天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「今回はこの章の最後の日常回になる。何せ次はついに決戦だからな」
志「何でも今回の話には銀の新しい武器と勇者の衣装が出るらしいな」
刑「ある人物によると、今回の話で一番苦労したのは三ノ輪銀の武器と服の色らしいぞ」
志「そうなのか……」
刑「では二十六話、どうぞご覧あれ」



第二十六話 嵐の前の休息

 ----神様がいそうな場所、というのが最初にその景色を見た時に三ノ輪銀が抱いた感想だった。

 鷲尾須美、乃木園子、そして三ノ輪銀が今いるのは大橋市から遠く離れた山奥にある泉であり、すぐ近くにある岩壁の上からいくつもの滝が泉に降り注いでいる。周囲から聞こえるのは葉が風でこすれる音に滝が降り注ぐ音、そして水が流れる音しかなく、文字通りここは外界から完全に隔絶された場所になっているのだと三人に感じさせた。

 泉に腰から下を浸けながら、三人は近くにある滝に打たれ、自分達の身を清める。ここの滝は神聖なものらしく、大赦の中でも重要な役職の者でしか入れないらしい。泉の水は大変冷たく、普段であれば銀と園子ならば冷たさに悲鳴を上げてしまう所だろうが、今日の二人はそのような様子はおくびも見せず、ただ真剣そのものの表情で滝行を受けている。

 冷たい水を頭の上から浴びながら、銀はこの前神樹館の訓練場で安芸から受けた説明を思い出す。

『新装備……完成したんですか!?』

 その日、安芸から告げられた言葉に須美が驚きの声を漏らすと、安芸は頷きながら、

『ええ、それを得るために、一度スマホを納めてもらいます』

『俺も……ですか?』

 安芸の言葉に、志騎が少し戸惑ったような表情を浮かべる。志騎にはもうキリングフォームと、セフィロティックフォームという強力な力がある。なのに、志騎もスマホを納める必要があるのだろうか。

『はい。あなたの勇者システムにはまた別の改良を行います。そのためです』

 四人は一度顔を見合わせるが、これでバーテックスとの戦いを終わらせる事ができるかもしれないならば断る理由はどこにもない。そして四人は素直に安芸に、自分達のスマートフォンを渡すのだった。

 三人が滝行を終えて泉から上がると、大赦の神官達が正座をして三人の帰りを待っていた。神官達は全員大赦の仮面を被っており、表情を伺う事ができない。

(こう思うのもなんだけど、ちょっと不気味だなぁ……)

 銀が心の中でそう思っていると、神官達が静々と三人に近づき濡れた白装束を脱がせ、彼女達の髪や体を丁寧に拭いていく。そしてこれまた丁寧に大赦の神官服を三人に着せる。

 それから三人に三方(さんぼう)を持った神官達が近づき、三方を差し出す。三方の上には、この前安芸に渡したスマートフォンが載せられていた。スマートフォンを受け取ると、画面から光が浮かび上がり、その直後光から花びらが散ると共に何かが実体化する。

 須美の前に実体化したのは、割れた卵のような存在だった。割れた箇所からは黒い体と黒い小さな腕が見え、黄色い瞳がぼんやりと光っている。

 園子の前に実体化したのは、一言で言ってしまうと鴉のぬいぐるみのようなものだった。大きさは須美の割れた卵のようなものよりも少し大きく、想像上の生物である天狗が着ているような衣装を身に纏っている。

 最後に銀の前に実体化したのは、小さい少女のようなものだった。着物を身に纏い、頭には立烏帽子(たてえぼうし)を被っている。

「わぁ~!」

「何か、可愛いな……」

「これが新装備……」

 三人がそれぞれの感想を口にすると、三人によく知った声がかけられた。

「そう。勇者の武装を何倍にも強化する、精霊よ」

「鷲尾須美のは青坊主。乃木園子は烏天狗。三ノ輪銀は鈴鹿御前だ」

 声をかけたのは、安芸と刑部姫だった。安芸は三人とはまた違ったデザインの神官服を着ており、頭にフードをすっぽりと被っている。なお、刑部姫は定位置となっている安芸の肩にちょこんと座っていた。

「わぁ~! よろしく!」

「って、精霊って事は……。こいつらも喋るの?」

「喋らない。私とそいつらを一緒にするな」

 ムッとした様子で刑部姫が否定すると、何故か銀はほっとした様子で、

「良かった……。アタシの精霊が刑部姫みたいな暴言毒舌女王じゃなくて本当に良かった……!」

「あはははは。お望みなら精霊もろとも殺してやろうかクソガキ」

 青筋を立てながら怒りを表す刑部姫に、自分の精霊である鈴鹿御前を抱きしめながら銀はべーっと小さく舌を出した。そして青坊主を見ながら、須美が言った。

「この子達が私達の新しい力……。頼もしいわね」

「うん!」

「えへへ、これからよろしくな!」

 三人は顔を見合わせてから嬉しそうに頷き合い、銀は鈴鹿御前を持ち上げると嬉しそうに笑う。安芸は三人を見て、どこか複雑な感情が入り混じった表情で口元を綻ばせ、刑部姫はふんと鼻を鳴らすのだった。

 

 

 

 安芸の車の助手席に座って持ってきたホラー小説を読みながら、志騎はくぁとあくびを漏らした。勇者の一人という事でここまで連れてこられた志騎だったが、勇者の中でも唯一の男性という事で志騎はここで一人待たされることになっていたのだ。時期はもう秋だし、窓も少し開けているし、暇つぶしのための本もあるし、水分補給のための水もばっちりあるので車の中で熱中症になって死ぬ事はまずないとは言え、やはりただ待っているというのは少し退屈である。

 やれやれ、と思いながら志騎が再び本を読もうとすると、不意に頬に冷たい感触が生まれた。少し驚いて志騎が窓の外を見てみると、そこにはアイスキャンディーを持った銀が悪戯が成功した子供のような笑顔でキャンディーを志騎の頬に押し付けていた。

「ただいま、志騎」

「ああ、お帰り。やっと終わったのか」

 アイスキャンディーを受け取り、袋を破ってかぶりつきながら銀達に言う。すると後部座席の扉を開けて三人娘が座り、安芸も運転席の扉を開けて座ると、後部座席の園子が興奮した様子で口を開く。

「ねぇねぇあまみん! 私達、精霊もらったんだよ~! これであまみんとお揃いだね!」

「へぇ、精霊を……良かったな。って事はそいつらも喋るのか?」

「いいえ、喋らないそうよ」

「そうか。良かったな。刑部姫みたいなのが増えなくて」

「なぁ志騎。いい加減私泣いて良いか?」

 志騎の膝に座り込みながら、本気かどうか分からないが刑部姫が言う。このような言い方をするという事はもしかしたら彼女も銀達に似たような事を言われたのかもしれない。とは言っても正直自業自得としか言えないので、志騎はその言葉を無視する事にした。

 安芸が車のエンジンをかけ、アクセルを踏み車が動き出すと、刑部姫が着物をもぞもぞと探って何かを取り出した。

「ああ、志騎。お前のだ。ちゃんとバージョンアップしておいたぞ」

「ん」

 刑部姫からスマートフォンを取り出して、色々操作をしてどこか変わったかチェックしてみる。だがこうして触っただけだと、どこがどう変わったのかいまいち分からない。すると志騎の疑問を察したのか、刑部姫が説明する。

「お前の勇者システムを改良して、出力をアップしてみた。追加装備などは無いが、使われる力は以前とは比べ物にならん」

「そうか、ありがとう。……しっかし、俺のだけ随分と雑だな」

 山奥に連れられて、滝行などを行った銀達とはえらい違いである。すると、運転席の安芸が苦笑しながら、

「仕方ないわ。あなたの正体を知っている人間は少ないし、あくまであなたは特例扱いだもの。鷲尾さん達は名家だし、仕方ないけど……」

「ま、それもそうですね」

 仕方ない、と志騎が座席にもたれかかると、銀が後ろから頭を出しながらにししと笑い、

「おやおやぁ? もしかして、志騎さんはアタシの裸が見たかったのですかなぁ?」

 ついさっき銀達は滝行を行った後、着替えてからスマートフォンを受け取ったので、彼女がそう言うのも無理はないかもしれない。まぁ、流石にやるとしても男女別に行われただろうが。

 しかし志騎も流石に答えるのが面倒になってきたので、手をひらひらと振りながら適当に返す。

「そうだって言ったら、お前は満足するのか?」

「え!? い、いや、その……」

 何故か顔を真っ赤にし、ぷしゅーと顔から煙を吹き出しながら銀は引き下がっていった。それに志騎は怪訝な表情を浮かべながら、やれやれと肩をすくめ、

「どうでも良いけど、嫁入り前の奴がそんな事を軽々しく口にするもんじゃないぞ。お前、将来はどこかの家の嫁になるんだろ? そういう事はせめてお前の旦那さんになる奴に言ってやれよ」

「(………それならそれで、問題はないんだけど………)」

「「え?」」

「ん? どうした二人共」

 突然声を上げた須美と園子に、志騎が声をかける。

「な、何でもないんよ~」

「そ、そうね。なんでもないわ」

「……? なら良いけど……」

 不審な二人の態度に首を傾げながらも志騎は視線を再び前に戻してからアイスをしゃくしゃくとかじり、須美と園子は驚いたような表情で互いの顔を見合わせる。

 そんな三人の様子を安芸はどこか切なそうな表情で見つめ、刑部姫は誰にも聞かれないように小さく舌打ちするのだった。

 

 

 

 翌日。秋の季節となり、冬服に着替えた志騎と銀は特にこれといったトラブルに巻き込まれる事もなく……といった幻想は、ついにこの日で消えた。

「ヤバいヤバいヤバいヤバイ!」

「ヤバいのは分かってるよもう!!」

 登校途中で、コンタクトレンズを落としてしまったというサラリーマンの捜し物に付き合った銀と仕方ないので付き合う事になった志騎は、捜し物であるコンタクトレンズを見つけ出す事はできたものの、そのおかげで神樹館に間に合うのがかなりギリギリとなっていた。

「これじゃあ遅れるー! どうしよう志騎!」

 全速力で走っているが、勇者の力を使っていない、ましてや小学六年生の速度や体力では今から学校に間に合うのは絶望的だ。せめてかなり無理やりなショートカットと、それをこなせるだけの体力があれば話は別だろうが……。

 と、そこまで考えた所で志騎は立ち止まると、誰もいない道に入る。

「志騎、どこ行ってんだ!? そっちは……!」

「良いからこっちに来い! あとランドセルは前に抱えろ!」

 わけも分からず銀は志騎の後についていきながら言われた通りランドセルを前に抱える。そして周囲を見回し、誰もいない事を確認した志騎は銀と向かい合い、

「周りに人はなし! 前にランドセルは抱えたな!? よし!」

「ちょ、何をする……! きゃあっ!?」

 突然銀の口から普段なら絶対に出さないような声が出るが、それも仕方ないだろう。何故なら志騎が銀の上半身と両膝に手を回し、いわゆる『お姫様抱っこ』と言われる体勢で銀を持ち上げたからだ。突然の事に銀が口をパクパクとさせていると、志騎がブロック塀を睨みつける。

「ま、待て! 何をする気だ!?」

「すぐに分かる! 舌噛むなよ!」

 そう言うと志騎は一度目を瞑ると、ギン! と両目を開く。直後、左目に青い幾何学模様が出現し、体の中のバーテックスの力を発動。体に凄まじい力が沸き上がる。

 志騎はブロック塀目掛けて走り出すと、跳躍しブロック塀に足をかけ、さらに高く跳躍。直後、志騎と銀の目に自分達が暮らす街の風景が一気に飛び込んでくる。びゅうびゅうという風の音を聞きながら、銀が風に負けぬよう大声で叫ぶ。

「こ、これ人に見られたらヤバいんじゃないかー!?」

「見られないルートを通る! これなら学校まで余裕で行ける!」

 そう言うと志騎はバーテックスの力によって強化された視力で瞬時に人のいないルートを見切り、ブロック塀や時には頑丈な家の屋根などを踏み台にして学校まで急ぐ。銀を支える両腕の力も、学校まで向かう体力も、バーテックスの力を発揮した今の志騎には何の障害にもならなかった。

(いや、確かにこれは間に合うだろうけど……)

 そう思いながら、銀は自分達の街の光景と、自分の体を支える志騎の顔を交互に見る。すると、走る志騎の息遣いや体温、感触がやけにはっきりと伝わって来て----。

「い、色々な意味で落ち着かないんだけどぉ!?」

「うっさい!」

 さすがに至近距離で大声を出されては強化された聴力に響くのか、顔をしかめて志騎が怒鳴り返す。

 そうこうしているうちに神樹館の近くに辿り着くと、誰もいない道を確認して着地する。そしてようやく抱えていた銀を下ろすと、高鳴る心臓に手をやりながらまだ顔に熱が残る銀が呟く。

「し、心臓に悪すぎる……!」

「だったら次から遅刻しないよう気を付けろ。人助けも良いけど、これ以上続くようならまたするしかないぞ」

「……あ、はい。分かりました。気を付けます……」

 丁寧に答えながら、銀は次は本当にどうにかしようと心の中で思った。こんな事を何回もされたら、本当におかしくなってしまいそうだった。自分の体も、心も。

 とりあえず深呼吸を数回し、冷静さを取り戻すと志騎と銀は学校へと向かう。志騎が無茶苦茶なショートカットをしたおかげで、二人は余裕を持って登校する事が出来た。朝の挨拶をかわしながら学校へと向かう生徒達に混じって二人は校舎に入り、上履きに履き替えると自分達のクラスへと向かう。

 と、ようやくクラスが見えてきた所で二人は思わず眉をひそめた。出入り口の所で、須美と園子の二人が何故か立ち止まっていたからだ。

「おはよう、須美、園子」

「あ、銀、志騎君……」

 銀の挨拶に振り替えた二人は、どこか困惑しているようだった。二人の困惑の視線の先が教室の中に向けられている事を感じ取り、志騎が二人の間から教室をのぞき込む。

 教室の中は机と椅子が全て片付けられ、床にはブルーシートが敷かれている。シートの上には四人を除いたクラスメイト達が全員いるようで、奥には何か長い物があるようだが、ここからではよく見えない。

 四人に気が付いたクラスメイト達は顔を見合わせると、やがて徐々にブルーシートの上からどいていき、ブルーシートの上の物が徐々に見えてくる。

 ブルーシートに上にあったのは、横断幕だった。何人かの男子生徒が四人に見えるよう、横断幕をしっかりと持っている。横断幕には色とりどりの花や木、さらにサンチョの絵が丁寧に描かれている。

 そして絵と一緒に、横断幕にはこう描かれていた。

『わたしたちの勇者がんばれ』

「先生達に内緒で作ってたの」

「こういう事は禁止されてるはずでしょ?」

「そもそも、どうして作ったんだ?」

 口を開いた女子生徒に、須美と志騎が尋ねる。志騎達が最初に変身してバーテックスと戦った際、クラスメイト達には安芸から慌てたり騒いだりしてはいけないというお達しを受けている。これはそれに反する行為だ。すると、そばにいたショートヘアの少女が、

「天海君、前に体調が悪くて入院してたでしょ? お役目の内容は私達は分からないけど、もしかしたらお役目をしてて、それで体調が悪くなっちゃったんじゃないかって……」

「鷲尾さん達も、時々怪我をしてる事があったし……。だから、もしかしてお役目って私達が考えてる以上に大変な事なのかなって思って……。それで、私達には何もできないけど、せめてこれぐらいはって思って作ったの」

 そう言って女子生徒が横断幕を畳み、須美に差し出す。どうやらこの横断幕は、彼女達なりの志騎達勇者へのエール、そしてクラスメイト達全員の想いがこもったもののようだ。須美は横断幕を丁寧に受け取ると、少し険しい表情で、

「これは、先生には絶対に内緒にしておかないと」

「「「………」」」

「----でも、ありがとう。本当に」

 その須美の嘘偽りのない、心からの感謝の言葉に生徒達が安堵の表情を浮かべた。

「ねぇ、お役目っていつか終わるんでしょ? そしたら、一緒に普通に遊べるんだよね!?」

「え? ……ええ」

「やったー! 私、鷲尾さんともっとお友達になりたかったの!」

「サンチョ可愛いねー!」

「ねぇ銀ちゃん、今度イネスのおすすめジェラート教えて!」

「天海、お役目が終わったら一緒にサッカーしようよ!」

 クラスメイトの言葉に、四人はそれぞれ笑みを浮かべる。

 彼らの言う通り、彼らはお役目の内容を知らない。お役目のたびに四人がどれだけの傷を負ってきたか、これまでにどれだけ辛い事があったかも、知らない。

 だけどそれは、知らなくて良い。例え知らなくても、彼らと四人の間には確かな絆がある。

 それだけは、疑いようのない事実なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、須美と園子は再び銀に体育館裏に呼び出されていた。二人を呼び出した張本人は少し顔を赤らめると、自分を見つめている園子と須美に告げた。

「園子、須美。聞いてくれ!」

「ええ」

「うん」

 二人があっさり承諾すると、銀はすー、はーと数回深呼吸をし、赤らんだ顔のままキッと表情を引き締めた。

「アタシはどうやら……志騎の事が好きらしい……」

「友達って意味で?」

 須美が問い返すと、うぐっと銀は変な声を出した。それから顔をさらに赤くすると、今にも掻き消えそうなほどの小さな声で、

「いや、その……そうじゃなくて……。えっと……愛してるって意味で……」

「つまり、ミノさんはあまみんの事が異性として好きなんだね~」

「……うん」

 ついに観念したように、こくりと頷いた。すると二人はぱちくりと目を瞬きしてから、こんな事を言い出した。

「意外に早かったわね……。もうしばらくかかると思ってたけど……」

「やっぱりこの前のお祭りが良かったんだよ~! ミノさんがあまみんへの想いに気が付けたのも、お祭りに誘ってくれたわっしーのおかげだよ~! よっ、知将!」

「そ、そうかしら……」

 友人からのまっすぐな誉め言葉に、須美は照れたように笑う。

 しかし突如そのような事を言われた銀が平静でいられるはずもなく、慌てて二人に尋ねた。

「え、ちょっと待って! 二人共気づいてたの!? アタシが、その、志騎の事を……」

「好きって事? うん、気づいてたよ~」

「いつから!?」

「前にミノさんがあまみんの事を私達に話してくれた時~」

「私はこの前あなたが私達をここに呼んだ時ね。まぁ、私の場合はそのっちが教えてくれたのだけれど……」

「……マジっすか」

 そんなに自分は分かりやすかったのか……とショックを受けたようで、銀はズーンと重苦しい雰囲気を漂わせながらその場にうずくまってしまった。須美と園子がよしよしと銀の頭を撫でてやると、少し復活した銀がハッと何かに気づき、

「ふ、二人が気づいてるって事は……まさか志騎も!?」

 だが銀の言葉に、園子がう~んと悩まし気な声を出し、

「あまみんはまだ気づいてないて思うよ~? 多分あまみんはミノさんを本当に『幼馴染』として見てるから」

「そ、そっか……。良かった……のかなぁ……」

 自分の恋心が彼に気づかれていないのは良かったが、同時にそれは自分が一人の女性として見られていない事の証でもあるので、銀は素直に喜ぶ事が出来ない。

 と、ようやく復活して受け答えができるようになった銀に須美が尋ねる。

「で、銀はこれからどうするの?」

「え、どうするって?」

 きょとんとする銀に、須美はふぅとため息をつくと、再度尋ねた。

「これから先、志騎君と友達でいたいの? それとも、男女の仲としてお付き合いしたいの?」

「ええっ!? そ、それは……」

 突然の質問に銀はうろたえると、両手の人差し指を困ったようにつんつんと突き合わせる。それから顔を真っ赤にして恥ずかしそうに、

「そ、そりゃあ……。アタシとしては、つ……付き合いたいっていうのはあるし……できたらずっと一緒にいたいってのもあるし……」

「そして、ゆくゆくは!」

「あまみんのお嫁さん~!」

「白無垢なら任せてちょうだい! 式の日取りが決まり次第、すぐに手配するわ!」

「まだそこまで言ってないだろ!? 気が早すぎるんだよぉ!」

 ぐっ! と拳を握りしめる須美と園子に銀が全力でツッコミを入れる。いつもならばツッコミを入れる須美まで園子側に回られては、正直手に負えない。はぁはぁと荒く息をつきながら、

「で、でもほら。確かにアタシは志騎の事が……す、好きだけど……」

「まだ堂々と好きって言うのが恥ずかしいのね……。初々しいわ……」

「びゅおおおおおおお……。創作意欲が沸いてくるんよ~……!」

「待ってくれ園子。頼むから小説のネタにするのだけはやめてくれ。本当に。恥ずかしくて死にそうになる。土下座するから」

 どこからか取り出したメモ帳にペンで高速で何かを書きこむ園子を見て、銀が地面に膝をつこうとする。慌てて須美が銀を押しとどめ、園子も急いでメモ帳とペンをしまい込んだ。

「は、話を元に戻すわね。銀が彼の事を好きだって言うのまでは聞いたわ。それから?」

「う、うん。でもさ、志騎がアタシの事を好きだとはまだ決まってないじゃん? さっき園子が言った通り、アタシって多分ただの幼馴染か、手のかかる姉みたいなものってきっと思われてるよ。合宿の時にも言ったでしょ?」

「でもそれは、今の話でしょ? きちんとやり方を考えれば、志騎君もあなたを意識するようになるかもしれない。違う?」

「う、うーん……。確かにそれはそうかもしれないけど……」

 銀の反応は悲観的すぎるように思えるが、やはり『幼馴染』という存在は良くも悪くも特別な存在なのだ。接し方を間違えれば、銀の言う通り手のかかる姉という家族的ポジションになってしまうが、逆に言えば適切な接し方を考えてやれば恋愛対象として進展する可能性もある。それはきっと、志騎でも例外はない。順序を踏めば、志騎が銀に恋愛感情を抱く可能性もゼロではないのだ。

「というわけで、まず銀が全て事は決まってるわね」

「え、何?」

 ぱちくりと銀が瞬きをすると、園子が須美が力強く言い切った。

「男女の仲を深める方法と言えばもちろん!」

「二人っきりでのデート~!」

「で、でででででででででデートぉ!?」

 二人の提案を聞き、銀の口から大声が飛び出した。須美は初めて、ここが人気のない体育館裏で良かったと思う。下手をしたら、今の大声で自分達の会話が聞かれてしまいかねないからだ。

「ええ、そうよ。二人の仲を深める方法と言ったらまず一番にこれでしょ? この前のお祭りは結果的には成功だったかもしれないけど、あれは私達もいたから……」

「今度は四人じゃなくて、二人きり! あまみんとミノさんのラブラブ度は急上昇~!」

「じゃあ、早速日程を決めましょうか」

「ま、待て待て待て待て待て待て!!」

 テンションが爆上がりする二人に、銀が両手を出してどうにか押しとどめた。止められた二人は銀の顔を見て、

「どうしたの、銀?」

「展開が早い!! 今じゃなくても良いだろ!? もうちょっと心の準備をさせてくれ!」

「何を言ってるのよ銀。思い立ったが吉日と言うでしょう? 少しでも早い方が良いわよ」

「だから早すぎるんだよぉ! 頼むからアタシの話を聞いてくれよぉ!」

 いつもは須美を振り回す銀が、須美に振り回されるという非常に珍しい光景が繰り広げられるが、次に放たれた園子の一言がその場の雰囲気を一気に変えた。

「でもミノさん、モタモタしてたら、あまみんを他の人にとられちゃうよ~?」

 ピシ、と銀の動きが凍り付く。それからギギギ……とまるで錆びたブリキのおもちゃのような動きで、園子に顔を向けて、

「……Why?」

「ショックのあまり英語になってるわね……」

「だってあまみん、他の女の子からラブレターもらってるんだよ~? って事は、他の子もあまみんの事好きって事だよね~」

「今はお役目があるけれど、それも終わったら一気に告白してくるって事も考えられるわね」

「そうしたらあれよあれよと言う間に二人はすぐに恋人さんになって、デートもして~、ミノさんとあまみんは友達止まりで~。その人と恋人になったあまみんはラブラブ話を私達にもしてきて~」

「友達止まりの銀は、その話をひたすら聞かされる……」

「それでも良いって言うなら、このままでも良いと思うけど~」

 二人からの凄まじい攻撃の嵐が、銀の心にグサグサと突き刺さっていく。とどめを刺すように、須美が強い口調で銀に問いかける。

「それでも良いの!?」

「……うぐぐ…です」

「聞こえない! もう一度!」

「嫌です!! 軍曹!」

「じゃあ早速スケジュールを組みましょう。そのっち、悪いけれどデートスポットを探すのを手伝ってもらっても良いかしら?」

「合点承知の助~」

「だから待ってぇえええええええっ!!」

 スマートフォンを操作しようとする須美の両肩を、銀が勢いよく掴む。須美は後ろの銀を睨みつけ、

「まだ駄々をこねるの銀!? 鉄は熱いうちに打てとも言うわよ!」

「分かってる! 分かってるんだ須美さん! アタシがぐずぐずしてるのが悪いっていうのは分かってる。だけど、ちょーっと待ってくれ本当に!」

 銀の必死の説得に、ムッとした表情を浮かべながらも須美はスマートフォンをしまって銀の話を聞く事にした。話を聞く体勢になった二人に、銀は一度こほんと咳払いをしてから、

「確かに早い方が良いのは分かるよ。だけどさ、今アタシ達にはお役目があるだろ? クラスのみんなも、今日はああいう形で応援してくれるし……。恋愛も良いけど、まずはお役目を片付けてからの方が良くない? そっちの方が、きっともっと楽しめるよ。だって、もう戦う必要はないんだしさ」

 するとさすがの須美もお役目の事を出されては何も言えないのか、むぅと黙ってしまった。それにはきっと、さっきのクラスメイト達の事もあるのだろう。すると園子もそれには同意見なのか、

「それもそうだね~。じゃあミノさんの言う通り、そうしよっか、わっしー」

 一応確認は取るものの、答えは決まったようなものだろう。須美はため息をつくと、銀と園子に告げた。

「……そうね。私もちょっと熱くなってたかもしれないわ。志騎君と銀の交際計画はお役目が終わってからにしましょう」

「……! うん! そっちの方が絶対に良いよ!」

「けれど、終わり次第すぐに計画を立てるからね」

「うぐ……。はい、分かりました……」

 銀の了承に、須美は満足そうに頷く。と、銀がこんな事を須美に言った。

「でもさ、珍しくない? そりゃあお役目は大事だけど、なんていうか、須美がそこまで……れ、恋愛に入れ込むって……」

 確かに、いつもお役目に熱心な須美が、それとは関係のない他人の恋愛模様にここまで熱心になるのは少し珍しいと言える。すると、須美はなんて事のないように銀の疑問に答える。

「だって、あなたと志騎君は私の友達よ? 友達が幸せになるように頑張る事が、そんなにおかしい事かしら」

 何の照れや迷いもなくはっきりと告げられた言葉に銀は一瞬固まり、それから恥ずかしそうにポリポリと頬を搔きながら、

「………いや、おかしい事じゃ、ない。アタシが逆の立場でも、そうしたと思う」

「でしょ? それだけよ。っと、もうすぐ休み時間も終わりね。戻りましょ?」

 そう言って須美は一足早く教室へと戻っていく。園子は銀に一度笑顔を向けてから須美の後を追い、銀は少し照れくさく思いながら二人の後を追うのだった。

 

 

 

 

 放課後、四人は銀の提案で久しぶりにイネスへと向かう事になった。イネスへと向かう道の途中で、柵の上などに三角帽子をかぶったかぼちゃが飾られているのを見て、園子が嬉しそうな声を上げる。

「かぼちゃだかぼちゃだー! 外国のお祭りだー!」

「そっか、もうすぐハロウィンの時期か……」

「我が国の懐の広さよね」

「いろんなお祭りが楽しめるよね!」

「……ええ!」

 園子の言葉に須美が笑顔で頷くと、カボチャを見ていた志騎がポツリと呟く。

「ハロウィンか……。折角だし、ハロウィン当日は郷に従ってみるか」

「と言うと?」

「カボチャ料理だ。カボチャを使ったポタージュに、グラタン……。ああそうだ、前からパンプキンパイ作ってみたかったんだよな。この際作ってみるか……」

「なんか、聞いてるだけで美味しそうだな……。ねぇ志騎! 折角だし、その日は一緒にご飯食べようよ! 父ちゃんと母ちゃんに、鉄男と金太郎も連れて行くからさ!」

「ええ……。別に良いけど……」

「じゃあ私も私も~! パンプキンパイ食べさせて~! わっしーは?」

「そ、そうね……外国のお祭りだけど、ちょっと興味あるし……。私も行くわ」

「……たくさん食材を買っておく必要があるな……。あとジャガイモも……」

「どうしてジャガイモなの?」

「鳥籠にいた時に博士から聞いたんだけど、旧世紀にあったアイルランドって所じゃジャガイモを使った料理もよく作られてたらしいぞ」

「へぇ~。となると後は、お菓子だね~。お菓子をくれなきゃ~」

「悪戯するぞー!」

「はいはい。ちゃんと買っておくよ」

 口々にそんな事を話しながら、三人はイネスへと向かう。

 イネスに辿り着いた三人が向かったのは、ハロウィンで使用される様々な道具が販売されているコーナーだった。そこには目と口などが付けられたかぼちゃや、魔女がかぶるような三角帽子などが所々に置かれている。三人がそれらの物品を見てると、三角帽子を手に取った園子が須美にそれを差し出した。

「とうっ!」

「わっ! な、何!?」

「この帽子被って! ほらわっしー、似合ってるぜ~!」

「そ、そう?」

「うん、似合ってる似合ってる! なんかこう、魔性の女って感じがする!」

「もう、銀ったら!」

 昼休みの際のお返しなのか、軽口を叩く銀に須美が軽く注意し、銀がケタケタと笑う。

「その帽子でハトを出す芸を覚えてみるの良いかも~」

「すげぇな。何の役に立つのかさっぱり……」

「うわぁっ!」

 志騎がツッコミを入れようとすると、園子の頭上に彼女の精霊、烏天狗が三角帽子をかぶった状態で顕現した。

「こら、出てきちゃ駄目だよセバスチャン!」

「へぇ、こいつが園子の精霊……って、セバスチャン?」

 烏天狗に似合わない名前に志騎が首を傾げると、いつの間にか髭付き丸眼鏡を装着した園子が嬉しそうに、

「烏セバスチャン天狗! ミドルネーム付けてみたんだ~!」

「そ、そうなのね……」

「なんか、園子らしい名前だな……」

 パチン、と園子が指を鳴らすと烏天狗が消え、和名と洋名の組み合わせに須美と銀が何とも言えぬ表情を浮かべる。と、別の方向から今度は三角帽子をカボチャを被った烏天狗がやってきた。

「あ! また勝手に出てきちゃ駄目だよ~!」

「神樹様が遣わした精霊……。この子達がねー……」

「見た目だけだと、そうは思えないよな……」

 何せ、外見はデフォルメされたぬいぐるみである。いくら勇者と言えど、真正面からその事実を受け止めるのは難しいだろう。

「きっと見た目と違って、その力は真に恐ろしいんだよ~」

「そ、そうだな! 人は見た目によらないって言うし! ピンチの時には、きっととんでもない力が溢れ出るんだ!」

「だと良いんだけど………」

 と、三人がそんな事を話していると、烏天狗を見ていた志騎が言った。

「園子、早くそいつしまった方が良いぞ」

「え、何で?」

「喋らないけど、そいつらは刑部姫と同じだ。精霊は普通の人間には見えん」

「「「あ………」」」

 三人がその事実に気づいた直後、それを示すように子供の声が四人の耳に届いた。

「ママー! かぼちゃがお空飛んでるよ!」

「え? あら、ほんと」

 志騎の言う通り、精霊は普通の人間には見えない。今子供と母親の目には、カボチャが勝手に宙に浮かんでいるように見えるだろう。すると須美が素早く隠すようにカボチャ----正確にはカボチャを被った烏天狗----の前に立ち、奇妙な手つきで手をくるくると回し、

「アルファー波で浮かんでいます」

「おおーすげー!」

 滅茶苦茶な言い訳だが、どうやらそれで納得してしまったらしい。

「わっしーすげー!」

「うん、園子は早くしまおうな……」

 銀のその言葉で園子は再び烏天狗をしまい、ようやく宙に浮いていたカボチャはただのカボチャに戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 志騎達がイネスで一時の休息を過ごしていた時、安芸と彼女の肩に乗る刑部姫は三ノ輪家の居間にて銀の両親に今度実装される新しいシステム説明を行っていた。居間にいる全員の顔は暗く、話し合いの内容がただならぬものであることを否が応にも分からせる。

 安芸が説明を終えると、銀の母親が悲しそうに目を伏せながら、

「そんな……あの子はまだ幼いのに……。弟だってまだ生まれたばかりで……」

 そう言うと、居間の扉の外から金太郎のはしゃぐ声と鉄男のたしなめる声が聞こえてきた。二人の声を聞いて父親は唇を噛み締めると、安芸に尋ねる。

「そのシステムを実装する以外に……何か手段はないんですか」

「大赦は不可能だと判断しています。これからのお役目は、さらに厳しいものになる。このシステムが無ければ、お役目を果たし、神樹様をお守りするのは不可能だというのが大赦の判断です」

「………」

 安芸からの返答に、父親は険しい表情を浮かべながら膝の上で拳を強く握る。自分達の娘が、先ほど聞かされた残酷な運命を背負う事を聞かされたら、誰だってこのような反応はするだろう。痛い沈黙が流れ、しばらく誰も口を開こうとはしなかった。

「あの……、システムは、志騎君にも実装されるんですか? それはあなたも、了承しているんでしょうか?」

 母親が、恐る恐ると言った口ぶりで安芸に尋ねる。自分達の娘と長い間一緒に過ごしてきた志騎の事は二人共熟知しているし、目の前の女性が志騎の育ての親であるという事も知っている。もしも志騎にもシステムが実装されているというなら、目の前の彼女はそれをすでに受け入れているという事になる。

 しかし、

「いいえ。彼に、今回のシステムは実装されていません」

 安芸の返答は、二人の予想に反していた。二人が思わず呆気に取られていると、安芸は感情を感じさせない口調で続けた。

「彼にはシステムを実装する必要が無いほどの強力な力があります。そもそも大赦は彼がそこまでの力を望んでいませんし、意味がありません」

「どういう……事ですか?」

 母親が尋ねると、安芸は一度目を閉じてから再度開き問いに答える。

「今まで黙っていましたが、天海志騎は兵器として作られた存在です。そして、彼は----」

 そして安芸は、今まで自分が二人に対して秘密にしていた事を口にした。それは銀達三人はおろか、志騎本人にすら話していない、あまりにも残酷な真実。大赦の上層部と刑部姫、そして自分しか知らない秘密。秘密を知る張本人の一人である刑部姫は、安芸の肩の上で彼女の告白をただ黙って聞いていた。

 一方、告白を聞いていた銀の父親と母親は、安芸の話が進んでいくと同時に表情が驚愕の色に染められ、まなじりが裂けんばかりに開かれていく。居間にいる四人にとっては、外から聞こえてくる鉄男と金太郎の声がまるで遠い世界の出来事のように聞こえた。

「----以上の理由から、彼にはシステムが実装されていません」

 話を終えた安芸を待っていたのは、パン!! という何かが思いっきり叩かれる音と、頬に走る熱い衝撃だった。衝撃の理由は単純で、涙を流しながら立ち上がった銀の母親が安芸の頬を平手打ちしたのだ。叩かれた衝撃で安芸が地面に倒れ、眼鏡が乾いた音を立てて床に落ちる。刑部姫が殺意を剥き出しにした表情でスマホを取り出そうとすると、安芸がさりげなく手で制した。一方、立ち上がった母親は安芸を見下ろし、

「……どうして、そんな事ができるんですか!? あなたにとって、志騎君は、あなたの家族のようなものではないんですか!? あなたは、大赦はどうしてそのような非道ができるんですか!? 銀や彼をそのような目に遭わせて……あなた達は人の命を何だと思ってるんですか!!」

 安芸は銀の両親以外にも、須美と園子の両親にも新しいシステムの事は話している。システムについてはやはりと言うべきか両家の両親とも良い顔はしていなかったが、それでも最後には安芸の口から知らされた事実を辛い思いで受け入れていた。正確には、受け入れるしかなかったと言うべきだろうが。

 それは銀の母親もきっと同じだっただろうが、その彼女でも安芸に手を出さずにはいられなかった。それほどまでに、安芸がもたらした真実は強烈すぎたのだ。

 自分の中の感情を思いっきり吐き出すと、母親は目元を抑えてその場にうずくまり、父親が肩を優しく支えてやる。激情を露にした妻に驚きながらも止めようとはしなかったのは、彼も妻の気持ちが分かっていたからだろう。実際に、妻がこうして手を出さなかったら、自分も怒号を発してしまっていたかもしれない。

「……安芸さん。私も、神樹様に生かされ、信仰している以上このような事がいつか起きるのかもしれないとは思っていましたし、それが三ノ輪家に生まれた銀の使命なのだと頭では理解していました。……けれど少なくとも私達は、銀を犠牲にするためにあの子を育ててきたんじゃない。例えお役目を行う時が来たとしても、それをいつか乗り越えて幸せになってもらいたい。そう願って、銀を育ててきたんです。それはきっと、他の勇者の親御さんも同じ気持ちだと思います」

「………」

「でも、志騎君の場合は違う。今の話を聞いた限りでは、それではまるで生贄になるために生まれてきたようなものだ。あなたは、彼を犠牲にするために育ててきたんですかっ」

 だが、その言葉を聞いてもなお安芸は無言だった。安芸は何も言わずに床に落ちた眼鏡を拾ってかけ、失礼しますと一礼して居間を出た。

 居間を出ると、彼女を出迎えたのは金太郎を抱っこした鉄男だった。子供ながらに今の中で何かが起こった事は察知していたらしく、不安げな表情で安芸を見つめている。腕の中の金太郎は、きょとんとした表情で安芸に視線を向けていた。安芸は二人に黙って一礼すると、二人の脇を通って玄関に向かい、外に出る。空の色はもうすっかり夕焼けの色になっており、風が安芸のまだ痛む頬を撫でた。

「……醜いわね、私達は」

「あ?」

「勇者なんて体よく取り繕っているけれど、それは、これからもずっと選ばれ、そして失われていく生贄

……。それを大層なお題目で隠して、私達はあの子達を犠牲にして生き続ける……。本当なら、私達が真っ先に生贄にされるべきなのに……」

「神樹の力を使う事ができるのは穢れのない少女と、バーテックスである志騎だけだ。お前達が信仰している神樹様が決めたんだから仕方が無いだろう」

「………」

 黙り込む安芸の肩の上で、刑部姫はゆっくりと地平線に近づいていく太陽を睨みながら、

「そもそもの話、有史以来人間は常に何かを生贄にしてきた。私達人間という生き物は、何かを生贄にしなければロクに生きる事も出来ない薄汚い獣の名前だ。誰だって納得は出来ていないだろうが、無理やり納得するしかない。……そうしなければ、人間が生きていく事などできないからだ」

 あまりに悲観的だが、何故か今の安芸には否定する事が出来ない言葉だった。

 しかしそれでもなお否定するかのように、安芸が静かに尋ねる。

「……もしも、それを否定する人がいたとしたら?」

 するとそれに刑部姫ははっとつまらなさそうに鼻を鳴らし、

「いるとしたら、そいつは闇を直視できない、したくない人間だな。反吐が出る。私が一番嫌いなタイプだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンのコスプレにジェラートを食べたりと、イネスで楽しいひと時を過ごした四人は自分達の家への帰り道を歩いていた。

「お父様にお母さまも、学校の友達も。みんな応援してくれている。お役目がある私達は幸せだ」

「横断幕もらっちゃったね~」

「システムも強化されたし、一層頑張らないとな!」

 今日あった出来事に、三人は頷きながら笑みを浮かべる。そんな三人を横目で見ながら志騎も口元に笑みを浮かべていた時。

「………っ」

 突然志騎が立ち止まり、背後を振り返る。と、須美も何かを感知したのか彼と同じように振り返って後ろを見て、他の二人が立ち止まる。四人の背後には何もなかったが、まるで何かの到来を告げるように風が吹き、紅葉が宙に舞い上がる。

「……来るの?」

「……うん。来る」

「アタシ達も、分かるようになっちゃってきたなー。喜んでいいのやら悲しんでいいのやら……」 

 銀が苦笑しながら、やれやれと言うように肩をすくめる。すると直後、

「……っ」

 志騎が顔をしかめ、頭痛をこらえるようにこめかみを抑える。それに真っ先に反応した銀が、心配そうな表情で彼の顔を覗き込む。

「大丈夫か?」

「ああ、まぁな……」

 口ではそう言いながらも、志騎は何もない空間を睨みつけながら、

(……バーテックスの反応がいつもよりも強い。今回の戦いは、厳しいものになりそうだな……)

 すると志騎の心配に反応するように、四人のスマホから緊急時になるアラートのような音が響き渡る。四人がスマホを取り出して画面を見てみると、そこには『樹海化警報』という文字が危険を告げるように表示されていた。直後、風に舞う木の葉が途中で止まり、世界の時間が停止する。

「……気を引き締めて」

「うん! 集中集中!」

「分かってるって!」

 須美の言葉に園子と銀が力強く答える。二人の準備もどうやら万端のようだ。

「あっ、そうだ!」

 そこで園子は何かに気づくと、どこからか鈴が鳴り響く空間の中、髪を束ねているリボンを外して須美に差し出す。

「これ、わっしー持ってて」

「え? ……ええ」

 突然園子の行動に須美は一瞬戸惑うが、すぐにリボンを受け取る。もしかしたら園子なりに、今回の戦いがいつもとは違うという事を感じ取ったのかもしれない。

「髪につけてくれても良いんだよ~?」

「戦いが終わったらつけてみるわ。似合ってたら褒めてね。そのっち」

「うん!」

 二人の間に警戒音には似合わない和やかな雰囲気が流れるが、頬を膨らました銀が二人の間に割り込む。

「って、何で須美だけ。アタシにはないのか園子ー」

「だってミノさんにはもう、その髪飾りがあるでしょ?」

「え、な、なんでそのこと!?」

 銀が顔を赤くしながら戸惑うと、「やっぱりそうだったんだー」と園子は満面の笑身を浮かべた。どうやら見事に鎌をかけられたらしい。銀がうう……と若干涙目で引き下がると、志騎が鋭い声で注意する。

「おい、そこまでにしておけ。……来るぞ」

 言葉と同時に、大橋から一筋の光が立ち上ったかと思うと、樹海化が始まり、世界が神樹による結界に覆われていく。

「三人は私が護るから!」

「私もみんなを護るからね! 約束!」

「アタシも護るさ! 三人は、絶対に死なせない! な、志騎!」

 すると、志騎はちろりと横目で銀を見て、

「三人だけじゃない。……全部、護るに決まってるだろ」

 それに三人は力強く頷き、樹海化する世界をまっすぐ見据える。そして最後に須美が締めくくった。

「そうね。三人も世界も、全部護る。そしてみんなで必ず帰る。約束よ!」

 色とりどりの花びらが世界を包み込み、純白の光が世界を包み込む。世界の理が書き換えられ、神樹の作り出した結界へと変わっていく。

 純白の光が収まると、目の前にはすっかり様変わりした世界が広がっていた。

「バーテックスの数は!?」

「……三体。出てくるぞ」

 志騎が答えた直後、地面から前に戦ったアリエス・バーテックスとピスケス・バーテックス、そして奥にはまだ戦った事のないバーテックスがいた。

 特徴を挙げるとすれば、とにかくデカい。その体長だけでも、他のバーテックスとは一線を画している。オレンジ色の体色に、まるで日輪のような形状。遠目から見たら、太陽のようにも見える。

「あの太陽みたいなやつ、でっかいなー」

「ああ、あいつが一番ヤバイ。でも、その前に他の二体が邪魔だ。幸い、前のアクエリアスとは違って強化はされてないみたいだしな」

「とりあえず、倒せる敵から倒していきましょう」

「三人共、いくよー!」

「「「了解!」」」

「お、イカすー!」

 気合は十分。システムは万全。あとは戦闘のみ。須美達三人はスマホを握ると、画面をタップした。

 その瞬間、三人は新しいシステムにより変身を遂げる。三人の戦闘服は肌の露出している箇所が少し多くなっているなど、以前のものとは形や色彩が少し異なっている。須美の戦闘服は青色を基調としたものに、園子の戦闘服は前と同じ紫色であるものの白を基調としたものになっており、銀の戦闘服は前の赤色と変わって山吹色を基調としたものになっていた。そして何よりも違うのは、三人の扱う武器だ。須美の武器は弓から狙撃銃に、園子の槍は浮遊する穂先がいくつもあるものからスタンダードな形状な穂先のものへ、銀の武器は片方が白、もう片方が黒の双斧になっていた。斧自体の形も以前と比べると若干変わっており、見方を変えると巨大な刀のようにも見える。

 そして志騎も戦闘準備に入る。スマートフォンのアプリをタップし、ブレイブドライバーを呼び出すためのアイコンをタップすると腰に瞬時にブレイブドライバーが出現し、さらに別にアイコンをタップする。

『Brave!』

 音声が発せられると、目の前に変身用の術式が展開、待機音が流れる中両腕を伸ばして目の前で交差させる。さらにスマートフォンを顔の横で構えると、ドライバーから再び音声が発せられた。

『Are you ready!?』

「変身!」

『Brave Form』

 スマートフォンをドライバーにかざすとドライバーが志騎の戦う意志を確認し、術式が体を通過して戦闘用の衣装を身に纏う。志騎の武器は以前と変わらずブレイブブレードだが、服の方は色が純白である事や肌の露出が相変わらず極めて少ないなど前と変わらない所はあるものの、胸部にあった鎧が無くなっており、肩部の鎧はさらに小型化され、以前よりも動きやすい戦闘服となっている。もしかしたら、志騎のバーテックスの再生能力を見越してあえてこのような服にしたのかもしれない。ちなみに、ブレイブドライバーに表示されている花はデイジーからリンドウに変わっていた。

 変身を終えると、四人はそれぞれの武器を一斉に重ね合わせる。ガギィン! という音が高らかに樹海に響き渡り、さながら決戦を告げる合図のようだった。

「よろしくね、あなたの名前はシロガネよ」

「お、武器の名前? カッコ良いじゃん!」

「ええ。折角だから、私が一番格好良いと思うものの名前をつけたくて」

「ふーん」

 銀の返答と表情からして、須美の事だから戦艦の名前だろうと思ったのかもしれないが、園子と志騎はすぐに察した。シロガネを漢字に直す事で、須美が言う一番格好良いものがすぐに分かるのだが……。まぁ須美のためにもこの場では言わない方が良いだろう。

「バックアップは任せて!」

「フォワードは任せろ! 暴れてやる!」

「指示とサポートは私!」

「俺は状況に合わせて……だな」

「行こう!!」

 園子の号令に合わせ、四人はバーテックスに突撃する。

 こうして、四人で戦う最後の戦いが、ついに始まった。

 




銀の勇者装束が橙色なのは、花結いのきらめきで判明した銀の満開衣装が橙色だったからです。基本的に満開の時の服の色は白と勇者の服の色に準ずるので、橙色なら普段の勇者の服は橙色になるのではないかと思い、橙色にしました。
最初の志騎の勇者の服はどちらかというと防人のものに近いイメージなのですが、今回からはそういった装甲が無くなりより動きやすくなっています。ライダーで例えると、仮面ライダーセイバーのようなという感じです。
次話が今章のラストになります。
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