天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「さて、いつもここで予告をする志騎だが、知っての通り奴は今それどころじゃないんでな。私が今回の予告をしてやろう」
刑「ああそれと、今回のタイトルを見て不安になる奴もいると思うが、このタイトルの元ネタの特撮の回ほどまずい事にはならないから安心しろ。というよりも、あの回と同じ展開にしたら、本当にまずい事になるからな。どこぞの作者も、あれを最初見た時は言葉を失ったし……」
刑「では運命の分岐点となる第十二話、楽しんでくれ」


第十二話 キリングは止まらない

 

 双眸に深紅の幾何学模様を浮かび上がらせた志騎は、目の前の三体のバーテックスをただ静かに眺めていた。その目には、何の感情も浮かんでいない。先ほどまで見せていたはずのバーテックスへの怒りはおろか、バーテックスを必ず倒すという決意すらもない。感情を一切見せずただ相手の戦力を見定めているかのような両眼は、感情のない昆虫や機械を連想させた。志騎のあまりに異様な姿に、銀と須美と園子の三人も一瞬この場が戦場だという事を忘れて呆然と彼の姿を見つめていた。

 しかし、戦況はすぐに動いた。一番先にそれに気づいたのは、リーダーである園子だった。

「……! 二人とも、あれ!」

 園子が指さした先では、サジタリウス・バーテックスが上部の口を開けて矢を装填(チャージ)していた。先ほど弱っている四人に放たれた長距離射撃だ。いくら志騎でも、あの攻撃を真正面から受けたらただでは済まないだろう。だが今から須美がサジタリウス・バーテックスに矢で攻撃しようとしても、恐らく矢がバーテックスに到達するよりも一瞬早く矢が志騎に放たれてしまうし、だからと言って園子と銀が志騎の元へ向かって矢を防御しようにも今の二人の状態では素早く移動する事はできず、仮にできたとしても矢を防ぎきる事はまず不可能だ。

「----志騎! 逃げろぉおおおおおおっ!!」

 銀がせめて志騎に自分達の存在を伝えると同時に、どうにか攻撃を回避させるために必死で叫んだ直後。

 志騎の姿が、その場から唐突に消えた。

「え?」

 それに銀が間抜けな声を上げた直後、一体どれほどの速度で移動したのかサジタリウス・バーテックスのすぐそばに志騎が突如出現した。彼は手甲で覆われた右手を右腕ごと引くと、次の瞬間勢いよく拳をバーテックスに叩き込む。

 志騎が叩き込んだのは、たった一撃。

 

 

 そのたった一撃で、サジタリウス・バーテックスの巨体が轟音を立てながら勢いよく半壊した。

 

 

 

「「「っ!?」」」

 その光景に、三人は思わず目を剥く。

 凄まじい威力の攻撃だったのもあるが、何よりも自分達をここまで追い詰めたバーテックスが、たった一撃で半壊した光景が信じられなかったからだ。

 そして、三人の目の前でさらに不可解な現象が起こる。

「何、あれ!?」

「でろんと何か出てきた~!」

 その現象を目にして、須美と園子がそれぞれ叫ぶ。半壊したバーテックスの体から、逆四角錘状の形をした立方体が出現したのだ。今まで四人がどれほどバーテックスの体を攻撃しても、このような現象が起こった事は一度も無かった。

 と、サジタリウス・バーテックスの体を半壊した志騎はその立方体を確認するとそのまま立方体目掛けて自由落下し、右手にスマートフォンを出現させるとブレイブドライバーに画面をかざす。

『キリングストライク!』

 ドライバーからいつもとまた違う音声が響き渡ると、志騎は一回体を回転させると目の前まで迫ってきた立方体目掛けて拳を振り下ろす。凄まじい轟音と共に衝撃が立方体を駆け抜けた直後、立方体にヒビが走り、やがてサジタリウス・バーテックスの体同様粉々に砕け散った。砕けた立方体から七色の光が天に昇り、半壊したサジタリウス・バーテックスの体は砂となって崩れ落ちていった。

 そこで、須美がある事に気づく。

「……鎮花の儀が、発動しない?」

 弱ったバーテックスを壁の向こう側に送り返す儀式である鎮花の儀が、何故か起動しなかった。その意味を理解した銀が、半ば興奮したような声を上げる。

「まさか……バーテックスを倒した!?」

 銀がこのように興奮するのも無理はないだろう。

 四人は今まで命がけでバーテックスと戦ってきたが、実の所バーテックスを倒せた事は一度もない。今の勇者システムではバーテックスを倒す事はまだ不可能であり、バーテックスを弱らせてから鎮花の儀で壁の向こう側へと送り返す事が精一杯だったからだ。

 だが、今はどうだ。

 鎮花の儀は発動せず、バーテックスは砂となって消えていった。その原因は間違いなく、志騎があの立方体を破壊した事だろう。

 あの立方体が何なのか分からないが、バーテックスの中から現れた所を見ると彼らにとって重要なものなのかもしれない。それこそ----人間にとっての脳や心臓と同じぐらいに。

 もしもその通りなのだとしたら、今まで撃退する事しかできなかったバーテックスとの戦いを本当の意味で終わらせる事ができる事が可能になるかもしれない。そんな思いが、銀だけではなく須美と園子の頭をよぎっていた。

 一方、バーテックスを倒した志騎は地面に着地すると次の標的に狙いを定める。彼の視線の先には、六枚の反射板を操るキャンサー・バーテックスの姿があった。キャンサー・バーテックスは六枚の反射板のうち二枚を飛ばして攻撃する。志騎はその内の一枚を首をわずかに傾けてかわすと、次に向かってきた反射板をなんと片手で強引につかみ取った。無論攻撃の勢いで志騎の体は後方に吹き飛ばされてしまうが、両足を無理やり地面につけて強引に着地し体の勢いを止めると、のけ反った状態から勢いよく体を起こし、その際の反動で右手に持っていた反射板をキャンサー・バーテックスにぶん投げる。元の持ち主に向かって放たれた反射板はドゴォッ! という音を立ててキャンサー・バーテックスの体に直撃するとその体が大きくのけ反る。

 そして目にも止まらぬ勢いで一気にキャンサー・バーテックスに肉薄しようとするが、それを防ぐかのようにキャンサー・バーテックスの前に六枚の反射板が展開する。しかしそれすらも、今の志騎の前には何の意味も無かった。

『キリングストライク!』

 スマートフォンをドライバーにかざし、ドライバーから音声が発せられると全てを粉砕する拳の嵐が志騎から繰り出され、六枚の反射板に突き刺さる。その勢いはまさに竜巻のようだった。

 竜巻は強力なものになると、建造物さえ破壊するほどの暴風が十数分も吹き続け、その威力は西暦の時代にあったとされる強力すぎる兵器『核兵器』に匹敵するとされる。そして今の志騎の拳には、その竜巻の如く力と速さに加えて全てを粉砕する謎の力が宿っている。

 万物を粉砕する力と、核兵器に匹敵するほどの破壊力と風の如き速さを持つ竜巻の力。

 その二つが合わさった拳が相手となれば、もはや結果は明らかだった。

 六枚の反射板はどうにか襲い来る無数の拳を防いでいたが、均衡はすぐに崩れ去った。瞬く間に六枚の反射板全てにヒビが入り、そして数秒も経たない内に全ての反射板が砕け散る。拳の暴風はその勢いを保ったままキャンサー・バーテックスの体へと直撃し、まるで海辺の砂の城を崩すかのようにその巨体が面白いように崩壊していく。そして志騎が先ほどのように右腕を後ろに大きく引き、次の瞬間強烈な右ストレートがキャンサー・バーテックスの体を貫いた。どうやらその一撃はキャンサー・バーテックスの体の中にもあるであろう立方体を貫いたらしく、キャンサー・バーテックスは体から七色の光を天に昇らせながら砂へと変わり崩れて落ちていった。

 瞬く間に二体のバーテックスを倒した志騎は地面に着地すると、最後に残った敵----スコーピオン・バーテックスへと視線を向けようとする。

 だが、そんな志騎の体を凄まじい衝撃が襲い、彼の体は大きく吹き飛ばされて樹海の根へと激突した。

「志騎君!!」

「あまみん!!」

「志騎!!」

 須美と園子が悲鳴じみた叫び声をあげ、銀が志騎の名前を呼びながら吹き飛ばされた地点へと走り出す。

 志騎の体を襲った衝撃の正体は、スコーピオン・バーテックスの尾の一撃だった。二体のバーテックスを倒した志騎の隙をついて、尾による強烈な薙ぎ払いを放ったのだ。毒針では無かっただけまだマシかもしれないが、それでもあの薙ぎ払いは須美と園子と志騎を一時戦闘不能まで追い込んだ攻撃だ。一度でも食らえば、重傷は免れないだろう。

 痛む体に鞭打ちながら三人はどうにか樹海の根に叩きつけられた志騎の所まで辿り着く。

「志、騎……!」

 そして攻撃を受けた志騎の姿を見て銀と園子は思わず息を呑み、須美は悲鳴を押し殺すかのように両手を口に当てる。

 スコーピオン・バーテックスによる攻撃を受けた志騎の全身には傷が刻み込まれ、血が傷口から流れ出ていた。これだけでも酷い状態だというのに、さらに目を背けたくなるような光景が目に入って、銀は思わず顔を歪めた。

 志騎の右腕は先ほどのスコーピオン・バーテックスの攻撃をまともに食らったせいか明らかに捻じ曲がっていた。これでは右腕による戦闘などまず不可能だし、それ以前に早く治療を受けなければ日常生活にも支障をきたす可能性が高い。だがそこで、銀はある事に気づいた。

「……なぁ、二人とも。志騎の両腕、やけに傷が多くないか?」

 銀の言葉に須美と園子が志騎の両腕に目を向けてみると、確かに彼女の言う通りだった。先ほどのスコーピオン・バーテックスの攻撃で志騎の体の至る所に傷ができていたが、特に両腕の辺りが損傷が激しい。こうしている今も、両腕から大量の血がドクドクと流れ、地面に吸収されていっている。

 すると、それを見ていた須美がはっと何かに気づいたかのように呟く。

「……もしかして……自分の攻撃に、志騎君の体が耐えられてないんじゃ……」

 その言葉に、銀と園子は息を呑んだ。

 サジタリウス・バーテックスとキャンサー・バーテックスを瞬く間に粉砕したあの強力無比な力。あれほど強力な力に、志騎の体が耐えられるのだろうか? 

 その答えは、否だろう。現に目の前の志騎の両腕の状態がそれを証明している。確かにあの力は強力かもしれないが、力の反動も凄まじいものに違いない。このまま戦い続けたら、両腕だけでなく志騎の体そのものが壊れてしまう可能性がある。

 これ以上志騎を戦わせるわけにはいかない。幸い志騎が二体のバーテックスを倒してくれたおかげであとはスコーピオン・バーテックス一体だけだ。三体のバーテックス達が四人を追い詰める事ができたのは、三体の特徴をそれぞれ活かした連携攻撃があったからだ。しかしもう敵は一体のみ。しかも攻撃方法は毒針による攻撃と尾による薙ぎ払いの二通りしかない。まだ傷が治りきっていない以上直撃したらまずいが、攻撃方法が二通りならば三人が連携して攻撃すればどうにか勝てる。園子はスコーピオン・バーテックスを睨みつけながら、銀に指示を出す。

「ミノさん。あまみんを安全なところにお願い。私はバーテックスを攻撃するから、わっしーは援護を!」

「分かったわ!」

「了解!」

 体中から変わらず血が流れているが、三人の士気は高かった。二人が園子の指示に力強く返答したその時、樹海の根に叩きつけられた志騎がもぞりと動いた。

「志騎、動いちゃだめだ! 待ってろ、今すぐ安全なところに……」

 が。

 その銀の言葉を無視して、志騎は立ち上がるとスコーピオン・バーテックスを見つめた。

「志……騎……?」

 銀がかすれた声で志騎の名前を呼ぶが、志騎はそれに何の反応も返さない。そんな志騎に園子と須美も視線を向けるが、それでも志騎が三人に視線を向ける事はなかった。

 そこでようやく、銀はある事に気づいた。

 志騎の目に、自分達は映っていない。その無感情な目には、倒すべきである敵であるバーテックスの姿だけが映し出されている。

 敵以外のものは目に入らず、言葉すら発さず、ただ殺すべき敵だけをまっすぐ見据えているその姿はまるで、敵を殺すためにのみ存在する、兵器のようだった。

 そして、間違いなく今日一番の異変が起こる。

 突然バキリ、と志騎の捻じ曲がっていた右腕から異音がし、三人が視線を向けると右腕の向きが少し変わっていた。さらに右腕が奇妙に震えたかと思うと、ぎゅるん!! と右腕が回転し、たった今まで捻じ曲がっていたはずの志騎の右腕が元の形状に戻っていたのだ。だが、異変はそれだけで終わらなかった。

 なんと、志騎の全身の傷が勝手に治っていっているのだ。その様子は、まるでビデオの逆再生ボタンを押した時の映像を連想させる。特に酷かった両腕の傷はどんどん小さくなっていき、それ以外の傷に至ってはもうほとんど傷が見えなくなっている。

「何……これ……」

 あまり不可解すぎる現象に、須美が怯えた声で呟く。

 確かに勇者は普通の人間よりも傷の治る速度は速いが、それでも限度というものはある。致命傷を負えば間違いなく死ぬし、今の彼女達もかろうじて戦闘は可能だがこれ以上傷を受ければ本当に死んでしまう。

 だが、目の前の志騎のそれはあまりに次元が違っていた。自分達と同じかそれ以上の傷を受けていたというのに、その傷が瞬時に回復していく。もはや、目の前のそれは『回復』などではなく----『再生』に近かった。

 やがて数秒後、三人の目の前の志騎は傷が全て癒えた状態になっていた。先ほどまで特に損傷が酷かった右腕すらも、すっかり正常な状態に戻っている。

 志騎はスコーピオン・バーテックスをじっと見つめていたが、やがてスマートフォンを出現させると左手でスマートフォンを操作する。

『雪女郎!』

『義経!』

『ダブルスピリット!』

 スマートフォンから音声が流れると、志騎はスマートフォンをブレイブドライバーにかざす。

『スピリットユニゾン!』

 次の瞬間、雪風を纏う刀の紋章が志騎の目の前に出現し、それが胸部に吸い込まれると志騎の勇者装束の形が若干変化し、首にはマフラーが追加される。さらにその姿に変わった直後、突如志騎を中心として辺りの風景が真っ白になるほどの猛吹雪が顕現する。

「な、何で吹雪!?」

「さ、寒いよ~!」

 突然の猛吹雪に銀が驚きの声を上げ、園子があまりの寒さに体を縮こませる。

 一方、猛吹雪の範囲内にスコーピオン・バーテックスも入っていたものの、その体の表面に僅かに霜をつけただけであまり効果は無さそうだった。スコーピオン・バーテックスは毒針を持った尾を持ち上げると、勢いよく志騎目掛けて突き出す。

 しかし、その一撃は突如志騎の目の前に出現した氷の盾によって阻まれた。ガキィン! という音と共に攻撃を防がれたスコーピオン・バーテックスは氷の盾を割るために再度攻撃を繰り出すが、氷の盾にはヒビすら入らない。どうやら志騎を護る氷の盾は、見た目以上の防御力を持っているようだ。

 ならばと、スコーピオン・バーテックスは攻撃方法を変えて尾による横薙ぎの一撃を放つが、またもや志騎の真横に氷の盾が出現し攻撃を防ぐ。攻撃を防がれたスコーピオン・バーテックスは尾を一度ゆらりと揺らすと、次の瞬間凄まじい速度の連続突きを志騎目がけて放つ。強力な一撃で壊せないなら、氷の盾を生み出すのが間に合わないほどの連撃で志騎を仕留めるつもりなのだろう。

 だが、普通の人間ならば数十回は殺せるはずの連続突きは、全て瞬時に現れる氷の盾によって防がれる。あらゆる方向から放たれる毒針の連撃を、恐ろしい事に志騎は指一本すら動かさず、まるで敵の攻撃がどこから来るか完全に見切っているかのように瞬時に現れる氷の盾で完璧に防ぐ。

 すると、今まで指一本すら動かさなかった志騎の動きに変化があった。彼は腰に装着されているブレイブブレードを静かに抜くと、ブレイブブレードを持った右手をだらりと下げた。そんな志騎に、スコーピオン・バーテックスが尾を鞭のようにしならせ攻撃する。

 刹那。

 まるで空気を切り裂くような鋭い音が響き渡ったかと思うと、スコーピオン・バーテックスの尾が一瞬で切断された。切り飛ばされた尾は志騎を攻撃する時の勢いを保ったままあらぬ方向に飛んでいき、やがて轟音を立てて樹海に落ちていった。

「なっ……!」

 その光景を見ていた三人は突然スコーピオン・バーテックスの尾が切断された光景に絶句した。普通の人間よりはるかに優れた動体視力を持つ勇者となっている今の三人には、何故スコーピオン・バーテックスの尾が切り飛ばされたのかが分かったからだ。

 スコーピオン・バーテックスの尾が志騎に迫った時、志騎の右腕がかすかにブレたかと思うと、次の瞬間尾が勢いよく切り飛ばされた。

 その現象が意味する事は一つ。志騎が、目にも止まらぬ速度でブレイブブレードを振るいスコーピオン・バーテックスの尾を切断したのだ。

 言ってみれば非常に単純明快。言葉通り、種も仕掛けもない。だがその単純明快な事が、今の三人にとっては信じられなかった。

 勇者に変身しているおかげではるかに優れた動体視力を持つ三人ですらも、志騎の斬撃を目で追う事が出来なかった。一体どれほどの剣の腕を持っていれば、あれほどの神業が可能になるのか、三人は全く分からない。少なくとも三人が知る限り、志騎の剣の腕はそこまで高いわけではない。勇者になってからは訓練で剣術もそれなりに学んでいるが、それでも達人の域にまではまるで届かない。そのはずなのに----あの強さは、一体何だというのだろうか。

 一方、志騎は三人の困惑など知る由もなく、スマートフォンを再度出現させると画面をタップしてブレイブドライバーにかざす。

『キリングストライク!』

 音声と同時に、ブレイブブレードがガンモードに切り替わると銃口をスコーピオン・バーテックスへと向ける。すると青白い霊力が銃口に集まっていき、やがて霊力が完全に集まった瞬間志騎は引き金を勢い良く引いた。直後、志騎が変身した時とは比べ物にならないほどの吹雪が放たれ、スコーピオン・バーテックスを襲う。絶対零度の吹雪を食らったスコーピオン・バーテックスは瞬く間に凍り付き、その動きを完全に止めた。が、志騎の攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 手にしたブレイブブレードを再びソードモードにし、その場から前方の空間に鋭く跳躍するとその空間に氷で形成された足場が出現する。出現した足場を蹴りさらに速度を上げると、また前方の空間に氷の足場が出現し、足場を踏んで速度を上げる。

 それを数回繰り返した結果、志騎はまるで空中を駆けているかのような凄まじい速度を叩き出し凍り付いたスコーピオン・バーテックスの目の前へ接近する。そしてすれ違いざまにブレイブブレードを横薙ぎに一閃すると地面に着地する。さすがにそれまでの速度を完全に殺しきる事は出来なかったらしく、両足を地面に強引に着けてザリザリザリ!! という音を立てながら数メートル地面を滑った後、ようやく止まりきる。

 そしてスコーピオン・バーテックスの凍り付いた体に横一線の斬撃が走った瞬間、その体にさらにいくつもの斬撃が切り刻まれる。信じられない話だが、どうやら志騎はすれ違いざまにたった一撃ではなくそれ以上の数の斬撃を瞬時に叩きこんでいたようだ。その速度はまさに神速と言うしかあるまい。

 やがて斬撃が凍り付いた体に全て刻まれると、スコーピオン・バーテックスの体はいくつものパーツへとバラバラに切り刻まれ、次の瞬間には氷ごと粉々に砕け散った。パーツの一つから七色の光が天に昇ったのを見ると、どうやら斬撃はあの逆四角錘状の立方体も切り刻んだようだ。そして粉々に砕け散った氷が、光を反射しながら辺り一面に降り注ぐ。その光景は樹海の景色と相まって、幻想的ですらあった。

 だが、三人の目にその光景は全く目に入っていない。三人の目には、たった今あまりに圧倒的すぎる戦いを展開した志騎に向けられていた。

 圧倒的。まさにそうとしか言いようがない戦いぶりだった。自分達をボロボロにした三体のバーテックスが、人類の敵であるはずのバーテックスが、ほとんど反撃らしい反撃すらできぬままたった一人に叩き潰された。その戦いぶりは、まさに鬼神の如し。一体、どうすればあのような力を発揮する事ができると言うのだろうか。

 気になるのはそれだけではない。今の志騎から感じられるあまりに異質な雰囲気、バーテックスから受けた傷を瞬時に回復するあの桁外れの再生力。今の志騎はいつもの彼とはあまりに異なりすぎている。そのため、戦闘が終わったというのに三人は志騎に声をかけられないでいた。志騎がいつもの彼ならば、きっと四人でバーテックスを倒し生き残った事に歓声を上げているはずなのに。

 そんな三人をよそに、志騎は何も喋らず三人に背を向けた状態で佇んでいた。その姿は三人が後ろにいる事に気づいてないのはなく、そもそも存在そのものを気にかけていないようだった。まるで、道端にある石ころのように。

 それはいつも三人を気にかけている志騎にしては、あまりに冷淡すぎる態度だった。

「志騎……」

 そんな志騎の背中に、重苦しい沈黙を破って銀が声をかけた。

 彼女の声はバーテックスを倒した喜びよりも、不安と困惑の色の方が強かった。さっきまでバーテックスを一方的に叩きのめした謎の力、いつもとあまりに違いすぎる志騎の様子。それを間近で見てしまえば、さすがの彼女も不安を抱くだろう。

 だが、彼女の声には確かに不安も込められていたが、それと同じぐらいに彼女の願いも込められていた。

 こうして名前を呼べば、『なんだ?』といつもと同じ調子で自分の方を振り返ってくれるのではないかと。そしてボロボロの自分達を見て、心配そうな表情を浮かべながらもお互い生きてて良かったと困ったような笑みを浮かべてくれるのではないかと。----自分がよく知っている志騎が、戻ってきてくれるのではないかと。

 そんな願いを込めて、彼女は志騎の名前を呼び、彼が振り返ってくれるのを待った。

 が、まるでそれを遮るかのように樹海全体が地震でも起こったかのように揺れ始め、色とりどりの木の葉が周囲に舞い始める。三体のバーテックスを倒した事で、樹海化が解除されようとしているのだ。

「なっ……! し、志騎!!」

 銀は必死に自分達に背を向ける志騎に呼びかけるが、彼はこちらを振り返る素振りすら見せない。

 やがて三人の視界が光で包まれると----樹海化は完全に解除され、三人は現実世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 三人が気が付くと、そこは前にも来た事がある大橋近くの小さな社の前だった。樹海化の影響で時間が止まっていたため辺りは夕日の赤い光に照らされており、どこからかカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 そして、変身が解け体中傷だらけの彼女達の目に真っ先に飛び込んできたのは、社の前でうつ伏せで倒れている志騎の姿だった。

「志騎!!」

 三人は慌てて倒れている志騎に駆け寄り、体を抱き起こす。彼の体には自分達のような傷はどこにもなく、呼吸も脈拍も正常だ。なのに、目は覚まさない。こうして見ているとただ眠っているようにも見えるが、寝息すら立てないその姿に三人の中の不安がどんどん大きくなっていく。

「し、志騎! おい、起きろよ!」

「ミノさん駄目! 怪我はしてないけど、もしかしたらどこか悪いのかもしれないし……」

「そ、そうね。今はとりあえず安静に……」

 焦った表情で志騎を起こそうと彼の体を揺らす銀に対し、園子は険しい表情を浮かべながらも冷静に銀に言い、園子の言葉に少し冷静さを取り戻した須美が同意する。三人がそんなやり取りをしている間も、志騎は意識を失ったままだった。

 ----そんな三人を、封鎖された大橋から眺める小さな影があった。

 影----刑部姫は、遠くから四人をしばらくじっと見つめていたが、やがて着物からスマートフォンを取り出すとある携帯番号に電話をかける。電話口の向こうでワンコールが鳴り終わった直後、相手が電話に出た。

『どうしたの? 刑部姫』

 電話の相手は安芸だった。刑部姫は志騎達を見つめたまま、手早く用件を口にする。

「もうすぐ連絡がいくかと思うが、志騎達がバーテックスと交戦。鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀の三人が重症。今はギリギリ大丈夫だが、正直かなりまずい。至急霊的医療班を頼む」

『分かったわ。……志騎は?』

「無傷だ。昏睡状態だがな」

『無傷なのに、昏睡状態? どうして……』

「キリングトリガーを使った」

 その一言で、電話の向こうで安芸が息を呑むのがはっきりと聞こえてきた。それほどまでに、彼女にとって志騎がキリングトリガーを使ったという事が衝撃的だったのだ。刑部姫は手すりにもたれかかってため息をつきながら、

「正直、今回はそうするしかなかった。隠れて見ていたが、今回襲来したバーテックスは三体。しかも特徴と外見からして、スコーピオン、サジタリウス、キャンサーの三体だ。サジタリウスとキャンサーだけでもまずいのに、スコーピオンという特にやばい奴が来た。何と言ったって、奴は西暦に勇者を二人殺してる。出し惜しみをしてたらこっちがやられてた」

『……四人の連携で、どうにかならなかったの?』

「お前の気持ちは分かるが、精神論や連携でどうにかなる相手じゃない。現にあいつらは一度殺されかかったし、あのままだったらバーテックスの撃退はできたかもしれないが三ノ輪銀は確実に死んでいた。使うしか無かったとしか言いようがない。……まぁ、それでもこんなに早く使う時が来るとは私も予想外だったが」

 言葉通り、刑部姫の顔には苦虫を噛みつぶしたような表情が浮かんでいた。

 するとまるでそれに同調するかのように、安芸の重いため息が刑部姫の耳に聞こえてきた。それだけで刑部姫の脳裏に、椅子にもたれかかって額を抑えている安芸の姿が簡単に浮かび上がってきた。

『----この時が、来たのね』

「ああ。来た」

『……もう、戻れないのね』

「もう、戻れない。それに、これからはあいつらも嫌でも変わる事になるだろうよ。……じゃあな。また後で」

 そう言って通話を切りスマートフォンを着物に戻すと、刑部姫は再び四人に目を向ける。志騎は相変わらず意識が戻らず、銀と園子が怪我が無いか志騎の体を調べ、須美が安芸に電話をかけようとしているのかスマートフォンを取り出している。刑部姫は志騎を眺めながら、ぽつりと呟いた。

「……これからが大変だぞ、志騎。だが、それでもお前は戦わなくちゃならない。人類が犠牲を出さずにバーテックスに勝つには、お前が必要になる。……バーテックス(やつら)と同じ力を持つ、お前がな」

 

 

 

 こうして、天海志騎という本来ならばあり得ない存在により、運命は変わった。

 だが、運命が変わるという事が必ずしも最良の結果をもたらすとは限らない。

 変わった運命がまた別の悲劇をもたらす事だってあり得るし、例え流れが変わったとしても行きつく結末が同じ事だって十分にあり得る。別々に作られたはずの道が、結局は同じ場所に繋がっているのと同じように。

 要するに、例え一度運命の流れを変えた事ができたとしても、それだけで完全無欠のハッピーエンドが約束された訳ではないという事だ。

 そして、運命の分岐点となった今日をきっかけにして。

 天海志騎という名の少年の日常は、激変していく事になる。

 

 

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