鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》   作:室賀小史郎

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鬼の恐ろしさは国境をも越える

 

 外は大嵐。

 横殴りの豪雨と強風が吹き荒れ、まだ昼間だというのに室内は明かりを付けないと薄暗い。

 そんな薄暗い部屋の中―――

 

「…………俺はお前たちに失望した」

 

 ―――鬼は椅子に腰掛け、足を組み、目の前で正座をさせる艦娘たちに冷たい言葉を浴びせる。

 

「………………っ」

「ぐっ…………」

「………………」

 

 鬼の口から出した言葉に、コロラド・ガングート・ビスマルクの三人は苦々しい表情を浮かべるが、鬼の表情はピクリともしない。

 

「……反省したのだろうな?」

 

 静かに述べる鬼に三人は揃って鬼から顔を背ける。

 それには屈しないとばかりに。

 

「貴様らは懲りていないのか? 何度も言うが、貴様らが俺の目を盗むことなど出来ない」

 

「くっ……まさかこんなことになるだなんてね」

「だから私はガングートは足手まといだって言ったのよ」

「何も言い返せんな」

 

 鬼の目の前にいるというのに、尚も無駄口を叩く三人。

 当然それを良しとしない鬼は「誰がお喋りを楽しめと言った?」と眼光鋭く言い放つ。

 その恐ろしさに三人共姿勢を正すと、鬼は深いため息を吐いて三人の背後に控えていた高雄・サラトガ・プリンツに目配せした。

 

「分かりました。皆さん、恨まないでくださいね」

「コロラド、ソーリー……」

「今回は流石に庇えません」

 

「な、何をする気!?」

「止めなさい、オイゲン! アトミラール、命令を取り下げて!」

「貴様! これはもうしないと言っただろっ!?」

 

「先に約束を違えた者の言葉とは思えんな」

 

 高雄たちはコロラドたちがどんなに喚こうが、暴れようが、鬼に従って彼女たちを柱にロープを使って括り付けていく。

 勿論、コロラドたちも抵抗はした……が、高雄たちだけでなく多くの艦娘たちに押さえつけられてしまってはなすすべがない。

 みんな口々に「ごめん」、「すまない」と謝罪する。

 コロラドたちは括り付けられていく間、もう自分たちはダメなのだとハッキリ分かってしまった。

 それからは何の抵抗もする気は起きなかった。

 

「……どうしてこうなったのか、今なら理解出来るな?」

 

 鬼の問いにコロラドたちは尚も顔を背ける。

 なので―――

 

「……そうか。ならばいい。お前たちはそこで見ていろ」

 

「アトミラール!」

「なんてことを!」

「お前の血は何色だ!」

 

「さぁ、みんな。こんな不届き者共は無視してバイキングを楽しもう」

 

『はぁい♪』

 

 ―――鬼はもう気にせず、室内の灯りを煌々とつけてバイキング形式のランチパーティ開始を宣言した。

 

 

 

 今日は大嵐のため、出撃等は一切中止。

 なので急に時間が出来てしまった提督が日頃から頑張る艦娘たちのために、手料理を間宮たちと作っていた。

 しかし気が付いたら、作り過ぎたとは言い難い量の料理を作っていたのだ。

 

 因みに鎮守府本館・ドック・格納庫・艦娘宿舎・食堂は緊急時の脱出路として地下通路が繋がれており、悪天候でも難なく集合出来る。

 

 今回作ったのは大鍋にカレー、クリームシチュー、コーンポタージュ、シチー。

 また肉じゃが(肉は牛)、おでん(変わり種で焼売とたこ焼き)、ポトフ、様々な魚の煮付けや豚の角煮と牛の角煮といった煮込み料理。

 唐揚げ、フライドポテト、ローストチキン、麻婆豆腐、麻婆春雨、回鍋肉、甘いだし巻き玉子、スコッチエッグ、ロースカツ、ヒレカツ、味噌カツ。

 様々な種類のピザやデザート。

 サラダにはポテトサラダからコブサラダ、海藻サラダ、シーザーサラダ、コールスローサラダ、カプレーゼ。

 そしてご飯、パン、蕎麦、うどんからナンまで様々な主食が用意されている。

 

 どうしてこんなに作ってしまったのか……それは間宮たちが提督と厨房に立てることが嬉し過ぎて、その喜びと愛を爆発させた結果だ。

 間宮・伊良湖・瑞穂・鳳翔・秋津洲……鎮守府の厨房戦隊メシ(作るの)ウマイ(ン)ジャーたちの暴走により、こんなにもラインナップが増えてしまった。

 加えて朝の戦隊モノで良くある追加キャラみたいに、龍鳳とイタリアまでもが参加したことで余計に増えた。

 因みに今回の食材費用の方は全て提督のポケットマネーから出すのだとか。

 

 調理器具も提督が圧力鍋やらスチームケース、コンパクトフライヤー等の便利器具のお陰で、これだけ作っても調理時間はかなり短いものとなった。

 ただ量が量なだけに4時間は掛かった。

 

「うわっ、何このピザ! 美味しい!」

「提督が揚げてくれた唐揚げも美味しい〜♪」

「大嵐なのは嫌だけど、こんな素敵なバイキングパーティになったのはすっごく嬉しい!」

 

 みんな口々に料理を褒め、気に入った料理を好きなだけ皿に取っては頬張る。

 そんな仲間たちをコロラドたちは涙を浮かべながら睨んでいた。

 

 そもそも、コロラドたちがどうして罰を受けているのかというと―――

 

「つまみ食いは重罪だ。身をもって己が犯した罪の重さを思い知るといい」

 

 ―――こういうことだ。

 

 ◆◆◆つい1時間程前◆◆◆

 

『実に暇だ。何やら暇潰しはないのか、ドイツ戦艦』

『勝手に私の部屋に押し掛けてきて、私の大好きな胡麻煎餅を貪りながら何を言うの? 沈めるわよ?』

『まあまあ、ビスマルク。ガングートはこういう性格だから気にしたら負けよ』

 

 暇を持て余したガングートは談話室へ向かう途中で、コロラドと遭遇し、コロラドの有無を許さずに拉致り、たまたま目についたビスマルクの部屋にドカドカと上がった上で傍若無人な振る舞いをしていた。

 ここの艦娘宿舎は巨大なアパートみたいなもので、姉妹艦が着任していない者は基本的に一人部屋となる。

 一見寂しそうに思われるかもしれないが、艦娘たち自身が気軽にどの部屋でも行き来するため、寧ろ騒がしいのだ。

 なのでどうしてもプライベートな時間が欲しい場合にのみ、部屋の内鍵を掛けたり、表に掛札を掛けるなりする必要がある。

 

『私も慣れたいけど、どうしても生理的に無理なのよ、コイツの態度が!』

『胡麻煎餅くらいでガタガタ言うな。一袋くらい食われてもまた買えばいい話だろう?』

『このソ連の糞ったれが……』

 

 ワナワナと憤るビスマルクは噴火寸前。

 なのでコロラドはすかさず『そういえばね!』と話題を逸らした。

 

『地下通路の方からいい匂いがしてるのよ』

 

 コロラドが出した話題にグルメなビスマルクもガングートも目をギラリと輝かせて食いついてくる。

 それを確認したコロラドは内心ホッとして続けた。

 

『それで気になるから確認しに行こうと思ったら、ガングートに強制連行されたのよ』

『それはすまなんだ。ならばそうだと言ってくれれば―――』

『―――言う前に私の手を掴んでシベリア送りだって言ったのは誰よ?』

『ほう、シベリアか。懐かしいなぁ。あそこは極寒の地でな、それはそれは―――』

『―――ああ、もうっ! 話が進まないんだけど!?』

 

 どこまでも陰りを見せないガングート節に今度はコロラドが奇声をあげ、ビスマルクの方から『まあまあ』と宥められてしまう。

 

『ならば行ってみるか』

『は?』

『何処へ?』

『だから地下通路だ。匂いの原因を確かめに行こうじゃないか。あわよくばその先で美味いものが食えるかもしれんだろう?』

 

 私利私欲に溺れ、じゅるりとよだれを啜るガングート。

 そんな馬鹿ングートに二人は苦笑いするしかなかった。

 

 ―――

 

『あれは提督だな』

『そうね、紛うことなきアトミラールだわ』

『相変わらず可愛いエプロン付けてるわね。というか、アドミラルを凝視しつつ寸分違わず食材切ってるマミーヤたちが怖過ぎるわ』

 

 匂いを辿って行き着いた先は食堂。

 地下通路の出入り口の扉を微かに開けて中を確認する三人。因みに三人はガングートを一番下にビスマルク、コロラドの順で団子みたいにしている。

 

『あやつが料理とは、今日は何か特別な日なのか?』

『ゴンサレスくんの誕生日とか?』

『いや、ただ単に暇を持て余した末の料理なんじゃないの?』

 

 提督は趣味とまでは言わないながらも、料理の腕は立つ。それも料理のスキルを磨いておいて損はないからと両親に言われて、幼い頃から経験を積み上げてきたからだ。

 そのお陰で特殊部隊時代はレーションが苦手だという隊員たちのために、調達した食材で美味しい料理を振る舞って隊員たちの胃袋を鷲掴みにするという鬼な所業も成し遂げている。

 

『ではあれはいずれ我々が食してもいいことになるな』

『あれだけあればね……』

『まあ楽しみね♪』

 

 兎にも角にも自分たちの提督は優しい。よってあの料理の数々は昼間にみんなで頂くことになるだろう。

 コロラドたちは揃って頬が緩んだ。何を隠そうコロラドたちも提督にガッチリと胃袋を鬼ホールドロックされてしまっているのだから。

 楽しみだ……実に実に楽しみだ。

 その時の三人はそう思っていただけだったが―――

 

『提督、下ごしらえが終わりました♡』

『ありがとう、間宮。なら早速カレーコロッケを揚げるとしよう』

 

 ―――その料理名を聞いた瞬間、三人は目の色を変えた。

 

 カレーコロッケ……これだけ聞けば普通のカレーコロッケを誰もが想像するだろう。

 しかし提督のカレーコロッケは敢えて評するならば『鬼』である。

 何しろカレーコロッケの中に茹でたウズラの卵が中央に入っており、その黄身がカレーコロッケのカレーと絶妙にマッチして酒のつまみにもご飯のおかずにもパンに挟んでもいい代物だ。

 提督の手料理はどれも美味しい。しかしこの三人はその中でもカレーコロッケをこよなく愛している。

 そもそもカレーコロッケに限らず、コロッケ自体が海外では珍しいのだ。

 よって初めて食べた時のあの感動が今もコロラドたちのハートを掴んで離さないのである。

 

 ◇◇◇そして今に至る◇◇◇

 

 そう、愚かにもコロラドたちは揚げたてのカレーコロッケに目がくらみ、つまみ食いしてしまったのだ。

 当然、提督に即バレしたことで三人は揃って磔獄門の刑に処されている。

 

「ごめんなさいっ……本当にごめんなさいっ!」

「心から反省してるわ! だからアトミラール、私たちにご慈悲を!」

「二度とあんな愚行に及ばないと誓う! だからどうか!」

 

 涙を流して必死に許しを乞うコロラドたち。

 しかし鬼は残酷で―――

 

「一人3個までという制限のもとで人数分揚げたんだ。なのにお前がそれを狂わせた。この罪の重さが、意味が分かるな?」

 

 ―――慈悲など持ち合わせていないのだ。因みにコロラドたちは2個ずつつまみ食いしたし、これが初犯ではない。過去に3度もつまみ食いをしているのだ。

 

 提督の言葉に三人は揃って視線を下ろし、口を噤む。

 食べてしまった当初は幸せだったが、悪魔に魂を売ったのだからこの結果も当然なのだと。

 

「やっと静かになったな。おい、始めろ」

 

 落としていた視線を三人が再び持ち上げると―――

 

「恨まないでね、バッキングブロンコ(コロラドの愛称)……」

「アトミラールには逆らえん、ビスマルク……」

「それ相応の罰は受けてもらうよ?」

 

 ―――今度はアイオワ・グラーフ・響の三人が目の前に並び立つ―――

 

 

 

 

 

 カレーコロッケを見せつけるように

 

 

 

 

 

 ―――それぞれの眼前でつまみ上げて。

 

 三人はその光景を見て嘘だと叫びたかった。

 いや、頭の中では分かっていた。それだけの罪を犯したのだから。

 しかし心がそれを是としなかった。

 なので三人は腹の底から言葉にならない言葉で叫んだ。

 

 でも―――

 

「ん〜、デリシャス♪」

「んむ、実に美味……極上とはこのことだ」

「んっ、いい味だ。流石私たちの司令官だね」

 

 ―――元々の自分たちの取り分だったカレーコロッケはアイオワたちの胃に収まってしまった。

 

 泣いた。各国を代表する戦艦の乙女たちが、カレーコロッケを戦友や妹分たちに食われて泣き叫んだ。

 周りも『お気の毒様』としか三人に送れず、カレーコロッケを目の前で食べられたことには可哀想で同情もするが、そもそも提督の愛に泥を塗ったコロラドたちには同情する余地もない。

 泣いて泣いて、己らが犯した罪を嘆くがいい……というのが全員の意見だった。

 

「うっ……ひっく……ごべんばばいっ!」

「もうじまぜん! もうじまぜんがらぁっ!」

「許して……っ、ください……ううっ」

 

「…………」

 

 泣きながら許しを乞うコロラドたちと、それを冷たく見つめる鬼。

 しかし―――

 

 

 

 

 

「もう二度としないと誓えるな?」

 

 

 

 

 

 ―――鬼は鬼でも優しい鬼が三人の目の前にいる。

 

 その言葉にコロラドたちは一心不乱に首を縦に振った。

 

「しないっ! もう二度としないわ! 神に……アドミラルに誓う!」

「私だって誓うわ!」

「このガングートもだ! 二度とあんな真似はせん!」

 

 三人の叫ぶような誓いの言葉を聞き、鬼はわざとらしく大きなため息を吐いてみせる。

 

「ロープを解いてやれ。この三人もバイキングパーティに参加させる」

 

 高雄にそう言うと、高雄は「はい♪」と満面の笑みで三人を縛るロープを緩めていった。

 そんな光景を見て、みんなも『提督は優しいなぁ♡』と胸がキュンキュンする。

 当然のことながら鬼はそんなことも知らないが……。

 

「解けましたよ」

「ありがとう、高雄」

「感謝するわ」

「感謝するぞ」

「いえいえ」

 

 高雄にお礼を言い、次いですぐに提督にも改めて頭を下げる三人。

 すると提督は黙ったままそれを受け入れ、また響たちに目配せした。

 

 響たちが三人の前に来ると、その手に持った皿にはあのカレーコロッケが1つずつ神々しく鎮座している。

 それを見た途端、三人は驚いて目を見開き、提督を凝視した。

 

「俺の計算違いでたまたま3個余りが生じた。食うといい」

 

『え』

 

「なんだ、要らないのか?」

 

「頂くわ!」

「頂きます!」

「頂こう!」

 

 コロラドたちはすぐにそう返して、響たちからそれぞれ余りのカレーコロッケを受け取った。

 時間が経っているのに、コロッケは未だ衣のサクサク感が見ただけで健在だと分かる。

 普通ならナイフやフォーク、お箸で食べる方が手を汚さないが、提督は『コロッケは手で食べた方が味わい深い』と言うので、ここの艦娘たちはコロッケだけは基本的に手掴みで食べるのだ。

 コロラドはソース、ビスマルクはシンプルに塩、ガングートはソース&マヨネーズ……それぞれお好みの調味料を掛けて、パクッとそれを頬張った。

 

 サクッとした歯応え、かと思えばすぐにカレーの風味を宿したホクッとしているのにしっとりとしたじゃがいもの餡が存在感を主張し、そこへウズラの卵が自分こそが主役だとメインを張ってくる。

 まだ中が温かい、優しい鬼の味は美味しいのに塩味が強い気がした。

 

「よく噛んで食うように」

 

 提督はそれだけ告げると、三人に背を向けて他の艦娘たちの中に紛れていく。「なんでもっと食わないんだ! 美人なんだからもっと食え!」などと謎な理論をぶつけながら……。

 

 そんな提督を見つめつつ、三人は早くもカレーコロッケを完食した。

 

「……美味しかった……」

「ええ、実に美味しかったわね」

「……実は私の夢はわんこカレーコロッケをすることなんだ」

 

 最後のガングートの謎告白にその場にいる全員がポカン顔になったが、響がすぐに切り替えて話題を振る。

 

「本当に三人共、司令官に感謝するんだよ? 三人が食べたカレーコロッケは元々司令官の分なんだからね?」

 

 響の言葉に三人は揃って驚愕した。

 しかしすぐに理解した。

 何しろ鬼はどこまでも優しい鬼なのだから。

 

「つまみ食いは良くないけれど、食べたいのに食べられないのは可哀想だからってアドミラルが自分のを三人に譲ったのよ?」

「アトミラールは自分よりも私たち艦娘を優先するからな」

 

 続けてきたアイオワとグラーフの言葉にコロラドたちはまた涙を流す。そしてもう二度とつまみ食いはしないと改めて誓った。

 

「さぁさ、三人共。後悔しているのならば、バイキングパーティを楽しんでください。そうでないと提督がより悲しみますよ」

 

 高雄が手を軽く叩いて促すと、コロラドたちは涙を拭い、胸を張って料理が並ぶテーブルへと歩を進める。

 その背中には『鬼LOVE』と書いてあるように高雄たちには見えたとか―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

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