仁と沙羅が結婚して数年の時が過ぎた。
夫婦の間には五歳と三歳の男の子二人が誕生し、子どもたちは両親の愛に加え、両祖父母からの愛やそれぞれの伯父伯母らからの愛、そして鎮守府にいる艦娘たちからの愛を注がれて元気に育っている。
上の子である仁人(よしと)は幼いながらもしっかり者で、下の子良仁(りょうじ)は甘えん坊で引っ込み思案だが何事も一生懸命な子だ。
男兄弟なのでケンカもするがそのあとでちゃんと仲直りするし、そもそもケンカというケンカは滅多にない。
いつも兄弟仲良く一緒に行動し、そんな子どもたちのお目付け艦になった仁の電と沙羅の漣がいつも兄弟をサポートしている。
「電姉ちゃん、早く早くっ」
「まっ、待ってほしいのですぅ!」
「漣お姉ちゃんも」
「急がなくても大丈夫ですよぉ!」
しかし今に至っては電たちが兄弟にそれぞれ手を引かれて、食堂横のテラスへと連れて行かている有様。
何故かと言えば――
「母ちゃん!」
「お母さん」
「あら、そんなに息を切らせてどうしたの?」
――母、沙羅のためである。
沙羅はもうすぐ、仁との第三子を出産予定。予定日はまだもう少し先だが、息子たちは息子たちなりに仕事で母の側にいられない父の代わりに自分たちが母の側にいようと必死なのだ。
二人はまだまだ子どもではあるが、仁人は既に軍人を目指して仁の母(お祖母ちゃん)を家庭教師に呼んで勉強に励んでおり、良仁は音楽に興味を持ったので沙羅の義姉からピアノを習っている。
今日の午前中は二人して習い事であったため、それが終わってすぐに母のところへ走ってきたのだ。
「ちゃんとお祖母様と伯母様にお礼しましたか?」
『うんっ』
「うんではなくて?」
「はいっ!」
「はい」
「よろしい」
ちゃんと返事が出来た息子たちの頭を沙羅は優しく撫でる。
すると息子たちは揃って笑みを零した。性格は全く違うが、笑顔はそっくり。
「お婆ちゃんを置いてくなんて酷い孫だねぇ」
「まあまあ、それだけ母親のことを心配していたんですよ」
そこへ遅れて仁の母と沙羅の義姉が追い付いてくる。
こちらもこちらでいつも子どもたちを見たあとで沙羅の様子を見るのだ。沙羅にとってはどちらも母親の先輩。こうして顔を合わせるだけでも沙羅にとってはとても安心なのだ。
「いつも息子たちがお世話になっていますわ。高雄、お茶の用意をお願い」
「はい、すぐに」
「俺も手伝うよ、母ちゃんの高雄さん!」
「僕もお手伝いする」
「電もなのです」
「漣もやりますですよー」
――――――
すぐに高雄たちが用意をすれば、あとはみんなで穏やかなティータイム。
息子たちは沙羅の両脇を陣取り、大きくなったお腹を撫でたり、耳をあてて音を聞いたりしている。
「今度は女の子だったわよね?」
義母の問いに沙羅が「はい」と返事をすると、義姉がすぐに「名前は決まりましたか?」と訊ねてきた。
「仁様と決めました。椿、と」
「いい名前ね」
「沙羅さんも花の名前ですものね」
二人がニッコリと穏やかに笑って返すと、沙羅はとても嬉しそうにお腹を撫でる。
そうすればすぐに息子たちが「椿!」「椿ちゃん」と産まれてくる妹を呼んだ。
「あら、動きましたわ。椿もお兄ちゃんたちに会いたいのね」
「元気でいいわ。でも辛くなったらすぐに言うんだよ?」
「そうです。旦那さんが側にいるとはいえ、任務があればすぐには動けませんから」
「お心遣いありがとうございます」
「母ちゃん、俺たちもいるぞ!」
「僕たちも頼って」
「ええ、ありがとう、二人共……」
いつも掛けてくれる言葉ではあるが、沙羅は何度聞いても涙が出そうになるくらい嬉しい。
沙羅は女性で言えば遅い出産である。出産することが可能な年齢であっても、その年齢によってリスクは上がっていくのだ。
それが沙羅にとって不安だった。どんな状態であれ、産まれた子どもには最大限の愛情を注ぐつもりであったし、夫も同じ気持ちだった。
でも母親として健康に産んであげたい……その思いがとても強かった。
今もその気持ちはあるが、産まれた仁人も良仁も健康そのもので、お腹の子の椿も健康である。夫も任務が終われば家族を愛し、尽くしてくれる。
だから沙羅は心の底から幸福感を感じ、お腹の子に「早く貴女のお顔を見せて」と囁くのだった。
――――――
神様というのは時に本当に人々のことを見ているのかと、思わせる時がある。
それは年中無休で国のために働く仁が、大きな作戦を終えて作戦の事後処理も終えた休暇中。
仁が息子たちとお産のために入院中の沙羅のところへ見舞いに行こうとした時、産気付いたと病院の方から連絡があったのだ。
予定日を過ぎていたのもあり、今回はそうだろうと仁は高雄に鎮守府の留守を任せ、安全運転を心掛けながら息子たちと共に病院へ向かった。
病院に着くと、すぐに看護師から説明を受けた。
今回も沙羅は帝王切開での出産となる。三度目ともなるとそれなりにリスクが大きくなるが、沙羅の状態が非常に良かったので医師の方が驚いたくらい。
「父ちゃん……母ちゃん、大丈夫だよな?」
「………………」
待合室で沙羅の手術が終わるのを待っている間、仁人はそのことばかり訊き、一方で良仁は不安そうに仁の右腕にしがみついていた。
仁は「お母さんは大丈夫だ」と笑顔で言い、息子たちが安心するようにずっと背中を撫でる。
ここの病院は帝王切開中に旦那さんが立ち会うことは可能だが、それは沙羅の方が仁に遠慮してほしいと言うので立ち会いはしない。
理由としては弱ってる自分を見せたくないのと、仁の不安を煽りたくないから。
――――
暫くすると、無事に元気な女の子を出産したことが看護師によって知らされ、仁は息子たちを両手に抱えて急ぎ足で手術室へと向かった。
「おめでとうございます。母子、共に元気ですよ」
「……ありがとうございます」
今回で三度目となる担当医がにこやかに言うと、仁は目頭を熱くさせて礼を言う。すると息子たちもそれに倣って医師に礼を言った。
そして沙羅が抱いている、椿と仁たちは初対面する。
「……ああ、この子が、椿か。沙羅……」
「はい、私たちの三人目の宝ですわ」
「椿、お兄ちゃんだぞー」
「僕もお兄ちゃんだよ……」
椿はまだ瞼を閉じてはいるが、声のする度に首を動かしている。
「お父さんだよ、椿。俺たちのところへ来てくれてありがとう」
仁が涙を堪えてそう言えば、椿はそっと仁の方へと手を伸ばした。
そんな椿に仁はもう堪えられんとばかりに大粒の涙を零し、息子たちを下ろして、伸ばされたその手を優しく握る。
「……本当に、ありがとう。産まれて来てくれて、ありがとう……!」
それからすぐに椿は看護師の手によって退室した。
仁も退室を促されたが、
「沙羅、本当にお疲れ様。愛している……」
最後に沙羅へ声をかけ、その頬にそっと口づけを落とす。
「私もですわ、仁様」
鬼月仁は家族と日本を守ろう、とまたこの日、深く誓うのであった――。
ということで、最後の最後はこういうラストで締めくくることにしました!
番外編も最後まで読んで頂き、本当に本当にありがとうございました!
※お知らせ
3月1日に活動報告にて新連載のお知らせをしたいと思います。
気が向いたら覗いてくださると幸いです!