本日、仁は有給休暇を取った。
理由は至極簡単なことで、大切なお客人が居るから。
そのお客人とは――
「仁くん、また大きいの釣れたね! すっごーい! 釣り上手ー!」
「仁ちゃん、釣りって見ててもこんなに面白いんだね。私知らなかった」
――藤堂の双子の愛娘ある。
実は藤堂が昨日の夜になって仁に娘たちのことを頼んで来たのだ。
今日、藤堂は妻との大切な結婚記念日。本当なら娘たちも連れて日帰りで遊園地に行くはずだったのが、娘たちが夫婦水入らずで過ごしてほしいと考え、滅多に言わないわがままを言って仁の鎮守府まで連れてきてもらったのだ。
仁も最初は藤堂のお願いに驚いたが、双子ちゃんたちがそう言い出した理由を聞かされたら頷く他ない。
それに何だかんだ言いながら鎮守府へ双子を送ってきた藤堂夫妻は双子を預けると、恋人時代に戻ったかのように、自分らの周りに花びらを撒き散らしながら遊園地へと向かった。
双子の名前は千冬(ちふゆ)と美冬(みふゆ)。
二人は一卵性双生児で二人共に右目の目尻に母親譲りの涙ボクロがある。小学生五年生で小学生ながら母親譲りの大変整った目鼻立ちと、父親譲りの運動神経と頭脳を持っているため、近所でも学校でも大変評判の良い姉妹。
千冬は天真爛漫で姉としての自覚が強く、誰に対してもお姉ちゃんスタイル。故に仁のこともくん付け。左側に結ったサイドポニーに赤いリボンがトレードマーク。
美冬は少々物静かで好きなことをすると周りが見えなくなるタイプ。ぬいぐるみが好きで、故に同じくぬいぐるみ好きな仁のこともちゃん付け。右側に結ったサイドポニーに白いリボンがトレードマーク。
「まあ、うちの埠頭は結構深いからな。それなりに大きな魚もいるんだ」
仁の説明に双子は揃って頷き、また釣り糸を垂らす仁の体にピッタリとくっついて海面を楽しそうに眺める。
双子がここまで懐いているのは仁が感覚的に自分たちを識別してくれる存在というのが大きい。
千冬も美冬も幼い頃から良くどっちがどっちなのか周りから間違えられてきた。
本人たちが悪戯でわざとトレードマークを交換したりして、相手が困っているのを面白がっていた。
そんな時にたまたま軍関係者とその家族のみの集まりで仁に会い、仁が即座に二人を『千冬は千冬。美冬は美冬』と見抜いたことでそれをきっかけに懐いたのだ。
実を言うと双子の初恋は仁だったりする。
小学生になってからは流石に無理な恋だと分かったし、仁本人も結婚をしたので諦めていはいるが、それでも双子からしたら両親を除けば一番好きな人物であることには変わらない。
だから両親の結婚記念日に両親を二人っきりにしてあげようと思ったのは二人の本心だが、その間大好きな人のところにいたいとわがままを言ったのも紛れもない本心なのだ。
遠目からそれを見る艦娘たちは『ああ、提督と沙羅さんの間に子どもが生まれたら、こんな日々が来るのか』とほっこりしつつ、ほんのちょっぴり嫉妬心に駆られているが、
「……………………」
仁の妻である沙羅に至っては死んだ魚のような目をして、旦那と旦那の体に擦り寄っていい気になっている小さな女狐らを穴が開くほど眺めている。
沙羅も沙羅で頭では双子が子どもで、純粋に旦那に懐いているとは理解しているのだ。
しかし女の勘が双子は仁を異性として見ていると警報を鳴らしているのである。
「……沙羅提督、そんなお顔していないであちらへ行けばよろしいのでは?」
そう沙羅へ言うのは、沙羅の秘書艦の高雄。今も高雄は沙羅が仁の側を離れる際には必ず行動を共にしているのだ。
「いや、でも……小学生に嫉妬心全開で仁様に侍るだなんて心の狭いところを見せるのは良くないでしょう?」
「いやいや、そもそも嫉妬するのが間違いですよ。沙羅提督は文字通り鬼月提督の妻で、あの子たちはお客様です」
「そ、それはぁ、そうなんだけどぉ……ぐっふっふっ」
妻であることを強調され、思わず笑みが零れる沙羅。
高雄はそんな前と何も変わりない主に苦笑いしつつ、「笑ってないで行ってください」と沙羅の背中を押した。
――――――
「じ、仁様っ!」
「おお、沙羅。来たのか」
沙羅は仁のために家事をこなす。それが終わって来てくれたと思った仁は妻にだけ見せるくしゃっとした笑顔で妻を迎える。今日は仁が有給休暇を取ったのもあって、沙羅も有給休暇を利用しているのだ。
本来ならその大好きな夫の広い胸に飛び込むところだが、
「私たちを見破れなかった奥さんだ!」
「私たちを間違えた奥さんだぁ」
いざ双子を目の前にすると、沙羅の表情はついぎこちないものになってしまう。
実は今朝、出会い頭に双子から入れ替わりの悪戯を受け、『やっぱりちゃんと私たちを分かってくれるのは、お父さんお母さん以外に仁くん(ちゃん)しかいないね』なんて言われてしまったのだ。
沙羅はその先制パンチがあとを引いており、双子は双子で沙羅のリアクションが可笑しくて『新しい玩具を見つけた☆』と思っている。
「沙羅、気にするな。二人はこうやって人をからかうのが好きなんだ」
「え、えぇ……理解しておりますわ」
「でも仁くんは最初から私たちのことちゃんと見抜いてたよね!」
「やっぱり仁ちゃんは特別な人なんだよ」
双子は『ねー!』と言いながら仁を挟み込むようにして抱きついて、沙羅の方へ『ふふん』とドヤ顔を見せた。
すると当然沙羅はカチンと来る。しかしここで張り合っては淑女が……鬼月夫人の名が廃る。
よって沙羅はそれをなんとかすれすれで回避し、
「仁様ぁ」
膝を突いて愛する旦那の背中に抱きつき、両手を仁の胸元へと滑り込ませた。
「お、おいおい、どうしたんだ? 子どものいる前だぞ……」
「いいではありませんか。私たち夫婦の仲ですもの。何も隠す必要はありませんわ」
明らかに動揺の色を見せる仁に対し、沙羅はそう言って頬と頬を擦り合わせる。
これには流石の悪戯ツインズも不意を突かれ、揃ってあんぐりと口を開けてしまった。
しかしそれもすぐに閉じ、次の瞬間には新しい悪戯に移行する。
「仁くんと奥さんはラブラブなのね! いいなぁ! 私も仁くんとラブラブするぅ!」
「仁ちゃんは素敵な人だもんね。ラブラブしないと損するわ」
双子はそう言って沙羅の両手をスムーズに退かし、仁の胸板へ頬擦りを始めた。
仁は無邪気に子どもが戯れていると微笑むが、邪気ありありの行動を見る沙羅は内心大慌て。
「お、お二方? 仁様は私の旦那様なんですわよ? ですから、ら、らら、ラブラブなんて出来ませんわよ?」
沙羅がそう言えば、双子は声を揃えて『えー』と不満の声を出す。
しかし、
「すまないな、二人共。沙羅はこう見えてヤキモチ焼きなんだ。だから変にからかわないでほしい」
ちゃんと双子の思惑が理解出来ている仁は違った。
悪戯が通用しないと分かれば、双子は素直に『はーい』と返事をして膝上から退かないながらも仁から少し距離を置く。
それを確認したあとで仁は沙羅の頬へ軽く口づけを落とした。
「ふぇっ、じ、仁様!?」
「俺は沙羅だけを愛している。だから不安がらずに俺の側にいてくれ。もっと俺に愛されている自覚を持ってくれ」
「…………仁様ぁ!」
双子は瞳をハートマークにしてだらしない顔になる沙羅を見てこう思った――
仁くん(ちゃん)の愛が鬼級だ
――と。
双子はそんな二人の仲睦まじい様子に微笑み、しかしながら両親が迎えに来る時まで沙羅に悪戯をして楽しんだという――。
今日も鬼月夫婦艦隊の鎮守府は平和です♪
読んで頂き本当にありがとうございました!