鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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鬼の気まぐれ

 

 鎮守府の朝は早い。

 しかし鬼月提督が本日も有り余る有給休暇を消化するため、鎮守府の朝はとても穏やかである。

 

 だというのに今日は少々賑やかな声が鎮守府中に響いていた。

 何故なら提督が時間を有効活用したい、と思い日頃泣かせてしまうことが多い艦娘たちへのお詫びとして彼女たちの髪を整えてあげよう、と考えて前の日に希望者は長官官舎へ来るように知らせておいたからだ。

 

 提督は己を過小評価している。

 よって来る者は少ないだろうと思っていた。

 しかし―――

 

「まさか全員来るとは思わなんだ……」

 

 ―――結果は全艦娘が早朝から官舎前に並んでいた。

 一番最初に並んでいたのはまさかの艦隊屈指のダウナー娘こと初雪であり、夜更かしゲームも我慢して早寝した結果だったという。因みに二番は寝ずにやってきた若葉で、三番は運良く早く目が覚めた雪風だった。

 その光景はまるで何かの祭りのようで青葉と衣笠は明日の新聞の一面に載せるために初雪たちへインタビューしたり、その光景を写真撮影したりしていて、明石はワゴンに乗せた飲み物を並んでる者たちに配り、間宮と伊良湖は朝食としておにぎりやサンドイッチを配り歩いていた程。当然彼女たちもやることを終えると提督に髪を整えてもらった。

 

 よって提督は朝六時から四時間掛けて艦娘たちの髪を丁寧に櫛で梳いたり、結ったり、編んだりと普段とは違う忙しい朝を過ごし、彼女たちの世話を焼くことになったのだ。

 今は最後の高雄型姉妹の番で、鳥海の髪を櫛で丁寧に梳いているところ。

 

「司令官さんは自覚が足りないんですよ。私たちは司令官さんのことこんなに大好きなのに〜」

 

 先の提督の吐露した本音に鳥海が口を尖らせて告げるが、提督は提督で「しかし本当に全員来るとは想像してなかったぞ」と苦笑い。

 しかし仕方ない。ここにいる艦娘はみんな提督LOVEなのだから。そんな想いを寄せる相手が髪を整えてくれるというのなら、何を差し置いてでも馳せ参じるのが戦に身を投じる乙女である。

 

「大体よ〜、お前いっつもネガティブに捉え過ぎなんだよ。そういうのウザいって、マジで」

 

 摩耶の歯に衣着せぬ物言いに提督は「うぐっ」と怯んだ。

 透かさず愛宕が「こ〜ら、摩耶ちゃん」と嗜めたが、それは言葉遣いであって摩耶の言ったことには何も言わなかった。

 

「……どうしてお前たちはそんなにも俺のことを、その……慕ってくれるんだ? 日頃からあれだけ泣かしているというのに……」

「確かに私たちは全員、提督に一度は必ず泣かされてるわね〜」

「でもその殆どは嬉し涙です。司令官さんから頂く安心感や真心による涙ですよ」

 

 愛宕、鳥海と言葉を返すと、提督は「そうなのか」とつぶやくように言う。

 

「つか、美容師でもないどうでもいい男にアタシらが髪触らせる訳ねぇだろ。みんな提督のことが好きで、そんな提督がわざわざアタシらのこと考えてしてくれるって言うからみんな早朝から並んだんだぜ?」

「摩耶の言う通りです。現に皆さん、提督に髪を整えてもらえたら喜んでいたでしょう?」

「…………確かにそうだ」

 

 摩耶と高雄に言われ、思い返し、納得する提督。

 更に今目の前では証拠とばかりに椅子へ座らせて髪を梳かれている鳥海が艦娘たちの中でも大人びている方なのに、嬉しそうに鼻歌を歌いながらお行儀は良くないが両足をピコピコと揺らしている。

 なので提督はホッと安堵の息を吐くのだった。当然、その様子を見て高雄も愛宕も摩耶も肩を竦ませるが、今に始まったことでもないので何も言わなかった。

 

 ―――

 

 鳥海の番が終わると今度は摩耶が「次はアタシな♪」と椅子に座る。

 摩耶は男勝りな艦娘であるが、性根のとこはやはり女の子。何故なら髪の手入れが鳥海よりも行き届いているのが一目瞭然だったからだ。

 

「摩耶は髪の手入れは良くするのか?」

 

 櫛を入れるとすんなり通る髪を見て提督が訊ねると、摩耶はどこか勝ち誇ったように笑い声を漏らす。

 

「へへっ、まあな♪ 短いから手入れしやすいってのもあるけどさ、やっぱちゃんと提督って分かってくれるじゃんか。だから毎回欠かさずやってんだぜ?」

「お前は口調や仕草が少々乱暴なだけで、ちゃんとした乙女だからな。良く恋愛小説読んで泣いているのを見れば、分かってくる」

「うるせー。感動したら泣くだろ、フツー」

「だから乙女なんだなってつくづく思うんだよ」

「へへ、そっか」

 

 自分が姉たちや妹のように女らしくないのは摩耶も理解している。しかし提督がちゃんとそんな自分にも紳士的に接してくれるから、摩耶は性格や口調は直せなくても身嗜みくらいはしっかりしようと自ずと注意するようになった。これでも着任当初はミニスカートなのに胡座を掻いたり、椅子に座って脚を閉じなかったりしていたが、その都度提督からやんわりと注意されてきたことで、今ではそんなこともしなくなっている。

 

「なあなあ、リクエストしてもいいか?」

「どうした?」

「手櫛でやってくんね? アタシ直毛だから手櫛の方が早く済むんだ」

「手入れなのだから櫛の方がいいだろう?」

「ったく、1から10まで言わねぇと通じねぇのな、お前って。提督に手櫛されたいって言ってんだよ。好きな人に自慢の髪をもっと触って欲しいから」

「……おい」

「んだよ。別にやましいことじゃねぇじゃん。今すぐ抱いてくれっていうリクエストと髪をめちゃくちゃに愛してくれっていうリクエストならどっちがハードル低いよ?」

「言い方っ」

「逃げんな」

「……手櫛をさせてもらうぞ」

「ちぇ、抱いてくんねぇのかよ」

 

 ブーブーと文句を言う摩耶だが、提督は聞こえない振りをして摩耶の髪にそっと指を入れた。

 

「あっ」

「すまん、痛かったか?」

「い、いや別に……ゾクッてした、だけ」

「? 風邪か?」

「……お前ってホントそうだよなぁ。まあ前からだけどさ」

「?????」

 

 困惑する提督だが、摩耶も高雄たちも可笑しそうに笑う。

 実は摩耶は髪の毛が感じやすい。厳密には髪の毛に神経は無いので毛根の下にある神経が刺激されているのだが、摩耶はそこが敏感なのだ。

 なので大好きな提督に手櫛されることでつい声を漏らしてしまった。なのに提督はそんなことも露知らず、相変わらずの鬼節をかます。これはもう高雄たちからすれば笑うしかないのだ。あまりにも愛おしくて。

 

 ―――

 

 提督から丁寧に手櫛で解された摩耶は夢見心地でソファーへ移ると、へにゃへにゃと腰を下ろして天井を見上げる。

 ぽやぁとしながら「最高だったぜ……」とつぶやく程に。

 提督はそんな摩耶に首を傾げたが、愛宕が「お願いするわね♪」と椅子に座ったので気を取り直した。

 

「私ちょっと癖っ毛なのよねぇ。だからゆっくり、愛情深くしてね?」

「言い方が気になるが、善処する」

「痛くしちゃイヤよ?」

「善処する」

「でも初めては痛いのよね?」

「何の話だ」

「何の話だと思う〜?」

 

 クスクスと笑いながら愛宕が訊ねると、提督は「知らん」と返しながら癖っ毛の艦娘のために今回用意した椿油を使って髪を引っ掛けないように慎重に通していく。

 

「あら、良い香り。これ提督も使ってるの?」

「式典とかに出席する場合は身嗜みとして使ってはいるが、普段からは使わんな。グリースは普段から愛用している」

「提督はオールバックだものね〜。今は普通に前髪流してるけど、普段とのギャップがあっていいわ♪」

「そうか?」

「ええ♪」

 

 愛宕が満面の笑みで返せば、高雄にも鳥海にも『今の髪型も素敵ですよ』と言われ提督は照れ隠しに咳払いした。

 しかし、そんな仕草も高雄たちからすれば可愛らしいことこの上ない。

 よって余計に笑みを深められてしまった。

 

「まあ、俺なんかのことはどうでもいい。この椿油が気に入ったなら明石に入荷するよう頼んでおくぞ」

「ならお願いするわ〜♪」

 

 愛宕が嬉しそうに頷いて返す。それに提督も頷いて、愛宕の愛のあるからかいを受け流しながら彼女の髪を整えるのだった。

 

 ―――

 

「すまんな、遅くなって」

「いえ、最後の方があとも支えてませんからゆっくりお相手してくれるじゃないですか。打算によるものなのでお気遣いなく」

「相変わらずハッキリと言うな」

 

 最後に高雄の番になったが、提督と高雄は普段と変わらぬやり取りを始める。

 高雄は着任した当初から提督に物怖じせず接してきた、提督として嬉しい存在。

 秘書艦に任命して共に過ごす時間が特に長くなった二人の様子は、愛宕たちから見れば熟年夫婦の様だ。

 

「全員ともなると時間が掛かるが、皆が嬉しそうにしてくれるのは俺も気分がいい」

「それは良かったです。でも、有給休暇の度にしないようにしてくださいね?」

「何故だ?」

 

 まさに次の有給休暇でもやろうと考えていた提督が釘を刺してきた高雄に問う。

 

「有給休暇の意味が無くなるからですよ。毎回毎回何時間もだなんて。私たちは嬉しい反面、提督がちゃんと休まれてないことを気にし、して欲しいけれど行かないようになりますよ」

 

 高雄から返ってきた返答に提督は「むぅ」と呻る。自分は疲れてないからいいじゃないか、と言い返したいのは山々だが言ったところで聞き入れてもらえらないことが明白。だから高雄の頭皮をマッサージするついでに抗議として手のスナップを少々強めにした。

 

「ひゃぁ、提督、何をするんですか!?」

 

 抗議する高雄だが頭が揺れているせいで、まるで宇宙人のモノマネみたいに声が震えてしまっている。

 よって提督が「宇宙人タカーオ」と言い出し、愛宕たちは盛大にお腹を抱えて笑った。

 高雄は猛抗議するも、やはり何を言っても声が強制的に震えるので寧ろ笑いを誘うばかり。提督も面白くなって、終いには高雄の顎を手で振動させて遊び出す。

 

「あうあうあうあうあうっ!?」

 

「あっはっはっ、高雄姉がオットセイになった〜!」

「高雄姉さん、お手手叩いてください♪」

「高雄〜、最高よ〜♪」

「たまにはこんなのもいいもんだな」

 

 笑い過ぎてひいひい言う摩耶、変な指示をし出す鳥海、スマホで動画撮影する愛宕、そしてとてもご機嫌な鬼。

 でもやられている高雄はそれ以上大人しくされるがままではおらず、椅子から立ち上がって逃げてしまった。

 

「もうっ、みんなしてっ。バカめ、と言って差し上げますわっ!」

 

 そう言い、両頬に食べ物を詰め込んだハムスターのようにしてプイッとそっぽを向く高雄。

 愛宕たちからすれば普段の凛々しい姉の女児のような可愛い抗議に微笑ましくなるが、提督だけは「いや、すまなかった」とちゃんと謝罪した。

 

「やー、ですっ。私で遊んだ方の謝罪なんて受け入れられませんっ」

 

「お詫びに好きなだけどら焼きを奢るぞ」

 

「……それで許すのは未来から来た猫型ロボットくらいです」

 

「何種類でも好きなだけ、だぞ?」

 

「…………キャラメルフラペチーノも追加で手を打ちましょう」

 

「ではそれで」

 

 交渉が成立(?)すると高雄は気を取り直して椅子に座り直す。

 愛宕たちからすれば『姉がチョロ過ぎて心配』と言ったところだが、ここの高雄は鬼月提督にしか付いて行かない賢い子である。

 

「ふぅ、提督が急に少年になってしまったから髪がぐちゃぐちゃです」

「すまんすまん。きっちり整えてやる」

「そうでないと困ります」

 

 男はいつまで経っても少年の心を忘れない……それは大変いいことであるかもしれないが、高雄としてはやられっ放しは軍艦としての心が良しとしない。

 なので―――

 

「私たちに悪戯するのはまだいいですが、豊島提督にはしないでくださいね?」

 

 ―――最近出来た提督のウィークポイントを的確に狙い撃つ。

 

「しないさ。そもそもどうしてそこで沙羅提督が出てくる?」

「だって提督が今一番気になる女性ですよね?」

「……否定はしない」

 

 ひゅっと微かに息を呑んだ提督に高雄はにやっとした。あの鬼がこんなにも可愛い反応をするのだから、お姫様効果は絶大と言えよう。

 愛宕たちもこの提督の反応には『おぉ』と内心感心し、やっと提督にも想い人が出来たのか、と嬉しくなった。

 

「提督〜、豊島提督のどこが好きなの〜?」

「二人の馴れ初め話はよ」

「想いは告げないといけませんよ、司令官さん」

 

 故に愛宕も摩耶も鳥海もそれぞれ口を開く。

 

「や、優しいところと、屈託ない笑顔だ」

「ぱんぱかぱーん♪」

 

「馴れ初めを話す程のことはない」

「ちぇ……まあいいや。今度その豊島提督が演習でこっちに来たら聞くからよ」

 

「想いと言われても、自分でもまだ気持ちの整理がつかんのだ」

「時間なんて掛けても、こういうことは進展しないと思いますよ?」

 

 律義に答える提督も提督だが、特に鳥海の返しには流石の提督も困惑の色を見せた。

 提督も恋愛経験は少なからずある。そして確かに自分の心が彼女の方へ向いている自覚もあった。

 でもこれが友愛なのか、恋愛なのか、いまいちハッキリ出来ていないのも事実。

 彼女との交換日記で彼女に対して好感度は確かに高くなっている。自分とは正反対でいつも己に自信を持ち、凛としている彼女をとても尊敬し、自分よりも年下なのに憧れだ。

 

 提督も鳥海の言いたいことは分かっている。

 時間を掛けたところで自分から何か行動しないと物事は良い方にも悪い方にも動かないのだから。

 しかしだからといって、自分がどう行動したらいいのかも分からない。

 

「……自分でも本当にどうしたいのか分からないんだ。色んな感情がごちゃごちゃとして」

「提督はネガティブですからね」

「『俺といると迷惑を掛けてしまう』……とか思ってそうよね〜」

「…………」

「迷惑なんて人間生きてるだけで掛けてるもんだろ。それより提督が豊島提督とどうなりたいとか、豊島提督が提督をどう思ってるのかの方が大切だとアタシは思うけど?」

「……どうなりたい、か……」

「今は悩んでいいと思います。でもあまり長い期間はおすすめしません。今は戦時中。提督は直接前線に赴くことはありませんが、どうなるかなんて誰にも分かりませんから」

「確かにそうだ」

 

 高雄たちに言われ、提督はうーんと顎に手をあてて呻る。

 一方、高雄たちは『提督(司令官さん)らしい』と苦笑いした。

 しかし応援こそすれ、決して悩ませたい訳ではない。

 寧ろ豊島提督であれば自分たちは安心して彼を任せられる。提督みたいな人間こそ幸せになってほしいから。ならばあれだけ提督へ好意剥き出しで、でもちゃんと引くべきとこは引ける彼女が上手いこと提督と愛を育んでくれるだろう。

 それに豊島提督とは高雄だけでなく愛宕たちも何度か話したことがあり、ガッチガチのお堅いお嬢様ではなくかなりエッジの効いたお嬢様だと知っている。取り繕う人間より、ちゃんと素の自分を出してくれる人間の方が一緒にいて心地良い。

 

「私たちは提督の幸せを願っています。提督が私たちの幸せをいつも願ってくれているように」

「だから自分から幸せを手放すような決断だけはしないでね。もしそんな決断をしたら提督の頭をぱんぱかぱーんってしちゃうから!」

「愛宕姉が言うと怖ぇ……まあ、提督も自分の幸せをたまには考えろよ。常日頃、人のことばかり考えてんだからさ」

「摩耶の言う通りですよ。これまでずっと人のために行動してきたんですから、自分のことを考えても文句を言う人なんていませんよ」

 

「…………ありがとうな、お前たち」

 

 高雄たちひとりひとりから温かい言葉を掛けてもらい、提督は今日一番の笑みを浮かべた。

 それからは提督もどこか吹っ切れたようで、張り切って高雄の髪を整え、夜は夜で中庭に艦娘も妖精も全員呼び出してバーベキューパーティをゲリラで開催するのだった―――。




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