天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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第二十五話 キミたちと過ごした夏祭り

 

 

月曜日、志騎はいつも通り家を出ると、銀と一緒に神樹館へと続く道を歩いていた。今日もまたお人好しの銀が困っている誰かを見つけて学校に遅れるのではないかと思っていたが、今日は珍しく途中に困っている人や動物は一人もおらず、結果二人は少し早めに神樹館へと到着する事が出来た。

「おはよーっす!」

「あら、銀。今日は早いわね」

「へへ、まぁね」

 教室に到着して元気に挨拶をする銀に、すでに席に座っていた須美が声をかける。なお、園子は言わずもがな、机に突っ伏して鼻提灯を膨らませている。銀は自分の席にランドセルを置くと、須美と世間話を始めた。一方志騎は彼女と同じように自分の席に向かうと、ランドセルを置いて持ってきた教材を机の中にしまおうとする。

 しかし机の中に手を入れると、指先にかさりと何かが軽くぶつかった。眉をひそめながらそれを掴んで引っ張り出すと、入っていたのは白い封筒に付箋が貼られた手紙だった。

 何故かデジャビュを感じながら、封筒を開いて入っていた手紙を取り出すと、書かれている文章を上からゆっくりと読み始める。

「あれ? 志騎、何読んでんの?」

 すると朝から何かを読んでいる志騎に気づいたのか、銀と須美、さらに目が覚めて二人の会話に参加していた園子が志騎の席に集まってくる。文章に目を通しながら、志騎はさらりと軽い口調で返事をする。

「ああ、ラブレター」

「あら、そうなの………。って、ラブレター!?」

 それを聞いた須美は一瞬硬直すると、目を真ん丸に見開いて驚愕の声を上げた。

「あまみんもラブレターもらったんだ~! お揃いだね~」

 志騎と同様、以前にラブレターをもらった園子は嬉しそうな声を上げる。何言ってんだよ……とそこでようやく志騎が手紙から視線を外すと、何故か須美がどもりながら、

「し、ししし志騎君。ほ、本当にそれラブレター……なの?」

「この文面でラブレターじゃないって断定するのは難しいと思うぞ? なんなら読んでやろうか?」

 冗談交じりに言うと、須美は唇をぎゅっと結んだ表情で、園子は目をキラキラキラと輝かせながら、それぞれ首を縦にコクコクコクと振った。二人が自分の思っていた以上に本気だという事を悟った志騎は、ため息をつき手紙を読み上げる。

「えっと……『天海志騎様へ。気が付けば最近、あなたの事だけを考えています。できる事ならあなたとお付き合いしたいと思っていますが、お役目の事もありますのでそれは今は難しい事だと思っています。ですので、返事は結構です。ただ、あなたの無事を日々神樹様に祈っています。』……だってさ」

 それはまごう事無く、志騎に宛てたラブレターだった。宛名までしっかりと書かれている以上人違いというのは考えにくいのだが、正直見知らぬ他人がここまで自分の事を想っていたとはさすがに思っていなかった。一方、まるで漫画やアニメのような展開に園子は目を輝かせて、

「ねぇねぇあまみん、返事は出さないの~?」

「いや、必要ないだろ。名前が書かれてないし、手紙にも返事は結構ですって書かれてる。この手紙を出したのは誰だってクラス中に聞くのはさすがに無神経すぎるし、とりあえず今は気持ちだけ受け取っておこう」

 一応手紙には付き合うのは今は難しいと書いており、言い方を変えればもしもお役目が終わったら付き合って欲しいとも取れるが、今の所お役目がいつ終わるかは分からないので、仮にお役目が来たとしてもその時に考えれば良いだろう。園子はう~んと悩まし気な声を出しながら、

「それもそうだね~。とりあえず今はそっとしておこうか。ね、わっしー……」

 園子が同意を求めようとして横を向くと、何故か彼女が動きが止まり、彼女の表情が珍しく強張る。それに志騎も彼女の横を見ると、すぐに理由が分かると同時に志騎の頬も同じようにひきつる。

 何故なら、そこには自分の机に両手をつきながらすごく悲愴な表情を浮かべている須美の姿があったからだ。あまりに痛々しい表情に志騎はおろか園子ですら声をかける事が出来ない。

 と、何やらブツブツと呟いているので、志騎と園子はこっそりと彼女に耳を近づけて聞いてみた。

「……どうして、どうしてそのっちや志騎君はもらっているのに、私にはあんな手紙が……! いえ駄目よ鷲尾須美、あんな紙切れ一つに色めき立つなんて修業が足りない証拠よ……! 邪念を振り払いなさい。この身の全ては国防のために……!!」

「(こいつは一体何を言っているんだろう)」

「(さ、さぁ~?)」

 いつもは滅多に見ない友人の姿に志騎は半眼になりながら呟き、園子も曖昧な笑みを浮かべながら首を傾けていた。やれやれ、と志騎が肩をすくめると、いつもならば誰よりも騒ぎそうな幼馴染が妙に静かな事に気づく。

「おい銀、どうし……」

 と、銀の顔を見た志騎が何故か怪訝な表情を浮かべた。

「……ミノさん?」 

 彼に続き銀の顔を見た園子も、きょとんとした声を浮かべる。そしてようやく現実世界に意識を戻した須美も銀の顔を見て、眉をひそめた。

 銀は先ほどの志騎と同じように体を硬直しながら、目を真ん丸にしていた。その目には驚きの感情よりも、むしろ困惑の色の方が強いように三人には見える。この様子では志騎達の会話が聞こえていたかすら怪しい。

 三人は一度顔を見合わせると、須美が掌を彼女の顔の前で振ってみるが視線は微動だにしない。ならばと園子が手の甲をくすぐってみるが、結果は変わらず。最後に志騎が右手をデコピンの形にすると銀の額の前で構えて、勢いよく額にデコピンを放つ。

「いった!」

 するとようやく我を取り戻したのか、銀が額を抑えながら呻き、須美と園子がおお~と感嘆の声を上げる。一方銀は、額を抑えながらようやく志騎が自分にデコピンをした事に気づき、

「……え、あれ? 何でアタシお前にデコピン食らってんの?」

「お前が黙り込んでたからだよ。一体どうした?」

「黙り込む? アタシが? 何で? あ……」

 と、そこでようやく自分達が何の話をしていたのか思い出したのか、彼女の視線が志騎の顔から彼が持っているラブレターに向く。すると銀は動揺したような声を上げたが、すぐにいつもの明るい笑みを浮かべ、

「な、なんだ志騎もラブレターもらったんだ! まぁ確かにお前は顔は良いもんな! そりゃあ他の女子だって放っておかないよなー。あは、あははははははは……」

 しかし誰が見ても、それは空元気だ。証拠に彼女が上げている笑い声には力がまったく入っていない。何故かは分からないが、彼女がショックを受けているのは明らかだった」

「おい、一体どうし……」

 志騎が尋ねようとした瞬間、朝の学活の合図となるチャイムが鳴った。それを聞いた銀は「じゃ、じゃあまた後で!」と三人に手を振ると、そそくさと自分の席に戻って行ってしまった。志騎と須美、園子は互いに顔を合わせると、仕方なく須美と園子は自分の席に戻り、志騎はラブレターを机に戻す。じきに安芸がやってきて、朝の号令を始めるだろう。

(……一体、どうしたってんだ?)

 幼馴染の背中をぼんやりと見ながら、志騎は小さくため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

「一体、どうしたの銀? こんな所に呼び出して……」

 一通りの授業と給食が終わった後、須美と園子は何故か銀に体育館裏に呼び出された。現在昼休みの時間だが、大抵の生徒達は校庭で遊んでおり、こちらまで来る事はまずない。なので今の状況は、誰にも知られたくない話をするにはうってつけである。

「もしかして、告白……ってわけじゃないよね~」

 どうやらさすがの園子も、銀が自分達を呼び出した理由は分からないようだ。

 そして、二人を呼び出した張本人である銀は、何故かもじもじとしながら中々話を切り出さない。ただ須美と園子の顔を見ながら、「あー」とか「うー」とか、言うか言わないか迷っている声を出すばかりである。しかしこのままではらちが明かないと思ったのか、一度深呼吸すると二人に言った。

「……あのさ、大丈夫だと思うけど……。今から言う事は志騎には絶対に言わないって約束してくれ。いや、二人が約束を破るなんてこれっぽっちも思ってないぞ? ただ、やっぱり不安と言うか……」

 どうやらこれから話す内容は志騎には絶対に聞かれたくない内容らしい。普段は何か悩み事があったらきちんと二人に話してくれる銀がここまで念を押すので、よほど聞かれたくないのだろう。

 銀の言葉に須美と園子は力強く頷き、

「ええ、約束するわ。志騎君には絶対に話さない」

「私も私も~! こう見えて、口はすっごく固いんよ~」

 二人の言葉を聞いて、銀はようやく少しほっとした表情を浮かべる。真面目な須美は口止めされたら何があっても言わないだろうし、友達思いな園子も同様だ。例え志騎に何かあったか聞かれても、今言った通り絶対に何も言わないだろう。

 そして暗い表情で俯く銀の口からまず出たのは、こんな言葉だった。

「………須美、園子。アタシ、すっごく嫌な奴なのかもしれない……」

「ええっ?」

 突然の言葉に、須美から一体何を言っているのだ、と言いたそうな声が飛び出した。しかしそれは無理もない事である。須美から見て、目の前の三ノ輪銀という少女は紛れもない善人である。そもそもそうでなければ勇者に選ばれるはずがない。銀が嫌な奴ならば、四国の人間は全て極悪人である。

「ミノさん、どうしてそう思うの~?」

 須美と同様に銀の発言に驚いた園子が尋ねると、銀は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべながら、

「朝、志騎がラブレターもらってただろ?」

「ええ、そうね」

「あれ見てさ……。アタシ、なんていうか……その、すっごく嫌な気分になったんだよね」

「嫌な気分って……具体的には?」

「うーん……。胸の中がもやもやして、心臓の鼓動がすごく早くなって……。で、何でか分からないけど冷たい汗が出て……。それでラブレター読んでる志騎を見たら、無性にイライラしたっていうか……」

「イライラしたって……志騎君に?」

「いや、志騎じゃなくて……。もう本当に『なんで志騎なんだよ』っていうか……、『どうして志騎に出したんだ』って、ラブレターを出した人に対して何でか急にカーっとなっちゃってさ。で、もしも志騎がOKって返事を出したらどうしようって……もしそうなったら、志騎があたしのそばからいなくなっちゃうんじゃないかって……。そう考えたら、周りの事とか全然頭に入らなくなっちゃってさ……」

 と、そこで銀は不安そうな表情で須美と園子の顔をまっすぐ見つめ、

「なぁ二人共、アタシどうしちゃったんだ? こんな事、二人に聞いても分からないってのは分かってる。でも、志騎がラブレターをもらったってだけでイライラして、何も考えられなくなって……。アタシ、もしかしたら本当はすっごく嫌な奴なのかもしれない……」

 そこで銀はしょぼんと項垂れた。一方、相談された須美は目をぱちくりとさせながら、

「えっと……つまり、銀は志騎君がラブレターをもらった事で何故かイライラして、その上不安でいっぱいになってしまった。それで自分が本当は嫌な奴なのではないかと思い、私達に相談してきたというわけね?」

「うん」

「……志騎君に秘密なのは?」

「いや、あいつ結構最近まで色々大変だったし、イライラしたり不安になったのもアタシの問題だから、志騎まで巻き込みなかったし……。それに……」

 ゴニョゴニョ、と最後は小声だったが、近くにいる須美と園子はどうにか聞き取る事が出来た。

 ----志騎に嫌な奴だって思われるのは、怖い、という言葉は。

「----分かったわ。銀、悪いけれど、ちょーっと待っててね?」

「え、す……」

 しかし銀が言う前に、須美と園子は二人揃ってぴゅーっと銀から距離を離すと、勢いよく小声で話し始めた。

「(そ、そそそそそのっち! これって、もしかして……!)」

「(うんうん! 間違いないよ~! みのさん、間違いなくやきもち焼いてるんよ~!)」

 慌てて須美がひそひそ話をすると、園子は目をキラキラと輝かせて興奮しながら言う。一方、須美は銀の方をちらりと盗み見すると、

「(ちょ、ちょっと待って! やきもちを焼くって事は、もしかして銀、志騎君の事が……!?)」

「(間違いないよ~! 前々からそうなんじゃないかな~って思ってたけど、間違いなくミノさんはあまみんに恋してるよ~!)」

「(こ、恋……!)」

 自分の友人が友達の少年に恋しているという事実に須美は思わず頬を赤らめるが、今の園子の話の中に一つ気になる事があり、須美はん? と怪訝な表情を浮かべる。

「(ねぇそのっち。前々からって、いつから思ってたの? その、銀が志騎君に恋してるって……)」

「(え? ほら、前にミノさんが私達にあまみんの過去の事とか話してくれた事があったでしょ? あの時ミノさんの顔を見て、ビビッと来たんだ~。わっしーは気が付かなかったの?)」

「(……お恥ずかしながら)」

 園子は気付いたのに、一人だけ気づいていなかった自分が恥ずかしくて、須美は思わず項垂れてしまった。そんな彼女を園子がよしよしと慰めるように頭を撫でると、須美は表情を引き締めて拳を強く握った。

「(とにかく! 銀が志騎君に恋してるって事は確かだわ! とすると、私達にできる事は……!)」

「(二人の恋のキューピッドになる事~!)」

 うん! と二人は顔を見合わせると力強く頷いた。しかし直後、須美は不安げな表情になり、

「(でも、そのためにはまず何をしたら良いのかしら……?)」

 早速出鼻をくじくような発言だが、園子はそれを咎めるような事はせず、いつも通りのほほんとした口調で、

「(今はとりあえず二人の仲を見守ってた方が良いと思うよ~。ミノさんもあの様子だとまだはっきりと自分の気持ちに気づいてないみたいだし、焦って二人の関係がギクシャクしちゃうのも駄目だしね)」

「(そ、そうね。急いては事を仕損じるとも言うし、とりあえず二人を見守りながら、これからどうするかを考えていきましょ)」

「(うん、賛成~!)」

 ようやく二人の間で合意がされると、一人にされて少し寂しそうにしている銀の元に急いで戻る。少ししょぼくれていた銀は二人がようやく戻ってくると怪訝な表情で、

「ようやく戻ってきたか……。一体二人共、何話してたんだ?」

「何でもないわ、銀」

「うんうん、まったく何でもないよ~ミノさん」

「……???」

 何故か自分を温かい目で見守る二人を銀は奇妙なものを見るような目で見ていたが、それを遮るように須美が言う。

「それで銀の悩み事の事だけど……。私達が断言するわ、銀は嫌な奴なんかじゃない。ラブレターを出す女の子にそう思っちゃうのも、理由があるからなのよ」

「理由って……須美達には分かるのか?」

「分かるけど、今はまだ言えないかな~。でもきっとミノさんにも分かる時が来るから、お楽しみに~」

 ふふふふふ、と揃って笑う二人を見て、銀は目を丸くする。

 できれば今すぐにでも理由を教えて欲しかったが、もうすぐ休み時間も終わるし、この様子では二人に尋ねても何も話さない可能性が高いので、銀は二人と一緒に教室へと戻る事にした。そして教室へと戻りながら、須美と園子はこっそりとこれから銀と志騎の仲をどう進展させるかを小声で話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、四人は訓練場で恒例となった勇者に変身しての訓練を行っていた。これまで何回も修羅場をくぐってきたためか、四人の動きと連携は以前よりも洗練されたものになっている。

 しかし、その中でも際立っているのは志騎だった。彼はブレイブブレードを目にも止まらぬ速度で振ると、剣についている引き金に人差し指を突っ込んで剣を回す。すると剣が瞬く間にガンモードに変形、グリップを握ると訓練場にあった的目掛けて霊力で構成された銃弾を発射する。銃弾は見事に、的のど真ん中に命中した。

「………っ!」

「わぁ~!」

「………すごい」

 それを見た須美と銀は息を呑み、園子は感嘆の声を上げ、いつもは冷静な表情を崩さない安芸ですらも目を見開いて驚いていた。一方志騎は倒れた的を無感動に見つめると、ガンモードにしたブレイブブレードをブレードモードに戻して再び剣を使っての訓練に戻る。

(……順調、いや、予想以上だな)」

 タブレットを操作しながら、刑部姫は内心そう思う。

 タブレットに表示されているのは、志騎の現在の勇者適性率だった。勇者適性率とは名前が表す通り勇者としての適性の高さを数値化したものであり、これが高ければ高いほど神樹の力との親和性が高く、より強い力を引き出す事が可能となる。

 現在志騎の勇者適性率は四人の中では最高値になっているが、これは本来ならばありえない数値なのだ。というのも、志騎が最初勇者になった時の勇者適性率は、勇者に変身できる最低値を超えてはいたものの、それでも四人の中では最も低い数値だった。勇者適性率は生まれつきのものであると同時に基本的には変動しない数値だ。精神的な事である程度の上下はするもののそれは一時的なものにすぎない。

 なのに当初低かった志騎の適性率は上がり続け、今では三人を優に超える数値を維持している。

(……仮説通り、だな)

 実はバーテックス・ヒューマンという兵器を作る過程で、刑部姫は----氷室真由理はある仮説を立てていた。

 バーテックスの細胞は持ち主の意志・状況に応じて進化する可能性を秘めている。バーテックスは感情を持たない生物兵器だが、勇者であると同時に感情とバーテックスの細胞を持つバーテックス・ヒューマンならば勇者適性値の上限値を上げる事も可能ではないのか、と。

 そして今、仮説は刑部姫の目の前で立証されていた。

 勇者としての戦いに飛び込み、銀だけじゃなく須美や園子と交流し絆を深める事で、志騎は初めて『人を愛しているから戦っている』という想いを自覚した。それに彼の中のバーテックスの細胞が呼応した結果が、勇者適性値の上昇だ。

 彼がここまで強くなっているのは彼のバーテックスの細胞にかけられていた封印が全て解除されたというのもあるが、それだけではなく勇者適性値の上昇もあったから彼はここまで強くなったのだ。

 他に例の無い、バーテックスの力と神樹の力を併せ持った勇者、天海志騎。

 人を護りたいという彼の心が爆発すればするほど、彼はさらに強くなる。

(……まさかバーテックスの細胞をさらに強化するための方法が、バーテックスが持たない感情とはな。皮肉としか言いようがない)

 刑部姫は画面をタップして表示されていた情報を全て消すと、タブレットから志騎達の訓練に視線を移すのだった。

 志騎はしばらく無心でブレイブブレードを振っていたが、最後にビュッ!! と剣を振り下ろすと、ふぅと息をつく。すると、それまで彼と同じように両手の斧を振っていた銀が話しかける。

「志騎、大丈夫か? そんなペースで訓練してると、疲れちゃうぞ?」

「……いいや、大丈夫だ。むしろ調子が良い。正直、今ならいくらでも動けそうだ」

 そう言って額の汗を拭う志騎の顔には強がり等の感情はまったく浮かんでおらず、どうやら言葉通り本当に調子が良いらしい。数多の戦いを繰り広げてきて強くなったためか、バーテックスの細胞の封印が解除されたためか、はたまたその両方か。

「……今は少しでも強くならなきゃならない。一日でも早くバーテックス達を全部倒さないと……」

「志騎……」

 呟きながらブレイブブレードの柄を握りしめる志騎は、どこか危うく見えた。今の志騎には、バーテックスを全滅させるためなら冗談抜きで自分の命を簡単に捨ててしまいそうな雰囲気があるのだ。

 そして志騎が訓練に戻ろうとすると、二人に珍しく須美が声をかけた。

「ねぇ二人共、勇者には気分転換も必要だと思わない?」

「え?」

「は?」

 須美の提案に志騎と銀が揃って声を上げると、須美が訓練を見守っていた安芸と刑部姫に目を向ける。

 自分達に視線を向けてきた須美を安芸は黙って見つめ返し、刑部姫はやれやれと言いたげに髪の毛をくしゃくしゃと掻くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、須美も安芸先生も、おまけに刑部姫まで一体どういうつもりなんだか……」

 自宅の前で、志騎は腕を組みながらぼやいた。

 須美が提案したのは、今度の休日に開かれるお祭りに四人で参加しようとの事だった。この前訓練を休んで鉄男達との時間を過ごし、さらに次バーテックスが襲撃してきた時のために志騎としては少しでも鍛えておきたかったのだが、何故か須美の提案を安芸はおろか刑部姫も了承し、こうして四人は息抜きとして祭りに向かう事になったというわけだ。

 志騎はその時の事を思い出しながら、ちらりと自分の体を見下ろす。

 今志騎が着ているのは彼が持っている私服では無く、黒に縞模様が入った男性用の着物だった。足には下駄を履いており、片手には信玄袋がぶら下げられている。この日のために、安芸と刑部姫がわざわざ用意したのだ。おまけに着付けも二人が手伝ってくれたので、着こなしは完璧である。

「『折角のお祭りなんだから、楽しんできなさい』か……。そんな事言われてもな……」

 着付けを手伝ってもらっていた時に安芸から言われた言葉を思い出して、志騎は再びため息をつく。次バーテックスが来た時のために鍛えておく事の重要性は、安芸も刑部姫も分かっているはずだ。なのに安芸はわざわざお祭りのためにここまでしてくれ、刑部姫も文句を言うどころか安芸と一緒に準備を手伝ってくれた。二人が一体何を考えているのか、志騎にはさっぱり分からなかった。

 腕を組んで志騎が待っていると、一台のリムジンが志騎から少し離れた場所に止まった。ようやく来たかと思いながら志騎が目を向けると、リムジンから桃色に朝顔の模様が入った着物を着た園子が降りてきた。

「あまみん、お待たせ~。わぁ~! 着物似合うね~」

「どうも。それより、祭りの時間は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ」

 そう言ったのは、園子に続いてリムジンから降りてきた須美だった。彼女は青色に花の模様が入った着物を身に纏っている。彼女はどこかふふんと誇らしげな表情を浮かべながら、

「お祭りが始まる時間、ここからそこまでにかかる時間も全て事前に計算したわ。よっぽどの事が無い限り、まず遅れないわよ」

「そうか。ま、そのよっぽどの理由になりそうな奴もお前らと一緒だしな」

 今日お祭りに行くと決まった時、最初は祭りが開かれる現地に直接集まるかと志騎が提案したのだが、折角だからみんなで一緒に行きたいという園子の要望により天海邸の前を集合地点にする事になった。段取りとしては着物を着た志騎が天海邸の前で待ち、須美達女性陣が乃木邸で着物の着付けを終えてからここに来るという事になっていた。須美の言った通りよっぽどの事が無い限り遅れる事は無いし、いつもは遅れる原因となってしまう少女も遅れずに済む。

 と、そこで志騎はその懸念点となっていた少女の姿が見えない事に気づいた。

「なぁ、銀は? 一緒だろ?」

「うん。ちょっと待っててね~」

 すると園子はリムジンに向かい、車に乗っているであろう銀に声をかける。

「ミノさん、早く降りてきなよ~」

「な、なぁ園子……。今更だけど、すごく恥ずかしくなってきたんだけど……」

「大丈夫だよ~。すっごく綺麗だから~」

「いや、そういう問題じゃなくて……! 何か背中の辺りがムズムズするっていうか……」

「良いから、ほら~!」

 業を煮やした園子が笑顔で車内に手を突っ込み、強制的に銀を車から降ろす。わっ、という声と共に銀の姿が志騎の目に映し出される。

「----」

 思わず、息を呑んだ。

 それほどに、志騎が目にした少女は彼が知っている少女のものとは違っていた。

 着ているのは水色に、薔薇の柄が入った着物。しかし志騎の目を引いたのは、着物よりも銀の髪型だった。彼女はいつもは髪の毛を後ろで短くまとめているのだが、今の彼女は髪の毛をまとめていない。なのに、それだけで彼女の印象がぐっと変わっていた。

 さらに、それだけではなく。

「……ん。お前、もしかして化粧してる?」

「そうだよ~。メイドさん達に手伝ってもらったんだ~」

 志騎の言葉を、銀の横にいた園子が笑顔で肯定する。

 志騎と園子の言う通り、銀の顔には化粧が施されていた。目立たないように薄く程度だが、それが彼女が本来持っていた人形のような可愛らしさをさらに引き立てている。おかげで、今の銀は志騎が知っている銀よりも女性らしさが増していた。

「……やっぱり、変かな」

 一方幼馴染の反応を目にした銀は、照れたように頬を赤らめる。その反応は以前園子の家で二人によって別の服に着せ替えられた時の反応と似たようなものだ。要するに、いつもまるで少年のように走り回っている自分が、このような服を着てもおかしくはないか、という事だろう。

 やれやれ、と志騎は髪の毛をポリポリと掻くと、銀にまっすぐ向き直る。志騎の口からどういった言葉が出るか分からず、銀は思わずびくりと体を竦ませた。

「前にも言っただろ。お前は元々美人だし、似合って……」

 と、途中で何故か志騎の言葉が止まる。銀が思わずきょとりと瞬きするが、原因は彼女の後ろにいる園子と須美だった。彼女達は何故か自分を見ながら、人差し指をこれでもかと立てていた。二人のジェスチャーを翻訳すると、こんな感じだろう。

 まだ足りない。あともう一押し。

(ったく……)

 二人がどうしてそのような事をするのかまったく分からないが、言う通りにするしかなさそうだ。志騎は改めて銀とまっすぐ向き合うと、はっきりと告げる。

「……綺麗だよ。俺が今まで見てきた女性の中で、とびっきり美人だと思う」

 言葉は長くなかった。

 だが、志騎はこんな場面で嘘や冗談を言う事はまずない。それはつまり、今彼が言った言葉は心の底から本当だという事だ。普通の男性が言ったら歯が浮いてしまうような言葉も、下心がまったくなく、おまけにたった一人の少女に向けられては、逆に周りの人間が赤面してしまいそうな言葉に早変わりである。

「……そ、そうか。えへ、えへへへへへへへへへへ……」

 一方、真正面から賛辞の言葉を向けられた銀は志騎に背中を向けた。下手をすると、彼の目の前で崩れた笑顔を披露しかねないからだ。その銀の顔を、須美はパシャパシャパシャ!! とスマートフォンのカメラで撮影していく。

「……珍しいな、こんな姿の銀を見ても須美が鼻血出さないなんて」

 友人に向ける言葉としてはややおかしいような気がするが、園子は二人に目を向けながら、

「もうミノさんが着替えた時に出しちゃったからね~。一瞬救急車を呼んだ方が良いか迷っちゃったよ~」

「え、そんな状態で祭り行って大丈夫なのあいつ?」

 志騎が思わずといった調子で目を見開くと、話を聞いていた当の本人はぐっとサムズアップし、

「安心して。致命傷よ!」

「それのどこを安心しろと?」

 堂々と自分の命はあとわずかですという宣言をされても困るだけなのだが、この様子だと大丈夫そうなので志騎はいつもの事だと思う事にした。

「あーもう! ぼさっとしてたら祭りが終わっちゃうし、早く行こうよ!」

 そして志騎に褒められ、須美に散々写真を撮られまくった銀の照れ隠しを兼ねた言葉で、三人はようやく祭りの会場へと向かうのだった。

 会場への道を歩きながら、園子がこっそりと須美に耳打ちする。

「(でも、よく考えたねわっしー)」

「(え? 何を?)」

 自分達の前で祭りに行ったら何を食べようか今から目を輝かせている銀と、無駄遣いし過ぎるなよとくぎを刺す志騎の二人を見ながら、園子はとぼけちゃって~と笑い、

「(気分転換って事もあるけど、あまみんとミノさんの事も考えてくれたんだよね~? お祭りは男の子と女の子の仲を深める絶好の場だもん!)」

 むっふっふ~と、少し興奮気味に園子が言った。確かに様々な創作物から見ても、祭りの場は男女の仲を急接近させるのに最適な場面の一つと言える。そう考えると、今回須美が三人を祭りに誘ったのは良い判断だろう。

 だが、言われた須美本人はきょとんと瞬きを一回すると驚いたように、

「(え、そ、そうなの? 私は本当に、お祭りなら気分転換にも良いかなって思ってみんなを誘ったのだけれど……)」

「(……あれれ? じゃあわっしーは本当に、あまみんとミノさんの仲を深める事とは関係なしで、気分転換だけで誘ったの?)」

「(ええ、そうだけれど……。いけなかったかしら?)」

 余計な事をしてしまったかと、須美が不安そうな表情を浮かべる。友達にそのような表情を浮かべさせてしまった事に園子は少し慌てながら、

「(そ、そんな事は無いんよ~。……でも、わっしーから遊びに行こうなんて、ちょっと珍しいよね。私やミノさんなら分かるけど……)」

 もしも祭りに誘ったのが園子や銀ならまだ分かるが、真面目な須美が誘うというのは違和感がある。だから園子も、てっきり須美は気分転換もあるが、志騎と銀の仲を深めるために祭りに誘ったのだと思っていた。

「(確かにお役目は大事だけれど……、正直今の志騎君には、気分転換が必要だと思ったの。今の彼、ちょっとお役目に……バーテックスを倒す事に、のめり込み過ぎているような気がしたから)」

 無論それは、多くの人々を護ると同時に、一日でも早くバーテックスとの戦いを終わらせようという志騎自身の想いもあるに違いない。しかし今の志騎はその想いが先走り過ぎてしまい、傍から見ると危なっかしく見えてしまう。最悪の場合、バーテックスを倒す事のみに集中し過ぎてしまい、周りの事が見えなくなってしまう恐れすらある。----以前の須美のように。

「(前に銀の家に行った時も、お役目の事を完全に忘れる事ができてたわけじゃなかったし……。今日ぐらいは、彼も私達もお役目の事を忘れてリラックスした方が良いと思って)」

「(そうだったんだ~。でもわっしーの言う通りだね。よーし、今日はお役目の事を忘れてお祭りをたくさん楽しも~!)」

 明るく笑みを浮かべながら軽く腕を上げる園子に、須美は勿論と言うように笑みを返した。

 しばらく歩き、四人は祭りの会場に到着した。祭りが行われているのは近所の神社の敷地内で、敷地内にはもうすでにチョコバナナやたこ焼き、りんご飴などの祭り定番の屋台が並んでいる。他にも浴衣を着て友達と一緒にやってきた女性、ラフな格好で屋台を見て回っている青年、屋台で売っている食べ物を一緒に食べている親子連れなど様々な人達が祭りにいた。

「りんご飴とかチョコバナナとか、もう定番すぎて珍しくないよね!」

 歩きながら、園子が嬉しそうな声を上げた。彼女の手には、祭りに来てから早速購入したりんご飴に二本のチョコバナナが握られていた。

「その割には満喫しているみたいだけれど?」

「定番でも、お祭りで食べると美味しいんだよね~」

「それ分かる! アタシもこういう所に来るとさ、ついつい買っちゃうんだよねー」

「……お前の場合は食べ物だけに留まらないけどな」

 園子に同意する銀を、横目で見ながら志騎が呟く。

 志騎がそうぼやきたくなるのも当然で、彼女は片手にりんご飴、片手にチョコバナナ、さらには頭に特撮ヒーローのお面に右手の中指には水ヨーヨーと、お祭り定番のグッズをすでに揃えつつあった。たはは……と銀は苦笑しながらも、何か見つけたのか目を見開き、

「あ、焼きトウモロコシだ! 志騎買って!」

「ふざけんな!」

 焼きトウモロコシの屋台目掛けて突撃しようとする銀と彼女の首根っこを掴む志騎の二人を見て、須美と園子は思わず口元を引きつらせながら、

「こ、この場合花より団子って言うんだっけ~?」

「色気より食い気、じゃないかしら……」

 どちらにせよ、今の二人には見事に当てはまることわざなので、どちらもあながち間違ってはいないに違いない。

 焼きトウモロコシの屋台から銀をどうにか引っぺがし、四人が歩いていると今度は園子が鼻をひくひくさせ始めた。

「む、イケてる匂い!」

「はっ?」

 志騎が怪訝な声を上げた直後、園子はすぐそばにあった屋台に素早い動きで近づいた。どうやら匂いの元はそこらしい。

 その屋台で売っていたのは串焼きのようだった。熱せられた鉄板の上で、豚串や焼き鳥がジュウジュウと音を立てている。串に刺さった豚肉や鶏肉からは脂が雫となって垂れ、匂いだけじゃなく視覚からも歩く人を誘惑する。これではさすがに園子では無くても足を止めてしまうだろう。

「大将! 四本くださいな!」

「わ、わたしそんなに食べられないわ」

「俺もいらない」

「え、そう!? じゃあ私が三本食べるから!」

「いやいや園子、さすがに三本は無理だろ……。アタシも二本食べるよ、その分のお金はアタシ出すからさ」

「まだ食うのかお前……」

「二人共、すごい食欲ね……」

 祭りの雰囲気にあてられてか、二人が見せる食欲に須美は困ったような笑みを浮かべ、志騎は呆れた表情を浮かべた。そして店主からもらった豚串にかぶりつき、二人が美味しさに目を輝かせる。

「うっま!」

「美味しー! 何だこりゃー! 大将、店ごと買いたいんですけどー!」

「こんな所で乃木家の財産を使うな!」

 と、興奮のあまりクレジットカードを取り出した園子に須美と銀、志騎だけでなく店主も驚き、志騎と銀、須美の三人がかりで園子を屋台から引きはがすと次の屋台へと向かう。

 向かったのはこれまたお祭り恒例の屋台、射的だった。まず初めに先陣を切ったのは園子だ。屋台に並べれているコルク銃の一つを手にするとコルクを銃口に詰め、並べられている景品の一つに狙いを定める。狙う景品は数ある物のなかでもひと際大きいにわとりのぬいぐるみである。

 園子が引き金を引くと、軽い音と共にコルクが発射される。しかしコルクはぬいぐるみから外れ、地面へと落下していった。

「むむむむむ~……」

 自分の放った弾が外れた事に園子は悔し気な声を出しながら、次弾を装填し再度ぬいぐるみに発射する。だが今度も弾はぬいぐるみの横を通り過ぎていき、ぬいぐるみを倒す事は無かった。

「こんの~、ちょこざいな~!」

 すると業を煮やしたのか、園子はがばっと信玄袋を勢いよく開けると、中から千円札を三枚取り出す。結果、園子は両手から零れ落ちそうなコルクをもらった。

「園子ってあれだな……。お祭りの景品にお小遣い全部使うタイプだな」

「そうだな。俺の横にいる奴と同じタイプだな」

「あ、アタシはあそこまでじゃないぞ!?」

 銀が慌てて抗議すると、彼はいつの間に買ったのか綿あめを食べていた。巨大な綿あめが、彼の小さな口に吸い込まれて少しずつ消えていく。

「それ、いつの間に買ったんだ?」

「長丁場になりそうだなと思って、ついさっき」

 どうやら園子の思考パターンはすっかり志騎に読まれてしまっていたらしい。なお、当の本人は志騎が言った通りすでに射的に集中してしまっている。あれでぬいぐるみを落とす事が出来なかったら、後に残るのはお小遣いがもうないという悲惨な現実だけである。

「へぇ、良いな。アタシも買ってこようかな」

「俺が受け取る頃にはもう結構並んでたぞ。まぁ、大分食べたし一口やるよ」

「ホント! やったー、いただきま……」

 と、志騎が差し出す綿あめにかぶりつこうとした時、銀はある事に気づく。

 志騎が言った通り、綿あめの大部分はもう志騎が食べてしまっていた。なので綿あめ自体の大きさは大分小さくなっており、今銀が綿あめを食べると必然的にそこは彼がついさっきまで口をつけていた場所になる。

 という事は、それはつまり、俗に言う関節キ----。

「----っ!」

 そう思った途端、何故か銀は顔を真っ赤にして綿あめから急いで離れた。一方、綿あめを差し出していた志騎は銀の不審な挙動に眉をひそめ、

「おい、どうした? 食べないのか?」

「い、いやー、アタシもうお腹がいっぱいになりそうでさ! ちょっとやめとくわ!」

「……? あっそう……」

 怪訝な表情を浮かべながらも、すぐに納得したのか志騎は再度綿あめを食べ始めた。そんな志騎を見ながら、銀は熱くなった頬に手を当てる。買った物の食べさせっこなど、幼馴染として今まで何回もやってきた。だから今更、その程度の事に照れる事なんてないはずなのに……。どうして自分は、今その程度の事ができなかったのだろう。

 なんとなく話す事が気まずくなり、二人が無言で立っていると、射的をやっていたはずの園子から涙声が聞こえてきた。

「なんてこったい……」

 そう言う彼女の手にはコルク弾が一つだけ残されていた。どうやら志騎と銀が話している間に、弾を全部使ってしまったらしい。そしてぬいぐるみは落とされていない。どうやら彼女は見事にお小遣いがすっからかんになってしまったようだ。

 すると、流石に見ていられなくなったのか須美が助け舟を出す。

「あれが欲しいの?」

「うん、一等の鳥さん……」

 やけに大きいと思ったら、あのにわとりは一等商品だったようだ。どうりで落としにくいはずである。

「となると、簡単には落とせないな。一発で落とせるか?」

「狙い通りの所に当てられれば……。そのっち、ちょっとごめんね」

「え、わっしー?」

 驚く園子のよそに、須美が園子の手を取った。それから静かな声で、

「落ち着いて、そのっち。呼吸を正して」

「……! うん」

 言われた通り、園子は動揺を鎮めると景品のにわとりに視線を向ける。

「ライフルの癖は見てたわ……。調整は任せて」

 二人は真剣そのものの表情でニワトリに狙いを定めると、さらに標的を落とすために言葉を紡ぐ。

「吸気」

「すぅー……」

「呼気」

「はぁー……」

「照準集中」

「集中……」

 須美の言葉に従って、園子は言われた通りの動作をこなしていく。ついさっきまで拡散していた彼女の意識がぬいぐるみという標的に一点に向けられ、集中力が引き絞られていく。

「力を入れず、指を絞るように……。今……!」

 須美の合図と共に引き金が引かれ、コルクがニワトリの額目掛けて発射される。コルクは見事に額に直撃し、ぬいぐるみの巨体が大きく揺らぐ。が、それでも落ちるには至らない。

「あとは気合!」

「気合~!」

「気合ー!」

「あ、お前もやるんだ。……気合ー」

 揺れるぬいぐるみに奇妙な手つきで気合(?)を送る三人に驚きながら、志騎も乗っかって気合を送る事にする。すると四人の思いが通じたのか、ぬいぐるみは見事に後ろにひっくり返って落ちていった。

「きゃー! やったー! 鳥さんゲットー!」

「よっしゃー!」

 ぬいぐるみが落ちた事に銀と園子は大喜びし、屋台の店主は落ちたぬいぐるみを信じられない目で見ながら、

「なんてこった……! こんなの、コルク弾で倒せるわけないのに……」

「それ、どういう意味?」

 ボヤキを須美に聞かれ、店主は慌てた表情を浮かべるも、やがて渋々といった様子でにわとりのぬいぐるみを園子に差し出した。

「ほらよ、持ってけお嬢ちゃん」

 差し出された園子は嬉しそうに受け取ると、須美に向き直って、

「わっしーやったね!」

「さすがはアタシ達の中で一番のスナイパーだな!」

 園子と銀から賞賛に、須美は嬉しそうにしながら、

「でも、引き金を引いたのはそのっちよ。あなたのものよ」

「うっひょー! やったぜふぉー!!」

 園子はしばらくぬいぐるみを手にして大喜びしていたが、何故かぬいぐるみを返すように店主に差し出した。店主がそれに呆気に取られた表情を浮かべると、園子はすっと何かを指差す。指の先には、四つ並んだ子犬のキーホルダーが並べられていた。

「それ四つと交換して!」

 その後、店主は園子の提案通りにぬいぐるみと四つの子犬のキーホルダーを交換し、園子に渡す。キーホルダーを嬉しそうに受け取った園子は、ぬいぐるみを一つ一つ三人に渡していく。

「はい、あげる!」

「え、良いの!?」

「良いんよ~。四人でお祭りに来た記念って事で」

「ありがとう、そのっち」

 キーホルダーを受け取った須美が礼を言い、その横では銀がキーホルダーを見ながら嬉しそうな声を上げている。志騎はキーホルダーをじっと見つめ、園子に礼を言ってから落とさないように信玄袋にキーホルダーをしまった。

 祭りのメインイベントと呼べる花火の時間までには少し時間があるので、四人はそれまで屋台を楽しむ事にした。何せまだ回っていない屋台はあるし、時間もまだある。色々な屋台を楽しんでおくのも悪くないだろう。

 そして、四人は現在型抜きの屋台で型抜きに挑んでいた。とは言っても挑んでいるのは須美と園子の二人だけである。志騎は屋台のそばでたこ焼きをほおばり、銀は性格的に無理という理由で不参加を決めていた。なお、型抜きにはもちろんお金が必要なのだが、流石にお金が無いという理由で参加できないのも少し可哀そうなので園子には志騎がお金を貸してあげる事になった。

『この御恩、一生忘れないからね!』

『いや、後で金返してくれれば別に良いよ』

 ついさっき園子とかわした会話を思い出して、思わず噴き出した。それからはしばらくたこ焼きをひょいぱくと口にしていたが、やがてたこ焼きの容器が空になった事に気づくと横にいる銀に顔を向ける。

「おい銀。俺ちょっとゴミ捨ててくるから、お前ちょっと須美と園子を……」

 だが、志騎の言葉が途中で止まる。何故なら、ついさっきまでそこにいたはずの銀の姿が影も形も無くなっていたからだ。

「銀?」

 その場で声をかけてみるが、返事はない。周囲を見てみるが、花火の時間が近づいてきたせいかそれに比例して人通りも増えており、目当ての人物の姿を確認する事が出来ない。

「あいつ、一体どこ行ったんだ……!」 

 苛立ち交じりに一度舌打ちする。彼女が一人でどこかに行ったならまだしも、最悪の場合誰かに連れ去られてしまった事も考えられる。こんな人がたくさんいる中でまさかと思うが、その盲点を狙ってという事も十分にあるのだ。志騎が顔を険しくして、とりあえず異変を知らせようと屋台の前で型抜きに挑む園子と須美の所まで駆け出そうとした瞬間。

「志騎、どうしたんだ? 怖い顔して」

 突然背後から声を掛けられ、志騎が振り向くとそこにはきょとんとした表情の銀が立っていた。

「銀、お前どこ行ってたんだ!?」

「ああ、悪い。ちょっとそこの屋台で気になるものが売っててさ」

 そう言って銀が指さしたのは、志騎達から少し離れた屋台だった。何が売っているのかはここからでは見えないが、どうやら銀はそこで何らかの商品を見ていたらしい。

「そうだ、これ見てよ志騎! 屋台で見つけたんだけどさ……」

 そう言って笑いながら銀は信玄袋から何かを取り出そうとする。その能天気な彼女の表情と言葉に、何故か志騎の中で何かふつふつとした黒いものが沸き上がってきて、志騎は思わず銀に怒鳴っていた。

「そんな事はどうでも良い! お前、何一人でうろうろしてんだ!?」

「えっ……?」

 突然の事にまだ今の状況が呑み込めていないのか、銀はきょとんとした表情を浮かべる。そんな彼女の顔すら無性に腹立たしくて、志騎の口からさらに大声が出る。

「どこかに行くんだったらせめて俺か園子達に声をかけるべきだっただろ! 一人で勝手に動いて、迷子になったり誰かに攫われたりしたらどうするんだ!?」

「そ、そりゃあ悪かったとは思うけどさ、でも大丈夫だよ! 現にこうしてアタシピンピンしているし、いざとなったら……」

「そういう事じゃない! 俺はせめて動くんだかったら誰かに言えって言ってるんだ! 今時俺達より小さな子供でもできるぞ! お前は子供以下か!?」

 するとさすがの銀もカチンときたのか、ムッとした表情で、

「う、うるさいな! 過ぎた事をチクチク言って! そんな事いちいち言われなくても分かってるっての!!」

「へぇ!? それは驚いたな! ついさっき俺にその程度の事すらできなかった奴の言葉とは思えないな! 本気で言ってるんだったらその無駄にデカい頭を取り換えてから言うんだな!」

 二人の口喧嘩は段々とヒートアップしていき、通行人がちらちらと二人の方を見ながら去っていく。しかし今の二人にはその視線すら気づかず、声の大きさも二人の感情に比例するかのように大きくなっていく。

「そ、それなら志騎だってそうだろ!! 呑気にたこ焼きパクパク食べちゃってさ!! 食べる事に全部頭使ってんじゃないの!?」

「遊ぶ事ぐらいしか頭に詰めておけないお前に言われたくないんだよこの馬鹿!! 普段からそんな事しか考えてないんだから、少しは頭を働かせろよ単細胞!! ああ、無理か。お前はその程度の事もできない女だもんな! 本当昔からお前には苦労させられっぱなしだよこのトラブルメーカー!!」

「……っ!!」

 ついに痛いところを突かれたのか、銀がぐっと黙り込んで俯く。一通り自分の中の感情を吐き出した志騎は、はぁはぁと荒い息をつく。しばらく二人がその状態でいると、銀からポツリと小さな声が聞こえてきた。

「……なら、良いよ」

「あ?」

「----あたしはトラブルメーカーなんだろ!? だったら、お望み通りいなくなってやるよ! もうお前なんか知るか! どこにでも行っちまえ!!」

 そう言いながら上がった銀の顔は、涙は浮かべていないものの、まるで今にも泣きだしてしまいそうなほどにくしゃくしゃだった。志騎が一瞬呆気に取られると、その隙をついて銀は志騎の前からさっさと走り去っていってしまった。

「お、おい銀!」

 だが当然というべきか銀は志騎の言う事を聞くはずもなく、あっさりと人込みの中へと消えて行ってしまうのだった。人込みに向かって手を差し出しながら志騎が馬鹿みたいに突っ立っていると、後ろから声がかけられる。

「あまみん……」

「志騎君……」

 振り向くと、そこには不安と心配が入り混じった表情を浮かべた須美と園子が立っていた。志騎はようやく自分が何をしでかしたか自覚をすると、髪の毛をくしゃくしゃと掻き、

「……悪い、二人共。見てたと思うけど、銀を怒らせた……」

「まぁ、それは分かるけど……」

「珍しいね~。あまみんがミノさんを怒らせるなんて」

 園子の言う通りだと、志騎は思った。いつもならば大抵逆である。銀が何かをやらかして、それに志騎が怒る。なのに今日は志騎が怒らせてしまった。

「……ああ、そうだな。さっきのは俺がどうかしてた。ちゃんとあいつに謝らないと……」

 黙っていなくなった銀にも非があったかもしれないが、それにしても言い方などがあったはずだ。なのに銀の気持ちも考えず、好き勝手な事を言ってしまった。その事はちゃんと謝らなければならない。

「とりあえず、あいつを捜してくる。子供の足でこの人込みなら、そう遠くにはいけないはずだ」

「私達も行くわ!」

「いや、二人はこの近くで待っててくれ。もしかしたらあいつが戻ってくるかもしれないし……。俺が怒らせたんだから、俺が行かないと駄目だ。………頼む」

 そう言って志騎は二人に頭を下げた。須美と園子はしばらく志騎の頭を見ていたが、やがて須美がため息をつくと、

「……分かったわ。でも志騎君、必ず銀と仲直りしてね。……私達も、あなた達二人が喧嘩したままなんて嫌だもの」

「そうそう。幼馴染はやっぱりいつも仲良しが良いんよ~」

「……ああ、分かってる。二人共、ありがとな」

 顔を上げて志騎は二人に礼を言うと、銀を捜しに祭りの中の人込みへと飛び込むのだった。

 

 

 

 

 

 

「やってしまった………」

 ずーん、と重い雰囲気を漂わせながら銀が呟いた。

 現在銀が座っているのは神社の敷地内の一角に配置された休憩用のベンチだ。すぐそばにはごみを捨てるためのゴミ箱が置いてあり、すでにここを何人か使用したのか、ゴミ箱にはそれなりの数のゴミが溜まっている。

 先ほどまでの事を思い出して、銀はもう一度はぁ……と重いため息をついた。

「……別に志騎だって、意地悪であんな事言ったんじゃないのに……」

 確かにいきなり怒鳴った志騎にも非はあるかもしれないが、それだったら彼の言う通り何も言わず勝手に屋台に向かってしまった自分も悪いと言える。だから最初志騎から怒られた際に素直にごめんと言えばそれで済む話だったのに、売り言葉に買い言葉で口論が熱くなってしまい、しまいには志騎の元から離れてしまった。これでは志騎に子供以下と言われても文句が言えない。

「……志騎、まだ怒ってるだろうなー。どうしよう……」

 そこで何度目かになるため息を再度つく。本当なら戻ってきちんと謝った方が良いのだろうが、あんな形で別れてしまっては戻りづらいし、どこにでも行ってしまえと言った手間どのような顔をして戻って良いかも分からない。須美と園子の事も心配だが……、やはり、戻ると考えるとどうしても足踏みしてしまうのが問題だった。

 ベンチに座って足をプラプラさせながら、信玄袋の中を見る。中には、ついさっき屋台で購入した物が入っている。それを購入した時はまさかこのような事になるとは夢にも思わなかったのに……、まったく、現実は何が起こるか分からないものである。

「……何やってんだろ、アタシ」

 思えば今日の自分は変だった。前ならば簡単にできていた食べさせっこなどができず、挙句の果てに自分を心配してくれていたはずの志騎を怒らせてしまった。自分は一体どうしてしまったのだろう。

「……謝りたいなぁ……」

 志騎は今一体何をしているだろう。怒っているだろうか。自分を無視して屋台を楽しんでいるだろうか。それとも、愛想をつかしてもうとっくに帰ってしまっているだろうか。

「……それは、嫌だなぁ」

 それは想像したくない、と思う。自分の大切な友人である須美や園子はもちろんだが、志騎に愛想を尽かされると考えると、何故か深い暗闇に落ちていくような不安感に陥ってしまう。そんな事は、心の底からあってほしくないと思う。……まぁ、何故そんなに強く思ってしまうかはまだ分からないのだが。

 どこからか聞こえてくる祭囃子をぼんやりと聞きながら、銀は頭上を見上げる。ここに来た時はまだ赤かった空はすでに暗くなりつつあり、このまま時間が進めばじきに花火が始まるだろう。それまでには志騎にちゃんと謝りたかったが……、正直、真正面から謝れる自信が無かった。

「………志騎ー、ごめんなさい!」

 と、空にむかってやや大きめの声で言うが、当然答えが返ってくるはずもない。何やってんだか、と銀は一人笑いながら、再び空に向かって彼の名前を言う。

「……志騎ー」

「何だ」

「おうっ!?」

 突然返答が横から聞こえ、びっくりした銀が真横を見てみると、そこには仏頂面をした志騎が自分を見ていた。

「お、お前いつからそこに!?」

「たった今だよ。人込みにいたらお前の声が聞こえたから、急いで来たんだ」

 そう言って志騎が指さした先には、彼の言う通り大勢の人込みの姿があった。そこをかき分けてきたからか、彼の首筋には汗が流れ、息も荒い。きっと走り回って自分の事を捜してくれたのあろう。それが申し訳なくて、銀は思わず彼から顔を背けてしまう。

 すると、それを見て何を思ったのか志騎は銀の真正面に立つと真剣な表情で彼女の顔を見る。

「……銀。さっきは、悪かった」

「え?」

 突然自分に向かって頭を下げた志騎に銀が戸惑いの声を上げると、

「お前の事を心配してたけど、言い過ぎた。もう少し言葉を選ぶべきだった。ごめん」

 どうやら自分が顔を背けたのは、まだ志騎の事を怒っているからだと思っているかららしい。それに気づくと、銀は慌てて両手を振り、

「い、いやアタシもちょっと言い過ぎたっていうか……。志騎の言う通り、アタシもきちんとお前に一言言っておくべきだったっていうか……。だからその……アタシもごめん!」

 そう言って銀も勢いよく頭を下げた結果、向かいあった二人が頭を下げるという何とも珍妙な光景ができあがった。その事に気づいた二人は顔を上げると互いの顔を見合わせ、

「ぷ、くくくくく……。あはははははははははっ!!」

「………ははっ」

 自分達の今の行動に銀は思わず大声で笑ってしまい、志騎もそれにつられるように笑う。二人共ひとしきり笑うと、志騎が言う。

「じゃあ、そろそろ戻るか。須美と園子も心配してるだろうし」

「ああ、そうだな。……そういえば志騎、よくあの人込みの中からアタシの声が聞こえたよな。もしかして、バーテックスの力を使ったのか?」 

 祭囃子や人の声が込み合う人込みの中から、たった一人の声を聞きあてるなど簡単にできる事ではない。だとしたら、バーテックスの力を使ったのかもしれないと銀は思う。前に聞いたところによると、志騎はバーテックスの力を使う事で五感を強化する事ができるらしい。だとすると、自分を見つけ出す事ができたのはそれぐらいしか考えられない。

 だが、銀の予想に反して志騎はあっさりと否定する。

「いや、使ってないぞ?」

「え、じゃあどうやってアタシの声を……」

 すると志騎は何を言い出すのやら……と言いたそうな表情を浮かべると、さらりと言った。

 

 

 

「別にそんなもの使わなくても、お前の声ならどこにいたって聞こえるよ」

 

 

 

「--------」

「ま、だからお前ももしもの時は大声とか出すんだぞ。今言った通り、俺なら例えどこでも……。どうした? 何か変な顔してるけど」

 銀の顔を見て、志騎が怪訝な声を出す。

 変な顔とはいささか失礼な表現だが、志騎がそう言うのも無理はない。銀は今、とても嬉しそうににやにやとした笑みを浮かべていたからだ。傍から見ると、そんなに楽しい物もないのに笑っている少し変な人である。

「あ、いや、気にしないで。ちょっと顔が元に戻らないだけだから」

「何で!?」

「本当に気にしないでくれ。さ、早く須美と園子の所に帰ろう。……あ、それとさ志騎」

「何だ?」

「手、繋いでも良いか? 人込みだし、はぐれたら嫌だろ?」

「………」

 そう言われた志騎は銀の手と人込みを交互に見ると、やれやれと言いたそうに銀の手を優しく握った。ありがと、と銀はまたにへらと笑い、そんな銀に志騎は眉をひそめながら彼女の手を引いて人込みへと歩いていく。

(……ああ、分かった)

 式に手を引かれながら、銀はようやく気付いた。

 何故、志騎が自分と一緒に学校に行くのが楽しいと言ってくれた時、心臓の鼓動が大きくなったのか。

 何故、志騎にラブレターが届いた時もやもやした気持ちを抱いたのか。

 何故、前ならば普通に行っていた間接キスが恥ずかしくてできなくなっていたのか。

 その理由は、ただ一つ。

(アタシ、志騎が好きなんだ)

 須美や園子に向けるような、友人としての『好き』ではない。

 異性として、『天海志騎』という少年の事が好きなのだ。

 いつからその感情を抱いていたのかは正直分からない。

 ずっと前からなのかもしれないし、それともつい最近からなのかもしれない。

 どちらなのかは分からない。いや、どちらであっても正直どうでも良い。

 志騎に他の誰かが好意を向けていると考えただけで、むかむかする。

 志騎が自分と一緒にいるのが楽しいと言ってくれるだけで、幸せで胸がいっぱいになる。

 志騎といつまでも一緒にいたい。

 彼といつまでも、こうして手を握っていたい。

 そういった事が、きっと恋しているという事なのだろう。

(……なんだろう。ちょっと照れくさいけど、温かいなぁ……)

 志騎の手から伝わってくるぬくもりと、自分の心から湧き上がってくる想いに口元をほころばせる。

 静かに笑みを浮かべる銀と、そんな事はまったく知らない志騎はしばらく人込みの中を歩き続けると、ようやく自分達を待つ須美達と合流する事ができたのだった。

 四人は合流した後、須美の案内で花火を見るための穴場に移動する事になった。須美達には詳しい事は話していないものの、志騎と銀が手を繋いでいる所を見て問題なく仲直りした事を察してくれたらしく、笑顔で仲直りできた事を喜んでくれた。

 そして須美の案内で辿り着いたのは、神社から少し離れた高台だった。近くにはすでに花火を見るために集まった人々の姿がちらほらと見える。高台にある木の下に四人が立っていると、須美が夜空を指差しながら、

「ここからなら一番花火が良く見えるわ。穴場よ」

「下調べはばっちりだね~」

「過去のブログから特定したの」

「さすがそういうのは得意だな……」

 相変わらずの須美の鮮やかな手腕に銀が苦笑した直後、炸裂音と共に夜空に光の大輪の花が咲いた。さらに二、三発目の花火が打ち上げられ、再度炸裂音と共に夜空を鮮やかな色の光で彩る。

「……ありがとうね、わっしー、ミノさん、あまみん」

 突然、花火を眺めていた園子がそのような事を口にした。三人が思わず園子を見ると、彼女はどこか困ったような笑顔で、

「私、選ばれた勇者がわっしーとミノさんとあまみんで良かった。私ってほら、変な子じゃない。だから、中々友達ができなくって」

 すると園子の言葉に、須美と銀は互いに顔を見合わせるとにっと笑い、

「そのっちは変じゃないよ。素敵よ」

「そうそう。それにアタシだって、選ばれた勇者が園子と須美で良かったって思ってるぞ? 礼を言うのはこっちだって! ありがとな、須美、園子」

 真正面からの言葉に須美と園子は少し照れくさく笑い、

「三人とじゃなかったら、こんなに頑張れなかったかも」

「……まぁ、銀は前衛型だし、俺はリーダータイプじゃないし、須美は、その……」

「融通が利かない?」

「……うん、そうだな」

 はっきりと言っていいものかと困っていた志騎に須美本人が助け舟を出し、志騎は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら首肯すると、須美は「良いのよ」とやんわりと言った。

「そんな感じだからな、お前がリーダーじゃなかったらまとまらなかっただろ、きっと」

「志騎の言う通りだ。きっと、アタシ達四人だから頑張れたんだよ」

 二人の励ましの言葉に、園子はようやく「……うん」と頷き、笑顔を見せてくれた。それに三人が笑うと、園子に銀が「でも、どうして今更お礼なんて?」と尋ねる。

「うん。私達の勇者システムに強化システムが組み込まれて、次のバーテックスの襲来を防ぐ事が出来たら、バーテックスとの戦いを終わらせる事ができるかもしれないでしょ?」

「ああ、まぁうまくいけばそうなるな」

 志騎のセフィロティックフォームに加え、銀達の勇者システムに新しいシステムが加われば、バーテックスを撃退ではなく完全に倒す事が可能になる。そうしたら、長かったバーテックスとの戦いに終止符に打つ事が可能になる。園子が言っているのは、その事だろう。

「私達はバーテックスを倒すって目的で集められたけど……。もしも戦いが終わったら、どうなっちゃうのかなって思って。いつまでも友達でいられたら良いけど、もしかしたらバーテックスとの戦いが終わったら私達の関係も終わっちゃうのかなって、ちょっと不安になっちゃったんだ。……折角友達になれたのに、それはいくら何でも寂しいし、嫌だなって……」

 園子の口から飛び出した言葉に、三人は思わず彼女の顔を凝視する。が、どうやら冗談ではなく心の底からそうなるかもしれないと思っているらしい。だが、それも仕方ない。今まで心を許せる友人がいなかった園子にとって、三人はようやくできた大切な友達だ。だからこそ、友達を失う事を恐れる気持ちも強いのだろう。

 それを察したのか、銀はにっこりと彼女を安心させるように笑うと園子の正面に回り込む。

「大丈夫だよ、例えバーテックスとの戦いが終わっても、これから先何があっても、アタシ達はずっと友達だ。だから、そんな顔するなって」

「……うん、ありがとう、ミノさん」

 銀の言葉に、園子もどうやら不安が消えたらしい。すると、しんみりしてしまった空気を払しょくするように銀が明るい声を出した。

「そうだ! ねぇ、バーテックスとの戦いが終わったら、アタシ達も今よりもっと時間ができるよね? そうなったら、もっといろんな所に行こうよ!」

「いろんなところ?」

「うん、香川だけじゃなくて、徳島とか高知とか、あと愛媛とか! 四国って言っても行ってない所もたくさんあるし! いろんなところに行って、四人でたくさんの思い出を作ろうよ!」

 すると銀の意見に須美と園子も賛同の声を上げ始めた。

「そうね……。確かに私も四国全部行ったわけじゃないし、それも良いかもしれないわね」

「私、香川以外の四国の地元のお菓子食べてみたい~!」

 自分達の将来の事を想像して、三人娘の目が希望でキラキラと輝く。その一方で、志騎は花火を見ながら何かを考え込んでいるようだった。

「どうした、志騎?」

 それに気づいた銀が志騎に尋ねると、彼は花火から視線を外さぬまま、

「いや、俺ってほら、バーテックスだろ? この戦いが終わったら、どうなるんだろうって思ってな」

「あ、そういえば……」

 元々志騎が作られたのは、バーテックスを全て倒すためだ。彼は今こうして銀達と一緒にいるのは、その目的の一環に過ぎない。ではもしもバーテックスが全て倒された場合、それを目的にして作られた志騎は一体どうなるのだろうか。

「ま、考えられるとすればまた鳥籠に逆戻りかもな。そうなったら、もうお前らとは……」

「ええ~!? だ、駄目だよそんなの~!」

「そうよ! あなただけ鳥籠に戻るなんて、そんなの反対よ!」

「なんだったら、安芸先生にどうにか直談判して……!」

「お、落ち着けよお前ら」

 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、まさかここまで反応されるとは志騎も思わなかったようで、三人をどうにかなだめると、

「さすがに刑部姫も安芸先生も俺を鳥籠に逆戻りにしようとは思わないだろ、たぶん」

「そ、そうね……。考えてみればあなたも勇者としてこの国とたくさんの人達のために戦ってきたんだもの。それぐらいのご褒美があってもバチは当たらないわよね」

「そういう事だ」

「そっか……。(……良かった)」

 ぽつり、と銀が自分の横で何か言ったような気がしたが、それは生憎花火の音でかき消されてしまい聞く事は出来なかった。

 それから四人がしばらく黙って花火を見つめていると、園子と銀に挟まれている須美が二人の手をそっと握り、それに気づいた銀が右隣にいる志騎の手を握る。四人は手を繋いで互いの存在を確かめ合いながら、夜空に咲く花火をじっと見る。

「……友達だよ、私達四人は。これから先、何があっても、ずっと……」

「……うん」

「……ああ、そうだな」

 その言葉に園子と銀も同意し、志騎も返事は返さなかったものの気持ちは三人と同じだった。

 そして三人は花火が終わる時まで、ずっと手を繋いでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ二人共、また学校で!」

「うん! ミノさん、あまみんまたね~!」

「二人共、早く帰るのよー!」

「ああ、分かってる」

 祭りからの帰り、分かれ道で志騎と銀は園子と須美と別れた。本来なら、その分かれ道で別れるのは須美と園子には遠回りになってしまうのだが、何故か園子が、

『そうだ! 私達ちょっと用事があったんだ~! ごめんねミノさんあまみん、私達ここから帰るね~』

 と言い出し、四人はここで別れる事になったのだ。なお、須美も何かを察したのかすぐさま園子に同意していた。

 なお、二人と別れる際、何故か二人はすごく嬉しそうな笑みを浮かべていたのだが、何故二人がそのような表情を浮かべていたのか志騎にはまったく分からなかった。

「んじゃあ、帰るか」

「あ、ああ……そうだ……!?」

 と、何故か銀の言葉が途中で不自然に止まったかと思うと彼女の体がいきなり前につんのめり転びそうになる。間一髪志騎が彼女の体を支え、転倒はどうにか防ぐ事が出来た。

「大丈夫か?」

「う、うん……何とか……」

 何故か志騎に支えられている銀の顔が赤いが、今はそれよりも彼女が転びそうになった原因だ。足元を確認してみると、鼻緒の部分が千切れてしまっていた。さっきのはそれでバランスを崩し、転びかけてしまったのだろう。

「鼻緒が千切れてるな」

「え、マジか……。結構お気に入りだったのに……。なぁ志騎、代わりの鼻緒ない?」

「ない」

「だよな……。って事は……」

 一分後。

「お、落とさないでくれよ?」

「大丈夫だろ、よし、せーの」

 掛け声と共に、銀を背中に背負った志騎が立ち上がる。鼻緒がない以上まともに歩く事は出来ないので、三ノ輪家まで志騎が銀を背負って歩く事になった。幸いここから家までそんなに遠くないし、いざとなればバーテックスの力もある。途中で力尽きるような事は無いだろう。

 志騎が黙々と歩いていると、背中の銀がこんな事を言い出した。

「……なぁ、志騎。志騎はさ、一緒に戦う勇者がアタシで良かったと思うか?」

「……はぁ? 何だよ、藪から棒に」

 いきなり奇妙な事を言い出した銀に志騎が怪訝な声を出すと、背中の銀はちょっと不安そうに、

「いや、アタシは心の底からお前が一緒に戦う勇者で良かったって思ってるけどさ。もしもアタシ以外の女の子が勇者だったら、そっちの方が志騎とうまくやれてたんじゃないかって思って。アタシよりももっと性格が良くて、優しくて、胸が大きい子だったら、志騎ももっと悩み事とか打ち明けられたんじゃないかって思って……」

「胸の大きさ重要なのか?」

「重要じゃないのか?」

「どうしてそこまでこだわる事ができるのか逆に知りてぇよ……」

 はぁ、と志騎はため息をつくと、銀の問いに答えた。

「少なくとも、一緒に戦うのがお前達で良かったと思う。もしもお前達以外の人間が勇者だったら、俺は今ここにいないかもしれなかった」

「どうしてだ? お前なら、別に他の女の子が勇者でも……」

「簡単だよ。俺がバーテックスだからだ」

 しかしまだピンと来ていないらしく、銀は首を傾げている。少し分かりにくかったなと思いながら、志騎は説明をする。

「人間は確かに悪い生き物じゃないのかもしれない。けど、良い生き物だって言いきれないのもまた一つだ。何故かって言うと、人間は自分達とは違うものを見るとすぐに排斥したがる性質を持つ。別にそれが悪いってわけじゃない。自分とは違う存在を排除するのは、生物が生きていく上で必要な要素の一つだしな。だけど人間はそれが少し行き過ぎる時がある。仮定の話に意味はないけど、もしも俺と一緒に戦う勇者がお前達じゃなかったら、バーテックスの俺は排斥されてここにいなかったかもしれない。もしかしたら、とっくに人間の悪意や醜さに辟易してバーテックスの側に立ってたかもしれないな」

「………」

「だから、俺は一緒に戦う勇者がお前達で良かったと思うし、俺が初めて出会った幼馴染がお前で良かったと思う。お前がいてくれたから、俺はこの場所に立っていられる。他の誰でもない、お前と最初に会えて良かった」

 そこまで言ったところで、何故か銀が志騎の背中に顔を押し付けた。それに志騎が「どうした?」と尋ねると「ちょっと冷却中」という返事がきた。何故そのような返事が来るのか、全く分からない。意味が分からん……と志騎は思いながら、ちょっとした悪戯心でこんな事を言った。

「それより、お前達としては三人娘の方が良かったんじゃないのか? そっちの方が俺に気兼ねなく過ごせただろうし、色々と話も弾んだろう」

 志騎は四人の勇者の中では唯一の少年の勇者である。志騎がまだ少女だったら良かったかもしれないが、少年だとやはり性別の違いから話題がうまく合わない事もあるし、関係がギクシャクしてしまう事だってある。それだったら、まだ少女三人の方が話が合うだろうし、関係も今よりももっと深くなっていたのではないだろうか。

「あはは、確かにそうかもな」

 と、銀は特に否定する事無くあっけらかんと笑って肯定した。

 しかし、

「----でもさ、アタシはやっぱりお前がいて良かったと思うよ」

「はぁ?」

 怪訝な表情で振り向くと、銀は優しい笑みを浮かべて、

「志騎、仮定の話に意味はないって言っただろ? 確かにアタシ達三人だけの方がもっと気兼ねなく話せたかもしれないし、楽しく過ごせたかもしれないけど、アタシにとっては須美と園子だけじゃなくてお前もいる今の関係が一番楽しいんだ。そりゃあ、お前を知らないアタシからしたら三人でいる時の方が一番楽しいかもしれないけど、天海志騎を知っているアタシはお前と一緒にいる時がすごく楽しい。だから、お前がいなかった方が楽しいなんて思わないし、お前がいてくれて本当に良かったって思ってる。それはきっと須美と園子も同じだよ。……今だから言うけどな、志騎。今ここにいるアタシは、お前と一緒にいる事が出来て本当に幸せだ。お前がいない人生なんて、考えられないぐらいに」

 だからさ、と銀は一度言葉を区切ると、

「----自分の事を、バーテックスだとか、人間じゃないみたいな事をあまり言わないで欲しいんだ。アタシ達から見たらお前は人間だ。あんな、バーテックスのような怪物とは違う。アタシからしたら、絶対に失いたくない大切な命なんだよ」

 ぎゅっと志騎の首筋に抱き着きながら、銀がいつもの彼女の姿では想像ができないほど静かで、それでていて優しい口調で言う。背中から伝わってくる彼女の体温と、先日抱いた金太郎の重さと温かさを思い出しながら、志騎は彼女に見えないように口元を緩ませる。

「……そうだな。お前がそう言うなら、俺も今後は極力自分の事をバーテックスって言うのは避けるよ」

「極力、じゃなくてもう言わないで欲しいんだけどなー」

「そう言うなって。……でも、考えてみたら俺もお前がいない人生なんて考えられないかもな。ちょっと強烈すぎる人生だけど」

「退屈はしないだろ?」

「……まぁ、な」

 そう言って二人は顔を見合わせると、互いに笑い合う。それから急に銀が「あ、そうだと言って自分の信玄袋に手を入れる。そして何かを引き出すと、志騎に差し出した。

「これ、屋台で売ってたんだ。あげるよ」

「え?」

 志騎が片手を器用に使って受け取ると、それは指輪だった。指輪には夜空のような深い青色の石がはめ込まれており、本物の宝石ではないだろうが精巧に作られている。それを志騎が見ていると、ある事に気づき尋ねる。

「もしかして、俺達から離れてた時に買ったのってこれか?」

「そう! あんまり高くなかったし、綺麗だから買ったんだ」

「へぇ……」

 お祭りの場にこういったアクセサリーが販売されているのは珍しいような気もするが、今日見た通り祭りには人が集まる。こういった物を販売して金銭を稼ぐには案外絶好の場なのかもしれない。

「屋台のおっちゃんの話だと、魔除けの効果があるんだってさ。前に櫛買ってくれただろ? お返しにあげるよ」

「え、良いのか?」

「良いよ良いよ! それに志騎、最近大変な事ばっかり起こってただろ? それつけてればもしかしたら効果があるかもしれないし、折角だからつけときなよ。きっと似合うって」

 どうやら彼女は自分のためを思って指輪を購入してくれたらしい。ありがたいが、同時に彼女の気持ちも知らずに怒鳴ってしまった事に罪悪感が沸いてくる。とは言ってもさすがにこの場で話を蒸し返すような事は彼女も望んではいまい。ここは素直にもらっておく事にしよう。

「分かった。もらっておく。だけど流石に学校に持っていくのは駄目だろうから、それ以外の時にネックレスにして持ち歩く事にするよ」

「ああ。だけど、無くさないでくれよ? 高くはないけど、お金かかってるんだからなー」

「分かってるよ。……銀」

「ん?」

「ありがとう。大切にする」

「……えへへ、どういたしまして」

 そう言いながら、銀はこてりと志騎の背中に頭を預ける。

 こうして二人は、静かな夜の中、自分達の家へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 志騎達が祭りの会場を離れる頃、天海家の縁側で一人の人物がスイカを食べていた。

「花火はもう終わりか……。さて、片づけをしておくか。あとで志騎が怒るだろうし」

 その人物、刑部姫はケプリと可愛らしいげっぷをすると、よっこらしょと縁側から腰を上げてスイカの皮が乗っかっている皿を載せたお盆を持とうとする。ちなみに、彼女が食べていたスイカは志騎が自分と安芸、刑部姫が食べるように切り分けていたものである。

 が、ちょうどその時刑部姫のスマートフォンに着信が入った。画面を確認してみると、相手は自分の親友である安芸だった。彼女は通話ボタンを押し、スマートフォンを肩と耳で挟み込み、両手でお盆を持って宙に浮かびながら通話を始める。

「なんだ、安芸。何かあったのか?」

 しかし、安芸からの返事はない。それに刑部姫が眉をひそめると、安芸の震えた声が刑部姫の耳に届いた。

『……刑部姫。今私の所に来られる? 相談したい事があるのだけれど』

「ちょっと待ってろ」

 それだけ言うと、刑部姫は急いでお盆を台所に置き、スマートフォンの通話を切る。そして意識を集中させると、刑部姫の視界が切り替わり、次の瞬間には彼女は天海邸ではなくどこかの車の車内にいた。

 精霊、刑部姫は自分が指定した人物のスマートフォンがあれば、瞬時にスマートフォンがある位置に移動する事ができる。移動先に指定している人物は二人おり、一人は志騎、もう一人は親友である安芸だ。

 振り返ると、そこにはノートパソコンを膝にのせて険しい表情を浮かべている安芸の姿があった。それだけで何かがあった事を瞬時に察すると、座席に座りながら手短に尋ねる。

「相談したい事とは?」

「……これを見てちょうだい」

 そう言って安芸は膝の上にのせていたノートパソコンを差し出し、刑部姫はノートパソコンを受け取ると画面に素早く視線をはしらせる。画面に表示されているのは、どうやら何かのシステムに関しての資料のようだった。すぐに画面に表示されている文章を全て読み終えると、画面を次のページに遷移させる。

 そして、表示された資料を見て、刑部姫は眉をひそめた。

「……おい。大赦のアホ共は本当にこいつを実装させる気か?」

「だと思うわ……」

 安芸の沈んだ声に、刑部姫はふんと鼻を鳴らし、

「こいつはまた趣味が悪いというか、なんというか……。ま、大赦の奴らも悪意を以ってとかそういうわけじゃなくて、こうでもしないとバーテックスに対応できないと考えての事なんだろうが……」

 それを抜きにしても、残酷なシステムだと思う。安芸がこのような状態になってしまっているのも、なんとなく分かる。一方、安芸は両手を組んで自分の額に押し付けながら、

「武器や技の強化は、いくらでもできる。だけど、心の強さには限界があるわ……。あの子達を、これ以上………」

「で、私にどうして欲しいんだ?」

 刑部姫が尋ねると、安芸はどこか期待を込めた声音で、

「あなたなら、こんなシステムじゃなくて、もっと別のシステムを作り出せるんじゃないの? あの子達がこんな代償を背負わなくても、もっと強力な力を得られるシステムを……」

 そんな親友の姿を刑部姫はジロリと一瞥すると、ノートパソコンに視線を戻しながら、

「確かにこれよりも強力なシステムを作る事ならできるさ」

「なら……」

「----だが、それだけだ。その代わりにあいつらにはもっと重い代償がのしかかる事になる。それでも良いって言うなら私が大赦の技術者共に代わって作ってやってもいい」

「そ、そんなの何の意味も無いじゃない! 私がして欲しいのは……!」 

 安芸は刑部姫に詰め寄ろうとしたが、それは刑部姫の一睨みで防がれた。安芸が動きを止めると、刑部姫は呆れたようなため息をつき、

「何の代償も無く、強力な力を得られるシステムだと? 寝言は寝て言え。力を得るには必ずそれに見合う代償が必要になる。志騎のキリングトリガーが良い例だ。あれは精霊の力を自由に使っているように見えるが、普通の人間なら一生廃人か即死確定の代物だ。おまけに一回の攻撃ごとに志騎の内臓や骨を滅茶苦茶にし、地獄のような痛みを与えている。志騎が平気なのは、キリングトリガーを使っている最中のあいつが痛みを感じていないのと、バーテックスが持つ再生能力のおかげだ。……確かにこのシステムは残酷すぎるかもしれんが、逆に言えばそれに見合う力を得る事はできる。こいつが実装されれば、間違いなく人類はバーテックスに対して有効な手段を手に入れた事になる」

「でも、それじゃあ……。まるであの子達が、私達の生贄になるって事じゃ」

「安芸」

 冷たい響きを伴った一言で、安芸の体の動きがビクリと止まる。刑部姫は冷徹な表情が浮かんだ顔を親友に向けて、

「天海志騎の監視、そして三ノ輪銀達三人の勇者のお目付け役を担う際にこうなるかもしれない事は覚悟していたはずだ。例えこのシステムがどれだけ残酷であったとしても、あいつらが私達の生贄になろうとも、人類の継続のために力を尽くすと。なのにあいつらを犠牲にするのに、今更罪悪感を抱くのか? だったら、最初からこの件には関わらなければ良かっただろう。なのにそうしなかったのは、例え犠牲が出たとしても、人類を継続させる事を誰でもないお前が選んだからだ。……違うか?」

 ギリ……と安芸が奥歯を噛み占める音が刑部姫の耳に届く。苦悩した様子を見せながらも何も言えないのは、それを彼女自身が良く分かっているからだ。だからこそ、強く反論する事が出来ない。事実、ここでためらったりすれば、人類滅亡に一歩近づいてしまいかねないのだから。

 刑部姫はノートパソコンを静かに閉じると、安芸に返しながら、

「しかし、お前は昔から何一つ変わらんな。いつも冷静でクールに見えるのに、実際は情け深くて何かを切り捨てる決断ができない。……苦しくないのか、そんな性格で」

「……それは、もちろん苦しいわよ。でも、だからと言って今更変える事なんてできないわ。これが、私という人間なんだから……。いっその事、自分を誤魔化す仮面でもつける事ができたら少しは楽になるかもしれないけどね……」

 疲れ切った笑顔で安芸が言うと、何故か刑部姫は嫌悪感をにじませた表情を浮かべながら、

「やめておけ。仮面は確かに便利だが、つけている人間の心を惑わせる。いずれ、自分の言っている言葉が本当なのか嘘なのかすら分からなくなるぞ。完全に使い捨てられる駒になる覚悟があるなら良いが、お前はそこまで道具になりきれる人間じゃないだろう」

「………」

 だが、安芸は何も言わなかった。それに刑部姫が頭の後ろで手を組みながら険しい表情を浮かべていると、車の窓から外を眺めている安芸が尋ねた。

「……ねぇ、真由理」

「何だ」

「……私達のしている事は、正しいのかしら」

 すると、刑部姫ははっとつまらなさそうに笑い、

「意味のない問いだな、それは。正しくてもそうでなくても、私達がする事は変わらないし、変える事は出来ない。そうだろ?」

「……ええ、そうね。ごめんなさい、変な事聞いて」

「……別に良いさ」

 車の座席にもたれかかりながら、刑部姫は親友と同じように車の窓から外の景色を眺める。結局その後、二人が言葉を交わす事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 少年と少女達は思っていた。自分達はずっと友人で、バーテックスを倒せば今日のような日々がずっと続くようになるのだと。

 しかし、現実はそんな簡単にはいかない。

 平和な日常というのはずっと続くと保証されているものではないし、大切な友人だって明日自分の隣にいるとは限らない。終わりというものは、時に何の前触れもなく忍び寄り、その人にとって大切なものを奪っていく。

 そして少年少女達にとっての終わりは、ゆっくりと、しかし確実に迫っていた。

 その事を、少年少女達はまだ誰一人として知らない。

 

 

 




次回辺りから、この章はついに終盤に入ります。相変わらずの亀更新、おまけに中々話が進まないという有様ですが、少しでも早く更新できるよう力を尽くしたいと思います。この小説を楽しみにしていらっしゃる皆様、申し訳ございませんが、その時までお待ちくださいますようお願い申し上げます。
話は逸れますが、新ライダーの仮面ライダーリバイス、カッコいい……。悪魔がモチーフのライダーって今までいそうでいませんでしたから、自分としては割と楽しみです。
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