鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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新しく艦これで小説をスタートさせます♪
投稿頻度は遅いですが、楽しんでもらえるように頑張ります!


泣いても意味はない

 

「おい、今月の戦果表見たか?」

「ああ、また同じだったな」

「ていうか、相変わらずあそこの鬼さん1位だったよな」

 

 ここは海軍・泊地総合部の休憩室。

 泊地総合部とは各泊地に設置されており、その泊地にある各鎮守府を取り纏める組織であり、通称『なんでも屋』と呼ばれている。

 大本営からのお達しをここから各鎮守府へ伝えたり、各鎮守府の状況把握や艦娘の建造など幅広いことを担当している重要なところだ。

 

 憲法改正により頭が良ければ誰でも入れる組織ではなく、最低5年間の前線指揮経験がないと入れない。

 エリート中のエリート集団であるが、皆が共に下積みを経ているため縦社会ながらもそこまで厳しくなく、いい意味で話が分かる者たちが集まっている。

 

 しかし先程からその総合部官たちはとある提督の話題ばかり。

 エリート中のエリートの彼らですら一目も二目も置いている存在……それが話題の『鬼提督』なのだ。

 

「5年したらすぐこっちに入るかと思ったら、本人はマジでそのまま現場主義貫くっぽいな」

「あんなの来たら俺たちソッコーお払い箱じゃん。俺たちより有能なんだからさ」

「それでいてボンボンでもある……羨ましい限りだねぇ」

 

 話題の提督は有能である。

 戦果は常に泊地のトップであり、会議の場でも常に有効な策や案を提示してくる。

 前線にその様な者がいるのは大変喜ばしいことではあるのだが……

 

「でもそいつのとこの艦娘らが可哀想だな」

「トップを維持するためにな……可哀想に」

「俺は彼女たちが辛そうにしてるのは見たくないなぁ。だからこっちに来たってのもあるけど」

 

 ……何かとその提督は黒い噂が多かった。

 有能なだけに結果への努力は惜しまない。よってその提督の下に集う艦娘たちは酷使されているだろうと、多くの者が思っていた。でないと5年連続戦果トップなどという偉業は果たせていないだろうと……。

 

「でもあの鬼のところでは轟沈どころか、異動願いとかも一切届いてこないのが不思議だよな」

「査察でも一切問題無いもんな、あそこ」

「どうせ何かしらで縛り付けてるんだろ。そういうのが出来ちまう人間だ」

 

 そう、その提督は政府にすら大きなパイプを持つ有力者。よって艦娘は当然ながら、その提督に意見出来るのは限られてくるのだ。

 だから―――

 

『艦娘の子たちが無事だといいな』

 

 ―――今日も彼らは鬼の下にいる艦娘たちの身を案じるのだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

「…………俺は深い悲しみを感じている」

 

 閉めたカーテンの隙間から微かに光が溢れるだけで、薄気味悪いくらいの静か過ぎる薄暗い部屋に、男の野太い声が響く。

 デカい黒革のソファーに腰掛ける男からテーブルを挟んだ向かい側には、四人の艦娘たちが床の上で正座し、今にも零れ落ちそうな涙を溜めて男のことを見つめていた。

 

「い、妹たちは悪くありませんっ! 司令っ! 悪いのはこの秋月なんですっ! ですから、妹たちのことはどうか……!」

 

 正座しているのはあの秋月型姉妹の面々。

 秋月が妹たちを庇おうとなんとか発言するも、

 

「くどいぞ、秋月。この期に及んで尚言い訳とは見苦しい」

 

 男……鬼月 仁(おにづき じん)提督は一蹴する。

 

 提督も叱りたくはない。

 しかし罰を与えなくてはいけない、もう二度と同じ過ちを繰り返さないよう徹底的に。

 加えて言えば、下の者の悪行を目上の者が目を瞑ることこそ規律が乱れてしまうのである。

 

 するとそこへ部屋のドアをノックする音が響いた。

 秋月たちは揃って肩を大きく震わせ、表情を強張らせるが、提督は気にすることもなくすぐに入室を許可する。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは鬼月提督の秘書艦・高雄。

 提督の秘書艦であり、この鎮守府の艦隊旗艦である。

 そんな高雄が手にしているお盆には、熱く焼かれた鉄板がその熱さを物語るかのように静かに唸っていた。

 

 それを目視するや否や、秋月たちの表情はどんどん生気を失っていく。

 

 テーブルに高雄がお盆ごと鉄板を置くと、提督は音も立てずに立ち上がり、ソファーの後ろにある大きな箱から何かを取り出した。

 暗くてそれが何なのかは分からない。

 しかし秋月たちはそれが何なのか分かってしまった。

 

 それも当然だ。何しろ着任した初日から、秋月たちは提督にそれをやられたのだから、嫌でも脳髄に刻み込まれている。

 

「お、お止めください、司令!」

「照月たちが悪かったからっ!」

「もう二度とあのような失態は晒しません!」

「約束する! だから頼む! それだけは!」

 

 秋月、照月、涼月、初月と悲鳴に近い叫び声をあげて提督に懇願する。

 それも当然だ。初日のあの仕打ちで体がその味を覚え、ちょっとやそっとしたモノではイケない体になってしまった。だが、やっとその味を忘れ掛けて来た頃に提督に呼ばれたのだから。

 しかし提督の手は止まる気配を一切見せようとしない。

 

 姉妹はとうとう腹の底から体全体がガタガタと震え出した。

 当然のことだ。何しろ初日に受けた仕打ちの時より、明らかにブツがデカくなっており、それは大きな影となって見えている。

 だから姉妹はイヤイヤと激しく頭を振って、提督に許してもらえるよう訴えた。

 

 しかし、そうしている間にその時の準備を終えた提督を目の当たりにし、秋月たちは揃って息を呑んだ―――

 

 

 

 

 

 もうダメだ

 

 

 

 

 

 ―――と。

 

「お前たちにこれから罰を与える……刮目せよ! 瞬きすらも忘れて己らの純粋な眼でコレを見つめるのだ!」

 

 その提督の声と共に、暗闇からじゅわ~っと何かが焼ける音が響き始める。

 それは肉だ。それもただの肉ではない。最高級のシャトーブリアンだ。

 シャトーブリアン……それは希少価値が高く、究極の赤身や幻の部位ともいわれている。

 お値段の相場は1枚150gで10,000から16,000円程。ブランド牛の中には、なんと60,000円を超える超高級品もあり、今回は提督の財力でそんな高級ブランド牛のシャトーブリアンを使用しているのだ。

 しかも焼き始めたと同時に高雄が探照灯で肉を照らし、眩い光景をその目に嫌と言う程焼き付けてくる。

 

「あ……あぁ……」

「やめて……やめてよっ、提督っ」

 

 ダムが決壊したように止めどなくその綺麗な目から涙を流し、提督と肉を交互に睨む秋月と照月。

 しかし提督は「お前たちが悪い」とだけ返して、見せ付けるようにしながら焼いた肉を裏返す。

 裏返すことでいい塩梅の焼き目の付いた肉で秋月たちの視覚を刺激し、牛肉特有の香りが余計に広がり彼女たちの嗅覚を容赦なく殴ってくる。

 追い打ちとして提督はこれ見よがしに肉へトリュフ塩をふぁさ〜っと高い位置から掛けた。

 すると秋月たちの腹の虫までも一斉に大号泣をし始め、秋月たちはとうとうその神々しい程の肉に視線が外せなくなった。

 

「提督……もう、止めてくださいませっ」

「見損なったぞ、お前……僕たちにこんなことをして……」

 

 ボロボロと涙を流す涼月と今にもシャトーブリアンを射抜かんばかりに涙しながら睨む初月(言葉は提督に向けているらしい)。

 それでも提督は何も躊躇わない。躊躇わないばかりか、高雄へ目で合図を送ると―――

 

「はい、提督。こちらに」

 

 ―――高雄が何処にしまってあったのか大容量サイズのおひつを取り出し、その中には薄暗くても分かるくらい輝く銀シャリが敷き詰められている。

 これもこの肉に合うように提督が厳選し、ブレンドした最高級のブレンド米。提督が用意したのは2kgだけであるが、これだけで4万円程する。当然これも提督が使い道が無いまま貯まっていくだけのポケットマネーで買ったものだ。

 

 それを相撲取りが使うような大きな大きな丼に敷き詰め、その上にシャトーブリアンを嫌と言う程乗せていく。

 仕上げに千切りにした細ネギをフワッと乗せる。しかもその横には飽きさせないように提督が自ら編み出した、自家製醤油ダレも添えてあった。

 

 ドンッと四人の目の前にシャトーブリアンのエベレスト山が聳え立つと―――

 

「もう二度と身勝手に節制し、貧相な食生活はしないと誓え」

 

 ―――提督は眼光鋭く秋月たちに迫った。

 

 そう、元はと言えば秋月たちがこのところ提督との約束を違え、少しでも食費を節約した生活で鎮守府の出費を抑えようとし、朝昼晩と沢庵一切れ+小ぶりな握り飯一個という食生活を送っていたと報告を受けたことで、提督が罰しているのだ。

 着任当初も秋月たちは変に遠慮していたので、提督は初日の夕飯に豚とろ丼を振る舞って先の約束を交わしたのだ。

 提督は姿形が変わっても、国のために戦う彼女たちこそ、遠慮なくたらふく美味い飯を食って欲しいと思っている。だからこそ秋月たちには口を酸っぱくして食堂でも私生活でも食に対して貪欲になれと言い、時には命令もしてきた……が、彼女たちの食生活は貧しさが癖になっていて変われなかった。

 なので辛いが提督も心をその名の通り鬼にして、うんと贅沢をさせるという罰を与えているのだ。

 

「し、司令……ダメですっ、こんなのっ!」

「そ、そうだよ! こんなの食べたら……」

「もう、後戻り出来なくなってしまいますっ!」

「頼む提督! もう沢庵(1枚の1/4切れ)と握り飯1個(普通の茶碗の半分)なんてしないっ!」

 

「その手の言い訳は聞き飽きた。観念しろ。それにお前たちの目はその丼に奪われているではないか」

 

 提督の言葉にぐうの音も出ない秋月たち。

 彼女たちも分かっている。これは絶対に美味しいと……食べたら味を思い出すだけで丼飯が食えるような体になってしまうと……。

 だからこそ秋月たちは抗う。贅沢は敵だとずっとそう思ってきたのだかr―――

 

「卑しいお前たちを呼び起こさせるために特別だ……この烏骨鶏の温玉と最高品質の白ごまもトッピングするとしよう」

 

『いただきますっ!!!!』

 

 ―――"たまの"贅沢は味方だった。提督は神だった。秋月たちはもう何も恐れることはない。

 ただただ美味しい、とその丼を貪り食うことだけに集中した。

 

「ふふふっ、食べるのはいいけどよく噛んでね」

「どんどん焼くからおかわりも最低一度はするように」

『ふぁいっ!』

「味はどうだ?」

『おいひいでふ!』

訳)美味しいです!

 

 提督は嬉しかった。嬉しかったと同時に貰い泣きをしてしまった。

 何しろこの『美味しい!』という改心の一言を引き出すために1か月も任務の合間をぬって様々な市場へ足繁く通ったのだから。

 その結果がこの笑顔なのだ。提督としてはお釣りが返ってくる程に嬉しいことである。

 

「あのような食生活では溜まっていくストレスの発散は出来ない。お前たち艦娘はただでさえ常にストレス過多になりがちなのだからな」

『もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……』

「肉の脂肪にはアナンダマイドという幸せホルモンが含まれている。だからこそお前たちには罰として、こうして肉を食わせてるんだ」

『もぐもぐもぐもぐもぐもぐっ!』

「お前たちにとって遠慮というのは敵と同じだ。遠慮なく美味いものを食べ、幸せホルモンをこれでもかと補給して、お前たちには明日もいつものように笑って……そして遠慮なんてしないでほしい」

『ふぁいっ!』

 

 しかし提督は涙を拭く。罰を与えるのに慈悲は無用なのだ。

 

「先程から俺は待っているんだが、お前たちの口からはおかわりの『お』の字も聞こえてこない……いつまでチンタラ食ってる気だ?」

「お、おかわりください! 出来れば今度はタレの方で! あ、温玉も出来れば!」

「照月もっ! タレ多めの大盛りでっ! 温玉付きがいい!」

「す、涼月は……お肉多めがいいです……タレで! 温玉トッピングも!」

「僕もタレで、どっちも多めがいいっ! 欲張りトッピングもだ!」

 

 秋月たちが空になった丼を高雄に渡すと、高雄は「はいはい」と目を細めて銀シャリを盛り、提督は焼いたシャトーブリアンやトッピングそれぞれのご要望通りに盛り付ける。

 それでも罰は罰だ。

 

「それとこの日より1か月間。お前たちは俺が用意した食事を朝昼晩食うことだ。お残しも許さん。おかわりも最低一度を申し付ける」

 

『ふぉんなっ!』

訳)そんなっ!

 

「罰なのだから当然だろう。人も艦娘も慣れる。習慣化する。お前たちの食生活は俺が徹底的に更生してやる。覚悟することだ。これは決定事項なのだからな」

『もぐもぐもぐもぐっ』

「何をぼさっと食っているんだ! そんな食いっぷりでは俺オススメのジャージー牛乳から作った濃厚ソフトクリームカッコベルギーチョコレートソース添えにありつけないぞ!」

『ふぁいっ!!!!』

訳)はいっ!!!!

 

 秋月たちは泣きながら食べられるだけを食べた。

 美味しかった。ただただ美味しかった。

 そして提督の意向にもう二度と背いたりしないと、締めのソフトクリームに誓い、ペロリと平らげた。

 

 ―――――――――

 

「食ったな……どうだった?」

「美味しかったです……!」

「もう美味しいご飯がないと頑張れないよ!」

「はしたないですが、もう次のお食事が待ち遠しいです」

「毎回の食事では必ず茶碗三杯は食べてみせるさ」

「……それは重畳だ。今の気持ちを決して忘れるなよ。お前たちは国のために戦い、国民を守る盾だ。なのにその大切な盾が痩せ細っていては意味がないのだからなっ! 肝に銘じておけっ!」

『はいっ!!!!』

 

 提督は四人の力一杯の返事に小さく、それでいて満足そうに頷くと、また高雄へ目配せする。

 高雄は「はい」と返事をして、秋月たちそれぞれの首に掛け札を垂らした。

 その掛け札には―――

 

『私は提督との約束を破り

 貧相な食生活をしました』

 

 ―――と書かれてあった。

 

「これから1か月、任務、訓練外では必ずその掛け札をするように。そうすれば問答無用で他の皆からおやつや惣菜を押し付けられ、間宮たちからは問答無用で無料ジャンボパフェを食わされる。今のお前たちには相応しい格好だろう」

 

 怖いくらいの笑顔で提督が秋月たちを順番に頭や頬を犬の顔でも撫でるかのようにして撫でると、秋月たちはその涙で濡らす瞳の奥にハートマークを浮かべ、口元にチョコレートソースを付けたままだらしなく頷く。

 

 ―――――――――

 

 秋月たちが去り、気配も遠退いた。

 提督は執務室のカーテンを開け、窓を開け放ち、換気をする。

 と同時に擦ったマッチでパイプの葉に火をつけた。

 

「…………また俺は彼女たちを泣かせてしまった。つくづく俺という人間は人を泣かせる天才らしい」

 

 もう嫌だ……と、デスクに置いてある赤いステゴサウルスのぬいぐるみへ(名前はゴンサレスくんで全長60センチ)静かにひとりごちた鬼。

 これは提督が小学2年生の時に母親からのクリスマスプレゼントされた物で、これがないと落ち着かないらしい。出張時にも専用バッグに入れて連れて行く。

 

 ただ彼は知らない……というか、気付いていない。

 自分がどれだけ鎮守府に所属している艦娘たちに慕われ、愛されているかを。

 

「提督、そんなことありませんわ。秋月ちゃんたち、とても喜んでいたではありませんか」

 

 高雄が微笑み、優しい言葉をかけるが鬼は『違う』と首を横に振る。

 

「それは俺にではない。食材が美味しかった、それだけだ。俺は無理矢理彼女たちに飯を食うように命令した鬼なのだからな。高雄、お前くらいだ……私のことをそういう風に言ってくれるのは」

 

 窓の外を向いたまま、提督は高雄へ言葉を返した。

 高雄はそんな提督に苦笑する。何故にこうも自分を卑下した考えになるのか、と。

 しかし提督は兵学校時代から陰口を叩かれてきた……だからこそそういう考えをするようになってしまった。

 だから高雄はこれまで通り、鎮守府のみんなで提督に素直な気持ちをぶつけようと思うのだった。

 

 こうして提督は艦娘たちを泣かせ、自責の念に勝手に苛まれ、艦娘たちに慕われてることを知らずに艦娘たちと接するのだ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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