刑「では『天海志騎は勇者である -天海志騎の章-』のラスト、楽しんでくれ」
「………っ」
三ノ輪銀が目を覚ました時、まず最初に感じたのは柔らかいベッドの感触。どうやら自分はベッドに横たわった状態であるらしい。
次に、目に入る景色が暗闇という事だった。瞼を開けているのに何も視界に入らないという、矛盾した状態。なので最初は明かりも何もない暗い部屋で眠っていたのだと思ったが、いつまで経っても暗さに目が慣れず何も見えないままだったので、ようやくそうではないという事に気づく。
(アタシ……何で……)
こんな事になってるんだ、と思った所で、自分が意識を失った時の事を思い出す。
笑顔で自分達に後を任せた須美と園子。
満開のたびに機能を失っていく自分の体。
そして、最後に聞いた志騎の声----。
「----そうだ、志騎っ……!」
自分と一緒に戦っていた幼馴染の事を思い出して、銀は体を起こそうとする。
だが、できない。両腕両足がまるで鉛のように重く、体を満足に動かす事ができなかったからだ。動かそうにも両腕両足はピクリとも動かない。動かない手足など、ただの重荷に過ぎない。
奥歯を食いしばり、銀が無理やりでも体を動かそうとすると、
「ミノさん……起きたの?」
「園子!?」
横から、園子の声が聞こえてきた。その方向に目を向けても視力を失った銀には見えないが、声の位置などから考えると自分と同じようにベッドに横たわっているらしい。園子は泣き出しそうな声で、
「良かったぁ……。ミノさん、目が覚めたんだね……。ずっと寝てたから心配したよ~」
「うん……。でも、目が見えなくなっちゃったけどね……。園子は大丈夫?」
自分がこのような状態になっているのに、園子も大丈夫とは到底思えないが、園子はあえて明るい声で、
「私は片目が何とか見えるけど、それ以外は全然。これじゃあ小説も書けないよ~」
「そっか……」
どうやら彼女も自分同様重い代償を背負ってしまったらしい。ズキリ、と胸に痛みが走る。
だが、落ち込む前に聞くべき事がある。とりあえず銀は、一通り自分が気になっている事を質問する。
「それで園子、色々聞きたいんだけど、あれからどうなったんだ? 須美も今入院してるのか? 神樹様は大丈夫なのか? あと、志騎は生きてるのか!? アタシあれから気を失っちゃったんだ。だから多分志騎一人で戦って……! なぁ、安芸先生や刑部姫は何か言ってないのか!?」
「お、落ち着いてミノさん! 全部話すから……」
語気が強まる銀を落ち着かせるように園子が言う。確かに、二人の事や世界の事が気になって少し気が焦ってしまった。銀が落ち着くのを確認すると、園子がこれまでの事を説明する。
「わっしーは大丈夫。私達と同じように入院してるよ。ただ、神樹館にいた時の事はすっかり忘れてるって、安芸先生が……」
「そっか……」
神樹館にいた時という事は、きっと自分達が勇者であった事も、大切な三人の友達の事も忘れてしまっているのだろう。そう考えるだけでどうしても気分が重くなってしまう。すると励ますように、園子が言った。
「あ、でも神樹様は大丈夫だよ! ミノさんが頑張ってくれたから、世界は無事だよ」
「……そうか。それなら、良かったな」
神樹様が無事だという事は、志騎はバーテックスから世界を守りきったのだろう。さすがは自分の自慢の幼馴染だと銀は少し気分が明るくなった。
----本当は神樹様はどうにか守りきれたのだが、重軽傷者多数、死者四人という未曽有の事故になってしまったのだが、園子はあえてそれは言わなかった。もしも言ってしまったら、優しい銀はさらに責任を感じてしまうと思ったからだ。
「じゃあ、あとは志騎だけか……。目が見えないから分からないんだけど、志騎も入院してるのか?」
だが、園子からの返事は返ってこなかった。それどころか、二人の間に妙な空気が流れたのを銀は感じ取った。何故そのような空気が流れたのか分からず、銀が園子に再度尋ねようとすると、園子が困惑した声音で銀に聞く。
「ねぇ、ミノさん……。私も聞いて良い?」
「ん、何?」
そして、園子は信じられない事を銀に聞いた。
「
「………は?」
彼女の口から放たれた言葉が信じられず、銀は思わず間抜けな声を出してしまう。
だって、信じられない。信じられるはずがない。彼女は自分達の中でも、四人の絆を特に大事にしていたのだから。
「な、に言ってんだよ。志騎だよ、天海志騎!! アタシ達と同じ勇者で、アタシの幼馴染の男の子でで!! 園子の大切な友達だよ!! アタシ達四人、勇者になってからずっと一緒だっただろ!?」
「な、何言ってるのミノさん? 男の子は勇者になれないんだよ? そもそも----」
そこで園子は、さらに銀に告げてしまう。
悪意もない、憎しみもない、負の感情など一切ない。
なのに、三ノ輪銀の心をさらに抉ってしまう、最悪の言葉を。
「勇者は私達三人だけだったし、行動してたのだっていつも三人でだったでしょ? ミノさんに幼馴染がいるなんて話聞いた事なかったし、そもそも四人目なんていなかったよ?」
「--------あ」
直後、銀は全身から自分の力が抜けると同時に、満開が何なのかを知ってしまった。
薄々そうではないかと思っていた。そのせいで自分達は体の機能を失ったのだと勘づいてはいた。
だが、天海志騎という大切な友達の事を忘れてしまった園子を見て、ようやく満開の持つ特性と残酷さを頭に叩き込まれた。ベッドに崩れ落ちた銀に園子が声をかけているが、今の銀の耳には何も届かなかった。結局その後二人は何も会話を交わさず、痛い沈黙のみが部屋を支配する。
やがて大赦の神官がやって来て、園子を部屋の外へと連れて行った。それから部屋には誰一人来ず、銀は誰も来ない部屋の中で夜を過ごした。
翌日、神官の一人が食事を持ってきたが銀に食欲はまったくなかった。もしかしたら胃の機能なども失っているのかもしれない。なのにこうして生きているのは、まるで自分が人間では無い得体の知れない何かになってしまったようで、気味が悪かった。
水や食事を一切取らず、銀がベッドに横たわっていると、誰かが部屋に入ってくる気配を感じた。また神官か……と銀が思っていると、彼女の耳に聞きなれた声が飛び込んできた。
「よぉ、イイ様だな、三ノ輪銀」
聞きなれた、とは言ってもそれは今一番聞きたくない声だった。部屋に入ってきた人物----刑部姫は自分の近くまでやってくると、いつもの憎たらしい口調で、
「視力と体機能の大部分を失ったらしいな。これでお前の視界に私が入らないと考えると小躍りすらしたくなる。クラッカー鳴らして良いか?」
「……何しに来たんだよ」
「いきなりご挨拶だな。我らが勇者様が神樹と世界を守ってくれたから見舞いに来てやったんだよ。果物の盛り合わせを持ってきてやったぞ。メロンもある。食うか?」
「……味分かんないからいい」
「知ってるよ。ただの嫌がらせだ。察しろ」
本当に、聞いているだけでイラっとする口調だった。こんな奴が志騎の遺伝子上の母親だというのだから信じられない。遺伝子が仕事をしなくて良かったと思う。というよりも、今はそんな事より彼女に言いたいことが山ほどある。
「騙してたんだな、アタシ達を」
「何の事だ?」
しゃりしゃりと、自分が持ってきた果物の盛り合わせからりんごらしき果物を咀嚼する音が聞こえる。とぼける声にすら苛立って、銀は奥歯を噛みしめた。
「とぼけるなよ。満開だ。……あれ、パワーアップする代わりにどこか体の自由が利かなくなるんだろ」
すると、ほぉと感心するような声が聞こえてきて、
「よく分かった……と言いたいがまぁそんな状態になれば嫌でも分かるか」
「それだけじゃない。結界の外で見た、あの炎の景色は何だ。世界は、本当にウイルスで滅びたのか?」
「おっと、結界の外まで見たのか。あれは大赦にとってはトップシークレットなんだがな」
この期に及んでおどける刑部姫に、銀が低い声で命令する。
「説明しろよ」
気迫のこもった声に、刑部姫はどうやら笑ったようだった。
「良いだろう。ではまず満開から説明してやる。お前の言った通り、神の力を一時的に振るう代わりに体の一部の機能を失うのが満開だ。正確には強大な力を手にいれるのが満開、体の体機能を失うのが散華になる。花は咲くとその後散るだろう? 神の力を振るった代償。一つ咲けば一つ散り、二つ咲けば二つ散る。私が考えたわけでないが、大赦の奴らも中々残酷なシステムを作る。……ま、神の力を使う代償としては釣り合っているかもしれんがな」
「釣り合ってる、だと」
刑部姫の言葉に、沸々と怒りがこみ上げてくる。
「ふざけんなよ。須美は両足とアタシ達との記憶を失って、園子は体のほとんどと志騎の記憶を失ってるんだぞ。それのどこが釣り合ってるって言うんだ!!」
「だが生きてるだろう。ま、正確には死ぬ事ができなくなるんだけどな。満開を繰り返す事で強力な力を手に入れ、体機能を失う代わりに敵の外傷で死ぬ事はほぼ無くなり、さらに強くなる。戦力という面で考えるとむしろ有用だとは思うがな」
しかしそれは逆に、例え死にたくても死ぬ事ができない永遠に続く生き地獄を味わうという事だ。こんな力を手にするために、自分達は今まで戦ってきたのではない。
だが、そのような事を目の前の精霊に言っても暖簾に腕押しだろう。銀は自分の中の怒りを必死にこらえると、次に壁の外の事を尋ねる。
「……壁の外の光景は、一体どういう事なんだ」
「それを話すには、まず四国以外の世界を滅ぼしたのが何なのかという話をしなければならない。学校の教科書じゃあ旧世紀に未知のウイルスが蔓延し、それで四国以外の人類が滅びたと書かれているが、実際の所は少し違う。過去に人類を滅ぼしたのは、神だ」
「神様……」
銀の言葉に、刑部姫はああと肯定し、
「私達は天の神と呼んでいるがね。詳しくは私も知らんが、旧世紀に人類が天の神の怒りに触れた結果、天の神によって作り出されたある先兵が世界をほぼ殺しつくした。人間はそいつらに恐怖を込めて、『頂点』という意味の単語からとって名前を付けた。それが……」
「バーテックス……」
「そうだ。正確には星屑と呼ばれる、バーテックスを作り上げる細胞のような奴だ。バーテックスとの戦いの中で大量の白い奴と戦っただろう? あれがそうだ」
刑部姫の説明で、銀は自分達が何体も倒した口だけの白い怪物を思い出す。あの気味の悪い存在が、神樹とは違う神が作り上げた兵器。それが、今まで自分達が相手をしていた敵の正体。
「志騎が変身できたのは私が手を加えただけじゃない。バーテックスはいわば神の使いだ。人間のお前達よりも神の力に馴染みやすい。私の技術と神の力に馴染みやすいバーテックスの細胞、その二つがあったからこそ志騎は男の身でありながらも勇者に変身できたんだ」
次々と明かされる真実。
それに伴って明らかになる、大赦の嘘。
刑部姫の口から放たれる言葉に、銀の中で消えかけた怒りの炎が再び燃え上がろうとする。
「大赦は元々最初に神樹の声を聞いた人間の集まりだ。そいつらはやがて大きな社と書く『大社』を結成。同じように各地で神の声を聞いた『巫女』と神の力を振るう事の出来る『勇者』を集め、天の神に抗戦した。しかし当時の技術力では星屑程度は倒す事はできても、十二のバーテックス、中でも強力なスコーピオン・レオには歯が立たなかった。そして戦いの中で初代勇者、乃木若葉以外の勇者が戦死した。で、大社は『奉火祭』という儀式を行い天の神と交渉したんだ」
「交渉……?」
「ああ。結果、今後四国の地から出ない事、そして勇者の力……神の力を放棄する事で天の神が四国を攻める事は無くなった。それから大社は赦された者という意味の『大赦』を名乗り、その後力を備え天の神をいつか打倒する事を決め、勇者システムの開発を続け、今に至る。これがお前達が知らなかった、この国の真実だよ」
天の神の打倒。言葉だけ聞けば、綺麗に聞こえるかもしれない。
だがその途中で、綺麗だったはずの願いは歪になっていった。
神の力を振るう代わりに代償を求める満開。敵であるバーテックスの力を以ってバーテックスを殲滅する勇者、バーテックス・ヒューマンの誕生。
そして願いはどんどん歪になっていき、ついに三人の少女達は大きすぎる代償を負い、一人の少年は命という代償を払った。
「……何だよそれ……。どうしてよりによって、大赦がそんな事を……!!」
銀が血を吐き出しそうな声で言うと、何故か刑部姫は呆れたように、
「別に大赦も悪意があってやっているわけじゃない。確かにやり方に問題はあるだろうが、奴らの行動理念は一貫して人類の継続だ。この三百年間自分達の欲望に飲まれる事無く、ただそれだけを貫き通してきた。お前達の満開を黙っていたのも、奴らなりの考えだろう。私は大赦のアホ共は嫌いだが、それだけは認めている」
「……そのために、アタシ達の体や記憶が犠牲になってもかよ」
「では聞くが、最初から事実を知らされていたらお前達は戦っていなかったのか?」
「…………」
その言葉に、銀は黙り込んでしまう。納得したわけではない。ただ確かに、四国には例え自分がどれだけ傷ついても、護りたいものがある。自分が傷つくか、護りたいものが傷つくか。酷ではあるが、そういう話なのだ。銀が黙り込むと刑部姫はふんと鼻を鳴らし、
「確かにお前達が戦う必要は無かった。その代わり、神樹が破壊され世界が崩壊するだけだ。分かっているだろう? 選択肢なんて最初から無いに等しかったんだよ。ま、お前達が切り捨てる事ができる人間だったらそもそも神樹に選ばれるはずもなかったから、そこは誇っても良いかもしれんな」
「……それ、褒めてるのか?」
「そのつもりだ」
いけしゃあしゃあと言うが、銀からしたら皮肉にしか聞こえない。つまり、もしも銀達が世界よりも自分を選ぶような人間だったら、勇者として神樹に選ばれる事は無く、その代わり体を失う事も無かったという事だ。自分よりも他人を護る事を選んだからこそ、代償を負った。----あまりにも残酷で、救われない。
しばらく部屋の中はしゃりしゃりと刑部姫がリンゴを咀嚼する音が響いていたが、ついに銀が今まで一番気になっていた事を刑部姫に聞く。
「……志騎は、どうなったんだ」
自分が目を覚ましてから、志騎の事だけは誰にも聞く事が出来なかった。園子は彼に関しての記憶を失い、部屋にやってくる神官達に尋ねても答えは返ってこなかった。なので、志騎がどうしているかは銀自身知らないのだ。
「その前に、あいつからお前に渡してほしいと言われたものがある」
「アタシに?」
「ああ。……指輪だ」
指輪、と聞いて銀の頭に真っ先に浮かんだのは祭りの日に自分が志騎にプレゼントした魔除けの石付きの指輪だった。
直後に、コトリと備え付けの机に何か小さな音がした。今の刑部姫の言葉から考えると、指輪を机に置いたのだろう。
「なんでお前が持ってるんだよ?」
「志騎に渡してほしいって言われたんだ。そもそもの話、お前を気絶させたのは私だ。あいつが私にそう頼んだんだ」
「志騎が……? 何で!?」
刑部姫の言葉が信じられる銀が思わず大声で聞くと、刑部姫は彼女の声に顔をしかめながら、
「あれ以上満開を使っていたら、さらに体機能を失っていた。それを防ぎ、世界を守るためには志騎が一人残って戦う必要があった。……あいつはお前達を護るために、一人残って戦う事を選んだんだ」
「そんな………」
自分達を護るために、一人で戦う事を選んだ。その言葉に、銀は言葉を失ってしまい机に置かれているであろう指輪に光を失った目を向ける。
だが、志騎がこうして指輪を銀に返したという事は、まるで彼が自分の前に現れないという事を意味しているようで-----。
そう考えた途端銀はまるで胸が締め付けられたような痛みを感じ、刑部姫に言う。
「それで、志騎は? 一体戦いはどうなったんだ!?」
「結界の近くでバーテックスと交戦したデータは残っている。だがその後戦いの中でブレイブドライバーとスマートフォンが半壊したらしくてな、二つとも私の研究室に転送されてきていた。あの二つには緊急時に研究室に転送される術式を組み込んでおいたから、それでだろう」
戦いの中でドライバーとスマホが破壊された。それを聞いて、銀の背筋が凍り付く。ドライバーとスマホは志騎の変身と戦闘の要だ。それが半壊したという事は----。
「おい、待てよ。じゃあ、志騎は……」
銀の最悪の予想を裏付けるように、刑部姫はしゃり、とりんごをかじって告げた。
「『戦闘中に、天海志騎の生命反応の消失を確認。それにより、当日を以って天海志騎を「死亡」と判断。当人の勇者としての権限を全て凍結し、捜索活動を打ち切るものとする』。……これが、大赦が下した判断だ」
ガツン、と頭を思いっきり殴られたような衝撃だった。このような衝撃は、先ほどからの刑部姫との会話でも感じなかった。呼吸が荒くなり、猛烈な吐き気が銀を襲う。
「志騎が……死んだ? 嘘だ、そんなの嘘だ!!」
「そう思うのは勝手だが、現に奴の生命反応は消失した。死体は見つかっていない以上、バーテックスと相討ちになったと考えるの妥当だろう。……そもそも、変身していない以上バーテックスと戦っての生存は絶望的だ」
「そ、んな……」
志騎が、死んだ。
一緒に帰ると、約束したのに。
ずっと寄り添って生きていくと、決めたのに。
もう、会えない。
もう話せない。もう一緒に学校に行く事もできない。もう一緒に料理を食べる事も出来ない。もう笑顔で笑い合う事もない。
もう、二度と----。
「う、うぅうううう……!」
目の奥が熱くなり、後悔と悲しみの感情が噴き出しそうになる。それを必死にこらえるのは、ここで感情が溢れ出したら自分は二度と立ち上がる事が出来ないだろうと感じたからだ。
刑部姫はリンゴの果肉を全て食べ終えると、残った芯をゴミ箱に放り捨てながら、
「ま、こんな所で終わりとは少し予想外だが、問題はない。バーテックスから神樹を守るという役目は果たせたし、どのみち長く生きる事ができない命だ。それが少し早まっただけだろう」
「………え?」
刑部姫の言葉に、銀は思わず声を上げた。今彼女が言った言葉が、理解できなかったからだ。
「長く生きる事が出来ない命って、志騎が?」
「ああ、そうだ。……ああ、そう言えばお前達には話していなかったな。ま、志騎本人にも話していなかったしそれも無理はないか。良いだろう、志騎もいなくなったし、教えてやる」
そう言うと刑部姫は、銀の真正面をふよふよと飛びながら説明を始めた。
「天海志騎は私が作り上げた勇者であり、バーテックスに対抗するために作られた兵器だ。そのために、奴の体には私ができるあらゆる処理を施した。細胞単位での呪術的処置や薬物の投与を行う事で勇者になる事ができるよう調整し、バーテックスと勇者の力を底上げするために色々な細工をした。その結果奴はバーテックス・ヒューマンとして生まれ落ちたわけだが、その代わりに志騎が負ったのが短命という代償だ」
「短、命……」
「ああ。細胞単位で行われた処置のおかげで志騎は強力な力を得たが、それに長く耐えられるはずもない。普通の人間と比べて寿命は短くなっている。どれほど調整を繰り返しても
淡々とした刑部姫の口から語れる事実に、銀は自分の思考が本当に停止してしまうんじゃないかと思った。
ずっと寄り添って生きていけると思っていた志騎の寿命が、本当は二十歳までしか無かった。そんな事実を、どうやって受け入れろと言うのだろうか?
「で、でもそれはバーテックスと戦っていればの話だろ? 志騎が戦うのをやめて、寿命を延ばす手術とかすれば、人並に生きる事は出来たんじゃないか?」
震える声で、銀は刑部姫に言った。本当にそんな手術があるのかは分からない。それはただの自分の願望に過ぎないと、頭の隅で自分の冷静な声が聞こえた。
だが、目の前の精霊ならできるんじゃないかとも思っていた。目の前の精霊の性格は最悪だが、実際にそういった手術ができてもおかしくないほどの頭脳を持っているのは知っていたからだ。しかし刑部姫は銀を冷たい目で見ると、唐突にこんな事を言った。
「お前は役目を終えた兵器がその後どうなるか知っているか?」
え? と銀が思わず戸惑いの声を出すと、刑部姫は特に落胆する様子も見せずに話を続ける。答えが返ってくる事は期待していなかったのか、それとも元々知っていようとそうでなかろうとどっちでも良かったのか。
「大抵、戦いのために生み出された兵器はそれが終わったら用済みの存在だ。よほどの事が無い限り、大抵は廃棄処分となる。そして、それはバーテックスを殺すために作られた志騎も同じだ」
そして。
刑部姫は、天海志騎の結末を難なく口にした。
「もしもバーテックス、もしくは天の神との戦いが終わった場合、もしくは戦う事が出来なくなった場合、天海志騎は役目を終えた兵器として
「しょ、ぶん?」
刑部姫の口から出た言葉があまりにも信じられなくて、銀は思わず馬鹿みたいに目を見開きながらその言葉を繰り返す。一方、刑部姫は腕を組みながら、
「ああ。そもそもV.H計画を立ち上げる際に大赦と交わした契約の一つがそれだったからな。もしもバーテックス・ヒューマンが兵器として運用できなくなった場合、兵器として廃棄処分する。考えてみればそれも当然だ。使えなくなった兵器に存在価値なんてない。その上志騎はバーテックスという人類の敵の細胞を持っている。自分達の敵に回れば、処分するのは合理的だろうな。私も別に志騎が自分で決めて人類の敵になるのは構わんが、自分の存在意義を放棄するような失敗作を遊ばせておくほど聖人君子じゃない」
「しっぱい、さく?」
何を、言っている?
コノオンナハイッタイ、ナニヲイッテイル?
「そもそもおかしいと思わなかったのか? バーテックス・ヒューマンの志騎がたまたま引っ越した先の近所に住んでいたのが、大赦の家系であるお前の家だったという事に。大赦は最初から、志騎のストッパーとしてお前達を……お前を選んだんだ。もしも志騎が暴走した場合、もしくは兵器として使えなくなった場合に、お前に志騎を処分させるためにな。鷲尾須美と乃木園子とも絆を深めたのは予定外だったが、まぁ結果は変わらなかっただろうな」
理解できない。
目の前の女が何を言っているのか、理解できない。
ただ、これだけは分かる。
志騎に、未来なんて無かった。
あるのはバーテックスと戦って死ぬか、人より遥かに短い寿命の末の死か、兵器として廃棄処分されるかの救いのない結末だけだった。
そして大赦は、処分する際は自分達を使うつもりだった。
絆を深めた自分達を使って、志騎を処分するつもりだった。
あまりに非情な方法。
あまりに救いのない志騎の一生。
自分の中で、何かドス黒いものがまるで火山のように吹き出そうとしているのを銀は感じた。
「おさかべ、ひめ」
「ま、奴が死んだのは少し残念だが、別に良い。バーテックスとの戦闘データは取れたし、結果的には四国を護る事も出来たんだ。ここで死ぬ事も出来て、志騎も本望だろう」
それを聞いて。
ブチリ、と。
自分の中の、今まで抑えていた何かが噴き出した。
「刑部姫ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
獣のような咆哮が飛び出し、力の入らない体を無理やり起こして刑部姫に襲い掛かるとする。まるで、口内の歯で目の前の精霊を食いちぎろうとするように。
残念ながら銀の体は刑部姫にわずかに届かず、銀はベッドに倒れ伏してしまうが、銀の目はまっすぐ刑部姫に向いている。刑部姫から見た銀の目は、自分への殺意と憎悪で燃え上がっていた。
「お前は!! 志騎を自分の息子だって思ってたんじゃないのかよ!? 自分の家族だと思ってたんじゃないのかよ!! 何でそんなひどい事が出来るんだ!! 志騎を作ったのはお前だろ!! お前達は……大赦は人の命を何だと思ってるんだ!!」
自分がひどい目に遭うだけならまだ我慢できた。それは、四国を、友達を、家族を護るために自分が決断した道だから。
だが、護る対象だった友達も自分同様ひどい目に遭い、志騎は命を落とし、最後には兵器として廃棄処分の予定だったと言われ、銀の怒りはついに上限を突破した。もしも両腕が満開で失われていなかったら、今頃自分は刑部姫を絞め殺そうとしていたかもしれない。
が、炎のような怒りを受けても刑部姫は涼しい顔を崩さない。それどころか、ふっと銀を馬鹿にするような笑みを浮かべると、倒れている銀に背中を向けてこんな事を口にした。
「私が志騎を自分の息子だと思っていた? 家族だと思っていた? 馬鹿な事を言うなよ三ノ輪銀。兵器を家族だと思う馬鹿がどこにいる?」
「っ……!!」
その一言で、銀の怒りがさらに燃え上がる。だが刑部姫は銀の怒りを無視して、
「大体、お前は一つ勘違いをしている。バーテックスの細胞を持って生まれた時点で志騎は人間じゃないんだ。今回の戦いで志騎が死んだとしても、兵器が一つ壊れたに過ぎない。そもそも、本当に誰も死なず、傷つかず戦いを終わらせる事ができると思っていたのか? だったらとんだ笑い話だ。お前達の頭はどれだけお花畑なんだよ」
「それの、何が悪いんだよ。アタシだって、戦いの中で誰かが傷つく事は覚悟してたよ。それがバーテックスとの戦いだし、実際に何回も傷つけられた。でもそうならないように、誰も死なせないようにアタシ達は戦ってきたんだ! 誰も死なせないために戦って、何が悪いんだよ!!」
銀の言葉を刑部姫は背中を向けてじっと黙って聞いていたように見えたが、すぐにくるりと振り返って銀の顔をまっすぐ見据える。
刑部姫の顔にはすでに笑みは無く、ただ冷徹な表情で銀を見つめていた。だが彼女の表情には、先ほどまでは無かったある感情が浮かんでいた。
感情の名は----怒り。
「……まだ分かってないみたいだな。誰も死なせないように? 誰もそうならないように? ……お前、自分達がやっていた事が本当に世界を守る戦いだと、そんな綺麗な戦いだとでも本気思っていたのか?」
そう言うと、刑部姫の姿が無数の花びらに覆われ、次の瞬間小さいぬいぐるみのような姿から中学生ほどの少女の姿----氷室真由理のものに変化する。本来の彼女の姿になった刑部姫----真由理は銀との距離を詰めると彼女の髪を乱暴に掴んで頭を無理やり上げると、彼女の目を近距離で見据えた。
「甘いんだよ、クソガキ」
銀の目を忌々し気に睨みつけながら、真由理は吐き捨てるように言った。
「私達が何をしていたのか教えてやるよ。私達はな、戦争をしてるんだよ!! 世界を守るための戦いだとか!! 神樹を護るためだとか!! そんな吐き気がする綺麗なものじゃない!! 私達を皆殺しにして世界を殺したい天の神と四国という陣地を護りバーテックスという敵を殺し、世界を取り戻そうとする大赦の戦争!! それが今行われ、そしてこれからも行われる血生臭い殺し合いだ!! 大赦はそれをお役目だとか、世界を守る誇りある戦いだとか御大層なオブラートで包んでるに過ぎない!! そんな戦争をしているのに、誰も死なせない!? 笑わせるなよ、天海志騎という兵器が無かったらとっくに死人が出ていてもおかしくない!!」
いつもの彼女以上に荒々しく、怒りと殺意に満ちた声。これほどまでに彼女が激怒したのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。荒く息をつきながら、真由理は銀にさらなる追いうちをかける。
「分からないって言うなら、分かるように言ってやろうか? スコーピオン・サジタリウス・キャンサーとの三体のバーテックスの戦いの時、もしも志騎がいなかったら、お前はあの場で死んでたぞ」
「………っ!」
真由理から突き付けられた事実に、銀は思わず奥歯を噛みしめる。
彼女の言う通りだった。あの時は志騎がキリングトリガーを使って三体のバーテックスに圧勝したものの、もしも志騎がいなかったら自分はバーテックス達を撃退していたかもしれないが間違いなく死んでいた。そうなった場合得られたのは笑顔などではなく、大切な家族と友達の涙と悲しみだけだっただろう。
「お前だけじゃない。一歩間違えれば、鷲尾須美か乃木園子、どちらかが死んでいてもおかしくなかった。最悪の場合三人まとめて皆殺しにされていた可能性だってあった!! お前達がしているのはそういう戦いだ!! 誰も死なせないって言っている時点で甘いんだよ馬鹿が!!」
そこでようやく冷静さを少し取り戻したのか、ふーっと息をつき、
「……まったく。こんなガキ共を勇者に選ぶなんて、神樹も何を考えているのやら。当たり前だが、神の考えている事は分からんな」
呆れたように吐き捨てながら銀の髪から手を離すと、銀の体は重力に従ってベッドへと軽く叩きつけられる。そして刑部姫の姿に戻ると、銀を冷たい目で見下ろしながら、
「しかし、こんな奴らを護るために自分の命を捨てるとはな……。最高傑作を作り出したつもりが失敗作を作り出していたとは。私も詰めを誤ったな」
「……それって、志騎の事を言ってるのか」
「当然だろう? 誰かのために死ぬ兵器なんて失敗作もいい所だ。そう考えると、ここで壊れた方がむしろ良かったかもな。……使えない兵器なんて、いらないし」
冷徹な言葉に、銀は自分の中の殺意と憎悪が膨れ上げるのを感じる。
この時、三ノ輪銀は初めて他者への『殺意』という感情を覚えた。
手は動かない。
腕だって動かないし、武器だってない。
けれど、歯で相手の頸動脈を食いちぎる事ぐらいはできる。
もうこれで勇者の資格を失ったって良い。
一生友達を会えなくなったって良い。
ただ、自分の大切な人を侮辱した女を殺したい。それだけが、三ノ輪銀の心の大部分を占めていた。
銀の体に再び力が入り、彼女目掛けて獣のように飛び掛かろうとした瞬間。
何者かが、銀の体を抑えた。
「----っ!?」
いつ入ってきたのか、抑えたのは大赦の神官だった。顔は仮面で隠して分からないが、体型や後ろで束ねている髪の毛から女性である事だけは分かる。銀が邪魔をするなと言わんばかりに神官を睨みつけるが、神官は何も言わず銀の体を抑えつけていた。
「ふむ、ご苦労。----安芸」
「……え?」
刑部姫の口から飛び出した名前に、銀の呼吸が一時的に止まる。
だって今刑部姫が呼んだのは、自分達の担任の名前で、刑部姫の親友の名前で、何よりも志騎の育ての親の名前で----。
「勇者様を怒らせるのは感心しません」
「ああ、すまんな。こいつの言葉についカッとなってな。気を付ける」
信じたくない銀の耳に届いたのは、神官の仮面の奥から聞こえてきた声だった。その声は紛れもなく、今まで何度も聞いた担任の声だった。しかしそれは今まで何度も聞いた彼女の声ではなく、感情がこもってない、冷たさと無感情さを秘めた声だった。
「……なに、やってるんですか安芸先生。刑部姫は、志騎を失敗作って言ったんですよ? 先生の家族の志騎を、失敗作だって、道具か何かのように言ったんですよ? なのにどうしてアタシを止めるんですか?」
「精霊を殺す事は出来ません。何よりも……天海志騎が失敗作の兵器という言葉は事実です」
兵器。今安芸は、確かにそう言った。
ずっと育ててきた志騎を。家族として接してきた志騎を。安芸は、兵器と断じたのだ。
「何、言ってるんですか。だって志騎は先生の家族だったじゃないですか。血は繋がっていなくても、先生の弟みたいなものだったじゃないですか!! どうしてそんな酷い事が言えるんですか!! 答えてください!!」
しかし叫ぶ銀の体を、応援に駆け付けたのか数名の神官達が抑えにかかる。安芸は銀の体から手を離すと、振り返りもせずに刑部姫に歩み寄る。行くぞ、と刑部姫が声をかけると安芸は頷き、二人は部屋を出ようとする。なす術もなく抑えられている銀は、遠ざかる安芸と刑部姫の背中に向かって叫んだ。
「答えてください!! ----答えろよ!!」
だが、それでも安芸は何も言わなかった。
後悔。悲しみ。憎悪。怒り。ありとあらゆる負の感情が沸き上がるのを感じながら、銀は二人に叫んだ。
「返せよ……!! 須美と園子の体と記憶を!! 志騎を!! 全部返せよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
が、結局銀の悲痛な叫びが叶えられる事は無く。
二人は銀の元から去り、銀は病室でただ一人神官達に抑えられ続けるのだった。
刑部姫と安芸は銀の病室を出ると、廊下を黙って歩き続ける。しばらく歩くと、刑部姫が口を開いた。
「他の二人はどうなっている?」
「園子様は今後生き神として保護。須美様は『東郷美森』に名前を戻し、東郷家に御戻りになる予定です」
「ああ、そういえば奴は元々東郷の出身だったな」
実は鷲尾須美は彼女の本名ではない。今二人が口にした東郷美森というのが、本来の名前だ。では何故名前が違うのかという、東郷家と鷲尾家、そして大赦のある事情が関係している。
勇者は大赦の家系の少女が役目を担うのが普通であるのだが、彼女が生まれた東郷家は鷲尾家より
も格式が低かった。それだけならまだ問題は無かったのだが、東郷美森は勇者適性値が高く、勇者としての戦力が大赦から期待されていた。だが東郷家にいる以上、勇者となる事は難しい。
そこで考えられたのが、東郷家よりも格式の高い鷲尾家に彼女を養女に出す事だった。これならば勇者になっても何の問題はないし、東郷家は子供と離れる事になってしまうが勇者として有力な子供を養女に出すという形で大赦に貢献でき、鷲尾家は勇者の高い適性を得る子供を養女に迎える事ができる。また、鷲尾家は子供を得る事が出来なかったというのも理由の一つだろう。そのためか東郷美森と鷲尾家の仲は非常に良好で、家族仲が悪くなった事は一度も無かったようだ。
それらの理由で東郷美森は『鷲尾須美』に改名、鷲尾家の人間として過ごし、勇者として戦ってきたという事だ。
しかし、今回の戦いで彼女は鷲尾だった時の記憶を全て失った。そのため大赦は彼女の名前を元の『東郷美森』に戻し、失った記憶は事故で失った事にして、彼女を東郷家に戻す事になった。
何故東郷に戻す必要があるのかという疑問があるかもしれないが、その答えを刑部姫が口にする。
「それより、本当か? 勇者の対象が大赦関係から、四国全土にまで広がるというのは」
「はい。すでに候補者はリストアップされています。あとであなたの端末に送信しておきます」
「ああ、分かった。……しかし一般のガキ共を勇者にするとはな。面倒事がさらに増えそうだ」
はぁ、と刑部姫は思わずため息をつく。
今回の戦いで鷲尾須美は記憶を失い、乃木園子と三ノ輪銀は戦闘に出られるような状態ではなくなり、兵器として作られた天海志騎は死亡した。記憶を失っただけの須美はともかく、戦力は大幅に下がってしまったというわけだ。神託でバーテックス達がしばらく攻めては来ない事は分かっているが、近い内にバーテックス達が再び襲来してくる事は容易に予想がつく。それまでに勇者システムの改良は勿論、戦力をさらに向上させる必要があった。
そのため大赦は勇者にする対象を大赦の家系から、四国全土にまで広げるという措置を取る事にした。とは言っても勇者適性値の低い少女を対象にしても意味がないため、適性値が高い選りすぐりの少女達をいくつかのグループに分け、その中からたった一つのグループの少女達が勇者に選ばれるとの事だった。
しかも勇者になるかは実際にバーテックスが襲来した時にしか分からないとの事なので、一種の博打に近い方法ではある。だがこの手法を取る事で、今までよりも手っ取り早く勇者となる人間を選定し、戦力を高める事ができる。大赦の家系として覚悟ができていた人間よりも、今まで普通に暮らしていた人間を命がけの戦いに巻き込むのはどうなのか、という話にはなるが。
須美が元の名前に戻り、東郷家に戻るのもそれが理由だった。記憶は失ったとはいえ、彼女の戦闘能力は変わらず、それどころか満開により精霊や武装は増え、さらに強くなった。なので記憶を失った彼女を東郷家に戻し、再び勇者として戦ってもらおうというのが大赦の考えだった。勇者になる条件の一つだった格式も、勇者になる範囲が四国全土に広がった今では問題はない。
そして記憶を失った東郷美森は、いくつかに分かれたグループの中でも一番勇者適性値が高い少女の所に配置させるという手筈になった。神樹がどのグループを勇者にするかは完全にランダムだが、可能性が一番高いとすれば勇者適性値が高い少女のはずだと大赦は考えたからだ。今は入院しているが、落ち着き次第彼女はその少女の自宅の近くに引っ越しする事になるだろう。
さらに乃木園子は生き神として祀ると同時に、万が一勇者達を止める切り札として管理しておく事にした。志騎の存在を唯一知る銀は端末を取り上げておき、システムを改造して次に戦うであろう勇者の端末に再利用する事になっている。
まるで勇者のリサイクルだな……と刑部姫は内心笑えない事を口にする。こうして見ると、やはり自分と大赦は同じ穴の貉なのかもしれない。
「秘密管理は徹底する、とは言っています」
「口で言うだけなら簡単だ。それに乃木園子や鷲尾須美……いや、もう東郷美森か。その二人という不穏分子がいる。本当に秘密を徹底するなら、あの二人を徹底的に監視するべきじゃないのか?」
しかし刑部姫の言葉に安芸はふるふると首を横に振り、
「駄目です。園子様はすでに生き神として祀られており、須美様は先の戦いの功労者の一人です。手荒に扱うべきではない、と上が言っています」
「はっ、また戦いに巻き込もうとしているのに何が功労者なんだか。知らないぞ、どうなっても。……それより、三ノ輪銀はどうなる?」
「……園子様と須美様は記憶を失っていますので問題はありませんが、銀様は天海志騎の事を知る唯一の勇者となりました。なので、今後は徹底的な監視体制に置かれる事になります。……今後、ご家族に会う事もまずないでしょう」
すると刑部姫ははっとつまらなさそうに鼻を鳴らし、
「乃木園子は生き神として祀られるっていうのに、三ノ輪銀は志騎の存在を覚えているからっていう理由で一生籠の中の鳥か。……ま、志騎の扱いを考えると仕方ないが」
天海志騎は言ってみれば大赦の最大の秘密にして、決して明かされてはならない禁忌だ。もしも彼の秘密が知られてしまえば、大赦への不信に繋がりかねない。大赦が志騎の告別式を行わなかったのは、大赦の中では志騎は兵器の扱いになっているのもあるが、そういった事情もある。だから志騎に関する記憶を失った須美や園子はともかくとして、唯一彼の事を知る勇者となった銀だけは外部に出すわけにも、他の人間に会わせるわけにもいかないのだ。
「……確かに銀様を他の人間に会わせるわけにはいきませんが、我々は銀様を園子様同様生き神として扱います。籠の中の鳥のような扱いにしたいわけでは……」
「お前達がどう言おうと、どう思うかは籠に囚われている奴しだいだ。お前達が幸福だと思おうが、本人が幸福じゃないと思えばそうなんだよ」
そう言いながら、刑部姫は仮面で顔を隠しているせいで表情が分からない安芸を見て再びため息をついた。
「まったく、やめておけと言ったのに仮面を被ったな。ずいぶんつまらなくなった。仮面を被る前のお前は、あんなに器用に嘘をつけるような人間じゃなかっただろうに」
「………あなたは、相変わらず嘘をつくのが上手ですね」
安芸の反撃とも言える言葉に、刑部姫は顔をしかめ、
「私が嘘をついていたと?」
「銀様には分からないかもしれませんが、私には分かります。あなたとは長い付き合いですから」
「…………」
刑部姫は黙り込み、安芸の顔をじっと睨みつける。が、目に映るのは大赦の仮面で、彼女が今どういった表情を浮かべているかはまったく分からなかった。しばらく二人は互いの顔を見ていたが、やがて刑部姫が舌打ちと共に視線を外し、
「……道具として使われる意志が固まったというなら、私が言う事は何もない。ただ、その気色悪い敬語はやめろ」
「……これが、私が決めた道ですから」
馬鹿が、と刑部姫は吐き捨てると、その場に安芸を一人置き去りにして廊下を進む。
進みながら、刑部姫の脳内に先ほど銀から言われた言葉が思い出される。
『お前は!! 志騎を自分の息子だって思ってたんじゃないのかよ!? 自分の家族だと思ってたんじゃないのかよ!! 何でそんなひどい事が出来るんだ!! 志騎を作ったのはお前だろ!! お前達は……大赦は人の命を何だと思ってるんだ!!』
「……たわけが。そんな事、今更思えるはずがないだろうが」
苛立ち交じりに呟き、奥歯を噛みしめる。
本音を言うなら、自分だって彼を家族だと思いたかった。
自分にはもったいない息子だって言いたかった。
だが、そういった感情は捨てるようにしていた。
だって、自分は彼を『息子』としてではなく『兵器』として育てた。
人並みの人生を送らせるためではなく、バーテックスを殺し、最後には自分達のために使い捨てる人生を歩ませるために作り上げた。
『母親』ではなく、『科学者』としての道を他の誰でもない自分が選んだのだ。
そんな自分が、彼を『家族』や『息子』だと思って良いはずがない。
だから、彼は兵器なのだと。バーテックスを殺すために作り出された殺戮兵器なのだと今まで自分に言い聞かせてきた。
今まで一緒に暮らしてきたのだって、彼の観察に過ぎない。
決して、『家族』として一緒に過ごしたかったからでは--------。
『博士』
「………っ!!」
ゴッ!! と刑部姫の拳がすぐ横の壁を殴りつける。非力な精霊の拳では壁にひび一つつける事は出来ず、返ってきたのは拳に走る激痛だけだった。
だが拳の激痛よりも、胸が痛かった。不思議と目の奥が熱いし、鼻の奥がツンとする。
こんな感覚は、精霊になって初めてだった。
「………クソが」
最後にそう言って、刑部姫はとぼとぼと空中を漂う。
胸の中に、どうしようもない虚ろな感情を抱きながら。
刑部姫を別れた後、安芸は一人天海家の玄関の前に来ていた。鍵を開けると、明かりも付けぬまま家の中をぐるりと歩き回る。
天海志騎が死亡した以上、安芸の志騎の監視という役目は終わり、今後は大赦本部に生活の拠点を移す事になる。この家に戻ってくる事はもう無いだろうし、近い内に取り壊される事がすでに決まっている。
だから、志騎と六年間一緒に暮らしたこの家を歩くのも見るのも、これで最後だ。
一通り家の中を見終わった安芸は、最後の目的地に向かって歩を進める。
志騎と自分が話し、笑い、時に銀の笑い声があれだけ響いていた家の中は不気味なほど静かだった。まるで家全体が巨大な死体になってしまったようで、薄気味悪さすら感じてしまう。----人がいなくなった家はただの巨大な箱なのだとどこかで読んだ小説に書かれていたが、まったくその通りだと安芸は思う。
もうすぐこの家には、帰ってくる人間も、訪れる人間もいなくなるのだから。
やがて彼女が入ったのは、志騎が今まで使っていた部屋だった。部屋にはベッドやテレビの他、ホラー小説やミステリー小説が積まれた本棚、さらに彼の趣味で作られたボトルシップが置かれている。それらはもう部屋の主が帰ってこない事など知らず、ただ静かに配置されていた。
それら一つ一つが、志騎がここにいて、生きていた証。それがもうすぐ全て無くなるという事は、彼がここに存在していた証を全て消し去るという事を意味している。それを、今まで彼と一緒に住んでいた自分が行うのだ。----家族同然だった彼の存在を、他の誰でもない自分が消す。こんな事を銀達が知ったら、また怒られるに違いない。
そう考えながら、安芸が部屋の中心まで足を踏み入れたその時だった。
「安芸先生」
「っ!!」
突然背後から志騎の声が聞こえてきたような気がして、安芸はばっと振り返るが、そこには当然の事ながら誰もいなかった。しかし、志騎の声が聞こえてくるのも当然かもしれない。
ここは、志騎が一番長く過ごした場所。だからここには、志騎の痕跡が色濃く残っている。彼が作った物。彼が読んでいた本。彼が寝ていたベッド。----志騎が生きていた、場所。
安芸は静かにしゃがみ込んで腕を枕にする形でベッドに突っ伏す。やがて、彼女の両肩が静かに震えだした。
まるで、泣いているかのように。
神官達に抑えられた後、銀は一人病室で仰向けに寝っ転がっていた。真っ暗な世界をぼんやりと眺めながら、静かに呟く。
「……須美は私達の記憶を失った。園子は志騎の記憶と体のほとんどを失った。志騎は、いなくなった。……全部、無くなっちゃった」
神官の話によると、自分は今後誰とも会わずここでずっと祀られる事になるらしい。家族にも会えないとの事だった。
父親と母親はどうしているだろうか。鉄男は元気だろうか。鉄男は自分が帰ってこなくて泣いているだろうか。家族に会いたくても、もう会えない。
家族を護るために、友達を護るために、幼馴染を護るために戦ってきた。
だが、非情な現実はこうして自分の目の前に広がっている。自分は視力と体の大部分の機能を失い、家族には会えず、友達にも会えず、幼馴染は命を失った。気を晴らそうにも体を動かす事も出来ず、こうしてベッドに死んだように寝転がってただ何もない闇の世界を見る事しかできない。正直、気が狂いそうだった。一人がこんなに辛いものだったなんて、考えた事も無かった。
「……ああ、そっか。アタシずっと、誰かと一緒だったんだ」
いつも明るく元気いっぱいな銀の周りには、いつだって家族や友人がいた。
そして何よりも、志騎がいた。気が付いた時にはいつだって自分のそばには志騎がいてくれた。志騎の隣は、本当に居心地が良かった。
だが、自分の隣にはもう誰もいない。家族も、大切な友達の須美も園子も。自分の心の穴を埋めてくれそうな志騎も、いなくなってしまった。
自分は本当に、独りぼっちになってしまったのだ。そう考えるだけで、悲しみが胸の底からこみ上げてくる。
それも仕方ない。いかに明るくても、強く見えても、彼女はまだ小学六年生の少女なのだ。大切な家族にも、友人にも、幼馴染にも会えないとすれば、後に残るのは深い孤独と悲しみだけだ。十二歳の銀が、それに耐えられるなんて誰が言い切れるのだろうか。
「………寂しいよ、志騎。お前言ったじゃんかよ。アタシの声ならどこにいたって聞こえてるって。ちゃんといるって、言ってよ。アタシの隣にいるって言ってよ! アタシの手を握ってくれよ!!」
一人になった心細さに耐え切れなくて、銀が叫ぶ。だが彼女の声に返答する人間は当然いない。頭では理解できているものの、当然割り切れるものではない。
「須美、園子、志騎!! 嫌だよ、一人は嫌だ!! 誰か返事してくれよ!!」
まるで小さい子供のように体を丸め、カタカタと体を震えさせながら叫ぶ。しかし孤独は強まるばかりで、今の銀はその孤独がどうしようもなく怖かった。すると、頭の隅からこんな声が聞こえてくる。
志騎がいなくなったのは、お前のせいだ。
須美と園子が記憶と体を失ったのは、お前のせいだ。
お前が弱かったから、志騎は死んだ。
お前が勇者として無能だったから、須美と園子は記憶と体を失った。
お前がいなければ、三人は無事だった。
お前じゃなくて他の誰かが勇者だったら、もっとうまくできた。
お間がいなければ----。
自分の心の闇が囁く声。
何の根拠も無く、自分を責め立てる囁き。
しかし、それは違うと断じる強さも、否定してくれる誰かも、今の銀には無かった。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!」
壊れたおもちゃのように、呟き続ける。
許しを請う罪人のように、謝り続ける。
「弱くてごめんなさい、何もできなくてごめんなさい、何も守れなくてごめんなさい……!」
ガタガタと体を震わせ、カチカチと歯を打ち鳴らし、銀はただ許しを請う。
「……志騎、ごめん。アタシが勇者じゃなかったら……! アタシが勇者になんてならなければ、お前はきっと生きていられたのに……!! ごめんなさいっ……!!」
どこまでも暗い闇の中、少女は言う。
まるでそうする事でしか、自分を保つ事ができないと言うように。
いつまでも闇の中で、もういない誰かに謝り続けるのだった。
赤い炎が支配し、口だけを持つ白い怪物が宙を浮遊する世界。
白い怪物の一体が、突然何かに切り裂かれた。怪物を切り裂いたそれは炎の世界に降り立つと、じっと周りの怪物達に視線を巡らせる。
怪物を切り裂いたのは、怪物同様の白い体色を持つ怪物だった。しかし他の怪物達と違い、その怪物は全身が純白という事を除けば人間のような両腕両足を持っていた。両手と両足の先には鋭い爪が生えており、右手には純白の大刀が握られている。体のあちこちには羽根のような装飾があり、背中にはよく見てみると小さな翼がある。顔にある小さな双眸は銀色をしていた。
鳥を擬人化したような怪物----第三者によるその怪物の印象は、そんな感じだろう。
怪物は他の宙に浮く三体の怪物に狙いをつけると、大刀をゆらりと構える。すると怪物達も自分達の身の危険を察したのか、鳥の怪物目掛けて突進した。
鳥の怪物は一体の攻撃を軽々と避けると脳天に大刀を突き刺し、さらに怪物を足場にして高く跳躍、空中でもう一体の怪物を切り捨てると最後に残った怪物目掛けて大刀を振り下ろした。怪物が左右に泣き別れになると、鳥の怪物は無数に浮遊する白い怪物達に狙いを定める。
そして大刀を強く握りしめると、怪物達目掛けて跳躍した。
こうして、少女達の体と心に癒えない傷を残し、神世紀298年の戦いは一旦の終わりを告げた。
しかし、まだ全て終わったわけではない。
まだ役者は揃っていない。
役者が揃っていない物語が終わる事などありえない。
二年後、神世紀300年。
西暦の勇者の名前を継ぐ少女を基点にして、少年と少女達の運命の歯車が再び回り出す。
いつもご愛読ありがとうございます。作者の白い鴉と申します。
今回の二十八話で、天海志騎は勇者である -天海志騎の章-は終了となります。
しかしこれで物語が終わりというわけではなく、次回から結城友奈の章が始まります。次回から皆さんご存じのあの五人も登場いたします。
とは言っても次回は刑部姫目線で物語が進みますので、五人の活躍などはもしかしたら少なくなるかもしれません。その点、どうぞご了承お願いします。
少しの間更新が停止してしまうかもしれませんが、できるだけ早く続きを書けるよう努力いたします。また、一応一区切りつきましたので、次回はこの小説のオリ主である志騎とオリキャラの刑部姫/氷室真由理の事についてのキャラクター設定のようなものを投稿したいと考えております。二人について何か気になっている事などがありましたらお受付し、次話でお答えしたいと思います。
約一年弱かかってようやくここまで来ましたが、もうしばらくお付き合いお願いいたします。
ではまた次回、お会いしましょう。