天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「さて、今回でついにこの物語の核心に一気に迫る。天海志騎とは何者なのか? 何故勇者になれたのか? そもそも、奴はどうして生まれたのか? それらの謎を解く第十四話、どうぞご覧あれ」


第十四話 禁忌の計画

「あまみん、ジェラート溶けちゃうよ?」

「ん? ああ……」

 園子に指摘されて、志騎はようやく自分の手にしているジェラートが若干溶けかかっていることに気づいた。

 放課後、四人は先日のバーテックスとの戦いの戦勝祝いを兼ねてイネスにジェラートを食べに来ていた。料金はいつも三人にお世話になっている礼もかねて、志騎のおごりである。

 しかし三人が美味しそうにジェラートを食べ、園子と須美に至っては互いのジェラートを一口食べさせあっているのに対し、志騎はどこか上の空の状態である。そのせいでジェラートもほとんど食べられていない。

 ぺろぺろとカスタード味のジェラートを食べる志騎に、銀が心配そうな声で尋ねる。

「なぁ志騎。本当に大丈夫か? 今日の朝からなんか元気無かったし、やっぱりなんかあったんじゃ……」

「別に何でもないって言ってるだろ。まだバーテックスとの戦いで疲れが抜けてないだけど。帰って休んだらすぐに治る」

「いや、だけどさ……」

「何度も言わせるな。大丈夫だ」

 そう言いながら、志騎は好物のカスタード味のジェラートを舐める。だが、好物のはずなのに志騎の表情はちっとも晴れなかった。三人は心配そうな表情を浮かべながら顔を見合わせるも、志騎自身が話してくれない以上追及する事は出来ない。

 と、そんな時だった。

「………っ!」

 それまで大人しくジェラートを食べていた志騎が、何故か目を見開きながら勢いよく席から立ちあがった。それまで持っていたジェラートが志騎の手から落ちていき、やがてべちゃりという音を立てて床に叩きつけられる。

「ど、どうしたの志騎君?」 

 突然の志騎の様子に驚きながらも須美が志騎に尋ねると、志騎は険しい表情で呟いた。

「……来る」

「え? 来るって、何が?」

「分からない。だけど、何かが来る……!」

 何故そう思ったのかは分からない。

 何故そんな事を感じ取れたのか分からない。

 ただ、これだけは分かったのだ。

 もうすぐここに、何かが来ると。

 志騎の言葉に三人は強い戸惑いの表情を浮かべていたが、すぐにその表情は消し飛ぶ事になる。

 何故ならば。

 

 

 突然時間でも止まったかのように、周囲の人々の動きが一斉に止まったからだ。

 

 

「これって……!」

「バーテックス……!」

 園子の言葉の後に、須美が続く。しかしその直後、ある事に気づいた三人の視線が志騎に向けられた。

 当の本人も同じ結論に達したのか、戸惑いの表情を浮かべている。

 今の志騎の『来る』という言葉。

 そしてその直後に起きた、バーテックス襲来による世界の停止。

 これらが意味する事は一つ。

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「………」

 その事実は本人も信じられないのか、志騎はその表情に動揺を露にしながらわずかに震えている左手で顔を覆っている。そんな志騎の左手を銀は勢いよく掴むと、真剣な表情で志騎の顔をまっすぐ見据える。

「志騎、とりあえず理由を考えるのは後だ。今はバーテックスを何とかしなくちゃ、だろ?」

「……っ。ああ、そうだな。

 銀の一言で志騎が我を取り戻すと同時、樹海化が始まり世界が光と色彩鮮やかな花弁に包まれる。光の中で須美達三人はスマートフォンを取り出すとアプリを起動し、勇者へとそれぞれ変身する。そして光が収まると、四国は樹海へと姿を変えた。世界が戦場へと変わったのを確認すると、志騎はスマートフォンのアプリを起動し、腰にブレイブドライバーが自動的に出現し、装着される。さらに三つあるアプリのうちの一つをタップすると、スマートフォンから音声が発せられる。

『Brave!』

『Are you ready!?』

「変身!」

『Brave Form』

 変身ポーズを行った後スマートフォンを勢いよくドライバーにかざし、出現した術式を通過すると志騎も須美達と同じように変身を遂げた。直後、勇者への変身を終えた四人の遥か前方に接近するバーテックスの姿が見えてきた。

 体長は他のバーテックス同様かなり大きく、形はまるでアドバルーンのようだった。その体からはまるで布のような触手が垂れ下がっており、さらに下腹部には管のような器官が備わっている。バーテックスの姿を見て、銀はほっとした声音で呟く。

「良かったー。今回は一体だけみたいだな」

「油断は禁物よ。この前だって、二体かと思ったら三体来たんだもの。また同じような事が起こらないとは限らないわ」

「それもそっか……。まぁ考えてみればあたし達まだ病み上がりだし、ちゃっちゃと片付けるとするか!」

 言いながら、銀は両手に握る双斧をぶん! と勢いよくその場で振るった。どうやら怪我が回復して日はそんなに経っていないもの、戦闘には支障は無さそうだ。それを見て園子がこれから行われる戦闘の作戦を三人に告げようとしたところで、ふと志騎の姿が目に入った。

「………」

 いつもならば油断なくバーテックスを睨みつけているであろう志騎は、何故かバーテックスではなく自分の両手をじっと見つめていた。両手を軽くにぎにぎと開いたり閉じたりしているその姿は、まるで自分の体の調子を確かめているようだ。いつもの彼らしくない姿を見せる志騎に、もしかして体の調子が悪いのかと思った園子が志騎に声をかける。

「あまみん、大丈夫? どこか痛いの?」

「え、そ、そうなのか志騎!? もしかして、前の戦いの時の傷がまだ治ってなかったとか!?」

 園子の言葉に銀が慌てたように言う。しかし志騎は両手から視線を外してきょとんとした様子で二人の顔を見ると、

「ああ、いや、そういうわけじゃない。しばらく寝たきりだったから体の調子を確かめてただけだ」

「なんだ、そうか……。あまり心配させるなよな」

「そうだな。悪かった」

 言いながら志騎は腰のブレイブブレードを引き抜き、迫りくるバーテックスを睨みつける。前回の三体のバーテックス、そして今まで戦ってきたバーテックス達の能力の事を考えると、今回のバーテックスも自分のゾディアックフォームに似た能力を持っているはずだ。問題は、その能力がどのゾディアックフォームのものかという事だが……。

 志騎が考えを巡らせていると、バーテックスの管のような器官から何やら球状の形をした物体が四人に向かって放たれた。

「何だあれ!?」

「迎撃するわ!」

 驚愕の声を上げた銀の横で、須美が弓矢を構えて数本の矢を物体に放つ。矢が見事に物体に突き刺さった直後、物体は轟音を立てながら爆発した。

「爆弾かよ!」

「となると、無傷で防ぐのはちょっと厳しそうだね~」

 銀の言葉に、園子は困ったような表情で呟く。彼女の槍は攻撃や防御にも使える汎用性が高い武器だが、あの爆弾そのものは防ぐ事はできるかもしれないがその際に生じる衝撃や爆炎を完全に防ぐ事はさすがにできないだろう。致命傷は防げるだろうが、その際に生じる爆炎でこちらにダメージが入る可能性が高い。一方、攻撃を見た志騎は敵のバーテックスの能力が自分のどのゾディアックフォームの能力に当てはまるかに気づいた。

(爆弾に布を模した触手……ヴァルゴ・ゾディアックか。もしかしたらあれ以外にも何らかの攻撃手段は持っているかもしれないけど……)

 こうして確認してみる限りだと、どうやらあのバーテックス----ヴァルゴ・バーテックスの攻撃手段は爆弾による遠距離攻撃に触手を用いた近距離攻撃のようだ。志騎のヴァルゴ・ゾディアックほど攻撃手段は多彩ではないようだが、それでも遠近両方をカバーできる攻撃手段があるというのは厄介である。

 そんな事を考えていると、志騎に向かって触手による攻撃が放たれる。志騎は跳躍して攻撃をかわすと、ブレイブブレードをガンモードに変形、反撃の銃弾をヴァルゴ・バーテックスに叩きこむ。数発がヴァルゴ・バーテックスの体に直撃するが、その際に生じた傷はすぐに再生されてしまう。

 地面に着地すると、爆弾による攻撃を防いでいた園子が三人に作戦を伝えた。

「わっしーとあまみんは援護をお願い! ミノさん、二人で敵を叩こう!」

「「「了解!」」」

 それぞれ園子に力強い返事を返した直後、銀と園子がヴァルゴ・バーテックスに突進する。志騎はスマートフォンを取り出すとZodiacのアプリの中からアクエリアス・ゾディアックのアイコンをタップする。

『アクエリアス!』

『アクエリアス・ゾディアック!』

 アクエリアスの紋章が表示されたスマートフォンの画面をドライバーにかざすと、いくつもの水瓶座の紋章が志騎の周りに出現し、それらが志騎の体に吸い込まれると服が青色に変化して両手に二丁拳銃が出現する。拳銃の引き金を引くと銃口から水で形成された銃弾が発射され、銀と園子に迫る小型爆弾を次々と破壊していく。一方の須美も精密な射撃を次々と放ち、同じように小型爆弾を破壊していく。

「なんか、合宿の時の訓練を思い出すな!」

「そうだね~! ……ミノさん!」

「分かってる!」

 銀が軽口を叩いた直後、触手が二人に向かって放たれるが園子と銀は地面と跳躍して攻撃をかわす。すると空中に逃げた銀に向かって触手による攻撃が放たれる。空中でうまく身動きができない状態ならば、叩き落す事は容易いと考えたのかもしれない。

「舐めんな!」

 しかし銀は空中で体をひねって攻撃をかわすと、あろう事か触手を足場にしてヴァルゴ・バーテックス目掛けて弾丸のように飛び出すとすれ違いざまにヴァルゴ・バーテックスに強烈な一撃を与えてやる。そしてどうにか地面に着地すると、ちょうど同じタイミングで着地した園子に叫ぶ。

「園子!」

「うん! どっせぇぇえええええいっ!!」

 園子による槍の穂先を巨大化した事による強力な一撃がヴァルゴ・バーテックスの巨体を貫通するが、勢いを殺しきれなかった園子は着地に失敗して地面に衝突してしまう。幸い受け身を取る事に成功はしたものの、その体にはいくつもの傷が刻み込まれている。すると園子に向かって、再び触手による攻撃が放たれるが、それを許さない人間が二人。

「させない!」

「させるか!」

 須美と志騎が矢と銃弾による攻撃を触手目掛けて放つと、二人の攻撃は見事触手に直撃する。二人の攻撃によって軌道を逸らされた触手は園子の体ではなく、彼女から少し離れた位置にある地面を破壊した。

「これで終わりだぁああああああっ!!」

 咆哮と共に銀の双斧に紋章が宿り、炎が勢いよく噴き出す。炎を纏った双斧を握りしめ勢いよく跳躍すると、バーテックスの体に凄まじい連続攻撃(ラッシュ)を叩きこむ。ドガガガガガガガッ!! と銀の攻撃で次々と体が崩壊していき、最後にとどめの一撃を食らったヴァルゴ・バーテックスは轟音を立てながら地面へと崩れ落ちる。それと同時に、樹海が柔らかい純白の光に包まれていき、色とりどりの無数の花びらが樹海とバーテックスの巨体を包み込んでいく。『鎮花の儀』だ。

「ふぅ……終わったか」

「志騎ー! 須美ー!」

 戦闘が終わって志騎が一息つくと、銀が園子と一緒にこちらに走ってきているのが見えた。二人とも体中傷だらけだが、それでも先日の戦いと比べると比較的軽い。須美と志騎の援護のおかげで爆弾による攻撃をほとんど食らわなかったため、着地に失敗した時の傷などしか負わなかったからだろう。須美と志騎は援護を行いながらも爆弾が爆発した際の爆炎や衝撃で傷を負ったものの、こちらも大した怪我ではない。樹海化が解除された後霊的医療班による治療を受ければ、すぐに傷も治るだろう。

 志騎と須美の二人と合流した銀は三人の顔を見渡すと、ほっとしたような表情で笑う。

「鎮花の儀が発動したって事は、今回のバーテックスは一体だけだったみたいだな」

「そうみたいね。それにみんなあまり大きな怪我もしていないみたいで良かったわ」

「うんうん。この前みたいな事にならないで本当に良かったよ~」

 三人が自分達の安全を確認して安心しているのを見て志騎は思わず口元に笑みを浮かべていたが、次の瞬間その表情が険しいものに変わる。

 ついさっき銀による攻撃を受けて樹海に横たわっていたヴァルゴ・バーテックスの下腹部の管が、須美と園子と話している銀に向けられていたからだ。銀はおろか、三人共会話に夢中になっていてそれに気づいていない。いや、そもそもヴァルゴ・バーテックスの位置自体が三人の背後にあるので、それに気づけるのは志騎しかいなかっただろう。

「伏せろ!!」

 えっ? と三人の視線が志騎に向けられる中、志騎は大きく一歩を踏み出すとまるで彼女達を護るかのように右腕を突き出す。このタイミングでは、ブレイブブレードによる迎撃も防御も間に合わないし、キャンサー・ゾディアックに変身しての防御も間に合わないと判断したからだ。突き出した右腕もそれで迎撃するというよりは、ヴァルゴ・バーテックスからの突然の攻撃に反応して咄嗟に突き出してしまったと言うほうが正確だろう。だが当然、そんなもので防げるような攻撃ではない。

 そして。

 ヴァルゴ・バーテックスから放たれた小型爆弾が志騎の右腕に直撃し、荒れ狂う爆風が須美達を襲った。

「きゃああああああっ!」

 突然の攻撃に須美達は吹き飛ばされ、咄嗟に右腕を突き出した志騎も爆風に煽られて吹き飛ばされてしまう。しかし志騎は空中で体勢を立て直すと、どうにか地面に着地して辺りを見回した。

 辺りは爆発によって生じた黒煙のせいで、うまく辺りの光景が見えなかった。三人の姿が見えない事に志騎は不安を感じながらも、どうにか声を張り上げて三人の無事を確かめようとする。

「三人共、無事か!?」

 すると、

「な、なんとか……!」

「だ、大丈夫!」

「びっくりした~」

 それほど遠くない位置から三人の声が返って来て、志騎は安堵の息をついた。声の調子から、どうやら大きな怪我などは負っていないらしい。志騎がヴァルゴ・バーテックスの方に目を向けてみると、その体がボロボロと崩れていっているのが見えた。どうやら先ほどの一撃は鼬の最後っ屁という奴だったらしく、それ以上の戦闘はもう行えないようだった。やがて煙が晴れると、銀がよろよろと立ち上がりながら志騎に声をかける。

「ごめん志騎。最後油断した」

「それはお互い様だ。俺もすっかり油断してた」

「はは、それもそ……」

 そこまで言いかけた銀の言葉が、途中で止まる。

 何故かその目は大きく見開かれ、視線は志騎にまっすぐ向けられていた。

「ミノさん? どうし……」

 銀に声をかけながら園子が銀の視線の先を追い、それを見た須美も二人と同じように志騎に視線を向ける。

 そして、二人とも銀と同じように目を見開いた。

「……? 三人共、どうしたんだ?」

 志騎は訝し気な表情を浮かべながら、三人に尋ねる。だがそれに三人は答えず、ただ志騎を見ていた。

 彼女達の姿を見て、志騎は胸の中に言いようのない不安が立ち込めてくるのを感じた。

 何故彼女達が志騎を見て驚いているのかは分からない。

 何故彼女達がそこまで驚いているのかは分からない。

 ただ一つ分かるのは、目を見開いている三人の顔に共通してある感情が浮かび上がっている事だけだ。

 それは、恐怖。

 今三人は、何故か志騎を見て明らかな恐怖心を抱いていた。

「……おい、一体どうしたんだ?」

 何故自分がそんな目で見られているのかが分からなくて、志騎が再び声を発する。

 と、銀が震える声で言った。

「……し、き。お前のそれ……何?」

 それ? と志騎はそこで初めて彼女達の視線が自分の右腕に向けられている事に気づいた。

 志騎は銀の言葉に、自分の右腕に目を向ける。

 ----その前に、志騎は気付くべきだった。

 爆弾の直撃を食らったのに、何故か右腕にまったく痛みがない事に。

 彼女達の安否を確かめる事に夢中で、自分の右腕がどういう状態なのか全く把握していない事に。

 それらに一つでも気づいていたら、自分の右腕の異常に彼女達よりも早く気づいていたのに。

 そして、自分の右腕に目を向けた志騎の目に。

 

 

 

 明らかに人間のものではない、異形の右腕の姿が飛び込んできた。

 

 

 

「----はっ?」

 自分の物とは思えない右腕を目にして、志騎は思わず間抜けな声を出した。

 一瞬、何かの見間違いかと思ってしまうほど、あまりに現実離れした光景。

 だがそれは間違いなく、現実のものだった。

「なんだよ、これ」

 馬鹿みたいなほど呆然とした口調で呟きながら、志騎はその右腕を観察する。

 外見はまるで志騎の勇者装束のような純白で、指先の一本一本はまるで爪のように鋭く、肘から先にはまるで鳥の羽根のような装飾がある。震える左手で右腕を触ってみると、予想以上に固い質感が返ってきた。予想ではあるがこの状態で力一杯コンクリートを殴りつければ容易く砕く事ができるだろう。人の頭を殴った結果など、予想するまでもない。

 右腕が異形となった志騎の目は大きく見開かれ、呼吸は荒い。須美達も突然の現象にどうして良いかわからず、ただ呆然とその場に突っ立っている。

 やがて鎮花の儀によって発生した純白の光と無数の花びらが樹海全体を覆っていき、それによりヴァルゴ・バーテックスが壁の外に送り返されると、儀式が終了し樹海化が解除される。

 そして樹海化が解除された後四人がいたのは、前にも来た事がある大橋近くの草木が生い茂る広場の一角だった。辺りはすっかり夕焼けの赤い光に照らされ、須美達も勇者の姿から神樹館の制服姿に戻っている。

 ただ、一つだけ。

 志騎の右腕だけは、異形のままだった。

「----もど、れ。戻れよ。……戻れ!!」

 自分の右腕を左手で痛いぐらいに強く握りしめながら、志騎が叫ぶ。すると右腕はまるで志騎の意志に従うかのように、淡い光を放ちながらその姿を変質させていく。

 そして数秒も経たないうちに、右腕は元の腕に戻っていた。

 それだけではない。

 動揺する志騎の目に映ったのは、掠り傷を負った自分の左腕だった。

 その左腕に刻まれていたいくつもの小さな傷跡が、見る見るうちに小さくなっていく。もう神樹の力を身に纏った勇者の姿ではないというのに。

 やがて数秒も経たないうちに、志騎の左腕と体中にあった小さな傷跡は全て完治していた。

 無論須美達の体の傷は治っておらず、まだ痛々しい傷跡が体に刻まれている。

「……な、なぁ志騎……」

 銀が志騎に声をかけた瞬間。

 志騎は三人に背を向けると、どこかへ勢いよく走りだした。

「ま、待てよ志騎!」

 銀の声が背中にかけられるが、志騎は止まらない。

 止まるどころか奥歯を強く噛みしめると、両目をギン! と大きく見開く。

 直後、左目が熱くなった瞬間、志騎の体にどこからともなく力が溢れ出てくる。

 その状態で足を地面に叩きつけると、まだ小学生であるはずの彼の速度はまるで弾丸のように加速した。もしも今の速度の状態で大会などに出れば、間違いなくその大会の新記録を容易く塗り替えるだろう。

 だが、今の志騎にとってそんな事はどうでもいい。今の彼には、どうしても向かわなければならない場所があった。

 その場所は、神樹館。

 自分の育ての親である安芸がいるはずの場所だ。

 

 

 

 数分後、神樹館に到着した志騎はまっすぐ職員室へと向かうと、安芸の姿を探した。しかしそこに安芸の姿はなく、仕方なく職員室にいた他の教師に話を聞くと、少し前に教室に向かったとの事だ。志騎はすぐに職員室を出ると、通い慣れた教室へと向かう。

 ようやく教室の前まで辿り着き、中を覗いてみるとそこには黒板消しを使って少し汚れた黒板を綺麗にしている安芸と、黒板消しをクリーナーで綺麗にしている刑部姫の姿が目に入った。

「まったく……なんで私がこんな事を……」

「文句を言わないの。どうせあなた今は暇でしょ?」

「それはそうだが……」

 ブツブツと口の中で文句を呟きながらも、刑部姫は手際よく黒板消しをクリーナーで綺麗にしてから黒板の粉受けに置く。どうやらさすがの彼女も、安芸の言う事には逆らえないようだ。

 しかし、今の志騎にはどうでも良かった。彼が教室に足を踏み入れると、安芸と刑部姫が教室に入ってきた志騎に気づき、彼に声をかける。

「志騎、あなたまだ学校に残っていたの? 早く帰りなさい」

 どうやら須美達は安芸にバーテックスが出た事を連絡していないらしく、バーテックスと戦闘した事を知らないらしい。刑部姫は樹海化による時間停止の影響を受けないはずなのでバーテックスが襲来した事は知っているはずだが、彼女の事だから安芸にはまだ話していないのだろう。仮に彼女が黙っていたとしても、後に須美達から連絡が来るはずだから特に問題はない。

 それに、正直今安芸と刑部姫が一緒にいるのは志騎にとっては都合が良かった。

「志騎……?」

 志騎が黙って二人との距離を詰めると、安芸が心配そうに声をかけ、刑部姫が訝し気な表情を浮かべる。そんな二人の顔を見ながら、志騎は静かに口を開いた。

「……ついさっき、バーテックスと戦いました」

「え? だけど、刑部姫から何も聞いてないし、鷲尾さんからは何も……?」

 言いながら安芸が刑部姫に視線を向けると、彼女は髪の毛をくしゃくしゃと掻きながら、

「すまん、バーテックスが出現したのは分かっていた。だが今回現れたバーテックスは一体だけだったし、志騎達もそんなに苦戦しなかったから話さなかった。第一、すぐに鷲尾須美達から連絡が来ると思っていたし……」

 どうやら、志騎の予感は的中していたらしい。しかし志騎はそんな刑部姫の言葉を遮るかのように、話を続ける。

「……戦いの中で、奇妙な事が起こりました。……俺の右腕が、人間じゃないまったく別の物に変わったんです」

「……っ!」

「……」

 志騎の言葉に、安芸は目を見開き、刑部姫はかすかに表情を険しくする。この反応を見る限り、どうやら二人は志騎のその事を前から知っていたのだろう。

 その事実に志騎は二人に対する不信感と怒りを抱きながらも、表面上はどうにか冷静さを保って言う。

「いや、それだけじゃない。そもそも今日はバーテックスと戦う前から、奇妙な事が起こりすぎていた。……人が殺される夢を見たり、変な力が沸き起こったり、傷がすぐに治って左目には変な模様が出たり、挙句の果てにはバーテックスの出現を感知したり……。これも全部、キリングトリガーを使ってから起こった。……刑部姫、安芸先生、あんた達は、こうなる事を分かってたんですか? 分かってて、隠していたんですか?」

「違うわ、隠していたわけじゃ……」

 安芸がそう言った瞬間。

 今まで溜まりに溜まっていた志騎の感情が、ついに爆発した。

「----はぐらかさないでください!! 一体、あれは何なんですか!? どうして俺にあんな力があるんですか!?」

 すさまじいほどの感情の叫びが、志騎の口から流れ出る。ここまで感情的になるのは、もしかしたら志騎自身初めてかもしれない。安芸も初めて見る志騎の姿に、驚愕でその動きを止めてしまっている。

 ただ刑部姫だけは、まるで何かを観察するかのような表情で志騎の様子をじっと見つめている。

 それが志騎には不快で、奥歯を強く噛みしめながら続ける。

「いや、それだけじゃない。そもそもキリングトリガーを使う前から……最初から、分からない事はたくさんあった」

 今まで志騎は、自分をここまで育ててくれた安芸の事を信頼していた。彼女は自分に対しては、何の隠し事もしていないのだと。

 刑部姫の事も、悪態はついていたが自分を心配してくれているのだと心のどこかで信じていた。何らかの秘密を黙っているのは、全て自分のためなのだと。

 だが自分の言葉に二人が何も話さないのを見て、志騎の心は二人に対する不信感でいっぱいの状態だった。そしてそれが志騎を、今まで見過ごしていた彼自身の謎へと駆り立てる。

「どうして俺の勇者システムはバーテックスと同じ力を持っているんですか!? どうして俺は勇者になれたんですか!? 安芸先生は俺が病気でずっと昏睡状態だって言ってましたけど、本当に病気だったんですか!? 俺は、一体----」

 一度不信を抱くと、二人に対する疑念は止まらない。

 彼女達が今まで自分に対して告げてきた事が、そもそも自分の目をその謎から逸らすためのものだったとすら思えてきてしまう。

 二人に対する不信感、自分に対する疑念。

 それらの感情が心の中でぐちゃぐちゃと混ぜ合わされ、志騎は辺りに大きく響き渡るような声で叫んだ。

「----俺は一体、何なんだ!!」

 誰も、何も言う事が出来なかった。教室の中に聞こえてくるのは、志騎のはぁはぁという荒く息をする音だけ。安芸は目を見開いて何も言う事が出来ず、ただ体の動きを止めているだけだ。

 そのような状態が永遠に続くのではないかと思われた直後、はぁと刑部姫のため息をつく音がした。

「……分かった。全て話す」

「刑部姫!?」 

 彼女の言葉に、今まで時間が止まったかのように動きを止めていた安芸が刑部姫に視線を移した。刑部姫はくしゃくしゃと髪の毛を搔きながら、

「キリングトリガーを使ったと聞いた時から、いずれこうなるかもしれない事はお前も分かっていただろう。これ以上隠し通す事は不可能だ。なら、早い内に話しておく方がまだ良いだろう」

「………っ」

 安芸は何も言わず、ただ唇を強く噛みしめただけだった。認めたくはないが、今のこの状況においては刑部姫の言う事が一番の正論だと思ったのだろう。それから刑部姫は、志騎の背後に視線を移すと、何故か舌打ちでもしそうな口調で言う。

「----それと、お前達も聞くだろう。まぁ、お前達も事だから来るなと言ってもどうせ来るだろうがな。まったく面倒なガキ共が……」

 え? と刑部姫の言葉に志騎が振り向くと、教室の扉の陰から銀と須美と園子の三人娘が顔を出した。三人共、一様に志騎達を不安げな表情で見つめている。動揺した表情を浮かべながら、志騎が三人に尋ねる。

「お前達、いつから……」

「えっと、その……志騎君が、安芸先生にはぐらかさないでくださいって言った辺りから……。盗み聞きするつもりは無かったんだけど、入りづらくて……」

 志騎の問いに、三人を代表して須美が恐る恐ると言った感じで呟く。それを聞いて刑部姫はふんと鼻を鳴らすと、ふよふよと空中を飛びながら、

「やれやれだ。安芸。済まないが応接室を取ってくれ。誰もいなくて落ち着いて話ができる場所と言ったら、あそこぐらいだろう」

「……分かったわ」

 そう言うと安芸は、志騎を心配そうに一瞥してから、教室を出て行った。それに続いて刑部姫も教室を出ようとした所、志騎にこう言った。

「こんな事を私が言うのもなんだが……。真実を知りたいと思うのはお前の自由だが、それがお前やこいつらのためになるとは正直言えない。知らなければ良かった残酷な真実というのは、いつの時代にも存在する。真実っていうのはな、薬にも毒にもなるんだよ。真実はある人間にとっては心を癒したりするが、またある人間にとっては体や心を苦しめる劇物にすらなりうる。……真実を聞くのは良いが、それだけは覚悟しておけ」

 そう言うと、刑部姫は教室を出て応接室へと向かった。教室に残されたのは、志騎と須美達三人だけになった。

「し、志騎……あのさ……」

 銀が志騎に何かを言おうとしたが、志騎は何も言わずに教室から出て行った。その背中に銀がさらに何かを言おうとしたが、口から何の言葉も出なかった。今まで見てこなかった志騎の姿に動揺したというのもあるが、今の志騎からまるで何者をも近づけさせない壁のようなものを感じてしまい、声をかける事ができなかったのだ。銀が棒立ちの状態になり俯いていると、心配した二人が銀の手をやさしく握りながら声をかける。

「ミノさん、大丈夫?」

「聞くのが不安なら、ここで待ってても……」

 しかし銀は二人の言葉にふるふると首を横に振ると、

「大丈夫。あたしも行くよ。……行かなきゃ、駄目なんだ」

 もしも今、志騎の真実から目を背けてしまったら。

 もう自分は志騎と同じ場所にはいられなくなる。

 そんな強い不安を感じて、銀は二人の手をぎゅっと握る。心なしか、自分の不安で満ちた心が少し軽くなったような気がした。

 そして銀は二人の手からそっと手を離すと、二人と一緒に応接室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 応接室は基本的には来客と話し合いなどを行うために使われるが、逆に言えば来客がいなければほとんど使われない場所でもある。そういう意味では、話をする場に刑部姫が応接室を選んだのは良い選択だった。

 神樹館の応接室はさすがとも言うべきか、無駄な調度品などが無くすっきりとした様相でありながら、ここに入る人間が落ち着いて話ができるように配置されているソファや椅子は上質なものが使われている上に、一つ一つが計算されて配置されている物だというのが分かる。そのおかげで無駄な豪華さや圧迫感なども感じないので、人目を忍んで一息つくのにも使えるだろう。まぁ、そんな事をする度胸を持つ人間がこの神樹館にいるのであれば、の話だが。

 五人は応接室に入ると、まず先に刑部姫が二つある上座の椅子の一つに堂々と座り、安芸がもう一つに静かに座る。当然志騎達四人は下座のソファに座る事になった。本来ならそのソファは三人掛けだが、まだ小学生の体格の志騎達ならば大して問題はない。

 五人が席に着いたのを確認すると、椅子に座っている刑部姫が口を開いた。

「さて、では話をするが……。そのためにまず今から数年前に大赦で立てられた計画について話さなければならない」

「何で俺の話をするのに、そんな事を……」

「そう言いたくなるのも分かるが黙って聞け。そもそもその計画こそが、お前が自分を知る事に繋がるからだ」

 志騎が不満げに言いかけたのを刑部姫が片手を突き出して止めると、志騎はむっとした表情を浮かべながら黙り込んだ。それを確認すると刑部姫はこほんと咳払いをした。

「まずその計画が一体何なのかという話だが……お前達、改めて聞くがバーテックスとは何だ?」

 するとその言葉に、四人は一斉に怪訝な表情を浮かべた。何故突然そんな話を? と言いたそうな顔であったが、刑部姫は四人の思考を読み取ったかのように「良いから答えろ」と促した。それに、須美が代表して答える。

「バーテックスとは……ウイルスの海から生まれた生命体です。私達人間を殺すために攻撃を仕掛け、その最大の目的は全ての恵みである神樹様を破壊する事」

「ああ、そうだ。(……表向き、はな)」

 最後に小さく何かを呟いたが、志騎達には聞こえなかった。ただそばにいる安芸には聞こえたのか、かすかにピクリと形の整った眉を少し動かす。しかし幸いにも刑部姫に視線を集中させている志騎達には、それが見えなかったようだ。

「今お前の言った通り、バーテックスとはウイルスの海から生まれた生命体だ。人間を殺す力を持ち、神樹を破壊するために行動している。そして神の力を持った勇者でしか倒す、もしくは撃退する事ができない。だが大赦のある科学者は、バーテックスをこのように表現した。……『バーテックスとは、この地球上で最強の兵器である』」

「兵器……」

 ああ、と刑部姫は頷いてから、

「志騎は知らないだろうが、西暦の時代にバーテックスはすでにウイルスと共に出現していた。まぁ当時のバーテックスはお前達が戦ってきた奴らとは違い、幼体のようなものだったらしいがな。だがその幼体の状態でも、奴らは強大な力を持っていた。物理攻撃を一切通さない体、戦車の装甲すら簡単に砕く攻撃力、さらに進化した状態となれば傷を受けてもすぐに回復する優れた再生能力。……そしてこれはあくまでも私の予想だが、奴らには恐らく核すらも効かなかっただろう」

「核って……確か旧世紀に存在していたっていう兵器の事よね」

「そうだ。当時の人類が開発した最も強力な兵器の一つであり、それを用いた爆弾は一発で都市を壊滅させる事が可能と言われるほど凄まじい威力を持っていたとされる。実際に旧世紀、日本の広島・長崎にこの核を用いた爆弾が落とされ、凄まじい数の死者を出した事でその殺傷力と危険性は世界中に広がった。何せ、その強力さゆえに核兵器を禁止する条約まで作られたほどからな」

「でも、禁止されたって事はバーテックスが襲ってきた時も使わなかったんじゃ……」

 園子が顎に指を当てながら言うと、刑部姫ははっとつまらなさそうに笑う。

「自分達の命がかかっている時にそんな事をいちいち気にすると思うか? ましてや相手は人間ですらない、未知の化け物だ。使用するにあたって揉めはしただろうが、どっかの国が一発は使った可能性は捨てきれない。ま、使ったとしてもそれを非難するつもりはない。生存のためにあらゆる手段を講じるのは生物として当然の事だし、得体の知れない敵に対して行う行動としては間違ってはいないだろう」

「……だけど、その核兵器を使っても、バーテックスを倒す事はできなかった」

「仮に使ったとしたら、の話だがな」

 志騎の言葉に刑部姫はそう言うが、使っていなくても代わりに非常に強力な兵器をバーテックスに対して使用した可能性は高い。

 だが、その攻撃すらもバーテックスには通用しなかった。

 そうでなければ、神世紀のこの時代にバーテックスなど出現していないだろう。

 つまり。

 普通の人間よりも高い知能を持った科学者達が知恵を振り絞って作り出した兵器すら、バーテックスを倒す事は出来なかったという事だ。

 刑部姫は頬杖を突きながら、さらに話を続ける。

「そして科学者が一番着目したのは、バーテックスの特性だ」

「特性?」

「調べた結果、バーテックスはあらゆる状況に応じて進化する可能性を秘めた生命体だった。何回もバーテックスと戦ったお前達ならもう分かるだろうが、奴らはあらゆる形態に進化する。敵からの攻撃を防ぐ防御形態、遠距離から敵を貫く遠距離形態、さらには風を起こしたり水球や強力な水圧を生み出す形態……。すなわち奴らはあらゆる状況に対応する可能性を秘めた兵器なんだよ。さらにこれに再生能力まで加わったら、もう手の付けようがない。人間が勝てる相手じゃない」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないだろ」

 刑部姫の言葉に顔をしかめながら銀が言うと、刑部姫はやれやれと肩をすくめながら、

「やるやらない以前の問題として、そもそも根本的に違うという話をしているんだ馬鹿娘。例え神の力を身に纏う事ができると言っても、お前達は人間だ。それに対して、バーテックスはそもそも兵器として作られた存在なんだよ。人間がマシンガンを持ったとして、戦闘機に勝てるか? 無論使い手と扱う武器次第では戦闘機や戦車にも勝てるかもしれんが、そもそも相手が人工知能だったら? それもただの人工知能じゃなく、戦闘に関する大量のデータをラーニングし、敵を殺す事に特化した人工知能だったらどうだ? お前達が相手をしているバーテックスというのはそういう奴だ。例えどれだけの力を持っていようが、根本の部分から相手を殺す事に特化した兵器に、人間が勝てるはずがないんだよ。現に今のお前達はどうにかバーテックスを撃退できているが、多めに見積っても五分五分の状態。別な言い方をすれば、ようやく相手と同じ土俵に立てているだけだ。一歩間違えれば死ぬ可能性はあるし、勝率を百パーセントにするには何らかの犠牲を払う必要がある。つまりだな、バーテックス相手に勇者が何の犠牲もなく勝つなんてまず不可能なんだよ」

 そこまで言い切ると、刑部姫はにやりと酷薄な笑みを浮かべた。一方、彼女の言葉に銀と園子は顔を引きつらせ、須美に至っては苦虫を数匹まとめて嚙みつぶしたような表情を浮かべている。まぁ、確かにバーテックスと命がけの戦いを繰り広げている勇者の自分達を目の前にして、まがりなりにも大赦に所属している刑部姫が果たしてそのような事を本当に言っていいのかと指摘したい気持ちは痛いほどに分かるが。

「そして考え続けた結果、科学者はある結論に至った。勇者がバーテックスに対して不利なのは、勇者が人間でバーテックスが兵器だからだ。それを覆すためには、こちらにも兵器が必要となる。正確に言うならば……兵器として特化した勇者の存在が」

「兵器として特化した勇者……?」

 須美が言葉にして呟くと、刑部姫は椅子にもたれかかりながら、

「そうだ。バーテックスが人間を殺す事に特化した兵器ならば、その勇者はいわばバーテックスを殺す事に特化した勇者。不要な感情を持たず、ただバーテックスを淡々と殺し続ける兵器。それこそがバーテックスに対抗し、人類に勝利をもたらす存在だとその科学者は思ったんだ」

 バーテックスを殺す事に特化した勇者。言葉からすると心強いが、実態はそんなに良いものではないだろう。

 殺す事に特化しているというのは、つまりそれ以外を全く知らないという事だ。

 友と触れ合う喜びも、人と触れ合う温かさも、誰かの死に涙を流す悲しみも、何も知らない。ただ与えられた命令に従ってバーテックスを殺す勇者。

 それは確かに、兵器と言えるかもしれない。

 だがそれは果たして、人間と呼べるのだろうか。

 志騎は刑部姫の言葉にかすかに表情を険しくし、他の三人も志騎と似たような表情を浮かべている。どうやら四人共考えている事は一緒のようだ。

 そんな四人の心を知ってか知らずか、刑部姫はさらに続ける。

「だがただの兵器では駄目だ。何せバーテックスはこの地球上で最強の兵器。生半可に作られた兵器ではすぐに壊されておしまいだ。……だが、それも考えてみれば単純な事だ。相手が最強の兵器なら、こちらも最強の兵器をぶつければいい。……つまり」

 と。

 刑部姫は、今まで志騎が見てきた中でもっとも愉快気な笑みを口元に浮かべながら、告げた。

 

 

 

「----バーテックスの力を持つ勇者をぶつければいい」

 

 

 

 一瞬、四人は刑部姫が何を言っているのか分からなかった。何かの聞き間違いだとすら思った。

 実際、刑部姫の言葉を聞いて一瞬呆然としていた銀が、ようやく我を取り戻すと刑部姫にこんな事を言った。

「えーと……なぁ刑部姫。あたし達の聞き間違いだよな? 今、バーテックスの力を持つ勇者とかちょっと変な単語を聞いたんだけど……」

「聞き間違いじゃないぞ。一字一句合ってる。想像してみろ。お前達勇者は神の力を身にまとい、普通の人間をはるかに超えた力を発揮している。……もしもそれにバーテックスの力が加わったらどうだ? 圧倒的なまでの再生能力、あらゆる戦況に対応する事の出来る汎用性、さらには敵を殲滅するのに非常に有用な思考形態……。もしもこれを勇者に組み込む事ができたら……それはもう、バーテックスをも超える兵器になるとは考えられないか?」 

 刑部姫の口調は、まるでようやく買ってもらった玩具を自慢するような子供の口調だった。しかしそれは同時に、深い深い狂気に彩られた口調でもある。

 子供のような無邪気さと、常人には理解できない狂気が合わさった刑部姫の声。

 そんな彼女の声に圧倒され、四人は一瞬言葉を失ってしまう。

 だがその中で、須美が彼女の狂気に抵抗して声を荒らげる。

「で、でもそんな勇者がいるはずがないわ! バーテックスの力を持つ勇者なんて……!」

 すると刑部姫はあっさりと、彼女の言葉を肯定した。

「ああそうだ。バーテックスの力を持つ勇者などいない。それは科学者も分かっていた。だからこう考えた。----いないのなら、作ってしまえば良い」

 空気が死んだ、とはまさにこの時の事を言うのかもしれない。

 その瞬間、四人は聞こえてきた言葉に一瞬呼吸を止めた。それはいつもマイペースな園子も、いつも冷静な志騎ですらも例外ではなかった。

 作ってしまえば良い。

 あまりに気軽な一言。あまりにあっさりとした響き。

 しかし、それが意味する事はたった一つ。

 それを察した志騎が、かすれた声を出した。

「待てよ……作るってまさか……」

「----そうだ。それがその科学者が立てた計画。その名はV.H計画」

 そして刑部姫は、その計画の内容を告げた。

 それはまさに、人が決して踏み入れてはならなかった、禁忌の計画だった。

 

 

 

 

「----バーテックスの細胞に人間の遺伝子を組み込み、科学・呪術両方の面で手を加える事で既存の勇者をはるかに超える力を持つ勇者……兵器として特化した勇者を人工的に作り出す計画。それがV.H……バーテックス・ヒューマン計画だ」

 

 

 

 

 頭をハンマーで殴られるような衝撃が走る、とはまさにこの事だろうか。

 生命が命を産み出すという自然の摂理に乗っ取ったものではない。人間が人間を作り出すという、それはまさに神の領域に足を踏み入れるかのような所業。

 聞いてみれば馬鹿馬鹿しい話だと片付けられてしまいそうな計画を……その科学者は、実行したという。

「……で、でもさ。大赦の人達は納得したの? いくら何でも滅茶苦茶だろそんなの!」

 刑部姫の話に動揺しながら銀が言う。大赦はこの世界にあらゆる恵みをもたらす神樹を奉る組織だ。こうして聞いているだけでも、その科学者が立てたバーテックス・ヒューマン計画とやらはまさに彼らの崇拝する神の領域を侵すような所業。おまけにそれに使われるのは世界を殺す敵であるバーテックスの細胞だという。普通に考えればとんでもない話だ。とても大赦がそのような計画を許可するように思えない。

「ま、最初はやはり反対意見が多かったけどな。だが結局大赦はその計画を許可した」

「……どうして?」

「簡単な話だ。神樹は確かに強大な力を持っているが、その力も永遠じゃない。こうして四国全土に恵みをもたらしている以上常に力は使われているし、バーテックスとの戦闘の際に起こる樹海化やお前達の勇者の力にも当然神樹の力は使われている。今はまだ大丈夫かもしれないが、バーテックスを殲滅する前に神樹の力が尽きる可能性はないわけじゃない。それにバーテックスとの戦いで、こちら側に犠牲が生じる可能性もある。綺麗事を言うのは勝手だが、このまま何の手も打たないようであれば確実に人類の犠牲は出続けるし、最悪世界の滅亡に繋がりかねない。そういった事情もあって、最終的にバーテックス・ヒューマン計画は認められたってわけだ。大赦の上層部も、神樹すらも認めたよ」

「神樹様も……」

 須美が信じられない、と言わんばかりの声音で呟く。自分達に多大な恵みをもたらしている神樹がそのような計画を認める事すら信じられないのだろう。しかし、逆に考えればそのような計画を神樹が認めたという事自体が、神樹の力が永遠に続くわけではないという事を意味している。

「でも、バーテックスに細胞ってあるの~?」

「あるさ。全ての生物は例外なく細胞を持っている。バーテックスもウイルスの海から生まれた生命体とはいえ、生物である事に変わりはない。人間が定義した生物という枠から大きく外れているのは認めるが」

「だけど、作るのはともかくとして細胞はどうするんだ? それに、そんな計画本当に上手くいくのか?」

 どのような物を作るにも、まず材料が無ければ話にならない。その科学者がバーテックス・ヒューマン計画という計画を立てたとしても、それにはまずバーテックスの細胞を調達する必要がある。ならば、その細胞はどうやって入手すれば良いのだろうか。

 それに、仮に細胞を手に入れる事が出来たとしてもそれで本当に人間の遺伝子をバーテックスの細胞に組み込む事が本当にできるのかなどの問題もある。何せ相手は謎の多い未知の怪物だ。実験中に何らかの事故が起こったりしても不思議ではないし、失敗する可能性だってある。

「細胞の入手方法に関しては企業秘密とだけ言っておこう。計画の達成にしても科学者はあまり心配していなかった。根拠は今から三百年前、初代勇者がバーテックスの体を一部食いちぎったという記述だ。通常口にした食物は胃に運ばれ消化される。なのに初代勇者の体に何の異常も見られなかったという事は、つまり細胞自体には毒性のようなものは存在しなかったというわけだ。だから細胞に人間の遺伝子を組み込んでも、大きな問題はないと科学者は判断したんだ」

 さらっと刑部姫の口からとんでもない言葉が出たので、志騎は思わず顔を一瞬ひきつらせた。まさか三百年前に銀と同じような事をした勇者がいたとは。勇気があるのか命知らずなのか、一体どちらなのだろうか。

「それから科学者はバーテックスの細胞を手に入れ、ようやく遺伝子の解析に取り掛かったんだが……。そこでまた驚くべき事が起こった。遺伝子の構成が人間どころか既存の生物と全く違うものだったんだ。まぁウイルスから生まれた生命体だからと言ってしまえばそれまでだが、あまりの構成にその科学者も面食らったらしい。だがその遺伝子の解析に苦戦しながらも一年で解析に成功、そしてまた一年かけて細胞に人間の遺伝子を組み込んであらゆる実験を行った」

「一つ良いか? 別に細胞に組み込まなくても、人間に細胞を移植するとかいう方法もあったんじゃないのか?」

 細胞の遺伝子を解析してからそこに人間の遺伝子を組み込むというのは、手間も時間とかかる。聞いている限りだと科学者はかなり優秀だったようだが、その科学者でも遺伝子の解析に一年かかっている。ならば、人間にバーテックスの細胞を移植するという手もあったはずだ。実際に漫画などでも人間の体に細胞を移植し、強力な力を持つ人間を生み出す実験を行う場面が描かれている事もある。手っ取り早くバーテックスに対抗する人間を作り出すならば、そちらの方が良かったのではないだろうか。

「それはバーテックス・ヒューマン計画を立案する前からすでに科学者が考えていた。だが先ほども言った通り、三百年前の勇者がバーテックスを捕食しても、体には何ら異変は見られなかった。もしも細胞自体に何らかの力が働いていたならば、その勇者に異変が生じていたはずだ。……これは科学者の仮説だが、恐らくバーテックスの細胞はバーテックスだからこそ正常に働くようになっているんだろう」

「……?? どういう事?」

「他の生物に組み込んでもバーテックスが持つ特殊性は発揮されないという事だ。実際バーテックス・ヒューマン計画が許可されてからマウスを用いて細胞の移植実験も行われたが、マウスにはまったく異変は無かった。つまりバーテックスの力をフルに扱うためには細胞を人間の体に移植するのではなく、バーテックスの細胞に人間の遺伝子を組み込み一から人間を作り出す必要があったんだ」

 やれやれ、と疲れたように息をつきながら刑部姫は肩をすくめた。

「こうして合計二年をかけて、苦労しながらもついに科学者は作り出したんだ。……既存の勇者を遥かに超える性能を持つ勇者。バーテックスの力を持つ人間。人間の形をしたバーテックス。兵器として特化した勇者。----バーテックス・ヒューマンという兵器をな。完璧という言葉は私は嫌いだが、あれこそまさに完璧でありながら進化し続ける兵器と言えるだろう」

 くくく、と笑いながら刑部姫は言う。

 つまり、その科学者は成功してしまったのだ。

 命を作るという、神の所業の達成に。

 その禁忌の達成に須美達は言葉を失っていたようだが、正直今の志騎にはどうでも良かった。

 今彼が知らなければならない事は、そんな事ではない。

「……バーテックス・ヒューマン計画っていう、頭のイカれた計画の事は分かったけど、それが俺の真実とどう繋がるんだよ。そんな話を長々とするために、俺達をここに呼び出したのか?」

 すると刑部姫は奇想天外なものを見るように目を丸くすると、驚いた口調で言う。

「おいおい志騎。お前ともいう奴が一体何を言っているんだ? ここまで話せばもう分かるだろう? それともまさか、気づいていないふりをしているのか? それは利口とは言えないな。真実が分かっていて目を逸らすのは、愚か者のする事だぞ?」

「何言って……」

 だが志騎の言葉を遮るように、刑部姫は続ける。

「科学者が作り上げた兵器、バーテックス・ヒューマンの特徴はさっき言ったとおりだ。人間と全く変わらない外見と勇者の力、そしてバーテックスが持つ高い再生能力とあらゆる戦況に対してその能力を変える事ができる汎用性。それら全てを、お前は、お前達は見たはずだ」

 どくん、と。

 自分の鼓動が不自然に高鳴るのを志騎は感じて、思わず胸元を強く握りしめる。気が付けば額から気持ちの悪い汗が一滴流れていた。

「ああそれと、人間の遺伝子を組み込んだバーテックスの細胞にはあらゆる実験が施された。その中には、神樹の力を使うのに必要な勇者適性値を上げる実験も含まれていた。……生まれてくるのが例え男でも女でも戦う事ができるようにな。どれだけ戦闘能力が高くても、性別が違うというだけで実戦で使えないのでは意味がないだろう? まぁ、実際にそいつは男だったわけだから、あながち無駄ではなかったがな」

 刑部姫の言葉が頭の中でまるで鐘のように鳴り響く。

 そして何かに気づいた銀達の視線が、自分に向けられる。それを自覚しながらも志騎は何も言う事が出来ず、ただ胸元を強く握って唇を痛いほどに噛み締めていた。

「自分は何なんだ、とお前は聞いたな、志騎」

「…や、めろ」

「答えてやる。お前は----」

「やめろ!!」

 志騎のその絶叫を断ち切るように。

 刑部姫は、今まで隠していた残酷な真実を告げた。

 

 

「バーテックス・ヒューマン計画における唯一の完成体」

 

 

「バーテックスの力を持つ勇者。人間の形をしたバーテックス」

 

 

「バーテックスを殺すのに特化した殺戮兵器(キリングマシン)

 

 

「それがお前が知りたがっていた、お前の正体だよ。天海志騎」 

 

 

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