らせてしまったようだ! なんとか逃げられたが、危うく犠牲者にカウントされるところだったよ!」
「それ、神は神でもアラミタマって奴じゃあ……」
「お、それは日本の宗教観だな! 申し訳ないが俺にはちぃとばかり難しくてよく分からん!」
ジョセフは楽しそうに笑いながら、暴風をどんどん掻き分けていく。なんとも恐れ知らずな人だと思うレイナだったが、自分も似たようなものだと気付いて口には出さない。
そうした会話を続けながら進んでいると、変化は唐突に訪れた。
歩いていたレイナは、ぼふん、という音と共に何かから抜け出たような感覚を覚える。暴風により出来ていた粉塵から抜け出たようだ。ゴーグル越しの視界も晴れ、今までろくに見えなかった周りの景色、そしてジョセフの後ろ姿が見えた。
辺りは荒れ果てた荒野だった。背丈の短い草はあるが、樹木は見られない……いや、根元から倒れた木や、断面が汚い切り株があったので、この荒野は風により薙ぎ払われた跡地なのだと分かる。とはいえ地面よりも岩が多く、僅かな地面もさらさらに乾いているこの地では、元々木なんて疎らだったに違いないが。
そして木々が生えていなければ、空を遮るものもない。粉塵の外はさぞ明るい……かといえば、逆にかなり暗かった。雨雲が頭上にあると言われたなら、それで納得してしまうほどに。
レイナ達が着ている服は防水性があり、例え台風のような豪雨の中でも染み込んで身体が濡れる心配はない。それでも人間にとって雨に濡れるのは好ましくなく、レイナは無意識に空を見上げた。
故に、彼女は目の当たりにする。
――――大空に、大きな鳥の影があった。
影はとても高く、高度数百メートルの位置にあるだろうか。しかしそれでもハッキリと見えるほど大きい。恐らく翼長は
フォルムは丸みを帯びた、スズメより少しずんぐりとしたもの。頭も大きく、なんとも可愛らしい。ただし尾羽はとても長く、身体の倍はあろうかという長さまで伸びている。薄暗さ故色合いはハッキリしないが、艶やかな空色の羽根で全身が覆われていた。
そんな可愛らしさとは裏腹に、その身体の周辺からは稲妻のような電撃を時折迸らせている。殆ど羽ばたいていないが降下してくる様子はなく、悠々と大空を旋回していた。背中側である空に渦巻く黒雲を背負う姿は、スズメのような見た目に反して、神話的な威厳を見る者に与えるだろう。
レイナは呆けたように、空を見上げたまま立ち尽くす。そんな彼女の傍にジョセフがやってくると、ぽんっとレイナの肩を叩いた。
我に返ったレイナは反射的にジョセフの顔を見遣る。するとジョセフはにやりと楽しそうに、だけどその目は少し辛そうに、笑いながらこう告げるのだった。
「紹介しよう。『彼』が此度のターゲット……あの怪物を元の住処に戻す事が、俺達の今回の仕事さ」
Species4 天空の怪物