鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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押し掛け申す

 

 分厚い雲に覆われ、思わず憂鬱になりそうな天気。

 それでも提督や艦娘たちは変わらず己の職務を全うしている。

 

 天気は微妙であるが、波は穏やか。

 加えて本日は遠征が主な任務内容である。

 出撃任務は鎮守府近海の警備程度しかなく、これから演習の申し出もないため、提督は書類の山を黙々と捌いていた。

 

「提督、そろそろ一息入れてはどうですか?」

「そうにゃ。昼休みからずっと書類とにらめっこしてるにゃ」

「立ち上がってストレッチもした方がいいと思うわ〜」

 

 そんな提督に休憩を促したのは、本日有給休暇で秘書艦任務から外されている高雄に代わって1日秘書艦に就いた大和・多摩・龍田の三人だ。

 基本的に秘書艦は高雄のみ。それは提督が高雄を頼りにしているのもあるが、実は高雄を艦隊旗艦に置く前は秘書艦というポジションは日替り制だった。

 しかしそうなると必然的に誰もがやりたいと手を挙げ、誰がこの前何時間務めた。自分は数時間しか務められなかったなどの押し問答が勃発してしまったのだ。

 なので提督は艦隊旗艦の経験も有り、初顔合わせ時に自分を怖がらなかった高雄に頼んだ。加えて彼女はいつも冷静で、意見を求めればその都度いい意見をくれることも秘書艦に置いた理由である。

 

 ただいくら秘書艦であっても高雄にだって休息は必要。(本人は毎回要らないと駄々をこねるが)

 そして高雄が休んでいる時は、手の空いている押し掛け勢にそのお鉢が回ってくる。

 何故かと言われたら、押し掛け勢……読んで字の如く、彼女たちが他の追随を許さないから。

 他の艦娘たちからの不満は出ないのか、という疑問があるかもしれない。

 しかし平和なもので―――

 

 高雄が休む

 ↓

 じゃあ私たち押し掛け勢の出番ね!

 ↓

 押し掛け勢ってすげぇ

 

 ―――ということでみんなが納得してしまう。

 だって押し掛け勢だもん……でまるっと収まるのだ。

 

 それは押し掛け勢が提督のために貢献したい艦娘の集まりであるからというのも強い。

 他のグループも根本的な所は同じだが、それぞれ役割があり、押し掛け勢はサポート役的ポジション。

 同じサポート役的ポジションには良妻勢もいるが、それは提督の体調管理等の私生活面サポートで、押し掛け勢は仕事面でのサポート役だ。

 よって押し掛け女房のように突然やってきてあれもこれもと世話を焼いてくれるのである。

 

「ではそうしよう……大和―――」

「―――冷たいお茶ですね」

 

 提督が何を求めているか分かっている大和の答えに、提督は頷いてソファーに移る。

 しかしソファーに腰掛ける前に龍田が「はい、屈伸〜♪」と手を叩き、提督は素直に屈伸を行う。

 そのあとも龍田の掛け声に合わせてアキレス腱を伸ばしたり、背筋を伸ばしたり、肩を回したりと軽い運動を行っていく。

 

 そしてそれを終えた提督がソファーに腰掛ければ、すかさず多摩が提督の膝上にゴンサレスくんを装備させる。

 すると提督はそんな多摩の気遣いに感謝を述べて、彼女の頭と顎の下を優しく撫でるのだ。

 

「どうぞ。お茶請けに間宮さんたちからザッハトルテを頂きましたので、どうぞ」

「…………ワンホールは流石に無理があるぞ。お前たちも手伝ってくれ」

「にゃあ、食べるにゃ」

「私も頂くわぁ」

「取皿とフォークを持って参りますねっ」

 

 高雄の代わりとはいえ、三人の機嫌はすこぶる良い。

 何しろ今日のところは愛する提督を三人占め出来ている上に、このように穏やかな休憩時間を過ごせるからだ。

 こんな時間がずっと続いて欲しい、と大和たちは思う。

 しかし続くことはないと分かっているから、今の時間を噛み締めるように過ごしているのだ。

 

「提督、私と一緒にケーキ切り分けましょう?」

「何故一緒になんだ?」

「結婚式ごっこ……なんちゃって♪」

「女子の憧れというやつか。俺がお相手でいいなら付き合ってやろう」

「やった♡」

 

 龍田は嬉しそうに声を零すと、提督がケーキナイフを握る手にそっと自分の手を重ねる。

 彼女はそれだけでとても心が踊った。なのにチラリと視線を上げてみると、提督は涼しい顔のまま。

 自分ばかり舞い上がっていて悔しく思った龍田は、いたずら心から切り分けようとした瞬間に提督の手の甲を二本の指で軽く擦った。

 すると提督は肩をピクリと動かし、それがナイフに伝って断片が汚く崩れたものになってしまう。

 提督は「おい」といたずらをした龍田を睨むが、龍田は嬉しそうに笑みを深めるばかり。

 大和も多摩もそんな龍田に『上手いことやるなぁ』と尊敬の眼差しを送っていた。

 

「断片が崩れただろ」

「私し〜らない」

「いたずらっ子だな、相変わらず」

「知らな〜い」

 

 提督はやれやれと肩をすくめ、気を取り直して残りのも切っていく。流石にもう一度いたずらをすると怒られてしまうので、今度は龍田も大人しく提督の手に自身の手を添えているだけにした。

 

「では提督、この大和が推して参ります! お口を開けてください!」

「…………」

 

 開ける必要性が皆無ではあったが、大和の眼力に負けて提督は大人しく口を開ける。

 すると大和が一口大のザッハトルテを丁寧に運んでくれた。

 

 チョコはビターで生地も甘さ控えめ。しかし添えられた生クリームが加わることで丁度良い甘さになる。

 鼻から抜けるカカオの香りも、隠し味のコーヒーの香りも、心を落ち着かせてくれた。

 

「美味い……また腕を上げたようだ」

「間宮さんたちがそれを聞いたら喜びますね」

「夕飯の際に直接伝えることにする」

「泣かれないようにしてくださいね」

「……どうすれば彼女たちは泣かないんだ?」

 

 真剣に質問する提督に大和は「さぁ?」といたずらっぽく返す。

 提督は更に頭を悩ますが―――

 

「提督、多摩に食べさせて欲しいにゃ」

 

 ―――多摩が制服の袖を引っ張り、おねだりしたことでそれ以上悩む時間は取れなかった。

 多摩はクールに見えて甘えん坊。提督としては彼女が素直に自分のして欲しいことを要求してくれることが嬉しいので、すぐに多摩へザッハトルテを甲斐甲斐しく食べさせてやる。

 

「んまんま……にゃあ、おいひいにゃ〜」

「そうだな。もう一口どうだ?」

「んにゃ〜♪」

「よしよし、どんどん食え」

 

 素直に口を開けて待機する多摩。

 提督も提督でそんな多摩が愛らしいので、つい甘やかし過ぎてしまう。

 因みにこの多摩の甘えスキルの高さは愛娘勢に尊敬されており、密かに師匠と敬われていたりする。

 

「提督〜、私も甘やかして欲しいわ〜?」

「天龍がいないと途端に甘えん坊になるな、お前は」

「天龍ちゃんが甘えん坊だからねぇ。だから私は提督に甘えることにしてるの」

「まあ好きにしろ」

 

 提督が投げやりに返すと龍田は提督の膝上からゴンサレスくんを取り上げ、代わりに自身がそこに座る。

 因みにゴンサレスくんは大和が預かり、モフられている。

 

 龍田は姉の天龍をとても大切にしているが、龍田と同じように天龍を大切にしてくれる提督を愛しているのだ。

 だからこそ、今だけは提督にその身を預け、蕩けた笑みを浮かべて提督の胸板に頬擦りしている。

 

 多摩も負けじと口を開けておねだりするので提督は片手は多摩のために、もう片方の手は龍田が落ちないように腰を抱き、何だかんだ甲斐甲斐しくしていた。

 大和はそんな提督を見つめ、目をより細める。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 戦艦大和……その名を知らない者は日本軍人の中でいないだろう。

 当時世界一の戦艦であり、現代でもその評価は高い。

 

 それは艦娘になった今でも変わらず、大和の誇りであった。

 

 しかし前の大和は本当の意味で誇りを失い掛けていた。

 

 大和は建造元、泊地総合部で自分の着任許可が下りる日を心待ちにしていた。

 総合部で建造された艦娘は建造されたその日の内に引き渡されるのではなく、今の世界の情勢説明と自分が着任する予定の鎮守府の状況説明をじっくりと1週間掛けて行われる。

 

 あの頃は守れずに沈んでしまった身……けれど今度こそは、と大和はやる気に燃えていた。

 

 なのに―――

 

『お〜、あれが大和か〜。俺提督時代に着任させられなかったな〜』

『別にいいんじゃないか? 俺は着任させることは出来たけど、使ってた感じは小破だけで長時間ドック入り確定だし、資材はスポンジ並みに吸うからな。ぶっちゃけ扱いが難しかった。かと言って練度上げないといけないからめっちゃ悩んだよ』

『へぇ、演習にしても資材は必要だしな。俺は美人だから出撃させられないなぁ。大破とかさせるの悪いし』

『中にはそういう奴もいるぞ? 俺はせっかく着任させたからたまに編成に入れてたけど、資材ない時は待機させてたわ』

 

 ―――そのふと聞こえてきた総合部員たちの話し声に大和の誇りにヒビが入ってしまう。

 

 本当にそれは何気ない会話だった。

 悪意は無く、率直な大和への使用感を話していたものだ。

 それでもその時、大和の胸に……脳に……心にその会話は深く突き刺さってしまった。

 

 確かに大和は妹の武蔵も含め、扱いが難しい。

 艦隊決戦の大一番で出すのが普通だ。

 大和もそうなれば全身全霊を懸けて戦う。

 

 でも本当にそうなのだろうか

 

 大和はついそんな疑問を抱くようになった。

 自分が出なくても長門型や金剛型、扶桑型に伊勢型などなど大和に火力は劣るが優秀な戦艦は多くいる。

 なのに自分の出番なんてあるのだろうか。

 着任してもコレクションとして、自分は何もさせてもらえないかもしれない。

 

 その芽は時折聞こえてくる悪意無き会話という水を得て芽を出し、すくすくと成長していった。

 

 ―――――――――

 

 大和がそんな不安を持ってやってきたのが、鬼月提督の鎮守府だ。

 ここに着任すると判明した途端、総合部員たちの態度が優しくなり、書類には書いてなかった鬼月の情報を沢山教えてくれた。

 中には着任を無かったことにしようか、と善意で提案してくれる人もいた。

 大和は何が何だか分からなくなってしまったが、艦娘として生まれた以上、やるべきことはやりたいと着任したのだ。

 

 初めての鬼月との対面は呆気ないものだった。

 互いに自己紹介し、鬼月からは『先ずはここでの生活に慣れてもらう』と言われたからだ。

 でも向こうで聞いていた限り、悪い人ではなさそうだとも思った。気になる点と言えば、ぬいぐるみがデスクに置いてあったことくらい。

 

 ―――

 

 その後の敷地内案内は先に着任していた妹の武蔵が丁寧にしてくれた。

 夜には歓迎会も開かれて、大和も笑顔を見せていた。

 

 それでも大和の不安は解消されなかった。

 歓迎されているのは分かってる。

 提督が向こうで聞いていた人物とは違うのも、今では分かった。

 

 でも根本的なところは解消されていない―――

 

 

 

 

 

 自分を使ってくれるのか

 

 

 

 

 

 ―――はこの日だけでは分からないのだ。

 

 ―――

 

 次の日から大和は訓練に参加することを命じられる。

 早速演習艦隊の編成に組み込まれ、旗艦も任せてもらった。

 

 でも大和の中で鬼月提督がどういう提督のかは分からないまま。

 前評判とは違うと分かっただけで、自分を使ってくれるのかが大和の最大の焦点だったのだから。

 

 ―――――――――

 

 そして大和の不安はとうとう花を咲かせる。

 何故なら着任して一ヶ月経つのに、出撃任務には呼ばれることがなかったから。

 

 だから日々の訓練も身に入らず、提督に注意を受けることが増え、更に不安や不満を募らせた。

 武蔵からは『提督はそんな人間じゃないから安心しろ』と背中を叩かれたが、しっかりと不安の花が満開になっていた大和に武蔵の声は響かなかった。

 

 ―――

 

 そんなある日、大和はいつものように演習から戻ったあとで提督から呼び出された。

 

 自分でもここのところの体たらくは自覚している。

 きっと見限られ、解体宣告か良くて除隊処分だろう、と大和は思った。

 でも大和は清々しい気分だった。

 使ってもらえない自分に誇りなんてなかったから。

 

 執務室に大和が入ると、そこには武蔵に加えて矢矧、涼月、磯風、浜風、雪風、朝霜、初霜、霞らが揃っていた。

 大和が硬直していると、高雄が声をかけて早く入室するよう促してくる。

 武蔵たちに倣って霞の左隣に立って姿勢を正すと―――

 

『今まで良く訓練をこなしてくれた。今から大和を旗艦にしてある海域に出撃してもらう』

 

 ―――なんと待ちに待った出撃命令だった。

 

 大和は夢かと思った……しかし周りから『旗艦、頼りにしてるよ』なんて言われたら、嫌でも冷めきった胸が熱くなっていくのを感じる。

 

『大和の練度が目標に達するまでこの海域は迎撃だけに留めてきた。

 しかし大和の練度も目標に到達したとなれば、やることは決まっている。

 頼んだぞ、大和。お前の力を深海棲艦たちに見せつけてやれ。

 この作戦の要は大和……お前だ。

 燃料や弾薬の心配なんてするな。

 敵さんに世界最強の日本海軍らしく大盤振る舞いといこう』

 

 その言葉がどれ程のものだったか、大和は今でも忘れない……忘れられない。

 作戦説明を聞いているのに、どうしても涙が堪えきれなかった。

 当然、提督は『遅くなってすまなかった』と謝り、他の面々も『遅い!』と提督を軽く小突いていた。

 

 嗚呼、自分は使ってもらえる

 今生では使命を全う出来るのだ

 

 そう思うと、大和の不安という花は綺麗に枯れ落ち、本来あるべき誇りという大輪の菊が花開くのだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 大和が提督に対しての接し方を変えたのはそれからだ。

 作戦成功を祝したパーティでは他を圧倒して提督の傍らに侍り、その後も提督が困っていれば必ず参上し、特に理由が無くても適当な理由を付けて甲斐甲斐しく色々と世話を焼くようになった。

 

 それもこれも誤解していた罪滅ぼしとこれからもあなたの艦娘であると強く誓ったからだ。

 大和と同じように提督のことを誤解し、結果評価を改めたのは彼女一人だけではなく、この場にいる多摩と龍田は勿論、他にも多くの艦娘がいる。

 提督がこの調子なので誤解を呼び、真実として圧倒的な信頼を寄せてくれていると分かったら、みんな大和みたいに提督を甲斐甲斐しく支えるようになっていたという。

 だからそんな大和たちの様子を周りは押し掛け女房みたいだと評し、彼女らを纏めて押し掛け勢と呼ぶようになった。

 ただ彼女たちの急激な態度の変化に戸惑う提督を除いて……。

 

「(はぁ、ケッコンカッコカリしたいなぁ……)」

 

 ずっと三人のじゃれ合いを眺めていた大和がしみじみと、提督の耳には聞こえないように己の欲望を零す。

 すると当然、聞こえている多摩も龍田も大和にチラリと視線をやり、自分たちも同じ気持ちだと言う意味で苦笑いした。

 

 艦娘は聴覚も優れているので成り立つ会話である。

 提督も並外れた聴覚を持ってはいるが、それは戦場に立っていた頃に比べたらかなり落ちているので大和の声は聞こえなかった。

 

「提督、執務を再開する前に工廠へ行きませんか? 午後一に頼んでおいた艤装開発が終わっているかと」

 

 提督がお茶休憩を終えようかと龍田を優しく抱きかかえて立たせたのを見て、大和はそう告げる。

 そうすれば提督は―――

 

「そうだな。では工廠の方へ行ってこよう。留守を頼む」

 

 ―――効率がいいと判断してそのまま工廠へと向かって行くのだ。

 共に大和たちも行きたいが、ここは我慢。

 何故なら今日はずっと自分たちが提督を独占していたので、この移動時間くらいは他のみんなに譲るのだ。

 それに留守番中に書類の準備をしておけば、提督もスムーズに執務を再開出来て、定時に上がれれば共に食堂へ行ける可能性がぐんと上がる。

 目先のことよりもその先まで見据えるのが、大和たち押し掛け勢。

 

 そもそも―――

 

『提督! どっか行くの!?』

『あたしも一緒に行くぅ!』

『有給で暇だからいいよね?』

『お散歩も休暇の内よねぇ?』

 

 ―――提督が執務室から出れば、本日有給休暇の者たちがその機会を狙っている。

 まるで最推し、神推しのアイドルやバンドマンを出待ちするファンみたいに、彼女たちが待機しているのだ。

 因みにこの出待ちは妖精たちの立ち会いで公正なじゃんけんで決まっており、勝者と敗者はまさに天国と地獄みたいな構図となる。

 

『お前たちは相変わらずいい耳をしている。同行くらいは許可しよう』

 

 提督の優しい声のあと、すぐに艦娘たちの黄色い声が響き、それは賑やかに遠くなっていった。

 

「提督は相変わらず皆さんから愛されていますね」

 

 大和がしみじみとつぶやけば、残った龍田と多摩が同意するようにしみじみと頷く。

 

「提督は愛情をたっぷり注いでくれるからねぇ」

「愛を貰ったら返すのが普通にゃ」

「そうですね……では、大和たちも提督のために準備しちゃいましょう」

 

 こうして大和たちは完璧に提督の補佐をし、提督は晴れて定時で仕事を終えられた。

 なので目論見通り、大和たちは提督と共に夕飯まで過ごせ、幸せな1日を過ごせたそうな―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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