大赦から派遣された正式な勇者、三好夏凜という少女と言葉を流暢に話す精霊、刑部姫が友奈達勇者部の前に現れた日の翌日。友奈と東郷のクラスに転入生が現れた。
教室の黒板の前に立つ転入生を見て、思わず友奈と東郷は目を丸くした。何故ならその転入生が、昨日自分達の前に現れた少女だったのだ。
「----はい、良いですか? 今日から皆さんとクラスメイトになる、三好夏凜さんです」
友奈達のクラスの女性教諭が黒板に『三好夏凜』と少女の名前を書き紹介するが、当の本人は笑いもせずただ目を瞑ってツンとした態度で立っている。
「三好さんはご両親の都合でこちらに引っ越してきたのよね」
「はい」
「編入試験もほぼ満点だったんですよ」
「……いえ」
教師からの情報に生徒達から感嘆の声が上がるが、それを前にしても夏凜の態度は変わらない。まるでそんなのは当然だと言わんばかりだが……、何故か編入試験の事を答える際、一瞬返事に空きがあった。その時眉をピクリと上げていたが、それに気づいたのはクラスの中では彼女の顔をじっと見ている友奈ぐらいだった。
「さ、三好さんから皆さんに挨拶を……三好さん?」
と、怪訝な教師の声が夏凜にかけられる。さらに生徒達の間からも、同じような声がひそかに漏れ始める。それも当然で、何故か夏凜の体がふるふると震え始め、きつく両目が閉じられた顔からギリギリ……と奥歯を噛み締める音が聞こえてきたのだ。まるで、怒りを抑えるように。
そして教師が再度声をかけようとしたその時、がばっ! と夏凜が両腕を上げて叫んだ。
「----あーもううるっさい!! いちいち茶々入れるんじゃないわよー!!」
突然の奇行に友奈と東郷はおろか、クラスの生徒達と教師全員が一斉に目を丸くして夏凜を凝視する。
すると夏凜も自分の行動に気づいたのか、はっと我を取り戻すと、
「す、すいません! 今のは、えと、その……。……三好夏凜です、よろしく……」
場の空気に耐えられなくなったのか、夏凜の声が尻すぼみになっていき、最後の方はもう耳を澄ませないと聞こえないぐらいになってしまった。
こうして三好夏凜の転入初日は、非常にインパクトのあるものになってしまったのだった。……良い意味でも、悪い意味でも。
「おさかべー!!」
ビリビリ、と夏凜の大声が勇者部部室となっている家庭科準備室に響く。あまりの声の大きさに友奈、東郷、風の三人は耳を抑え、樹は思わずひう、と怯えた声を出した。
「何だよ、うるっせぇな」
と、ポテチをバリボリと平らげながら顔をしかめているのは、先日夏凜の後頭部を蹴り飛ばした大赦所属を名乗る精霊、刑部姫だった。なお、精霊は喋らないけれど、自分達を護ってくれる強力な味方であると共に、可愛らしいマスコットキャラのようなものという友奈達のイメージは、彼女の登場によって見事にガラガラと崩れてしまっていた。まぁ、空中で浮遊しながらポテチの袋に片手を突っ込み、咀嚼しながら荒っぽい話し方をする彼女を見ればそうなるだろう。
「何だよじゃないわよ! あんたのせいであたしを見る目がとんでもない事になってるんだけど! 先生なんて、『その、さっきはごめんなさいね……。茶々入れて……』ってすごく怯えた顔であたしに言ってきたんだけど!!」
「ま、傍から見れば完璧に教師にたてついた問題児だもんな。あの反応も当然だろうよ」
「だからあんたのせいでしょうが! 何他人事みたいな事言ってんのよ!!」
「いやだって他人事だし。奇行にはしったのはお前だし。そもそもお前友達いないし、何の問題があるんだよ」
「友達うんぬんは関係ないでしょうが!! 大体さっきのだって、あんたがいちいち頭の中で私に野次を入れてたのが原因でしょ!!」
「他人のせいにするなよ、見苦しい。これだから今の若いものは……」
「全部あんたのせいでしょうがー!!」
ぜぇ、ぜぇと昨日の風のように荒く夏凜が荒く息をつき、それを見た刑部姫が陰でケタケタと笑う。それを見て勇者部の面々は確信した。ああ、わざとやったなと。
「あの、お茶どうぞ……」
「……ありがと」
同情の念がこもった目で缶のお茶を東郷が差し出すと、夏凜は礼を言って缶を受け取りごきゅごきゅとお茶を一気に飲み干した。彼女達四人は夏凜にいきなりここに呼び出されたわけだが、さすがに現在進行形で精霊に振り回されている夏凜に色々質問をするほど、彼女達も鬼ではない。
少しして、夏凜がようやく落ち着いたのを確認すると風が口を開いた。
「え、えっとー。あんたが今日、友奈達のクラスに転入してきたのは、あたし達と一緒に戦うためだって思って良いのよね?」
すると夏凜の方も余裕を取り戻したのか、腕を組むとやや勝気な笑みを浮かべて、
「ええ、そうよ。ま、転入生のふりなんて面倒くさいけど、私が来たからにはもう安心ね。完全勝利よ!」
「その馬鹿みたいな自信はどこからやってくるんだか……」
「そこうっさい!」
椅子に横たわりながら、ポテチをほおばる刑部姫に夏凜がビシッと指をさして黙らせる。そこに、東郷が自分の疑問を挟みこむ。
「何故今このタイミングで……? どうして最初から来てくれなかったんですか?」
「私だって最初から出撃したかったわよ。でも大赦は、二重三重に万全を期しているの。最強の勇者を完成させるためにね」
「最強の勇者……?」
「最強の勇者(笑)」
「いちいち野次を飛ばさないと死ぬ病気にでもかかってんのあんた!?」
椅子の上でケタケタと腹を抱えて笑う刑部姫に怒鳴ってから、夏凜はどうにか気を取り直し、
「あなた達先遣隊の戦闘データを得て、完璧に調整された完成型勇者。それが私。私の勇者システムは、対バーテックス用に最新の改良が施されているわ。その上、あなた達トーシロとは違って、戦闘のための訓練を長年受けてきている!」
そう言いながら立てかけられていた箒を持つと、くるくると両手で鮮やかに回し、最後にピシッ! と決めた。なのだが、箒の長い柄が後ろの黒板に当たってしまい、どうにも締まらない結果になってしまった。
「黒板に当たってますよ……」
「躾がいのありそうな子ねー」
「何ですってぇ!?」
「わわ、喧嘩しないでぇ」
風がやんちゃをする子猫を見たように言うと、彼女の言葉に夏凜が噛みつき、樹が慌てて止める。夏凜もさすがに喧嘩をする気はないようで、ふんと鼻を鳴らして、
「もう良いわ。とにかく大船に乗ったつもりでいなさい」
「泥船の間違いだろうバーカ」
再度刑部姫が茶々を入れると、夏凜が黙れと言うように睨みつける。しかしそれに怯むような精霊では無く、「おお怖い怖い」と明らかに本心でない言葉を吐きながら椅子の上をくるくると回る。
「ねぇ、それでさっきから気になってんだけど……。これも、あんたの精霊なの?」
「あれ、今日は女子力女子力言わないんだな九官鳥」
「また言いおったな貴様ー!」
「どうどう」
暴れる馬をなだめるように刑部姫が両手の掌を風に向け、暴れる風を樹が昨日と同じように抱き着いて止める。これと言ったのは、夏凜のそばに鎧武者姿の精霊が静かに浮かんでいたからだ。
三人の様子を額を抑えて見ながら、夏凜が説明する。
「そうよ。そいつは刑部姫。昨日そいつが言った通り、大赦所属の精霊で、他の精霊とは違って会話もできる。……性格は見ての通り、最悪だけど」
「私の役目はお前達のサポート。大赦に命令されて、嫌々三好夏凜につく事になってサポートする事になった。ま、ある程度のサポートはしてやるよ」
「嫌々って……」
椅子に座り込みながら堂々とのたまう刑部姫に、風が思わず顔を引きつらせる。さすがにこうも真正面から宣言されては、怒りよりもむしろ感心してしまう。
「でも、喋れるってすごいですね。木霊と同じ精霊なのに……」
「おい犬吠埼妹。私をこんな奴らと同類にするな。次言ったら食い殺すぞ」
割と本気で嫌そうに言ってから、刑部姫はがぁっと思いっきり開ける。それに驚き、樹は風の後ろにそそくさと隠れてしまった。
「ま、確かに刑部姫は不安だけど、基本的には私と刑部姫でフォローしていく形になるわ。安心しなさい」
「そっか。よろしくね、夏凜ちゃん!」
「い、いきなり下の名前?」
笑顔で名前を呼ぶ友奈に夏凜が言うと、友奈は少し不安そうな表情を浮かべ、
「嫌だった?」
「ふん。どうでも良い。名前なんて好きに呼べばいいわ!」
そっぽを向いた夏凜に、友奈は打って変わって花のような笑顔になり、歓迎の言葉を告げた。
「ようこそ、勇者部へ!」
と、それを聞いて夏凜はぽかんとした表情を友奈に向けて、
「は? 誰が?」
「夏凜ちゃん」
「部員になるなんて話、一言もしてないわよ!」
「え、違うの?」
クエスチョンマークを頭の上に浮かべる友奈に、夏凜はぐっと顔を近づけ、
「違うわ。私はあなた達を監視するためにここに来ただけよ」
「え、もう来ないの?」
「また来るわよ……。お役目だからね」
「じゃあ部員になっちゃった方が話が早いよね!」
「確かに」
すると椅子の上で話を聞いていた刑部姫が、友奈と東郷の案に賛成するように、
「良いじゃないか三好夏凜。桜饅頭と東郷美森の言う通り、勇者部に入った方が効率が良いだろう。そもそもお前は人とのコミュニケーションが死んでるんだから、少しは人と話せよ」
「さすがにそこまでは酷くないわよ!」
と刑部姫の暴言に反論してから、夏凜はため息をつき、
「でもそうね……。確かにそれも一理あるし、そういう事にしておきましょうか。刑部姫の言う通り、その方があなた達を監視しやすいでしょうしね!」
「監視監視ってあんたね。見張ってないとあたし達がサボるみたいな言い方やめてくれない?」
夏凜の若干失礼な物言いに風が不満げに言うが、夏凜は意に介さず唇の端を上げながら、
「偶然適当に選ばれたトーシロが、大きな顔するんじゃないわよ!」
「むっ!」
謝るどころかなおも繰り返された上から目線に、風の表情が険しくなる。はらはらとした顔で見守る樹をよそに、夏凜はさらに追い打ちをかけるように、
「大赦のお役目はね。おままごとじゃないのよいやぁああああああああああっ!!」
言葉の途中で叫んだ夏凜の視線の先には、牛の姿をした精霊に頭の部分をもっしゃもっしゃと食われている自分の精霊の姿があった。急いで二体の精霊に近づき、どうにか離そうと自分の鎧武者の精霊をぶんぶんと振り回す。なお、刑部姫は同じ精霊がそのような目に遭ってもなんとも思わないらしく、腹を抱えて無言で爆笑していた。
「なななななななななな、何してんのよこの腐れ畜生ー!」
『外道め!』
と夏凜に助けられた鎧武者の精霊が言葉を発する。どうやら彼も刑部姫同様言葉を話せるようだが、刑部姫とは違って流暢に話す事は出来ないらしい。
「外道じゃないよ牛鬼だよー。ちょっと食いしん坊君なんだよね」
と、友奈は自らの精霊である牛鬼にビーフジャーキーを食べさせる。その様子を見て、刑部姫は「え、共食い……?」とちょっと驚いていた。
「じ、自分の精霊の躾も出来ないようじゃ、やっぱりトーシロね!」
「牛鬼にかじられてしまうから、みんな精霊を出しておけないの」
「じゃあ、そいつを引っ込めなさいよ!」
「この子勝手に出てきちゃうんだー」
「はぁ!? あんたのシステム、壊れてるんじゃ……」
「----おい結城友奈」
と、友奈の夏凜の会話に突然刑部姫が割り込んだ。え? と友奈が刑部姫を見ると、彼女はついさっきのあくどい笑みとはまったく違う真剣そのものの表情を浮かべて、友奈の顔を見ていた。
「今の話は本当か?」
「え、牛鬼が勝手に出てきちゃうって事? うん、本当だよ?」
「………」
刑部姫は牛鬼をじっと見てから、何かを考え込むように顎に手をやった。夏凜が「刑部姫……?」と声をかけても、まったくの無反応だ。その目はまるで、目の前の問題に取り組む科学者のように見えた。彼女はしばらく考え込んでいたようだが、「……ま、今は良いか」と呟くと手にしていたポテチの袋を丸め始めた。一旦引き締まった空気が再び緩むと、影響を真っ先に受けた友奈が夏凜の精霊に目を向けた。
「そういえばこの子、喋れるんだね!」
「私の能力にふさわしい、強力な精霊よ!」
「私と違って、ある程度の単語しか喋れないがな」
「あんたのように毒舌を言うよりは全然マシよこの性悪精霊!!」
「あ、手が滑った(棒読み)」
「痛ったぁ!?」
中に何か詰められていたのか、丸められたポテチの袋が高速で夏凜の額にぶち当たり、その痛さに夏凜が額を抑えて叫ぶ。友奈が床に落ちた袋を拾って、中に詰められていた物を取り出してみると、中に入っていたのは、
「野球の軟球……」
「硬球じゃなかっただけ感謝しろ」
「んなもんどこに入れてたのよあんたはぁ!」
と夏凜が突っ込むが、刑部姫はなんと硬球ですらなく掌ほどの大きさの石でぽんぽんとお手玉していた。下手をしていたら、あれがポテチの袋に入っていたのかもしれないと夏凜はようやく気付き、顔を引きつらせると共に背筋に寒気が走る。
「あ、どうしよう夏凜さん……」
「今度は何よ!?」
夏凜が樹の方を向くと、彼女はテーブルでタロット占いをしていたようだった。樹はテーブルの上のカードの絵を神妙な顔で見つめながら、
「夏凜さん、死神のカード……」
「勝手に占って不吉なレッテル貼らないでくれる!?」
しかし勇者部の面々はテーブルの上の死神のカードとお手玉をする刑部姫を交互に見ると、
「不吉だ……」
「不吉ですね……」
「ドンマイ、三好夏凜」
「せめて申し訳なさそうな顔して言いなさいよあんたー!」
言葉とは裏腹に、親指を立ててすごく嬉しそうな顔をする刑部姫に夏凜のツッコミが飛ぶ。とは言ってももちろん彼女の言葉が届くはずも無く、刑部姫はひゅーひゅーと無駄に上手い口笛を吹いている。
「ともかく! これからのバーテックス討伐は、あたしのもと励むのよ!」
すると友奈は口元に指を当てて、
「部長がいるのに?」
「部長より偉いのよ!」
「ややこしいなぁ……」
「ややこしくないわよ!」
と、二人が話しているのを見ていた風が夏凜を落ち着かせるように穏やかな口調で諭す。
「事情は分かったけど、学校にいる限りは上級生の言葉を聞くものよ。事情を隠すのも任務の中にあるでしょ」
風の言葉に納得したのか、夏凜はどうにか笑みを浮かべながら言う。
「……ふん。まぁ良いわ。残りのバーテックスを殲滅したら、お役目は終わりなんだし、それまでの我慢ね」
「うん! 一緒に頑張ろうね!」
友奈が元気よく言うと、夏凜は慌てて友奈の顔から目を逸らした。
「ふん! 頑張るのは当然! 私の足を引っ張るんじゃないわよ!」
言葉は強いものの、傍から見ると照れ隠しなのは明らかであり、そんな彼女に友奈以外の勇者部は思わず頬を緩ませた。
「ねぇ! 一緒にうどん屋さん行かない?」
「行かない。……必要ないわよ。行くわよ、刑部姫」
「もう帰るの?」
しかし友奈の言葉に何も返さず、夏凜は無言のまま家庭科準備室を出ようとする。
が、
「その前に、私からも良いか?」
突然刑部姫が口を開き、夏凜を含めた勇者部を見回す。それに勇者部だけでなく、部屋を出ようとしていた夏凜も立ち止まり刑部姫に視線を向ける。
「私は別にお前達が何をしようと興味はない。私がお前達に臨むのは、バーテックスを殺す事だけだ。だからそれに支障を来さない限り、お前達が世のため人のために馬車馬の如く働こうとも、馬鹿騒ぎしようと一向に構わん。好きにしろ。……だがもしも、人助けにかまけてバーテックスを倒せません、なんて事になったら」
そう言って、刑部姫は神官服の裾に手をやる。
直後、刑部姫の手が高速で動き、彼女の手から何かがまるで弾丸のような速度で放たれ、テーブルの上の死神のカードに直撃する。
直撃したのは、シンプルな形状のペーパーナイフだった。ペーパーナイフの刃はカードとテーブルに見事突き刺さっており、ビィィイイイン……とかすかに振動している。小さいとはいえれっきとした凶器に、そばにいた風が目を見開き、樹がひっと声を上げる。
「その時は、私がお前達を粛清する。小さい脳みそによく叩き込んでおけ」
「……あんた!!」
風が刑部姫を睨みつけるが、刑部姫はにやりと笑ってパチンと指を鳴らす。音と同時に大量の花びらが彼女の小さな体の周囲に舞い、彼女は部室の中から姿を消した。
最初から最後までその場の雰囲気を掻きまわしていった彼女に、勇者部一同はただただ呆然とするしかなかった。
放課後。
いきつけのうどん屋、『かめや』で勇者部一同はうどんをすすっていた。天ぷらうどんの麵をすすりながら、友奈がぽつりと呟く。
「夏凜ちゃん、来ませんでしたね。美味しいのに……」
結局あの後、夏凜は「……じゃあ、また明日」と言って部室を出て行ってしまった。友奈に同調するように、東郷も言う。
「頑なな感じの人ですね」
すると、友奈と東郷の言葉を聞いて風が突然笑い出した。
「ふふふ……」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ああいうお堅いタイプは張り合いがいがあるわね」
「張り合うの……?」
「うーん………」
自分の隣で突然奇妙な唸り声を上げた友奈に東郷が視線を向けると、彼女は少し困ったような表情を浮かべて、
「どうやったら仲良くなれるのかな……」
友奈はそう言うが、恐らくその問いに答えられる人間はこの場にはいないだろう。交友関係というのは、基本的に相手と色々な経験と信用を積み上げて成り立っていくものだ。しかし今日の夏凜の態度からすると、それを積み上げていくのはやや難しいかもしれない。例え彼女と顔を合わせるのが、今日で二回目だったとしてもだ。
「夏凜の事も気になるけどさぁ、あいつどう思う?」
風が箸を肉をつんつんとつつきながら言うと、いち早くあいつというのが誰か気付いた東郷が尋ねる。
「あいつとは……刑部姫さんの事ですか?」
「そうよ。あの毒舌性悪精霊。大赦から来た精霊だって言ってたけど、正直あたしは夏凜より刑部姫の方が胡散臭いわよ。友奈を桜饅頭呼ばわりするし、あたしを九官鳥呼ばわりするし……」
「夏凜さんともあまり仲が良くなさそうだったもんね……。私のタロットカード……」
「よしよし。また新しいの買ってあげるから」
自分のタロットカードの無残な姿を思い出してしょぼんとする樹の頭を、風が優しく撫でてやる。
便宜上夏凜に従っている事になってはいるが、友奈達から見ても夏凜と刑部姫の仲は悪そうに見えた。刑部姫が夏凜をいじり倒し、夏凜がそれに振り回される。いじる、と聞くと風がたまに友奈や樹相手にもやっているが、彼女達のように親愛がこもったものでは決してない。
「風先輩は確か大赦から派遣されているんですよね? 刑部姫に会った事は無かったんですか?」
うどんをすすりながら友奈が聞くと、風は目を閉じてうーんと思い出そうとするも、
「無かったと思うわ。そもそも大赦から派遣されてきたって言っても、夏凜と違って大赦本部に行った事はあまりないし、どちらかというとスマホに命令が来るって感じだったから……。ごめんね」
「謝る事なんてないですよ」
風の謝罪に、友奈はあっけらかんと笑う。しかし直後、横で座っている親友が箸を手にしたままぼんやりとしているのを見て、思わず声をかける。
「東郷さん、どうしたの?」
「大した事じゃないのだけれど……。何か、刑部姫を見ていると……、胸の奥がむかむかしてくると言うか……。この精霊だけは、絶対に打倒しなければならないというか、そんな感情が沸いてくるのだけれど……」
「打倒って、あんた達前世で何か因縁でもあるの?」
「ない、と思うなんですけど……」
うーん、と悩みながら、やはり東郷には思い当たる節は無かった。
……なお、本当は刑部姫は外国文化好きという、日本大好き少女である東郷とはまさに水と油の関係である。しかし今の東郷にその記憶はないはずなのだが、もしかしたら彼女の魂と呼ぶべきものが反応したのかもしれない。だとしたら、東郷の日本文化を愛する心も筋金入りである。
しかし結局東郷がそれを思い出す事は当然なく、その日の勇者部のかめやでの食事は風がうどんを二杯おかわりしてお開きとなった。
翌日。
「仕方ないから情報交換と共有よ!」
昨日も訪問した勇者部部室で、夏凜はそう言いながらにほしをかじった。
「分かってる? あんた達があんまりにも呑気だから今日も来てあげたのよ」
しかし呼び出された風にとっては彼女の言葉よりも、彼女が食べている物の方が気になるらしく、思わず首を傾げながら呟く。
「………にぼし?」
「何よ! ビタミン、ミネラル、カルシウム、タウリン、EPA、DHA! にぼしは完全食よ!」
「……まぁ、良いけど」
「あげないわよ!」
「いらないわよ……」
するとそこに、ぼたもちが入ったタッパーを手にした東郷が割り込んできた。
「じゃあ、私のぼたもちと交換しましょう」
「何よそれ?」
「さっき家庭科の授業で」
「東郷さんはお菓子作りの天才なんだよー!」
「いかがですか?」
「い、いらないわよ!」
夏凜が慌てて否定すると、さらに場を掻きまわすように花びらと共に何かをバリボリと食べている刑部姫が現れた。
「ったく、にぼしだのぼたもちだの。今日も変わらず脳みそがお花畑で何よりだ」
「そういうあんたも今日も口が悪いわね。少しは喋り方見直した方が良いんじゃないの?」
「うるせぇにぼし。大体何普通に喋ってんだよ。いつも私の前だと語尾に『ぼっしー』ってつけてるだろうが」
「一度もつけた事は無いわよ!」
「え、そうなの!?」
「あんたも騙されてるんじゃないわよ!」
刑部姫のデタラメに友奈が危うく騙されかけ、夏凜が全力でツッコミを入れる。と、手にした小さな金属製のケースから何かを口に運ぶ刑部姫を見て、風が尋ねた。
「てか、あんたも何食べてんの? にぼし?」
「イナゴの佃煮」
言いながら刑部姫が差し出したケースの中には、彼女が言った通りイナゴの佃煮がみっちりと詰まっていた。勇者と言えど中身は少女の勇者部五人は、ケースに詰まっているイナゴの成れの果てを見て全員顔を青くする。一方刑部姫は佃煮を一つつまむと、口の中に放り込んでバリボリと咀嚼し、
「カルシウム、ビタミン、ミネラル、葉酸。イナゴはにぼしに負けない栄養食だ。一つ食う?」
が、五人は差し出されたイナゴを見て全員首を横にぶんぶんと振る。刑部姫は特に残念がる様子も見せず、手にしたそれを再び口に放り込んだ。
「い、イナゴ好きなんですか?」
「いや? 別に」
「じゃあ、どうして食べてんのよ」
風が尋ねると、刑部姫はイナゴの足をわざと見せつけるように口からはみ出させながら、にやりと笑った。
「----お前達が嫌がると思ってな。あと味も中々美味い」
いけしゃあしゃあと言う刑部姫に、勇者部全員は思わず戦慄するのだった。
それから気を取り直し、夏凜は改めて勇者部に現状を説明する事にした。準備室にある小さな黒板には、バーテックスの襲来周期が夏凜の手によって書かれている。
「良い? バーテックスの出現は、周期的なものと考えられていたけど、相当に乱れてる。これは異常事態よ! 帳尻を合わせるため、今後相当な混戦が予想されるわ」
「確かに、一か月前も複数体出現したりしましたしね……」
夏凜の言葉に、東郷がぼたもちを口にして頷く。ちなみに、他の三人と彼女と同じようにぼたもちを食べている。刑部姫が風のぼたもちを狙ってそーっと手を伸ばすが、それに気づいていた風にぺちんと手を叩かれチッと舌打ちする。
「私ならどんな事態でも対処できるけど、あなた達は気をつけなさい。命を落とすわよ!」
「よく言うよ、半人前が」
ケタケタと笑いながら刑部姫が野次を飛ばし、夏凜は青筋をぴきっと立てながらもどうにかこらえて話を先に進める。
「他に、戦闘経験値を貯める事で勇者はレベルが上がり、より強くなる。それを、『満開』と呼ぶわ」
「そうだったんだ!」
「アプリの説明にも書いてあるよ」
「そうなんだ!」
「説明ぐらい読んでおけよ間抜け……」
東郷の説明に声を上げる友奈に、刑部姫が呆れたような声を漏らす。ここまで呑気だと、怒りよりも先に呆れが来てしまうという事だろう。
「満開を繰り返す事で、より強力になる。これが大赦の勇者システム」
「へぇーすごい!」
「三好さんは、満開経験済みなんですか?」
東郷が尋ねると、夏凜はバツが悪そうに眼を逸らしながら、
「いや……まだ……」
「なーんだ。あんたもレベル1なら、私達と変わりないじゃない」
「き、基礎戦闘力は桁違いに違うわよ! 一緒にしないでもらえる!?」
「基礎はそうだろうが、実戦はまだ一回だけだろう。何偉そうに言ってんだガキが」
刑部姫の指摘に、夏凜はぐぅの音も出ないようだった。大赦で訓練していたので、この間まで一般人だった友奈達とは確かに基礎戦闘能力は上だろうが、訓練とは違って何が起こるか分からないのが実戦というものだ。まだ実戦に対しての経験があまりないという点では、夏凜も友奈達とそう変わらないと言えるだろう。
「ま、そこはあたし達も努力次第って所ね」
「じゃあじゃあ! これからは体を鍛えるために、朝練しましょうか! 運動部みたいに!」
「あ! 良いですね!」
「樹……。あんたは絶対に起きられないでしょ」
姉の言葉に樹は思わず項垂れ、友奈は笑うが笑顔の東郷に「友奈ちゃんも起きられないでしょ?」とやんわりと言われて苦笑を浮かべた。
「……なんでこんな連中が神樹様の勇者に……」
「同感だ」
勇者部のあまりののほほんぶりに夏凜がため息をつくと、腕を組みながら刑部姫が頷く。もしかしたら、今のこの時が初めて二人の意見が一致した瞬間かもしれない。
「『成せば大抵何とかなる!』」
「……? 何それ?」
突然、二人の言葉を聞いていた友奈がそんな事を言った。それに夏凜が怪訝な目を向けて尋ねる。
「勇者部五箇条! 大丈夫だよ! みんなで力を合わせれば、大抵何とかなるよ!」
友奈が指さした所には、壁に貼られた勇者部五箇条があった。五箇条には今友奈が言った『なせば大抵なんとかなる』の他に、『なるべく諦めない』や『よく寝て、よく食べる』などの言葉が書かれていた。
「『なるべく』とか『なんとか』とか、あんた達らしい見通しの甘いふわっとしたスローガンね。まったくもう、私の中で諦めがついたわ」
言葉通り、夏凜の表情には諦めの色が滲み出ている。風は指を振りながら、
「あたしらは、そのー、あれだ。現場主義なのよ!」
「それ、今考え付いたでしょ」
「はいはい、考え過ぎるとハゲるハゲる」
「ハゲるわけないでしょ!?」
「うるせぇぞデコはげ。残り少ない髪の毛も全部刈るぞ、バリカンで」
「誰がデコはげよ! ……ってあんた、マジじゃないわよね? 冗談よね!?」
夏凜が青ざめたのは、刑部姫の手にヴィイイイン……と唸りを上げるバリカンがいつの間にか握られていたからだ。本当に、どこにしまい込んでいるのか、どうして持っているのかまるで分からないし、下手をするといつの間にか自分の頭が丸坊主にされそうで夏凜及び勇者部一同は恐怖を覚えた。
「こ、この話はここまでにして次の議題に行くわね。樹」
「はい!」
そして五人に配られたのは、A4サイズの紙だった。題名の部分には、『子ども会のお手伝いのしおり』と書かれている。
「というわけで、今週末は子ども会のレクリエーションのお手伝いをします!」
「具体的には?」
「えーと、折り紙の折り方を教えてあげたり、一緒に絵を描いたり、やる事はたくさんあります!」
「わぁー! 楽しそう!」
今から自分達のやる事に友奈が顔を輝かせた。
「夏凜にはそうねぇ……。暴れ足りないドッヂボールの的になってもらおうかしら」
「はぁっ!? っていうか、ちょっと待って! 私もなの!?」
抗議の声を上げる夏凜の目の前に、風がずいっと何かを差し出す。
それは部活動に入部届だった。名前の所には、堂々と夏凜の名前が書かれている。
「昨日、入部したでしょ?」
「け、形式上……」
「ここにいる以上、部の方針に従ってもらいますからねー」
「そ、それも形式上でしょ!? それに私のスケジュールを勝手に決めないで!」
「夏凜ちゃん日曜日用事あるの?」
「いや、ないぞ。こいつは365日24時間ぼっちだ」
「だからデタラメを吹き込むなー! ってか、人のスケジュール勝手にバラさないでくれる!?」
刑部姫に夏凜がツッコむが、日曜日に用事が入っていないという事実に変わりはない。それを聞き逃さなかった友奈が夏凜に言った。
「じゃあ、親睦会を兼ねてやった方が良いよ! 楽しいよー!」
「な、なんで私が子供の相手なんかを!」
「いや?」
と友奈が悲しそうな顔で聞くと、夏凜はちょっと迷ったように顔を左右に向けると、根負けしたのか仕方なさそうな口調で答える。
「わ、分かったわよ。日曜日ね。ちょうどその日だけ空いてるわ」
「ちょうどじゃなくてほぼ毎日だろ」
「ほ、本当にちょうど空いてたのよ!」
照れ隠しなのか、少し顔を赤らめて刑部姫に言い返す。一方で夏凜の賛成をもらう事が出来た四人は嬉しそうな声を上げていた。
「……ふん。緊張感のない奴ら」
自分が参加する事で喜ぶ四人を見て、夏凜は小さく呟くのだった。
その日の夜、日課である大赦への定期報告とトレーニング、そしてコンビニ弁当の食事を終えた夏凜は一人台所で洗い物をしていた。大赦から派遣された勇者である夏凜は親元を離れてマンションで一人暮らしをしているのだ。
洗い物を終え、手を拭きながら夏凜が息をついた時。
「随分お疲れだな、でがらしにぼし」
「……また随分と斬新なあだ名をつけたものね」
聞こえてきた声に、思わずため息をつく。声の持ち主は、いつの間にかテーブルの所に座っていた刑部姫だった。自分ちのようにくつろぐ刑部姫に、夏凜は腕を組みながら言う。
「でも珍しいわね。あんたがここに来るなんて。どういう風の吹きまわし?」
基本的に刑部姫は通話やメールなどで夏凜にコンタクトを取るぐらいで、こうして彼女の前に現れる事は無い。勇者部の前にはたびたび姿を現しているが、あれはあくまでも夏凜と一緒に勇者部を監視するという彼女に課せられた任務の一環に過ぎない。
「別に。ただの暇つぶしだ。……それにしても、昼間あれだけ言っていた割には、ずいぶんと乗り気のようだな?」
嫌味な笑みを浮かべながら刑部姫がつまんでいるのは、折り紙の折り方の書籍と折り紙だった。夏凜が日曜日にあるレクリエーションのために、わざわざ購入した物である。思わず赤面しながら、それを誤魔化すように夏凜が言う。
「の、乗り気なわけじゃないわよ。私は完成型勇者だし、何事もきっちり仕上げておかないと気が済まないだけよ」
「……完成型勇者、ねぇ」
口の中で呟きながら、刑部姫は折り紙を何枚か取って折り始めた。夏凜が何となくその光景を見ていると、刑部姫が唐突に口を開く。
「お前から見て、勇者部はどうだ?」
「……おちゃらけた奴らよ。どうしてあんな奴らが勇者に選ばれたのか、さっぱり分からないわね」
「それについては私も同感だ。適性値が高いとはいえ、あいつらを勇者に選ぶとは、神樹も中々トチ狂っている。……よし、一つできた」
一つ完成させる事が出来たのか、刑部姫は満足そうに頷くと再び次の折り紙に手を伸ばす。自分達が信仰している神様をトチ狂っていると評した精霊を、夏凜はなんとも言えない表情で見つめながら、
「あんた、本当良い度胸してるわね……。いくらあんたが常識外れとはいえ、神樹様をトチ狂ってるとか言って良いの?」
「私としては、盲目的に神樹を信仰する大赦の方が理解できないんだがな。私達の生活を支えるとは言っても、相手は神だ。神というのは、自然のようなものだ。時に人間に恵みを与えるが、時に人間から何かを奪う。ある程度の信仰は必要かもしれんが、人間とはそもそも思考形態が違う相手にそこまで歩み寄りすぎるのも考えものだと思うがね」
話の合間にも、二つ三つと連続して折り紙を作っていく。その作業の早さに、夏凜は思わず内心舌を巻いていた。刑部姫は続いて四、五枚目に手を伸ばしながら、
「ま、まがりなりにもあいつらはその神樹に選ばれた勇者だ。良い機会だし、今回のレクリエーションであいつらとは今の内から打ち解けておけ。それぐらい、完成型勇者(笑)のお前にはお茶の子さいさいだろう? それとも、三好春信の出がらしのお前には少し荷が重いか?」
にやり、と嫌な笑みを浮かべる刑部姫に夏凜はむっとした表情を浮かべる。自分が反発してくるのを計算に入れてこういう事を言ってくるのだから、本当にこの精霊は性格が悪いと思う。ムカつくが、この時だけはこいつの思惑に乗ってやろうと思いながら告げる。
「上等よ! 私は完成型勇者よ! そんなの朝飯前だわ! あと出がらし出がらしうっさい! 兄貴は関係ないでしょうが!」
すると計算通り、と言わんばかりに刑部姫はくくくと笑うと、四枚目と五枚目の折り紙を完成させてから言った。
「じゃあ任せた。これでできなかったら、前に三好春信に見せてもらったお前の幼少期の写真を勇者部のホームページにアップするからな」
「はぁっ!? ちょっとそれどういう意味よ! デタラメ言うんじゃ……って本当だぁぁああああっ!? 何考えてんのよあのクソ兄貴ィィィイイイ!!」
「はははははははははははっ!」
刑部姫が見せたスマートフォンの画面には、何故か夏凜の幼少期の写真が数枚ばっちりと表示されていた。それに夏凜が絶叫し、刑部姫が間違いなく今日一番の哄笑を上げる。夏凜が取り返そうと刑部姫に掴みかかろうとするが、刑部姫は指をパチンと鳴らしてリビングから姿を消してしまい、夏凜の手は何もない宙を掴んだ。ギリギリと悔しさで思わず歯を噛み締めながら、ふとテーブルの上に目をやる。そこには、刑部姫が折った作品が五つほど並んでいた。
「って、無駄にうまっ!」
ドラゴンにペガサス、ユニコーンにティラノサウルス。刑部姫が作り上げた五つの作品はどれも難易度が高い上に、非常に完成度が高かった。彼女の無駄な才能の高さに改めてため息をついてから、最後の五つ目の折り紙を見て首を傾げる。
「……どうして、これだけ花なのかしら」
最後に作られていたのは。
白色の折り紙で折られた、リンドウの花だった。
「しまった……私が間違えた……」
レクリエーションが行われる予定の日曜日、家庭科準備室で夏凜はこの前配られたしおりを手にしながら思わず天を仰いだ。てっきりこの部室で集まってから出発するのかと思っていたのだが、しおりには『現地集合』と書かれている。つまり、夏凜は集合場所を間違えてしまったのだ。
とりあえず電話をしようと夏凜がスマートフォンを取り出すと、突然通話の通知がスマートフォンに届いた。画面に表示された番号を見て、夏凜は思わず驚く。
「この番号、結城友奈!?」
相手からかかった事に動揺し、どうして良いか分からずあたふたしていると、指が画面に触れて着信が切れてしまった。
「あ……切っちゃった……。かけなおした方が良いわよね……」
しかしかけなおそうにも、なんて言えば良いのか、同じ年頃の少女との付き合いが少ない夏凜にはうまく判断する事が出来なかった。しばらくその場で迷っていたが、やがてだらりと両手を下げると小さな声で呟く。
「何をやっているの、私は……」
自分はこの部活に入るために讃州中学校に転入したわけではない。あくまで、バーテックスを倒すためにこの部活に入る必要があっただけだ。なのに、一体自分は何をしているのだろう。
「そうよ、関係ない。別に部活なんてハナから行きたかったわけじゃないし。そうだ、神樹様に選ばれた勇者が、何を呑気に浮かれてんのよ。……私は、あんな連中とは違う。真に選ばれた勇者」
そう呟くと、夏凜は部室を出て行ってしまった。そして彼女の後ろ姿を、窓の外から刑部姫がぱたぱたと羽根を動かしながら呆れた表情で見ていた。
「あんのクソコミュ障女……」
と、彼女のスマートフォンが振動し、スマートフォンを取り出して相手が誰か確認してから通話ボタンをタップして耳に当てる。
『三好夏凜さんの様子はどうですか?』
「どうしようもない。勇者部と打ち解けておけと言った矢先にこれだ。正直、前途多難で頭が痛くなってくる」
電話の相手----安芸にため息交じりに言う。あの様子だと、恐らくこの後家に戻ってからいつも行っている浜辺で剣術の稽古をするのだろう。あそこまで孤高ぶっていると、むしろ感心してしまう。
『……教えてあげなかったのですか?』
「生憎だが教えてやる義理も義務も、私にはない。それに、自分が間違っていた場合どうするかあいつの反応も見ておきたかったしな。まぁ、先が思いやられる結果になったわけだが……」
『やはり、先代の四人のように簡単には打ち解けませんね』
「それは仕方ないだろうよ。勇者になるまで勇者部のガキ共は勇者の存在もバーテックスの存在も知らなんかったんだ。三好夏凜との間に温度差が出来ても仕方がない。……まぁ、あまり大きな溝にはならないとは思うが」
『と、言いますと?』
安芸からの問いに、刑部姫はつまらなさそうな表情をしながら、
「簡単な事だ。勇者部は先代の三人の勇者と同類だ。新しい部員が来なかったからと言って、すぐにハブにするような奴らでは無いだろうよ。三好夏凜が落ちるのも時間の問題だ。あいつ、チョロいし」
『……そうですか。分かりました。引き続き、彼女達のサポートと監視をお願いします』
「よく言うよ。監視がメインだろ? あと、敬語はやめろと……」
しかし刑部姫が言い切る前に、安芸からの通話が切れた。あんにゃろう……と少しスマートフォンを恨めし気に見てから、刑部姫は再度ため息をつく。
「……一応、手は打っとくか。まったく、手のかかる奴らだ……」
ブツブツと文句を言いながら、刑部姫はある人物に電話をかけるのだった。
夏凜は帰宅してから、刑部姫が睨んだ通りいつも行く海辺で剣術の稽古を行い、自宅に戻ってランニングマシンを使ってのトレーニングに励んでいた。しかし表情はやはり今日の事を気にしているのか、少しばかり曇っている。夏凜が黙々とトレーニングマシンの上を走行していると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。この時間帯に、しかも引っ越してきたばかりの自分に一体誰が……と夏凜が思っていると、さらに立て続けにピンポンピンポンピンポーンと呼び鈴が鳴る。
「だ、誰よー!?」
驚いた夏凜が木刀を手にして玄関の扉を開けると、そこにいたのは。
「「「「きゃあああああっ!?」」」」
木刀を手にした夏凜に驚いて悲鳴を上げたのは、友奈、東郷、風、樹。勇者部の四人だった。
「あれ? あんた達……」
予想外の訪問者に夏凜がきょとんとしていると、風が慌てながら夏凜を指差し、
「あ、あんたねぇ! 何度も電話したのに、何で電源オフにしてんのよー!」
そこで夏凜は自分が確かにスマートフォンの携帯電話の電源を切っていた事を思い出すが、すぐに反撃と言わんばかりに叫ぶ。
「そ、そんな事より何!?」
「何じゃないわよ。あんたが一人で寂しくて泣いてるから見に行ってやれって言われたし、あたし達も心配だったから見に来たのよ」
「な、何よそんなデタラメ! 一体誰が言ってたのよ!?」
「刑部姫よ」
「え?」
あの性悪精霊が? と夏凜の頭に笑う刑部姫の顔が思い浮かぶと、風の隣にいる樹が補足する。
「今日夏凜さんが来なかったのは集合場所を間違えたからで、特にトラブルに巻き込まれたわけじゃないから安心しろって、お姉ちゃんの所に刑部姫から電話が来たんです」
「『あいつ集合場所を間違えたせいで、どうしようどうしようあいつらに迷惑かけちゃった~って泣いてるから、あとで慰めに行ってやれ』って言ってたわ。なんか刑部姫は今日は大赦の仕事で忙しくて手が離せないみたいで、あんたが集合場所を間違えた事は後で知ったみたい。あんたが泣いてるっていうのはさすがに嘘だって分かったけど、わざわざ電話してくるなんてあいつもちょっとはあんたの事気にしてたみたいね」
どうやら、本当にあの精霊がわざわざ風に何事も無い事を伝えたらしい。夏凜としては今勇者部が自分の目の前にいる事よりも、あの精霊がわざわざ自分のために彼女達に連絡を入れた事の方が信じられなかった。なお、手が離せないも何も刑部姫は夏凜が場所を間違えた所をばっちりと見ていたので、そもそも風に話した事の八割が嘘なのだが、そんな事は当然この場にいる人間は知らない。
「じゃあ夏凜も大丈夫なようだし、上がらせてもらうわよー」
「え!? ちょっと!?」
風と樹が自分の部屋に入っていくのを見て、夏凜が声を上げるも彼女達はそそくさと入っていく。さらに友奈と東郷もそれに続いて部屋に入っていき、家主であるはずの夏凜が一番遅れて部屋に入っていく羽目になった。
「はぁ。殺風景な部屋」
「どうだって良いでしょ!?」
「ま、良いわ。ほら座って座って」
「何言ってんのよー!?」
まるで自分の部屋であるかのように振舞う風に夏凜がツッコむが、当然そんな事で止まるような四人ではない。彼女達のマイペースは、夏凜を振り切らんばかりに加速していく。
「これすごーい! プロのスポーツ選手みたい!」
「勝手に触んないでよ!」
トレーニングマシンを撫でるように触る樹に叫び。
「わぁー! ……水しかない」
「勝手に開けないで!」
冷蔵庫を開けて中のものを物色する友奈に叫んだりと、夏凜は見事に振り回されていた。刑部姫に振り回されるよりははるかにマシかもしれないが、どちらにせよ振り回されて喜ぶほど特殊な性癖は持っていない。
「ね? やっぱり買ってきて良かったでしょ?」
テーブルの上には、彼女達が買ってきたと思われるスナック菓子やジュース類が置かれていた。どうやら夏凜の生活風景は何となく風に分かっていたらしい。突然自分の部屋に押しかけて自由に振舞う四人に苛立ちと不満を募らせながら、夏凜が叫び交じりに尋ねる。
「何なのよ……。いきなり来て何なのよ!」
それに答えたのは座り込んでいる友奈だった。彼女はテーブルの下に腕を伸ばしながら、
「あのね、ハッピーバースデー、夏凜ちゃん!」
彼女の両手には、白い箱があった。箱を覆っている蓋を開けると、中にはスタンダードなショートケーキ、そしてケーキの上に鎮座するホワイトチョコレートにはチョコレートソースで『お誕生日おめでとう』という文字が書かれていた。
「え?」
「夏凜ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
友奈に続いて東郷も祝福の言葉を口にする。それに思わず夏凜が「どうして……?」と尋ねると、風が夏凜の入部届を取り出して彼女に見せる。
「あんた、今日誕生日でしょ? ちゃあんと、ここに書いてあるじゃない」
「友奈ちゃんが見つけたんだよね」
東郷が青色のバースデーハットを被りながら友奈に言うと、友奈はえへへと笑いながら、
「あっと思っちゃった。だったら誕生日会しないとって!」
「歓迎会も一緒にできるねーって!」
「本当は子供達と一緒に児童館でやろうって思ってたの」
「当日に驚かそうと思って黙ってたんだけど……」
「でも当のあんたが来ないんだもの。焦るじゃない!」
「刑部姫から連絡もあったし、家に迎えに行こうとも思ったんだけど、子供達も激しく盛り上がっちゃって……」
「結局この時間まで解放されなかったのよー。ごめんね」
四人から事情を聞かされると、夏凜は何故か黙り込んでしまった。
「ん? どした?」
「夏凜ちゃん?」
「あれー? ひょっとして、自分の誕生日も忘れてた?」
黙り込んでしまった夏凜を風がからかうように言うと、夏凜から返ってきたのはこんな言葉だった。
「……アホ」
「え?」
「馬鹿。ボケ。おたんこなす」
「え!? 何よそれー!」
暴言に風が声を上げるが、よく見ると夏凜の顔が赤くなっている。彼女は俯いて、少し照れくさそうな表情を浮かべながら、
「----誕生会なんてやったこと無いから! ……何て言ったらいいか、分からないのよ」
そこで彼女が単に照れているだけだとようやく知った勇者部は、互いに顔を見合わせて微笑を浮かべる。さらに友奈は壁に掛けられているカレンダー……正確には、六月十二日の位置に赤丸が付けられている事に気づき、夏凜に言った。
「お誕生日おめでとう、夏凜ちゃん」
夏凜はそれに、ただ本当に照れくさそうに顔を赤くして目を逸らす事しかできなかった。
その後夏凜の誕生日会は盛り上がり、夏凜は風にいじられたりするも、四人との絆を深め、ついでに勇者部の文化祭の出し物が演劇に無事に決まったり、自分では認めないだろうが、夏凜は楽しい時間を過ごしたのだった。
そして誕生日会が終わり、風達が帰路に就き、夏凜がゴミを捨てに行ってから部屋に戻ると、刑部姫がリビングで一人シャンパンをラッパ飲みしていた。
「行儀悪いわね、あんた」
「別に私だけで飲んでるんだから良いだろう」
シャンパンから口を離し、ぷはーと息を吐く。やれやれと夏凜は肩をすくめながら、照れくさそうに刑部姫に言う。
「あの、刑部姫……。今日は、ありがとう」
「あ? 何だ気色悪い」
「気色悪いって事はないでしょ!? ……風達に、私が場所間違えたって事伝えてくれたでしょ? 一応、そのお礼よ」
「お前から礼を言われる筋合いはない。それにお前をサポートするのは私の役目の一つでもある。私は私の仕事をしただけだ」
「……あっそう」
たまに礼を言えばこれだ、と夏凜はふんと鼻を鳴らす。とは言っても、夏凜が場所を間違えた事は刑部姫は最初から知っており、しかもそれを早めに伝えなかったので、刑部姫の言う通り夏凜が礼を言う筋合いは無かったのだが、当然そんな事は夏凜は知らない。それから夏凜は部屋のテレビ台にある、前に刑部姫が折った折り紙を見ると、刑部姫に言う。
「そういえばあんた、折り紙も上手いのね。これ刑部姫が折ったって言ったら友奈達が驚いてたわよ。東郷なんて、『あの刑部姫が……信じられませんね』とか言ってたし」
「よし、今度あいつの家にF6Fの模型を大量に送ってやるとしよう」
F6Fとは旧世紀にあった国であるアメリカの戦闘機である。その模型を日本大好き少女の東郷に大量に送るのは、嫌がらせ以外の何物でもない。一方で夏凜は数ある折り紙の中からリンドウの花を模した折り紙を一つつまむと、刑部姫に差し出す。
「そういえば気になってたんだけど、どうしてこれだけ花なの? 他は全部、ペガサスとかティラノサウルスとか動物ばっかりじゃない。もしかしてこの花が好きなの?」
すると、刑部姫はシャンパンを再びラッパ飲みしてから、彼女が持っているリンドウの花をじっと見て、
「別に好きってわけじゃない。ただ、私が知っている奴にリンドウが似合う奴がいてな。そいつを思い出して折っただけだ」
「ふーん。あんたの知り合いって事は、大赦の人間?」
「……いや、一般家庭の人間だ。大赦の仕事の関係でちょっとそいつと一緒に行動していた事があってな。ああ、そういえば来月はそいつの誕生日だったな」
カレンダーを見ながら、刑部姫が口にする。彼女がここまで口が軽くなるのは少し珍しい。もしかしら、シャンパンを飲んで少し酔っているのかもしれない。人間なら未成年飲酒になるかもしれないが、生憎彼女は精霊だ。精霊を法で縛る事はまず不可能だろう。
「何歳になるの? その知り合いは」
「……生きていたら、十四歳になる」
彼女の言葉に、夏凜は思わず息を呑んだ。
生きていたら、と今刑部姫は言った。その言葉の意味が分からぬほど、愚かではない。
つまり、彼女の言う知り合いは、もう----。
「……と、少し喋りすぎたな。私はもう帰る。明日からまた任務によく励むように」
そう言って刑部姫は、シャンパンごと姿を消した。彼女が消えた場所を目にしながら、夏凜はつい先ほどの刑部姫の表情を思い出す。
自分でも見た事が無い、哀切がこもった目。彼女は知り合いと言っていたが、もしかしたらただの知り合いでは無く、彼女にとってかけがえのない人間だったのかもしれない。
「……それにしても、十四歳、か」
今の自分達と同じ年齢。それに満たない年齢で命を落とし、刑部姫にあのような表情を浮かべさせた彼女の知り合いとは一体どんな人物なのか、夏凜は少し興味が沸いてきた。
が、それを刑部姫から無理やり聞き出すような事はしない。いかに彼女の性格が最悪でもやってはならない事というのがあるし、第一それは龍の逆鱗に触れるようなものだ。触らぬ神に祟りなし、という言葉通り、深入りは禁物だろう。
それから入浴し、寝る前の支度などを済ませると夏凜はベッドに向かうとスマホを起動する。風から『NARUKO』と呼ばれる勇者専用のSNSアプリの参加の招待が来ていたので、それに参加するためだ。
早速アプリを開いてみると、風からメッセージが届いていた。
『あんたも登録しておいてね。今日みたいに連絡の行き違いがないように』
さらに風のメッセージを見たのか、樹と東郷からのメッセージも届く。
『これから仲良くしてくださいね。よろしくお願いします』
『次こそはぼたもち食べてくださいね。有無は言わせない』
「ぼたもちって……」
何故か東郷は強気だった。どれほど自分のぼたもちを食べさせたいのだろうか。
『ハッピーバースデー夏凜ちゃん! 学校の事や部活の事で分からない事があったらなんでも聞いてね』
「了解、と……」
呟きながらそのままメッセージを送ると、すぐさま四人からメッセージが返ってきた。
『わー返事が返ってきた』
『ふふふ、レスポンス良いじゃない』
『わーーーい』
『わーーーい』
『ぼたもち』
「わっ……! う、うっさい!!」
再度メッセージを送ると、『ぶはははははは』に『ぼたもち』に風と東郷からのメッセージが返ってくる。東郷からのぼたもち推しが少し怖い。
「何なのよ、もう……」
呆れ半分、戸惑い半分の夏凜に、友奈からのメッセージが再度届いた。
『これから全部が楽しくなるよ!』
その直後、写真が送られてきて、開くと表示されたのは先ほどの誕生日会で撮影された写真だった。四人はそれぞれ笑顔を浮かべて写っているものの、自分だけは照れくささと緊張が入り混じった表情で写っている。
「…………」
夏凜はしばらく写真をじっと見つめていたが、やがて仰向けに転がるとスマートフォンを大切に抱きながら天井を眺める。
「全部が楽しくなる、か……。世界を救う勇者だって言ってるのに、馬鹿ね……」
本当にお気楽な奴だ、と思う。
しかし、何故彼女達が勇者に選ばれたのか、夏凜は少し分かったような気がした。
そして穏やかな笑みを浮かべながら、夏凜はゆっくりと目を閉じるのだった。
ちなみに。
友奈達にちゃんと連絡を取れなかった罰として、刑部姫から勇者部のホームページ宛てに夏凜の幼少期の写真が、東郷の自宅にF6Fの模型が大量に送られ、「あんの馬鹿精霊ぃぃいいいいいいいいいっ!!」と夏凜がぶち切れ、「我レ、米国ノ手先二総攻撃を実施ス!!」と東郷が据わった目で叫び、刑部姫が高笑いをしながら二人から逃走し、追いかけようとする二人を友奈、風、樹の三人がどうにか落ち着かせようと奮闘するのだが……、それはまた別の話である。
冒頭で夏凜が茶々を入れるなと怒っていたのは、テレパシーのような形で夏凜をからかっていたからです。刑部姫は自分が指定した相手に、テレパシーのような形で話す事も出来ます。ただし多人数相手ではできず、対象は決まって一人だけです。