鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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鬼月提督は外出中。


鬼は不在時でも艦娘らを泣かす

 

「提督……提督がいないと力が出ません」

「早く帰って来てください……司令」

 

 鎮守府の正門前に立って待ち人である鬼月提督を呼ぶのは、榛名と霧島の双子姉妹。

 しかしこの場にいるのは彼女たちだけではない。

 姉妹以外にも多くの艦娘たちが集い、皆共に涙を流している。

 

 それは何故かというと―――

 

「方針会議なんて今の時代はテレビ会議にすればいいのに……」

 

 ―――提督は本日、総合部で開かれる方針会議に出席するため鎮守府を立って行ったあとだからだ。

 

 提督本人はまさか毎回笑顔で送り出してくれる艦娘たちが、こんなにも泣きながら自分の帰りを待っているなんて思っていないだろう。

 でも提督がいないと彼女たちはいつもこんな具合だ。

 

 鬼月提督の不在時、残された彼女たちは鎮守府近海のパトロール任務と基礎訓練しか役目を与えてもらっていない。

 遠征は行われているが鎮守府に残る全員が遠征任務に就けないし、提督がいない間の鎮守府を守るのも残された彼女たちの役目だ。

 しかし彼女たちは常々提督の役に立ちたいと強く強く思っている。

 

 パトロール隊に名を連ねることが出来た艦娘たちは既に意気揚々と近海へ向かった。

 提督の役に立てる、と皆の表情は誇らしかった。

 ただこれも遠征と同じく全員が就ける訳ではない。

 だからこそやることのない艦娘たちは制服の袖やハンカチを涙で濡らすのだ。

 

 その中パトロール隊は交代制なのでお鉢が回ってくる艦娘たちはまだ救いがある。

 救いすら無いのは本日が有給休暇である上、鎮守府に提督がいないという不幸としか言えない状況下にいる艦娘たちだ。

 

 それが今正門で泣き、立ち尽くす榛名たちだ。

 榛名は地べたに両膝を突き、お天道様に向かって両手を合わせ、提督の速やかな帰還を願う。

 そんな榛名に倣うように他の面々もお天道様へ願っていた。傍から見ればちょっとおかしなオカルト教団みたいだが、幸い鎮守府付近は軍の管理下であるため辺りに近隣住民がいるということはない。

 

「榛名、それにみんなも、泣いていても司令は戻られません。なんとか己を奮い立たせましょう」

 

 ただ一人、泣いていても冷静な霧島が声をかけると、皆渋々といった具合で力無く立ち上がる。

 

「……提督にもう会えない……」

「そんなのやだぁ……」

「うぅ、提督に会いたい」

 

 ヒューストン、ルイージ・トレッリ改め伊504のごーちゃん、そして日進はまだハンカチで溢れてくる涙を拭っていた。

 鬼月提督と別れてまだほんの数分。だというのにこの有様だ。彼女たちからすれば『もう数分も提督が鎮守府から離れている』という由々しき事態。それだけ彼が艦娘たちから愛されている証拠だろう。

 もしも鬼月提督が誰にも何も言わずに鎮守府を出れば、ここの艦娘たちが血眼で捜索隊を編成して街に繰り出すか、提督が帰るまで延々と泣き尽くすだろう。

 

「はいはい、泣きたいのは私だって同じよ。でも泣いていても状況は変わらないわ」

「榛名たちは提督が留守の間を守るんです」

 

 霧島となんとか持ち直した榛名の言葉にヒューストンたちは涙を拭きながら、やっとの思いで頷いた。

 するとそこへ―――

 

「あ、皆さーん!」

「泣いてる暇はありませんよ」

 

 ―――明石と香取が大手を振ってやってくる。

 霧島と榛名はこうなると分かっていたから比較的すぐに立ち直ることが出来た。

 何故なら―――

 

「提督鬼LOVE講演会を始めますよ!」

「空いている皆さんはもう食堂に集まってますから」

 

 ―――こういうことだ。

 

 明石たちが言う『提督鬼LOVE講演会』……それは暇を持て余した艦娘たちが食堂に集まり、その都度講演者を務める艦娘と鬼月提督の思い出話を聞き、提督の素晴らしさを再認識するための催し物だ。

 なので提督がいないこの時にしか出来ない。

 

 ―――――――――

 

 食堂に到着すると既に多くの艦娘たちが着席しており、講演者が出てくる厨房口の方を向いていた。

 ヒューストンたちは運が良かったと言うのも変だが、これまで参加する機会が無かったので実は今回が初めての参加となる。

 よって今はどんな話が聞けるのか、わくわくしていた。

 

 すると厨房口から二人の艦娘が出てくる。

 今回、講演するのは天龍とまるゆのようだ。

 因みに講演者は毎回香取と鹿島が引くくじ引きによって決まる。

 

 二人の登場に観客たちは拍手を送った。

 天龍は古参の艦娘であるため鬼月提督との思い出は多い。一方でまるゆは今回初めて講演者という側に立つため、みんなはまるゆが鬼月提督とどのようなエピソードを話してくれるのか楽しみだった。

 だからヒューストンたちは期待で目を輝かせた。

 

 二人がみんなに向かって一礼したあとで用意された椅子に座ると、観客たちをゆっくりと見回す。

 

「おう、天龍だ。提督との話のネタは多いが、今回はちょっとオレ自身も恥ずかしいネタを話そうと思う。だからあまり言い触らすなよ?」

 

 その挨拶に観客たちは笑い交じりに拍手を送った。

 拍手が徐々に小さくなっていくと、今度はまるゆが緊張気味に口を開く。

 

「ま、まるゆです。こんにちは。まるゆは初めてなので、天龍さんみたいに上手に話せないかもしれません。でもでも、まるゆにとってはとても素敵な思い出なので、是非皆さんに聞いて欲しいです!」

 

 まるゆの挨拶が終わるとみんなは温かい拍手をまるゆへ送った。

 そして拍手が終わると、とうとう始まる。

 天龍がゆっくりとその口を開いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 他の奴らから聞いてるかもしれねぇが、オレって粋がってたくせに提督の覇気で押し黙ったんだ。

 着任して、提督に軽巡だからって舐められないように意気揚々と他のみんなと執務室で待つ提督に顔合わせに行った時にさ。

 いやぁ、マジでヤバかったかんな。執務机の前に提督が堂々と直立不動でオレらのこと待ってたんだ。

 手は後ろで組んで、オレらが整列するのをただ黙って見てたんだけどよ……その視線がめちゃめちゃ怖かったんだよ!

 だから殆どの奴らがビビってた。ブレなかったのは金剛と赤城、加賀、それと高雄と妙高だな。金剛なんて元々があんな性格だからあの視線に惚れたっぽい。

 

 とまあ、マジで『フフ、怖いか?』なんて冗談言える空気じゃなかったんだよ。明らかに提督の方が怖かったしな!

 んで、そのあとめっちゃ龍田のやつに『いつものイキリムーブどうしたのぉ?』って煽られた。

 

 顔合わせが終わったら歓迎会してくれたし、電らがめちゃめちゃ勧めてくる玉子焼きもすっげー美味かったんだよなぁ。

 んで『提督って料理の才能あるじゃねぇか!』って言ったら、鼻で笑って―――

 

『その笑顔が見れて嬉しく思う』

 

 ―――なんて言われたんだよ!

 それがもうチョーカッコ良かったんだよ!

 分かるか? 初っ端でめっちゃ怖かったのに、小さく笑う大人の魅力っつうか……いぶし銀っつうか。

 だから『あ、なんかここで上手くやっていけそうだな』って本当に思えたんだ。

 

 それは次の日になってすぐに確信に変わった。

 だってオレに『死ぬまで戦う時は今じゃないからな』って出撃する際に必ず耳打ちしてきたんだよ。

 最初は龍田のやつが余計な気ぃ回して提督に言ったのかと思ったけど、提督が事前にオレらがどんな艦娘なのか調べてたらしい。

 でもオレも素直じゃねぇからさ。死ぬまで戦わせてくれって思ったんだ。

 そしたらさ―――

 

『お前のその心意気は買っている。ならばその心意気を生きたまま仲間たちに見せてやれ。そうすることで自然と士気が上がるものだ』

 

 ―――って言ってくれたんだよ。

 敵わねえなぁってつくづく思った。んで、先に着任してた電たちに負けないように練度を上げて、ずっとみんなと提督の下にいれるように頑張ろうって誓ったんだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「とまあ、今回はこんな感じだな。おい、神通笑うな。お前が初めて大破した時に提督からお姫様抱っこで運ばれて乙女乙女してたの知ってんだかな?」

 

 天龍のリークに神通が悲鳴のような声をあげると、食堂は笑い声に包まれる。

 神通と天龍はあの時から今でも自己訓練を共にする戦友。なのでこれも仲間同士の戯れである。

 

 一方でヒューストンたちは天龍から聞かせてもらった提督とのエピソードが温かくて胸がポカポカした。

 

 続いて話すのはまるゆ。

 明らかに緊張しているまるゆではあるが、みんなから『自分のタイミングで』と優しい言葉をもらえて、深呼吸してからゆっくりと思い出すように語り出す。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 皆さんもご存知の通り、まるゆは陸軍出身です。

 今は前と違って陸軍も海軍も仲良しなので、まるゆは戦闘も潜水も得意じゃないけどこうして海軍の皆さんと共に戦わせてもらえてます。

 戦うと言ってもまるゆは囮役なんですが、それをとても誇りに思ってます!

 それはなんと言っても鬼月隊長がまるゆを褒めてくれるからなんです!

 

 着任したばかりのまるゆは戦闘力も無くて……実はこの鎮守府に着任する前に二つの鎮守府に着任し、除隊されていました。

 それもこれもまるゆが弱かったからなんです。

 ここでも失望されたり、信頼を失うのが怖かった。

 でもでも、鬼月隊長は―――

 

『これから俺はお前に一番辛い任務を与えることになる。だが、沈めたりはしない。艦隊みんなのためにお前の力を貸してほしい』

 

 ―――って言ってくれたんです!

 

 まるゆはそれが嬉しくて……思わず泣いちゃいました。

 あとあと、隊長ってまるゆが呼ぶと前の部隊の頃を思い出すって優しく笑ってくれます。えへへ。

 

 それから囮役になって、何度も何度も中破大破しました。

 でも鬼月隊長はすぐに直してくれるし、大破したらお休みをくれますし、また次の機会をくれるんです。

 まるゆが囮役になった作戦でご一緒した艦娘の方々からはまるゆのお陰でMVP取れたよって感謝されて……弱いのに隊長のお陰で皆さんのお役に立てて、誇りを持ってここにいられるんだと思います。

 

 それに、あの……鬼月隊長は良く肩車とか高い高いをしてくれて、それがまるゆは本当に嬉しいんです。鬼月隊長にとってまるゆは娘みたいな感覚なのかもしれませんけど、まるゆはそんな鬼月隊長のことが世界で一番大好きなんです。

 優しいのに、ちょっぴり怖くて、甘やかしてくれて……こんなに素敵な方の艦隊にいられることがこの上ない喜びなんです!

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「…………あう、自分で言ってて恥ずかしくなってきちゃいました……なんだか皆さんの前で鬼月隊長に告白してるみたいになっちゃった」

 

 自分の話を終えたあとで恥ずかしそうに桜色に染まる両頬を手で押さえるまるゆ。

 しかし聞いていたみんなはそんな彼女に今日一番の拍手を送った。

 

 まるゆが着任してから、鎮守府では必ずまるゆと組んで鎮守府近海へ出撃する。

 鎮守府近海は敵駆逐艦が現れるため、着任したばかりの艦娘にとってはいい実戦になるのだ。

 そこにまるゆがいることでまるゆが敵のヘイトを集め、新人の艦娘は攻撃に専念出来る。

 今この場にいる多くの艦娘たちも実はまるゆのお陰で実戦経験値を得た。なので彼女たちにとってまるゆは危険な任務を黙々と遂行する大先輩である。

 鎮守府に所属する艦娘たち全員に『もっとも艦隊に貢献している艦娘は誰か?』というアンケートを青葉が実施した際、まるゆ本人以外が『まるゆ』と回答した程だ。因みにまるゆ本人の回答は『まるゆ以外の皆さん』という謙虚の塊みたいな回答だったとか。

 

 よってまるゆのことを艦娘たちは心から尊敬していて、まるゆもまるゆで艦娘たちを尊敬しているという理想的な関係なのである。

 

 艦娘たちの中にはMVPを取れた際に鬼月提督から手渡されるMVPメダルを贈られた際に『自分の初めてのMVPはまるゆのお陰だから』とまるゆに渡す者もいるくらいだ。MVPメダルとは提督がこのために特注している500円玉サイズのチタン製シルバーメダルで、表にはMVPと日時が彫られ、裏には『鬼月艦隊』という文字が浮かんでいる。

 まるゆもまるゆでそれにはとても恐縮してしまっているが、結局まるゆが折れる形でいつも押し切られて渡されてしまい、部屋の壁には貰ったMVPメダルが飾られた額縁がいくつも飾られている。因みにメダルの下にはちゃんと譲ってくれた艦娘の名前も書いてある。

 

 でも実はちゃんとまるゆにも鬼月提督から毎月の最終日にMVPメダルが贈られていたりする。

 囮役を引き受けるまるゆに贈るそのメダルはみんなに贈るメダルと同じ素材とカラーだが、ふた周り大きなサイズなのだ。それだけ鬼月提督もまるゆの働きに感謝していることが分かるし、まるゆもそれを誇りに思っている。

 

 まるゆのエピソードは短いものではあったが、その中に込められた鬼月提督への想いに聞いていたみんなは温かい気持ちで胸がいっぱいになった。

 

「はぁ、素敵なお話が聞けたわ……」

 

 ヒューストンがほぅとしながら零すと、ごーちゃんも日進もうんうん頷く。

 

「講演はこれで終わりだけど、これからが本番よ」

「これからは集まったみんなで提督と自分だけのお話の交換会をするんですよ」

 

 霧島と榛名が三人へそう言うと、三人はつい自分たちが持つ鬼月提督とのエピソードを思い出して破顔した。

 それを見て榛名たちは『これはいい話が聞けそう』と揃ってニンマリとしてしまう。

 しかしそれはこの場にいる全員が同じ気持ちであるため、誰も注意する者はいないのだ。

 

 ―――――――――

 

 それから時は過ぎて、日も傾き、夕方となった。

 鎮守府から最寄りのバス停に着いたバスから降りた鬼月提督は今回も両手に大量の手提げ袋を下げている。

 今回は最近繁華街で流行っているカスタードクリームが入った饅頭をお土産に買った。

 提督の隣に立つ高雄も手提げ袋をいくつか下げているが、手には秘書艦特権で鬼月提督から買って貰ったキャラメル生クリームどら焼きを持ち、ハムスターのようにモヒモヒしている。

 

「美味いか?」

「ごくん……はい、とっても」

「高雄はどら焼きに目がないからな。俺も見つけた瞬間、高雄なら買ってほしいとねだってくると思ったんだ」

「どら焼きって美味しいじゃないですか……」

「ああ、お前が食べてるところを見てるとつくづくそう思うよ」

「…………もう♡」

 

 照れ隠しに高雄はまたどら焼きを頬張った。好きなキャラメルソースと生クリームがどら焼きの皮に絶妙に合い、口の中を幸せにしてくれる。しかし隣から優しい視線を感じながらだと、その甘さもつい薄れてしまう。好きな男性から見つめられているのだから仕方ないのかもしれない。

 

「それにしても、今日も沙羅提督は優しかったな。本当に不思議な女性だ」

「ふふふ、良かったですね。提督」

「良かったのか?」

「嬉しくありませんか?」

「……この気持ちは……多分嬉しい、と思う」

「ならばそれでいいではありませんか。私、豊島提督好きですよ。真っ直ぐな方で」

(下心もだだ漏れで見ていて飽きません。言いませんけど)

「そうか……彼女はいい人間だ。そんな彼女と友人になれたのは喜ばしいよ」

 

 小さく口の端を上げて言う鬼月提督を見た高雄は『豊島提督頑張ってください!』と心からエールを送った。

 

 ―――

 

 雑談しつつ鎮守府へ向かって歩き、高雄がどら焼きの最後の一口を食べ終えたところで鎮守府の方角から『愛国行進曲』を歌う艦娘たちの歌声が聞こえてきた。

 

「あいつらはまた……」

「ふふふ、提督の帰還が嬉しいんですよ」

 

 鬼月提督はやれやれと肩をすくませるも、表情は笑っている。

 毎回外出から帰る際には出迎えてくれる艦娘たちが、この歌を歌う。何故なら鬼月提督が好きな歌で、実は提督本人は気付いてないが調子がいい時は毎回口ずさんでいるのだ。

 だから艦娘たちは鬼月提督をこの歌で出迎える。

 そうすれば提督もそれに応えるように歌って帰ってくるのだ。

 

 歌いながら鬼月提督が鎮守府の正門を潜ると、歌は一段と大きくなり、歌いながら待っていた娘勢たちが提督へ抱きつき、提督はもみくちゃにされる。

 でもこれがこの鎮守府の日常。その中には拙い日本語でも一生懸命歌うヒューストンとごーちゃんもいて、日進に至ってはハンカチで大粒の涙を拭いていたという―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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