鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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前半は胸糞悪い話ですので、ご注意を。


醜さと美しさ

 

 所詮は余所者。

 

 我らの国の為になんて思ってもいない。

 

 だったら最初から死線に送る。

 

 その方が我が国の艦娘は死なずに済む。

 

 精々道連れを多く引き連れて逝け。

 

 我々はそんな君たちに敬意を払おう。

 

 

 

 不遇だった海外艦たちが常日頃から耳にする言葉だった。

 

 艦娘が世に出て数年が経った頃、日本以外の国でも艦娘が建造されるようになった。

 各国が日本と交渉して艦娘建造技術を教わった結果である。

 

 その上で彼らは日本と協力関係を維持するために、自国の艦娘を派兵することにした。派兵と言ってもこれといった期限や制限は無く、深海棲艦を打ち破ることが出来たら祖国に帰ってこれるというもの。派兵された先での規律に従うが、本人が申請して受諾されれば祖国復帰も可能で、同じく申請すれば日本へ帰化することも可能だ。

 

 世界に先駆けて日本へ派兵したのはドイツで、次いでイタリア。今ではイギリス、アメリカ、フランス等といった様々な国が日本へ派兵している。

 

 最初の頃は良かった。

 海外艦というだけで何か特別なことをしてくれると、誰もが期待していたからだ。

 自国だけでなく、海外独自の艦娘の技術を目の当たりにするのはとても新鮮で、そこに大きな期待が集まった。

 

 だが、現実はそんな甘い物語ではない。

 近代兵器時代は世界最強とされていたアメリカ軍。

 それが深海棲艦の侵略によって一方的に嬲られ、蹂躙されたことで人類は世界の終わりだと思った。

 そこに日本が立ち上がる。

 深海棲艦に対抗し得る艦娘を誕生させたのだ。

 どうして日本が初なのかは分からない。

 しかし敗戦国の中でも神掛かり的な発展を成し得た日本だからこそ、艦娘が生まれたのだろうと世界中の誰もが思った。

 

 この時から、世界は日本と協力関係を築こうと躍起になり、日本が世界の中心になる。

 元々日本人は奥ゆかしい。よって政府や軍部は世界と協力していくことを国際会議の場で力強く誓った。

 

 だからこそ、海外の艦娘たちにとって日本は素晴らしい手本であり、尊敬する国であった。

 

 しかし、どんなに日本人が素晴らしくても、その中にはどうしようもない人間がいる。

 全世界の人々の中にどうしようもない人間が数パーセント必ずいるというのは、もう世界共通認識である。

 よって一括に日本人と言っても、その誰もが親切な日本人ではないということ。

 

 

 人はそれなりの地位を持つと、それが当たり前になって驕り高ぶる人が出てくる。

 それはある意味仕方ないことかもしれない。

 しかしそんな人間の下にいる者たちからすればたまったものではないのだ。

 

 この時代の提督は必ず艦娘を管理・指揮するという、着任してすぐに優秀な部下を持つ上の立場になる。

 素晴らしい提督たちも多くいるが、人間のクズとも言える提督もいてしまうのが人間なのだ。

 

 よって、海外艦という珍しい毛色をした艦娘たちはそうした者たちから目の敵にされた。

 愛国心を理由に自国艦娘を庇い、海外艦を酷使する。自国の艦娘がその不遇を正そうとすれば問答無用で解体する。

 仮に海外艦が轟沈しても建造するのはその祖国であるため、自国の資材を必要としない。

 しかも戦時下であるから艦娘が死ぬのは日常茶飯事であるため、特攻まがいな命令をしても怪しまれない。

 それでいて海外艦とその祖国の通信網も把握・遮断・操作してしまえば、いくらでも言い逃れは可能。

 そういった頭がいい無能な癌細胞がいるのは、大本営も頭を悩ましていた。

 

 なので大本営は政府と共にそれまで宙ぶらりんだった艦娘の尊厳や主権を確固たる物とし、それは同盟国の艦娘たちにも同様に与えることで、癌細胞を摘出することに成功したのだ。

 巧妙に隠しているつもりであっても、所詮は無能たち。叩けば埃が嫌でも出る。

 外交において自分たちがどれだけ自国に不利益を出したのか、どれだけの海外の艦娘を不幸にしたのか……彼らは今も檻の中で猛省し、二度と出れぬ外のことを毎晩夢見ているだろう……眠れていれば。

 

 一方でそれまで不遇だった艦娘たちは大本営が保護し、体調が回復してから受け入れさせてほしいという提督がいる鎮守府へ譲渡されていった。

 

 ―――――――――

 

 鬼月提督が指揮する艦隊内にもそうした不遇から保護され、鎮守府へ譲渡された艦娘がいる。

 それは―――

 

「はうう、アドミラル今日もかっこよかったなぁ……♡」

「ええ、本当に最高よね……ほぅ♡」

 

 ―――ガンビア・ベイ(以降ガンビー)とジェーナスだ。

 

 今でこそ彼女たちは艦娘宿舎の談話室でほのぼのと過ごしているが、過去に彼女たちは聞くに耐え難い虐待を受けてきた。

 

 ―――

 

 ガンビーの場合、本人の元々ある素質であるが、慣れない異国の地では良く迷子になっていた。

 彼女が元いた鎮守府では、そうしたことのないように彼女を軟禁状態にしていたのだ。

 外に出れるのは出撃と食事の時のみ。食事は不遇の疑いを避けるためで、出撃も脆いという理由でそこそこの海域へ単騎出撃ばかり。

 そこにいた提督は着任して彼女が初のアメリカ艦だったこともあり、期待していた。

 しかしアメリカ艦とはいえ、練度も低い。なのに過剰な期待を持って、彼女を激戦海域へ放り込み、故に彼女は大破した。

 よってその提督は彼女に深く失望を抱いたのだ。

 勝手に期待し、勝手に見限る。

 使えない。同盟国への敬意が足りない。

 会う度に何かしら文句を付け、お情けと体のいい言葉を選びながら好き勝手に体を使われる。

 結果として彼女は心を深く閉ざしてしまった。

 

 ―――

 

 ジェーナスはその提督にとって待ち焦がれた艦娘だった。

 彼女の艦時代の功績が彼に感銘を与え、仲間たちと力を合わせて勝ち取った着任許可だった。

 なのに彼はジェーナスの性能の低さに落胆した。

 しかしそれは彼女のせいではない。十分に彼女を艦娘として育てていないのだから。

 そのことを棚に上げて、無能と化した彼は彼女をいらない子扱いした。仲間たちは彼女を守った。しかしそれに付ける薬はない。

 無駄だから出撃するな。無駄だから訓練もするな。無駄だから残飯処理でもしてろ。無駄な君の仕事はこれくらいだ。

 何かにつけて無駄無駄と言い、物のように口や体にアレを押し付けてくる彼をジェーナスは嫌い、自分の思っていた日本人は低俗な民族だったと心を閉ざした。

 

 ―――――――――

 

 それが今は本来あるべき彼女たちの姿に戻っている。

 その理由は簡単だ。

 鬼月提督が彼女たちを普通の艦娘として接したから。

 

 ◆◆◆ガンビーの場合◆◆◆

 

『………………』

 

 初の顔合わせ、ガンビーは恐怖のあまり一言も発せなかった。

 大本営ではとても良くしてくれた。本国へ帰ってもいいと言われたが、大本営で関わった人々が温かくて恩返ししたいとガンビーは日本に留まることにしたのだ。

 

 そして譲渡された先が鬼月提督のところだった。

 

 怖かった。また何か失敗する度に腹や背中を木刀で殴られるかと思うと、声が出なかったのだ。

 しかし既にやらかした。上官に挨拶をしないイコール殴られる。

 だからガンビーは黙ったまま近付いてくる鬼月提督から目を背け、腹に力を入れたが―――

 

『……ぼく、ゴンサレス。君のお名前は?(裏声)』

 

 ―――聞こえて来たのはなんとも可愛らしい声だった。

 

 驚いてガンビーが瞼を開けると、その眼前に愛らしいステゴサウルスのぬいぐるみが迫っているではないか。

 もしかしなくとも先程の声の主は―――

 

『ぼく、ゴンサレスだよ。君のお名前は? ぼくのご主人が知りたがってるの。教えてあげてー♪(裏声)』

 

 ―――ぬいぐるみの後ろにいる怖い顔の優しい鬼だった。

 

 ガンビーは思わず笑ってしまった。すると鬼も満足そうに鼻を鳴らす。

 

『……いい笑顔だ』

『はっ、ご、ごめんなさいっ! 笑ってごめんなさいっ!』

『……大丈夫だよ。ご主人は君の笑顔が見れて喜んでるんだよ♪(裏声)』

『……へ?』

『ご主人、怖い顔だからみんな最初は怯えるの。だから怯えてる時はぼくが代わりにお話するんだ♪(裏声)』

『…………』

 

 ガンビーは夢だと思った。

 こんなにも優しい提督がいるのだと、こんなにも心が綺麗な提督が自分の上官になるのだと……夢でないとあり得ない。

 なのでガンビーはすぐに右の踵で、左のつま先を踏んだ。

 

『イタッ』

『何をしているんだ?』

『え、あの、その……はう』

『俺が今日から君の提督で鬼月仁だ。こいつはゴンサレスくん。俺の一番のぬいぐるみだ。モフるのは自由だが、あげないからな?』

『あはは、変なの……あ、ごめんなさいっ』

『ゴンサレスくんは変じゃない! 可愛い!』

『ええっ!? えと、はい、可愛いです!』

『そうだろう! ゴンサレスくんは可愛い!』

『とっても可愛いねっ!』

『ふむ、お前は見所があるな。今から10分間のゴンサレスくん抱っこ権限を与える』

『え』

『……いらない、とでも?』

 

 明らかにしゅんと眉尻を下げる鬼を見て、ガンビーは思わず大型犬がぺたんと耳を倒してしょげてる姿とダブり、慌てて『い、いえ!』と両手を振った。

 

『ではゴンサレスくんを抱っこしてそこのソファーに移れ。ゴンサレスくんを落とさないように』

『イエッサー!』

 

 それから鬼は10分以上もガンビーのこれからのことを親切丁寧に話してくれた。

 鎮守府内のルール、慣れるまでは必ず誰かと行動すること、訓練のこと、装備のこと、そして―――

 

『何かあったら必ず俺に言うこと』

 

 ―――を何度も何度も、優しい声色で告げてくれるのだった。

 

(日本人ってこんなに温かいんだ……)

 

 ◆◆◆ジェーナスの場合◆◆◆

 

 鬼月提督のところへやってきたジェーナス。

 彼女は保護され、日本人への失望感はあの頃よりはマシになっていた。

 しかしいかに大本営の人間たちがいい日本人でも、嫌な日本人がいることが分かってしまった。

 だからジェーナスは祖国復帰を希望していたが、世話になった大本営の者から『私の戦友を助けてはくれないか?』と直接頼まれた。

 ならばとジェーナスは1年間だけという約束で、やってきたのだ。

 

『私はジェーナス。あなたが私に相応しい提督かどうか判断してから、ここに留まるか決めるわ』

『……そうか。わざわざ、留まってくれて感謝する。駆逐艦は何人いても足りないから、頼りにさせてもらう』

 

 駆逐艦は何人いても足りない……その言葉にジェーナスは内心憤怒する。

 どれだけの駆逐艦を犠牲にしているのかと、そう思ったのだ。

 しかもここにはジャーヴィスも女王陛下の妹君も頼れる騎士もいる。

 彼女たちを救えるのは自分しかいない……そう思っていた。

 

『ジェーナス、早速だが遠征任務に就いてもらう』

『へ?』

 

 初めてのことにジェーナスは戸惑った声をあげてしまった。

 それもそのはずで、ジェーナスは来日してから一度だって遠征任務に就いたことなどない。出撃も片手で数える程しか経験がない。無駄だと切り捨てられ、もう二度と会うことのない男のベッドの上で待機するのが通常だったからだ。

 

『ジェーナスの練度なら問題ない任務だ。駆逐艦たちだけでこなせる任務だが、艦隊の皆を支える重要な任務である。頼むぞ』

 

 ジェーナスは知らなかった。

 ちゃんと艦娘として扱われることが、こんなにも幸せなことだとは知らなかったのだ。

 

 それからのジェーナスは1か月もしない内に鎮守府に留まることを決め、正式に譲渡されるとこになった。

 しかし不安なことは何もない。

 

(私の大好きな日本人がいる鎮守府だもん!)

 

 ◇◇◇現在の二人◇◇◇

 

「んへへへ〜、アドミラルに今日、敷地内で迷子になって怒られちゃったぁ♡」

「何それ、私なんて遠征帰りなのに補給してすぐに砲撃訓練参加させられちゃったんだからねぇ〜?♡」

 

 二人はとても幸せだった。

 二人にとって忙しい……つまり艦娘本来の『次』があるのは、本当に幸せなことであった。

 

 今でもたまにこれは夢なのではと思うことがある。

 失敗することも、叱られることも、落胆されることも、沢山あるのに―――

 

 

 

 

 

 次が必ずある

 

 

 

 

 

 ―――だけで、希望が湧いてくる。

 

 ただ贅沢を言うと、

 

「でも明日は有給取らないといけないんだよねぇ」

「あ、それ私もよ。有給なんていらないって言ってるのに」

 

 鬼が自分たちの自由を奪ってくることだ。

 

 ガンビーたちだけでなく、鎮守府にいる全艦娘が提督と共に働くことを望んでいる。

 自分たちが頑張れば、それだけ提督に恩返しが出来る上に総合部での彼の評判も改善するだろうと思ってのことだ。

 しかし鬼はそれを良しとしない。必ず一定日数ごとに有給休暇命令を出してくる。

 当然この命令に対して彼女たちの拒否権もあるにはあるが、拒否すると次回の休暇時に休ませられる日数が増えるのだ。それは彼女たちにとって嬉しくないことこの上ない。彼女たちは一分一秒でも長く、鬼に貢献したいのだから。

 

 過去に雷と若葉、那智などが愚かにも有給休暇命令を再三に渡って拒否した。その結果彼女たちの態度に静かなる怒りをぶつけた鬼は、彼女たちに2か月間のバカンス休暇を強制的に取らせ、皆その時はそれはもう朝昼晩と泣き通したという。

 

 だからガンビーもジェーナスも嫌々ではあるが、有給を取ると決めていた。

 

「はぁ、有給休暇中だとアドミラルの近くに行けないよぅ……」

「行っても何してるんだって言われて追い返されちゃうもんねぇ」

 

 二人は悩んだ。

 すると―――

 

「ならこの神州丸が一計を案じようか?」

 

 ―――助けがやってきた。

 

 実はこの神州丸も異動組であるが、彼女は元の提督が寿退役するので異動してきた艦娘だ。

 出撃回数こそ少ないが、不遇な目には遭わず、寧ろ鬼の元に来て鬼のあまりにも酷い自己犠牲精神のせいで母親のように甘やかそうというママ属性に目覚めてしまっている。

 

「あ、太もも丸だ」

「太ももパイセン、ちっす」

「太もも言うなっ! 制服が元々こうなんだっ!」

 

 ガンビーとジェーナスのジョークに神州丸は顔を真っ赤にしてプイッとそっぽを向いた。しかし二人からすれば、神州丸のその反応が可愛過ぎてニヤニヤが止まらない。

 

「……もういい。明日は神州丸と他の仲間たちだけ提督殿と遊ぶことにするから」

「え」

「ちょ、待てよ!」

 

 ジェーナスが去ろうとする神州丸の服の裾を掴んで止めると、神州丸は「何か?」と涼しい笑顔を向ける。

 

「ごめんなさいっ! 謝るから私たちも仲間に入れて!」

「ご、ごめんね、神州丸ぅ」

 

 謝るジェーナスとガンビーを見て、神州丸は肩を竦めて小さく息を吐いた。

 

「最初からそうすれば良かったんだ。全く」

『ソーリー……』

「まあいい。それでは明日の正午、中庭に集合。雨の場合は地下広場だ」

 

 それだけ言うと神州丸は二人の元から去り、ガンビーたちは首を傾げながらも言われた通りに行動するのだった。

 

 ―――次の日―――

 

 正午、中庭にて、暇を持て余す艦娘たちは提督と共に外で昼食会を開いている。

 発案者は高雄で、これなら提督も問題なく参加出来、やむを得ず有給休暇中の艦娘たちが提督と過ごせる時間が作れるのだ。

 因みに今回の献立は様々なサンドイッチとクラムチャウダー、マカロニサラダ。デザートに旬のカットフルーツである。

 

「提督、ジェーナスが食べさせてあげたい! いいでしょ!?」

「わ、私もあーんってしたいな……なんて♡」

「皆がするならば、この神州丸もいいよな提督殿?♡」

「……好きにしてくれ」

 

 提督が折れるようにみんなからの申し出を了承すると、集まったみんなはまるで勝利の雄叫びのように歓喜した。

 しかし提督としては胃のキャパシティもあるので、一人一口までと制限を付けた。でないと一人で計34個もサンドイッチを食べなくてはいけないからだ。

 

「えへへ、みんなのお願いを聞いてくれてありがと♡ 提督大好きよ♡」

「わ、私もアドミラルのこと、だいしゅきれふ♡」

「言うまでもないが、敢えて言おう。この神州丸も提督殿を愛していると♡」

 

 三人が提督へのLOVEを告げると、他の面々も次々にLOVEを告げてくる。

 鬼はそれに「うるさいぞ」とは言いながら、優しい眼差しを艦娘たちに向けるのだった

 よってその尊さに艦娘たちは涙を流し、鬼は大変狼狽することになったとさ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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