鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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胸糞悪い話が出てきます。
ご注意ください。


愛を欲し、愛を得た

 

「…………俺は深い悲しみを感じている」

 

 穏やかな昼下がり。

 しかしそんな陽気とは裏腹に執務室は鬼月が絶対零度のオーラを放ち、一人の艦娘を見つめていた。

 

 執務机を挟み、提督に向かって正座して赤絨毯に額を擦り付けるようにして涙ながらに許しを乞うのは―――

 

「謝るくらいならば、あんなことをしなければ良かったのではないか……時津風?」

 

 ―――あの時津風だ。

 

 時津風は提督LOVE勢でも愛犬勢と呼ばれるグループの長。

 故に鬼月には絶対的な忠誠と愛を誓っている。

 

 そんな彼女がどんな罪を犯してしまったのかだが、それは暴力だ。

 時津風が力を振るってしまった相手はつい先程までこの鎮守府に演習艦隊を率いてやってきていた男性提督で、鬼月と歳も近くて温和な性格の者。

 そんな彼にどうして時津風が暴力行為に走ったのか……それは彼が良く耳に入る鬼月の謂れのない悪しき噂について訊ねたからだ。訊ねた理由も直接本人と言葉を交わして強い違和感を感じたからで、決して鬼月を悪く言うつもりは無かった。

 

 しかし時津風は『お前はあたしたちの司令がその噂でどれだけ傷付いてるのか知ってる上で訊いてるのか!?』と怒号を浴びせ、その提督の腹に膝蹴りをかました。

 膝蹴りをもろに食らった提督は血こそ吐いていないが、吐瀉物を撒き散らして気絶してしまう。

 当然、鬼月は彼を即座に医務室へ運び、手厚く治療し、手厚い謝罪と詫びの品を彼だけでなく彼の艦娘たちにまで施した。

 幸い彼は事を荒立てる気は無く、寧ろ『無神経な質問をしてすまなかった』と謝り、時津風への罰則や鬼月に対して責任問題にすることはしたくないと言い、最後は鬼月と笑顔で握手まで交わした程だ。

 

 その提督との話はそれで無事に終わった。

 しかし鬼月と時津風の話はこれからである。

 

「お前が俺のことを思って行動してくれたのは提督冥利に尽きる。しかしやり過ぎだ。どうしてお前は俺のことになるとそう血の気が増す?」

 

「司令のことを愛してるからっ」

 

 面を上げ、曇りない眼で、真っ直ぐに言い返す時津風に、鬼月は思わず目眩がした。

 そもそも時津風がこのようになってしまった要因は自分のせいでもあるのだから。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それは鬼月が提督となって2年が過ぎた頃のことだ。

 

 ある日、鬼月の元に藤堂から指令書が届いた。

 

『艦娘に対して有無を言わさず体を提供させている屑がいるから、決定的な証拠が欲しい。

 僕や総合部の人間、加えて軍警が動くとバレる。それくらいの警戒網を屑は屑なりに整えてしまったから、不本意ながら悪名高い君が出向き、証拠を押さえて欲しい。

 そうすれば君の悪評も少しは減ると思うんだ。

 決行日時は任せる。連絡さえしてもらえれば、こちらもこちらで動けるようにしておくから。

 辛いだろうけど、頼む兄弟』

 

 10年以上交流を持つ親友とも言える兄弟からのお願いに鬼月は即座に行動を開始するため、指令書と共に送られてきたUSBメモリを読み込み、相手の居所等の詳しい情報を頭に叩き込んだ。

 

 ―――

 

 その日の深夜、鬼月は藤堂と連携を取るのに必要な装備品を身に着け、作戦決行の旨を個人電話で告げたあとで、一人でその屑がいる鎮守府の側の繁華街へとやってきた。

 繁華街ということで深夜でも営業している店が多くある。しかし営業している店が多くても、妙に人の数が少ない。治安が悪いとは貰った情報には無かったが、治安がいいとも知らされてはいなかった。

 多分、ここに住む人々も何処か安心出来ない雰囲気を察知しているのだろう。

 そんな大通りの明かりから逃げるように情報にあった小道へと入る。野良猫すらもいない小綺麗過ぎる薄暗い路地を進んで行くと、場違いなくらい豪華なホテルがそびえ立っていた。

 

 どういう意図でこんな何処ぞの遊園地にある洋風のお城みたいな外観に至ったのか不明だが、システムは好きな部屋を選ぶだけで特に怪しくはない。

 しかし軍警が入手した合言葉の「自分は"提督"だ」と顔も見えない作りのフロントに告げれば、小窓が開く。

 そこに身分証明書として軍隊手帳と前金として100万をキャッシュで入れると、今度はタブレット端末がスッと出された。

 画面には艦娘の写真のみがいくつも映し出され、その各写真の下には『可』と『不可』の文字が浮かんでいた。多分すぐに相手が出来るかどうかのことだろう。加えて『従順』や『反抗的』、『無反応』、『脆弱』等のその艦娘の性格か何かを表す文字もある。

 鬼月は腸が煮えくり返る思いを抑えながら、一番状態が悪そうな艦娘の写真をタップした。

 するとやっと部屋鍵を渡され(その際軍隊手帳も返ってきた)、加えて何やら怪しい注射器セットまで渡され、鬼月は息を呑む。

 

 重要な証拠品として監視カメラの死角でそれらを鞄に仕舞い、部屋に入った。

 内装は普通のビジネスホテルとそう変わらない。しかし異質なのは粗末な簡易ベッドの上に艦娘が衣一つない姿且つ、大の字で寝かされていることだ。加えて両手両足はそのベッドの各足に鎖で繋がれ、口には鉄の口枷ががっちりとされており、身動きを取ることも話すことも困難な状態にしている。

 ベッドのサイドテーブルにはご丁寧に説明書があった。

 

 艦娘だから何をしても壊れない。

 どんなにしても孕まない。

 壊れてもバケツ一つですぐに新品になる。

 どこかを切断する以外なら何をしても結構。

 暴れないように必ず始めに渡された注射を打つ。

 それを敢えて打たないのはそちらの勝手。

 しかしどうなってもこちらは責任は取らない。

 

 鬼月は読んでいるだけで吐き気がし、冷静になれと歯を食いしばる。

 説明書だろうと握り潰したいのを何とか堪えた。

 

 そして提督はベッドに寝かされている艦娘に目をやった。

 金属の首輪をされて皮膚はただれ、首輪の側面に付けられたタグプレートには『ときつかぜ』と雑に彫られてある。

 眠ってはいるが首元には何やら注射針を刺したであろう痕がいくつもあり、真新しい痕もあったので薬で強制的に眠らされているのだと推察した。

 

 鬼月は時津風本人には申し訳無いが、証拠として現場写真を胸章に仕込んだ隠しカメラに収めていく。

 それだけで時間はあっと言う間に過ぎ、フロントからの電話が鳴った。

 出ればもう時間だと言われ、何もしてないのにいいのかとも言われた。これだけで何処かから監視していることも分かった。

 当然、この会話は制服の襟に仕込んだ特殊マイクで藤堂らにも聞こえており、鬼月は次の段階に入った。

 

『俺はこいつが気に入った。いくらで譲ってもらえるか、上に掛け合ってくれないか?』

《その必要はない。一律5本と決まってる》

 

 5本……つまり500万で艦娘が買えるということ。

 追加説明によれば、渡した薬の定期購入が必須だという。つまり継続的にこちらでも私腹を肥やしているのも分かった。

 一般の高所得者でも買えてしまうかもしれないが、そこまで屑もアホではない。すぐに足が付いてしまうので、合言葉はその筋の提督にしか告げられないのだ。

 しかもそうなればそうしたアホは性癖等の弱みを握られて下手なことは出来なくなる。見せた軍隊手帳も既に細かくコピーされていることだろう。

 ただ同じく黒幕である屑も艦娘でこんなことをしていると弱みを握られることになるが、相手が同じ提督であれば艦娘を譲渡しても怪しまれない上に、同じ毛色の提督なのだから発覚することもないということ。こういう時ばかりは頭が回る。

 加えてフロント陣は屑の息の掛かった一般的な屑であり、相互依存で成り立っている経営だ。

 

 鬼月はますます気分が悪くなったが、今は目の前の艦娘を救うことに集中することにした。

 フロントへ繋がるエレベーター式の搬入口に現金500万(事前情報から1000万キャッシュで用意していた)と後払い金の100万を入れる。すると今度はベッドに繋がれている枷らを外すための鍵と追加の睡眠薬だろう薬とその艦娘が入るくらいの布袋が運ばれてきた。

 鬼月は当然それらも鞄に仕舞い、時津風の口枷を外し、部屋にあったバスタオルで彼女を優しく包み、人目を避けるように足早に現場をあとにする。

 あとのことは藤堂たちに任せれば屑らやこの忌々しいホテルは消える。

 

『…………だれ?』

 

 抱えている時津風が目を覚まし、拙い呂律でなんとか声を出して鬼月に訊ねた。

 鬼月は安心させるように、怖がらせないように、敢えて笑顔は作らず、ただ優しい声色で―――

 

『屑じゃない提督だ』

 

 ―――とだけ告げる。

 すると時津風は微かに口端を上げて、また瞼を閉じるのだった。

 

 ―――

 

 結果から言えば潜入任務は成功。

 屑は更なる屑らも道連れに、最終的に軍人だけで100人近い屑山となり、一同がん首揃えて大本営直轄の一度入れば死んでも出れない楽しい監獄ツアーへ強制ご招待となった。因みに一般的な屑らも同様。

 

 これによって鬼月の評価もある程度は回復するはず、と藤堂は言っていた。

 しかし当の鬼月はと言えば、そんなことどうでも良かった。

 何故なら引き取った時津風のことしか頭に無かったから。

 

 大本営や総合部に返すという手段もあったが、何しろこの頃の時津風は非常に情緒不安定で鬼月以外はいくら姉妹艦の陽炎たちでも近付くことが出来ない状態であった。

 何故鬼月なら大丈夫なのか。それは時津風が本能的に彼が自分をあの地獄から救い出してくれた恩人だと分かっていたからだろう。

 なので事情聴取や経過観察の際は必ず鬼月が同席し、そうすれば怖がってはいてもかなり落ち着いていた。

 

 鬼月は潜入任務を終えてから即座に鎮守府へと戻り、到着後すぐに時津風をドックへ搬送し、ドック妖精たちの奮闘によって怪しい薬の後遺症や依存症もない綺麗な身体に戻ることは出来た。

 

 しかし艦娘も人間。心や記憶に残った傷は決して治らないのだ。

 当初は舌を噛んで自殺しようとも時津風は考えていたが、その頃は既に前例があったために強制的にあの薬を投与されてそんなことも出来ないようにさせられていたという。

 それはまさに生き地獄で想像を絶するものだ。

 起きていても意識が常に朦朧とし、眠らされている間に知らない相手に己の体を趣くままに蹂躙され、嬲られ続ける日々だったのだから。

 よって時津風は鎮守府に来て暫くの間は目を覚ましたと同時に混乱して暴れ回り、奇声をあげ、泣き叫び、疲れて電池が切れた玩具のように眠るを繰り返していた。

 時津風の混乱が自傷行為に走るなどといった酷いものに発展すると、急いで鬼月が駆け付け、そんな鬼月にだけは甘え、その結果依存するようになってしまった。

 

 物に怯え、音に怯え、人に怯え、唯一怯えないのは地獄から助け出してくれた鬼月のみ。

 

 ドック妖精に診せるにも、看護妖精が世話をするにも一苦労の一言に尽きる。

 

 近付けば泣き叫んで怯えて、会話もままならず、食事すらとらない。泣きながら気絶するように眠り、漸く静かになれば整えられる有様。

 鬼月が視界に入る場所にいれば、かなり落ち着いていたのが幸いだった。

 

 時が経って、漸く先ずは姉妹艦である陽炎たちを受け入れるようになったが……それでもかなり限られた数と言える。

 それでいて本人も何とか他の艦娘たちとも話が出来るようになろうと努力はするが、我慢して神経をすり減らす傾向にあった。

 ただでさえ弱っているのにやせ我慢をする……それを見分けることが出来たのが、一番側にいた鬼月だった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 今はそれも落ち着き、今の時津風として普通の艦娘として遠征に出撃にと活躍している。

 しかし一度鬼月のことを悪く言う者の声を聞けば、本日のように意図など関係無しに暴走するのだ。

 

「時津風」

 

「何……?」

 

「無闇に暴力行為に走るな。どうしようもない屑にはそれでもいいかもしれないが、相手を選べ」

 

「……ごめんなさい」

 

 どういう理由で時津風が暴走するのか鬼月も理解している。

 なので今回は止められなかった自分にも責任がある。

 本来の時津風はやんちゃで、人懐っこい。しかしあのことが原因で、この時津風は人見知りが激しく、同じ艦娘でも新顔となると馴染むまでに相当な時間を必要とする上、無理をすると高熱で寝込む。

 それでも鬼月は時津風が幸せならば、とある程度は自分との接触は黙認していた。

 今でこそ自分だけの艦娘宿舎の部屋で寝泊まりしているが、引き取って出歩けるようになった頃は暫くの間鬼月の長官官舎で寝泊まりしていた。

 頻繁ではないが時津風は今でもあの頃の夢を見てしまう。そして見て目が覚めると泣き叫ぶので、他の艦娘たちから鬼月へ出動要請が来る。

 

 そうした日々の中でも鬼月は時津風が笑って生きていてくれるのが嬉しい。

 しかし衝動的になっては彼女にとっての立場が危ぶまれる。

 それが鬼月が一番心配しているところだ。

 

「……やはり次からお前は演習艦隊には入れない」

 

「え」

 

「勘違いするな。お前の存在を隠すとか邪魔に思っての選択ではない。お前はちゃんと冷静になれば反省する。でもその度にお前自身が傷付いているのを、俺は見ていられない」

 

 鬼月はそう言いながら時津風の元まで歩み寄り、時津風の涙を自身の手袋で拭いてから、彼女の頭に頬を寄せるようにして抱きしめる。

 大切に、とても大切に時津風を抱き寄せ、何度も何度も分かってくれと言うように彼女の後頭部を撫でた。

 自分の立場が危うくなるのであれば挽回すればいいだけのこと。しかし艦娘となれば話は違ってくる。人に手をあげてしまう艦娘がいるとなれば、その艦娘だけでなく艦娘の存在自体が国民にとって不安材料となるから。

 

「……ごめんなさい、司令……」

「謝らなくていい。全ては愚かな人間たちのせいだ」

「司令は同じ人間でもいい人間だよ。今のあたしがあるのは司令が助けてくれたからだもん」

「時津風……」

「司令も悲しそうな顔してる。本当にごめんなさい。司令がそんな顔してるの、あたし見たくない」

「本当にお前はいい子だ」

「えへへ……♪」

 

 再び鬼月が時津風の頭に頬を寄せるように抱き込むと、時津風はくすぐっそうに身じろぎしながらも幸せに満ちた声を漏らす。

 そこへ―――

 

「失礼します。提督、言われたものをお持ちしました」

 

 ―――高雄がやってきた。

 

 その高雄の手には何やらリュックのようなものがあり、顔だけ高雄へ向けた時津風はそれが何なのか分からなかった。

 

「ああ、ありがとう。さて、時津風。お前に罰を与える」

「首輪するの?」

「俺をあの屑と同じにするな」

 

 じゃああれで何するの?と時津風が小首を傾げると、鬼月は時津風から離れて上着を脱ぎ捨て、高雄からリュックらしきものを受け取り、前掛けのようにしてバンドを肩に掛け、腰にも固定用ベルトを巻いた。

 そして時津風の両脇に手を入れて抱き上げ、高雄が広げて出来ているそのリュックのスペースに入れる。

 そう、これは鬼月が特注で明石に作ってもらった抱っこリュック(おんぶも可)なのだ。

 流石に赤ちゃん用だとキャパオーバーなので、時津風くらいの体格の艦娘が入るように設計してある。

 因みに試作品段階では提督自らテストとして電を乗せていたそうで、電はそれはもう大変喜んでいたとか。

 

「ええ、赤ちゃんみたい……」

「俺の言うことが聞けないのだから赤子同然だろう?」

「うっ……まあ、確かに……」

 

 恥ずかしそうに顔を伏せる時津風だが、高雄が容赦無く「大きな赤ちゃんですね♪」と言えば時津風は更に顔を赤く染めて、それは耳まで達していた。

 

「これから定時までお前を晒し刑にする。嫌なら次からもっと冷静に対処するように」

「え〜」

「赤ちゃんは口答えしない」

「ば、ばぶ〜……」

「赤ちゃんみたいに語彙力まで低下させる必要はない」

「地味に難しいんだけどぉ……」

「罰だからな」

 

 ぶっちゃけてしまえば傍から見ると何とも言えない絵面だ。

 されているのがもしも睦月型の面々だったり、海防艦の面々だったりすればまだ微笑ましく見れたかもしれない。

 しかしいくら陽炎型姉妹の中で幼く見える方の時津風でも、小学校高学年を抱っこリュックに入れて歩く父親はいない。

 幸いなのは提督の身長が高いのでいかがわしい体勢には見えない点だろう。

 

「じゃあ今から鎮守府内一周の散歩ツアーに行くぞ」

「ええ!!?」

「そうでもしないと罰にならないだろう?」

「で、でもさ、人目が……」

「人目を気にせず暴走したのはどこの赤ちゃんだ?」

「……ぴぇっ……あたし、です」

「なら異論は無いな」

 

 こうして提督はそのままの状態で執務室を出た。

 当然、サポートとして高雄もその後ろを付いていく。

 

 ―――――――――

 

「司令、みんなめっちゃ見てる……」

「俺も見られている」

「それはそうだろうけど……あたしに向けられてる視線がたまに痛いんだけど……」

「罪人の宿命だな」

 

 提督は分かっていない。時津風に向けられている痛い程の視線が嫉妬と羨望から来ていることを。

 特に時津風より体格が小さい者たちなんかは『ずるい』、『されたい』、『そこ変われ』という目で時津風を見ている。

 高雄もこうなることが分かってはいたが、提督がやると聞かなかったので苦笑いだ。

 因みに高雄も高雄で今の時津風が羨ましく、あれくらい密着して抱っこされたいと何度か夢に見ていたりする。

 

「あー! 時津風何されてるの! ズルーい!」

「うわぁ、何これ。提督、時津風が終わったらアタシとのわっちにもしてよ!」

「こ、こら舞風っ」

 

 途中、食堂近くで島風と舞風が立ちはだかってきた。

 野分が止めるが、二人は提督が頷くまで退かないぞと腕を組んで仁王立ちしている。

 しかし止めている野分もチラチラと提督と時津風を見ているため、本音のところでは自分もされたいらしい。

 

 この三人も愛犬勢。

 そもそも愛犬勢は時津風が提督にべったりだったのが悔しくて羨ましくて、時津風と競うようにべったりしてきた艦娘たちが集まり、『提督が困るからみんなでシェアしよう』と妥協し合って生まれたLOVE勢グループである。

 中には提督を守りたいという忠誠心から入った者たちもいるが、今ではその忠誠心よりも愛情の方が上回っており足音だけで提督の機嫌が分かってしまうんだとか。

 

「これは時津風の罰だ。お前たちに与えることはない。お前たちは皆いい子たちなのだから、この意味が分かるだろう?」

 

 提督がそう訊ねると、島風も舞風も照れたようにもじもじしながら、桜色に染まった頬を緩めて頷く。

 野分も野分で自分に対しての言葉ではないと理解していながら、『いい子』というフレーズに反応して頬を綻ばせていた。

 

「分かったなら退いてくれ。まだ刑の執行中だ」

「はぁい。なら提督、今度駆けっこしよ!」

「まあいいだろう。明日、予定をあけておく」

「やったー!♡」

 

「ええ、島風だけー? あたしとはー? あたしとのわっちとでダンスレッスンしようよ! ダンスなら執務の合間の軽い運動にもなるよ!」

「舞風っ」

「分かった分かった。なら明後日の午後にしてくれ」

「やったー!♡ 提督大好きー!♡」

「い、いいのですか、司令?」

「艦娘とのコミュニケーションも俺の仕事の内だ。それにこうして誘ってくれているのに断るのも失礼だろう。何なら那珂とかも呼んで、みんなでやれば楽しい時間となる」

「司令……♡」

 

 まさに今野分の胸からトゥンクという文字が浮かんでいることだろう。

 その証拠に野分の瞳は溢れんばかりに涙を溜めているのだから。

 

「さて、では我々は行くぞ」

「はーい!」

「時姉赤ちゃーん、またねー♪」

「姉さん、しっかりお勤めしてくださいね」

「うるさいやいっ!」

「こら、赤子が口答えするな」

「は、はぁい……」

 

 こうして時津風はその後も提督に赤ちゃんのように扱われ、敷地内をしっかりと練り歩き、周りから色々な感情をぶつけられるのだった。

 ただ、時津風は無闇にカッとならないようにちゃんと反省したという―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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