鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

25 / 30
鬼提督は今日も艦娘らを嬉し泣きさせる

 

 愛菜との一件があってから早1ヶ月が経過した。

 実刑判決が出た間島愛菜はこれまでの功績により不名誉除隊とまではいかなったものの、私欲で泊地を混乱に陥れたとして除名処分となった。加えて鬼月仁への接近禁止命令が出された。

 鬼月は可愛がっていた後輩がしてきたことに大変悲しんだが、自身の鈍感な部分も今回の一因であるため深く後悔した。

 しかし恋人の沙羅や彼の艦娘たちと、多くの味方がいたことで鬼月も後悔ばかりではなく今は前を向く。

 

 当然、総合部副部長であった愛菜が除名ということでその座は空席となる。大本営としては元から総合部部長の座に推していた鬼月に白羽の矢を立てたが、こちらも当然の如く首を縦に振ることがなかった。

 かと言って他に条件を満たせる者がいないのも事実。それだけ鬼月仁という男は唯一無二の軍人として、大本営側から頼られる存在となっている。

 なので大本営は特例措置として鬼月提督の意見を汲み、鎮守府でこれまで通り提督として艦隊を指揮すると共に、名前だけでも副部長の座に就くよう命じた。

 鬼月提督本人はかなり渋ったが、藤堂をはじめとする多くの協力者のあと押しでその任を承ることにした。

 これにはこれまで鬼月提督を不当に評価していた者たちの贖罪意識もあり、自分たちが全面バックアップするからと藤堂に嘆願書を提出したことで今の体制が成立したのである。

 彼ら糾弾派は愛菜の失脚後、真実を知ったことで自分らの過ちを認めて鬼月提督に頭を下げた。藤堂からすればそれすらも生ぬるいと思ったが、被害に遭った鬼月提督本人が『誤解が解けただけで十分だ』と言うのでこれ以上を求めることがなかったのだ。

 ただし鬼月提督を拘束しようとした者たちは無期限の謹慎処分。これは本人たちが藤堂に申し出た次第で、謹慎明けはしっかりと是々非々で物事を見ることだろう。

 

 そうした事柄もかなり重大な出来事であるが、鬼月提督にはもう一つ重大な事柄があった。

 それは恋人、豊島沙羅との婚約である。

 恋人となってからあまり日を置かずという、かなり急な沙羅提督からの求婚の申し出であったため鬼月提督も困惑したが、沙羅提督が恋人になったその日から着実に外堀を埋め、あとは彼が頷いてサインと印をするだけまでに仕上げてしまったことで実現したスピード婚だ。

 

 そして今日はそんな沙羅提督が自分たちの結婚式の日取りやこれから自分たちの艦隊のことを話し合うついでに、鬼月提督の鎮守府まで演習へ出向いて来ている。

 

「…………どういうことだ、これは?」

 

 なのにそんな彼女を連れてやってきた明石の酒保で、鬼月提督は今目の前の光景に絶賛困惑中。

 

「あらまあ、早いですわね」

 

 対して沙羅提督はいつも通りの澄まし顔。いや澄ましているというよりは知っていた風である。

 そもそも何故明石の酒保へ二人がやってきたのか、といえば鬼月提督が此度の茶菓子を切らしていて買いに行くと言い、沙羅提督は片時も離れたくないからと付いてきたということだ。

 因みに二人の後ろに控えている二人の秘書艦高雄らの表情は、笑っている。

 鬼月提督の高雄はしたり顔で、沙羅提督の高雄はにんまり顔。

 

 何がこんなにも鬼月提督を困惑させているのか。

 それはいつも明石が構えるカウンターレジのその隣に―――

 

 

 

 

 

 大量のケッコンカッコカリ指輪

 

 

 

 

 

 ―――が陳列されていたからだ。

 

 鬼月提督自身、誰かにケッコンカッコカリの指輪を渡そう等とは考えていない。

 そもそもケッコンカッコカリの指輪は明石に予約を入れ、明石が大本営へ申請し、大本営から届けられるといった流れで酒保に届くのだ。

 それが今、目の前にある。しかも大量に。

 

「あ、提督! いらっしゃいませ! 豊島提督……ではないですね。ええと、沙羅提督もようこそ!」

 

 鬼月提督が呆けている最中、レジ奥の倉庫から出て来た明石。

 しかもその手にするカゴにはまたも大量の指輪の箱が入っている。

 

「…………明石よ、これを説明してくれるか?」

 

「え、私何かしました?」

 

「現在進行でな。それは一体何のために仕入れた?」

 

「それって……ああ、ケッコンカッコカリの指輪ですね! 大丈夫です! ちゃんとここにいる艦娘全員分有りますからっ!」

 

 も、勿論私、明石との分も……でへへ―――なんて明石は頬を桜色に染めて、照れたように両手でその頬を押さえた。

 違う、そうじゃない。と鬼月提督はこめかみを押さえたが―――

 

「私から明石さんに頼んでおいたんですよ、仁様」

 

 ―――沙羅提督の言葉に目を見開く。どういうことだ、と。

 

「そんなに見つめないでくださいまし。照れてしまいますわ……ふぅ」

「いや、そういうことではない。説明してくれないか? 出来れば分かりやすく」

「そうですわね。仁様、私ともこうして特別な縁を結ばれたのですから、今度は彼女たちとも縁を結んであげて欲しいのです」

 

 真っ直ぐに目を見て言う沙羅提督に鬼月提督は「しかしだな……」と歯切れの悪い言葉を零す。

 しかし沙羅提督も彼がこうした反応をするのは把握済。そもそもケッコンカッコカリは普通ならば提督側が艦娘に贈ろうと強く望むものだが、ここはその逆で艦娘たちがこの鬼月提督とケッコンカッコカリをしたがっている。

 よって艦娘たちは話し合い、全員一致で高雄がその代表として沙羅提督に相談したのだ。その結果がこの大量のケッコンカッコカリの指輪である。

 

「仁様の艦隊の子たちはみんなして私に、縋る思いで相談されました。みんな、仁様と特別な縁を結びたい……そう強く願っていますの。でしたら私が出来ることは段取りを整えてあげることですわ」

 

 ふふんと得意気に鼻を鳴らす沙羅提督。

 対して鬼月提督は「ああ、もう……」と天を仰ぐ。

 

「提督、沙羅提督は悪くありません。これは私たち、提督の艦娘たち全員で考え、行動した結果なんです」

「高雄……」

「愛しているんです。私も、艦隊の皆さんも、鬼月提督のことを……愛しているんです、心から」

「…………」

「沙羅提督という素晴らしい奥様をお迎えする提督なのですから、もう私たちの好意を断ることなんて出来ませんよね?」

「……本気なんだな?」

 

 鬼月提督の問いに彼の高雄はハッキリと頷いて返した。

 すると明石は大粒の涙を流してその場に崩れ落ちる。

 鬼月提督はすかさず駆け寄って「嫌なら断っていい」と言ったが、明石は違うと頭を振った。

 

「仁様、人は嬉しくても泣くのですよ?」

 

 そっと寄り添ってきた沙羅提督の言葉に鬼月提督は「そう、だが……」と、まだ明石の涙が嬉し涙だと信じ切れない。

 しかし―――

 

 

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドド!

 

 

 

 

 

 ―――地響きと共に鬼月提督の不安は海の水平線へと吹っ飛んだ。

 

『私たちはあなたを愛していますーっ!』

 

 酒保の前に勢揃いした鬼月艦隊の艦娘たち。

 皆その目から涙を流しているが、彼女たちの表情は今の快晴の青空のように澄み切っている。

 どうして知れ渡ったのか鬼月提督は分からない。

 高雄の戦闘用ライブカメラが今この瞬間さえも捉えていることなんて知らないから。

 

「お前たち……」

 

「提督、皆さん、提督を愛しています。ですから、私たちとケッコンカッコカリをしてください」

 

 高雄のとどめの一言に鬼月提督はまた天を仰ぐ。

 しかしまた彼女たちへ戻した瞳に、もう困惑の色は無く、強い決意の色があった。

 

 その日、鬼月提督の艦娘たち全員が涙で頬を濡らし、眩い笑顔を浮かべていた。

 

 ―――――――――

 

 所変わり、鬼月家邸宅の来客室。

 そこには当主鬼月義仁とその妻八重、そして諜報機関"花"の長が優雅に茶を飲んでいる。

 

「まさかそちらの娘さんとうちの息子が懇ろだったとは……だからあの時花が動いたということですかな?」

 

 義仁の言葉に花の長は口端を上げて「ええ」とだけ答えた。

 

「それにしても仁も隅に置けないわね。ストーカーされるくらいモテるだなんて」

 

 対して八重は呑気なことを言う。しかし仮にも此度の一件で仁の身に何かしらあったのなら、この母はその相手にどんな手を使ってでも報復しただろう。穏やかな人は一度怒らせると手に負えないのだ。

 

「八重、そういう言い方はよせ。仁の気持ちを考えろ」

「それもそうね。でも仁はもう大丈夫よ。この前の婚約報告の際は幸せそうだったじゃない」

「そうだな……本当に沙羅さんには感謝しかない。豊島殿、これからもよろしく頼みます」

 

「花は大体的には動かしませんが、二人の安全は影が常に確保していきます。いずれ産まれる二人の子の安全もまた同じように」

 

「お互い、孫の顔を見れる日が待ち遠しいですな」

「二人には頑張ってもらわないとね。義のとこも桜のとこも一人しか授からなかったから、仁にはその分頑張ってもらわないと! ああ、今度こそおばあちゃまって呼ばせるわ!」

「いや、頑張るのは主に嫁さんである沙羅さんの方じゃないか? 男の方が言うのもアレだが、出産は大変だろう?」

 

「その点はご心配無く。うちの娘は安産体型であり、子どもが大好きですから一人で満足する子ではありませんから、きっと三、四人は産むかと」

 

 長の言葉に義仁は苦笑いしか返せなかったが、妻八重は「あらあらまあまあ!」と嬉しそうに声をあげる。

 その後は義仁をよそに女性二人の女にしか分からない会話でその場は大盛り上がりしたそうな。

 

 ―――――――――

 

 また所変わり、某所刑務所内の面会室。

 

「本当に馬鹿なことをしたな、愛菜」

 

「……ごめんなさい。お父さん」

 

 愛菜の目の前にいるのは、愛菜の父。

 愛菜の此度の一件はそこまで大事にはならなかったものの、軍内部では今もこの話題で持ち切りだ。

 加えて身内が罪を犯して実刑判決を食らったことで、父も愛菜の兄たちも今後昇進は難しいだろう。加えて長年国に忠義を尽くしてきた間島家から今回の騒動が出たことも大きい。しかし極端な言い方をすれば間島愛菜の信頼が無くなっただけ。愛菜は既に一人の軍人として一人の足で立っていたこともあり、父や兄たちに今回の騒動の責任追及も無かったので、個人の信頼をまた得ていけば何の問題も無い。

 

 ただ父は実の娘……それも会う時間が少ない中でも愛情深く接してきたはずの娘が罪を犯したことが悲しかった。

 父親として自分は何を間違えてしまったのか、それは神のみぞ知る。

 幸い間島家は家族崩壊にはならず、皆がこれから愛菜が愛菜なりの幸せを手にすることが出来るようサポートしようと一致団結した。

 

「どんなになってもお前は俺の子だ。いつものように呼べ」

 

「……父ちゃん」

 

「母ちゃんも兄ちゃんたちも、お前の帰りを待っている。勿論、父ちゃんもだ」

 

「うん……」

 

「幸い今回の件は軍内部までしか知れていない。だから今度は違う夢を見つけろ。時間ならたっぷりあるんだからな。それとくれぐれも自暴自棄になるなよ。お前を俺たち家族は死ぬまで愛してる」

 

「うん……っ」

 

「やり直そう。人は生きている限り何度でもやり直せるんだ」

 

 愛菜は父のその言葉に泣き崩れる。

 今はその肩を抱きしめてやることも出来ないが、父はそんな娘をしっかりと目に焼き付けた。

 今度は娘にこんな思いはさせまい、と。

 

 愛菜は愛がとても素晴らしい物だと思っている。

 ただ愛がどこから来て、どのように作用し、どうやって育んでいくのか分からなかった。

 彼女が欲しいと言えば、家族の誰もがそれを与えた。

 自分が笑っていれば、周りはいつも幸せなんだと思った。

 そうした小さな勘違いの積み重ねが、今回の過ちに繋がったのだろう。

 

 彼女は未だ鬼月への想いが残ってはいるが、もうこの想いはどうすることも出来ない。

 愛菜自ら彼の縁を断ち切ってしまったから。

 故に彼女はこれからの人生で、今度は家族と共に幸せというものを探していくことだろう。

 

 ◇◇◇それから半年後◇◇◇

 

 鬼月仁。彼は元海軍特殊部隊隊長にして泊地総合部副部長兼提督である。

 彼がいる鎮守府は泊地で一番の艦隊規模と戦力を誇り、日本だけでなく世界にその名を轟かせる。

 あれから新たに着任した艦娘たちを除いた既存の艦娘たちが彼とのケッコンカッコカリによって元々高かった戦力を更に高めたからだ。

 加えて鬼月仁と豊島沙羅の結婚により元豊島艦隊がそっくりそのまま彼の鎮守府に統合され、今は鬼月夫人艦隊となって名を連ねている。

 つまり一つの鎮守府に二人の優秀な提督と鉄壁の艦隊が二つもいるということ。

 

 強くて優しい鬼と美しく聡明な姫がいる鎮守府。

 泊地で最も強大で屈強な艦隊が守護するこの地域は世界で一番安全な場所とまで呼ばれ、そんな泊地にある街は日本で一番栄えているのだ。

 

「全艦整列っ!」

 

 そんな鎮守府の大広場に鬼の声が響く。

 今日は日本で……世界で一番最強とされる艦隊の観艦式なのだ。

 陸軍からも空軍からも応援が来ており、まるで街全体がお祭りの様。

 

「今日はお前たちの晴れ舞台だ! その勇姿を来場してくれた方々に見せつけてやれ!」

 

『はいっ!』

 

「お前たちは俺の自慢だ! そんなお前たちを多くの方々に自慢出来て俺は嬉しい! 俺と共に最高の観艦式にしよう!」

 

『はいっ!!!!!』

 

 鬼の号令に艦娘たちの声が天高くまで響く。

 響いたのはいいが、既に艦娘たちの多くは鬼の言葉が嬉し過ぎて泣いている。

 

 しかし鬼はもう彼女たちの涙を見ても狼狽えない。何故なら彼女たちの涙の理由を知っているから。

 鬼の号令を合図として空に始まりを知らせる花火が上がり、地上では陸軍の戦車隊による街から鎮守府までの大行進、空中では空軍の航空部隊による青いキャンパスに赤と白のスモークが放射状に引かれながら観艦式が始まった。

 

 全艦が持ち場に戻るのを鬼は黙って見送る。

 

「あなた」

 

「ああ、沙羅。どうした? 何か不備でもあったか?」

 

「そうじゃありませんわ。ただ、もう私たちも持ち場に戻りましょう。来賓の方々をお待たせするのも悪いですから」

 

「……行かないと駄目か?」

 

「ダメに決まってます。私たちが結婚し、私たちの艦娘が統合され、初めての観艦式なんですから」

 

「……結婚式のように冷やかされるのが目に見えているのに、行かないといけないのか」

 

「あら、あなたは涼しい顔をしていればいいのですわ。せっかく皆さんがこの熱を冷やかしてくれるのですから」

 

「俺はそこまで図太くなれん」

 

「でも周りはそう思いませんわ。あなたが誰よりも繊細なお人柄だというのは、妻である私とここにいる艦娘たちだけが知っていることですから」

 

「助けてくれるか?」

 

「夜に期待してくれ、と仰って頂けたら♪」

 

「……今夜、期待しててくれ」

 

「うふふふっ、朝までコースだなんて素敵ですわ♪」

 

「そこまで言ってないっ!」

 

「酷いですわあなた。男に二言があるだなんて……」

 

「ああもう、俺は沙羅には弱いんだ。勝てる気がしないぞ」

 

「あら、私もあなたには弱いんです……お揃いですわね♪」

 

 鬼を尻に敷く屈強なお姫様。

 お姫様の尻に敷かれながらも、心優しく誰よりも強い鬼。

 この二人がいる限り、深海棲艦との戦時中でも日本国民は平和を謳歌することが叶うだろう―――完




駆け足になりましたが、今回でこの作品は最終回です!
もともとグダらないように今作は長くしないようにと思ってまして、今回で最終回としました。

提督が艦娘とではなく、女性の提督と結ばれるのは前から書いてみたかったので今回のラストはこんな具合になりました。
でも艦娘たちともケッコンカッコカリしてるからハーレムエンドだな、と言われればそうなんですけどね^^;

ともあれ、これにてこの作品は閉幕です!
この作品をここまで読んでくれた方々
楽しみにしてくれた方々
評価をしてくれた方々
お気に入り登録してくれた方々
誤字脱字を報告してくれた方々
多くの方々に感謝します。

こうして完結出来たのは読んでくれる皆様方のお陰であります故、感謝の言葉しかありません。

新作の方はまた性懲りも無く艦これの二次創作を予定しております。
ただまだ何も初めてないなので、いつ公開するか決まってません。
それは決まり次第活動報告とTwitterにてお知らせします。

もし機会があればまた私の作品を読んで頂けると幸いです!

あとがきが長くなりましたが、読んで頂き本当に本当にありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。