刑「では今回も私の出番が少ない第二十話、どうぞ楽しんでくれ」
剣を握り、自分に迫りくる敵を撃退するためにアクエリアス・バーテックスが水の弾丸を次々と発射する。志騎は自分に襲い来る弾丸をかわしながら巨体目掛けて跳躍し、体に力強い斬撃を放つ。
しかし渾身の力で放たれた斬撃は、バーテックスの体に傷を残す事すらできなかった。ならばと空中で体勢を立て直しながらブレイブブレードをガンモードに変形させ、アクエリアス・バーテックス目掛けて銃弾を連射する。純白の霊力で構成された銃弾は全弾アクエリアス・バーテックスの体に吸い込まれたが、それでも先ほどの斬撃と同じように傷の一つも残す事はかなわなかった。
「くそ、耐久力まで前と桁違いかよ……!」
以前よりも力が増している敵に顔をしかめながら、志騎は地面に着地する。攻撃力・防御力がここまで増しているとなると、万全の状態の銀達と一緒に戦っても今のアクエリアス・バーテックスに傷をつけるのは難しいかもしれない。が、だからと言って諦めるわけにはいかない。ブレイブフォームで駄目なら、今の自分が放てる最大火力を相手にぶつけるまでだ。そう考えて志騎がスマートフォンを出現させようとした所、二つの水球の内片方の水球に凄まじい数の歪みが発生しているのが見えた。それに志騎は目を見開くと、すぐさまスマートフォンのアプリを起動して一つのアイコンをタップする。
『リブラ!』
『リブラ・ゾディアック!』
志騎の勇者装束がリブラ・ゾディアックのものに変化し、急いで空中に浮かび上がった直後、マシンガンの如き勢いで水弾が次々と放たれた。間一髪空中に逃れたおかげで攻撃は避けられているものの、これでは迂闊に近づく事も出来ない。
(くそ、どうする……!?)
空中を飛び回りながら水弾の攻撃に対しての対抗策を必死に考えていると、水弾を放っている方とは反対側の水弾が青白く輝いているのが見えた。明らかに、膨大な力をチャージしている。
(高圧水流か!?)
ならば、すぐにこの場から離れる必要がある。そう考えて逃げ道を確認しようと後ろを振り返った志騎の目に、あるものが飛び込んできた。
重傷を負っている須美と園子、その二人を介抱する銀の姿が。
「----」
もしも自分が攻撃を避けたら、高圧水流はあの三人に間違いなく命中する。
そうしたらあの三人の命は、確実に失われる事になる。
志騎は奥歯を噛みしめると、空中にとどまりスマートフォンを取り出してドライバーにかざす。
『リブラ! ゾディアックストライク!』
志騎の持つ双剣に神樹から送り込まれた力が注ぎ込まれ、体を竜巻が覆う。
直後、圧倒的な破壊力を持つ高圧水流が志騎目掛けて放たれた。志騎は高圧水流目掛けて突っ込むと、手にした双剣で高圧水流を受け止める。ギギギギギギギギギギギギッ--------!! という耳をつんざくような音が辺りに響き渡り、高圧水流の流れが一時的に止まる。
しかし、均衡が保たれたのは数秒だけだった。
凄まじい攻撃力を持つ高圧水流の威力についに志騎の両腕が限界を迎えてしまい、防御姿勢が強制的に崩されてしまう。結果、志騎は高圧水流の一撃をもろに受けてしまった。
「があああああああああああああああっ!!」
まるで撃墜された飛行機のように、攻撃を受けた志騎は樹海の地面へと叩きつけられた。攻撃を受けたせいで志騎の体は血だらけの重傷となり、おまけにリブラ・ゾディアックの変身が強制的に解除されブレイブフォームへと戻ってしまっている。これでは高速機動はおろか、素早い動きによる攪乱も出来ない。
「志騎!!」
志騎が撃墜されたのを見た銀が悲鳴じみた声を上げる。が、志騎は傷だらけの体をどうにか起こしながら、安心させるように言う。
「だい、じょうぶ……。かはっ……!」
だが、それが強がりだというのは明らかだった。彼の口から血反吐が吐き出され、動く際にも体中に激痛が走っているようだった。なのに、彼は戦う事をやめようとしない。ブレイブブレードを握りしめながら、迫りくるアクエリアス・バーテックスを睨みつける。あまりに痛々しい姿に、銀がついに泣き出しそうな声を出す。
「駄目だ、志騎……! あたしも一緒に戦う! だから……!」
「お前だってまともに戦える状態じゃないだろ……。俺の事は良いから、お前はそこにいろ……! お前は、お前達は、絶対に死なせない……」
ふらつく足を必死に動かしながら、志騎はバーテックスと向かい合う。血で濡れた手でブレイブブレードを握りしめながら、犬歯を剝き出しにし、
「これ以上は、やらせない……。もう誰も死なせたりなんかしない……」
志騎の脳裏に、バーテックスが作り出した地獄の光景が浮かび上がる。
破壊された街並み。無念を滲ませながら死んでいく人達。
かつて確かにあった光景。
そしてこれから、また繰り返されるかもしれない光景。
そんな事は、絶対にさせない。
例え、バーテックスが何回襲撃してこようとも----。
「これ以上お前達には、何も奪わせない!!」
志騎の強い意志を込めた叫びが樹海に響いた瞬間。
突然志騎の全身が、純白に輝き始めた。
「っ!?」
突然の現象に、それを見ていた銀はおろか志騎本人ですら驚きを隠せない。志騎の全身から発せられる光はやがて志騎が握るスマートフォンへと向かうと、画面に光が集中し始める。すると画面が一際強く輝き、あまりの輝きに一瞬目がくらむ。
ようやく光が収まっていき、志騎がスマートフォンの画面を見ると、そこには今まで見た事が無い新しいアイコンがあった。色とりどりの円形が全部で十一個ほどあり、それらが線で結ばれて一つの図形を為している。
「これは……」
突然現れたアイコンに戸惑いの表情を浮かべながらも、迫りくるアクエリアス・バーテックスを前にして志騎は表情を引き締めるとスマートフォンを強く握る。突然現れたアイコンが何を意味しているのかは分からないが、今はこれに賭けてみるしかない。もしも負ければ、ここにいる全員の命が無いのだから。
一か八かの想いでスマートフォンを掲げるように持つと、人差し指でアイコンを力強くタップする。
『アインソフオウル・アインソフ・アイン!』
スマートフォンから聞いた事のない男性音声が発せられると、志騎の目の前にデイジーを模した紋章が、背後にアイコンのものと同じ巨大な図形が出現する。それでようやく気付いたが、図形に描かれた十一の円はそれぞれ白、灰色、黒、青、赤、黄色、緑、橙色、紫色、レモン色・オリーブ色・小豆色・黒の四色がまとまったような色、無色となっている。そして志騎がスマートフォンをドライバーにかざすと、ドライバーから音声が発せられた。
『ユニゾンセフィロティック!』
音声と同時に、背後に出現していた図形の十一の円形が分離して空中に浮かび上がり志騎の周りを旋回すると、円形と志騎の目の前に浮かび上がっていた紋章が一斉に志騎目掛けて突撃し一体化する。志騎が色とりどりの光に包まれる中、ドライバーが志騎の変化を示すようにさらなる音声を発する。
『Evolution to Infinity! Sephirothic Form!』
『It's over the ultimate』
そして光が弾け飛ぶように消え、志騎の姿はブレイブフォームのものからさらなる変化を遂げていた。
身に纏うのは白銀を基調にした勇者装束。勇者装束の胸部には志騎の勇者の紋章が入っており、紋章を囲むように色とりどりの十個の丸がやはり円状に配置されている。その胸部の紋章からは金色のラインが全身の部位へとまるで血管のように張り巡らされていた。白銀の勇者装束を身に纏い、静かに佇む姿は『神々しい』という言葉が非常にしっくりくる。
そして一番の変化として、先ほどまで志騎の体中に刻まれていたはずの傷が全て消えていた。
「志騎……?」
突然の変化に様子を見ていた銀がぽかんとした表情で志騎を見ていると、アクエリアス・バーテックスの片方の水球に再びいくつもの小さな歪みが発生しているのが見えた。それを見た銀が焦った表情で志騎に叫ぶ。
「志騎! 逃げろ!」
しかし志騎はまるで銀の声が聞こえていないかのように、その場にじっと立っていた。視線はアクエリアス・バーテックスに向けられているので攻撃態勢に気が付いていないはずがないのだが、何を考えているのか逃げる素振りすら見せない。
そして銀の忠告も空しく、水球から大量の水弾が志騎目掛けて放たれる。
が、志騎目掛けて放たれた弾丸は何故か志騎に当たる前に空中で形を崩し消滅した。形を崩す際に生じた水滴が散って志騎の体を襲うが、当然そのようなもので志騎を傷つけられるはずがない。水弾は全て志騎の目の前で弾けて消え、攻撃を受けている志騎本人に至っては自分に降り注ぐ水滴に少し不快気な表情を浮かべているが実質的なダメージはまったくのなしだ。
「一体、どうなってるんだ……?」
何が起こっているのかさっぱり分からず、銀は思わず呆気にとられたように呟く。
----実際、志騎がやっている事は何の事は無い、単純明快である。
水弾が目の前まで迫った時に、水弾を殴って破裂させているだけだ。
ただ、その単純な動作が勇者となった銀でも目に追えないほど圧倒的な速度を以って行われているため、水弾が志騎の目の前で弾けて消滅しているように見えるだけである。もしも志騎が動作をもう少しゆっくりとわざと行ったら、目の前で繰り広げられている戦いに銀は間違いなく自分の目を疑う事だろう。まぁ、そんな事は当然志騎の性格上決して行わないだろうが。
やがて全ての水弾を迎撃し終えると、もう一方の水球が青白く光っているのが見えた。水弾では殺しきれなかったので、今度こそ高圧水流で決着をつけるつもりだろう。
「芸のない……」
が、そんなバーテックスの判断に志騎は思わず呆れたような呟きを漏らす。やれやれ、と言いたそうに一度肩をすくめてから、左腕を目の前に突き出す。するとその左手に銀色の巨大な弓が瞬時に形成され、さらに志騎の右手に霊力で編まれた同色の矢が出現する。素早く弓に矢をつがえ、右手を離すと矢は銀色の光を放ちながら水球へと直撃する。その威力は同じ弓矢を扱う須美の矢とは比べ物にならず、矢は水球を一撃で粉々に破壊した。手痛い一撃を食らったアクエリアス・バーテックスは水球を再生しようとするが、さすがに威力が強すぎたのかさっきよりも再生するのに時間がかかっている。その間に志騎は三人に近づくと、右手を銀にかざす。すると右手から白銀の光が銀に放たれ、彼女の体に刻まれていたはずの痛々しい傷がみるみる間に治癒していく。やがて数秒も経たないうちに、銀の体の傷は全て完治した。
「お、おおっ!? 治ったぁ!?」
自分の傷が一瞬で治った事に驚きを隠せず銀が自分の体のあちこちを見ている中、志騎は次に倒れている須美と園子の二人に両手を当てる。両手から生じた銀色の光が二人の体を素早く癒していき、先ほど二人の全身に刻まれていたはずの傷は嘘のように無くなった。
「ん……。銀、志騎君……?」
「……あれ、あまみんいつ着替えたの?」
「開口一番それとは流石だな。恐れ入るよ」
虫の息から回復した園子の言葉に、志騎は呆れ半分感心半分の口調で言う。しかしやはり二人が重体の状態から回復して安堵しているのか、口元は少し笑っている。一方、意識を取り戻した二人は傷が完全に回復した自分達の体を見て、目を白黒させる。
「傷が消えてる……?」
「あれ~……? 痛かったし、夢じゃないよね~?」
「……悪いけど、のんびり話してる状況じゃなさそうだぞ」
志騎の言葉に三人がアクエリアス・バーテックスに目を向けると、先ほどの志騎の攻撃から完全に回復したアクエリアス・バーテックスが両方の水球に大量に歪みを出現させて攻撃を行おうとしていた。片方のみの水球の水弾は全て志騎に防がれ、高圧水流は発射前に志騎に潰された。ならば、圧倒的な量の水弾で四人を押しつぶそうという考えらしい。確かにそれならば志騎一人なら攻撃を防げるだろうが、他の三人は攻撃を防ぎきれず再びズタボロにされるだろう。
だが、それは攻撃が間に合えばの話だ。
三人の目の前で志騎がゆらりと動くと、突如三人の目の前から志騎の姿が消え失せた。
「「ええっ!?」」
「あ、あまみんがどこかに行っちゃった~!?」
三人がそれぞれ驚きの声を上げた直後、アクエリアス・バーテックスの眼前に志騎の姿が現れた。敵がいきなり自分の目の前に現れた事にさすがにアクエリアス・バーテックスも反応が遅れる。その間に志騎が右手の拳を握ると、右手に志騎の胸部の紋章にある十個の円形と同色の十の光が集まる。
「----はぁっ!!」
色とりどりの光が収束した拳を、気合と共にアクエリアス・バーテックスの体に叩きつけた。バーテックスと比べると遥かに小さいはずの志騎の体から繰り出された拳はその衝撃をバーテックスの体全体に響かせ、巨大な体がわずかに揺れる。
「----今だ! 攻撃を叩き込め!!」
志騎が三人に叫ぶと、三人は一瞬驚いた表情を浮かべるもすぐさまアクエリアス・バーテックスに突撃する。今のアクエリアス・バーテックスの体は攻撃同様強化されており、自分達の攻撃など通らないと交戦した三人は理解している。しかし、自分達と同じ事を知っているはずの志騎がそう言ったという事は、何らかの策があるのだと察知したが故の行動だった。これも、三人が志騎と絆を深めてきたがゆえの行動と言えるだろう。
最初に攻撃をしたのは須美だった。弓に矢をつがえ、矢をアクエリアス・バーテックスの下部分に放つ。
そしてアクエリアス・バーテックスの体に矢が突き刺さると、つい先ほどはびくともしなかったはずのバーテックスの体が派手な音を立てて破裂した。
「えっ?」
自分の矢の攻撃がすんなりと通じた事に須美は思わず呆気に取られてしまう。しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。いつもならば再生が始まるはずのバーテックスの体が、何故か再生しない。
それに銀と園子は目を少し見開いて驚きながらも、すぐにこれが志騎が自分達に攻撃をするよう言った理由だと理解する。銀は両斧を強く握ると、それに呼応するように斧の円形の部分に紋章が出現・激しく回転し灼熱の業火が噴き出す。園子も槍を強く握ると槍の穂先が鋭く巨大化し、二人はそれぞれ巨大な水球へと向かう。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃああああああっ!!」
「やぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」
銀の強烈な
「志騎、決めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
それを聞いていた志騎はスマートフォンの画面を一度タップすると、ドライバーに勢いよくかざす。
『セフィロティックストライク!!』
音声が鳴り響くと、胸部の十個の丸が光り出し、やがて十の光は金色のラインを辿って志騎の右足へと収束する。色とりどりの光を右足に纏った志騎はアクエリアス・バーテックス目掛けて駆け出すと勢いよく跳躍し、右足をアクエリアス・バーテックスに向けて跳び蹴りの体勢に入る。
「はぁああああああああああああああああああああああああっ!!」
志騎の背中から十色の光が合計六つほど噴き出て、その勢いで急加速した事により勢いと攻撃力を増した志騎の跳び蹴りがアクエリアス・バーテックスに放たれる。右足が青色の本体部分に直撃すると、ズドン!! という凄まじい衝撃音が樹海に響き渡り、あまりの勢いにアクエリアス・バーテックスの体を通過する。そして志騎が地面に着地すると、貫かれたバーテックスの体から七色の光が空に昇り、巨大な体は砂となって崩れ落ちていった。
「………これが、バーテックスの最期か」
志騎がアクエリアス・バーテックスの体を貫通した時、足に何か強力な何かを貫いたような感触が伝わってきた。それが何かは分からないが、恐らくバーテックスの力の源のようなものだろう。それを貫いたから、鎮花の儀は発生せず、バーテックスも完全な死を迎えた。
七色の光が立ち上った空をぼんやりと眺めていると、樹海全体が揺れ始め、色とりどりの木の葉が周囲に舞う。そしてどこからか強い光が放たれて志騎の視界を塗りつぶし、眩しさに思わず目を瞑る。
やがて光が弱まってきたのを感じ、志騎が目を開くと、そこは前にも来た事がある大橋近くの小さな社の前だった。自分の格好を見てみると変身は解除されており、格好も家にいた時のままだ。
「志騎ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
「ん? ……おうわぁっ!」
志騎が声が聞こえてきた方向に目を向けようとすると、銀が突然自分目掛けて駆け出してきて、自分に思いっきり抱き着いてきた。それは別に構わないのだが、駆け出してきた事による加速力と銀の重さに耐え切れず志騎は思いっきり地面に倒れこんでしまう。だがそんな志騎の姿が目に入っていないのか、銀は喜色満面の笑みを浮かべながら、
「すごいじゃん! 何だよあれ!? もしかして志騎専用のパワーアップフォームってやつなのか!?」
すると興奮しながら言う銀の背中に、二人の友人達の声がかけられる。
「銀、少し落ち着きなさい」
「あまみん潰れちゃってるよ~」
「え、あ! わ、悪い志騎!」
そこでようやく押しつぶされた志騎が苦しそうにしているのを確認すると、銀はぱっと起き上がって志騎を解放する。押しつぶされていた志騎はゆっくりと起き上がって酸素を取り入れながら説明をする。
「あれが何なのかは俺にも分かんねぇよ。ただ、これ以上何も失いたくないって無我夢中で思ったら、何でか知らないけど新しいアイコンがスマホに出てた。で、ぶっつけでタップしてみたらあれだ」
言いながら志騎はスマートフォンの画面を見る。今はもう普通の画面になってしまっているが、バーテックスと戦っている時は志騎が今まで見た事が無かった四つ目のアイコンが出現していた。あの新しい姿が一体何なのかは志騎自身にも分からないが、体の内側から力が止めどなく溢れてくる感覚だけはまだ覚えている。まるで、今の自分なら何でもできるような全能感と言うべきか。大袈裟に言ってしまえば、まるで神様にでもなったような感覚だった。
「ま、あの力の事は刑部姫の奴にでも相談すれば良いだろ。……っと、そうだ。お前達に伝えておく事が二つあった」
「「「……?」」」
志騎の言葉に三人が顔を見合わせると、志騎は少し困ったような表情を浮かべながら、
「その……悪かった。お前達は何も悪くないのに、突き放したような事言って。冷静じゃなかった。……ごめん」
彼の謝罪に、三人は思わずぱちくりと瞬きをすると、次の瞬間ぷっと思わず吹き出してしまった。
「別にそんなのいらないって」
「そうよ。それに、あなたの気持ちを考えれば当然だと思うわ。私があなたの立場だったら、私もきっと冷静じゃいられないもの」
「だからあまみんが謝る必要なんてないよ~。一人はみんなのために、みんなは一人のために~」
ねー、と園子と銀が口を揃える。須美はそんな二人をニコニコしながら見て、志騎は呆気にとられたような表情を浮かべながらもすぐに相好を崩す。いつもと全く変わらない彼女達の態度に、こちらも何だかさっきまで思い詰めていたのが嘘のように思えるから不思議だ。
「で、二つ目は?」
伝えておく事が二つあると言っていた事を思い出したのか、須美が尋ねた。
「ああ。二つ目はまぁ礼だ。……須美、園子。ありがとな。俺を信じてくれて。それで、銀。俺の手を握ってくれてありがとう。お前が手を握ってくれなかったら、きっと俺は心の底までバーテックスになってた。お前がいてくれたから、戻ってこれた。だから、本当に……」
と、突然志騎の言葉が徐々に小さくなっていき、やがて完全に気を失って倒れこんでしまう。
「志騎!?」
「志騎君!」
「あまみん!」
倒れた志騎を慌てて銀が抱き留め、須美と園子が焦った表情で志騎の名前を呼ぶが彼からの返事はない。まさか、キリングフォームと同じように彼の体に何らかの負荷が……? と三人が不吉な予感に囚われていると、銀の腕の中に志騎の口からすーすーと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……あれ。これってもしかして……寝てる?」
「そう、みたいね……」
須美が呟くと、三人ははぁ……と安堵の息をついた。何の異常もないのは良い事なのだが、正直突然倒れこまれるのは心臓に悪すぎるのでやめて欲しいと切に思う。
「きっとあまみんもようやくほっとできたんだよ~。目の下に隈ができてたし、最近眠れなかったんじゃないかな~」
確かに志騎の目の下には、うっすらと隈ができていた。銀達を傷つけてしまった自責の念などから、園子の言う通りあまり眠れてなかったのだろう。しかしようやく三人に自分の心を打ち明けられた事が出来た事から緊張の糸が切れて、安心して眠ってしまったのかもしれない。
「ったく、大人ぶっててもまだまだ子供だなぁお前は」
自分の腕の中で眠る志騎を見て、呆れまじりに笑いながら言うが、正直志騎には今は安心して眠っていて欲しい。最近波乱ばかり起こっていたのだから、これぐらいしてもバチは当たらないだろう。というか、当たらないで欲しい。銀はどうか志騎が安心して眠れますようにと心の中で神樹に祈りながら、志騎をぎゅっと抱きしめる。
「………お帰り。志騎」
そう囁いた銀の腕の中で。
志騎の口元が、ほんのわずかに綻んだ。
「……どうやら、一件落着みたいね」
「そのようだな」
タブレット端末に映る四人の映像を見ながら安芸が安心したように呟く。今彼女が覗き込んでいるのは刑部姫が持つ彼女のタブレットで、映像は四人の近くを飛んでいる式神くんの視界から共有されているものだ。つい先ほど刑部姫から、志騎がバーテックスの干渉を見事防ぎ、三人と一緒にバーテックスを倒した事を聞かされて、こうして式神くんを通して四人の状態を見ているというわけだ。
「でも、あなたもやるわね。真由理」
「あ? 何がだ?」
怪訝な表情を浮かべる刑部姫の態度に、何故か安芸は少し笑いながら、
「誤魔化さなくても良いじゃない。あなたでしょ? 志騎の新しい力を彼の勇者システムに組み込んだのは。まさかバーテックスの干渉を防ぐシステムを入れるだけじゃなくて、そんなものまで入れていたなんて……さすがね」
先ほど聞いたところによると、志騎は新しい力を使用してバーテックスを倒したらしい。だとすると、それは刑部姫以外にあり得ないだろう。現時点で志騎のための新しい力を開発できる人間など、目の前の精霊以外に考えられないのだから。
だが、彼女の口から放たれたのは予想外の言葉だった。
「私は何もしていないぞ?」
「……え?」
刑部姫の言葉に安芸が思わず目を見開くと、刑部姫はタブレットのタブレットを着物にしまい込みながら、
「私はバーテックスからの干渉を防ぐプログラムを志騎の勇者システムに組み込んだだけだ。今回志騎が変身した姿……名前を付けるとするなら、『セフィロティックフォーム』か。あんなものを志騎の勇者システムに組み込むような事はしていない」
「じゃあ、あれは……」
「恐らく、志騎自身が生み出したものだ。志騎の人間を愛し、護りたいと思う心。神樹の力を利用する事によって作られた勇者システム、そして志騎の中のバーテックスの細胞。それらが組み合わさる事で生まれたのがセフィロティックフォームだろう。ま、あくまで私の予想だがな」
「でもそんな事、可能なの?」
「前にも話した通り、バーテックスの細胞はあらゆる状況・意志に応じて進化するという特性を持つ。とは言っても、バーテックスにはその意志と感情そのものが無いから、あそこまで強力な進化はできない。人間としての意志と感情を持ち合わせた志騎だからこそ生み出す事ができたと言える。さすがにあそこまで強力だとは私も予想外だがな」
「……その割にはなんだか嬉しそうね」
口では予想外と言いながら、刑部姫の表情は安芸の言う通りどこか嬉しそうに見える。普通の人間ならば、予想外の結果が出たら困惑しそうなものなのに。おまけに科学者という人種の中には自分の生み出した説や発明に絶対的な自信を持っている者もいるので、予想外の結果などが出たら怒りを示しそうなものである。だから、安芸には刑部姫の態度が少し意外に思えた。
すると、刑部姫はばっと振り向くと喜色満面の表情を浮かべながら興奮した口調で言う。
「当然だろう!? 私の頭の中よりも凄まじい事が起こったんだぞ!? しかもそれを起こしたのは私が作り出した天海志騎という名の最高傑作だ!! そいつが私の予想を遥かに超えた進化を見せ、バーテックスすらも完全に殺して見せた!! 科学者にとってこれ以上嬉しい事があるか!!」
そう言って刑部姫は黒板の前まで文字通り飛ぶように移動すると、チョークを手にして黒板に猛烈な勢いで数式と図式を書き始める。
「セフィロティック……。日本語に直すとセフィロトの樹か……。だとすると十のセフィラが必要になる……。こんな世界になっても、まだセフィラは健在って事か……。待てよ? って事はあの状態の志騎は十のセフィラとの完全融合を果たしている。だとするとあの強さも納得だが……。いや待て。本当に融合を果たしているとするなら、あの程度で済むはずがない。確かに物質生成能力も回復能力も驚異的だが、それでは絶対に済まない。はははは、マジかよ!? どれだけ進化するつもりだよ志騎お前は!! はは、ははははははははははっ!!」
狂ったように笑いながら、刑部姫はチョークをひたすら動かし続け図式と数式を書きなぐっていく。滅多に見ない親友の本当に嬉しそうな姿を呆れたように見ながら、安芸はふぅとため息をつく。
「……でも、これで少し一息付けそうね。志騎はバーテックスの干渉を防ぎ、新しい力も手に入れた。これで少しはバーテックスとの戦いにも余裕が……」
「----それはどうだろうな」
え? と自分の言葉に割り込むように呟いた刑部姫に安芸が思わず戸惑いの声を上げると、チョークを持つ手を止めて刑部姫が振り返る。彼女の顔にはさっきまで浮かんでいた笑顔はすでになく、代わりに険しい表情を浮かべていた。
「おかしいと思わないか? この短期間におけるバーテックスの出現と強化、おまけに二度目の志騎への干渉。恐らく今回の襲撃の
バーテックスの最大の目的である神樹の破壊が、ついで。軽く聞こえるが、それは大赦にとってはまさに異常事態と言える。今まで最大の目的にしてきた事を後回しにしてでも、確認しなければならない事が敵にあったという事だからだ。
「だがそれも上手くいかなかった。これで敵も本腰を入れるだろうよ。人間が神の力を使うだけでも気に食わないのに、自分の配下であるバーテックスの細胞を勝手に使って強力な兵器を作り出していた。おまけに作られた兵器は自分でも操る事ができない上に、自分達の領域に近づこうとしている。はっ、今頃ぶち切れてんじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待って。それじゃあ……」
今刑部姫が語る話の内容がどれほど深刻なものか察した安芸が表情を強張らせて聞くと、刑部姫はこくりと頷きながら告げた。
「大赦の馬鹿共に伝えろ。志騎の存在が敵方にバレた以上、近い内にバーテックスの大規模攻撃が来る可能性がある。鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀の強化案を何か考えておけってな」