前半は作者の持論が多く含まれます。
ご了承ください。
今の世の男女とは平等とはとても言い難い。
特に海軍に置いては、それが顕著として表れている。
平等……それはとても美しく尊き響きではあるが、ただ平等と言ってもそれを聞く人によってその感覚が大きく異なるのだ。
女のくせに
男のくせに
一度は聞いたことや言われたこともあるだろう。
しかし男には男の。女には女の。持っている役割があるのだ。
男の役割というのは家族を守り、養うこと。
一方で女の役割は子を宿し、子を産み、子を育てること。
比べてはいけないかもしれないが、どう考えてもこの場合は女の方が男よりも辛く険しい日々になる。
現代においてお産後にその母が死去するということは減ったが、昔から女性というのは命を懸けて、次の命を産んできた。
当たり前のようでいて、これがどれだけのことなのか……どれだけの男性が理解出来るだろう。
よって女子どもを守ることが力のある男性の役割という訳だ。
それが現代の人間……特に今の海軍ではどうだろう。
何故艦娘は皆同じく女性なのだろうか。
どうして艦娘と同じ特質特性を持った艦息は生まれないのだろうか。
立場こそ提督の方が艦娘よりも上だ。
しかし今では女性の中でも提督になる人がそれなりの人数が出てきて、これまで男社会だった軍の中で台頭してきている上に非常に優秀である。
極めつけは艦娘への接し方だ。
全員がそうだと言いたい訳でない。だが、艦娘への暴力的行動や威圧的言動をするのは圧倒的に男性の提督たちの方が多い。子育て経験者や元々面倒見のいい性格の男性提督の場合はまた違ってくるが、誰もが子育てを経験するのは難しいのが現実だ。
それに引き換え女性の提督は生まれ持っての母性本能で艦娘には基本優しい。これも全員がそうではないが、男性に比べると艦娘に対する暴力行為は女性の方が圧倒的に少ないのだ。加えて子育て経験のある女性提督になれば、艦娘たちの轟沈率は格段に低く、大本営もそれだけで安心して艦娘たちを任せられる。
そう、現代において海軍の男性の立場はとてもとても弱くなったのだ。
深海棲艦が現れる前の世界であれば、男は命を懸けて家族や国のために働けた。
今でも軍人だけでなく多くの男性たちは家族のために死にものぐるいで働いているが、軍の外から提督を見たらどう映るだろうか。
命を懸けて家族や国のために死んでもいいと誓って軍に入るも、今の戦争で命を散らすのは圧倒的に艦娘たちである。
だからこそ海軍……海の男は艦娘に敬意を払い、彼女たちの尊き命の火が消えるのを守る必要があるのだ。
それが今の海軍の男が出来る、最大限の使命である。
男性はこれまで力で女子どもを守ってきたが、これからは頭脳や普段からの行いで女性たちを守る必要があると考える。
艦娘がいてこその今の世界秩序があるのだから、艦娘を大切にして、無駄に必要ないプライドを守っている愚かな提督たちには即刻今の職を辞退させた方が国益になるだろう。
―――――――――
「……君のこの論文は本当にいい論文だ。でも流石にこれは上に出せないよ。僕はこの論文に賛同するが、お偉方の中には羽虫程度のプライドを今も大切にしている方々が多い。現に艦娘がいてこそ、世界が破滅せずに済んでいるんだけどねぇ。それは自分たちが艦娘を管理して共に歩んでいるからだ、と平気で言えてしまう神経を持っている」
泊地総合部部長・藤堂忠勝(とうどう ただかつ)は応接室のテーブルを挟んで向かい側に座る、個人的理由でこの場に呼んだ鬼月提督へ苦笑いして告げる。
藤堂は歳が38で2つ年下の妻を持ち、小学生の双子の娘も持っている。低くくも渋い通る声と年齢を感じさせない甘いマスクが魅力的な高身長の男だ。
長めのスポーツ刈りでありながら、軍人にしては細めな体付き。彼も元特殊部隊の人間で当時は副隊長であり鬼月提督とはその頃はバディを組んでいた相棒である。
中距離戦や接近戦は鬼月が。長距離戦は藤堂が。そして二人して頭の回転が早いこともあり、日本軍人の誰もが認めた二人組である。ただ彼らの功績を知る者は極少数。(そもそも特殊部隊の能力や記録は軍でも上層部の高い身分の者しか知らないのだ)
因みに非公式ではあるが、訓練の延長戦みたいな感覚で藤堂がM107セミオート式スナイパーライフルで約2100メートル先の標的に当てたという記録もある。※M107セミオート式スナイパーライフルの射程距離は凡そ2000メートルとされている。
また過去に世界各国の軍隊代表を集めて行う競技会のバディ部門(アスレチックコース競技と爆弾処理競技)で三年連続優勝し、殿堂入りした程だ。
そんな藤堂が鬼月を呼んだのにはこの度鬼月が提出した論文のこともあるが、それは二人きりになる口実でしかない。
本題というのは―――
「君の悪い噂が一向に消える気配がない。これは意図的にこちら側の人間が君に悪意を持って広めているとしか考えられないんだ。または君たち一族を目の敵にしている上層部の屑か政界の屑だろう」
―――鬼月にまつわる悪しき噂のことだ。
藤堂はこれまで何度も鬼月のために噂の出処を調べた。
しかし彼の頭脳や人的ネットワークを持ってしても、主犯を押さえられない。
「……噂なぞ、俺はどうでもいい。ガキの頃から俺の両親が元軍人ということであれやこれや言われて来たし、にいにやねえねと違って俺は愛想が無いのも自覚している。だから俺自身が己の行いに恥じぬよう生きてればそれでいいと思ってる」
鬼月が普段と変わりなく言って退ける。
それでも藤堂はその目に明らかな怒りを見せていた。
◆◆◆◆◆◆
鬼月が特殊部隊に入った頃。
藤堂も同じく特殊部隊に入った。
入った当初、鬼月は寡黙過ぎて本人はそのつもりではなくても、あまり人を寄せ付けない雰囲気をしていた。
同時期に入った誼で何かと組まされることが多かった藤堂だったが、寝食を共にしていて彼が普通の……いや、いい意味で少々変わった男だと分かって普通に話をするような仲になれた。
寡黙さが鬼月の長所だが、それは同時に短所にもなる。
周りからどんな話を振られても、鬼月本人は笑顔を見せずに受け答えするだけで、何を考えているのか分かりにくい彼を周りは遠ざけるようになった。
しかし藤堂がいた。
藤堂は鬼月にちゃんと断った上で、周りの者たちに鬼月がどんな人間なのか説明したのだ。
趣味は煙草とぬいぐるみ。好きなことはぬいぐるみと寝ること。嫌いなことは自分と関わりがなくても誰かが死ぬこと。特技は可愛い裏声が出せることと、料理が出来ること。
それを伝えたら鬼月の周りに人が集まるようになった。
鬼月本人も元々面倒見のいい人間で、年上にも年下にも好かれる……いや、末っ子特性なのかなんだか構いたくなる素質を持っていたので、たちまち彼は輪の中心人物になってしまったのだ。
藤堂はそれが嬉しかった。
何より彼がとても良い人間なのだと、周りが分かってくれたことが。
◇◇◇◇◇◇
だからこそ、今のこの状況を藤堂は打破したくて歯痒く思っている。
なのに当の本人は相変わらず。
「俺はな、藤堂……いや、ただかっちゃん。お前みたいにちゃんと俺を分かってくれている人間がいるだけで、周りなんてどうでもいいんだよ」
ただかっちゃん……それは鬼月が藤堂に付けたあだ名だ。
「それは大変嬉しく思う。でも仁が……共に死線を潜り抜けてきた兄弟が悪く言われているのは心地良くないんだ」
「現に俺は艦娘たちを泣かしていることは事実であるから特に反論は出来ないし、それを改善しようと努力してる」
「…………絶対別な意味で泣かしてるだろ? 僕は仁に頼まれても絶対に騙されてやらないぞ。なんたってこっちは仁の尻拭いを幾度となくやらされてきたんだから」
「そう、だったのか?」
「そうだよ。仁はアホだからな。どアホだよどアホ」
「それは……すまなかった。遅いかもしれないが何かお詫びを……」
「いらない。それにお礼されてももう手遅れだ」
「そ、そうか……」
しょんぼりと肩を落とす鬼月。
そんな鬼月を見ながら、藤堂は『これが艦娘たちを日々泣かす悪鬼だなんてねぇ』と思いながら苦笑い。そしていつの間にか肩書きなんて忘れて口調も素に戻っていた。
―――
鬼月の尻拭い。
それは彼が超が付く鈍感人間であったから。
特殊部隊の中には当然女性隊員もいる。そして特殊部隊と言えど、他の部隊の隊員たちや同盟国の軍人たちとも特殊部隊というのことを隠して交流を持つ機会が幾度もあった。
鬼月は第一印象こそ万年マイナススターターであるが、第一印象がマイナスの場合はあとは勝手に点数が加算されていくのみ。
よって第一印象が最悪であればあるだけ鬼月という男は女を魅了する鬼となる。
第一印象が最悪だったのに、話してみたら気さく。
第一印象が最悪だったのに、たまに見せる笑顔の破壊力。
第一印象が最悪だったのに、顔とは裏腹の優しい声と言葉選び。
中には睨まれたい、叩かれたい、罵られたいと願う者までいた。
その無自覚撃墜王の無双は計り知れず、関わった女性軍人だけでなく海外の女性軍人までも落とされていたくらいだ。
なのに本人は無自覚であるため、どんなにアプローチを掛けられていてもびくともしなかった。
そこでアドバイザーとして女性たちは鬼月を誰よりも知る相棒の藤堂に詰め寄ったのだ。
何が好きか、好みのタイプや女性の理想像を根掘り葉掘り……その時の藤堂の心労は察しの通りで、藤堂が知っている彼の情報を女性たちに提供しても、鬼月が無自覚に斬り捨てるため、女性たちは藤堂に文句を言いに殺到した。
しかし鬼月の心を動かす女性が現れなかったことは仕方ないのこと。当時の鬼月も今の鬼月とそう対して変わっていないが、色恋よりも国防第一の人間だったのだから。
今も当然国防第一人間ではあるが、艦娘……つまり異性と常に接するようになったことで、少しばかり乙女心を理解するようにはなっている。
―――
なので以前よりも鬼月は笑顔を見せることが増えた。
藤堂もこれには驚いたが、同時に鬼月の進歩を称え、艦娘たちの存在に感謝した。
加えて艦娘たちの……異性からの好意に少しだけでも気付き始めた点に関して、藤堂は無神論者であるのに神様に感謝したいと神社と教会に出向き多額の寄付金を納めて来た程だ。
しかし話を戻して、戦友の……兄弟の悪しき噂が払拭されないというのは藤堂としては頂けない。
藤堂にとって鬼月は戦友であり、血肉を分けてないが兄弟であり、命の危機から救ってくれた恩人である。
命の危機から救ってくれたというのは、深海棲艦からの空爆から救い出してくれたことだ。
藤堂がいたポイントは深海棲艦の爆撃機が爆弾を落としていくポイントから離れていて安全圏だったのだが、鬼月がやってきて問答無用で離脱。その直後、そのポイントに爆弾が降ってきた。
鬼月がいたポイントからは敵爆撃機が隊列を組む中、一部が不規則に爆弾を落としていたのに気が付いたからだ。
故に命の恩人。そんな鬼月が悪く言われている状況は腸が煮えくり返る思いであり、今も収まっていない。
「何にしても、仁が悪く言われている環境下は僕にとって好ましくない。職場環境が悪い中で仕事をするのは辛いでしょ?」
「まあ、それは確かにそうだな」
「そうだろう? あの頃と比べたら今は雲泥の差だけど、こんなにも酷い中で仕事してたらその内禿そうだよ僕」
「ただかっちゃんの一族は禿げないんじゃなかったか? 前にスキンヘッドの先輩に嫌味を込めて言ってただろ」
「そんなの嫌味を言うために出たデマだよ。でも父方の遺伝子が強ければ禿げないから完全なデマじゃないよ。でも母方の遺伝子も当然入ってるからどう転ぶか分からないんだよね」
ケラケラと笑って返してくる藤堂に、鬼月は相変わらずだなと笑った。
「とにかく、仁の噂の出処を徹底的に探る。これまでは仁とも交流のあった人物たちにも頼んでいたけど、ここからは僕一人でやろうと思うんだ。総合部の何処に潜んでいるのか、または上層部や政界に潜んでいるのかを第一課題としてね」
「ただかっちゃん、あまり無理はするな」
「仁には言われたくないね。誰だったかなぁ。ある任務で見張り番を僕に内緒で徹夜して行ってた奴は?」
鬼月は藤堂のその言葉にばつが悪そうに顔を背ける。
「僕の記憶が正しければ『お』から始まって『ん』で終わる人間だったんだけどねー?」
「お、オニオンじゃないか?」
「いつの間に野菜でも特殊部隊に入れるようになったんだい? それともオニオンなんていうコードネーム? ギャグにしてもセンスが無いよ。鬼月仁君?」
「…………知らない。俺じゃない」
「同姓同名は確かにあるかもしれないけど、仁が二人もいたら僕は過労で死ぬ自信があるよ。君の無茶に付き合うのが二倍に増えるんだからね」
「…………知らない。俺じゃない」
「とにかく、だ。この件についてはこっちに任せろ。それと仁。君の鎮守府では今の僕とのやり取りは君の艦娘であっても話すなよ。どこまであっちが網を広げてるのか分からないんだから」
「分かった」
「ん、じゃあそういうことで。あ、あと論文は公には没にするけど上層部にいる理解者には渡しておく」
「ああ」
話すべきことは終わった。
しかし藤堂は久々の鬼月との時間をまだ終わらせたくなかった。
なので藤堂は冷めきった緑茶で喉を潤しつつ、
「そう言えば、仁はまだ身を固める気はないのかな?」
今最も気になる話題を振ってみる。
近頃、後輩の女性提督……総合部でも人気の高い"お姫様"と仲がいいと耳したから。
「唐突だな……俺は結婚なんかしないぞ」
「どうして? 結婚はいいぞ。守るべき存在があると男ってのはよりやる気が湧く」
「ただかっちゃんを見てれば分かるさ。でも俺はただかっちゃんみたいに器用な人間じゃないし、相手が苦労すると分かってるのに縛りたくない。あれもこれもと自分の両手で抱えられないんだ」
藤堂は鬼月の言葉に『変わらないなぁ』と苦笑いする。
軍人が結婚するのは悪いことじゃない。しかし軍人を伴侶にする側はそれ相応の覚悟がいるのだ。
それが特殊部隊の隊員が相手となれば余計に。
特殊部隊は基本的に極秘任務を黙々と遂行する。
家族でも妻でも子どもでもその内容は話せない。
そもそも特殊部隊の隊員は親兄弟にすら、自分が特殊部隊の隊員と言ってはいけないのだ。
常に家族に最愛の人に嘘をつき続けることが必須となる。
でないと家族に危険が及ぶのだ。そしてもし所属がバレでもすれば、本人は国のために家族を捨てなくてはならない。
家族と国を天秤に掛け、究極の選択を迫られる……しかしそれは国のためにと誓って入隊した時点で選択肢は決まっているのである。
藤堂もそれが辛かった。そして藤堂の妻はそれ以上に辛かっただろう。しかし妻は夫が何か隠していると感じても、気付いていない振りをしていてくれた。
何ヶ月留守にしていても、知らぬ間に傷だらけで帰って来ても、不安な妊娠期間中も、大変な出産時も産後も子育て中も……側にいて支えてくれなかった夫を、何かあれば家族を切り捨てることも厭わない夫を今も……神の御前で愛を誓い合ったあの頃よりも愛している。
これは決して簡単なことではない。現にいくら国のために働いていると言っても、肝心な時に支えてくれない相手とは結婚した意味がないと感じる人は多いのだ。
しかし藤堂の妻は結婚すると決意する前から肝が座っていた。そして国のためにその身がどんな危険に晒されようともこなす夫を尊敬し、誇りに思っていたのだ。
だからこそ藤堂は妻と子どもたちを溺愛し、妻と子どもたちも彼を愛している。
「……確かに、僕の奥さんみたいな人はそういないだろうね。子を産んでも美しく、優しく、強い……まさに彼女は天が遣わした女神で、娘たちは天使だよ」
「これまで何度も聞いた」
「結婚が難しいのは知ってるけど、今ならケッコンカッコカリくらいはしてもいいんじゃないの? 愛がどんなに温かいものか味わってみたら、今度は本格的に結婚したくなるかもよ?」
「……俺には考えられない」
「そっか。しかし残念だね。仁みたいに良い男は家庭を持って幸せになって欲しいんだけど」
「俺は今でも十分幸せだ。これ以上幸せになりたいだなんて思ったら罰が当たるだろう」
「それを決めるのは仁じゃないよ」
「……知っている。でもこれでいいんだ、俺は」
「分かった……でも僕は君に結婚してもらうことを諦めないよ。何なら僕の娘のどっちかを将来のお嫁さんに―――」
「鬼畜ロリコンという異名を増やしたいならやってみろ」
「やだ、そうなりそうで怖い」
そして二人して何の含みもなく、ただただあの頃と同じく笑い合った。
話が終わると鬼月はすぐに連れて来た秘書艦の高雄と共に総合部をあとにしていった。
藤堂はそんな兄弟を見送り、友として彼に出来ることを精一杯やろうと誓うのだった
しかし年齢を重ねたせいか、藤堂は兄弟に何もしてやれていない自分が悔しくて、つい涙を零していた―――。
読んで頂き本当にありがとうございました!