鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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鬼要素少なめ。


鬼は父性の塊なのかもしれない

 

 艦娘というこの世に現れし新たなる存在。

 それは現代兵器が通用しない深海棲艦の侵略にただその身を削られ続けていただけの人類にとって、生きる希望を再び呼び起こさせてくれた。

 艦娘のお陰で生業を取り戻せた者、海外旅行などの復活に世界の貿易再開。

 これだけでどれだけの人々を救っただろう。

 

 現在は各国に艦娘がいるが、その艤装等の技術は日本が最先端であり、各国は日本の協力がない限り独自の艤装は作れない。

 最新艤装は日本が、そして言い方は悪いが型落ちした艤装を各国に提供し、各国はそれを基礎に自国の艦娘に合わせた艤装を開発する。

 こうすることで各国との交渉が円滑になるのだ……と言っても、外交は政府や役人の仕事だ。

 

 ただ艦娘がその姿形が人間そっくりなことで、艦娘と提督……即ち艦娘と人間との間に愛情が芽生える事象が増えた。

 艦娘は人の姿ではあるが、人間とは圧倒的な違いがあり、その間に人の子を宿らせることは叶わない。

 そもそも艦娘は決まった資源と配分で妖精たちの力を借りて人の姿をして生まれてくることもあり、子孫を遺すという機能がないのである。

 だから月経によって体調不良もなく、入渠することで身体の傷が綺麗に消えるのだ。

 

 不快極まりない話ではあるが、艦娘は決して妊娠しないからと売春紛いなことをさせていた下衆な提督らもいたくらいだ。

 今ではそうしたことに対する法律が作られ、そういうことをしていた提督たちは罪を問われ、最悪の場合は死刑もあり得、抜け道もない程の徹底ぶりで艦娘の人権は守られている。

 

 大本営はだからこそ『ケッコンカッコカリ』を推奨した。

 本当にお互いに手を携え、真に相手を尊ぶことが出来る者たちこそ、国を守る盾として誰からも尊敬されると考えたからだ。

 艦娘の多くはカッコカリを望む。それだけ自分を育ててくれた者とならば、どうしたってそこに愛があるからだ。

 それに愛の形は人それぞれ。

 本当の結婚を望む艦娘もいるにはいるが、それは互いの強い気持ちが必要である。

 

 何しろ結婚をするならば、自身は艦娘を引退し、もう艦娘としての機能を除去する解体作業を行う必要があるからだ。

 そうしないとどんなに愛していても、その者との子はその身に宿らない。

 だから艦娘たちにとってカッコカリが理想的な形なのだ。

 

「あぁ……ケッコンしたい〜」

「ケッコンしてぇ……」

 

 なので鬼月提督が長を務める鎮守府の全員が、提督とのケッコンカッコカリを望んでいる。

 望んではいるのだが―――

 

「でも提督は絶対プロポーズカッコカリなんてしてくれませんよ……」

「私たちがどんなに愛していても、どんなにそれを伝えても、あの爽やかスマイルで『俺に気を遣うな』って言うだけだもの……」

 

 ―――あの自己評価が地獄並みに厳しくて低い提督がそんなことをしてくれるとは、誰も思っていない。

 何せ任務報酬のケッコンカッコカリの指輪を、あの鬼は『俺みたいな人間には必要ない』と言って大本営へ送り返してしまったのだから。

 これだけで当時着任していた全艦娘が1か月程涙で枕を濡らすことになったのは言うまでもない。

 

「提督の勘違いっていつまで続くのかな?」

「いつまでだろうなぁ……」

「小学生の頃から現在進行形で陰口叩かれてたら、あれだけ斜に構えちゃうのも仕方ないよね」

「陰口叩いてる奴全員深海棲艦の餌にしてぇよ、マジで」

「ホントそれ! みんな提督がどれだけ苦労して生きてるか知らないから言えるんだよ!」

 

 艦娘宿舎の談話室で激しい提トークを先程から繰り広げているのは、天龍・鈴谷・赤城・衣笠の四人。

 皆例に漏れず、提督を愛している。

 鈴谷と衣笠に至っては水着着用(提督指定のスクール水着)で提督の背中を流してやったりする程の押し掛け勢だ。

 

 因みに押し掛け勢とはLOVE勢の発展系であり、その名の通り押し掛け女房のように愛情表現する者たちのことを指す。

 加えて押し掛け勢の他に―――

 

 良妻勢

 常に提督の三歩後ろを歩き、慎ましやかで、提督のことを引き立てサポートするグループ

 

 愛娘勢

 駆逐艦や海防艦に多く、パパっ子娘みたいに提督に甘えることで愛情表現するグループ

 

 愛犬勢

 押し掛け勢や愛娘勢に酷似しているグループだが、最大の特徴は提督に対して陰口を叩く者たちへ半端ない攻撃性を見せるグループのこと

 

 愛猫勢

 主に感情を素直に出せない艦娘たちのことを指し、一度愛猫スイッチが入ると暫く提督から離れないグループ

 

 鬼嫁勢

 言葉だけなら誤解されるが、これは提督をひたすらに甘やかそうとする提督を鬼のように可愛がるグループ

 

 ―――と、鬼月提督の鎮守府では6グループのLOVE勢に分けられている。

 各グループの長は―――

 

 押し掛け勢

 大和

 推して参りますの如く、甲斐甲斐しく手料理を振る舞ったり、自分の部屋にご招待したりする

 

 良妻勢

 間宮

 唯一艦隊で初めて提督の胃袋を鷲掴みに出来たダークホースであり、提督にとって間宮の作るどら焼きは依存症レベルで大好物※決してアレなクスリは入ってない

 

 愛娘勢

 電

 提督の初期艦にして提督の胸キュンポイントを熟知しているナンバーワンの愛娘であるため、愛娘勢皆の憧れ

 

 愛犬勢

 時津風

 夕立のように押せ押せではなく、時雨のように控えめ過ぎず、提督に構ってもらう能力に長けた天才子犬

 

 愛猫勢

 響

 薄い感情の中に確かにある提督への絶対愛と構いたくさせるスキルは唯一無二

 

 鬼嫁勢

 金剛

 誰よりも自分に厳しい提督を鬼可愛がる絶対嫁勢は他の追随を許さない

 

 ―――と、このようなことになっている。

 勿論、提督は知る由もない……というか、こんなに愛されているとは思ってもいない。

 

「まあでも、提督は提督ですからね。私たちの愛は感じてはくれてますので、そこはいいかと」

「確かになぁ。提督って来る者は拒まねぇし、好きだぜって伝えると笑顔は見せてくれるもんな」

 

 対人恐怖症や女性恐怖症といったことにはなっていない提督。

 だから艦娘たちとのコミュニケーションも大きな問題はないのだが、肝心の提督は『みんな気遣いの出来る天使たち』という評価であり、その評価は今も尚誰も覆せていない。

 なのでケッコンカッコカリがしたくても、艦娘たちから果敢に逆プロポーズしても、誰もがケッコンカッコカリの指輪を嵌めていないのだ。

 所属している艦娘のみんながその練度の上限一杯になっている。

 そう、みんな条件は満たし親愛度マックスの上でいつでもウェルカムなのに鬼は決して動かないのだ。

 艦娘たちの間では―――

 

 告白しても疾く振られること風の如く

 告白しても静かに振られること林の如く

 告白しても返り討ちにあうこと火の如く

 告白しても動かざること山の如し

 

 ―――等と妙な謂れ文句があるくらいである。

 

「あ、そういえばさぁ、衣っち聞いたよ〜」

「え、何何? 衣笠さんの何を聞いたの?」

「この前青っち(青葉のこと)と提督に取材した時、褒めてもらって泣いちゃったんでしょ〜?」

「うぇぇぇっ!? なんでそれを……って青葉でしょ!」

 

 衣笠の言葉に鈴谷は正解と言う意味でケラケラと笑う。

 よって衣笠は大きくため息を吐いて頭を抱えた。

 何故なら―――

 

「どうしてんな余計なことしてんだよ!」

「どうしてそんな余計なことしてるんですか!」

 

 ―――天龍と赤城の二人に怒られるからだ。

 この二人だけではない。鎮守府にいる艦娘たち全員が提督の前で泣くことはご法度なのだ。

 何故なら自分たちが泣くと心が綺麗過ぎる鬼が悲しみ、またケッコンカッコカリへの道程が遠く険しく自分たちを退かせる結果になるから。

 

 二人から物凄い剣幕で詰め寄られた衣笠。

 そんな衣笠を鈴谷はニヤニヤして眺めている。

 何故なら鈴谷は衣笠がどうして泣いたのかは青葉から教えてもらっていないからだ。

 

 毎日鎮守府では艦隊に所属する誰かが、必ずと言っていい程提督に泣かされる。

 それは即ち、提督……あの鬼の愛の絨毯爆撃にやられたことを意味する。

 つまり幸せなことは共有しないと不公平だということで、何をされて嬉しくて泣いたのかを今話せということだ。

 

「だ、だってしょうがないじゃん! その時お昼だったから、提督にお弁当作っていったの! そしたら―――」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『提督っ、衣笠さんたちでお弁当用意したから食べてよ!♡』

『勿論、青葉もお手伝いしましたよ♡ 前に褒めてくれた肉じゃがコロッケもありますから、遠慮なくどうぞ!♡』

 

 私と青葉がちょっと多く作り過ぎちゃった重箱を提督に渡したの。

 提督は驚いた様子だったけど、私たちにお礼を言って食べてくれた。

 

 私も青葉も間宮さんや大和さんたちみたいに凝った物は作れない。

 だけど、提督の笑顔を想像して……提督に喜んで欲しくて、そんな気持ちをいっぱい込めたの。

 そうしたら、提督ってば―――

 

『お前たちは本当に気配り上手で、俺には勿体無い艦娘だ。しかし配り過ぎている。だから今度俺にお前たちの飯を作らせろ。配り過ぎた分はしっかりと補充しないとな』

 

 ―――なんて言って、頭をナデナデしてくれたんだよ!? 泣くしかないじゃん! 嬉しいんだもん! 青葉だってボロボロ泣いてそのあとの写真全部ブレブレだったんだから!

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「そんなことが……うぅっ」

「くぅ〜、聞いてるこっちまで泣けてくるぜ! ぐすっ」

「鈴谷も〜……ホント提督ってズルいよ〜、ぐすん」

 

 衣笠の話を聞いた三人はハンカチやちり紙で溢れる涙を拭っている。

 話していて衣笠も泣いてはいるが、四人共に―――

 

『嗚呼、なんて自分たちは幸せ者なんだろう』

 

 ―――としか感じていない。

 

「はぁ〜、しっかし、これでまた遠退いたなぁ」

「ご、ごめ〜ん……」

「衣笠さんが謝る必要はありませんよ。私だってきっとその場に一緒にいたら泣いてましたから」

「そーそー。ん〜、でも提督ってどれだけ鈴谷たちが愛したら、鈴谷たちの愛を分かってくれるのかなぁ?」

 

 鈴谷の疑問に誰もが口を閉ざす。

 何しろあの圧倒的な鬼の(愛の)力を上回る愛を自分たちが示すことが出来るのか分からないからだ。

 

「わっかんねぇなぁ。だって提督のヤツ、オレと龍田が一緒に風呂入ってても何の反応もないんだぜ? 寧ろ嬉しそうに今日は訓練のどこが良かったとか、あの雷撃は素晴らしかったとか……めちゃくちゃ褒めちぎってきて、龍田なんていつも泣きながら目をハートにしてるかんな」

「分かります。私も加賀さんや飛龍さんたちと突撃しましたが、全く無反応でした。タオルもしてない、そのままの姿を見せていたのに……無反応どころか『お前たちにはいつもあらゆる場面で世話になっている。俺は頼れる部下に恵まれ過ぎだな』なんて言われたら、泣くに決まってます!」

 

 その時の提督の父性溢れる対応に赤城はガックリと肩を落とし、あの時かけられた優しく信頼を寄せてくれる提督の想いに思い出し泣きする。

 

 受け入れてくれるのは凄く嬉しいが、現に提督の入浴時に突撃する艦娘があとを立たなかったので、今では提督専用の風呂のみ混浴扱いだ。

 提督との入浴権は大規模作戦並みに苛烈な争いであるが、提督は風呂が好きで1日に必ず朝と夜に入るので順番待ちをしていても意外とすぐに機会が回ってくる。

 因みに順番抽選会は大晦日の夜に行われ、会場となる地下広場(空襲を受けた際の避難場所で空調設備完備の上、埠頭底に設置した水力発電によって電気の供給も問題無い。飲水や食料の備蓄も豊富で、トイレやシャワー室その他備品も徹底完備された広場)は阿鼻叫喚と化す。

 因みに提督は毎年その様子を目の当たりにしているが、自分との入浴順を決めているとは露とも知らず『みんなのいいストレス発散』としか考えていない。

 そう、提督にとって艦娘たちはみんな自分の可愛い我が子のような存在でしかないのだ。

 

「不能って訳でもないし、あっちの気がある訳でもねぇ……でもよぉ、一応こっちも女なんだからさぁ、ちょっとくらい反応してくれてもいいだろうがよぉ」

「だよねぇ。提督ってば私と青葉でピッタリくっついても1パオーンも反応しないんだもん」

 

 項垂れる天龍に衣笠がため息混じりに言うと、赤城も鈴谷も『1パオーン?』と謎の単位に首を傾げた。

 

「1パオーンってのは、衣笠さんたち第六戦隊みんなで使ってる単位だよ♪ えっとね、小指を下にして手を広げて、最大が親指の5パオーン。つまり提督の子提督がパオーンって興奮してくれたら、そのそそり具合で5パオーンから0パオーンって表すの♪」

 

 でも提督ってば一度も反応してくれてないんだぁ……と肩を落として言う衣笠。

 

「鈴谷は前に提督を起こしに行った時はパオーンしてたかなぁ。朝の生理現象だから特にこれと言って驚かなかったけど、不能じゃないのは確かなんだよね〜」

「え、マジかよ。衣笠的に言えば何パオーンだったんだ?」

「布団掛けてからもっこりしてるなぁくらいしか分かんないよっ。流石に布団めくってまで確認する程鈴谷変態じゃないもん!」

「もっこり具合とかあんじゃんかよ! ほら、ここにタオルあるからどんくらいか手でやってみてくれよ!」

 

 好きな相手のことなら何でも知りたい。

 グイグイ来る天龍に鈴谷は渋々タオルを手に掛けて表してみた。

 

「…………こんくらい?」

「衣笠、これ何パオーンなんだ?」

「う〜ん……伝説の5パオーンかな」

 

 な、なんだてぇぇぇぇぇ!!!?

 

 その場にいる全員に衝撃が走る。

 でもそれと同時に子提督もやる時はやれるという希望が湧いた。これは彼女たちにとって吉報であった。

 

 何しろ―――

 

 

 

 

 

 提督はひとりでおっき出来る

 

 

 

 

 

 ―――と明確に分かったのだから。

 

 ただその状態に持っていくことは難関海域の最深部に到達するよりも難しいだろうし、そこまで指し示してくれる羅針盤妖精さんもいない。

 かと言って強行手段に出たらこれまで築き上げてきた提督との信頼が崩れ去る。

 結局はみんな提督から手を出されない限りはお手上げなのだ。

 

「くっそ〜……提督とケッコンしてぇよぉ……」

「衣笠さんもした〜い……」

「素直に私たちの愛を受け取ってくれまで根気強く伝えるしかありませんね」

「だよね〜……てか伝わったら伝わったで、私絶対泣くんだけど〜!」

 

 鈴谷がそう言うと、他の三人も揃って『号泣もの』と賛同した。

 

 ◇◇◇その頃◇◇◇

 

「っくしゅ、はくちゅっ、はくちゅんっ……ぬぅ、くしゃみが……体調管理はしっかりしているはずだが、今夜は何もなければ早く寝よう」

(相変わらず可愛いくしゃみ……)

 

 提督は執務室で三度くしゃみを連発した。

 当然、この様子も食堂にだだ漏れで、見ていた者たちはその外見に似合わぬ可愛いくしゃみに身悶えている。

 

(三回は惚れられ……合ってますね、ふふふ)

「提督、風邪予防にココアでもご用意しましょうか?」

「む、ありがたい。マシュマロも入れてくれ」

「分かりました。三個ですね」

「あぁ、頼む」

 

 そこに執務机にある内線が響いた。

 

「どうした?」

『提督ですか? 間宮ですが、提督がくしゃみをしていた気がしたので、今からそちらまで風邪予防として柚子を使ったチーズケーキを持っていきます』

「……要らん。それよりお前は少しは自分のことを労れ」

『……ううっ』

「な、泣くな! 分かった、食べる! 食べるから道中気を付けて来るんだぞ!?」

『ぐすっ……はいっ、お任せください♡』

 

 鬼は女の涙に弱い。自分が相手を問い質したりする場面では泣いても容赦しないが、平時に泣かれると鬼まで悲しくなってしまうのだ。

 ただ間宮は提督の優しい気遣いに感動して泣いただけなのだが……。

 

 こうして鬼は今日も何も知らず、そして鬼のように艦娘たちを泣かせるのだ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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