鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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鬼に嫌われ薬は効くのか?

 

 仁はとても混乱している。

 

「仁様! どうして私だけを見てくださらないのですか!? もう私のことなんて飽きてしまわれたのですか!? 酷いですわ仁様! そんな仁様なんて嫌いですわ!」

 

 仁はとても混乱している。

 

「提督、酷いです。私たちよりもそんなに書類の方が好きなんですか? 書類にばかり目を向ける提督なんて嫌いです」

「なのです……やっぱり司令官さんなんて嫌いなのです!」

 

 仁はとてもとても混乱している。

 

 ◆

 

 それはほんの数時間前のこと。

 今日は月に一度の健康診断で、仁は医務室でいつものように明石から検査を受けた。

 しかしそこで明石の手違いによって廃棄するはずの「異臭薬」……通称"嫌われ薬"を渡され、飲んでしまったのだ。

 これは明石が趣味でやっている研究の副産物。飲んだ者が異臭を放ち、臭い訳ではないがそれがホルモンに作用して異性が拒否反応を示すようになるんだとか。

 

 明石本人も即座に謝ったが、その態度は――

 

『すみませんでした提督! 本当に嫌い!』

 

 ――まるで意味が分からないものとなっていた。

 

 明石がこの調子なので補佐をしている妖精たちが明石のレポートを見せてくれたことで、仁も状況は大体把握した。

 幸い明石がすぐに気が付いてほんの一口飲んだだけであるため、効果は夕方には切れるとのことだ。

 仁はそれまでひたすら執務室で仕事をしようと決めた。もう前みたいになるのは嫌だったから。

 

 ◇

 

 それで今に至る。

 

 しかし仁はどうしてこうなったのか理解が追い付いていない。

 先程から『酷い』、『嫌い』と言ってくる最愛の妻や艦娘たちだが、口ではそう言いながら沙羅に至っては膝上を占拠して首筋や胸元を撫でてくるし、高雄も電も言葉は刺々しいが先程からの態度は『構ってちゃん』にしか見えないからだ。

 そして今日はいつにも増してわざわざ艦娘たちが執務室に乗り込んできて、わざわざ絡んでくる。

 口では嫌いだ何だと言いながら、行動に関してはスキンシップが激しい。

 例えば金剛が嫌いと言いながら前からハグし、それを見た比叡が何してるんだと怒号を飛ばして背中からハグして頬擦りしてくる。

 そうしたことの永遠ループを経てやっと嵐が収まったかと思えば、こうして秘書艦と秘書艦補佐と妻が突撃してきたのだ。

 

「いや、そんなことを言われてもだな……」

「言い訳なんて男らしくないですわっ!」

「そうですよ! 提督は黙ってください! 空気が汚れます!」

「司令官さんは黙って電たちを見てればいいのです! 嫌いですけれど、見られてない方がもっと嫌なのです!」

 

 支離滅裂な言動に仁はどうしたらいいのか分からず、とりあえず言われた通りに電と視線を合わせる。

 すると電は嫌そうに眉をひそめながら視線を絡み合わせてくるではないか。仁もこれがどんな状況なのかさっぱりである。

 

「仁様? あなたの妻が側にいるのに浮気ですか?」

「ハーレムの中だからって調子に乗ってますね?」

 

 しかし妻と高雄からの口撃も間髪無くやってきた。

 埒が明かない、と仁は高雄と電には優しく頭を撫で、二人がふにゃっとなったところで執務室から閉め出し、そのあとで沙羅には十分に濃厚なキスをして腰砕けにしてから隣の仮眠室へ寝かし付けた。

 自分の行動を後ろめたく思いながらも、執務室に繋がる通路という通路を施錠し、仁はやっと静かになった執務室で書類の山を片付けるのだった。

 

 ――――――

 

 それから夕方になる。

 仁は今日のノルマを終えて一息つくと、何やら地響きがした。

 地震かと思えば、その地鳴りは執務室へと近付いて来ている。

 仁は、まさか自分のことが嫌いになり過ぎて艦娘たちが突撃してきたのか?――と考えた。

 妖精が見せてくれた資料には終盤になるとホルモンへ与える影響が大きくなるとあったのだ。

 仁は急いで窓からの逃亡を図ったが、窓の外には既には多くの艦娘たちがいて、退路が塞がれている。

 

 どうしようか、と考えているととうとう執務室のドアがこじ開けられた。

 こじ開けたのは妻である沙羅だ。それも彼女が一番得意としている回し蹴りで。

 

「…………仁様」

 

「ど、どうした?」

 

 沙羅は顔を伏せているので表情が分からない。

 しかし声が震えている上、嫌悪の色が無いことで仁は内心心底安堵した。

 

 すると沙羅が物凄いスピードで懐へ入ってくる。

 仁は思わずヒヤリとした。今もし何らかの武器で襲われたら回避出来ないからだ。

 しかし沙羅は手に何も持っていなかった。

 では何故懐へ入り込んで来たかと言えば――

 

「仁様っ、仁様っ、仁様ぁぁぁぁぁ! 私、今日はどうかしていたんです! ですから離婚しないでくださいましぃぃぃぃぃっ!」

 

 ――懺悔のためである。

 沙羅が大泣きしながら謝れば、執務室になだれ込んできた艦娘たちも、窓の外にいる艦娘たちも、全員が『ごめんなさい』、『大好きです』と叫んでいた。

 しかも窓の外にいる艦娘たちの輪を良く見れば、明石がまるで十字架に張り付けにされたイエス・キリストのように運ばれているではないか。

 明石が今回の元凶だとみんなが分かり、明石を大罪人としてしょっ引いて来たのだ。

 それは大好きな提督に対して心にもないことを言わせた罪。それと一部の艦娘……俗に言うツンデレの子たちが激しいスキンシップに及んでしまったことへの行き場のない憤りを明石へぶつけるため。

 

「…………本当に今日は変な一日だ」

 

 そう言って仁が夕日を見ると、夕日は満面の笑みでこちらを見ていた。

 

 結局のところ仁は妻や艦娘たちのことをすぐに許し、明石も当然許された。

 ただ、贖罪意識からか艦娘たちのスキンシップや好意の寄せ方がこの日よりも過激になり、妻沙羅に至っては四六時中キスをしてくるという……仁にとってはそちらの方が何倍も神経をすり減らすこととなった。

 因みにこの状態は一ヶ月も続いたという――。




結論、鬼は無敵である。

読んで頂き本当にありがとうございました!
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