神樹館から走り続けて約十分後、夕日の赤い光が辺りを照らす中、三人は見覚えのある場所に到着した。
そこは、大橋近くの草木が生い茂る広場の一角。そこで須美は初めて園子と銀と志騎の名前を呼び、志騎は初めて園子と須美を名前で呼んだ。つまり、四人にとっては互いの絆を深めた場所。
その広場の、前に自分達が倒れていた場所に。
自分達が捜していた少年が、両膝を抱えて座っていた。
「し、志騎……」
銀が声をかけるものの、志騎は何の反応も返さない。彼の顔も逆光でよく見えず、彼がどのような表情を浮かべているのかすら分からなかった。そんな彼を前に、三人もどのような言葉をかけたら良いか分からない。本当ならば心配の言葉の一つでもかけるべきなのだろうが、いつもとは違う様子の志騎にはその言葉をかける事すら今はためらわれた。
三人は恐る恐る志騎に近づくと、彼の横にゆっくりと腰を下ろす。幸いと言うべきか志騎がその場から逃げ出すような事は無かったが口を開く事はなく、重い空気がその場に流れる。
「----俺さ」
沈黙を破ったのは、口を閉ざしていた志騎だった。突然口を開いた志騎に三人は彼の方に視線を向けるが、その視線に気づいていないかのように志騎はさらに続ける。
「これでもずっと、自分は普通の人間だって思って暮らしてきたんだ」
「………」
「親はいないけど安芸先生がいてくれたし、寂しいって思った事は無かった。自分が将来何になりたいかも思いつかなかったけど、たぶん普通に大人になって普通の会社員になって、普通の人生を送っていくんだろうなって思ってた」
でも、と志騎は一旦言葉を区切ってから、
「昨日の刑部姫の話を聞いて、怖くなった。俺はバーテックスで、たくさんの人間の命や未来を奪ってきた。そう考えたら頭の中がぐちゃぐちゃになって、吐き気がした。真実を聞く覚悟は決めてたはずだったけど、情けない事にあっさりと崩れたよ。それで耐え切れなくなって、あの場から逃げ出した。……あの後は、自分が今後どうしたら良いか分からなくなった」
「で、でもそれはあなたが世界中の人を殺したわけじゃないでしょ? 悪いのはバーテックスよ! 志騎君が責任を感じる事じゃないわ!」
すると須美の言葉に、志騎はようやく今まで逆光で見えなかった顔を三人の前に見せた。
三人に見せた志騎の顔は----まるで、不治の病にかかった、死に際にいる病人が見せるような、今にも消えてしまいそうな儚い笑顔だった。
「……ありがとな、そう言ってくれて。でも、怖いのはそれだけじゃないんだ。----今は大丈夫かもしれないけど、いつの日か俺がバーテックスの本能に完全に吞み込まれて、心までバーテックスになる時が来たら? そうなったら……俺はお前達を殺すかもしれない」
「………っ!」
志騎の口から放たれた衝撃的な言葉に、三人は一瞬言葉を失ってしまう。それと同時に、キリングトリガーを使用した時の志騎の姿を思い出す。
人形のような無表情。
自分達を絶体絶命に追い込んだバーテックスを苦も無く倒した圧倒的な戦闘能力。
あの力が自分達に向けられたら。
その考えと共に、銀の胸の中に昨日消したはずの不安が再び頭をもたげる。
もしも志騎がそのような状態になり、志騎が完全にバーテックスとなってしまった場合。
自分達は、志騎を……殺さなければ、ならなくなる。
頭の中に浮かび上がってきた不安を打ち消すかのように、銀が志騎を励ますように言う。
「だ、大丈夫だって! 今までそんな事一度も無かっただろ!? お前はバーテックスになったりなんかしない!」
「でも……」
「----大丈夫だよ~」
銀の言葉を受けても心配そうな表情を浮かべる志騎に言ったのは、柔らかな笑みを浮かべた園子だった。どうしてそんな事を言えるんだ? と言うような表情を浮かべている志騎の顔を、彼女は笑みを浮かべたまままっすぐ見て、
「ミノさんの言う通り、あまみんはバーテックスになんてならないよ~。だって私達にとってあまみんは、みんなの弟君で、ちょっぴり天然さんで、私とわっしーの大事な友達で、ミノさんの大切な幼馴染だもん。……バーテックスみたいな、人を大切に思う心を持ってない怪物じゃないって私達は知ってる。だからあまみんは、大丈夫だよ~」
「園子……」
すると彼女に同調するように、須美も口を開く。
「そのっちの言う通りよ。私達は銀と比べるとあなたと過ごした時間は短いかもしれないけど、それでもあなたがどんな人間かは分かってるつもりよ。あなたは人を傷つけたりなんかしない。それとも、私達の言葉は信用できない?」
「……そんなわけ、ないだろ」
まだ友人としての関係が始まって日は浅いが、これまで一緒に過ごしてきた日々の中で四人は強固な絆を築き上げてきた。彼女達の言葉を疑うなどしたくないし、疑う気もない。
「なら良かった。……志騎君。あなたが感じている恐怖はきっとあなたにしか分からない。だからあなたの気持ちも分かるなんて軽々しく言う事はできない。でも、これだけは言わせて。……私達は、あなたを信じてる。だからあなたも、あなた自身を信じてあげて」
須美の優しくも力強い言葉に園子は優し気な笑顔を浮かべ、後ろで強張った表情を浮かべていた銀も少しではあるが笑顔を見せる。そして三人につられるように、志騎も笑顔になりかけた瞬間。
志騎の脳内に、まるで電流が走ったかのような直感が働いた。
「………っ!」
その感覚には、覚えがあった。
それを証明するかのように、世界の時間が停止する。
「なっ……!」
「バーテックス……!」
こんな時に、という三人の声が聞こえてきそうだった。無論志騎も同じ気持ちだったが、文句を言う暇すらも敵は与えてくれないようだった。
見る間に世界が無数の花弁と光に覆われていき、やがて神樹の結界である樹海へとその姿を変えた。巨大な根の上に立ちながら、銀が声を上げる。
「またバーテックスかよ……! あいつら、来るタイミング図ってるんじゃないよな!?」
「変な事言ってないで、早く変身して迎え撃たなきゃ!」
「了解!」
「うん!」
「……」
銀達はスマートフォンを取り出すと画面に表示されているアプリをタップして、変身を開始する。志騎も無言でスマートフォンを取り出し、アプリをタップして腰にブレイブドライバーを出現させてから再度別のアプリをタップする。
『Brave!』
『Are you ready!?』
「……変身」
『Brave Form』
スマートフォンの画面をブレイブドライバーにかざし、変身の術式が志騎の体を通過して志騎は勇者へと変身を遂げる。三人も変身を終えると、四人の目に襲来してきたバーテックスの巨大な姿が入ってきた。
青紫色の体色に、今まで見てきたバーテックスと比べると細く長い体。胴体部分には本体と比べるとやや小さい足と思われる器官が左右についており、頭部と思われる箇所からは触手のようなものが生えている。体色から考えると、恐らくアリエス・ゾディアックと同じ力を持つバーテックス----アリエス・バーテックスと呼ぶべきだろう。
「相手は一体か……よし、ここは四人で一斉に……」
「----二体だ」
え? と三人が志騎の方を向いた瞬間、地中からもう一体のバーテックスが地上に出現した。まるで海中に潜んでいた魚が海面から飛び出したような、そんな動きだった。
外見はまるで細い体躯のクラゲで、胴体部分の下部には尾のようなものが三つ、胴体部分の左右には青い触手が二本ついていた。地面の中にも潜れる能力を見てみると、恐らくピスケス・ゾディアックと同じ力を持つバーテックス----ピスケス・バーテックスだろうか。地上に出現したピスケス・バーテックスはその名前が示す通り、まるで魚のような動きで地中に潜り込み姿を隠した。
二体のバーテックスの姿を確認した園子は感心したような声で、
「本当に二体いたよ~……。ねぇあまみん、もしかしてバーテックスの位置とか分かるの?」
「何となく、だけどな。とりあえずさっさと片付けるぞ。手順はどうする?」
志騎の言葉に園子は少しう~んと考え込んでから、作戦を三人に伝える。
「あまみんとミノさんが攻撃って所はいつもと同じだけど、今回の場合はあの魚っぽいバーテックスを先に倒そう。今みたいに地面に潜られちゃうと攻撃しにくくなっちゃうし~」
「俺も賛成だ。地面に潜れるって事はたぶんあいつはピスケス・ゾディアックと同じ力を持ってる。だとしたら、地面の中にいた方が奴の能力は上がる。下手をしたら地面に潜ったまま神樹様を破壊される事も考えられる」
「だとしたら、あとは決まりだね~。地面の中から引きずり出してから、あまみんとミノさんでバーテックスを攻撃する。私はもう一体のバーテックスを足止めするから、わっしーは二人のサポートをお願い」
「分かったわ。でも、そのっち一人で大丈夫?」
攻撃ではなく妨害が目的とは言え、バーテックスをたった一人で相手するのははっきり言って危険である。須美が心配そうな表情を浮かべて園子に尋ねると、園子は力強い笑みを浮かべながら、
「足止めぐらいならなんとかできると思うよ~。でもそれもあまり長くは続かないと思うから、ミノさんとあまみんにはできるだけ早くバーテックスを倒してもらえると助かるかな~」
「よっし分かった! あたしと志騎に任せな!」
ビシッ、と親指で自分を指さす銀に園子と須美はくすくすと笑い、志騎も呆れながらも笑みを浮かべる。作戦の方針が決まると、四人はそれぞれの武器を手にして二体のバーテックスを向き合う。
「よ~し! 行動開始ー!」
「「「了解っ!」」」
園子の声にそれぞれ返事をすると、志騎と銀はピスケス・バーテックスの方へ走り出し、園子もアリエス・バーテックスへと走り出す。
園子がアリエス・バーテックスに攻撃を仕掛けようとした瞬間、アリエス・バーテックスの頭部の触手が園子に向かってゆらりと動いた。それに園子が嫌な予感を感じて一度立ち止まり、槍を傘のように変形させて頭上にかざすと触手から雷撃が放たれる。どうにか雷撃そのものは傘状に変形させた槍に阻まれたものの、もしも判断が一瞬でも遅れていれば園子の体に直撃していただろう。
「ひゃあ~。ビリビリ来た~」
冷や汗を垂らしながらも、変わらずのんびりとした口調で園子が呟く。雷撃は厄介だが、生憎今回の自分の役目は目の前のバーテックスを攻撃する事ではない。敵の行動に注意していれば、雷撃をしのぎながらバーテックスを足止めするぐらいはできるはずである。槍を強く握りしめて気を引き締めなおすと、園子はアリエス・バーテックスとの交戦を開始した。
一方、志騎と銀の二人がピスケス・バーテックスの進行方向へと向かってると、ピスケス・バーテックスが勢いよく地中から飛び出した。その姿はまるで、海面から勢いよく跳躍するイルカの姿を連想させた。
しかし今回は、その軽やかな動きが仇となった。ピスケス・バーテックスの隙を伺っていた須美はその巨体に狙いを定めると、霊力で構成された矢を放つ。矢は見事ピスケス・バーテックスの頭部に直撃し、ピクシス・バーテックスの体が地面に叩きつけられる。
「おりゃああああああああっ!!」
「はぁっ!!」
二人は地面に倒れたピスケス・バーテックスに勢いよく接近すると、すれ違いざまにそれぞれ強力な一撃を食らわせてやる。二人による強烈な斬撃はピスケス・バーテックスの体に刻み込まれ、今までのバーテックス同様再生はしているもののこれといった反撃はない。
「志騎、いけるぞ! こいつあまり強くない!」
「ああ。もしかしたら他に攻撃手段があるのかもしれないけど、わざわざそれを出させる事はない。油断せずに、とっとと片付けるぞ」
「了解!」
銀は頷くと、両手に握る双斧を強く握りしめてピスケス・バーテックスに対峙し、志騎もブレイブブレードを握ってピスケス・バーテックスを鋭く睨みつける。そして二人がピスケス・バーテックスに攻撃するために突撃しようとした時、ピスケス・バーテックスの顔に当たる部分から黒い煙幕が放出された。
「なんだこりゃ!? まさか毒ガス!?」
「心配するな! ただの目くらましだ! 一気に決めるぞ!」
リブラ・ゾディアックになって風で煙幕を一気に払っても良いが、その隙に先ほどのように地面に潜り込まれて逃げられる可能性もなくはない。ならば銀と協力して早くバーテックスにとどめの一撃を食らわせるべきだ。志騎がそう考えた瞬間、彼の耳に絶叫が届いた。
「ミノさん、あまみん、逃げてぇえええええええええええええっ!!」
その声に疑問を抱く前に、志騎は園子と交戦しているアリエス・バーテックスの方に目を向けた。
そこには、二人に向かって必死の形相で叫んでいる園子と、自分達に向けて頭部の触手を向けているアリエス・バーテックスがいた。頭部にはバチバチと危険な音を立てながら、雷が帯電している。
あの園子の表情の意味。
そして雷を帯びる触手に、自分達の周囲に漂うガス。
それで二体のバーテックスが何をしようとしているのか理解した志騎は足に力を入れると、全速力で銀の元に走る。
「----銀っ!」
「え、何っ、ってうわっ!?」
志騎の言葉に反応したのもつかの間、銀は驚愕の声を上げた。自分目掛けて突進してきた志騎が、突然強烈な蹴りを銀に放ったからだ。どうにか蹴りに反応した銀は右手を盾にして防ぐが、威力を完全に殺す事はできずガスの中から吹き飛ばされる。
「ぐえっ!」
地面に叩きつけられた衝撃で呻き声を出すが、特に目立った外傷などはないようだ。それを確認した志騎が安堵の息をついた直後、志騎の周りを漂うガス目掛けてアリエス・バーテックスの触手から雷が放たれる。
その瞬間。
ガスが雷によって引火し、樹海に鼓膜が破けるんじゃないかと錯覚するほどの爆音が響き、志騎がいた場所を凄まじい爆発と爆炎が襲った。
「志騎ぃいいいいいいっ!!」
銀が絶叫を上げた直後、爆発の中から何かが飛んできた。その何かは銀のすぐ横に不時着し、銀がそれに目を向けて正体を知った瞬間、彼女の目が限界まで見開かれて思わず息を呑む。
飛んできたのは雷による爆発の攻撃を受けた志騎だった。だがその状態は、つい先ほどと比べてかなり悪い。
爆炎にさらされたためか全身に大量の火傷を負っている上に、体のあちこちが黒く炭化してしまっている。焼けた箇所から人の肉が焼ける不快な匂いが漂ってきて、銀はどうにか吐き気をこらえた。体中に走る激痛をこらえるように顔をしかめている事から志騎の意識はあるようだが、怪我の事を考えると意識を失っていた方がまだマシだったんじゃないかとすら思えてしまう。
「志騎君!」
「あまみん! ……酷い……!」
そこに援護に回っていた須美と、銀と志騎に必死の警告を発した園子が駆け寄ってきた。二人とも志騎の惨状に銀と同じように目を見開き、言葉を失っているようだった。銀は奥歯が砕けんばかりに歯を噛み占めると、自分達に向かってくるアリエス・バーテックスと体勢を立て直そうとするピスケス・バーテックスを殺意が剝き出しの目で睨みつける。
「あいつら……!!」
「ミノさん、落ち着いて! カッとなっちゃダメ!!」
「……っ。ごめん、園子」
園子の必死な表情を見て頭を冷やした銀が謝ると、園子はほっと安心したような息をついてから状況を改めて見つめなおす。
志騎は戦闘不能状態になってしまっているが、幸いまだ生きている。自分達は三人で敵はまだ二体残っており、ピスケス・バーテックスが先ほど志騎と銀から受けたダメージは残念ながらもうほとんど回復してしまっているだろう。加えてアリエス・バーテックスの雷撃とピスケス・バーテックスのガスによる連携攻撃。どうやってこれらを攻略し、二体を撃退するか。難しい問題ではあるが、解けないわけでは決してない。
そして園子が二人に作戦を伝えようとした時、三人の背後に倒れていたはずの志騎がゆっくりと起き上がった。
「志騎君! まだ動いちゃ……」
志騎が動き出した事に気づいた須美が声を上げかけたが、その声が途中で止まる。
ついさっきまで大火傷を負っていたはずの志騎の全身の皮膚は攻撃を受ける前の状態に戻っており、黒く炭化していた箇所もその範囲が小さくなっている。そして須美達が見ている前で炭化している箇所がみるみると小さくなっていき、やがて彼の全身の皮膚は火傷を負う前の状態に戻っていた。
「………」
一方、須美達が見つめる中で、志騎はついさっきまで大火傷を負っていたはずの自分の右手の掌をぼんやりと見つめる。そんな志騎の脳内に、先ほどの園子と須美の声が響く。
『だって私達にとってあまみんは、みんなの弟君で、ちょっぴり天然さんで、私とわっしーの大事な友達で、ミノさんの大切な幼馴染だもん。……バーテックスみたいな、人を大切に思う心を持ってない怪物じゃないって私達は知ってる。だからあまみんは、大丈夫だよ~』
『でも、これだけは言わせて。……私達は、あなたを信じてる。だからあなたも、あなた自身を信じてあげて』
だが。
まるでそれを否定するかのように、別の冷たい声が志騎の頭を犯す。
『バーテックス・ヒューマン計画における唯一の完成体』
『バーテックスの力を持つ勇者。人間の形をしたバーテックス』
『バーテックスを殺すのに特化した
『それがお前が知りたがっていた、お前の正体だよ。天海志騎』
自分の信じる彼女達の声。
それを否定する刑部姫の冷たい声。
彼女達の声が自分の脳内を駆け巡り、頭の中をぐちゃぐちゃに搔きまわす。
志騎がブレイブブレードを握ると、今まで出した事が無いほど冷たい声を出しながら三人の間を通り過ぎる。
「----どけ。一人でやれる」
「え、し……」
銀の声を無視するかのように、志騎はブレイブブレードを構えながら軽く身をかがめる。
次の瞬間、ドンッ!! という音と共に志騎がピスケス・バーテックス目掛けてまるでロケットのように走り出す。敵が自分に向かってくるのを感知したのかピスケス・バーテックスが地面に潜るが、志騎がスマートフォンを取り出すと紋章をタップしてブレイブドライバーにかざす。
『ブレイブストライク!』
樹海にブレイブドライバーの音声が響き渡ると同時に、ブレイブブレードに神樹の力が宿り、巨大な純白の光の刃を形成する。それを両手で持つと、刀身を思いっきり地面に突き刺す。両腕に手ごたえのようなものが伝わり、両腕に力を入れてピスケス・バーテックスを地面から引きずり出そうとするが相手も抵抗しているのかバーテックスの重量がブレイブブレードを通じて志騎の両腕に伝わる。
しかし、志騎は奥歯が砕けるのではないかと思うほど歯を食いしばると、両腕に力を込めてブレイブブレードを持ち上げようとする。あまりの力に志騎の利き腕である右腕から血が噴き出るが、今の彼はそのような事はまったく気にしていなかった。放っておいても、どうせすぐに治るだろう。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
気合の咆哮と共にブレイブブレードを振り上げると、刀身が体に突き刺さったピスケス・バーテックスが地上へと無理やり引きずり出され宙を舞う。その姿はまさに、釣り上げられた魚のようだった。
そして宙を舞うピスケス・バーテックス目掛けて跳躍しながら、志騎は確信する。
実は前回変身した時から、志騎は自分の体に奇妙な違和感を覚えていた。それは傷やキリングトリガーを使用した影響で体が重くなったなど、不調を示すようなものではない。
むしろその反対だった。体が、奇妙に軽く感じたのだ。
それだけではない。初めてキリングトリガーを使用する前よりも、感覚がはっきりとしているような感覚があった。視力や聴力といった互換は前よりも鋭く感じ、身体能力も前よりも向上しているように感じられた。
最初は気のせいだと思ったが、今ピスケス・バーテックスを引きずり出した事で確信した。
勇者に変身した自分の身体能力が、前よりも向上している。
ブレイブフォームは身体能力のバランスが取れたフォームであるが、そのため巨大なバーテックスを引きずり出すほどの腕力はない。せめて十二のフォームの中で最も腕力と防御に長けたタウラス・ゾディアックでなければ不可能だろう。
それなのにこれほどの膂力。自分の身体能力が上がっていると考えなければ説明がつかない。
おまけに腕力だけではなく、体は前より軽く感じ、そのおかげで速度も前よりも遥かに早くなっている。視力や聴力などの五感も、以前よりも研ぎ澄まされているのが分かる。
自分の勇者としての身体能力がこれほどまでに上がっているのは、きっとキリングトリガーを使用したからだろう。刑部姫が話していた通り、キリングトリガーを使用した事で自分に掛けられていた封印が解除され、身体能力が向上した。つまり、これが本来の自分の身体能力という事だ。
志騎はブレイブブレードを両手で持つと、そのまま空中に引きずり出されたピスケス・バーテックス目掛けて跳躍しその巨体を斬る。斬撃を食らったバーテックスは真っ二つになり、そのまま樹海へと落下していく。あとは鎮花の儀で壁の向こう側へと帰るだけだろう。
残りは、アリエス・バーテックス一体。
志騎が地面に着地してアリエス・バーテックスの方に視線を向けると、頭部にある触手がバチバチと帯電しているのが見えた。
そして触手から放たれた雷が志騎目掛けて放たれ、その体に雷が直撃する。
攻撃を受けた志騎の全身は見る間に重度の火傷を負い、体のあちこちが炭化していく。
それは間違いなく神樹の加護を受けた勇者でも命に関わる大怪我であり、普通の人間ならばすでに雷を受けた際のショックで死んでいるだろう。
なのに。
「----だから、どうした?」
志騎の口から放たれたのは、見下すような冷たい口調だった。
すると触手から放たれた雷の攻撃が止み、志騎は攻撃から解放される。彼の全身は見るも無残な状態だったが、まるで時間を巻き戻すかのように彼の全身の火傷と炭化している部分が急速に再生していく。やがて一分も経たない内に、彼の体は攻撃を受ける前の状態に戻った。
目の前の敵が再生したのを確認したのかアリエス・バーテックスが再び攻撃を行おうとするが、その前に志騎がスマートフォンを持つとブレイブドライバーに素早くかざす。
『ブレイブストライク!』
音声がブレイブドライバーから発せられた直後、右足に純白の霊力が集中する。そしてアリエス・バーテックス目掛けて走り出し、右足を地面に叩きつけ勢いよく上空に跳躍する。あっという間にアリエス・バーテックスと同じぐらいの高さまで到達すると、アリエス・バーテックスに背中を向けて足を伸ばした状態で縦に一回転し、オーバーヘッドキックを繰り出す体勢になる。
無論、蹴られるボールの役割を果たすのは何であるかは言うまでもない。
神樹の純白の霊力が込められた右足のつま先がアリエス・バーテックスに突き刺さり、ズドォン!! という砲弾が直撃したような音が樹海に響き渡る。さらに志騎の右足からも骨が折れるような音と血が噴き出す音、気が遠くなりそうなほどの激痛が伝わってくるが、正直どうでも良かった。どうせ、すぐに治る。
折れた右足を気に留める事無くさらに右足に力を込めて足を完全に振り切ると、アリエス・バーテックスの巨体が樹海へと落下し、不時着した地面から土煙が上がる。それに遅れて志騎も左足一本で地面に着地してから右足を確認すると、案の定と言うべきか右足はもう普通に歩けるまでに回復していた。本当に、忌々しいほどまでに凄まじい再生能力だった。
目の前で倒れているアリエス・バーテックスを見ると、先ほどのオーバーヘッドキックの直撃により大ダメージを受けながらも、アリエス・バーテックスはまだ戦おうと巨体をかすかに動かしていた。まるで死にかけの虫が足を動かしているように見えて、生理的な嫌悪感が沸いてくる。
志騎がブレイブブレードを握る右手に力を込めると、アリエス・バーテックスの頭部に近づき剣を振り上げる。
そして。
ガン!!
振り上げた剣を、思いっきり頭部に振り下ろした。
しかしこれまで何回も四人の勇者達を苦しめてきたバーテックスの耐久力と再生力は並大抵ではなく、頭部を再生しながら再び動き出そうとする。それを防ぐかのように、志騎は再び剣を振り上げると頭部をまた剣で叩き潰す。
再生する。
叩き潰す。
再生する。
叩き潰す。
再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生する潰す再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰再生潰----。
頭部が再生し、頭部を叩き潰し、頭部が再生し、頭部を叩き潰す。
まるで流れ作業のような行動を何回も繰り返し、樹海にガンガンガン!! と剣が叩きつけられる音と、果実が地面に落ちた時のようなぐちゃりという音が何回も響き渡る。
「----違う」
目の前で再生する頭部を叩き潰しながら、志騎は呟く。
「……違う……!!」
奇しくも、頭部がすぐに再生するその姿はまるで。
傷が高速で再生する、自分のようで。
それを否定するように剣を必死に振り下ろしながら、叫ぶ。
「----俺は、お前達とは違う!!」
そして、さらに頭部を潰そうとした瞬間。
後ろから誰かが、志騎の右腕を掴んだ。
「--------」
それでようやく我を取り戻した志騎は、ゆっくりと振り返す。
そこには、とても痛ましいものを見るような表情を浮かべている銀が、自分の右腕を掴んでいた。彼女の後ろでは、須美と園子の二人も銀と同じような表情を浮かべながら自分を見つめている。
「……志騎。もう、良い。もう、終わってる」
「……あ」
彼女の言葉に志騎はアリエス・バーテックスに目を向けると、志騎によって散々潰された頭部はもう修復しておらず、巨体はピクリとも動いていなかった。倒してはいないだろうが、もう戦闘は不可能だろう。志騎が呆然とした表情を浮かべていると、銀が無理やり笑みを浮かべながら言う。
「志騎、疲れたろ? 今日すごく頑張ったもんな。こりゃあ今日のMVPはお前に決まりだな。そうだ! お祝いに、イネスに行こうよ! さすがに今日この後は検査があるから無理だけど、今度また四人で行ってさ、特別にこの銀様がラーメンを奢って……」
「----銀。良いよ」
自分を元気づけようとあえて明るい口調で言うが、彼女のやや強張った笑顔が動揺を完全に隠せていない。志騎の言葉に銀の笑顔が崩れ、須美と園子の二人が息を呑む。
「悪いな、気を遣わせて。でも、良い。無理やり笑わなくていい。自分でも正直、頭の中がぐちゃぐちゃしてる。……おかしいよな? 普通の人間なら確実に病院行きかすでに死んでるはずの怪我を負ってたのに、全然それが無い。もう回復している。……気持ち悪いったら、ありゃしない」
「志騎……」
「……園子、須美。お前達は言ってくれたよな? 俺は大丈夫だって。俺を信じてるって。……でも、駄目だ。お前達の事を信じてないわけじゃない。でも俺には、こんな力を持ってる俺が気持ち悪く見える。……自分が人間だって信じたいのに、信じきれない。……俺は、どうするべきなんだろうな」
今まで見た事がない志騎の姿に、銀はおろか須美と園子も何も言う事ができない。四人の周りを重苦しい雰囲気が漂い始めた瞬間、樹海が純白の光に包まれ無数の花びらが舞い始める。ようやく鎮花の儀が始まったのだ。それは戦闘が終わった事を意味する光景でもあるので本来であればほっと一息つくのだが、状況が状況なだけに安堵の息をつく事もなく四人はその場に突っ立っている。
と、そんな時、背後で何かがかすかに動くような音がした。
それに気づいた四人がその方向に目を向けると、そこには先ほど胴体を両断されたピスケス・バーテックスが頭部を自分達に向けていた。咄嗟に攻撃に備えて身構えるが、ピスケス・バーテックスは攻撃をするような素振りは見せずただ静かに頭部を志騎に向ける。
すると、ピスケス・バーテックスの頭部の辺りに何やら紋章のようなものが浮かんだ。
(……何だ?)
ピスケス・バーテックスの位置はやや遠めで紋章がよく見えないので、志騎は頭部の辺りを凝視して紋章の形を確認する。
(……黒い、太陽?)
紋章の形を確認し、志騎がそう思った瞬間、紋章が不気味に黒く輝く。
直後。
「が、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
突如志騎の頭を、今まで感じた事がないほどの激痛が襲った。思わず頭を押さえて叫ぶが、頭痛は一向に治まる気配を見せない。それどころか、
(この、感覚は……! キリングトリガーを使った時の……!)
頭痛と共に、志騎をある感覚が襲っていた。それは初めてキリングトリガーを使用した時にも感じた、自分が自分で無くなるような感覚だった。
だが今志騎を襲っているのはあの時の比ではない。少しでも気を抜いたが最後、底なし沼にはまっていくように、二度と這い上がれなくなってしまうような……。そう感じさせてしまうほどに、志騎を襲っている力は強力だった。
「志騎!」
「あまみん、どうしたの!?」
「……来るな!!」
突然頭痛に襲われた志騎に三人が駆け寄ろうとするが、志騎が腹の底から叫ぶと三人はびくりと体を震わしてその場に立ち止まる。それに志騎がほっと安堵の息をついたが、それが命取りになってしまった。
頭痛が激しくなると共に、得体の知れない力が自分の中に入り込み、自分の中の何か大切なものを書き換えていく。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
気が触れてしまいそうなほどの激痛に頭を抑えると共に絶叫を上げる志騎の目に、自分に向かって手を伸ばす銀の姿が映る。
(ぎ----)
だが。
ぶつり、という音が志騎の脳内に響くと共に、天海志騎という少年の意識が途切れる。
それと同時に樹海が光に包まれ、銀達三人の視界も白く染まっていった。
三人が我を取り戻すと、世界は樹海から現実世界へと戻っていた。場所は樹海化が始まる時に四人がいた広場だった。夕暮れの空は相変わらず赤かったが、太陽の光を遮るように雨雲が発生し始めていた。雲の大きさなどから見て、恐らくあと数分もしたら強めの雨が降るだろう。
と、そこで銀は先ほど激しい頭痛に苦しんでいた志騎の姿を思い出し、辺りを見回そうとする。
だが、あっさりと彼は見つかった。自分達の真正面に、だらんと脱力した状態で立っている。表情は俯いているためよく見えないが、その様子を見ると恐らく頭痛は治まったのだろう。ほっと安堵の息をつきながら、三人は志騎に駆け寄ろうとする。
「志騎! 良かった、大丈夫だったんだな!」
「そうね。でも、念のために病院に行きましょう。まずは安芸先生に……」
が、そこで三人は異変に気付く。
志騎の無事を喜ぶ三人とは対照的に、志騎は何の言葉も発さない。それどころか、顔を上げさえしない。
「あまみん……?」
それに園子が戸惑いの声を上げ、銀と須美も困惑した表情を浮かべながら志騎と数歩離れた状態で立ち止まる。すると、ようやく志騎が顔を上げる。
その両目には。
血のような赤い光を放つ、幾何学模様が浮かんでいた。
「志……騎……?」
銀がか細い声を出すが、それにすら志騎は反応しない。ただ黙ってスマートフォンを取り出すと、画面に表示されたアイコンをタップする。するとブレイブドライバーが志騎の腰に出現し、自動的に装着される。さらに指を別のアイコンまで移動させると、今度はそのアイコンをタップする。
『Brave!』
音声がスマートフォンから発せられ、変身のための術式が志騎の目の前に展開される。
それを見ても、三人は何故志騎がそんな事をするのか全く分からなかった。
もうバーテックスは撃退された。戦う必要はおろか、変身する必要などありはしない。
それなのに、何故彼は勇者に変身しようとしている?
三人の疑問を無視するかのように、ブレイブドライバーから音声が発せられる。
『Are you ready!?』
ベルトから音声が発せられた直後、志騎はいつもの変身の掛け声すらなく、ゆっくりとした動きでブレイブドライバーにスマートフォンの画面をかざす。
『Brave Form』
術式が志騎の体を通過すると、志騎は先ほどと同じように勇者の姿に変身する。それから三人にゆっくりと歩み寄りながら、腰のブレイブブレードの柄に手をかける。
そして。
ブレイブブレードを一気に引き抜き、銀へと剣を振り下ろした。
「えっ?」
あまりに予想外すぎる展開に銀の口から思わず間抜けな声が出るが、志騎の動きは止まらない。銀も突然の事に反応が遅れ、動く事ができない。
そして、ブレイブブレードの刃が無防備な銀の顔面へとまっすぐ振り下ろされ----。
ガギィン!!
硬直した銀の耳に、金属と金属がぶつかり合うような音が響く。その音源は、目の前でブレイブブレードの刃を止めた園子の槍だった。三人の中で最も早く志騎の異常に気付き、勇者の姿に変身した園子はブレイブブレードを止めながら、銀に叫ぶ。
「ミノさん、大丈夫!?」
「え? あっ……」
変わらず呆然としている銀に向けて、志騎がさらに剣を振るう。攻撃を必死に防ぎながら、園子は悲痛な声で志騎に言った。
「あまみん、やめて!! あなたは……あなたは、そんな事ができる人じゃない!!」
だが無情にも志騎は槍を弾いて園子の体勢を崩すと、無防備になった園子の腹に蹴りを叩きこむ。蹴り飛ばされた園子は銀の脇を飛んでいき、数メートル転がってからようやく止まるとゴホゴホと苦しそうに咳をした。
再び無防備になった銀目掛けて志騎がさらに攻撃を仕掛けようとした次の瞬間、突然志騎は跳躍して空中に舞い上がる。すると、今まで志騎が立っていた地面に霊力で形成された矢が突き刺さった。銀が矢が放たれた方向を見ると、そこには須美が今にも泣きだしてしまいそうな表情で志騎に弓を向けていた。
志騎は銀から自分に攻撃を仕掛けてきた須美に狙いを変えると、凄まじい脚力で一気に須美との距離を詰めようとする。しかしそこに間一髪園子が割り込むと、槍で志騎の斬撃を防ぐ。
「ぐっ……だぁっ!!」
気合と共に槍を振り払うと、志騎は吹き飛ばされながらも上空でくるりと一回転し地面に着地した。自分達をまるで昆虫のような無機質な目で見る志騎に、須美は緊張で唾を飲み込みながら園子に尋ねる。
「そのっち……志騎君、一体どうしてしまったの……?」
「何が起こったのかは私も分からない……。だけど、私にはさっきバーテックスがあまみんに何かしたように見えた。だからバーテックスが原因だって事は確かだよ」
「それって……バーテックスに操られてるって事?」
そうだとしたら、なんと悪辣な手を使うのだろうか。志騎の心を操り、大切な友人である自分達と戦わせるとは。須美が心の中でバーテックスへの怒りを燃やしていると、園子は唇を嚙みながら、
「かもしれない。バーテックスは鎮花の儀で送り返されただけだから、消えたわけじゃないし……。でも、とにかく今はあまみんを止めよう。私がどうにかしてあまみんを止めるから、わっしーはサポートをお願い。あと、無茶を言ってるのは分かるけど……できれば、あまみんを傷つけないで」
無茶を言っている事は、園子自身分かっていた。今の志騎を傷つける事無く止める事はかなり難しいと言っても良い。傷つける事を前提にして動きを止める事に専念した方がよっぽど簡単だろう。だが彼女の言葉に、須美はためらう事無く力強く頷きながら答える。
「分かってるわ。なんとか動きを制限して、そのっちが戦いやすくなるようにする。だからそのっちは、志騎君をお願い」
「うん、分かった。……ありがとう、わっしー」
園子の言葉に、須美は口元にかすかな笑みを浮かべながらもう一度頷いた。彼女もきっと園子と考えている事は同じだろう。----いくら操られているとは言え、大切な友人を傷つけるなど二人はしたくない。
園子はそれから銀の方をちらりと見てみると、彼女は愕然とした表情を浮かべながら戦闘を見ていた。本当ならば近接戦が得意な彼女に手伝ってもらった方が良いのだろうが、今の彼女にそのような役目を担わせるのは酷すぎるだろう。園子は槍を構えながら、志騎をまっすぐ見据える。
すると、志騎はブレイブブレードを逆手に持ち替えると、体から力を抜く。
刹那。
ドンッ!! と志騎の足元の地面が吹き飛び、凄まじい速度で園子に肉薄する。そして右手のブレイブブレードを振るい、それに園子が素早く反応して槍で防ごうとした瞬間、志騎の左手の拳が園子の脇腹に突き刺さる。
「がっ……!」
右手のブレイブブレードはフェイント。本命は、左の拳のストレート。
強烈な威力に園子の呼吸が一瞬止まり、激痛で身動きが取れなくなる。その隙を見逃さず志騎は軽く跳躍して園子に背中を向けると、体を回転させて右足の踵による後ろ回し下蹴りを園子の顔面に放つ。攻撃を受けた園子は再び吹き飛ばされ、地面を転がった。
「そのっ……!」
須美が声を上げるが、眼前に志騎が迫ってくるのが見えて慌てて距離を離そうとするが、相手の方が早い。ブレイブブレードによる刺突が須美の顔面に放たれるが、間一髪攻撃をかわす。ギリギリで攻撃をかわしたため、ブレイブブレードによって切られた髪の毛が数本はらりと散った。
だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。攻撃をどうにかかわしたものの体勢が崩れた須美の体に左手による掌底が放たれ、須美の体が園子と同じように宙に舞う。そして地面に体が叩きつけられ、ごろごろと地面を数メートル転がった所でようやく止まった。
「が……あ……っ!」
立ち上がろうとするが、呼吸すらおぼつかなるほどの激痛に身動きもまともにできず、須美は呻き声を出すしかない。
(なんて……強さなの……!)
こうして相対して、初めて分かった。今の志騎は、いつも自分達と一緒に戦っていた彼よりもはるかに強い。その強さの理由は身体能力もあるが、一番の理由は戦闘スタイルだ。
殺傷力の高いブレイブブレードをフェイントにして、左手の素手による威力の高い一撃を放つ。左手に注意を向けようとしても、どうしても剣という危険が高い武器に注意を奪われてしまい、左手の攻撃を回避する事ができない。
それだけではない。
さっき志騎が攻撃したのは園子の顔面、そして今掌底で攻撃した須美の体の部位は胸部、もっと正確に言えば肝臓だ。志騎が攻撃したこの二か所には、ある共通点がある。
それは、二か所とも人体の急所だという事だ。
顔面は鼻などを攻撃された場合出血しやすく、攻撃された時の精神的ダメージも大きい。しかも当たり所によっては脳震盪などを引き起こし、下手をすると酸欠などが起きる可能性もある。園子がまだ起き上がれないのは、神樹の力によって強化された志騎の蹴りを顔面に食らってしまったかもしれない。
そして肝臓は最も血液が集中する臓器であり、打撃を食らうと激痛をもたらす。須美がまともに身動きが取れないのもそれが理由だ。
それらの攻撃で分かるように、今の志騎の攻撃は人体の急所を的確に突くものだ。効率的、と言い換えても良いかもしれない。
必要最低限の動きと攻撃で人体の急所を的確に突き、確実に獲物を狩る。
そこに感情などない。ただあるのは、目の前の敵を殺しつくすという冷たい殺意のみ。
それはまさに……敵を殺すのに特化した殺戮兵器と呼ぶにふさわしいものだった。
「あ……ぐ……」
須美は肝臓を攻撃された際の激痛にこらえながら、どうにか立ち上がる。と、自分の獲物が動き出したのを確認した志騎はブレイブブレードを腰のホルダーに収めると、スマートフォンを右手に持ちブレイブドライバーにかざす。
『ブレイブストライク!』
「っ! くっ……!」
須美は弓を構えると、志騎に矢を放つ。もちろん殺すつもりの攻撃ではない。ただ足を攻撃して、動きを止めるだけだ。怪我をさせてしまうのは申し訳ないが、今は正直それだけの余裕がない。
だが志騎が攻撃を見切っていたかのように横に素早く跳躍して攻撃をかわし、ならばとさらに放たれた矢すらも再び横に跳躍してかわす。そしてその場でひと際高く跳躍すると、跳び蹴りの体勢になり純白の霊力が込められた右足を須美に向ける。須美は自分に向かってくる跳び蹴りをどうにかかわそうとするが、まだ先ほどのダメージが抜けきっておらずその場に膝をついてしまう。
防御すらできない須美に、志騎の跳び蹴りが直撃すると思われた瞬間、
「わっしー!!」
どうにかダメージから回復した園子が槍を傘状に変形、須美と志騎の間に割り込むと槍を志騎に向けて彼の跳び蹴りを防御する。直後、霊力によって威力が引き上げられた志騎の跳び蹴りが、園子の槍に直撃した。
「「きゃあああああっ!!」」
攻撃そのものを受け止める事は出来たものの、その際に生じた衝撃を殺す事はできず、園子と須美は二人まとめて吹き飛ばされてしまう。槍はあらぬ方向に吹き飛ばされ、二人の体が地面に叩きつけられる。その衝撃で、ダメージを負っていた二人はついに気を失ってしまった。二人の体はぐったりとしてしまっており、少なくとも今すぐ起き上がる事は出来ないだろう。
そんな二人に、ブレイブブレードを再び手にした志騎はゆっくりと歩み寄る。
するといつの間にか空に立ち込めていた暗雲からポツポツと小雨が降り出し、やがて本降りに変化すると志騎の動きを止めようとしているかのようにその場に降り注ぐ。だが、もちろんその程度で彼が止まる事はない。
だがその時、ザッと、背後で誰かが立つ音を感じた。
それに気づいた志騎が振り返ると、そこには今にも泣きだしてしまいそうな表情の銀が立っていた。
しかしそれにも志騎は何の反応も示さない。ただ血のような深紅の幾何学模様が浮かんだ瞳を、幼馴染の少女に向けている。
銀はそんな幼馴染の少年の姿に心が折れそうになるも、無理やり笑顔を浮かべて彼に語り掛ける。
「な、なぁ志騎。もうやめろって! さすがに冗談きついぞ?」
志騎は何も答えない。
「なぁ、何か言えって! あ! もしかして須美に怒られるのが怖くて何も言えないのか!? なんだ、だったら初めからそう言えよー。それならあたしも付き合うからさ、一緒に須美と園子に謝ろうよ! そしたら、きっと許してくれるって! だから……」
だが、それでも。
志騎は何も言わなかった。
「……何か、言えよ」
そんな幼馴染を目の前にして。
ついに銀の口から、今にも泣きだしそうな声が漏れた。
「何か言えよ!!」
最初は小さかった声は、やがて降り注ぐ雨の音にも負けないほどの大声となって辺りに響き渡る。
「いつものお前の顔で、いつものお前の目で、あたし達を……あたしを見てくれよ!!」
それはまるで血を吐くような、胸が痛くなるような叫びだった。
「何も感じてないようなフリしてんなよ!! ----バーテックスになりきってんじゃねぇよ!!」
しかし、彼女の声を無視するかのように。
ブレイブブレードを力強く手にして、志騎は銀へと突っ込んだ。
「----くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫を上げながら銀は勇者へと変身、両手にバーテックスを殺すための双斧を持ち、志騎へと突進する。
そして。
バーテックスを殺すために作られたはずの剣と斧が、激しくぶつかり合った。
「ぐっ……!」
片手に走る衝撃に銀が顔をしかめると、志騎のブレイブブレードの連撃が銀へと放たれえる。が、銀は両手の斧を操り連撃を全て防ぐ。すると志騎は左足のつま先により蹴りを銀に放つが、銀は右手に握る斧で攻撃を防ぐと左手に握る斧の面を志騎に振るう。銀の攻撃を志騎はブレイブブレードで防ぐと、くるりと宙返りして後方へと逃れる。はぁはぁと荒い息をつきながら、銀は距離を離した志騎を観察する。
相変わらず油断のならない攻撃をしてくるが、須美と園子と相手した時とは違って左手による攻撃は行わない。理由は恐らく、銀の武器の双斧だろう。
いくらブレイブブレードに注意を向けさせているとしても、さすがに素手で斧を弾き飛ばす事は出来ない。相手が斧ではなく別の武器だったら話は別だろうが、銀が手にしているのは重量のある斧、しかもそれを操る銀は四人の中でも最も近接戦闘に長けた勇者だ。この戦いで志騎が左手の素手による攻撃を放ってくる可能性は低いだろう。
銀は息をふぅーと吐き出しながら、自分と志騎の能力について考える。
小回りの良さと判断力については志騎が上。
一方、一撃の攻撃力と防御力では自分が上。
ならば。
(危険だけど、距離を詰めて戦うしかない……!)
銀は双斧を構え、それを迎え撃つかのように志騎も剣を構える。
互いの視線がぶつかり合った直後、二人は再度距離を詰めて互いの剣と斧を交える。
志騎の連撃が銀を襲い、銀はそれら全てを防ぎ、時にかわす。
自分を無表情で攻撃してくる志騎を見ながら、銀は奥歯を強く噛みしめる。
(……なんで、こんな事になっちゃってるんだよ……)
こんな事のために、今まで鍛えてきたのではない。
こんな事をするために、今まで絆を深めてきたのではない。
こんな事をするために----。
「……っ!!」
志騎の横薙ぎの一撃を防ぎながら、銀は右手の斧を強く握りしめる。
志騎を傷つけたくない。
だが、ここで躊躇したら自分だけでなく、須美や園子も殺されてしまう。
いや、三人だけではない。恐らく街にいるたくさんの人間が志騎によって殺されてしまう。
それを防ぐためには。
(ここで、志騎を殺すしかない……)
本当ならそんな事は死んでもやりたくない。
志騎に、もうこんな事はやめてくれと叫びたい。
だが、今の志騎に言葉は届かない。
そして、須美と園子に大切な友達を殺すなどという嫌な役目を任せたくない。
だから、自分がやるしかないのだ。
志騎の友達であり、幼馴染である自分が。
志騎を、殺すのだ。
「……ああっ!!」
自分に向かって突き出された強烈な突きを、銀は左手の斧を横薙ぎに振るって強引に弾き飛ばす。剣よりも重量を持った斧の一撃は強烈で、突きを弾き飛ばすだけでは収まらず、そのまま剣を志騎の手から弾き飛ばした。おまけに剣を弾き飛ばされた時の衝撃で志騎の右腕も大きく弾かれ、志騎は胸をさらけ出した無防備な体勢になる。
あとは、無防備になった胸部目掛けて斧を叩きこむだけだ。
いかに再生力の高い志騎と言えど、心臓を切り裂かれたら死ぬだろうし、再生するにしても少しばかり時間がかかるはずだ。致命傷を負わすのに失敗したとしても、その隙に首か心臓を攻撃すれば問題はない。銀は一気に志騎との距離を詰めると、右手に握る斧を振りかぶる。
あとは、その斧を振り下ろすだけ。
それで終わる。
しかしその瞬間。
銀の、目に。
志騎の顔が、映りこんだ。
『銀』
幼い頃から見続けてきたその顔が目に入った瞬間。
自分の名前を呼ぶ。
幼馴染の少年の優しい声が、頭の中に響き渡った。
「----あ」
その声で、銀の動きは停止した。
そこで止まるべきではないとは分かっていた。
斧を振り下ろさなければならないとは思っていた。
だが。
どうしても、かつての幼馴染の声を思い出してしまった銀の体は、動かなかった。
そして、その隙を
『ブレイブストライク!』
はっと銀がようやく我を取り戻したが時すでに遅く、神樹の力によって強化された志騎の拳が救い上げるように銀の腹に命中し、銀の口から酸素が吐き出されると同時に彼女の体が宙に浮く。それに追い打ちをかけるように志騎の拳が立て続けに二発胴体に叩きこまれ、銀の体が地面に叩きつけられる。そして最後に叩きつけられた反動が銀の体が宙に再び浮かび上がると、まるでサッカーボールでも蹴るように彼女の体を無慈悲に蹴り飛ばした。銀の体は地面を数メートル転がった所でようやく止まったものの、両手に握っていた双斧は二本とも吹き飛ばされ、銀自身も腹部に走る激痛に身動きができなかった。
「う……」
呻き声を出しながら銀がうっすらと目を開けると、目をまるで悪魔のように赤く光らせながら志騎が自分に歩いてくるのが見えた。彼は自分の前で立ち止まると、しゃがみ込んで銀の首に手をかける。そのまま持ち上げると、彼女の首をへし折ろうと右手に力を込め始めた。
「あ……が……」
右手の力に銀の口から酸素が吐き出され、首に圧迫感と激痛が走る。志騎の手から逃れようと両手に力を込めようとするが、先ほどの攻撃のせいで体に全く力が入らない。まさに万事休す、といった状況だ。
「し……き……」
どうにか志騎の名前を呼ぶが、それで彼が何らかの反応を返す事はない。
何だ? と聞き返したり、銀の名前を呼ぶ事も、ない。
今目の前にいる彼は……どうしようもないほどに、殺戮兵器と呼ぶにふさわしくなってしまっていた。
そう考えると無性に悲しくて、銀は泣きそうになった。
が、彼女が涙をこぼす事はない。
志騎の彼女の首を握る手がさらに強くなっていき、首からミシミシと何かが軋むような音がして、視界がぼやける。
そして、ついに志騎の右手が銀の首をへし折ろうとしたその時。
『やめて!!』
誰かの声が、志騎の脳内に響き渡った。
直後、志騎の眼球に浮かび上がっていた深紅の幾何学模様が突然ノイズが走るようにブレたかと思うと、幾何学模様が青色になり、右目から幾何学模様が消えた。
すると、
「……銀?」
どこか状況を把握していないようにも聞こえる、いつもの志騎の声が彼自身の口から漏れた。やがて自分の右手が彼女の首を掴んでいる事に気づいた彼はパッと彼女の首から右手を離す。志騎の右手から解放された銀は地面に落ちると、ゲホゲホと苦しそうに咳き込みながら酸素を肺に取り込む。志騎は何が起きたのかまだ分かっていないようで、銀と自分の右手を交互に見ていた。
「何で……俺……お前の首を……?」
言いながら志騎は周囲にも視線を巡らせる。そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
強大な力で砕かれた地面。
力なく地面に倒れこむ須美と園子。
目の前で首を抑えながら涙目で自分を見る銀。
そして何故か勇者に変身しており、しかもついさっきまで銀の首を掴んでいた自分。
それが意味する事に気づいてしまった志騎は、呆然とした様子で呟く。
「……俺が、やったのか?」
「志騎、違う……! お前のせいじゃない……!」
銀が必死に志騎に言うが、志騎は自分の両手を見つめると荒い呼吸をしながらカタカタと震えだす。
「俺が、俺が、俺がお前達を……! 俺のせいで……!」
志騎は両手で頭を抱えると、目を大きく見開いてその場にしゃがみ込む。ぱしゃり、と水だまりの水が跳ねて、泥によって志騎の純白の勇者装束の一部が茶色に染まった。
「あ、あああああ……!! あぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
冷たい雨がひっきりなしに降りしきる中、志騎の絶望の叫び声がその場に大きく響き渡る。
それはまるで、小さな子供の泣き声のようだった。
いつもこの小説を見てくださっている方々、更新が遅れてしまい申し訳ございません。本来ならば第十五話と十六話は一緒になっていたのですが、結構な分量になったため二話に分けました。これが今年最後の更新になります。今よりももっと文章力をつけて、来年はさらにクオリティを上げた天海志騎の物語を投稿し続けていきたいと思いますので、見守っていただけると幸いです。
今年は大変な年になりましたが、自分の作品が少しでも皆様の心の支えになる事ができましたら幸いです。
皆様、良いお年を。