鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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沙羅提督視点です。


姫は追う

 

 今日は快晴。絶好の逢瀬日和―――

 

「本日は手合わせありがとう。沙羅提督」

「こちらこそ、いい演習でした。負けたのは悔しいですが、最後の最後まで諦めなかったあの子たちを私は誇りに思います」

 

 ―――ではなく演習日和、ですわ。

 

 

 本日、私は愛しの旦那様(予定)である仁様と演習訓練を行いました。

 お互い何かしらの制限は無く、お互いに練度を上げたい艦娘を編成しました。

 それは運命なのか、どちらも水雷戦隊編成であり、それはもう白熱しました。

 やはり仁様の艦隊指揮は素晴らしい。

 同航戦、逆航戦、T字戦と三度お手合わせ頂き、中でもT字戦……丁字戦法を想定した演習は勉強になりました。

 

 丁字戦法は本来、砲艦同士の海戦術の一つ。なので水雷戦隊ですが、魚雷は禁止で行いましたの。

 丁字戦法とは敵艦隊の進行方向をさえぎるような形で自艦隊を配し、全火力を敵艦隊の先頭艦に集中できるようにして敵艦隊の各個撃破を図る戦術ですわ。

 くじ引きによって私の方が有利な方を譲って頂きましたが、結果は惨敗。

 仁様の艦娘たちの的確な連携と砲撃でこちらの方が狙いたい放題みたいでした。

 一番狙われる旗艦である名取さんなんて回避行動が素晴らしく、中破判定すらもらっていませんでしたもの。

 私も自分の艦娘たちともっと精進しなくては、と強く思います。

 

 そんなことを私が考えていると、

 

「……沙羅提督、このあと少々時間をもらえないか?」

 

 なんといつもはすぐに帰ってしまわれる仁様からお誘いを受けました!

 嬉しくて泣きそうになりましたが、なんとかヒールでつま先を踏んで耐えました!

 

「沙羅提督?」

「はっ、いえ、大丈夫ですわっ。何なら明日の朝まで予定を開けます!」

「いや、そこまで長居はしない。お互い任務があるだろう」

「そ、そうですわね、ほんの冗談ですわ……おほほほ」

「はは、沙羅提督はお茶目な人なんだな」

 

 はぁぁっ、じ、じじ、仁様が、笑ってますわっ!

 な、ななな、なんて尊い笑顔なのかしら!?

 嗚呼、出来ることならば、今後はそのような笑顔は私にだけ向けてほしいものですわ。無理ですけれど。

 

「で、では、応接室に御案内しますねっ。高雄、艦隊のみんなに補給を。それから暫くは待機するように全艦へ告げて頂戴。あ、仁様の艦娘の方々は食堂へ御案内を。そして何か甘い物を」

「了解しました」

「部下のことまでありがとう」

「いえいえ、大切な(旦那様の)艦娘ですからっ!」

 

 ―――――――――

 

 私は早速仁様を鎮守府本館の応接室に御案内しました。

 

 ただ仁様が、男である自分が女性と応接室と言えど二人きりなのは良くないと言うことで、秘書艦の高雄さんもと仰られ、この空間には仁様と仁様の高雄さん、そして私の三人がいます。

 演習艦隊の編成に入ってなくても秘書艦は必ず記録係として同行するのが基本。その間、どこの鎮守府も大淀さんが留守を預かってくれます。

 

 嗚呼、でも、仁様はなんて紳士的なのかしら。

 こんな嫁の行き損ないとも言える歳の私を、レディとして扱ってくださって……ときめき過ぎてドキがムネムネしてしまいますわぁぁぁぁぁ!

 

「わざわざ時間を作って頂き感謝する」

「いえいえ、お気になさらないでくださいまし。それで、どのような御用向きなのですか?」

 

 おっといけないいけない。仁様のご用事を心して聞かなくては。

 もしかして交際の申し出だったり?

 それとも婚約の申し出だったりするかしら!?

 はい、この豊島沙羅は姓を鬼月と改め、余生を鬼月沙羅とし、仁様のことを健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、この身が朽ち果てようとも朽ち果てたあとも妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますわっ!

 

「この前貸してもらったハンカチを返そうと思ってね。ちゃんとアイロンもした。それと遅ればせながら、その時のお礼として菓子折りを。高雄」

「はい、こちらがその品です」

 

 丁寧にアイロン掛けされた私のハンカチを仁様がそっと手渡し、仁様のお声に高雄さんは返事をすると手に提げていた大きな風呂敷を広げました。

 

「これは?」

「これは私の馴染みの店のクッキーだ。バターとチョコ、マーブルの三種を今回は用意した。そちらの艦娘たちと食べてほしい」

「まあ、何だかこんなに頂いて……申し訳ないですわ」

「気にしないでくれ。淑女のハンカチを汚してしまったお詫びだ」

「まあ、仁様ったら……」

 

 は、鼻血が出そう!

 向かい合っているとは言えどテーブルを挟んでいるのに、何なのこの渋いダンディなイケメン光線!

 私の心をジャーマンスープレックスホールドしてゴングが鳴り響いてますわ!

 メーデー! メーデー! 助けて高雄ぉぉぉぉぉっ!

 

「豊島提督、お顔が真っ赤ですけど?」

「あ、あらあら、ありがとうございます、高雄さん。でもご心配には及ばなくてよ……おほほほ」

 

 流石は仁様の高雄さん。おっぱいの付いたイケメンですわ。

 ほわぁぁぁぁぁっ、仁様まで心配そうに私を見つめていますっ! これ以上は鼻から仁様へのLOVEがががががっ!

 

「失礼致します。遅くなりましたが、お茶を用意して参りました」

 

 高雄ぉぉぉぉぉっ! グッドタイミングよぉぉぉぉぉっ!

 

「あ、いや、そこまでは。自分たちももう鎮守府へ戻る」

 

 えぇぇぇぇぇ! 待って仁様ぁ! もう少し! もう少しでいいんです! お茶していて行ってくださいまし!

 

「提督、せっかくのご厚意を無碍にしてはいけませんよ。それにこんなにすぐでは、あの子たちも休めないのでは?」

「む、それもそうだな……ではお言葉に甘えて」

 

 ナイスアシストですわ、仁様の高雄さぁぁぁぁぁんっ! 帰りに貴女には私が愛飲しているブランドの紅茶の茶葉を贈らせて頂きますわぁぁぁぁぁっ!

 

「(提督、今の内にお顔と頭をリセットしてください。鬼月提督は気が付いてませんけど、表情がスロットマシンみたいに変わり過ぎです)」

 

 高雄にそう耳打ちされて、私はすんっと表情を戻しました。危なかったですわ。私、どうしても仁様の前だとただの乙女になってしまう。はぁ、恋って難しいですのね。

 

「ところで提督、こちらのお菓子は?」

「あ、ああそうでした。高雄、こちらのお菓子は仁様からのお気持ちよ。あとでみんなに配ってあげて」

「それはそれは、ありがとうございます鬼月提督」

「いや、大したものじゃない。そう気を遣わないでくれ」

 

 ふふふ、なんて控えめなお方なのかしら。はぁ、もう好き。

 

「(提督、早く紅茶を飲んでください。その方が鬼月提督も口をつけやすくなるかと)」

 

 ふと高雄にまた耳打ちされた私は、急いで高雄が淹れてくれたお茶を口に含みました。

 そういうことは決してありませんが、こちらが先に口にすることで相手に毒は入っていないと安心させることが出来ます。まあカップに毒が塗られている場合もありますし、そもそも私が仁様に毒を盛るなんて火星人に攫われるくらいあり得ないことですから。

 

 紅茶を飲み込み、私が「どうぞ」と勧めると、仁様も高雄さんも一礼して飲んでくださいました。

 嗚呼、紅茶を飲んでいるだけですのにどうしてこうも絵になるのかしら。カップを持っているだけでも素敵ですわ。今この瞬間だけ私はあのティーカップの持ち手になりたい。いえ、ティーカップの縁になりたいですわ。

 

「どうですか? 高雄には私が厳しく紅茶の淹れ方は指導したので、間違いはないかと思うのですけれど……」

「ああ、いい香りといい味わいだ」

 

 仁様の言葉に私がホッとする横で、高雄は「ありがとうございます」と軽く頭を下げる。

 

「すまない。自分はこうしたことに疎いんだ。気遣いが上手い男ならここで気の利いた言葉でも出るんだろうが……」

「ふふふ、気にしないでくださいまし。ちゃんと心からのお言葉だと受け取りました」

「はは、これではどちらが先輩か分からないな。本当に沙羅提督は立派な方だ」

「っ……も、もう、仁様ったら♡」

 

 い、いけない。仁様からナチュラルに褒めてもらえて頬が緩む。こんなだらしない顔を仁様にお見せする訳には……豊島家の恥ですわ!

 

「そ、それにしても不思議ですわね」

「何がかな?」

「ええと、ほら、今この場に高雄が二人並んでいらっしゃるでしょう? ですのに、私の高雄は私の高雄。仁様の高雄さんは仁様の高雄さんとはっきり違いが分かりますから、不思議だな、と」

「あぁ、なるほど。確かにそうだ。艦娘とは本当に不思議な存在だな」

「ええ、深海棲艦に対抗出来る唯一の存在。そしてみんな誇り高く、尊き存在です」

「うむ。彼女たちがいるから、今の世界がある。本当に称賛されるべきなのは彼女たちだ」

 

 仁様の言う通りですわ。傍から見れば、私たち提督が艦娘たちを指揮していて偉く、そして海戦に勝てば私たち提督に称賛の声が集まります。

 しかしそれは全て艦娘たちが頑張った結果。それをまとめている提督が代わりに受け取っているに過ぎない。

 ですのに、たまに私たち提督の中にはそれをまるで当然かのように受け取り、偉くなった気になる輩がいます。

 私はそんな方に言いたい。ならあなた一人で深海棲艦に立ち向かっていけますか、と。すると全員が首を横に振るか聞こえなかった振りをするでしょうね。

 確かに艦娘を指揮して、その指揮によって海戦に勝つのは素晴らしいです。けれど謙虚さを失ってはいけないわ。私たちは艦娘がいてくれるから、提督として過ごせているのですから。

 

 そういう点で言いますと、やはり仁様は理想の提督だと思います。本当に私の目標ですわ。

 常に策を考え、出来るだけ艦娘が傷付かないようにし、彼女たちと同じ目線で同じ目標を見、慈しみ、心を通わせ、時には厳しくする。

 簡単にやっているようでいて、誰でもすぐに同じことは出来ないでしょう。現に私も日々精進している最中ですもの。

 

「仁様は今の役職に就く前は特殊部隊の隊長をなさっていらしたとお聞きしました」

「ああ、そうだ」

「やはり、お辛い任務が多かったのでしょうか?」

「……そう、だな……戦友を失ったことも一度や二度ではない」

「申し訳ございません。私ったらつい……」

「いや、気にしないでほしい。確かに戦友を失うというのは辛い。しかし自分の心に今も彼らは生きている。俺は少なくともそう思い、彼らと共に今も生きている」

 

 力強い言葉と眼差しに私は自分の軽率さを恥ずかしく思います。仁様のことは何でも知りたい。でも流石に先程のはデリカシーの欠けた質問でした。

 ですのに、だと言うのに、仁様はこんなにも真っ直ぐにお答えくださって……本当に自分が情けないですわ。

 仲間を失う辛さはちゃんと知っていたはずですのに……。

 

「私も……仁様のお気持ちが分かります。私も経験がありますから」

「……そうか……」

「はい。私の場合は今は伏せさせて頂きますが、艦娘でした。私の未熟さが招いた結果で、彼女を死に追いやった……ですが、仁様と同じく、私の心に彼女は生きています」

「そうか。ならいつか、沙羅提督がいいと思った時には、彼女のために献花させてほしい。同じ志を持った尊いその者のために」

「……ええ、いつの日か。彼女もきっと喜んでくださいますわ」

 

 はぁ、私ったら、本当になんてことをしてしまったのかしら。

 せっかくのお茶の席をお通夜みたいな沈んだものにしてしまったわ。いえ、彼女が悪いのではなく、完璧に私の責任ですわ。

 

 でも、仁様……本当にありがとうございます。

 私は先程のお言葉だけで、救われた気持ちになりましたわ。

 

「まあ、なんだ。これは俺の自己満足みたいなものだが、我々がその戦友たちのことを忘れないことが大切なんだと思う。人々に忘れ去られることこそが本当にその者が無くなるんだと思うんだ」

「仁様……」

「自分を責めるのもいい。現に俺はいつもあの時こうしていたらと考え、あの時出来なかったことを今に活かしている。全ては戦友が教えてくれているんだよ」

「…………」

「でも責めてるだけじゃいけない。そんなことをしても戦友は還ってこないからな。責め続けて、いざ自分がそうなって向こうで戦友に会えたとしたら、戦友たちは俺を殴るだろう。だから君も胸を張って会えるように、また笑って会えるように、前を向いていてほしい」

「仁様ぁ……っ」

 

 あら、目の前が霞んで見えますわ。どうして。私は笑顔で仁様にお礼をお伝えしたいのに。

 

「……すまない。泣かせたい訳じゃなかったんだ。君が既に前を見ているのも分かっていた。だが、どうしてもお節介を焼きたくなったんだ。君の友人として、先輩として、ね」

 

 ええ、ええ。分かっていますわ。現に仁様の声色はずっと優しくて、私を励ましてくださっていましたもの。

 ちゃんと伝わっていますわ。

 

「…………では、そろそろお暇させてもらうよ。本当にすまなかった。そして美味しいお茶をありがとう」

 

 はい、私こそ本当にありがとうございました。

 仁様、心からお慕いしています。

 

「本日はありがとうございました」

「いや、こちらこそ。見送りは結構だ。君は沙羅提督の側にいてやってくれ」

「お心遣い感謝します」

 

 ああ、お待ちになって、仁様。

 お見送りしたいのです。

 

 けれど、私の体は言うことを聞きません。

 心も頭も、こんなにもすっきりしていますのに、今は仁様の背中が遠い。

 私はまだまだあの方の隣に立つ資格も、覚悟もないのだと、そう思い知らされました。

 

 ―――――――――

 

 仁様は艦隊の方々と仲良く去って行ったと、見送りを代わりにしてくれた漣から聞きました。

 漣は私の意を汲んで、高雄さんに紅茶の茶葉もこっそりと渡しておいたと言われ、視界が霞んだままに漣を抱きしめました。

 現に今もですが。

 

「ご主人様、泣かないでくださいよ。ハグしてくれるなら笑顔がいいです」

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

「……それは()に言わないでください」

「ええ、そうね……」

 

 抱きしめていた漣からそっと離れた私。

 そして軍服の上着の胸ポケットにいつも大切にしている写真を取り出すと、そこには私と()が笑顔で写っています。

 

「貴女を決して忘れないわ、漣……ごめんなさい」

 

「提督……」

「ご主人様……」

 

「……まだまだ私は未熟者で、貴女はそちらで『相変わらずですね』なんて笑っているのでしょう。その通りだわ」

 

 写真に写る、笑顔の彼女に私は語り続けました。

 

「でもね、私。好きな人が出来たのよ? とても素敵な方で、とても尊き方なの。貴女はそちらで私を見ていてバレバレなのは知ってるわ。きっとそっちに行ったらからかってくるのもお見通しよ」

 

「だからね、()。私、そっちに行くまでにからかわれないくらいの女になるわ。それで向こうで貴女が私のことを自慢出来るような、そんな人間になるの。そうすれば、そっちに行っても私をからかうことは流石の貴女でも出来ないでしょう?」

 

「っ……()。貴女に会いたい……っ、会って謝って、っ、お礼を、言い、たいな……うぅっ。でもね、まだこのままじゃ、ダメなの。だからもう少しっ……もう少しだけ、っ、待ってて、頂戴ね」

 

「貴女は私の初めての艦娘よ、ずっとずっと……私は貴女を忘れない。あの人がそう教えてくれたの。私の大好きな、大好きな人が。その時また笑って、私のお話を聞いてね」

 

 彼女に話すと、なんだかすっきりした気がしました。

 嗚呼、目が痛い。頬も痛い。泣いて、笑って。

 

 私が彼女を胸ポケットに戻すと、

 

「提督、大好きです」

「漣もご主人様のことが大大大好きですよ!」

 

 高雄と漣の二人が私に抱きついてきました。

 ふふ、私は本当に恵まれていますわ。

 それなのに悲劇のヒロイン振っていたらあの子に笑われちゃう。

 

「ええ、私も二人のことが……艦隊のみんなが大好きよ」

「はい」

「えへへ、知ってま〜す♪」

「あ、でも一番は仁様だからねっ!? 勘違いしちゃダメよ!? みんなのことは家族としてなんだからね!?」

「分かってますよ、提督。というか、言われなくても知ってますし」

「寧ろ変なツンデレ見ると萎えますわ〜」

「ちょっと!?」

 

 私が怒ると二人は笑って逃げ出しました。

 だから私も笑って追い掛けます。

 待っててね、漣。

 待っていてくださいね、仁様。

 

 私は誰にも恥じない女になりますから。

 

 あ、しまった。

 仁様に婚姻届のサインと判子を頂くのを忘れてましたわ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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