刑「ん? 何を読んでいるんだって? まぁそんな事はどうでも良いじゃないか。大切なのは、これから再び勇者達の物語が始まるって事だ。まぁ楽しんでくれ」
刑「では第二十九話、どうぞご覧あれ」
第二十九話 リスタート300
そこは、どこかの研究室のようだった。
大量のパソコンや機材が所狭しと置かれており、机やホワイトボードには何かの設計図が大量に張られている。照明は一つもつけられておらず、暗闇を照らしているのはたった一つだけついているパソコンのディスプレイの明かりだけだった。
パソコンの前に座りながら、キーボードをカタカタと高速で打っているのは小さな少女の形をしたぬいぐるみのような存在だった。彼女はキーボードから両手を離して椅子の背もたれにもたれかかかると、机に置かれていたマグカップに手を伸ばし、ブラックコーヒーを一気に口に流し込む。冷めてはしまったものの、口の中に入ってくる苦みと旨さにふーっと一息ついた。
と、部屋の中からカツンと足音が聞こえた。しかし、彼女には研究室に入ってきたのが誰かはもう分かっていた。この研究室に入ってくるのも入ってくる許可を与えているのも、一人しかいない。
「何の用だ、安芸」
少女----大赦所属の精霊、刑部姫が声を出すと、暗闇の中から姿を現したのは大赦の神官服と仮面を身に纏った人物だった。一見すると性別が分かりにくいが、髪を後ろで軽くまとめている事、そして体型からどうにか女性だという事が分かる。彼女は刑部姫に近づくと、感情が感じられない声で刑部姫に告げた。
「あなたにしてもらいたい仕事があります」
「仕事? 何だ、新しい勇者システムでも作れって言うのか?」
刑部姫が椅子から体を起こすと、さらに安芸が続ける。
「つい先日、バーテックスが再び出現し、勇者様によって討伐されたのはご存じだと思います」
「ああ、知ってる。確か讃州中学の生徒だったか?」
刑部姫からの確認に、安芸がええ、と肯定する。
刑部姫が言った通り、つい先日バーテックスの襲来が二年ぶりに観測された。その際に神樹によって讃州市にある中学校、市立讃州中学校の四人の女子生徒達が勇者に選ばれ、これを撃破。間もなく三体のバーテックスが撃退したが、こちらも見事に撃退したとの事だった。刑部姫はタブレットを取り出すと、勇者に選ばれた四人のデータを呼び出す。
「讃州中学勇者部……。そのまんまだな」
「世のため人になる事をする事が部活の活動内容のようです」
「世のため人のため、ねぇ。無償の活動ほど危なっかしいものも無いんだがな」
そう呟きながら、タブレットを操作して個人情報に目を通していく。
「部長の犬吠埼風に妹の犬吠埼樹……。犬吠埼ってまさか、あの犬吠埼夫妻の娘か?」
「はい。二年前の『瀬戸大橋跡地の合戦』の際に亡くなった夫妻の娘が、彼女達です」
瀬戸大橋の跡地の合戦は、大赦関係の間では語り草だ。二年前、バーテックスの大群が襲来し、三名の勇者達がこれを撃破。結果大橋は破壊され、重傷者多数、大赦の関係者二名を含む死者四名を出してしまったものの、バーテックスから世界と人々を護った。しかし代償に三名の勇者は戦闘不能の状態になってしまったため、勇者システムをアップグレードし、新たな勇者を選定し今に至る……というのが大赦の表向きの説明だ。本当はもう一人いた勇者の事は、ここにいる二人と大赦の上層部、そして三人の勇者の内一人しか知らない。
「なるほど。両親の仇を娘が討つ事を選んだって考えて良いのか?」
「姉の方はそうだと思います。妹の方は分かりませんが」
「ま、戦う理由はなんでも良いさ。それより、問題はこの二人だな」
画面に表示されたのは、赤い髪の毛の少女と黒髪の少女の顔だった。画像上に表示されている二人の顔の横に、それぞれの名前が表示されている。
「『結城友奈』と『東郷美森』……。一人は『友奈』で、もう一人は先代の勇者か。中々豪華な顔ぶれだな」
「上層部も、友奈様と美森様の活躍に一際強く期待されているようです」
「だろうな」
東郷美森は記憶は失っているものの先の戦いに生き残った勇者の一人であり、戦闘力はお墨付きだ。結城友奈は四国全土の勇者候補となっていた少女達の中では、最も高い勇者適性値を誇る。おまけに親から武術を習っていた事もあり、一般人ではあるが戦闘能力は決して低くない。大赦が彼女達に期待するのも無理は無いだろう。
「で、こいつらと私の仕事、一体どういう関係があるんだ?」
「近い内に、大赦によって選別された勇者を彼女達に合流させます」
「ああ、そういえば三ノ輪銀の端末はお前達に回収されたんだっけな」
勇者が戦いに用いる勇者戦闘の端末は別にその勇者専用のものでは無く、新しくカスタマイズする事で神樹に選ばれた別の人物も使う事ができるようになる。なお、安芸と刑部姫が知っている今はもういない勇者のシステムは刑部姫独自の改良が施され過ぎたせいで中身はまったくの別物となっており、そのためカスタマイズしたとしても他の人間が使う事が出来ない、実質その人物専用の勇者システムとなっている。ちなみに、勇者システムが組み込まれたスマートフォンと使われるデバイスは今は刑部姫が所有している。
「あなたは彼女と一緒に勇者部に合流し、勇者達のサポートおよび監視をお願いします」
「はぁ?」
さすがに親友と言えど今の言葉は看過する事が出来なかったのか、刑部姫は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、
「私に乳臭いガキ共と一緒に行動しろと? 嫌だよ面倒くせぇ。そもそもどうして私が行かなきゃならないんだ? サポートも監視も選ばれたガキ一人で十分だろう」
「確かに四人のサポートも監視も彼女一人で十分です。あなたの役割は、彼女を含めた五人のサポートと監視になります」
その言葉に、刑部姫はぴくりと眉を動かすと、何かを考え込むように両手の指を合わせて安芸の顔に視線を向ける。とは言っても、仮面を被っているのでどういった表情を浮かべているかは分からないのだが。
「……なるほどな。今の言葉で大体分かった。要するに、五人目も監視の対象って事だろ? 下手に人数を増やせば相手に不信感を持たれるし、だからと言って五人目だけだと監視に支障を来す恐れがある。だから精霊でもあり、ガキ共にも一切歩み寄らない私に任せる事にしたって事か?」
「……彼女はまだ十四歳ですし、相手の痛みが分からないほど鈍い人間でもない。勇者部に近づきすぎる事で、監視の目が鈍ってしまうのではないかと大赦は考えています。悪い事ではないと思いますが」
「万が一の事を考えると、放っておけないか……」
「その点あなたならば彼女に従う精霊という事にしておけば問題はありませんし、監視の目が鈍る事も無いでしょう」
「……そいつに従う、という点に関しては猛反対したいが、まぁそうだな」
刑部姫は指を合わせたまましばらく宙を睨んでいたが、やがて頭の後ろに両手を合わせて背もたれにどかっともたれかかると、
「分かった。だがその代わり条件がある。サポートと監視は私のやり方でやらせてもらう。大赦からの口出しは一切聞かない。それで良いなら吞んでもいい。どうせ大赦もサポートは期待してなくて、本命は監視だろ?」
「そうだと思います。上の方からも、監視をするならあなたの条件は全て受けて良いと言われていますので」
「私がこう言い出すって事は想定内って事か……。その上で監視を最優先にするって事は、大赦が気にしているのは勇者達じゃなくて、恐らく……」
その先はあえて言わなかったが、安芸には彼女の言葉の先が分かった。
条件を全て受けいれても、刑部姫に監視を命令した理由。それは大赦の方に、勇者達にどうしても知られたくない情報があるからだ。刑部姫も、同じ考えに至ったのだろう。
刑部姫はじっと何かを考え込んでいたが、まぁ良いやと呟くと安芸に言った。
「選ばれた勇者の情報をくれ。次にバーテックスが襲撃次第、そいつと一緒にガキ共に合流する」
「ええ、こちらになります」
「用意が良いな……」
安芸がスマートフォンをタップすると、刑部姫の手にしていたタブレットに彼女からデータが届く。どうやら刑部姫の言葉を予め予想していたらしい。彼女の手際の良さに舌を巻きながら刑部姫がデータを見てみると、画面に映し出されていたのは赤いリボンで髪の毛を二つ結びにした少女だった。映し出されている表情はどこか勝気そうであり、彼女が嫌いな一人の少女を連想させる。横には、『三好夏凛』という名前と詳細なデータが表示されていた。
「三好……。ああ、こいつ三好春信の出がらしか」
「………その言い方はどうかと思います」
三好春信とは大赦の神官の一人だ。それもただの神官ではなく、若くして大社の重要なポストに就いているほど優秀な人物である。そのため上層部とも繋がりがあり、志騎の正体を知る数少ない人物の一人だ。なので、刑部姫も彼に対しては一目置いている。
あまりの暴言にさすがに安芸も少しばかりの非難を込めるが、それぐらいで言葉を改めるような人格の持ち主ではない。タブレットを操作しながら、さらに彼女に関する情報を読み進めていく。
「ふーん。ま、さすがは勇者に選ばれる人間って所か。ストイックでぼっちだが、だからといって冷血な人間というわけでもない。こいつと一緒に行動しろってか?」
「はい」
「ま、良いや。これが楠芽吹だったら単独で動いてたけど、こいつはまだマシか」
楠芽吹というのは、勇者になる選別で最後まで夏凛と競っていた少女の名だ。最後は僅差の差で夏凛が勇者として選ばれたが、彼女は最後までそれに納得していなかったという情報を安芸とデータから得ている。
「……彼女は、嫌いですか」
すると、刑部姫は冷たい表情で、
「嫌いだね。最後までピーチクパーチク自分の方だって成績は負けていなかっただの、選考をやり直せだの……。どれだけ自分を高く見積もっていればあんな事が言えるんだか」
「実際彼女も成績は非常に優秀でしたし、どちらが勇者に選ばれてもおかしくはありませんでした。彼女がそう言うのも、無理はないです」
「知るかよ。どれだけ優秀であろうとも関係ない。要するに、勇者として必要なものを三好夏凛が持っていて、楠芽吹は持っていなかった。だから勇者に選ばれなかった。それだけの事だろう。それをいつまでも未練がましく……。私が一番嫌いなタイプだ。ま、そう考えればまだ三好夏凛で良かったかもな。楠芽吹と一緒に行動しろって言われたら、本当に殺しかねないし」
刑部姫はこう言うが、それは恐らく楠芽吹も同じだろうと安芸は思う。自分が見た感じであるが、刑部姫と楠芽吹の相性は最悪だ。水と油という言葉があるが、その程度ではまだ足りない。彼女達にぴったりの言葉を挙げるならば、不倶戴天の天敵。それが、刑部姫と楠芽吹を表すのにちょうどいい表現かもしれないと安芸は思った。
「では、勇者様達の件よろしくお願いします。必要な情報がありましたら、随時連絡してください。私はこれで失礼します」
そう言ってぺこりと頭を下げると、研究室を出ていこうとする。親友の後ろ姿を眺めていた刑部姫は、彼女の背中に向かってこう言った。
「……どうでも良いけど、敬語はやめてくれないか? それ聞いてると背中がむずがゆくなってくる」
しかし安芸は刑部姫の言葉を無視して、研究室を出て行った。やれやれと刑部姫は肩をすくめると、椅子から立ち上がって目を閉じる。次の瞬間、彼女の姿が花びらと共に研究室から消え、別の場所へと転移した。
「……相変わらず、気持ち悪い場所だな」
刑部姫が転移したのは、病室に見える場所だった。やや曖昧な表現になってしまうが、内装が一般の病室とはあまりにかけ離れすぎていて、病室と断定する事が不可能だからだ。
出入口近くには何かの飾り、天井や壁には形代と呼ばれる和紙で作られた人形がびっしりと貼り付けられ、入り口には鳥居まで設置されている。これでは病室というよりも、小規模な神社のようだ。
「こんな所にいてつまらなくないか? それとも、案外神様扱いされて気分が良かったりするのか? なぁ、教えてくれよ。----三ノ輪銀」
刑部姫の視線の先は、部屋に設置されているベッド、正確にはベッドの上の少女に向けられていた。
全身を包帯で巻かれており、かろうじて見えるのは両手の先と頭からこぼれる髪の毛ぐらいだ。両目に当たる位置も包帯で巻かれているので、彼女がどんな表情をしているのかは分からない。だが、包帯で隠された両目から刺々しい視線が自分に突き刺さるのを、刑部姫は感じた。
「………気分が良いわけないだろ。こんな所に祀られたって、嬉しい事なんて一つもないし」
少女----銀の口から出たのは、二年前の彼女では考えられない声だった。
怒り、憎しみ、悲しみ……そういった負の感情が全て込められた声にも、涙を流し過ぎて悲しみという感情が枯れ果てた人間の声にも聞こえた。刑部姫はベッドの真正面にパイプ椅子を置くと、椅子に座り込みながら、
「ま、それもそうだな。少し残念だ。神様扱いされて嬉しいのなら、今度何か貢ぎ物でも持って来てやろうと思ったんだけどな。ちなみに何が良い? しょうゆ味のジェラートか? ああ、でもお前もう味分かんないんだったな」
「……分かってて言ってるんだろ」
「当然だろ?」
「くたばれ」
「はは」
交わされる二人の会話は険悪だが、それも当然だ。二人は元々友人などではないし、二年前のある時期以降元々悪かった二人の仲はさらに最悪なものになった。なのに刑部姫がここに来るのは、単なる暇つぶしぐらいの理由でしかない。
「……新しく勇者が選ばれたらしいな。お前達大赦は、また同じ事を繰り返すんだな」
「同じ事、とは?」
「とぼけんなよ。人類継続って理由で勇者を戦わせて、生贄にするんだろ。アタシ達にしたみたいに」
「………」
「それに、選ばれた勇者には須美もいるんだろ。両足が動かなくなって、友達の記憶も失ったアイツを、また戦わせるんだろ。大赦は、どれだけ須美を……勇者を苦しめたら、気が」
「そこまでにしておけよ小娘」
刑部姫の氷のような声音が銀の右耳に響き、銀の言葉を強制的に黙らせた。
「二年前も言ったはずだ。これは私達と天の神の生き残りをかけた戦争なんだよ。勝てば人類は継続し、負ければ人類全て死に尽くす。誰にも選択肢なんてない。戦うのをやめるって事は、人類が死ぬのと同義だ。ま、今こうして生きている奴らがまとめて死んで良いって言うなら別に戦いを放棄するのも一つの手だろうがな。しかし、かつての勇者様も随分口が悪くなったものだ。もしも鷲尾須美や乃木園子、志騎が知ったら何て言うか----」
まるでからかうように刑部姫が言った直後。
「お前が」
刑部姫の耳にまるで奈落の底から響くような、銀の声が聞こえてきた。
「志騎の名前を」
それは、殺意と憎悪が入り混じった、どす黒い声。
「口にするな」
刑部姫が銀の方を見てみると、銀は刑部姫にまっすぐ包帯にまかれた両目が自分に向けられていた。きっとあの包帯の下では、憎悪が込められた双眸が自分を睨んでいる事だろう。
だが、それだけの殺意を受けても刑部姫はどこ吹く風で、
「へぇ。もしも次口にしたらどうするんだ?」
「殺す」
目の前の存在を、確実に絶つという負の言葉。そんな言葉を容赦なく告げる銀に、刑部姫は鼻で笑いながら、
「勇者が殺すなんて言うなよ。そこは倒すだろ? なぁ、勇者様」
皮肉いっぱいの言葉に、銀は何も答えない。二人は互いに睨み合っていたが、やがて銀は両目を閉じるように軽く俯くと疲れた声で、
「もう良い。お前と話していると疲れる。どっか行けよ」
「言われなくても行くさ。私もお前のようなガキと話すのは反吐が出る」
「じゃあ何でいちいちアタシの所に来るんだよ」
「暇つぶしと嫌がらせ」
「地獄に落ちろ」
「生憎、本体はもう死んでるんでな」
そう言うと刑部姫は大量の花びらと共に、病室から姿を消す。刑部姫が消えた場所を銀はしばらくじっと睨みつけていたが、やがてベッドに体重を預けると天井を見上げる。頭上の天井には形代は無く、代わりに大赦の紋章が真上から銀を見下ろしていた。
「……勇者様、か」
こんな目に遭うために、勇者になったわけじゃないんだけどな、と銀は心の内で呟く。
自分はただ家族を、友達を、幼馴染を護りたかっただけだ。バーテックスを全て倒せば自分達はずっと平和な日常を送る事ができる。バーテックスを全て倒して自分達が勇者じゃなくなっても、四人はずっと友達だ。そう、信じていた。
だが結果はこれだ。
友達の一人は両足と記憶を失い、一人は全身のほとんどと一人の大切な友達の記憶を丸ごと失い、一人は命を失った。家族にはまったく会えず、こうして一人祀られる。いや、祀られるだなんて言葉で取り繕われているが、要するに外部と接触するのを防ぐために閉じ込めているだけだろう。会いに来るのは、意地悪な事だけ言う性悪精霊だけ。狂ったりしていないのが不思議なほどである。
正直な話、狂ってしまった方が楽なのではないかと思った事は何回もある。でも、それは出来なかった。自分を失ってしまうのが怖いというのもあるが、それ以上に自分まで友達や、幼馴染の事を忘れてしまうのが怖かったのだ。何もかも失った自分にとって、かつて友達と幼馴染と過ごした記憶は絶対に忘れたくない大切なものだったのだ。
しかし、最近はそれも限界だった。
友達に会う事も出来ない、大好きだった幼馴染にも会う事ができない日々の生活は、確実に少女の心を削り取っていく。狂う事も出来ず、死ぬ事も出来ない今の状況は、生き地獄としか言いようがない。
「須美……園子……。………志騎」
大切な二人の友達、そして大好きだった少年の名前を静かに呟く。
少女の両目を覆う包帯が、じわりと濡れた。
バーテックスが襲来し、新しく選ばれた勇者達がこれを撃破してから一ヶ月半後、再びバーテックスが襲来した。そしてバーテックスによる世界の崩壊を防ぐため、神樹が作り出した結界、樹海で四人の少女達がこれを迎撃しようとしていた。
四人は讃州中学勇者部に所属する少女達であり、うち二名が二年生、一名が一年生、残り一名が部長の三年という構成になっている。四人はすでに勇者装束を身に着けた姿に変身しており、バーテックスが接近してくるのを待っている。バーテックスがいる壁の外へは、大赦の教えで向かう事ができないからだ。
と、緊張感が漂う空気の中で待つ四人の目にゆっくりと浮遊しながらやってくるバーテックス----カプリコーン・バーテックスが映った。
「あ、来た!」
そう言ったのは桜色の髪の毛をした少女だった。身に纏う勇者装束の色はピンク色で、両腕には防具兼彼女の武器である手甲が装着されている。
彼女の名は結城友奈。勇者部所属の二年生で、よく言えば明るく元気で人懐っこい、悪く言うとやや能天気な性格の少女だ。一方で、四国全土の勇者になれる資格を持つ少女の中で最も高い勇者適性値の持ち主でもある。ちなみに変身しているため髪の色が変わっており、本来の髪の色は赤毛である。
「落ち着いて! ここで迎撃するわよ!」
一同を落ち着かせるように声を発したのは、黄色の髪の毛と同色を基調にした勇者装束を纏う少女だ。名前は犬吠埼風。勇者部を立ち上げた張本人であり、勇者部部長。今は緊張のためかやや張りつめた表情を浮かべているが、実際の所は時々おちゃらけた部分はあるがいざという時は勇者部をまとめる、他の三人にとっては頼りになる姉御肌な部長である。なお、彼女も変身で髪の色が変わっており、本来は茶髪である。
そしてバーテックスを遠くから狙う黒髪の少女が一人いる。
少女の名は東郷美森。結城友奈の大親友であり、過去二年間の記憶を失っている少女である。戦闘では狙撃銃、二挺拳銃、拳銃を使い分けバーテックスを狙い撃つ凄腕の狙撃手だ。実は記憶を失う前に名乗っていたある名前があるのだが、その名前を知るものは勇者部の中にはいない。
「一か月ぶりだから、ちゃんとできるかな……」
自分達に接近してくるバーテックスを見て、友奈が不安そうに言う。彼女達が最後にバーテックス達と戦ったのは、友奈が言った通り約一か月前だ。それから戦闘は一度も無かったので、彼女が不安がるのも無理は無いだろう。
「え、えっとですね……ここを、こうこう……」
そう言ってスマートフォンで戦い方の解説をしたのは、友奈の横にいる小柄な少女だ。黄緑色の勇者装束に身を包み、その容貌には小動物のような可愛らしさと気弱さが同居している。また、彼女の容姿はどこか風と似ていた。
それもそのはずで、彼女の名前は犬吠埼樹。部長の犬吠埼の風の妹である。勇者部唯一の中学一年生であり、姉の風を心の底から慕っている。あまり戦闘向きとは言えない性格の持ち主だが、いざ戦闘となると勇者としての武器であるワイヤーで友奈達をサポートする。
この四人が、バーテックスから世界を守る讃州中学勇者部のメンバーだ。
友奈が樹から戦闘方法をほうほうと頷きながら聞いていると、そばにいた風が突然両手を声を上げ、
「えーい! 『成せば大抵何とかなる!』 四の五の言わず、ピシッとやるわよ!」
「「は、はいっ!」」
若干緊張感が薄れてしまった雰囲気に活を入れるような風の言葉に、二人は慌てて返事をした。
「勇者部ファイトー!」
「「おー!」」
風の開戦を告げる声に、友奈と樹も元気よく応え、ついに戦いが始まる……と思われた瞬間、突如カプリコーンの頭部が爆発した。
「ええっ!? ちょっ……!」
「東郷さん!?」
「……私じゃない」
突然攻撃を受けたカプリコーンに風と樹の二人は目を丸くし、親友の攻撃かと思った友奈が東郷に目を向けるが彼女から返ってきたのは静かな否定だった。
じゃあ誰が、と思った一同の目に、カプリコーンに飛来する一人の少女の姿が目に入った。赤い勇者装束を纏い、髪の毛を二つ結びにした少女は自信気な笑みを浮かべ、
「チョロい!」
カプリコーン目掛けて二本の刀を投擲し、カプリコーンの体に刺さった二本の刀は轟音と共に爆発する。さらに樹海に一度着地して体勢を立て直し、再度跳躍すると右手に刀を一本生成し投擲する。
「封印開始!」
刀が地面に刺さると花びらが舞い散り、カプリコーンの体を花びらと不思議な光が包む。
バーテックスを倒すためには、二段階の手順が必要となる。
まず『封印』。これを行う事でバーテックスの動きを止め、バーテックスの心臓である『御霊』を引きずり出す。そして最後に御霊を破壊する事で、バーテックスを倒す事が可能となる。
とは言っても容易な事ではない。封印するためにはバーテックスにある程度ダメージを与えて動きを止め、その上で封印を行う必要がある。さらに封印の際にも神樹の力を使うため長い間の封印は出来ず、封印が長引けば長引くほど樹海にダメージが入り、結果現実世界に被害が出始め、最悪の場合封印のための力が尽きればバーテックスを封印する事が出来なくなり、世界は終わる。しかも御霊もただやられるだけでなく、様々な手を使って勇者達を妨害するために、ある程度時間がかかってしまう。
なので御霊を破壊する際には、どれだけ早く御霊を封印し、破壊するかが鍵となる。
「私の力、思い知れ!」
地面に降り立った少女が勝気な笑顔で言うと、少女の意図を知った風が声を上げた。
「あの子、一人でやる気!?」
通常、御霊を封印・破壊する際は複数人で行う。バーテックスが複数体いるなら話は変わってくるだろうが、今回のように一体ならば、あまり時間をかけずに複数人で畳み込んだ方が効率的である。少女はそれを、たった一人で行うようだ。
封印が進み、カプリコーンの頭部が開き中から逆三角錐状の物体が出てくる。バーテックスの魂と呼ぶべき存在、御霊だ。これを破壊すれば、バーテックスを倒せる。
と、最後の抵抗なのか御霊から紫色のガスが勢いよく噴出される。ガスは瞬く間に広範囲に広がり、勇者達の視界を遮る。
「な、何これ!?」
「見えないー!」
友奈達がガスで視界を遮られる一方で、少女だけは動揺すること無くその場にまっすぐ立っていた。
「そんな目くらまし、気配で見えてんのよ!」
気合と共に跳躍、ガスを噴き出していた御霊を一刀両断する。
「殲、滅」
『諸行無常』
少女のすぐ横にいた、鎧武者姿の精霊が老人のような声で言う。
切り裂かれた御霊が七色の光を上げながら消滅し、カプリコーンの巨大な体が膨大な砂へと還っていく。単独でバーテックスを倒した少女ははぁと息をつくと、自分の前にいる三人の少女達に視線を向けた。
「えーと……誰?」
友奈がややためらいがちに言うと、それに答えず少女はツンとした態度でこう返した。
「揃いも揃ってボーっとした顔してんのね。こんな連中が神樹様に選ばれた勇者ですって? はっ」
そう言って少女は、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
少女の言葉に一瞬気まずい雰囲気が流れ、そこに遠距離から戦況を観察していた東郷が合流する。どうにかその雰囲気を払拭しようと、再び友奈が口を開いた。
「あのー……」
「何よチンチクリン」
「チン!?」
自分への呼び名に友奈が驚くと、それを無視して少女が自信満々に自己紹介を始めた。
「私は三好夏凜! 大赦から派遣された、正真正銘、正式な勇者! つまりあなた達は用済み。ほい、お疲れさぶはぁ!?」
と、やや偉そうな態度をとっていた少女が奇妙な声を上げると共に、彼女の体が思いっきり前につんのめりそうになった。たたらを踏みながら少女----夏凛が後頭部を抑えると、彼女の背後から別の声が聞こえた。
「話が長い。無駄に偉そう。話し方がイラつく。話は短く端的に済ませろゴミクズ」
そう言ったのは、いつからいたのかぬいぐるみほどの体躯をした少女だった。黒と赤を基調にした大赦の神官服を着て、黒髪を背中まで伸ばしている上に、背中からは悪魔の翼のようなものがパタパタと羽ばたいている。どうやら先ほどの夏凜の奇行は、彼女が夏凜の後頭部を思いっきり蹴り飛ばしたかららしい。突然の登場に友奈達が唖然としていると、ダメージから回復した夏凜が涙目で、
「いきなり何すんのよ!」
「うるっせぇな。言っただろうが。話が長いし話し方イラつくんだよ。てか、最初からこいつらに喧嘩売ってどうするんだ。まともに会話する事も出来ないのかお前は」
「会話うんぬんであんたに言われたくないんだけど!?」
これについては、友奈達も夏凜に同意見だった。開口一発目から凄まじい毒舌が飛び出す少女に、会話うんぬんを問われたくはないだろう。
「あ、あのー。あなたは?」
「うるせぇ桜饅頭」
「桜饅頭!?」
少女の暴言に友奈が素っ頓狂な声を上げた。さすがに友奈も、初対面の人間から桜饅頭扱いされる経験は今まで無かっただろう。
「ど、どうして友奈さんが桜饅頭なんですか?」
樹が恐る恐ると言った感じで尋ねると、少女は友奈の頭を指差し、
「桜色の髪。で、お前の頭には脳みそも何も詰まって無さそうだからな。精々餡子が良い所だろう。だから、桜饅頭だ。いやだって言うなら紅白饅頭の方が良いか?」
「ちょっとあんた! 誰だか知らないけど、初対面の人間にそんな言い方……!」
「お前もうるさい。鳥並みの脳みそしかないんだから、女子力女子力言いながら枝にでも止まってろよ」
「あたしゃ九官鳥かー!」
「お、お姉ちゃん落ち着いて!」
暴言に暴れる風に、樹がどうにか落ち着かせようと抱き着く。先ほどの張りつめた空気から一転、あっという間にカオスとなってしまった空間に、友奈と東郷はおろおろするしかなかった。
「………?」
と、そこで東郷は少女の視線が何故か自分に向いている事に気づいた。彼女はまるで何かを探るように、東郷をじっと見つめている。しかし東郷が視線に気が付くと、すぐにふいっと視線を逸らしてしまった。
「あーもう! 落ち着きなさいあんた達! てか刑部姫! あんたも話をややこしくするんじゃないわよー!」
「うるせぇ出がらし」
「もう一回言ったらぶっ飛ばすわよあんた!!」
「うるさいのはあんた達よ!! ってか、本当にあんた達何なのよ! いきなり現れて友奈をチンチクリン呼ばわりするわ、あたしを九官鳥呼ばわりするわ!」
「九官鳥呼ばわりはしてない。九官鳥と同じぐらいの知能だとは思ってるけど」
「そ・う・い・う、問題じゃなーい!!」
ぜぇぜぇとツッコみしすぎて風が荒く息をついていると、何故か夏凜が額を抑えて、
「あんた達、言っておくけどこいつの言う事には耳を貸さない方が良いわよ。こっちが参るから……」
「そうね。そうするわ……」
どうやら少女に参っているのは夏凜も同じらしい。勇者部一同は、ついさっきまで自分達に生意気な態度を取っていた彼女に初めて同情の念を覚えた。
「でも、本当にあなた達は何者なんですか? 先ほど夏凜ちゃんは大赦の正式な勇者だって仰っていましたけど……」
するとようやく少女は真面目に答える気になったのか、ふよふよと浮かんで東郷の問いに答える。
「ああ、そうだ。こいつは三好夏凛。大赦が選別した勇者。で、私は……」
こほん、と軽く咳ばらいをすると、四人の少女達を見据えてにやりとあくどい笑みを浮かべた。
「----初めまして。神樹の加護の元に暮らす有象無象共。大赦所属の精霊にして、てぇんさい美少女精霊、刑部姫だ。敬意を込めて、気軽に刑部姫様と崇め奉って良いぞアホ共」
そんな、夏凜以上の自信がこもった自己紹介に、友奈達四人はぽかんと口を開けて、夏凜は後ろで痛む頭を抑えるように額に手を当てるのだった。
おかしいなぁ……。夏凜と刑部姫の勇者部のファーストコンタクトはもうちょっと大人しいものになるはずだったのに、どうしてこんな風になったんだろう……(汗)。