前からやってみたいことをするため、暫くお休みします。
ご了承お願いします。
「…………何を呆けている。そんな暇があるなら早く手をこちらに出せ」
「くっ……」
「…………」
「ひでぇよ、司令……」
駆逐艦初風・磯風・嵐の三人は鬼の監視下に置かれていた。
逃げることは決して許されない……いや、"逃げたくても逃げられない"が彼女たちの状況を最も正確に指した表現だろう。
今まさに耐え難い苦痛を与えられている真っ最中―――
「周りを見ろ。お前たちの痴態を皆が見ているだろう?」
―――鬼はわざわざ集まったギャラリーを三人に意識させるように言う。
戒めなのか、はたまた辱めるためなのか……。
「見るな! そんな目で磯風たちを見ないでくれっ!」
「提督、もういいでしょ!? 許して! もうしないから!」
「頼むよ! もう痛いのは嫌だぁ!」
三人共に悲痛な叫びをあげるが、鬼は一切手加減しない。
「ふんっ、何を今更……それよりもこれ以上痛い思いをしたくないなら、お前らが取るべき行動が何なのか分かっているだろう?」
やられる……。
もう自分たちは引き返せないところにまで来てしまったのか……。
そう三人が遅くもやっと思い知り、歯を食いしばって、瞼を強く閉じて天を仰ぐと―――
「だから包丁を手にしている時によそ見をするなと、あれ程忠告したんだ。馬鹿者共が」
―――鬼の一声と共に消毒液を染み込ませた綿が切り傷を優しく撫でた。
「くっ……うぅっ」
「痛いが我慢しろ。これくらい。女の子だろ」
初風は歯を食いしばり、痛みに耐える。
傷口の消毒が終わると、提督は切り傷に事前にカットしておいたガーゼをあて、手際良く自着性の包帯を巻いてやった。
初風への処置が終われば―――
「痛がるお前たちの気持ちは理解するがな……」
「いっ……つぅ……」
「そもそもよそ見なんてしなければ、こうはならなかったんだ」
「いててててっ!」
―――磯風、嵐と順番に治療した提督。
三人への処置が終わった提督は改めて三人の前に置いてあった椅子に座り直し、肩を落としてその場で正座する三人を眺めた。
「……何か申し開きたいことはあるか?」
提督の問いに三人は揃って首を横に振る。
そもそもは自分たちが提督に見惚れて集中を切らし、揃いも揃って仲良く同時に包丁で指を切ったのが悪かったのだ。
しかし三人が提督に見惚れるのも無理はない。
提督はいつも忙しい。
それはこの鎮守府にいる誰もが知っていることだ。
その上で提督は限られた自由時間の中で、艦娘たちとのコミュニケーションを優先してくれる。
だから多くの艦娘たちは、出来るだけ自分たちのことは自分たちでやろうと思っているのだ。
最初は初風たちもそうしようと、本日姉妹で予定しているお茶会に出すためのお菓子を作ろうとしていた。しかし出来なかった。何度やっても食材をただ無駄にするだけだった。
何しろ『ダークマターに愛されし闇錬金術師"磯風"』がいるのだから。
なので提督に頼んだのだ―――
アップルパイの作り方を
―――この鬼に。
三人でお願いをしに行くと鬼は『次からはもっと早く呼べ。食材が無駄になるだろう』と言葉は冷たいが、代わりに温かい笑みを見せて艦娘たちが暮らすこの宿舎の厨房まで来てくれた。
しかしいざ作り始めたところで、三人はリンゴの皮剥きをしていて、ジッと自分たちのことを(心配そうに)睨む鬼の眼差しが嬉しくて……今に至る。
「……リンゴの皮すらも碌に剥けないのか。嘆かわしい」
「仰る通りで……」
「面目ない……」
「ごめん、司令……」
「しかし何もリンゴは必ずしも包丁で皮を剥くなんてルールはない。こんなこともあろうかとこれを買っておいた」
準備の良過ぎる鬼。しかし鬼からしたら、こうした事故が減る方が最優先なのだ。
鬼がずっと手にしていた手提げ袋(恐竜たちの可愛いキャラクターがプリントされたヤツ)から取り出したのは、リンゴの皮剥き器。
それもリンゴだけではなく、オレンジやキウイフルーツ、スイカにパイナップルと幅広い果物の皮が剥けるお高い物だ。
「苦手なら苦手なりに頭を使って、剥ける手段を模索することだ。五つ買っておいたから、全て宿舎に寄贈する」
ピーラーでもいいんじゃ……と思っても言わないのが優しさであり、こういうものの方が楽しんで使えると鬼は思っている。
すると―――
「……提督……」
「……ありがとう、司令」
「ありがとう……」
―――三人は揃って涙を流す。当然のことながら、提督たちを見守っていた他の皆もその鬼の心遣いに涙を流したが、鬼は決して怯まない。
リンゴの皮剥き終わることがゴールではないからだ。
「これでさっさと皮を剥け」
『……はいっ!』
初風たちが涙を拭って勇ましく声を揃えると、鬼はしっかりと頷いて責務を果たすのだった。
因みに、提督と厨房に立つ風景を集まった者たちは羨ましそうに見ていることを鬼は知らない。
―――――――――
時はおやつタイムの一五〇〇。
提督が定めた小休憩であり、任務以外では全員が休憩時間に入るのだ。
陽炎たちはいつもこの時間は姉妹みんなで過ごす。
何故なら訓練や任務は姉妹バラバラで編成されるため、こうした休憩時間にしか集まれないからだ。
因みに陽炎たちがいる場所は艦娘宿舎の談話室で、談話室は最大で60人が寝れるだけの広さがある和室である。
これまであった駆逐隊や戦隊は提督も勿論その重要性を知っているが、それは大規模作戦時や艦隊編成指定命令があった際に重要なのであって、平時では敢えてどの艦娘たちも姉妹バラバラで編成するようにしていた。
こうすることで、どの艦娘と組ませても等しく連携が取れるようにしている。
なので陽炎たちはいつも姉妹の絆をこういう時間に育むのだ。
しかし―――
『…………どういうこと?』
―――今日は姉妹揃ってハモってしまうくらい、自分たちが置かれている状況が理解出来ずに、表情を強張らせていた。
何故表情が強張っているのか……それはあの『ダークマターに愛されし闇魔法少女"磯風"』が自信満々で自作のお菓子を運んできたからだ。
これは大変宜しくない―――陽炎たちの本能が緊急避難警報をウーウーと鳴らし、普段自分たちが装備している艤装の妖精たちすら忽然とその姿を消した。いつもであればこの時間を心待ちにしているはずなのに、だ。
(初風と嵐はどうしたのよ!? 今回はあの二人を監視役として派遣したはずでしょ!?)
(試食の時点で犠牲になったのかと不知火は思うぬい……)
(いや、二人が付いててそんなんなるぅ?)
(でも磯風さんなら有り得ますよ……私も二度程やられましたし)
陽炎・不知火・黒潮・親潮の四人は目だけでそんな会話をするが、その間にも磯風は胸を張って鼻息荒く自分たちのいるテーブルへ真っ直ぐに向かってくる。
(ね、ねぇ、みんな胃薬持ってきた?)
(ゆゆゆゆ雪風はははは、いいいいいそかじぇしゃんをしんじじじじじ)
(雪風っ、落ち着いて! 回避する方法はまだあるよ!)
(でも、あがいな顔をしとる磯風になんて言えばええの?)
天津風・雪風・時津風・浦風も目だけの会話でどうやって最悪の状況を回避しようかと大規模作戦中並に思案する。
しかしとうとう磯風がテーブルに到達し、目の前にその料理を乗せた大きな大きなお盆ドドンッと置いた。
(カバードームのせいで中に何が用意されているのか分からない!)
(エチケットバケツ持ってくるんだった……)
(嵐……あなた一人だけを逝かせはしないっ)
(あ、なんか急にお腹痛くなってきたかも)
(萩っち現実逃避しないでっ!)
(原稿あるって言って逃げたい。これぞまさにデンジャーゾーン)
(お、おう……)
浜風・谷風・野分・萩風・秋雲……そして姉妹ぐるみの付き合いである島風は既にこれから始まる破滅への輪舞曲にその身を震わせている。
これは何かの間違いだ
早過ぎるエイプリルフールだ
あ、そもそも午後って嘘ついちゃダメなんじゃね?
Oh
一斉にガックリと項垂れる陽炎たち。
しかし、天は彼女たちを見放していなかった―――
「ちゃんと集まっているようだな」
―――声の主、鬼(神)の登場によって陽炎たちの瞳にまた光が戻る。更にその両隣には初風と嵐の姿もあったので、姉妹たちは心の中で勝利のラッパを高らかに鳴り響かせた。
「え、司令?」
「もしかして、司令が……?」
ワナワナとしながら陽炎と不知火が訊ねれば―――
「三人から要請を受けた。よって此度のお前たちのおやつは俺が監修した物だ」
―――鬼は涼しい顔で言い放つ。
その言葉に陽炎たちは歓喜した。
天は我らに味方せり。
本日一番の吉報であった。
「司令が手伝ってくれたの!?♡ わぁい、ありがとう司令!♡ 大好きーーーっ!♡」
いの一番に時津風は提督の胸に飛び込み、感謝と愛を告げる。
それでも鬼は時津風を受け止めて「大袈裟な奴だ」とクールに返すだけ。
しかしこれは全く大袈裟ではない。それは初風たちの瞳の奥に宿るハートマークが物語っている。
きっと手取り足取り鬼から(愛で)蹂躙(指導)されたに違いない。そうでなければあんなメスの顔は出来ないだろう。
現に初風と……あの嵐すら提督の左右の腕に両手を絡めて身を寄せつつ、ずっと頬擦りばかりしているのだから。
「磯風、全貌を陽炎たちに見せてやれ。今回のは会心の出来なのだろう?」
「あぁ、今見せるぞっ」
パカッとシルバーのカバードームを磯風が持ち上げると、甘い砂糖の香りとこんがりと焼けた小麦の香りとリンゴの香りが絶妙なハーモニーを奏で始める。
黄金の如き輝きを放つアップルパイ……まるで本物の金塊のように陽炎たちには見えた。
よってその見ただけで美味しいと分かるアップルパイを前に、陽炎たちははしたなくも口からよだれを垂らし、消えていた妖精たちも戻ってきた。
「切り分けてやれ」
提督が静かに磯風へ命じると、磯風はパイを均等に姉妹と島風の分とに切り分け、妖精たちの分は別で初風が敢えて切り分けずにドンとそのまま集まった妖精たちの中央に置く。こうした方が妖精たちに好評だからだ。
まだ熱々のアップルパイが眼前に来ると、みんなして鼻息荒く、またゴクリと生唾を呑み込んでは喉を鳴らす。
「これだけではない」
提督の言葉に陽炎たちがハッと我に返って提督の方へ目をやると―――
「これもあるぞ」
―――鬼はどろりとした物をそれぞれのアップルパイの上に垂らしてきた。
これは提督が三人の料理監督をしている傍らで作ったリンゴの皮と芯を材料としたリンゴのジュレである。
材料は皮と芯(3個分)に加えて砂糖120gに水500mlとそこにレモン果汁1個分。
リンゴの皮と種を除いた芯を鍋に入れ水を加えて強火で熱して沸騰したら弱火で30分煮たあと、ザルで濾す。この時に汁が濁らないよう皮と芯はしぼらないのがポイントだ。
因みにリンゴの種には青酸配糖体と呼ばれる物質が含まれており、そのひとつがアミグダリンで、腸内細菌によってシアン化物に変わる。このシアン化物は、人を死に至らしめることもあるが、リンゴ1個分の種では、少し気分が悪くなる程度のシアン化物さえも生成されない。
またモモやアンズ、サクランボ、ウメ、ビワなどにも、アミグダリンが含まれる。
なので提督は種を除いた上で調理をし、その煮汁に砂糖とレモン汁を加え中火で5〜10分煮詰め、煮沸消毒したビンに入れて完成。冷蔵保存も可能である。
『はわわわわ……♡』
追いソースならぬ追い愛情を鬼から注ぎ込まれた陽炎たちは、恍惚な表情を浮かべ、まだ口にもしていないというのにその瞳にハートマークを浮かべていた。
鬼からは逃げられない。いや、寧ろ永遠に捕まえて離さないでください……と、ここに所属する誰もがそう思う瞬間だ。
「何をしている。さっと食え」
鬼が号令を掛けると、陽炎たちはお行儀良く両手の皺を合わせて『頂きます!』と声を揃える。
そうやってからはすぐにフォークを手にしてアップルパイを口に運んだ。
はふはふ、と吐息を漏らしては『あぁ……♡』と艶めかしく喘ぐ。
美味しいなんてありきたりな言葉しか浮かばない。
本当ならば、もっともっとこのアップルパイを評する言葉を並べたいのに……ただただ陽炎たちの口からは『美味しい!』としか出て来なかった。
それでも初風たちや提督は満足げな表情をして胸を張った。
美味しい……ただその言葉だけで、初風たちのこれまでの苦労が報われる。
可愛い恐竜のキャラクターが散りばめられたエプロンをする提督に見惚れて指を切ったり、後ろから抱きしめられるようにして両手を押さえつけられてパイ生地作りの指導を受けたり、これにより耳元で話し掛けられたことで耳に提督の吐息と低音優甘ボイスを聞かせられたり、カスタードクリームの味見として提督が自分の指に付けたクリームをあーんしてもらったり……などなど、初風たちは思い出すだけで鬼の(主夫)スキルにその身を震わせた。
本当に怖かった……何しろ今まで以上に鬼の(愛)力に溺れてしまうと感じたから。
そしてそれは現実となり、初風たちはもう鬼の(愛)力に溺れ、もう二度と抜け出せないと実感した。
「うむ、皆いい顔をしている。良かったな、初風、磯風、嵐」
「それもこれも提督のお陰よ……ありがとう♡」
「こんなにも喜ばれたのは司令のお陰だ。感謝するぞ、磯風の司令♡」
「俺は指南しかしてない。勝手に俺の手柄にするな」
「ふふふ♡」
「分かった♡」
「次やる時はまた頼んじまうと思うけど、頼むな♡」
「気にするな。これくらいのことで遠慮なんてされたら、俺の方から出向く」
「へへ、サンキュ♡」
ああ、自分たちはなんて幸せな艦娘人生を謳歌しているのだろう。
初風たちだけでなく、話を聞いていた誰もが同じことを思った。
「そんなことよりお前たちも食え。冷めてしまう」
「そうね……当然、提督も食べていくわよね?」
「寧ろ食べてくれ司令。そのために司令の分も用意してあるんだ」
「まさか自分だけ食べずに戻ろうなんてことはしねぇよなぁ?」
「ふっ……そういうところは用意周到なのか」
だが、折角の厚意は頂こう―――と、提督が適当な場所に座る。
するとあぐらをかいたことで出来たスペースに時津風が即座にするりと鎮座した。
「えへへぇ、ここはあたしの場所〜♡ ね、司令?♡」
「相変わらず犬猫みたいなことを……」
そうは言いつつも、提督は時津風の頭を軽く撫でる。
これこそが時津風の強さだ。
「提督さん、良かったらうちが食べさせたいんだけど……ええ?」
更には良妻勢の浦風も攻め時を逃さずに提督へ侍る。
因みにこう訪ねることで、提督の優しさにつけ込み高確率で断れなくするのだ。
「……好きにするといい」
「えへへ、それじゃあ……あーん♡」
「んっ……うん、いい味だ」
鬼(格好いい)スマイルに陽炎たちの脳は蕩ける。
その証拠に陽炎たちはキラ付けもしていないのにキラキラし、キラキラだけでなくハートマークも舞っていた。
「あ〜、いいねいいね〜、捗るわ〜♡」
秋雲は早速そんな提督の姿をいつも持ち歩いているスケッチブックに素描していく。
因みに秋雲が年に一度実費で出版している提督のイラスト集は一瞬で売り切れ、毎回部数を増やしている。
「……秋雲、お前また徹夜したのか?」
「へ……なんで?」
「目の下に青いクマがある」
「…………はい、イラスト制作が捗って」
「やるなとは言わないが、ちゃんと寝ろ。ほら、こっちに来い……時津風、少しずれてくれるか?」
提督の要請に時津風は「あーい」と太ももに移動し、秋雲はもう片方の太ももに頭を乗せて仰向けになる。
すると提督は慣れた手付きでマッサージをする。
先ずはリンパマッサージ……指で耳の前後を挟み、円を描くように押す。
そして次に鎖骨マッサージ……こめかみのあたりから鎖骨を撫でるように押す。
最後に四白マッサージ……瞳から親指の太さくらいの真下に行った部分を優しく押す。
「ふぁ〜……提督に蹂躙されるぅ」
「馬鹿なことを言うな」
「はぁい……きもちいい〜♪」
ご満悦の秋雲を見て、提督は微笑んだ。
当然、そんな提督を見逃さない陽炎たちは更にLOVEを募らせ、親潮や天津風、野分、萩風といった者たちは募らせたLOVEが涙となって溢れ出た。
しかしそれは悟られないようにちゃんとハンカチで拭き取る。
「今日は早く寝るように」
「あ〜い♡」
「遅いようなら罰するからな」
「き、気を付けます……♡」
そんなこんなで鬼はこれでもかと己の力(愛)を振り撒き、また艦娘たちを虜にするのであった―――。
◆※前書きでのことはエイプリルフールの嘘です※◆
前からエイプリルフールにこういう冗談をやってみたかったんですよ(^^)
驚かせてごめんなさい。
お詫びに明日も更新しますので、許してください!
此度も読んで頂き本当にありがとうございました!