天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「天海志騎は勇者である、前回の三つの出来事!」
刑「一つ! 志騎達が安芸から休暇を言い渡される!」
刑「二つ! 休暇の中で、四人がさらに強い絆を結ぶ!」
刑「そして三つ! 志騎が刑部姫から、強化アイテム『キリングトリガー』を渡された!」
刑「む? 何故志騎ではなくお前がやるのだと? 仕方ないだろう、奴は今回遠足に行っているからな。サービスだ」
刑「さて。聡明な読者諸君ならもう気づいているだろうが、キリングトリガーはただの強化アイテムではない。だがそれが使われるのはもう少し先だ。悪いがもう少し待つように。では運命の分岐点となる第十話を、楽しんでくれ」



第十話 遠足と危機と志騎の怒り

 

 ウィーン、と勇者である志騎達四人以外誰もいない早朝の教室に、黒板クリーナーの音が響き渡る。

 クリーナーで黒板消しを綺麗にしていたのはクラスで黒板係を行っている園子だ。一方黒板の前では、保健係であるはずの銀が黒板消しを使って黒板を綺麗な状態にしていた。

「ありがとね~、黒板係の仕事手伝ってもらって」

「良いって。保健係は普段楽してるし! ……須美の並ばせ係は、ビシバシだけど」

 銀の言う通り、須美のクラスメイト達の並ばせ方は少々怖い。何せ、朝礼に向かう前にはクラスメイト達の前に仁王立ちして、

『朝礼に向かいますが、私語をした者には、お灸をすえます!』

 などと言うのだ。なので、その時の須美の姿はクラスメイト達から怖がられているが、そのおかげと言うべきかこのクラスの中に朝礼で私語をする者は一人もいない。

「お灸ってワード滅多に聞かないよな。なっ」

「お役目には常に全力投球よ」

 すると須美の言葉に、園子は手に持っていた黒板消しを銀のものと交換しながら言った。

「お役目と言えば、四体目のバーテックス来ないね~?」

「そう言えばそうだな。もうそろそろ襲ってきてもおかしくないが……」

 考えてみれば、四人が最後にバーテックスと戦ってから結構な時間が経つ。最初にバーテックスが襲来してから二体目、三体目と戦ってきたため、その期間の事を考えると志騎の言う通りそろそろ襲ってきてもおかしくはないのだが、バーテックスの襲来は気配はまったくと言っていいほど感じられない。まぁ嵐の前の静けさという言葉もあるので、油断は一向にできないのだが。

 だが、志騎達には正直今の時期にバーテックスには来てほしくない事情があった。その事情を、二人の会話を聞いていた銀がうなだれながら言う。

「もうすぐ遠足なんだけどなー。その時は来ないでほしいねぇ」

 そう。その事情が、銀の言った通りこのクラスの生徒達で向かう遠足だ。あくまで日帰りと言え、自分達の知らない場所に向かうと聞けば大半の人間は心が弾むものである。実際、クラスメイト達は遠足へ向かうのを非常に楽しみにしていた。もちろん須美や園子、銀もその中の一人です。

 だが、そうとなると一つだけ懸念すべき点がある。

「その遠足なんだけど……。街を離れてしまって大丈夫かしら?」

 須美の言う通り、遠足となれば必然的に自分達とバーテックスとの戦闘の場となる大橋から離れる事になる。もしも遠足の途中にバーテックスが襲来してきたら、その対応が遅れてしまう危険性があるのだ。

 しかし、須美のその心配を園子がやんわりと打ち消した。

「勇者になれば大橋まであっという間だから大丈夫だよ~。来て欲しくはないけどね」

 確かに勇者となった志騎達の身体能力ならば、例え大橋からどれだけ離れていても急いで向かえばすぐにたどり着く事ができるだろう。バーテックスが襲来した時には必ず大橋の鈴が鳴るだろうし、何よりも樹海化の前兆として自分達以外の時間が必ず止まるので、バーテックスの接近に気付かないかもしれないといった心配もない。それに何よりも志騎には大橋に短時間で辿り着く事を可能とするゾディアックフォームがあるので、いざとなればそれを使えば良い。つまり、四人が大橋にたどり着けない可能性はまったく無いのだ。

(……まぁ、最悪の場合こいつもあるしな)

 志騎が自分のズボンのポケットに手をやると、そこには何か掌に収まるサイズの物体が入っているのが分かる。

 キリングトリガー。

 刑部姫が開発した、志騎の勇者システム専用の機能拡張デバイスであり、あの刑部姫がいざという時に使うべきだが、できれば使わないようにと忠告するほど強力な力を持ったアイテム。

 これがどのような力を秘めているのかはまだ分からないが、いざという時にはこれを使う必要もあるだろう。刑部姫がああ言う以上何らかの危険性はあるだろうが、使うのをためらった結果、バーテックスが神樹を破壊し世界が滅びるなどあまりにも笑えない。使うべき時には、迷わずに使おうと志騎は心に誓った。

 そして、そんな事を志騎が考えているとはまったく思っていない銀が笑いながら須美に言う。

「考えすぎてちゃ、何もできなくなるぞー」

「……一理あるわ」

 銀の言葉に須美は納得した様子を見せたが、二人の会話を聞いていた志騎はため息をつきながら銀にジト目を向ける。

「俺としては、お前にはもう少し考えて行動して欲しいんだけどな」

 すると志騎の言葉に、銀は痛いところを突かれたような表情を浮かべながら、

「うぐ……。いや、それは志騎や園子の役目だろ? ほら、適材適所って奴!」

「何だそりゃ……」

 銀の言葉に志騎は呆れるが、無論意地悪で言っているわけではなく、ただの軽口のようなものだ。その証拠に志騎の口元には微かに笑みが浮かんでおり、志騎と銀のやり取りを見ていた須美と園子もまるで微笑ましいものを見るような表情で二人を見ている。

「ま、大丈夫だって! 何があってもこの勇者様が何とかするから!」

「わー! ミノさんカッコいー!」

「調子に乗って足元すくわれないよう気を付けろよ」

「……なんか今日の志騎、やけにあたしへの風当たりが強くないか? アイアンハートのあたしもさすがに傷つくぞ?」

「銀だけにか? いや、アイアンは鉄か……」

 バーテックスが襲来してくる可能性を頭に思い浮かべながらも、気負わず自然体でいる三人が心強く思え、須美は笑みを浮かべると同時に確信する。例え何があっても、この三人とならば大丈夫だと。

「……そうね。私達四人なら、大丈夫ね! 分かった。ありがと!」

 彼女の言葉に三人は笑顔を浮かべながら同時に頷くのだった。

 

 

 

 休み時間、クラスの生徒達がそれぞれ自由に過ごしている中で、勇者四人はいつも通り園子の席の周りに集まっていた。勇者として仲良くなってからは、こうして彼女の席の周りに集まるのが半ば定番となっている。

「あ~、手の豆がチクチク痛い~。今日の鍛錬大変だな~」

 机にもたれかかりながら泣きそうな声で言う園子の両手の四本の指の付け根には、確かに赤いマメができていた。これは確かに槍を握る時はさぞ痛いだろう。

「槍の握り方を変えてみるとか?」

「先生が変えてもどうにもなんないって~」

「よしよし、痛いの痛いの消えてけー」

 銀が手で園子の頭を優しく撫でてやると、園子は「えへへ……」と嬉しそうな笑顔を浮かべた。本当に手の痛みが消えるわけではないだろうが、彼女の心の癒しに少しはなっただろう。

「あとでマメに効く絆創膏を買ってきてやるから、それを貼っておけ。少しは痛みがマシになるだろう」

「ほんと~? えへへ~、ありがとうあまみん。お金はちゃんと払うからね」

「別に良いよそのぐらい。マメが破れたらばい菌が入るかもしれないしな。マメでも、治療は大切だ」

 仮にばい菌が入らないとしても、マメが破れたらかなりの痛みを伴う場合もある。そういった意味でも、マメの対処は必要だろう。

 と、そんな時だった。

「三人にはこれを渡しておくわ」

 須美の言葉と共に、園子の机にどすんと何か分厚い物が置かれた。三人が目を向けると、それはどうやら何かの冊子のようなものだった。断言ができなかったのは、それが冊子と呼ぶにはあまりにも規格外すぎる分厚さだったからだ。その分厚さは、並大抵の辞書のそれをはるかに超えている。本好きの志騎ですら、そのような本や冊子を目にした事は一度も無い。少々物騒な表現になってしまうが、やろうと思えばこれで人を撲殺できるのではないだろうか。

 だが驚くべきは、その冊子が一冊ではなく三冊あるという事だ。つまりその冊子は、志騎達三人のための物という事だろう。何に使うかは一瞬分からなかったが、その冊子の背表紙と表紙に書かれている文字が、何のために作られたのかを示していた。

 表紙と背表紙にはこう書かれていた。

『旅のしおり』。

「す、須美さん……何すかこれは」

 旅のしおりとしては明らかに規格外すぎる分厚さを持つ冊子を目の前にした銀が尋ねると、須美は両腕を組みながら自慢げな笑みを浮かべた。

「見ての通り遠足のしおりよ。データ版は三人の端末に送っておいたわ」

「これをわざわざ作ったんすか!?」

「てか、データ版もあるのかよ……」

 見ての通り、とは言うがどこからどう見てもしおりではなく辞書である。おまけに須美の言う事を信じるならばどうやらデータ版も律義に作ってくれたらしい。これだけの情報量を持つ冊子をデータ化するとなると、それなりの容量を食うはずなので、正直それはやめて欲しかったなと志騎は心の中で思う。

「張り切って夜更かししてしまって、予定よりずいぶん量が増えたわ」

「わっしーは凝り性さんと言うか、のめり込むタイプだよね~」

 自分の目の前に積み重なる三冊のしおりを見ながら園子がほんわかと言う。確かにこの冊子を見ると、そうも言わざると得ないだろう。銀はやれやれと言いたそうに肩をすくめながら、

「将来須美の旦那になる奴は、幸せだけど色々大変そうだ」

「なんでそういう話になるのよ」

「この三ノ輪銀のような男がいればなー」

「お似合いの二人だね~」

 銀が自分を親指で指しながら言うと、須美はなっと小さく声を漏らして顔を背けた。だが紅潮した頬を見るからに、銀の言う事に怒っているわけではなくただ単に恥ずかしいだけのようだ。どうやら須美としても、銀の言葉は満更でもなかったらしい。

「と、とにかく! このしおりを活用して、遠足の準備を済ませておきましょ! 遅れるとお灸よ!」

 言いながら須美が差し出した右手には、本当にお灸の時に使う(もぐさ)が乗せられていた。さすがの志騎も、艾を目にするのは初めてである。

「そういうの、どこで売ってるの~?」

「イネス」

「ナイスイネース! イエーイ!」

「い、イエーイ……」

 そして銀の掛け声とともに、須美と銀はハイタッチを交わす。そんな二人を園子は笑顔で眺め、志騎はやれやれと言いたそうにため息をつくのだった。

 

 

 

 その日の夜、志騎は自室で明日の遠足の準備を整えていた。日帰りなのでそこまで大掛かりではないが、何事も準備は必要である。何が起こるか分からないため忘れ物がないかチェックも必要だが、そこは須美がくれた分厚い旅のしおりが役立ってくれた。持ち運びには不便だが、さすがそれを補って余りある情報量が詰め込まれているだけあり、準備がサクサクと進む。最初は須美の熱中ぶりに呆れた志騎だったが、今では須美の真面目な仕事ぶりに感謝すらしていた。これならばあの銀も明日は忘れ物はしないだろう。

「よし、これで終わりっと」

 必要な荷物をリュックに入れ終え、チェックも完全に終わった。これで明日朝寝坊でもしない限り、家を慌てて出る事はまず無いだろう。そのためにも、今日はもう早く寝た方が良い。きっと引率の安芸先生も明日に備えてもう眠っているはずだ。

 リュックを部屋の片隅に置いて部屋の明かりを消し、さらに目覚まし時計も忘れずにかけると志騎はベッドに潜り込んだ。さぁこれであとは寝るだけだと志騎が目を閉じようとした時、志騎のスマートフォンが鳴った。着信音からすると、いつも使っているチャットアプリに着信が入ったのだろう。

 こんな時間に何だ? と志騎は訝しげに思いながらスマートフォンを取り出してアプリを表示する。

『まだ起きてるか?』

「なんだ、銀か」

 メッセージを送ってきたのは銀だった。だがいつも四人が使っているグループでの画面ではなく、単純に相手と一対一で会話を行う時の画面だった。勇者になる以前から銀とはちょくちょくチャットで連絡を取り合う事もあったため別に不思議ではないのだが、勇者になってからはグループの画面で会話をする事が多くなったため、こうして彼女と一対一でチャットを行うのは久しぶりである。

『どうした、突然。早く寝ないと明日寝坊するぞ』

『それは分かってるんだけどさ、ちょっと目が冴えちゃって……』

『スマホをやってたらますます目が冴えるぞ。早く寝ろ』

『分かってるけどさ。てか、なんかこうしてるとお前お母さんみたいだな』

 うるせぇよ、と志騎はさらにチャットにメッセージを追加して送ってやる。何故だろうか、文字だけのやり取りのはずなのに、銀の笑顔と声が自然と頭の中で再生される。きっとそれほどまでに、彼女との付き合いが長いという事なのだろう。

『そうだ。明日ちょっとお土産選びに手伝ってくれよ。鉄男からお土産頼まれてさー』

『別に俺じゃなくても良いだろ。須美か園子と一緒に選べよ』

『そうなんだけどさ。でもやっぱり同じ男の子のお前の方が何か良い意見をもらえるんじゃないかと思って。なぁ頼むよー』

「……やれやれ」

 自分の意見など聞いてもそれが鉄男の好みに合うかは分からないと思うのだが、こうして頼み込まれては断るのも銀に悪いだろう。志騎はメッセージを打ち込んで銀に送信する。

『分かったよ。付き合えば良いんだろ』

『さっすが志騎! んじゃ、明日はよろしくな!』

『分かったからさっさと寝ろ。寝坊しても、明日は起こしてやれないからな』

『はーい。おやすみー』

『おやすみ』

 そこでメッセージが途切れた。どうやらメッセージ通り銀は夢の世界へと旅立っていったらしい。それを確認した志騎はスマートフォンの電源を切ってベッドに置くと、自分も明日遅れないように目を閉じてようやく眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 そして生徒達が待ちに待った遠足当日、志騎のクラスを乗せたバスは四国の高速道路を順調に走っていた。無論バスの車内には志騎と銀、須美と園子四人の姿もある。志騎は予定通り寝坊する事無く早起きし、銀も時間ギリギリではあったものの早く起きる事に成功した。須美と園子に至っては言わずもがな。

 なのだが、やはり早起きは辛かったのか園子はバスの車内で銀の肩を枕にして早速眠ってしまっていた。とは言っても、園子の場合は朝は大抵眠っている事が多いので、むしろ平常運転と言えるのだが。

 バスはしばらく走り続け、やがて遠足の目的地である公園に辿り着いた。公園と言っても志騎達の街にあるような小さなものではなく、大型アスレチックのあるかなり広い公園だ。そこで生徒達は体操着に着替えて、思い思いの時間を過ごす事になっている。とは言っても、大半の生徒達はまずアスレチックコースで遊ぶのだが。

 そしてアスレチックコースで遊ぶ男子達に混じって、志騎もアスレチックコースを遊んでいた。アスレチックの中にはやや難易度が高いものもあるが、元々身体能力はさほど低くない上に、今では勇者として鍛錬を受けている志騎はすいすいとアスレチックを進んでいく。さらに次のアスレチックとして志騎がうんていに向かうと、先にうんていに挑んでいる銀の姿が目に入った。ここに来てからの彼女はまるで水を得た魚のように活き活きとしていた。

 と、うんていを苦も無く進んでいく銀に、彼女の後ろにいるクラスメイトが言った。

「ねぇ、銀ちゃん」

「どうした?」

「実は、銀ちゃんのサインが欲しいって、妹に頼まれてて……」

「えっ!?」

 クラスメイトからの予想もしない言葉に、銀は思わず驚きの声を上げた。銀がどうして? という表情を浮かべると、クラスメイトが理由を告げる。

「大きなお役目についてるって聞いて、憧れてるんだと思う」

 確かに銀の----正確に言えば勇者のお役目は、内容は公言される事はないものの文字通り世界の存続に関わる非常に大切なものだ。内容を知らぬ第三者がそれを聞いて、一種の憧れの念を抱いてもおかしくはない。

 一方、クラスメイトの話を聞いた銀は一瞬目を丸くしたものの、

「はっ! そうか……。あたしはもう、サインをする側の人間だったの、か!」

 興奮したように言いながら素早い動きでうんていを突き進んでいき、最後に両腕に力を入れて前方に飛ぶと同時に空中で一回転すると華麗に地面に着地する。見事な動きを見せた銀に周りの女子生徒達から拍手が鳴るが、その様子を少し離れた所から須美が心配そうに見えていた。

(あの間抜け……。調子に乗りやがって)

 銀のあのノリは昔からなので志騎はもう慣れたが、いつまでもあんな調子でいるとその内痛い目に遭う可能性が高い。やれやれと志騎はため息をつくと、今までのアスレチックと同じように難なくうんていを進んでいった。

 そして四人は、午前中最後となるアスレチックへと挑んでいた。最後のアスレチックの遊び方は、上から垂れ下がるロープを使って登り高台を目指すというものだ。それなりの高さはあるので手を離したら怪我をする危険性はあるが、逆に両手を離さないよう気を付けていれば高台に辿り着くのは難しくない。

「これを登ったらお昼だね~」

「よーし!」

 アスレチックを見上げてた四人の中で一番先に攻略に乗り出したのはやはりと言うべきか銀だった。彼女は右手で縄を掴むと、左手を腰に回した状態、つまり右腕一本でアスレチックを登っていく。握力とバランス感覚の両方が無ければできない事を、彼女は簡単そうにやってのけていく。

「いや~、ちょっと簡単すぎるなぁ! 片手で登れるよこんなの!」

「こら銀! ふざけないの!」

「油断してたら怪我するぞ」

「へーきへーき!」

 登る銀に須美と志騎の注意が飛ぶが、銀は余裕の笑みを崩さない。さらに先に進むべく縄を再度右手で握った瞬間、右手に痛みが走った。

「マメが……!」

「危ない!」

 その瞬間、右手の痛みに銀は思わず縄から手を放してしまい、須美の声が銀の耳に届いた直後、銀はそのまま重力に逆らえずに地面に落ちる。

 だが落下した銀の体を、須美と園子が左右からしっかりと受け止めた。そのおかげで若干の衝撃はあったものの、特に怪我は無いようだった。

「大丈夫ミノさん!?」

「うん……。びっくりした……」

 その言葉通り、銀は半ば呆然とした表情で青空を仰いでいた。すると銀をたしなめるように、須美がやや厳しい口調で銀に言う。

「銀。楽しいの分かるけど、浮ついてないかしら? お役目の重さ、よく考えて」

「………」

 銀は無言のままゆっくりと体を起こすと、うつむいたまま須美に言った。

「借りは返すよ。そして反省します。口数を減らします!」

 右手で自分の頭を軽く叩く様子は先ほどと変わらずやや軽く見えたものの、大切な友人の忠告を聞き流すほど銀は愚かではない。お役目の重さも、須美達の銀を心配する気持ちも、十分に伝わった事だろう。それに須美と園子がほっとした様子を見せると、志騎も二人と同じように安堵の息をつきながら、

「ま、反省するのは良いとしてだ。怪我は無いか? 頭とかは打ってないよな?」

「ああ、大丈夫。心配してくれてありがとう、志騎」

「別に礼なんていらない。それより本当に気をつけろよ? お前だって、どこぞの誰かのように頭を打って病院で一日寝たきりなんて嫌だろ?」

 するとその瞬間、銀はあからさまに嫌そうな表情を浮かべて、

「志騎……頼むから思い出させないでくれよ……。あたし、今でもあれがトラウマなんだから……」

「あ、そうだったな……。すまん」

 しまった、と言わんばかりの表情を志騎が浮かべると、「分かってくれたら良いよ!」と銀は笑いながらすぐさまアスレチックへと向かって行った。今度は片手ではなく、ちゃんと両手で縄を掴んで確実にアスレチックを登って行っている。その様子を眺めている志騎に、須美が尋ねた。

「ねぇ、志騎君。今のって、どういう意味?」

「ああ、昔色々あってな。一応言っておくけど、あいつにその事を聞くのはやめた方が良い。さすがのあいつもその事についてはあまり話したがらないんだ」

「そうなんだ……」

 基本的に聞かれた事に対しては素直に話してくれる銀が話す事を好まないという事は、彼女にとってもよほど聞かれる事が嫌な事らしい。それはさっきの銀の表情と、うっかり話題に出してしまった志騎の表情から見ても何となく分かる。なので須美は、志騎に言われた通り先ほどの事は銀には聞かない事にした。誰にだって話したくない事の一つや二つあるものだし、大切な友人を不快な気分にさせるのは須美もしたくない。

 だが、それと同時に須美の心にある感情が湧いてきた。

「でも……ちょっと羨ましいわね」

「はっ?」

 突然の須美の言葉に、志騎は怪訝な表情を浮かべながら彼女の顔を見つめる。明らかに、『お前、何言ってんだ?』と言いたそうな顔である。

「だって、それってつまり二人にしかない思い出があるって事でしょ? 何だか、そういうの良いなぁって思うの」

「うんうん! 二人だけの大切な思い出……。ロマンチックだよね~」

 志騎と須美の話を聞いてた園子がうっとりしたような口調で言う。ネットで小説を執筆しているためか、そういう話には人一倍敏感なようである。志騎は呆れたような表情を浮かべながら、

「別にあれはそんな良いもんじゃない。大体、お前達にだって三人にしかない思い出とかあるだろ? この前合宿にだって行ったし。条件は同じだろ」

 勇者である事を差し引いても、四人はとても仲が良い友人と言えるだろう。だがそれでもやはり、志騎と三人の間には男と女という性別の差がある。幼馴染である志騎と銀の二人にしかない思い出があるように、仲良し女子三人という枠組みにしかない思い出だってあるだろう。それなのに、どうして須美は自分と銀に共通の思い出がある事を羨ましいと言ったのだろうか。

「確かにそうかもしれないけれど、でもやっぱり友達とは違う、幼馴染っていう絆があって、その二人だけが共有してる思い出があるって事はやっぱり羨ましい事だと思うし、素敵な事だと思うわ」

「……? そういうものなのか?」

「そういうものなんよ~」

「……そうなのか」

 志騎はそう言ってから腕組みをすると、むぅと唸って黙り込んだ。こうして黙り込むのは、彼が今聞いた事を頭の中でかみ砕いている時の癖のようなものだ。彼と友人になる前は分からなかったかもしれないが、こうしてかけがえのない友人となってからは志騎の仕草が何を意味しているかが須美と園子には段々と分かってきた。まぁ、さすがに二人より志騎と付き合いの長い銀には敵わないだろうが。

「だけど、幼馴染の定義から考えると二人も銀の幼馴染になるんじゃないか?」

「うーん。でも付き合いの長さを考えると、やっぱり志騎君の方が銀の幼馴染って感じが強いのよね」

「----つまり、私達がミノさんの幼馴染を名乗るには、あまみんの屍を超えていくしかないのだ~! 目指せあまみん打倒~!」

「え、俺殺されるの?」

 志騎が少し顔をひきつらせながら言うと、園子は「冗談だよ~」とほんわかした調子で笑った。それにつられたかのように須美も笑い、志騎は疲れたような息をつきながら肩をすくめる。やがて三人は高台で銀が一人で寂しそうに待っている事にようやく気付くと、急いで縄を登り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 午前でのアスレチックを終えた後は昼食となる。昼食は公園にあるバーベキュー用の鉄板を用いての焼きそばで、男子と女子それぞれの班に分かれて調理する手順になっている。 

 そして料理の経験があまりない生徒達が多いこういう場で頼りになるのは、銀や須美、志騎のような人間だろう。須美と志騎は普段から家の台所に立って料理を作っているし、銀も時々家族の手伝いとして料理を行っている。彼らが料理を行い、それ以外の生徒がサポートに徹していれば、作業を失敗する事はまず無いと言える。

 志騎がヘラで焼きそばを焦がさないように焼いていると、ジュージューという音と焼きそばの匂いが生徒達の食欲を刺激する。するとそれに耐え切れなくなったクラスメイトが志騎に言った。

「なぁ天海ー、まだー? 俺腹減ったー」

「もうちょっと待ってろよ。あともう少しでできるから。それより、手が空いてるなら皿と箸を用意してくれ」

「はーい」

 クラスメイトが間延びした返事をすると、志騎の言う通り人数分の皿と箸を用意し始めた。

 焼きそばが焦げないように注意しながら、志騎は腕で額の汗を拭う。太陽から降り注ぐ日光と、鉄板の熱気で自然と汗が噴き出してくる。他のクラスメイト達も一緒に焼きそばを焼くのを手伝ってくれてるとは言え、やはりその手つきは志騎と比べると少しぎこちない。とは言っても、日頃から自分と安芸、さらに最近居つき始めた刑部姫の分の料理を作っている志騎が特別なだけで、普通の小学生ならば別におかしくもなんともない事なのだが。

「ねぇ天海君。もうちょっと焼いた方が良いかな?」

「いや、大体それぐらいで良い。それより結構暑いから水分補給とかしっかりしとけよ。あと大丈夫だと思うけど、焼きそばの味が濃いと普通よりも喉が渇きやすいから気を付けるように。それからウィンナーばっかり取るんじゃなくて、キャベツやピーマンもしっかりと乗せる事……」

 と、そこで志騎は何故か周りのクラスメイト達の視線が自分に向けられている事に気付いた。焼きそばを焦がさないように手だけを動かしながら、視線をクラスメイト達に向けて尋ねる。

「何だよ」

「いや……。何か、志騎って……お母さんみたいだな」

「……あ?」

 クラスメイトから放たれたあまりに予想外の言葉に、志騎は思わず本日二度目の間抜けな声を出した。銀に続き、まさかクラスメイトにまでお母さんみたいと呼ばれるとは、さすがの志騎も思わなかったのだろう。焼きそばを焦がさぬようにへらを操っていた両手も、すっかり止まってしまっている。だがそれも一瞬の事で、すぐに手を動かし始めると呆然とした声音で呟く。

「……まさか銀以外から、お母さんと言われる羽目になるとは……」

「えっ?」

「……いや、何でもない。こっちの話だ」

 そう言って志騎はようやくクラスメイト達と一緒に焼きそばを作り上げると、それぞれの皿に焼きそばと焼いた肉やピーマンなどの具を乗せていく。最後に自分の皿に焼きそばと具を乗せると、すでに調理を終えていた銀達の元へと向かう。調理するのは班ごとだが、一緒に食べるグループは特に定められてはいない。

 志騎が三人の元に辿り着くと、志騎の姿を見た銀が声をかけてきた。

「おっ! 志騎も終わったみたいだな! じゃあ四人揃った事だし、早く食べちゃおうよ」

「そうね。……って、志騎君。どうしたの?」

 近づいてきた志騎がいつもは滅多に見せない、ショックを受けたような表情を浮かべているので、気になった須美が尋ねる。すると志騎は呆然とした口調で、三人に聞いた。

「なぁ、三人共……俺はお母さんなのか?」

「「「一体何があったの(んだ)(~)!?」」」

 突然志騎から放たれた奇想天外な質問に、須美と銀はおろかいつもマイペースな園子ですら慌てて突っ込みを入れてしまった。それから三人は、きっと志騎は疲れてこのような質問をしてしまったのだと勘違いし、自分達の焼きそばに乗っている肉や野菜を少し志騎に分けてあげるのだった。

 そしてようやく志騎が我を取り戻し、四人は昼食の焼きそばを食べ始めた。銀は焼きそばに入っている自分が焼いた肉を口に運んでむぐむぐと咀嚼すると、嬉しそうな表情で叫ぶ。

「美味い! 最高! カブト味だな!」

「焼いてないから!」

「………?」

 何故かカブト味という奇妙な単語を発した銀に、やや涙目の須美が叫び、そんな二人に志騎が怪訝な眼差しを向ける。

「美味しいよ~」

「園子はもっと良い肉を食べてるんじゃないのか?」

「このお肉の方が美味しいよ?」

「みんなで食べてるからじゃない?」

「おー!」

 須美の言葉に、園子は目を輝かせながら納得した様子を見せた。確かに志騎も、何故か一人で食べるよりも安芸と二人で食べた方が美味しいと感じた事が何度かある。それを考えると、須美の言っている事もあながち間違いではないのかもしれない。……まぁ、刑部姫が来てからは美味しいというよりも更に賑やかになったという方が正しいだろうが。

 と、園子の口元に焼きそばの食べ残しがくっついている事に気付いた銀がハンカチを取り出した。

「園子、くちくち」

「ありがとう~。……はぁー」

 銀に口元をハンカチで拭ってもらって嬉しそうな表情を見せたかと思いきや、一転して何故か園子は落ち込んだような表情を浮かべだした。

「テンションの乱高下が激しすぎるだろ。どうした」

「わっしーもお料理できて、ミノさんとあまみんもできて、私はできないから、ふと自分が恥ずかしくなったんだよ~」

「焼きそばくらい園子も作れるよ」

「そうだな。お前なら習えばすぐに作れるようになるだろ」

 実際園子は確かに料理ができないが、それはどうしても料理ができないわけではなく、単純に料理の仕方などを習っていないからできないだけだ。基本的に園子は呑み込みが早いので、焼きそばもきちんと教えてあげればすぐに作れるようになるだろう。

「じゃあ、次の日曜日わっしーとあまみんと教えて!」

「「良いけど」」

 と、二人の返事が同時に重なった。それに二人が顔を見合わせると、銀が嬉しそうに言う。

「おっ、ハモった!」

 それに三人はあははは、と楽しげに笑う。一方、焼きそばを食べていた志騎はごくんと焼きそばを飲み込むと、ある人物に鋭い視線を向けた。

「ところで……ピーマン残してないですよねそこの安芸先生!」

「ギクッ!」

 志騎の言葉に、三人から少し離れた所で串刺しのピーマンを前にため息をついていた安芸が体を震わせた。

「ちゃんと食べるわよ!? ちょっと苦手だけど……!」

「前世で何かあったのかな?」

「正直、ここまでピーマン嫌いだとその可能性もあるかもって考えちゃうんだよな……」

 少し涙目になっている安芸に銀が少し困ったような表情を浮かべながら言うと、安芸のピーマン嫌い克服のために日々試行錯誤している志騎がため息をついた。すると、園子がにこやかにアドバイスを安芸に送る。

「そういう時は、ピーマンの精が夜中に会いに来てくれると思うと楽しいですよ~」

「そ、それはユニークね……ありがとう……。スムーズに食べられるわ……」

 だがどうやら園子のアドバイスは、安芸の救いにはならなかったようだ。今頃安芸の脳内には、可愛らしいピーマンの精霊ではなく、むしろピーマンの形をした禍々しい悪魔が思い浮かんでいるに違いない。しかしそれでも安芸のピーマン嫌い克服のための参考になった事が嬉しかったのか、三人は無邪気な笑みを浮かべている。

「先生に褒められた!」

「ご褒美にベルは園子が鳴らしなよ」

「ベル~?」

「後で分かるさ。それより安芸先生、もしもピーマンを残したりしたら……」

「の、残したりしたら……?」

 恐る恐るといった感じで安芸が尋ねると、志騎はギロリと安芸を睨みながら、

「----一週間オールピーマン料理の刑です。おかずだけでなく、みそ汁とご飯にもピーマンを混ぜます」

「いやぁああああああっ!!」

 あまりにも過酷な刑に、安芸がいつもの冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。その姿はいつもの頼れる教師の姿ではなく、ピーマン料理に怯える小さな子供のようであった。志騎は水筒に入っているお茶を飲みながら、

「三人共、よく見ておけ。あれが食事による生殺与奪の権を握られた人間の末路だ」

「……うん。お前、たまにやる事がえげつないよな」

「……そうか?」

 志騎は首を傾げるが、そうだと言わんばかりに三人はうんうんと首を上下に振った。

 一方、さすがに一週間オールピーマン料理は嫌なので、串刺しになったピーマンを本当に嫌そうに食べている安芸が涙目で呟いた。

「……はぁ。本当に容赦がないわね……。そういう所だけは、彼女にそっくりなんだから……」

「……? 何か言いましたか?」

「い、いいえ? 何でもないわ」

「……?」

 何かをはぐらかすような態度の安芸に志騎は再度首を傾げるが、当然その理由をピーマンを涙目で食べている安芸が言うはずもない。

 こうして、五人の昼食の時間は瞬く間に過ぎていくのだった。

 

 

 

「アスレチック、全面クリア~!」

「成し遂げたわね」

 最後のアスレチックの頂上で園子の嬉しそうな声と共に、カランカランというベルの音が響き渡る。

 銀の言っていたベル、というのはアスレチックコースを全てクリアした際に鳴らす小さな鐘の事だった。最後のアスレチックには小さなアーチに鐘が取り付けられており、アスレチックを制覇した時にそれを鳴らす事ができるというわけだ。

 鐘を鳴らし終えた四人はその後、公園にある高台へと移動した。高台からは香川の街並みと、街に面する海を一望に眺める事ができる。

「志騎に須美、あたし達の街あっち?」

「ええ、合ってるわ」

「大橋やイネスは……さすがに見えないな」

「そりゃあさすがに距離がありすぎるからな。……って、ここまで来てイネスかよ」

 自分達の街がある方を見て残念そうに呟く銀に、志騎が呆れたように言った。

「ミノさんは本当にイネス好きだね~」

「イネスは良いよ! なんたって!」

「「中に公民館まであるんだから」」

「あったりー!」

「私も分かったよ~」

 どうやら銀の考えている事は幼馴染の志騎はおろか、須美や園子にもお見通しらしい。銀は片手を頭にやりながら、

「もうパターン読まれてきたかー」

「私も読まれてる?」

 と、何故か嬉しそうに園子が言うと、須美と銀と志騎は何故か遠くを見るような表情で、

「そのっちは、読めない」

「きっといつまでも読めない」

「たぶん一生読めない」

 三者三様の言葉に、園子は涙目になりながら両手の人差し指をつんつんと突き合わせ、

「それはそれで寂しいよ~」

「大丈夫! 今の反応ぐらいまでは分かるから」

「本当!? やったー! やったぜ~! ふぉおおおおおお~!!」

「おい、危ないぞ!」

 嬉しそうに周囲を文字通り跳ね回る園子に志騎が注意すると、どうやら彼女の耳には届いていないようだ。テンション高く周囲を動き回る園子に、銀は目を丸くしながら、

「こっからの跳ね具合が予測不可能だ……」

「さすがそのっちね……」

「ちなみに、須美については取り扱い説明書が書けるぐらいに詳しくなったぞ」

「あら、最初のページには何て書いてあるのかしら?」

「結構大変な品物ですので、くれぐれもご注意ください」

「あー、何となく分かる」

「だろー?」

 銀の言葉に、志騎は思わず頷いた。確かにその一文は、鷲尾須美という少女の取扱説明書の最初の文として非常に適格と言えるだろう。一方、志騎と銀の評価を受けた須美はちょっと落ち込んだような表情になり、

「め、面倒くさい人みたいな言われ方ね……。でも確かに納得してしまう……」

「良いじゃん奥行きがあって。あたしのなんて、たぶん新聞のチラシ並みにペラいぞ~」

 すると、手すりにもたれかかっていた須美は顔を上げると銀に視線を向け、

「そんな事は無いわよ。分かりやすくはあるけど、書く事はいーっぱいあるわ! ね、志騎君」

「まったくだ。お前の取り扱い説明書を書こうと思ったら、時間がどれだけあっても足りないな」

「そ、そうか?」

 二人の言葉に銀は恥ずかしそうにしゃがみ込むと、そんな銀の顔を真上から覗き込んで須美が続ける。

「これからも色々な一面を暴いていこうと思うの」

「うひー……。お手柔らかに頼むよ」

 銀が変わらず恥ずかしそうな声音で言うと、ようやくテンションが落ち着いた園子が三人に近づきながら言った。

「実は私、初めミノさんが苦手だったんだ」

「いきなり何だよ!?」

「私も同じよ」

「おいっ?」

「……意外だな。須美はともかく、園子が銀の事を苦手だったとは。どうしてだ?」

 性格が対照的な須美ならばともかく、基本的に誰に対してもフレンドリーな園子が銀の事を苦手に思っていたとはさすがの志騎も予想外だった。銀も結構初対面の人間とはすぐに仲良くなるので、むしろ気が合う方だと思っていたのだが。

「ほら、スポーツできて明るくて、何だか種族が違う気がして……。でも話してみたらこんなに良い人なんだもん。わっしーとあまみんも良いキャラだし」

「私達はキャラ!?」

「割と心外なんだが……」

 園子の言葉に須美が目を丸くして驚き、志騎がジト目を園子に向ける。

「あはははは! なるほどね。確かに話してみないと分からないよなー、こういうのは。気に入ってもらえたなら良かった」

 そう言って差し出した銀の右手の掌には、園子の掌と同じように武器を握る際にできたマメがあった。

「これからもダチ公として、よろしく!」

「こちらこそ~!」

「ええ!」

 その掌の上に、須美と園子が自分達の右手を優しく置いた。

「やれやれ、これからもお前に振り回されるのか……」

「たはは……。まぁそう言うなって。これからも幼馴染として、よろしくな志騎」

「はいはい」

 口調は投げやりに聞こえるものの、割と満更でもない表情を浮かべて志騎は三人の手の上に自分の手を重ねた。

 

 

 

 

 そして楽しかった時間が終わり、生徒達を乗せたバスは夕焼けに照らされる中神樹館へと向かっていた。

 今日はたくさん遊んで疲れたためか、バスの中の生徒達のほとんどは眠っている。真面目な安芸先生ですらも静かに眠っているようだった。今のバスの中で起きているのは、恐らく志騎ぐらいだろう。

 頬杖を突きながら志騎が反対側を見ると、そこには他の生徒達と同じように疲れて眠ってしまった須美、園子、銀の三人の姿があった。よく見てみると、銀は何やら小さな包みのような物を大事そうに抱えていた。

「こいつ……。そんなに嬉しかったのか?」

 その包みの中身は、土産販売の店で志騎が銀と一緒に鉄男への土産を選んでいた時に、彼が購入した櫛である。

 それを最初に見つけたのは鉄男への土産を捜していた銀だった。とりわけ派手ではないが、赤い牡丹の花の装飾が丁寧にあしらわれたその櫛を、銀は一目見て気に入ってしまったらしい。しかしその櫛を購入しようとすれば鉄男へのお土産が買えなくなったしまうので、渋々買うのを諦めようとしたのを見かねて志騎が購入し、いつも世話になっている礼として銀にプレゼントしたのだ。志騎には刑部姫への土産代とは別に日々の安芸からのお小遣いを貯めていた貯金があったため、お土産とは別にその櫛を買う事が出来たのだ。

 櫛をもらい、とても喜んでくれた銀の姿を見て志騎も買った甲斐があったと思ったのだが、その後に志騎から櫛を買ってもらった事を銀から聞いた須美が何故か困ったような笑みを浮かべながら志騎にこんな事を話してくれた。

 曰く、櫛はあまり贈り物には向かないらしい。何でも櫛はその語呂から『苦』と『死』を連想させるため、贈り物に選ぶのはあまり良くないようだ。須美からそれを聞いた志騎は、銀に悪い事をしてしまったと思い、別の物を買ってやるから返せと銀に言ったのだが、銀は折角もらったのに返すなんてもったいないと聞かず、志騎に櫛を返さなかった。その後結局銀が折れる事は無く、またあくまでもそう言われているだけであり、絶対にそうなるわけではないという須美のフォローもあり、志騎は仕方なく銀に櫛を返してもらう事を諦めるのだった。なお、何故かその間ずっと園子は志騎と銀の二人をずっとニコニコしながら見ていた。

 ……余談だが、贈り物には向かないと言われる櫛だが、実は神世紀よりもはるか昔の江戸時代では男性が好きな女性に対してプロポーズする際の贈り物として使用されていた事がある。

 櫛は確かにその語呂から『苦』と『死』を連想させてしまうが、江戸時代では男性が女性に櫛を贈るという行為には『苦労も幸せも共に過ごし、死ぬまで添い遂げよう』という意味が込められていたのだ。

 無論そんな事は志騎も銀も知らず、恐らく須美も知らなかった可能性が高い。唯一園子だけは知っていた可能性はあるが、あくまでも可能性があるというだけで本当に知っていたかは分からない。つまり彼女が志騎と銀を見てニコニコしていた理由は、彼女自身にしか分からないという事だ。

 なお、銀にだけ日頃の礼を贈って須美と園子には何もないというのはさすがに悪いと思ったので、志騎は後日イネスに行った時ジェラートを二人に奢ってあげる事にした。銀の櫛と比べると大分不公平に思われてしまうかもしれないが、志騎の懐事情もあるのでそこは正直見逃してほしい所である。

 志騎が三人から外の光景に視線を戻した時、ふと自分の方に何か重いものが乗っかるのを感じた。横を見てみると、眠っている銀の頭が志騎の肩にもたれかかっていた。それに眉間にしわを寄せながら、肩に乗っかっている頭をどかそうと志騎が左手を伸ばした時。

「……へへ。……志騎……ありがと……」

 銀の口から漏れたその呟きに、彼女の頭に伸びていた志騎の手が止まった。そして少しの間動きを止めてから、やれやれと言いたげに肩をすくめながらもかすかに笑みを浮かべると、再び頬杖をついて外の光景を眺める。自分の肩にもたれかかっている幼馴染の感触は少し重いけれど、何故か今の志騎にはその感触が案外悪くないものに感じられた。

 志騎達を乗せたバスは、徐々に志騎達の住む街へと近づいていく。

 ----そして。

 その平穏を引き裂くように、大橋に取り付けられた大量の鈴が、一斉に鳴り始めた。

 

 

 

 

「ふんふんふふんふ~んた~のしかったな~」

「転ぶわよそのっち」

 まだ遠足の時の楽しさが忘れらないのか、園子は楽しそうに鼻歌を歌いながら三人の前を歩いていた。すると園子同様銀も遠足の時の事を思い出しているのか、銀は両手を軽く上に突き出しながら、

「毎日遠足なら良いのにな~!」

「それ賛成~!」

「何馬鹿な事言ってんだ。勉強しろべんきょ……」

 だが、志騎の言葉が最後まで続く事はなかった。

 何故なら。

 上空を飛んでいた鳥の動きが、空中で止まっていたからだ。

 まるで、時間そのものが止まっているかのように。

 その異変には三人もすぐに気が付いたらしく、須美が緊張を帯びた表情で言う。

「これ……」

「ああ。来るぞ」

 直後。大橋から一筋の光が放たれ、樹海化が始まった。

「敵だ!」

「もう~。せっかく楽しい遠足だったのに~。最後の最後でこれなんて~。意地悪だよ~」

「遠足終わってから来た分、まだマシじゃん?」

「家に帰るまでが遠足なのよ? 銀」

「先生か……。さっさと終わらせて、お土産持ってかないとな!」

 互いに軽口を叩きながら、三人はスマートフォンのアプリを起動、瞬時に勇者へと変身する。

 志騎もスマートフォンを取り出して三つのうちの一つのアプリを起動すると、腰にブレイブドライバーが瞬時に出現、装着される。そしてまた別のアプリを起動すると、スマートフォンから音声が発せられる。

『Brave!』

 樹海化していく世界の中で変身のための術式が志騎の目の前で構築され、さらに志騎が両腕を真上に挙げてから前方で軽く交差させると、ベルトから機械音声が発せられる。

『Are you ready!?』

「変身!」

『Brave Form』

 紋章が表示されたスマートフォンの画面をベルトの装置にかざし、術式が志騎の体を通過すると志騎は他の二人と同じように勇者へと変身を遂げる。

 そして四人の変身が完了すると同時に、世界は完全に樹海へと変貌した。

「だんだんこの景色も見慣れてきたなー」

 斧を両手に持ち、戦いの前の準備体操を行いながら呑気な事を言う銀に、案の定須美の注意が飛ぶ。

「気を付けて銀! そういう時が……」

「一番危ない、でしょ。大丈夫! あたしの服は接近戦用で丈夫に作られてるから!」

「だからって油断は駄目よ! アスレチックでも怪我しそうになったんだから!」

「うぐ……」

 さすがにそれを言われるのは痛いのか、銀は呻き声を出した。

「ミノさん、最近わっしーに注意されるような事をわざと言ってるみたい~」

「あはは! なんだか癖になってさ。須美に怒られるの! 痛てっ!」

 額に突如走った痛みに、銀は思わず額を抑えた。呆れた表情を浮かべた志騎が、銀の額にデコピンをしたのだ。

「あまり須美に気苦労をかけるな。近いうち胃に穴が空くぞあいつ」

「空かないわよ……って言いたい所だけど、このままだと本当に空きそうだわ……」

 疲れながら志騎の言葉を肯定した須美だったが、次の瞬間その表情が再び緊張を帯びる。

 それは他の二人も同様で、はるか前方の方を集中して見つめている。

「来たよ~!」

 園子の言葉を聞きながら、志騎は現れたバーテックスを観察し……、そして思わず呻き声を出しそうになった。

 その理由を、バーテックスの姿を確認した園子が驚きながら叫ぶ。

「ええ~!? に、二体!?」

 園子の言う通り、襲来したバーテックスの姿は二体だった。一体は黄色の体色を持ち、下腹部は得体の知れない液体が詰まったタンクのような形状になっている。尾の部分は球状の物体が連なった形になっており、その先端にはまるでサソリのような鋭い針が備わっている。もう一体は赤い体色で、下腹部には鋏のようなものがぶら下がっている他、体の周りには六枚の反射板のような物が宙に浮かんでいる。 

「そう来たか……!」

「ま、確かに一体だけしか来ないって確証は無かったしな」

 今まで襲来してきたバーテックスは一体だけだったが、それはあくまでも偶然に過ぎない。もしかしたらバーテックスの方も、勇者達の行動を学習して初めて二体同時に襲来するという行動をとってきたのかもしれない。

「力を合わせれば、二体だろうと大丈夫よ!」

「それな!」

 須美の力強い言葉に銀が言葉を返すと、園子が槍を構えながら指示を出す。

「私とミノさんがそれぞれ一体相手をするから、わっしーとあまみんは遊撃で援護してね!」

「任せてそのっち!」

「了解」

「行くよー!」

 須美と志騎が返事をすると、園子と銀は勢いよく二体のバーテックス目掛けて飛び出して行く。二人目掛けてサソリのような形をしたバーテックスが尾の先端にある針を凄まじい速度で振るうが、園子は槍を傘状に変形させて針の攻撃を防いだ。

「あたしは気持ち悪い方と戦う!」

「どっちも気持ち悪いと思うんだ~」

 銀は攻撃を防ぐ園子の後ろから飛び出すと、反射板を持つバーテックスの鋏の攻撃を避けて斧による強烈な攻撃を放つ。惜しくもその攻撃は六枚ある反射板のうちの一枚に防がれてしまい銀は空中を舞うが、ひらりと体勢を立て直すと危なげなく地面に着地する。

「分かりやすい! あたし向きだ!」

 一方、戦況を観察していた志騎はスマートフォンを取り出しながら、

「中々防御が固そうな相手だな。時間もかけてられないし、ここは一気に決めていくか」

『ヴァルゴ!』

Zodiacのアプリの中から乙女座の紋章が表示されたアイコンをタップすると、画面に乙女座の紋章が表示されたスマートフォンをブレイブドライバーにかざす。

『ヴァルゴ・ゾディアック!』

 音声と同時に志騎の体の周りに複数の乙女座の紋章が出現し、両腕を軽く交差させてからゆっくりと広げると志騎の体に紋章が吸い込まれ、志騎の勇者装束の色は純白から紫色に変わり、さらに首にはマフラーが出現した。それだけでなく、志騎の顔には半透明のゴーグルのようなものが装着され、ゴーグルには敵バーテックスの体長や損壊度、さらには周囲の気温や風向きなどの情報が事細かに表示されている。そして志騎が片手を横にかざすとその手に志騎の身長を遥かに超える巨大な大砲が出現した。

 ヴァルゴ・ゾディアック。その特徴は重火器を用いた圧倒的火力。アクエリアス・ゾディアックが高い動体視力と二丁拳銃による素早い射撃を備えたフォームならば、ヴァルゴ・ゾディアックはその火力で防御の固い敵を打ち砕くのに重点を置いたフォームである。ただ火力が高い反面志騎自体の動きは他のゾディアックフォームと比べると鈍く、下手をすると仲間をも巻き添えにしかねない危険性も孕むため、仲間との連携が鍵となるフォームでもある。

 そして志騎が手にした大砲をバーテックスに向け、引き金を引くと反動が志騎の体を襲うと同時に大砲から霊力で構成された砲弾が発射され、バーテックスに直撃しその体が大きくのけぞる。さらに追い打ちのためにもう一発砲弾を放つが、今度の攻撃は一枚の反射板に攻撃を防がれてしまった。砲弾の威力が強かったためか攻撃が反射される事は無かったが、攻撃が防がれた事に志騎は舌打ちをする。

「今度は防がれたか……。だけど、援護するのは俺だけじゃないぞ」

 そう呟いた直後、今度は須美の矢がバーテックス目掛けて発射された。矢はバーテックスに突き刺さると爆発し、その体を先ほどと同じようにのけぞらせる。

「二人共、ナイス!」

 その隙に銀がバーテックスの体に強烈な一撃を加えると、バランスを崩したバーテックスはその場にゆっくりと倒れこむ。

 一方、園子の方は執拗に攻撃を仕掛けてくるサソリのバーテックスの攻撃を傘状に変形させた槍で防いでいた。攻撃を防ぐ事に集中していれば攻撃を食らう事は無いだろうが、逆に園子から攻撃する事もこのままではできないだろう。

「当たると痛そうだな~」

 が、園子を援護するように須美が矢を放つと、矢が勢いよくサソリのバーテックスの体に刺さる。それを見た園子は瞬時に槍を元の形状に戻すと、高く跳躍して突き刺さった矢目掛けて槍を勢いよく突き出した。

「そこー!」

 突き刺さった矢に強烈な一撃を加え、園子がすぐさまその場から飛びのいた直後矢が爆発し、バーテックスが大きくのけぞる。さらに志騎もそのバーテックス目掛けて砲弾を発射し、さらなる追い打ちをかける事に成功する。

 状況は明らかに志騎達が優勢だった。バーテックスの二体同時襲来という予想外の事態に最初は戸惑ったものの、今は全員冷静さを取り戻しバーテックスとの戦闘に集中できている。このままいけば、無事にバーテックスを撃退する事ができるだろう。

 だが、戦いの中で何故か志騎は奇妙な感覚を覚えていた。

(……何だ? あいつらの能力……うまく言えないけど、何か変な感じが……)

 志騎が奇妙に感じているのは、二体のバーテックスの攻撃方法と能力だった。

 銀が相手をしているバーテックスの能力は、六枚の反射板を駆使しての防御に鋏を用いた攻撃。そして園子が相手をしているバーテックスの攻撃は、長い尾を駆使した薙ぎ払いと尾の先端にある針を用いた鋭い刺突だ。

 しかし、その攻撃方法と能力のどこを奇妙に感じているのか、志騎本人もうまく分からないでいた。確かに攻撃そのものは強力だが、それは今まで戦ってきたバーテックスも同じだし、攻撃も非常に奇抜というわけではない。むしろシンプルとすら言えるだろう。

 なのに何故、そのような感覚を覚えるのか志騎には分からない。

 いや、正確にはその理由らしき感覚の名前に心当たりはあるのだが、それこそ何故その名前が思い浮かぶのかが分からない。

 その感覚の名前は、

(見覚えが、ある?)

 そう。何故か二体のバーテックスの攻撃方法と能力に、志騎には見覚えがあったのだ。

 当然ながら、今目の前にいるバーテックスと戦うのは今回が初めてだ。今まで戦ってきたバーテックスの中にも、二体と同じ能力を持ったバーテックスはいなかった。

 それなのに、何故まるでどこかで見たような感覚を、二体のバーテックスに覚えたのだろうか。

 そこまで考えたところで、志騎はぶんぶんと余計な考えを振り払うように頭を左右に振った。

 確かに気になるが、今は戦いに集中するべきだ。状況は優勢だが、気を抜いて逆転されるという事態だってありえないわけではない。第一そこまで気を抜ける相手でないのだ。

 そして改めて気を引き締め、志騎がさらなる援護を行うとした瞬間。

 志騎の顔に装着されたゴーグルに、ピピっという電子音と共に予想外の情報が映し出された。

(嘘、だろ!?)

 映し出された情報に驚愕の表情を浮かべた志騎は、大声で三人に叫んだ。

「須美! 園子! 銀! 三体目だ(・・・・)!」

 直後。 

 どこからか無数の矢のようなものが、文字通り雨のように降ってきた。

「やべっ……!」

「まずい!」

「みんな、こっち!」

 想定外の攻撃に銀と須美が焦った表情を浮かべると、園子が声を張り上げながら槍を傘状に変形させる。志騎はその場から跳躍してどうにか傘状に変形した槍の下に潜り込み、続いて須美と銀も槍の下に入り間一髪攻撃から身を防ぐ事に成功する。一方、雨のように大量に降り注ぐ矢は志騎達だけでなく、味方であるはずのバーテックスをも巻き添えにしており、二体の巨体には無数の矢が突き刺さっている。

「なんだよこれ……」

 銀が呟いた瞬間。

 サソリ型のバーテックスが長い尾を鞭のように振るい、四人の体を叩きのめした。銀はどうにか防御に成功したものの、一瞬反応遅れた須美と園子と志騎はまともに攻撃を食らい空中へ吹き飛ばされ、さらに三人に再びバーテックスの長い尾による追撃が放たれる。強烈な攻撃を二度続けて食らった三人は樹海を転がり、数メートル進んだ所でようやくその体は止まった。

「須美! 園子! 志騎!」

 唯一攻撃を防いだ銀は三人の名前を必死に呼びながら、三人のそばへと降り立つ。

 攻撃を食らった三人の体はボロボロだった。体中にはバーテックスの攻撃による傷が大量にできており、口や頭からは鮮血が流れ出ている。園子は体が動かせないのかぐったりとしており、須美と志騎はどうにか起き上がろうとするも体中に走る激痛のせいでまともに動く事もできない。

「三人共、大丈夫か!?」

 今にも体がバラバラになってしまいそうな激痛をこらえながら、須美はどうにか起き上がって矢を放った原因を見る。

「あいつが矢を……」

「ああ……三体目だ……。くそ、気付かなかった……!」

 見てみると、二体のバーテックスの後ろに新たな三体目のバーテックスの姿があった。体の下半分はまるで顔のように見え、上半分は人間の口のようになっている。矢による攻撃を放ったのは、間違いなくあのバーテックスだろう。

 そして四人に追い打ちをかけるように、三体目のバーテックスの上部の口が大きく開き、そこに巨大な矢が装填される。それをハッとした表情で見ると、志騎は痛みをどうにか無視して叫んだ。

「----長距離射撃だ! 逃げろ!」

 だが、今の四人にその攻撃を避ける事などできるはずがなく。

 バーテックスの矢が、四人に向かって放たれた。

「くっ!」

 銀は斧を力強く握ると、三人の前に立ち矢を防ごうと斧を構える。

 その幼馴染の姿と迫りくる矢を目にしながら、志騎はようやく先ほどから覚えていた奇妙な感覚の正体に気づいた。

(そうか……ようやく分かった……! どうしてバーテックスの攻撃や能力に見覚えがあるのか……!)

 先ほどまで分からなかったが、今の大量の矢の攻撃でようやくその理由に気づく事ができた。

 大量の矢による攻撃。

 反射板による防御。

 長い尾を利用しての薙ぎ払い。

 それらはまるで。

俺のゾディアックフォームと(・・・・・・・・・・・・・)……同じじゃねぇか(・・・・・・・)……!)

 志騎は今まで全てのゾディアックフォームを実践で使った事は無かったが、合宿の時に刑部姫から各フォームの特徴を頭に叩き込まれたおかげで、どのフォームがどのような攻撃方法や能力を持っているのかを熟知していた。

 例えば敵のバーテックスの六枚の反射板による防御は、最初にバーテックスと戦った時に使用したキャンサー・ゾディアックの能力と非常に酷似している。

 長い尾による薙ぎ払いと強力な刺突はゾディアックフォームの一つ、サソリの尾を模した武装による薙ぎ払いと強力な毒を秘めた刺突を得意とするスコーピオン・ゾディアックに。

 今の大量の矢による広域攻撃は、同じく大量の矢によって多数の敵を殲滅するのに向いているサジタリウス・ゾディアックの攻撃に、といった具合にだ。

 また、志騎が今放たれたバーテックスの矢による攻撃が長距離射撃である事を一目で見抜いたのもそれが理由である。サジタリウス・ゾディアックの特徴は大量の敵を一気に葬り去る無数の矢と、はるか遠方にいる相手を貫く長距離射撃だ。つまり、何故かバーテックスの攻撃が自分のゾディアックフォームの特徴に似ていたからこそ、どのような攻撃が来るかも予想できたというわけだ。

 だが、志騎がその事にようやく気付いた時にはもう手遅れだった。

 遠方にいる相手を貫く矢が四人に迫り、銀が三人の前に立ちふさがり矢を防ごうと斧を構えるが、たった一人で止められるような攻撃ではない。

 つまり、結果は火を見るより明らかだった。

 巨大な矢を銀はどうにか受け止めるものの、矢そのものの威力に周りの地面が破壊される。

 地面が破壊され、仲間達が吹き飛ばされる光景を最後に、志騎の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

「ぐっ……!」

 攻撃によって吹き飛ばされた銀は体に走る痛みをこらえながら、どうにか起き上がると自分の体の状態を確認する。

 幸いと言うべきか、派手な出血を伴う傷は体のどこにもない。つまり、自分はまだ戦えるという事だ。

 しかし、今はそれよりも先に行うべき事がある。

「須美! 園子!」

 友人達の名前を呼びながら辺りを見回すと、二人の姿はすぐに見つかった。銀はすぐさま二人に駆け寄って状態を確認する。

 相変わらず二人の体からは毒々しい赤色の血が流れているが、二人の息はまだある。それにほっとしたのも束の間、銀はある事に気づいた。

「……志騎?」

 まだ見つかっていない幼馴染の名前を呼びながら、周囲を必死に見渡す。

 が、彼の姿は、どこにも無かった。

「----! し、志騎! 志騎!!」

 懸命に呼びかけるも、返事はない。もしかしたら、声が届かない場所まで吹き飛ばされてしまったのかもしれない。

 心臓の鼓動がとてつもないほどに早く感じ、呼吸が荒くなる。額から流れる汗が気持ち悪い。

 勇者装束を強く握りながら、銀はどうにか落ち着こうと一度深呼吸をすると、状況を確認する。

 須美と園子は共に重傷。志騎はどこにいるか分からない。バーテックスは今も神樹に向けて侵攻中。

 志騎を早く探しに行きたい。だが二人の傷も心配だ。バーテックスも止めなければならない。

 この状況の中で、自分にとって優先すべき事は……。

「----っ!」

 銀は奥歯を強く噛み占めると、園子と須美を抱え、目の前の下り坂状になっている根を滑り落ちる。

 やがて根を滑り終えると、その場にしゃがみ込んで抱えていた須美と園子の二人をゆっくりと横たわせた。

「銀……」

 体に走る痛みをこらえながら須美が銀の名前を呟くが、当然今すぐ動けるような傷ではない。今の状況を冷静に考えながら、銀は腰を上げた。

「動けるのはあたし一人……。ここは、怖くても頑張りどころだろ!」

 そう、力強く銀は言った。

 きっと彼女も、怖いはずなのに。

 自分達をボロボロにしたバーテックスの力を、先ほど見せつけられたはずなのに。

 それでも彼女は、その顔から笑みを絶やさなかった。

「----あたしに任せて、須美と園子は休んどいて! ……またね!」

 まるで学校の帰りに見せるような口調と笑顔で言うと、銀は二人に背を向ける。

 それから樹海にちらりと視線をやりながら、姿の見えない幼馴染に向けて心の中で呟いた。

(志騎。ちょっと待っててくれよ。バーテックスを早く倒して、必ず見つけに行くから!)

 そして銀は、三体のバーテックスがいるであろう場所へと、走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ----奇妙な、夢を見ていた。

 景色を見る限り、そこは樹海のはずだった。だがその視線はいつもよりもかなり高い。まるで高い建物の上に立っている状態で樹海をゆっくりと進んでいるような、そんな感覚だった。

 そして進む自分を遮るように、前方に赤い装束を身にまとった一人の少女が立ちふさがっているのが見えた。両手には少女の手には到底扱えなさそうな斧を持ち、鋭い眼光は自分を----否、自分達をまっすぐ睨みつけている。

「随分前に進んでくれたけどなぁ……! こっから先は、通さない!!」

 その叫びを引き金として。

 少女と、三体のバーテックスとの、絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

 

「----銀!」

 と、夢で見ていた少女の名前を口にしながら志騎は勢いよく飛び起きた。

 周囲を見回してみるも、少女の姿はどこにも無い。それどころかバーテックスの姿も、須美と園子の姿も無かった。

「くそ、一体どれぐらい気を失ってたんだ……!?」

 状況を見るに、どうやら自分はあの矢を放つバーテックスの攻撃の余波を食らって、三人とは離れた場所に吹き飛ばされてしまったらしい。不甲斐なさで奥歯を噛みしめながら、先ほど見た夢について考えを巡らせる。

(さっきの夢は何だ? ただの夢なのか? でも夢にしては現実感がありすぎた。あれがもしも、本当に今起こっている事なら……)

 銀はたった一人で、三体のバーテックスと戦っている事になる。

 その事実に自分の心臓が馬鹿みたいに早くなっているのを感じながら、志騎は自分の顔のゴーグルを操作する。

 ヴァルゴ・ゾディアック時の志騎の顔に装着されているゴーグルはバーテックスの状態やその場の気温などを視覚的に捉えるだけではなく、自分がいる位置を中心としたマップを表示する事もできる。またその際は念じるだけで表示を変える事が可能なので、わざわざ手を使う必要もない。

 スコープにマップが表示されるが、周囲にはやはり自分以外の反応はない。ならばとマップの範囲を限界まで広げてみると、ようやく三人とバーテックスの情報が表示された。須美と園子は青色と紫色の点で表示されており、こことは離れた場所に二人揃った状態でいる。あの怪我だと動く事も困難なはずなので、それは仕方ないだろう。

 まずいのは銀の方だ。赤い点で表示された銀は、現在三体のバーテックスと交戦中だった。おまけにここからかなり離れており、勇者の姿で走ったとしても間に合うかどうか分からない。

 このままでは銀は確実にバーテックスとの戦いの中で、死ぬ。

 正直なところ、悪くてバーテックスにかなわずそのまま殺されるか、良くても相打ちといった所だ。つまりこのままでは、銀は確実に死ぬだろう。

 このままでは、の話だが。

「……させるかよ」

 呟きながら志騎はゆっくりと起き上がると、銀とバーテックスがいるであろう方向を睨みつけてからスマートフォンを取り出す。

 不幸中の幸いと言うべきか、気を失っている間に志騎の体の傷は少し癒えていた。変身していたヴァルゴ・ゾディアックが他のフォームに比べて防御がやや高いのも幸いしたのだろう。おかげでまだ万全の状態とは言いがたいが、戦闘自体は可能である。

 ならばやる事は、一つだけだ。

 志騎がスマートフォンを操作し、Zodiacのアプリにある一つのアイコンをタップすると、アイコンに表示されている英単語が女性の機械音声で発せられた。

『----ジェミニ!』

 

 

 

 

 

 

 一方、銀と三体のバーテックスの戦いは、半ば志騎の予想通りになっていた。

「がはっ……!」

 地面に横たわりながら、銀は口から血を吐いた。

 その体はもう満身創痍だった。体中に至る所に傷が刻み込まれ、顔にも切り傷ができている。脇腹には矢で射抜かれたような痛々しい跡があり、そこからも決して少なくない血が流れ出していた。

 そんな銀の体に対してバーテックス達の体には、何の傷もなかった。

 いや、正確には銀が何発か強烈な攻撃を食らわせてやっていたのだが、すでにその傷はもう再生されてしまったのだ。

 傍から見ても、両者のどちらが有利などすぐに分かる。

 たった一人、しかも満身創痍状態で、体を少し動かすだけで体中に激痛が走る銀。

 それに対して、無傷の上に攻撃を与えても再生し、人間を簡単に殺す事ができる攻撃能力を持つ三体のバーテックス。

 どう考えても、ひっくり返す事などできない力量の差。

 大抵の人間ならばもう、ここで諦めてもなんらおかしくない。

 それほどまでに、絶望的な状況だった。

 しかし。

(……こいつらが、神樹様を壊せば……!)

 銀の目は、まだ死んでいない。ギラギラと力強い光を秘めた目でバーテックスを睨みつける彼女の脳裏には、彼女のいくつもの大切な存在が浮かび上がっていた。

 勇者になってできた大好きな友達、須美と園子。

 厳しいけれど自分達をいつも見守ってくれる先生、安芸。

 お役目の内容は知らないけれど、自分達を真摯に応援してくれるクラスメイト達。

 自分を大切に育ててくれた母親に父親、自分の帰りを待ってくれているかけがえのない二人の弟。

 そして……幼い頃からずっと一緒だった大切な幼馴染、志騎。

 もしもバーテックスが神樹を破壊したら、彼らも、自分達が送っていた温かい日常も間違いなくこの世界から消えて無くなる。

 それだけは、絶対に看過する事は出来ない。

「させるもんか……。絶対、させるもんか……!」

 激痛が走る体を無理やり動かしながら、銀は言う。

 体から血が地面へと落ちるが、そんなの知った事ではない。

「----絶対!!」

 走りだす銀目掛けて、バーテックスが無数の矢の雨を降らせる。

 その攻撃を二本の斧で防ぐが、全部は防ぎきれず何本かは銀の体に傷をつける。

 それでも、銀は怯まない。

「帰るんだ……! 守るんだ……!!」

 迫りくるバーテックスの尾を切り飛ばしさらに前に進む銀に、赤いバーテックスの鋏が迫る。その攻撃も防ぎながら銀は前へ前へと進む。

「化け物には分からないだろ、この力!!」

 だが銀の肩に、放たれた矢の一本が穴を空ける。肩から血が噴き出し、銀は苦痛に顔を歪めながらなおも武器を振るう。

「これこそが……人間様の……!!」

 足に矢が突き刺さる。

「気合と……!!」

 脇腹に傷ができ、血が噴き出す。

「根性と……!!」

 腕に矢が突き刺さる。

----それでも、少女は諦めない。

「----魂ってやつよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 樹海に銀の咆哮が響き渡る。 

 感情のない、誰かを思いやる心のない、魂のない化け物に叫ぶ。

 しかし。

 そんな銀を嘲笑うように、再生したバーテックスの尾が迫りくる。

(……あ)

 攻撃に銀が気づくが、もう遅い。

 人間をたやすく殺すその尾が凄まじい速度で迫り、銀の体を吹き飛ばそうとした瞬間。

 

 

 どこからか放たれた霊力の弾丸が尾に直撃し、攻撃を防いだ。

 

 

「----え?」

 思わずそんな声を出した銀の耳に、どこからかけたたましい音が聞こえてきた。

 最初はその音の正体が分からなかったが、音が自分達に段々と近づいてくると、その音が聞いた事のあるものである事に銀は気づく。

 だが、銀は正直それが本当に自分の知っている音と同じものなのか信じられなかった。

 音源である物が樹海に存在しているはずがないと銀が思っていたのもそうだし、何よりもその音は銀が知っている音と比べて遥かに大きい。

 しかし銀の予想を裏付けるように、音源がこちらに迫ってくるのが銀の視界に入ってきた。

 それは。

「……バイク?」

 目に入ってきたそれを見て、銀は思わず呆然と呟いた。何故ならば、こちらに迫ってきているバイクが自分の知っている物とはかけ離れた形をしていたからだ。

 そのバイクを一言で言い表すならば、『鎧を纏ったバイク』と言った所だろうか。馬鹿馬鹿しい表現だと思われるかもしれないが、正直それ以外に表現できる言葉が見つからない。

 どのような改造を施したのか車体のほとんどは強固な装甲で覆われており、元のバイクの原型をほとんど留めていない。さらに速度も普通のバイクよりも桁外れであり、もしも普通の人間が乗っていたら、一秒も持たずに運転席から放り出されているだろう。そしてそのバイクのエンジンからは、普通のバイクのエンジンと比べて遥かに大きい音が発せられている。それはまるで、魔獣の咆哮のようですらあった。

 普通の人間では乗りこなす事はおろか走る事すら不可能なそれは、まさに『モンスターマシン』という名に相応しい。

 が、ここで一つ疑問がある。

 普通の人間では乗りこなす事すら難しいバイクに乗っているのは、一体誰なのだろうか?

 答えは、すぐに分かった。

「……志騎?」

 バイクの運転席にまたがり、険しい表情を浮かべているのは、つい先ほどの戦闘で姿を消していた銀の幼馴染、志騎だった。彼の勇者装束の色は、彼のゾディアックフォームの一つであるジェミニ・ゾディアックの色である群青色に変わっている。なお、彼が登場しているバイクの色も同じ群青色だった。

 ジェミニ・ゾディアック。その特徴は専用マシン『ブレイブチェイサー』を用いた高速機動戦。

 小回りの利く素早い動きならばゾディアックフォームの一つであるリブラ・ゾディアックの方が上だが、速度そのものならばこのジェミニ・ゾディアックの方が遥かに上だ。何せこのブレイブチェイサーは、最高速度650kmという馬鹿げた速度を叩き出す上に、バイクの装甲による体当たり攻撃等も得意とする。つまり、このブレイブチェイサーそのものがジェミニ・ゾディアックの武器なのだ。最高時速650kmという速度と強力な装甲を掛け合わせた体当たりは、バーテックスの強固な体を容易く破壊する事すら可能とする。

 ちなみに、志騎はこのマシンの性能を初めて聞いた時、思わずドヤ顔の刑部姫に向かって「馬鹿じゃねぇのこれ作った奴?」と口で言ってしまった。

 なので志騎は当初、これを作った奴は本当に馬鹿なのではないかと思ったが……、今は製作者に感謝の念すら覚えている。

 何故ならこのマシンがあったおかげで、この戦場に間に合う事ができたのだから。

 志騎は右手に握っているガンモードのブレイブブレードの銃口を三体のバーテックスに向けると、引き金を引いて銃弾を次々と乱射する。もちろん倒すためではなく、牽制のためだ。

 すると矢を放つバーテックスが銀から志騎に標的を変え、無数の矢を志騎に向かって放つ。それに慌てる事無く志騎がハンドルを少し力を込めて握ると、バイクの速度がさらに上がり迫りくる矢を全てかわしきる。

 ブレイブチェイサーは厳密には志騎の運転で動いているのではなく、志騎の脳波を受けて動いている。なので運転技術がない志騎でもこうして見事にブレイブチェイサーを運転できるし、その気になればバイクに乗っていない無人の状態でブレイブチェイサーを意のままに動かす事だってできる。

 バーテックスの攻撃をかいくぐるとブレイブブレードをブレードモードに戻してから腰に装着し、右手でハンドルを握りながら左手を横に突き出す。その先にいるのは、体中血だらけの銀だ。

 二人の距離はどんどん近くなっていき、ついに志騎の左手が彼女の胴体を抱え上げた。

「志……騎……」

「黙ってろ。舌を噛むぞ」

 言いながら志騎が器用に銀の体を肩に抱え上げた直後、ブレイブチェイサーの前輪を軸にしてまるで円を描くように180度方向転換し、そのまま三体のバーテックスの真下を猛スピードで通過する。戦場から去ろうとする志騎に向かって再び無数の矢が放たれるが、ブレイブチェイサーの大型マフラーから爆炎が噴き出すと車体の速度がさらに上がり、先ほどのように攻撃の回避に成功する。

 志騎は後ろを見て三体のバーテックスの姿が遠くなっていくのを確認すると、再び前方に視線を戻し速度を少し緩める。

 やがて三体のバーテックスの姿が完全に見えなくなり、ひとまず安全になったのを確認するとブレイブチェイサーを停めて車体からぴょんと降りる。志騎の身長では、ブレイブチェイサーに乗っている状態だと地面に足が届かず車体を跨ぐ形で降りる事が出来ないからだ。

 そして抱えていた銀を静かに降ろすと、スマートフォンを取り出してアプリを起動する。

『ヴァルゴ!』

『ヴァルゴ・ゾディアック!』

 ヴァルゴ・ゾディアックにフォームチェンジをすると服の色が群青色から紫色に変わり、ブレイブチェイサーが花びらと共に消失する。その代わりに首元に現れたマフラーをビリビリと裂くと、その布で目を閉じてぐったりとしている銀の体の出血箇所に布を巻いて出血を防いでいく。治療を受けるまで安心はできないが、一応の応急処置にはなるだろう。 

 やがてあらかたの傷の応急処置を終えて志騎が立ち上がろうとすると、銀がうっすらと目を開けた。

「……志……騎……」

「喋るな。傷が開く」

 だが、志騎の言葉に構わず銀は激痛に顔をしかめながら続けた。

「……戦いに行くんだろ……? あたしも、行く……」

「馬鹿言ってんな。その体で何ができる。次は本当に死ぬぞ」

「……一人じゃ、駄目だ。……一緒に、戦わなきゃ……」

 口ではそう言うものの、やはり先ほどのダメージが効いているのか体を満足に動かす事すらできない。少しでも体を動かそうものなら、今まで味わった事のない激痛が銀の体を襲い動きを阻害する。その痛みに銀が動けずにいると、志騎が銀の額にぺちん、とまったく威力のないデコピンを放った。

「良いからお前はここにいろ。すぐにあいつらを倒して、戻ってくるから」

 そう言って志騎は立ち上がると、再びスマートフォンを取り出してZodiacのアプリを起動しジェミニのアイコンをタップする。

『ジェミニ!』

『ジェミニ・ゾディアック!』

 スマートフォンをブレイブドライバーにかざしてジェミニ・ゾディアックにフォームチェンジをすると、志騎の目の前に花びらと共にブレイブチェイサーが出現する。銀が薄く目を空いた状態で志騎を見ると、彼は口元にかすかに柔らかな笑みを浮かべながら、銀に告げた。

「----じゃあな」

 そしてブレイブチェイサーに飛び乗りハンドルを握ると、三体のバーテックスが待つ戦場へと再び向かっていく。その後ろ姿を見ながら、銀はついに意識を失った。

 

 

 

 

 

 ブレイブチェイサーに乗った志騎は三体のバーテックスの姿を確認すると、三体を一気に追い抜く形で前に出てから車体の向きを変え、三体の前に立ち塞がる。それは奇しくも、つい先ほどこのバーテックス達の前に立ちふさがった銀のようであった。

 バイクからぴょんと飛び降りて目の前のバーテックスを見ながら、志騎は静かに声を出す。

「……さて。お前達よくも、園子と須美を……俺の友達を、傷つけてくれたな」

 彼の声はまるで感情が込められていないかのように、とても平坦で、とても静かだった。

「……よくも銀を……俺の幼馴染を、ズタボロにしてくれたな」

 だがそれは、何も感じていないからではない。

 それは言うならば、嵐の前の静けさ。その静けさには、荒れ狂うほどの激情が内包されている。

 実際に今の志騎の状態はいつもと違っていた。

 拳は痛いほどに強く握りしめられている。頭の中は信じられないほど冷え切っているのに、それに対して胸の中はまるで何かが燃えているかのように熱い。

「その代金はきっちりもらうぞ。代金は----」

 そして。

 次の瞬間、天海志騎という名の少年の胸の中で燃え上がっていた感情----即ち『怒り』という感情が、一気に爆発した。

「----お前達の命だ!!」

 彼の言葉を引き金にして。

 天海志騎と三体のバーテックスとの戦いが、始まった。

 

 

 

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