天海志騎は勇者である   作:白い鴉

3 / 55
志「ん? どこだここ?」
刑「よぉ志騎」
志「うわっ、刑部姫!? 何でお前までここに!?」
刑「とりあえず、これを読め」
志「え? えーと、何々?」
志「『天海志騎は勇者である、前回の三つの出来事!』」
志「『一つ! 突如世界に樹海が発生!』」
志「『二つ! 普通の小学生、天海志騎が勇者に変身!」』
志「『そして三つ! 同じ勇者である少女達、三ノ輪銀、鷲尾須美、乃木園子と一緒にバーテックスを撃退した!』。……って、これ本当に何なんだよ!?」
刑「まぁ詳しい単語は本編で聞いてくれ。では第三話、張り切って行ってこい!」
志「第三話って何だよ!? なぁ、なぁってば!」







第三話 勇者と樹海とバーテックス

「----ではこれより、天海君のための『お役目講座』を始めたいと思います!」

「わ~い! パチパチパチ~!」

「良いぞ須美ー!」

「ふ、二人共! からかわないで!」

 楽しそうに声を上げる銀と園子に、須美が顔を赤らめて抗議する。そんな三人を、志騎は半眼で見つめていた。

「って待てよ、どうして鷲尾が説明をするんだ? 俺は安芸先生が説明してくれるって聞いたんだけど……」

 そう言いながら志騎は右横の方をちらりと見る。そこには自分達の担任の教師であり、志騎の育ての親である安芸が四人をじっと見つめて立っていた。

 四人がいるのはいつも志騎達が授業を受け、安芸が授業を行う自分達の教室だった。教壇の前には教師役の須美が立っており、そのすぐ前の席に園子、銀、志騎の三人が座っている。

 志騎がここにいるのは、今日の早朝に安芸から、放課後にお役目についての説明を行う事を聞いたからだ。なので志騎は授業が終わった後教室に残り、彼女からの説明を待っていたのだが、そこで志騎は何故か須美と園子、さらには銀までもが教室に残っていたことに気付いた。

 そして安芸は教室に残っていた志騎にこう言った。

『今日の説明は鷲尾さんがするから、しっかりを話を聞くようにね』

 それをきっかけに須美は教壇の前に堂々と立つと、先ほどの言葉を言い放ったのだった。おまけに黒板には『天海君のためのお役目講座』という非常に丁寧な字まで書かれている。安芸がお役目について説明をしてくれると思っていた志騎にとっては、正直度肝を抜かれた気分だった。

 すると、こほんと咳ばらいをして調子を取り戻した須美が志騎の言葉に答える。

「本当ならそのはずだったんだけど……。実は私も、今日天海君にお役目についての説明をしたいと思ってたの。それで先生に相談をしたら、先生も放課後に天海君に説明をしようとしてたって聞いたから、それならちょうど良いって事で私が説明をする事になったのよ」

「ちなみに細かい箇所の補足は私が行うから、鷲尾さんは何も気にせずに説明をしてください」

「はい、ありがとうございます」

「……じゃあ、どうしてあの二人はここにいるんだ?」

 志騎が見たのは銀と園子の二人だった。園子はえへへ~と笑いながら、

「一度習った事でも、お友達と一緒に勉強するのはきっと楽しい事だって思ったからだよ~。もちろんあまみんの邪魔はしないから、安心してね」

「あたしは万が一志騎が分からない事とかあったら、教える役目! 分からない事があったら、なんでもこの銀様に尋ねていいんだぞ?」

「いや、その気持ちはありがたいけど、その前に鷲尾か安芸先生に尋ねるわ」

「ですよねー……」

 銀は馬鹿ではないが学力はお世辞にも高いとは言えない。志騎の記憶が確かなら、テストなどの点で志騎が彼女に負けた事は一度もない。それは彼女も分かっているのか、ははは……と沈んだ笑い声を上げている。

「こほん! 少し話が逸れてしまったけれど、そろそろ始めるわよ。じゃあ天海君、まず基本的な事を聞くわね。神世紀298年の現在、私達が住んでいるこの四国以外に人はいない。それはどうして?」

「どうしてって……ウイルスで壁の外の世界が滅んだからだろ?」

「正解ね」

「いや、これぐらい子供でも知ってるだろ」

 そう。それがこの世界の常識(あたりまえ)

 今から約三百年ほど前、世界に突如死のウイルスが発生。当時の医療技術でも治療できなかったそのウイルスはあっという間に全世界に蔓延し、多くの人々の命を奪った。その魔の手は今志騎達が暮らしている四国を含んだ日本にも及び、同じように多くの人々の命が奪われた。

 そして四国以外の人々の命が絶たれ、四国に住む人々も同じ運命を辿ると思われた。

 だが、そこに現れたのが今四国の人々から信仰を集めている『神樹様』だった。

 古来より存在していた神々が集まってできた神樹様は自らの力を使って四国全土に結界を形成し、外の世界から来るウイルスを防ぐ事で四国の人々を救った。実際に今の四国全域はまるで植物の根のような壁で覆われており、それが神樹様が作った結界である。それより先は一見普通の光景に見えるが、実際は今でも死のウイルスで満ちていると言われており、壁より先に行こうという者はいない。

 そして人々は神樹様の加護の元、西暦時代に続く新暦、神世紀298年に至る今まで穏やかな生活を続けてきた、というのが志騎の知っているこの国の歴史である。

「私達は、神樹様のおかげで生きる事ができている。外の世界が滅びてしまっても私達がこうして日常を送れているのは、神樹様が私達に恵みを与えてくださっているから。だから私達は神樹様に毎日感謝と祈りを捧げて暮らしている」

「本当に基本的な事だな。……だけど、その基本的な事を話したって事は、それがお役目と関係があるからか?」

 すると須美は志騎の問いにこくりと真剣な表情を浮かべて頷く。

「さっき天海君が言ってくれたように、外の世界に人はもういない。いいえ、人どころか生き物すらいない。だけど、そのウイルスの海の中である生命体が生まれた」

「ある生命体? ……まさか」

 そこまで説明されれば、さすがにお役目の事をよく知らない志騎にも想像がつく。志騎の想像が伝わったかのように、須美は続けた。

「そう。それが私達が先日戦った敵、バーテックス。世界を殺す存在」

「……あいつは、一体何なんだ? どう見ても生物には見えなかったけど……」

 ウイルスの海の中で生まれた生命体とは言うが、正直あれは生物には見えない。直接相対した志騎の感想になってしまうが、確かにあれからは意志のようなものは感じた。しかしあれはどちらかというと、機械や昆虫のような感情のないものだ。もう少し具体的に言ってしまうと、人間のように殺意や敵意のようなものを持って志騎達を殺そうとしてきたのではなく、まるであらかじめ決められた行動パターンに沿って行動しているような感じがしたのだ。あれは、本当に須美の言うような生命体と言えるのだろうか。

 するとそれに答えたのは話を聞いていた安芸だった。

「正直、バーテックスについて分かっている事はあまり多くないの。目も口も耳もない、それなのに的確に敵を判断し襲い掛かる。おまけに消化器官もないはずだから人間を捕食する必要もないのに、ただ殺すためだけに攻撃を仕掛けてくる。文字通り、得体のしれない生物よ」

「なるほど……」

 人間に限らず、生物が相手を捕食するのは自らの生存本能によるものだ。だがバーテックスには消化器官がないし、捕食のための口すらも見当たらない。つまり、生きるための捕食が必要ない。それなのにバーテックスは自分達を敵と認識し、殺しにかかってきた。

 まるで、人間を殺すために作られた『兵器』のように。

 安芸の言う通り、得体のしれない存在だなと志騎は思った。

「……だけど、世界を殺すっていうのはどういう意味なんだ? 確かにとんでもない力を持ってたけど……」

 人を簡単に溺死させる水球を放つ能力に高圧水流、さらには大抵の傷ならばすぐに回復する並外れた自己再生能力。確かにバーテックスの持つ能力は自分達の予想をはるかに超えたものであり、その力を以ってすれば世界を滅ぼす事など簡単にできるだろう。だが志騎には須美の言う『世界を滅ぼす』という言葉の意味が、力づくで世界をボロボロにする事ではないように感じられた。

「バーテックスについて分かっている事は二つあるの。一つは、ただ人間を殺すためだけに攻撃を仕掛けてくる事。もう一つは………全ての恵みの源である、神樹様を破壊しようとしている事」

「何っ?」

 その言葉にはさすがに志騎も目を見開く。同時に、須美の『世界を滅ぼす』という言葉の意味もようやく理解する事ができた。

 外のウイルスから自分達を護り、生活に必要な恵みをもたらしてくれる神樹は文字通り四国の命綱だ。もしも神樹が破壊されれば、自分達の生活の元となる全ての恵みが消える。それだけではなく、自分達をウイルスから護っている壁すらも消失するだろう。その先にあるのは四国に住む人々と文化の破壊。

 すなわち、世界の破滅だ。

「……なるほど、大体分かってきた。バーテックスは神樹様を破壊する事を目的としている。となると、お役目っていうのはつまり……」

「そう。『勇者』となって、バーテックスと戦い撃退する。それが私達のお役目よ」

「『勇者』?」

 また新たな単語が増えた。それを説明するかのように、須美は黒板に簡単に神樹の絵と四人の人間の絵を描き始める。

「そもそも、ウイルスから生まれたバーテックスには通常兵器の類が一切通用しないの。それに対抗するために、大赦はあるシステムを作った」

「大赦……ああ、なるほどね。バックにいるのは大赦なのか……」

 大赦というのは神樹を奉る組織の事だ。大赦が持つ権力はかなり強大なものらしく、なんでもその気になれば社会全体を動かす事すら可能らしい。

 ここで大赦の名が出た事に志騎は軽く驚くが、確かに神樹を奉る彼らならば最初から全てを知っていてもおかしくはない。

 ちなみに、志騎を育ててくれている安芸も大赦の人間だ。それも大赦の中ではそこそこ良い家柄らしく、年若い彼女がまだ小学生の志騎を特に不自由もなく育てる事ができているのも、彼女の家の力があるからではないかと志騎は思っていた。

「ええ、そうよ。大赦は神樹様の力を呪術的・科学的に解析し、人の身で神樹様の力を扱う事を可能とするシステムを作り上げた。それが勇者システムで、私達のように勇者システムを用いてバーテックスと戦う人間を勇者と呼ぶの」

 志騎は須美の言葉にじっと耳を傾けて何かを考えていたが、やがてすっと片腕を真上に伸ばした。

「質問」

「はい、天海君」

「バーテックスと戦うために、勇者システムっていうのを使って戦うのは分かるんだけどさ、それならもっと数が多い方が良いんじゃないか? そうすれば戦いもずっと楽になるだろ」

 神樹の力を利用しているだけあって、確かに勇者となった志騎達の力は強力だった。だがそんな四人でも、初戦という事を差し引いても先日のバーテックスとの戦いでは苦戦した。戦力という面から考えると、もっと人数が多くても良いのではないだろうか。

「そういうわけにもいかないのよ。勇者システムを使えるのは、神樹様に選ばれた人間だけなの」

「神樹様に?」

「ええ。これにも条件があって、一つは大赦の家系の人間である事」

 それはなんとなく分かった。というのも、この教室にいる志騎以外の三人の勇者は須美の言う通り、全員大赦関係の家の人間だからだ。

 例えば須美の鷲尾家は大赦でもかなりの名家だし、銀の三ノ輪家は分家のため大赦の中ではあまり強い権力は持っていないが、それでも一般人の志騎に比べると立派な家系と言えるだろう。

 中でも園子の乃木家は次元が違う。何せ乃木家は大赦の中でも最高の権力を持つ家だ。そのため資産等の面では同じ大赦の家系である鷲尾家や三ノ輪家とは比べ物にならず、おまけに家には何人もの使用人がいるのだと志騎はクラス内の噂で聞いたことがある。

「そしてもう一つは、神樹様の力に適応する少女である事」

「……? どうして少女である事が勇者システムを使う事に関係するんだ?」

「古来より穢れを忌み嫌う神に触れる事ができるのは、無垢な少女だけだからと私は聞いているわ。でも勇者システムを使うための適性はあるみたいだから、少女全員が勇者システムを使えるってわけでもないみたいね」

 つまり、勇者システムを使うための条件は次のようになる。

 1、少女である事。

 2、神樹様の力を使うための適性を備えている事。

 3、大赦の家系の人間である事。

 これらを備えた少女だけが、神樹の力を行使する事が可能となる勇者システムを使い、勇者となってバーテックスと戦う事が可能となる。

 だが、そうなると分からない事が出てくる。

「……じゃあ、何で俺は勇者に変身できたんだ?」

 志騎は須美から説明された勇者に変身するための条件のどれにも当てはまらない。大赦の家系である安芸と一緒に暮らしているとはいえ志騎自身は大赦とは何の関係もない人間だし、何よりも男だ。先ほどの須美の話の通りならば、勇者になれるはずがないのだ。

 すると須美もそれについては分からないのか、少し困ったような表情を浮かべた。

「それは正直私も分からないの。私は前から勇者として選ばれた事とお役目についての説明は聞いてたけど、天海君についての事は何も聞いてなくて……。乃木さんと三ノ輪さんは?」

「私も何も聞いてないかな~」

「あたしも園子と同じ。だからあの時はびっくりしたよ。志騎がどういうわけか樹海にいるんだからさ」

 銀はともかくとして、大赦の中で最高の権力を持つ乃木家の園子ですら知らなかったという事は、大赦の大半は志騎が勇者になる事を知らなかった可能性が非常に高い。だが、そうなると戦いが終わった後の安芸の反応が気になる。

「安芸先生。先生は、俺が勇者になるって事を知ってたんですか?」

 志騎が尋ねると、安芸は一度ふぅと息をついてから答えた。

「……ええ、知ってたわ。けど、正直私を含めて大赦の誰もが半信半疑だった。今まで少女しか勇者になれなかったはずなのに、何故か唯一の例外としてあなたは神樹様に選ばれたから。だから一応あなたのための勇者システムは作ってはいたけど、本当にあなたが勇者になれるかは誰も分からなかったのよ。……まぁ、今となってはあなたが本当に神樹様に選ばれたのだと証明されたけれど」

 神樹様を崇拝する大赦の安芸ですらそうだったのだから、恐らく大赦全員が安芸の言う通り志騎が本当に勇者になれるか信じ切れていなかったのだろう。園子や須美達に情報が来なかったのも、それが関係している可能性が高い。

「でも大赦ですら俺が勇者になれるか半信半疑だったって事は、どうして俺が神樹様に選ばれて、勇者になれたかまでは……」

「……ごめんなさい。そこまでは私も分からないわ」

「そうですか……」

 つまり、今のところ志騎が変身できる理由については何も分からないという事だ。正直分からないまま話を先に進めるのはあまり好きではないのだが、だからと言ってずっと頭を悩ませていても仕方がない。変身できる理由についてはまた今度調べる事にして、話を先に進める事にしよう。

「じゃあ、あの樹海って世界は何なんだ?」

「樹海は一言で言ってしまえば神樹様の作り出した防御結界ね。現実世界でバーテックスと勇者の戦闘が行われてしまえば、その余波だけでたくさんの被害が出てしまう。それを防ぐために、神樹様が現実世界を樹海に変えて四国を守ってくださるの。樹海に変わると現実世界は時間が停止した状態になるから、その中で私達勇者はバーテックスと戦うのよ」

「そうか……だからあの時……」

 志騎が樹海化の前に体験したあの時が止まった現象は、樹海化の前触れのようなものなのだろう。だが須美は何故か表情を険しくして話を続ける。

「だけど、樹海化も万能というわけではないわ。樹海化の時間が長引けば長引くほど神樹様の力は消耗されていくし、バーテックスや勇者の攻撃で樹海が傷ついてしまうと、それは原因不明の事故や災害といった形で現実世界に悪影響を及ぼしてしまう。だから私達は極力樹海を傷つけず、一刻も早くバーテックスを撃退しなければならないの」

 須美の言葉に志騎はバーテックスとの戦闘の翌日、ニュースで山火事が発生したという情報が流れていた事を思い出した。あの時は山火事なんて珍しいなと思ったが、もしかしたらあれはバーテックスとの戦闘で樹海が傷ついた影響を受けたからなのかもしれない。

「一応これが私達の知ってるお役目についての情報だけど……。他に何か聞きたい事は?」

「ああ、最後に一つ。あいつは一体何なんだ?」

「あいつ?」

「あいつだよ。自称天才美少女精霊の……」

 と、そこまで言いかけた時だった。

「おいおい志騎。自称とは失礼だな。私はれっきとしたてぇんさい美少女精霊だぞ?」

 そんな声が突然したかと思った次の瞬間、志騎の頭にぽふりと何かがのっかった。志騎が迷惑そうな表情で自分の頭の上を見上げると、そこには樹海で出会った自称天才美少女精霊、刑部姫が腹を志騎にくっつける形で彼の頭に乗っかっていた。重さはそれこそぬいぐるみ程度の重さしかないが、だからと言って頭の上に乗られるのはあまり良い気分ではない。

「その子って……確か樹海で出会った……」

「ああ、そうだよ。てかお前、なんでスマートフォンを操作してないのに出てきたんだ?」

「ふふん、私は別にお前がスマートフォンを操作しなくても、勝手に出たり消えたりする事ができるのだよ!」

「うわっ、最悪だ……」

 それはつまり志騎の意思など完全無視で、好きな時に出たり消えたりする事が可能という事である。

 志騎が思わず呻くと、突然現れた刑部姫に何故か安芸がため息をついた。

「刑部姫、あまり四人を驚かせないでちょうだい」

「あまり固い事を言うなよ安芸。これから説明するんだし、別に構わないだろう?」

「……あれ~? 安芸先生って、もしかしてひめちゃんとお知り合いなんですか?」

「おい、私にまで珍妙なあだ名をつけるな、乃木園子」

 舌打ちと共に若干イラっとした口調で言いながら刑部姫が園子を睨みつける。安芸とは親しい口調で会話を交わしていたのに対し、園子に対してはこの反応である。こうしてみると、どうも刑部姫は志騎と安芸に対しては気安い口調で話すが、それ以外の人間に対しては今の園子やこの前の須美のようにやけに辛辣な態度が目立つ。

「知り合いと言えば知り合いよ。だけどその前に、精霊について説明をしておかないといけないわね。神樹様には地上のあらゆるものが概念的な存在として蓄積されているの。それらの記録にアクセスし、抽出、そして具現化した存在----それが精霊よ。刑部姫は大分前から私達に協力している精霊でね、その頃からの付き合いなの」

「ま、そういう事だ」

 安芸の説明に刑部姫が首肯する。協力している、と言う割には二人の間の口調はまるで友人のようだ。だいぶ前からとは言うが、どれくらい前から協力関係を結んでいるのか志騎は少し気になった。

「でも、どうしてその精霊が天海君と一緒にいるんですか?」

「一言で言ってしまえば、天海君のサポートよ。自分で『天才美少女精霊』って言ってるから信じられないかもしれないけど、本当に彼女の知能は並みの人間以上なの。彼女なら天海君のサポートが可能って理由で、彼女を天海君の勇者システムに組み込んだのよ。私達は天海君が本当に勇者になれるか半信半疑だったから、お役目の事も話せなかったしね」

「サポートって事は……これからもこいつが俺達と一緒に行動するんですか?」

「ええ。今の刑部姫自体には戦闘能力はないけど、それでも色んな所であなた達のお役目の手助けをする事は出来るはずだから。それにバーテックスとの戦闘中は現実世界の時間は止まってしまうから私達は動けないけど、精霊の刑部姫なら勇者と一緒に行動する事ができるから、連絡役としても役に立つしね」

「ま、志騎はともかくとしてお前達三人のために働くなど反吐が出るが、そこは我慢してやる。泣いて感謝しろよアホ共」

「……志騎ー、こいつ叩いて良い?」

「天海君、この子吊るして良いかしら?」

「落ち着け二人共。イラっとするのは分かるけど」

 刑部姫の毒舌に堪忍袋の緒が切れそうなのか、須美と銀が青筋を立てる。それを慌てて志騎がなだめるが、当の刑部姫はどこ吹く風であくびをしている。まだ会って間もないが、志騎には刑部姫の性格が大体分かってきた。分かりやすく言ってしまうと、人の怒りに油を注ぐような奴だ。

 それを証明するかのように、四人のやり取りを見ていた安芸は頭痛をこらえるかのように額を手で抑えている。どうやら彼女も何回か、刑部姫の毒舌っぷりに翻弄された事があるらしい。もしかしたら大赦の神官達に対してもこのような態度を取っているのかもしれない。それが本当ならば、安芸の心労はかなりのものだろう。今夜の晩御飯は胃に優しいものを作ってあげようと志騎は思った。

 ちなみに園子は園子で「よろしくね~、ひめちゃん」と笑顔で刑部姫に言い彼女をさらにイラつかせていた。きっと嫌がらせではなく、純粋に天然なのだろう。前々から思っていたが、将来彼女はきっと大物に育つに違いない。

 志騎が二人をどうにかなだめると、冷静さを取り戻した銀がこんな事を言った。

「でも勇者のサポートをしてくれるっていうのは良いよなぁ。ねぇ先生、あたし達も精霊と一緒に戦う事ってできないんですか?」

 銀の質問に安芸は肩をすくめながら、

「それは無理ね。天海君の勇者システムはあなた達のものとは違って彼専用に調整されたものだから、刑部姫を組み込む事ができたの。だから今のところ、彼のように精霊をあなた達の勇者システムに組み込む事はできないわ」

「ええー。ずるいー、志騎ばっかり不公平だー!」

 よほど志騎の精霊がうらやましかったのか、銀が不満を口にする。まぁ確かに刑部姫のように毒舌を口にしまくる精霊など嫌だろうが、それを抜きにすれば勇者をサポートしてくれる存在というのは非常に心強い存在だろう。見た目もゆるキャラのようなので、人によっては心の癒しにもなるかもしれない。

「三ノ輪さん、あまり天海君を困らせないの」

「うう……はーい」

 そう銀をたしなめると、須美はもう一度こほんと咳ばらいをした。

「少し話が長くなってしまったけれど……お役目についての事は分かった?」

「ああ、大丈夫だ。つまり勇者になって、バーテックスを撃退して、神樹様を守る。それが俺達勇者のお役目って事だろ?」

「ええ、そうよ」

 こうしてまとめるとシンプルだが、その責任は非常に重大だ。何せそのお役目に失敗してしまえば、文字通り世界が滅んでしまうのだから。責任感が強い須美がバーテックスとの戦闘後に思い詰めていたような表情を浮かべていたのも、当然だろう。

 いや、それはきっと須美だけではない。表情には出さないがきっと銀と園子も、自分達が今いる世界を守りたいという強い思いを抱いているのだろう。普通の人間ならば押しつぶされてしまいそうな責任感を背負いながら、彼女達はこれからもバーテックスと戦っていくに違いない。

 一方自分は突然お役目に巻き込まれ、たまたまバーテックスと戦う事になった一般人と何ら変わらない。

 正直こうして須美達から話を聞いても、お役目の責任の重さや、戦いの厳しさをまだ十分に理解できていない。心構えの面からしても、須美達に比べたら自分は圧倒的に下回るだろう。

 それでも。

 世界の命運を賭けて戦う彼女達の力になりたいというこの想いは、紛れもなく志騎自身の本心だ。

 勇者としては半人前も良い所だが、それでも彼女達の力になるためにも今は自分の役目をきっちりと果たしていきたいと、志騎は思った。

「ま、お前達からしたら突然の事で悪いけど、改めてこれからもよろしくな」

「ええ。この美しいお国を守るために、一緒に頑張りましょう!」

「お~!」

「おー!」 

 須美の声に合わせるように、園子と銀が力強く片腕を真上に突き出すのだった。

 

 

 

 

 帰り道、夕日に照らされながら志騎と銀は一緒に歩いていた。園子と須美とは帰り道が別なので途中で別れ、安芸と刑部姫はやる事があるらしくまだ学校に残っている。

「だけど、お役目とやらがまさかあんな化け物と戦う事だったとはな……。さすがに少し驚いた」

「あはは、それはそうだよ。あたしだって初めて聞いた時は驚いたし」

 志騎の言葉にからからと笑う銀を見て志騎はある事に疑問を覚え、こんな事を尋ねた。

「なぁ、銀。お前は怖くなかったのか? あんな化け物と戦うって聞いて」

 バーテックスと戦うという重大な役目を負ってはいるが、銀達はまだ小学生だ。

 そして、世界を守るという綺麗な言葉を使ったとしても、戦いというのは要するに相手と命を奪い合う殺し合いだ。普通ならば世界を守るという使命感よりも、命を失うかもしれないという恐怖が先に来る。

 とは言ってもそれは別に恥ずかしい事ではない。自分の命を失うのが怖いというのは生物としては当たり前のことだ。むしろ、それに恐怖を抱かない方がおかしいだろう。あえてひどい言葉を使うならば、生物として間違っている。

 だから志騎は気になったのだ。目の前で明るく笑う少女が、戦うという事自体に恐怖を覚えているのかどうかが。

 すると銀は一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、すぐに柔らかい笑みを作って言った。

「そりゃああたしだって最初はちょっとは怖いって思ったよ。……だけど、さ。もしもバーテックスが神樹様を壊したら、この世界は滅んじゃうだろ? そうなったらこの世界に住んでる人達が全員死ぬ。そう考えたら、怖がってる暇なんて無い、あたしに勇者として戦う力があるならこの力で皆を護りたいって、そう思ったんだ」

「………」

「まぁ、それにほら! 勇者ってすごいカッコいいだろ? 皆や家族を護る美少女戦士って、あたし憧れてたからさー」

 あははは、と真面目な口調から一転して元の明るい口調に戻るが、志騎にはそれがあえて場を明るくするためのものだというのが分かっていた。彼女は何の考えもなしに能天気な事を言うような馬鹿ではない。そしてそんな彼女だからこそ、世界を守るというあまりに大きすぎるお役目に強い想いをもって励む事ができるのだろう。まぁ、それは他の二人も同じだろうが。

 そしてそんな幼馴染の姿が、志騎には眩しく見えた。

「そっか。お前はすごいな、銀」

「え!? い、いや、そうかなー」

 あはは、と銀は照れ臭そうに頬を掻くが、ふと何かを思い出したのか真剣な表情になると志騎の目をまっすぐ見た。

「なぁ志騎。あたしからも一つ聞いていいか?」

「ん? 何だ?」

「……あのさ、志騎。お前は……」

 だがそこで、銀の言葉が止まった。いや、正確には尋ねるべきか否かを判断しかねているという顔だ。尋ねてみたいが、尋ねるのが怖くて思わず口が止まってしまったような、そんな感じだ。

「銀? どうした?」

 志騎がそう尋ねると、銀は無理やり笑みを浮かべると志騎に言う。

「……いや、なんでもない! 悪い、今のは忘れて!」

「はぁ? お前何言って……」

「そんな事よりも、早く帰ろ! あたし腹減っちゃったよ。今日の晩御飯何かなー」

「お、おい。引っ張るな」

 志騎の右手を掴んで、銀は志騎の手を強く引いて歩きだす。無論それに抵抗できるはずもなく、志騎は銀に引っ張られるまま歩いて帰って行った。

 結局その時、銀が何を尋ねたかったのか、志騎にはまったく分からなかった。

 

 

 

 

 

 

「「いただきます」」

 夜七時、志騎は学校から帰ってきた安芸と一緒に夕食を取っていた。今日の夕食はご飯にじゃがいもを使った味噌汁、それに豚バラ肉と大根の煮物、ピーマンのきんぴらサラダだ。味噌汁の具については家庭それぞれだろうが、志騎はじゃがいもを使った味噌汁が好きだった。なお、煮物についてはあの自称天才美少女精霊に苦労している安芸の胃を心配して作ったものである。ピーマンのきんぴらサラダについてはもう言わずもがな。

 二人が料理を食べていると、不意に安芸が白米の入った茶碗を置いて志騎に言った。

「……志騎、ごめんなさい」

「……何がですか?」

 志騎が安芸の顔を見てみると、彼女の顔はどこか浮かないものだった。その表情に志騎が少し戸惑っていると、安芸が再び口を開く。

「本当なら、あなたに事前にお役目の事をきちんと伝えておくべきだったわ。そうすればすぐに変身してバーテックスと戦って、あなた達の被害を少なくする事だってできたはずなのに。私自身あなたが本当に変身できるか半信半疑だったから、あなたにお役目の事を伝えなかった……。もしも少しでも対応が遅れていればあなたは死んでいたかもしれないのに……」

 つまり、志騎が本当に勇者になれるか分からなくても、志騎にその可能性がある事ぐらいは伝えておくべきだったと安芸は思っているのだろう。志騎本人としてはもう過ぎた事なのであまり気にしていないが、確かに安芸の言う事も分かる。

 今回刑部姫が志騎の元に現れ、変身の仕方を教えてくれたから良かったものの、もしもそれが遅れていたら安芸の言う通り志騎はあのバーテックスに殺されていたかもしれない。実際、銀達を助けるためとはいえ一度攻撃もされた。もしもあの攻撃が直撃していたら、今こうして安芸と夕飯を共に食べる事はできていないだろう。

 それを考えると、やはり自分にお役目の事をきちんと話していれば良かったのではないかと、今の安芸は思っているに違いない。

 志騎は一度茶碗をテーブルに置くと、俯く安芸の顔をまっすぐ見つめる。

「俺は別に気にしてませんよ。安芸先生が俺にお役目の事を話さなかった理由もなんとなく分かります。今まで前例が無かったんですから、安芸先生達大赦が戸惑うのも無理はないですよ。安芸先生が責任を感じる事はないんです」

「志騎……」

「……でもこんな事を言っても安芸先生の気が済まないと思いますから、今後はお役目に関する事は正直に話して欲しいのと、銀達のサポートをきちんとしてあげてください。それでチャラって事で良いですか?」

 志騎の提案に安芸は思わずきょとんとした表情を浮かべるが、やがて柔らかな表情を浮かべるとゆっくりと頷いた。

「ええ、そうするわ。志騎、ありがとう」

「礼なんていりませんよ。大体礼を言うのは俺の方です。こんな俺を、ここまで……」

 と、その時だった。

「ほー、これが志騎の作った飯か! なかなか美味そうだな!」

「げっ、刑部姫!?」

 突然花びらが舞い散ると共に刑部姫が現れ、それに志騎が目を見開いて驚く。安芸は突然現れた刑部姫に驚く様子は見せていないが、はぁとため息をついていた。刑部姫はまじまじと料理を見ていたが、突然志騎の豚バラ肉を行儀悪くつまむとぱくりと口に運ぶ。

「む、美味い! 安芸から聞いていたが料理上手だな!」

「ふざけんな人の飯を勝手に食うな! 吐き出せ!」

「はははっ! 生憎だがもう食べてしまったのでな! それが嫌なら今後は私の分の飯もちゃんと用意しておく事だな!」

「ちょっと待て、まさかとは思うがここで飯を食う事はもうすでに確定事項なのか……!?」

 悪い冗談だと思いたかったが、刑部姫の様子を見ると彼女は本気のようだ。今はもう志騎の食事に手を出していないが、放っておいたら今後また食卓に現れ、そのたびに二人の食事に手を出すだろう。付き合いは短いが、何故か刑部姫ならば間違いなくそれを実行するという妙な確信が志騎にはあった。

「最悪だ……」

 どうやら次からの食事は刑部姫の分も用意しなければならないらしい。それを想像して、志騎はそう呟きながら重いため息をついた。

 

 

 

 夜十一時、夕食の後安芸と協力して洗い物を終え、それから入浴を済ませてから翌日のための予習と復習を終えた志騎は自分の部屋でベッドに入っていた。今日だけでもお役目についての説明が色々あった事で疲れていたのか、彼はすぐに眠りの世界へと旅立って行った。そんな彼の部屋に、ある人物がドアを開けて静かに入ってきた。

 その人物----安芸は部屋に入ると志騎が夜更かししてないかこっそりと近寄って彼の寝顔を確認する。志騎が夜更かしをするような人間ではない事は分かっているのだが、どうも教師としての彼女の性格のせいかこういった確認は念を持って行う癖があった。まぁそれもさすがに毎晩ではなく、たまにぐらいの頻度なのだが。

 そして志騎がきちんと眠っている事を確認すると彼の髪の毛を優しく撫で、部屋を出てから起こさないようにドアをゆっくりと閉じた。それから自分の部屋に戻ろうとしたその時。

「----志騎はもう眠ったようだな」

 そんな言葉と共に、刑部姫が安芸の肩の上に現れて彼女の肩にちょこんと乗った。安芸はそれに相変わらず驚く様子を微塵も見せず言葉を返す。

「朝も早いし当然よ。夜更かしもしないし、そこだけはあなたと一緒ね」

「当然だ。睡眠不足は頭脳労働の天敵だ。寝不足で働くなど無能と馬鹿の証だ。そう言うお前はちゃんと寝ているのか?」

「当然よ。あなたに言われるまでもないわ」

「なら良い」

 二人はそんな世間話をしてから、本題に入る。最初に口火を切ったのは刑部姫だった。食卓の時に見せていたような笑顔を全く見せず、冷徹な瞳を安芸に向けながら、

「大赦のアホ共はどんな様子だった?」

「一般の神官達はやはり動揺してたわね。上層部は前から知っていたから大して動揺してなかったけれど。あなたの方は? 何かバーテックスについて分かった事はある?」

「ああ」

 頷きながら刑部姫は着物から、着物に収まるはずのない大きさのタブレットを取り出すと、小さい指で画面を操作する。

「志騎とガキ共のスマートフォンの戦闘データを解析したが、やはり西暦の時代と比べるとかなり強化されている。強化の可能性も考えて志騎の勇者システムを調整していたが、やはり今の段階だとまだデータ不足だな。今回戦ったのはアクエリアス・バーテックスだけだからまだどれぐらい強化されているかは分からんが、今後他のバーテックスとの戦闘データを得てどれほど強化されたか分かったら、また調整しなおす必要がある」

「そう……」

 刑部姫からの報告を受けた安芸はふぅーと息を吐くと、苦し気な表情を浮かべた。

「……いつか来るとは思っていたけれど、まさか本当に来るなんてね……」

「何を今更。この時が必ず来るのはお前も分かっていただろう」

「分かっているわ。……けれど本音を言えば、あの子には戦いとは何の縁もない、三ノ輪さん達と一緒に普通の生活を送って欲しかった」

「例えバーテックスと戦う事になったとしても、このままあのガキ共と一緒に普通の生活を送る事は出来るだろう。……あれを使わなければ、の話だがな」

「………」

 あれ、という言葉に安芸は唇を強く噛みしめる。そして苦しそうな声で、

「……あれを使わない事はできないの?」

「無理だな」

 だが、その安芸の質問を刑部姫はばっさりと切り捨てた。

「戦いはまだ始まったばかりだ。最終調整もあるし、今はまだ使わなくても良いだろうが、この先もっと強力なバーテックスが出てくる事は想像に難くない。そうなったら嫌でもあれを使わなければならないだろう。例えそれが原因で、もう今のような日常を送る事ができなくなったとしても、な」

 ギリ、と奥歯を強く噛みしめる音が聞こえた。刑部姫が彼女の顔をちらりと見てみると、彼女の表情には強い苦悩の色が浮かんでいる。普段はクールな安芸がそのような表情を見せるのは、非常に珍しい事だと言えるだろう。そんな彼女を励ます様に、刑部姫は安芸の後頭部を優しく叩いた。

「そんな顔をするな。私もできるだけ志騎のサポートに励む。お前もガキ共と志騎の面倒をよく見てやれ」

「……ええ、分かっているわ。それが今の私の、すべき事だから」

 そう言う安芸の顔は、まだ苦悩の色を残してはいるものの、先ほどよりは大分普段の冷静さを取り戻していた。

 刑部姫はそれを確認すると、花びらを散らせながら安芸の肩からその姿を消した。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。