怪物達の地球   作:彼岸花ノ丘

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科学者集結

【ハッチ開けます。ご武運を】

 

 機内に響く男性操縦士のアナウンス。その言葉通り、レイナの正面にある機体後部のハッチが開いた。

 大きな車両も通れるであろう巨大ハッチが開くと、轟々と激しい音が聞こえるほどの吹雪に満たされている外が見えた。時間帯が夜というのもあって、後部ハッチから一メートル先すら殆ど見通せない。機体は既に着陸しており、外には一面の雪原が広がっていると頭では理解しているのだが……暗闇から先が断崖絶壁のように見えて、本能的に足が竦んだ。

 季節的に今の南極は『初夏』なのだが、これは季節外れの大吹雪なのか、はたまた偶にはこんな事もあるのか。いずれにせよこの吹雪の中を歩くのは中々の困難だ。寒さも見た目通りに厳しく、それこそ半端な装備で出向けば一瞬で凍り付いて死んでしまうだろう。

 果たしてレイナが着ている()()()()()()()()で、この寒さをやり過ごせるだろうか? おまけに付けている手袋も薄く、頭には軽い帽子が一つ乗っているだけ。長靴長ズボンではあるが、極寒仕様と呼べるほど生地は厚くない。まるで暖冬時の日本で見られるような格好だ。

 日本の冬もそれなりには寒いが、吹雪いている南極の中とは比べるべくもない。こんな格好で外に出たなら、あっという間に腐らない死体の仲間入りだろう。普通ならば。

 しかしレイナ達の格好は、決して普通のものではない。

 

「……まさか本当に顔以外全然寒くないなんて」

 

「その顔の寒さも、クリームを塗っただけで我慢出来る程度のものですし」

 

 吹き付けてくる外気を浴びて、レイナの後ろに待機していた平治と道子が感想を述べる。振り向いてみれば、二人とも心底驚いたように目を丸くしていた。レイナも同様の意見であり、えへんと誇らしげに胸を張る。

 レイナ達が着ている服は『ミネルヴァのフクロウ』により製造された、特殊な防寒着だ。使用されている生地は怪物由来の技術で製造されたもので、厚さ数ミリもあれば摂氏マイナス百度の低温でも殆ど熱を逃がさないという代物。この生地により作られた服は通常の装備と比べ遥かに軽く、何より身体の動きを妨げない。

 過酷な環境において、『軽い』と『動きを邪魔しない』は非常に重要な機能だ。一般的な南極探検家が着る、体格が倍近くなるような分厚い防寒着では跳んだり走ったりも難しい。対してレイナ達の格好ならば全く問題なく走れ、いざとなれば跳べる。

 危険な怪物と相対するには、打ってつけの服装という訳だ。ちなみに露出している顔や耳には、怪物由来の成分から抽出されたクリームを塗ってある。生地ほどの防寒性はないが、南極の寒さによる凍傷や霜焼けを防ぐ程度の効果はあるという。

 

「なら、出発しても問題ありませんね――――行きましょう」

 

 レイナは指示を出し、先頭を歩く。平治達はその後ろに続き、三人は雪の世界に降り立った。とはいえまだ目的地目指して出発はせず、ハッチの明かりが届く範囲内で、最終確認を行う。

 履いている靴が雪を踏み締め、ぎゅむ、ぎゅむと、独特の音を鳴らす。水気のない雪はとてもふかふかしていて、非常に歩き難い。

 何より視界が吹雪に覆われ、殆ど何も見えない。木なんて育たない環境というのもあって、目印となるものも存在しない有り様。そして有機物がない故に雪には染み一つ付かず、一面がコントラストのない純白に覆われている。

 もしも普通に歩けば、三十メートルと進んだ時点で自分の居場所が分からなくなるだろう。来た道を戻るという簡単かつ確実な策さえも、視力に九割依存している人間では難しい。考えなしに進めば間違いなく遭難だ。

 特別な防寒着により寒さから身を守っているレイナ達だが、食糧や水は最低限……腰に備えつけたポーチ内に入っている一千キロカロリー分の携帯食料と、同じく腰に装着している水筒内の五百ミリリットルの水しかない。早急に『終末の怪物』の下へと向かわねばならない都合、身軽にしなければならないからだ。もしも遭難した場合、この僅かな物資だけで、何時来てくれるか分からない助けを待つ羽目となる。

 そもそもただでさえ動員されたメンバーが少ない事が予想されるのだから、こんな形で『欠員』を出してる余裕なんてない。

 

「……皆さん! 私の声が聞こえますか!?」

 

「ああ! 大丈夫!」

 

「わ、私も聞こえます!」

 

 吹雪に負けないよう、大声で点呼を取る。二人の声は聞こえてきたが、微妙に聞き取り辛い。

 当然こんな原始的な方法で存在を確認するのは、非常に危険だ。体力も消費する。如何に素晴らしい装備で身を守っていようとも、その素晴らしい装備を打ち破るのが自然というもの。油断は大敵だ。

 先頭を歩くレイナのズボンの腰部分には、ベルトに結び付けられたカーボンナノチューブで出来たロープがある。このロープの伸びた先には平治の腰のベルトがあり、しっかりと結ばれていた。そして平治の腰からもロープが伸び、道子と結ばれている。

 なんとも原始的なやり方だが、これなら確実に行動を共に出来る筈だ。何事もシンプルに片付けられるならそれが良い。

 

「……出発します!」

 

 ロープの結びを再度確かめ、外れない事を確認してから、レイナ達は目的地目指して歩き出した。

 吹雪の轟音の中、柔らかで分厚い雪を踏み固める音が混ざる。声を掻き消すほどの騒音の中、黙々と歩くのみ。

 レイナだけが時折腕時計のように装着した、これまた腕時計のような機械に目を向けていた。

 この機械は所謂コンパスだ。ただし指し示すのは南北ではなく、『ミネルヴァのフクロウ』の基地がある場所。説明書曰く、最寄りの基地の場所を示してくれるらしい。距離や到着推定時間、座標まで表示してくれる優れものだが、それでいて非常に製造コストが安く、大量に製造されている。科学者であるレイナのみならず、作業員に過ぎない平治や道子にも配布されていた。

 三人が同じものを装備すれば、一人の機械が故障や誤作動を起こしても、もう二人がフォロー出来る。行く先がバラバラになる事もなく、服装のハイテクぶりもあって、若者三人の歩みは止まらず緩まず……

 

「……こうもあっさり突破すると、それはそれで拍子抜けするわね」

 

 十五分も歩いた頃、レイナ達はついに目的地に辿り着いた。

 まるで到着したレイナ達を祝福するかのように、吹雪の勢いが衰え始める。上空の雲も晴れ、月明かりが差し込んだ。するとレイナ達の目の前に現れるように、その『建物』は姿を見せた。

 外観は、ぱんぱんに膨らんだホットケーキのような形のドーム。横幅は三百メートルほどもあり、高さも三十メートルはあるだろうか。窓や扉などの出入口が見当たらず、壁には殆ど凹凸が見られない。良く言えば近未来的、率直に言えば奇怪な出で立ちだ。姿が見えればその巨大さと奇妙さに威圧もされるが、外壁は周りの雪と同じく穢れのない真っ白な色合いをしており、吹雪の中では完全に景色に溶け込んでいた。コンパスに基地までの距離が表示されていなければ、勢い余って壁に激突しただろう。

 

「うわ、マジで南極にこんな基地作っていたのか……いよいよSFだなぁ」

 

「凄いです……あの、私ちょっと秘密基地とか憧れていまして……」

 

 レイナに続き、平治と道子も基地の傍にやってきた。準備万端で進んでいたので当然の結果ではあるのだが、誰一人欠けなかった事にレイナは安堵の息を吐く。

 勿論、辿り着いたのでこれで終わりなんて事はない。仕事はこれからが始まりだ。

 そのためにも他の仲間と合流しなければならない。

 

「(待ち合わせ場所は此処なんだけど……まだ来てないみたい)」

 

 コンパスで時間を確認。事前に聞かされた作戦予定時刻まで、あと五分ほどだった。

 緊急の作戦であるため、スケジュールがかなり厳しく設定されている。もし五分経っても合流予定の二チームが集まらなかった場合、本部へ通信して新たな指示を仰ぎつつ、仲間が来るまで待つよう指示されているが……それで『終末の怪物』が目覚めては意味がない。場合によっては、単独チームでの作戦遂行が指示される可能性もあるだろう。

 それは勘弁してほしいと、レイナは願う。

 

「……あ、エインズワーズ博士。向こうから誰か来ます」

 

 その願いが叶うように、早速誰かがやってきてくれた。

 人数は五人。先頭を歩くのは、恰幅の良い人物だった。レイナ達と同じ特別な防護服を着ている筈なので、恐らく元々の恰幅が良いのだろう。レイナ達の姿が見えたのか、どかどかと力強い駆け足で近付いてくる。仲間を見付けた、というより知り合いを見付けたかのような走り方だ。

 恐らくは『彼』だ。作戦前に誰がこの作戦に参加してくれるか聞いていたレイナは、目の前に居る人物と合致する方を予想する。そしてその予想は見事適中した。

 

「ホランド博士! 元気でしたか!」

 

「それはこちらの台詞だよ、レイナ!」

 

 『天空の怪物』の時世話になった、ジョセフ・ホランド博士。彼が四人の作業員達と共にやってきたのだ。作業員達は慣れた様子で大きな自動小銃を持ち、選りすぐりの『兵士』を選んできたと分かる。

 すぐ近くまでやってきたジョセフは、久方ぶりに娘と再会したかのようにレイナを強くハグした。文化の違いに少々戸惑いつつ、レイナもジョセフにハグをする。しばし再会を喜び合うと、ホランドから先に離れ、レイナも同じく離れた。

 

「怪我の調子は良さそうだね。元気で何よりだ」

 

「お陰様で……ホランド博士が来てくれたなら、百人力です」

 

「ははっ。此処に来られたのも、元を辿れば君の功績だと思うがね」

 

 ジョセフは笑いながら、レイナを褒めてくる。

 彼が合流チームの一人となる事は、ある意味必然であろう。レイナが初めて怪しい機械を発見したのは『天空の怪物』調査時であり、ジョセフはその時に指導してくれた先輩研究員。故にレイナが発見した機械についても知っている立場だ。

 恐らく彼は、暴れている怪物が鳥類だと気付いた時、機械の存在を思い出したのだろう。そして調べてみたら案の定……といったところか。

 

「ところでもう一人、彼はまだ来ていないのか?」

 

「はい。でももうすぐ時間……あ、来たようですね」

 

 キョロキョロと辺りを見回したところ、レイナは新たな人影を発見する。

 こちらは、なんと単身。身軽な格好に相応しい、軽快な足取りでやってきた。

 合流チーム? の二つ目だ。彼もまたレイナの知っている人物。歩き方からして、ジョセフと同じくこちらも元気そうだと分かって自然とレイナの顔には笑みが浮かぶ。

 

「先輩! 来てくれたのですね!」

 

「やぁ、エインズワーズさん。大怪我したって聞いた時は心配したけど、元気そうで何よりだ」

 

 初めての任務……『星屑の怪物』調査に同行してくれた先輩だ。

 

「先輩はお一人なのですか? 他の人達は……」

 

「……殆どの作業員が死傷してしまった。怪物から機械を取り除く事には成功したけど、急激な体調変化で興奮したのかも知れない。自分の力不足が恥ずかしいよ」

 

「……そう、でしたか」

 

 どうやらジョセフほど上手くは出来なかったらしい。とはいえ怪物の強さや性質は千差万別。完璧な対処法などある筈もない。悪かったのは先輩の対応ではなく、運の方だろう。

 それを言っても、先輩の励ましにはならないだろうが。

 

「まぁ、それは個人的な話だよ。君が気にする事じゃない……それより、今はこの作戦の遂行が大事だろう」

 

「うむ、その通りだ」

 

 先輩の方から話を変え、ジョセフもそれに賛同する。レイナも頷いて同意した。

 集まったメンバーは総勢九名。

 飛行機内で動員数は二十人にも満たないと聞かされていたレイナだが、まさか半分以下しかいないとは。悪い方に結果が転んでしまったが、愚痴を言う暇はない。

 この九人で、世界の危機を救うのだ。

 

「良し、念のためレイナに確認しよう。『終末の怪物』についてはどの程度把握している?」

 

「えっと、飛行機内で資料を読んだ程度です。基本的な身長や、予測される能力。あと先月発表された、最新の分類学についても目は通しました。作業員である彼女達にも、出来るだけ説明はしています」

 

「グッド。素晴らしい」

 

 レイナがすらすらと答えると、ジョセフは満足げに微笑む。褒められたレイナは、大人らしく振る舞うため冷静さを装うも、口許がにやにやしていた。

 ……横目で見た先輩が、何やら不機嫌そうなのはどうしてなのか?

 

「君の方も、大丈夫かね?」

 

「はい。資料と最新の論文には目を通しています」

 

「良し。私の方も勿論同じだ……他に出来る準備もない。私は以前この基地に来た事があるし、『終末の怪物』への行き方も覚えている。道案内は私がしよう」

 

 考え込んでいる間に、ジョセフは先輩にも同様の質問をする。先輩はごく普通に答え、ジョセフも納得した様子。

 若者二人の準備が『万端』である事を確認したジョセフは、基地の壁に接近。胸ポケットから一枚のカードキーを取り出し、壁に当てた。

 すると壁の一部が動き出す。

 まるで意思を持つかのように壁は左右に分かれ、簡易的な扉となった。窓や扉などの出入口がないとは思っていたが、よもやこんな仕組みだったとは。恐らくこれも怪物由来の技術で作られたのだろう。こんな超技術のヒントになるほど、怪物というのは不思議で面白い生き物なのだ。

 そしてこの奥に、とびきり不思議で危険な怪物が眠っている。

 

「(……ヤバい。ワクワクしてきた!)」

 

 世界が滅びても良いとは思わないが、世界を滅ぼすかも知れない生き物には興味がある。高鳴る胸を押さえ、これは仕事なんだからと気持ちを静めようとし……

 

「どうしたんだい、レイナさん?」

 

「へ?」

 

 先輩に声を掛けられて、自分がすっかり呆けていたと気付かされる。

 長々と考えているうちに、もう基地内に突入する運びとなっていたらしい。ジョセフチームは先に行ってしまったようで、先輩は開かれた基地の入口前に立っている。平治と道子も自分の顔を見ていた。

 こりゃいかん。まるで子供じゃないか。

 

「す、すぐ行きます! 皆さん、行きましょう!」

 

 取り繕うように早口で喋りながら、レイナは基地内へと足を踏み入れる。

 ……あれ? 先輩、私の事名前で呼んでたっけ?

 僅かに覚えた違和感は、しかし未だ溢れ出すワクワクに塗り潰されて、あっという間に薄れて消えてしまうのだった。


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