天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「大赦の精霊であり、てぇんさい美少女精霊の刑部姫は結城友奈達讃州中学勇者部と共に、日々の監視とサポートを行っていた。しかしある時七体のバーテックスが襲来、友奈達は満開をしてこれを撃退するのだった……」
刑「今回は、七体のバーテックスとの戦いが終わった後、原作で言うと八話からになる。つまり今話から、結城友奈の章が急展開を迎えていく事になる」
刑「では第八話、楽しんでくれ」



第三十二話 現れしアンノウン

 

 

友奈達讃州中学勇者部が七体のバーテックスを倒してから、二週間が過ぎたころ。刑部姫は一人自分の研究室で、以前と同じようにパソコンのキーボードを叩いていた。

 友奈達とは彼女達がバーテックスを倒してから顔を合わせていない。自分の役目はあくまでも彼女達の監視とサポートであり、全てのバーテックスを倒した以上サポートはすでに終了しているし、監視は彼女が開発した電子式神『式神くん』がいればどうとでもなる。

 刑部姫がパソコンの画面を見ていると、着物にしまっているスマートフォンに着信が入る。スマートフォンを取り出して耳に当てると、通話先の相手に言う。

「珍しいな、お前がここに来ないで電話してくるとは。何かあったのか?」

『神託がありました。バーテックスに生き残りがいたようです』

「生き残り?」

 相手----安芸の言葉を聞いて、刑部姫は思わず眉をひそめる。バーテックスは確か星屑を除くと十二体だったはず。今までの戦闘で、友奈達は十二体のバーテックスを倒した。なのに、生き残りとは一体どういう事だろうか。

「……まぁ良い。敵が再び出現するならまた倒せば良いだけだ。戦闘はまた結城友奈達が?」

『ええ。先ほど犬吠埼風様に生き残りが出現した事を報告しました。端末もすでに送っています』

 彼女達が変身に使っていた携帯端末は七体のバーテックスを倒した事で用済みになったので、戦いが終わった後大赦が回収していた。彼女達には代わりの端末が送られているが、勇者専用のアプリであるNARUKOがダウンロードできないため、精霊を呼び出す事も変身する事はできなくなっている。刑部姫が夏凜に呼び出されないのも、それが理由だった。

「……あいつらが戦うのは構わんが、お前達は良いのか? 何人か、気づきかけているぞ」

『………』

 刑部姫の確認に返ってきたのは、無言だった。

 先の七体のバーテックスとの戦いで、夏凜以外の勇者部メンバーは全員満開した。

 無論その代償である散華も発動している。結果友奈は味覚、東郷は左耳の聴覚、風は左目の視力を失っている。

 そして樹は、友奈達や刑部姫に褒められ、自分が歌手をやりたいと思うきっかけとなった声を失った。今は満開を行った事による疲労によって一時的に歌えなくなっていると思っており、その声が二度と戻らないという事にはまだ気づいていない。

 だが、満開によって失ったのではないかと考えている人間はいる。東郷美森と、彼女によって知らされた犬吠埼風だ。二人共まだ半信半疑といったところだが、一歩間違えれば満開の真実に気付く可能性がある。

「今はどうにか誤魔化せているかもしれないが、奴らは能天気ではあるが馬鹿じゃない。特に東郷美森はな。時間が経てば、自分達の五感の一つが失われた原因が満開である事に気づくぞ。一応仕事だから私も監視は続けるが、最悪の場合記憶操作も考えておくべきだろう。大赦はなんて言っているんだ?」

『………彼女達の対応は、丁重にするようにと』

 すると安芸の言葉に、刑部姫ははっと笑い、

「丁重に、ねぇ。満開と散華について何も知らせず、生贄に出してるのに何を言っているのやら。なのに記憶操作は行うべきじゃないとは、大赦の奴らは少し詰めが甘すぎる。三好夏凜も卒業まで讃州中学に残る事を許したらしいな」

『はい』

「奴らが暴走した時の事を考えるなら、三好夏凜を他の中学に飛ばした方が楽だろうに。どうなっても知らんぞ、私は」

 やれやれ、と呆れたように肩をすくめた。

 今刑部姫が言った通り、戦いが終わった後夏凜は卒業まで讃州中学に残る事になっていた。安芸から聞いた話だが、任務が終わった後彼女から讃州中学に残れないかと大赦に連絡が来て、それを了承したらしい。最初はハリネズミというか、どうにもツンツンしていた少女がここまで丸くなるとは、と最初それを聞いた刑部姫も少し驚いた。そして、やはりチョロいなアイツという感想も忘れなかった。

「……まぁ良い。結局お前が言いたいのは、またあいつらと合流して生き残りのバーテックスを倒せって事だろ? 監視は変わらず私の方でやっておく。秘密管理はお前達の仕事だしな」

『ありがとうございます』

「礼は良い。で、バーテックスが出現する日時についての情報はあるか?」

『次の新月から四十日の間で襲来するようです』

「範囲が広いな……。特定は難しい、か。分かった。気を付けておく」

『では、後は頼みます』

 そう言って通話が途切れると、刑部姫はスマートフォンを着物にしまう。それから椅子に深く座りなおすと、暗い天井を見つめた。

「……なんか、嫌な予感がするな。私のこういう時の予感は、何故か無駄に当たるから嫌になる……」

 危機察知能力としては良いのかもしれないが、それは理由が分かればこその話だ。いかに天才の彼女と言えど、その理由が分からなければ対処のしようがない。対処できなければ、ただその時が来るのを待つ事しかできない。その事に苛立ちながらも、思考と落ち着かせるためと休憩代わりに、刑部姫は椅子にもたれかかると目を静かに閉じた。

 

 

 

 

 

 

「風先輩の話って、何だろうね」

「さぁね。でも風がわざわざ部室に呼ぶって事は、ただ事じゃなさそうね」

 讃州中学の廊下を、友奈、樹、夏凜の三人が歩き、東郷はいつも通り車椅子を友奈に押されていた。今日の休み時間、部長の風から放課後の部活時間に部室に集まるようチャットが届き、それでこうして途中で勇者部の面々と合流しながら、部室に向かっているという事だ。

 四人は家庭科準備室の前に立つと、友奈が代表して扉を開ける。

「結城友奈、東郷さん、樹ちゃん、夏凜ちゃん入ります!」

「遅ぇよ桜饅頭。お前ら四人の頭を串刺しにして団子四姉妹にするぞ」

「何その猟奇的すぎる発想!? ってえぇ!?」

 夏凜が驚くのも無理はない。

 部室にある椅子に、もう会えないと思っていた精霊、刑部姫が頬杖をついて友奈達をじろりと睨んでいたからだ。なお、その横には自分達をここに呼び出した風が苦笑を浮かべながら座っている。風の左目には、一般的な医療用の眼帯では無く、彼女がカッコイイからという理由で選んだ黒い眼帯が巻かれている。テーブルの上には、何故かスーツケースがでんと置かれていた。

「ど、どうして刑部姫がここに!?」

「それを説明するためにここに呼び出したんだ。さっさと入れよドンガメ」

 すると樹が三人の脇を通り過ぎて、刑部姫の前に立つと手に持っていたスケッチブックに何やら文字を書き、刑部姫に見せる。

『刑部姫さん、お久しぶりです!』

「……お前、まだ声戻ってないのか」

 刑部姫が尋ねると、樹は困ったような笑みを浮かべながらこくりと頷く。それに刑部姫は特に表情を変える事無く、「……そうか」と呟く。

「樹、あんたがいなくなって寂しがってたわよ? あんたも久しぶりぐらい言いなさいよー」

「気が向いたらな。それよりさっさと座れ。今日犬吠埼風がお前達を呼び出した事について説明する」

 友奈達が言われるがまま椅子に座り、東郷が空いた場所に移動するのを確認すると、刑部姫がテーブルの上にあるスーツケースに手を伸ばし、ロックを外して中にあるものを五人に見せる。それを見て、四人は息を呑み、風は唇を噛み締める。

「刑部姫、それは……」

「ああ。お前達の勇者端末だ」

 スーツケースの中に入っていたのは、友奈達が以前使っていた五つの携帯端末だった。

「ど、どうして? だって戦いは終わったんじゃ」

「終わってなかったから返ってきたんだ。先日、大赦がバーテックスの生き残りを確認。大赦は新月から四十日以内に襲来すると予測している。それを迎撃するために、お前達にこれを返却する事にした。ざっとまとめると、こんな感じだ」

(戦いが……まだ続く)

 ようやく終わったと思っていた戦いが続くという事を知り、友奈は膝の上で静かに拳を握る。すると刑部姫の話を聞いていた風が言う。

「私もこの前、大赦からのメールで知ったばかりなんだけど……。いつもいきなりで、ごめん」

「そんな、先輩が謝るような事ではないです。仕方ないですよ」

「東郷さんの言う通りです、先輩!」 

 謝る風を友奈と東郷が励まし、夏凜はにぼしをつまみながら、

「そいつを倒せば済む話でしょ。私達は敵の一斉攻撃だって殲滅したんだから、生き残りの一体や二体、どんと来いよ!」

「そうやって油断して足元をすくわれないようにするんだな」

「本当、一言多いわねあんた……」

 刑部姫にとっては油断するなと忠告しているつもりかもしれないが、不思議と刑部姫が言うと嫌味に聞こえてしまう。まぁ、普段の彼女の言動もあるのでそれは仕方がないのかもしれないが。

 と、スケッチブックに何かを書きこんでいた樹は文字を書き終え、書かれている文字を勇者部に見せる。

『勇者部五箇条、なせば大抵なんとかなる!』

「……ありがと、みんな」

 勇者部の面々に励まされ、風は安心したような笑みを浮かべると、部室の窓を静かに開ける。外からの風が、風の髪を静かに揺らした。

「よーし! バーテックス! いつでも来なさい! 勇者五人がお相手だー!」

 風の威勢の良い声が、夕空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 と、風が威勢よくここにはいないバーテックスに宣戦布告をしてから半月が経った、九月二日。

「なーんて言ってたのに、全然来ないね。バーテックス。もう二学期始まっちゃったよー」

 あれからバーテックスは来る事なく、学校は二学期に突入した。バーテックスが来ると聞かされた時は緊張で少しピリピリしていた事もあったが、今ではすっかり緩いほんわかした元通りの勇者部の雰囲気に戻っている。

「敵を気にしないのも駄目だけど、気にしすぎるのも良くないわ。友奈ちゃん」

「東郷さんは落ち着いてるなぁ。その秘訣は?」

「かつて、国を守り戦った英霊達の活動記録。うちで映像見る?」

「で、できれば分かりやすく、アニメになってるのが良いなー」

 む、難しそう……と友奈が思いながら言うと、突然友奈のそばに精霊が出現した。

 とは言っても、それは彼女の精霊である牛鬼ではない。端末が返された時に追加された、友奈の新しい精霊だった。

 外見は猫のようだが、手足が炎に包まれ、尻尾の先には炎が五つついた輪が浮いている。猫は友奈と一瞬顔を合わせると、そのまま手足を動かして空中を自在に動き始めた。精霊は普通の人間には見えないとはいえ、こうして自由自在に動き回れるのは友奈としても気が気ではない。

「ああ、火車。急に出てきたら駄目だって。この子も牛鬼みたいに悪戯っ子なんだよねー」

「友奈ちゃんが優しいから、わんぱくなのよ」

 ため息をつきながらスマートフォンを操作して火車を消す友奈に、東郷がやんわりと言う。しかしすぐにその笑みを消すと、髪をまとめているリボンに触れる。

(………新たな戦力、か……)

 その後二人は家庭科準備室の前まで辿り着くと、扉を開けて中にいる風に挨拶する。

「結城友奈、入りまーす!」

「こんにちわ!」

「ウィーッス!」

「すっかりそのキャラ定着しましたね!」

 と、軽い挨拶をかわす風に友奈が言う。部室にはすでに二人以外の部員と刑部姫が集まっており、夏凜は友奈と東郷に手を上げて挨拶し、樹は『ウィースです』と書かれたスケッチブックを見せる。一方、刑部姫は二人に視線をちらりと向けるが、特に言葉をかける事無くすぐにふいと視線を逸らす。まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしかった。

 そして、東郷は勇者部の面々を見た後、自分の左耳に視線をやる。結局誰の体も治らないまま、こうして秋になってしまった。いつになったら、自分達の体は全快するのだろう……という考えが、彼女の表情から読み取れた。とは言っても、勇者部の面々がそれに気づく事は無い。

「………」

 ただ一人、東郷の顔を観察するように見つめている刑部姫を除いては。

 と、じっと考え込んでいた東郷の目の前に尻尾が鎌のようになった鼬が飛び込んできた。鼬が東郷の膝の上に座ると、その鼬の主である風が東郷に謝る。

「あ、ごめん! そいつ好奇心旺盛で。犬神と違ってあんま言う事聞かなくてさー」

「先輩の新しい精霊……。あ、ちょっと! くすぐったい!」

 鎌鼬が東郷の首の周りを歩き回り、それに東郷が笑うと彼女の膝の上に置かれているスマートフォンが光を放つ。すると東郷の精霊である青坊主、刑部狸、不知火、さらに新しく加わった川蛍が出現し、彼女周囲を飛び回る。すると鎌鼬は、しゅるりと東郷の首から駆け出して行った。

「東郷さんのはいつ見ても賑やかだなー」

 友奈が言うと、刑部狸を除いた精霊の目が一斉に友奈を睨む。

「あ、あはは……こんにちは!」

 友奈が慌てて笑いながら挨拶をすると、それを見ていた東郷がすっと深呼吸してからピシッとした声を出す。

「全員、気を付け!」

 するとすぐさま四体は東郷の目の前に素早く並んだ。素晴らしいほど行き届いた教育だった。まるで、軍隊を率いる教官のようである。

「さすが! 訓練されてるー!」

 友奈が感嘆の声を上げると、友奈と横にいた夏凜の目の前に二体の精霊がふよふよと漂ってくる。よく見てみると二体の精霊は、樹の精霊である木霊と新しく追加された雲外鏡だった。目を見開く二人に、樹がスケッチブックを二人に見せる。

『私の雲外鏡と木霊も出てしまいました』

 さらにそれに呼応するように友奈の精霊である牛鬼と火車も出てきて、空中を自由に動き回る。

「わわわ! 私のも飛び出てきたー! 牛鬼、他の精霊食べちゃ駄目だからね!」

 空中を自由気ままに動き回る精霊達を見て、風は腰に両手を当てながら、

「大赦が新たな精霊を使えるよう、端末をアップデートしてくれたのは良いけど、ちょっとした百鬼夜行ね……」

「ほ、本当賑やか! もういっそ文化祭これで良いんじゃないですか!?」

「良くないわ」

「ですよねー!」

「そこはしっかりと否定するんだな……」

 第一精霊は普通の人間には見えないので、東郷が否定しなくてもこの案はどのみち却下されるのだが。

 自分の頭の上で飛び跳ねる木霊を指差しながら、夏凜は不機嫌そうな口調で、

「まったく……。あんたら、精霊の管理ぐらい、東郷みたいにちゃんとしなさいよわあああああああああっ!!」

『諸行無常』

 牛鬼によって自分の精霊である義輝が食われているのを見た夏凜が絶叫し、義輝がなんとも悲しい声を上げる。なお、それを見た刑部姫はやはりと言うべきか、椅子の上で「………っ!」と無言で爆笑していた。

 それからようやく自分達の精霊を全て端末に戻し、風が息をつく。

「ふぅー。ようやっと端末に戻ったわね」

 一方で、自分の端末を見て夏凜が悔しそうに唇を噛む。

(……それにしても私だけ、新たな精霊なしとか、どういう事なのよ……)

 と、スケッチブックをめくる音が聞こえ、夏凜が顔を上げると樹がスケッチブックを夏凜に見せていた。

『敵……いつくるのかな。ドキドキ』

 すると彼女を安心させるように、夏凜は唇の端を上げて、

「そうね。私の勘では、来週あたりが危ないわね」

「実は敵の襲来は気のせい! ……だったら良いんだけどねー」

 と、それまで黙って話を聞いていた刑部姫がようやく口を開いた。

「それはない。今までも神樹の神託に誤差はあったが、神託そのもが外れた事は一度もない。断定はできないが、そろそろ来てもおかしくない頃だぞ」

「そうは言ってもさー、あの諸葛孔明だって負け戦はあるのよ? 弘法も筆の誤り。神樹様も予知のミスくらい……」

 そう言った直後。

 風の言葉を否定するように、樹海化警報のアラームがそれぞれのスマートフォンから鳴り響いた。世界の時間も、人の動きも、風も、全てが停止する。

「ええっ!?」

 無論それに誰よりも驚いたのは、今軽口を叩いた風だ。すると自分のスマートフォンの画面を見ながら友奈が苦笑し、

「噂をすれば、ってやつかな……」

「風が変な事言うから、神樹様からの的確なツッコミね、これは」

「あ、あんただって勘外しているじゃない!」

「なるほど、ではこれはお前達の責任という事だな。責任取って腹切れ。介錯は面倒だから苦しんで死んでくれ」

「切らないわよ! ……って、本当に脇差持ってる!?」

「前から気になってたけど、一体どこから調達して来てんのあんた!?」

 本当に脇差を夏凜と風に差し出す刑部姫に、二人のツッコミが飛ぶ。野球ボール、チェーンソー、スーパーボールと、過去にも色々なものを取り出していた彼女だが、ここまで来ると彼女に持ち出せないものはないのではないかと勘繰ってしまう。

 しかし、いつまでも漫才をしている暇はない。不思議な光が世界を包み込んでいき、色とりどりの花弁が宙に舞い散る。

「来ちゃったわね……」

「上等! 殲滅してやるわ!」

 そして、世界は樹海へと切り替わった。

 人工的な建造物などが一切なくなった、神樹の根が辺り一面に張り巡らされた世界。

 その中で東郷は自分のスマートフォンを取り出すと、画面を操作する。すると画面に現在の樹海のマップが表示され、マップには自分達勇者の現在位置、そして『双子座』というマーカーが『防衛対象』----神樹に接近している様子が映し出されていた。

「あと数分で森を抜けます!」

「一体だけなら!」

 すると、そんな友奈に釘を刺すように夏凜の頭の上にいた刑部姫が言う。

「油断はするなよ。残り一体だろうが、どんな能力を持っているか分からん。窮鼠猫を噛むとも言うしな」

「そ、そうだね。そう言えば、刑部姫が一緒にいるのって、考えて見ると初めてかも……」

 友奈の言う通り、刑部姫がバーテックスとの戦いに直接姿を見せた事は無かった。初めて会った時はバーテックスとの戦いが終わった後だし、この前の七体のバーテックスとの戦いの時も結局最後まで姿を見せる事は無かった。

「今回が最後だしな。それに生き残りを倒した事を確認しておきたい。大丈夫だとは思うが、手は抜くなよ」

「分かってるわよ。今回の敵で延長戦も終わり! ゲームセットにしましょう!」

 風の宣言に、夏凜も勝気な笑みを浮かべ、

「そうね。絶対に逃がさないわ!」

「行くわよ!」

 風の号令と共に、友奈達五人は取り出したスマートフォンの勇者システムを起動し、それぞれ神樹の力を身に纏い勇者へと変身する。

 変身した友奈は自分の右手に目をやると、そこには一度満開した事によって空になった満開ゲージがあった。緊張した様子でゲージを見ていると、風の声が四人にかけられる。

「よーし! じゃあまた、あれやろうか!」

「あれ?」

 前回いなかった刑部姫は当然分からなくて当然だが、どうやら四人には何の事かもう分かっているらしく、

「了解です!」

「本当、好きね。こういうの」

 そしてすぐに五人は肩を組むと、円陣を組んだ。どうやら風の言うあれとは、円陣の事だったらしい。

「敵さんをきっちり昇天させてあげましょ! 勇者部、ファイトー!」

「「「オオーッ!」」」

「運動部かよ……」

 夏凜の頭の上で、刑部姫は呆れまじりにそう呟いた。

 円陣を解き、神樹に近づくバーテックスの近くの根に降り立つと、敵の姿を確認する。

 大きさは今まで戦ってきたバーテックスと比べてかなり小さい。他のバーテックスは大体20~30メートル以上の大きさがほとんどなのだが、あのバーテックスは3メートルほどしかない。しかし大きさに反して移動はかなり素早く、スマートフォンで確認してみると時速250kmは出ているようだった。

 姿も他のバーテックスとは違い、少し人間に近い。二足歩行に、横長の道具で首と両手を固定された姿。それはまるで、旧世紀にあったギロチンという処刑道具で首と両手を固定された罪人のように見えた。

「あの変質者、樹が倒さなかったっけ?」

「元々二体いるのが特徴のバーテックスかもしれません」

「二体でワンセット……双子って事?」

(正解)

 あのバーテックスが高速機動を得意としたバーテックス、双子座の名を関するバーテックス、ジェミニ・バーテックスという事を知っている刑部姫は心の中で友奈の答えに正解の判定を下した。

「いずれにせよやる事は同じ! 止めるわよ!」

 だが、何故か夏凜以外の四人の動きは硬い。全員が険しい表情を浮かべたまま、その場から一歩も動かない。

「どうしたの!? さっきみんなであれだけテンション上げたじゃない!」

 と、そこで夏凜が何かに気づいたような表情を浮かべる。それを頭の上で眺めていた刑部姫も、夏凜と周りの勇者達の表情を見て彼女達が動かない理由を悟る。

(……まぁ、こうなるのは普通だな)

 彼女達は恐らく、こう考えているのだろう。

 前回、夏凜以外の全員が満開をした。そして、その全員が体に何らかの不調を抱えた。

 ならば、今回もそうならない保証はない。ジェミニと戦闘を行う事で、また自分達の体に何らかのダメージが来るのではと、彼女達は不安になっているのだ。

 戦わなきゃいけないのは分かっている。だが、頭では理解できていても体が動かない。大方、そんな所だろう。

(……やれやれ。面倒だが、私がやるか……)

 ここで友奈達を無理やり戦わせるのは簡単だが、そうして彼女達が万が一満開をしてまた体の機能を失った場合、今度こそ満開の真実に気付く可能性が高い。そうなったら、彼女達の不安の矛先は大赦へと向くに違いない。正直大赦がどうなろうと刑部姫にはどうでも良いのだが、ここで勇者と大赦の関係に亀裂が入り、問題が起こるのは面倒だ。ならば、ここで自分が戦って後々起こるかもしれないリスクを防いだ方が良い。

 そう考え、刑部姫が夏凜の頭の上から降りようとすると、夏凜が構え、

「問題ない! それなら私が!」

 勇者部の不安を感じ取り、夏凜がジェミニ目掛けて走り出そうとした瞬間。

 パン! と何かを叩くような音が聞こえ、

「よーーーーーーーーし!!」

 樹海に、友奈の叫び声が響き渡った。どうやら今の音は、彼女が両手で自分の頬を叩いたらしい。

「友奈ちゃん?」

「どうしたのよ、急に」

 突然の友奈の行動に、四人の視線が友奈に向けられる。友奈は明るく笑いながら、

「先輩! あの走ってるのを封印すれば、それで生き残りも片付くんですよね!」

「う、うん」

「だったら! とっとと終わらせて、文化祭の劇の話しましょー!」

 そう言うと、友奈はジェミニ目掛けて跳躍した。

「私も!」

「ぬわっ!」

「友奈! 夏凜!」

 友奈に続くように夏凜もジェミニ目掛けて跳躍し、二人の背に風の声がかけられるが、二人が止まる事は無い。ちなみに三人以外に声を発したのは刑部姫で、夏凜が突然跳躍したため彼女の頭の上から振り下ろされたからだ。

「ここは私に任せなさいっての!」

「でも……」

「って言っても、聞かないだろうから一緒にやるわよ!」

「うん! 夏凜ちゃん!」

 二人は空中で拳を引くと、走るジェミニ目掛けて強烈な拳を放つ。二人の拳は見事に直撃し、走っていたジェミニは地面に叩きつけられた。

「やった!」

 友奈が歓声を上げるが、仰向けに倒れていたジェミニはすぐに起き上がると神樹への走行を再開しようとする。が、膝にいくつもの小さな剣が飛んできて再び転んでしまう。

「風先輩!」

「二人共ありがとう!」

 どうやらジェミニの移動を妨害したのは風のようだった。

 さらに離れた所では、東郷が一人転んだジェミニ・バーテックスに狙いを定めている。

「他に敵影なし。あいつさえ倒せば、この延長戦も終わり」

 そして、ジェミニの真上には刑部姫が羽をパタパタと動かしながら四人と一体を見下ろしていた。

「……これで、終わりだな」

 ジェミニは再び起き上がろうとしているが、周りには友奈達が取り囲んでおり、遠距離から東郷が狙いを定めている。ジェミニは確かに早いが、これといった攻撃手段は持っていない。チェスでいう、チェック(王手)の状態だ。どうあがこうと、友奈達の勝利はすでに確定している。

 ----この場にいる誰もが、そう思っていた。

 友奈も、東郷も、風も、樹も、夏凜も。そして絶対や完璧を信じず、何事も勝負が決まるまで決して油断しない刑部姫すらも。

 だから、きっと。

 まるで警報のような甲高い音が樹海に鳴り響いた時、誰よりも驚いたのはきっと刑部姫ただ一人だっただろう。

「………っ!?」 

 音源は刑部姫の着物からだった。突然の音に戦闘中である事を一瞬忘れ、友奈達は刑部姫に視線を向け、東郷は様子がおかしくなった四人に眉をひそめる。

 一方で、その音の意味を誰よりも理解していた刑部姫はまなじりが裂けんばかりに目を大きく開くと、スマートフォンを取り出してマップを表示する。

 そこに映し出された情報を確認すると、焦った声で叫んだ。

「----全員、散開!!」

 気が付けば、頭で理解するよりも体が動いていた。

 彼女達が知る限り、刑部姫がここまで動揺した事は無い。その彼女がここまで動揺しているという事は、つまり自分達では想像がつかない異常事態が起きたという事。それを理解した友奈達は何で? 何があった? と考えるよりも早く、その場から飛びのいていた。

 結果的に、彼女達の判断は正しかった。

 次の瞬間、上空から何かがまるで流星のように降って来て、爆発のような轟音と共に起き上がろうとしていたジェミニの頭部に突き刺さったからだ。

「な、何っ!?」

 夏凜が叫ぶが、何かが降ってきた衝撃で土煙が発生し、何が起こったかが分からない。四人と上空にいる刑部姫は何があっても良いように呼吸を整えながら、煙が晴れるのをじっと待つ。

 そして煙が晴れた時、そこには二体の影があった。

 一体は、頭部を破壊され地面に横たわるジェミニ。

 もう一体は----。

「……バー、テックス?」

 現れたそれを見て、友奈が呟く。

 彼女の言葉に疑念の色が混じっていたのは、それが本当にバーテックスなのか確信が持てなかったからだ。

 ジェミニ・バーテックスも他のバーテックスに比べると小さい方だが、現れたそのバーテックスはさらに小さい。高さは150cmを少し超えているぐらいで、ほぼ人間と変わらない。

 雪のような白い体色に、人間のような両腕両足。両手と両足の先には鋭い爪が生えており、体のあちこちには羽根のような装飾。背中には小さな翼が生えており、小さな双眸の色は銀色。右手には、純白の大刀。今ジェミニの頭部を破壊したのは、きっとあの大刀の一撃だろう。

 バーテックスには違いないだろうが、その姿は今まで友奈達が見てきたバーテックスよりもはるかに人間に近かった。

 しかし印象としては、人間というよりも鳥を擬人化した怪物、と言った方がしっくりくる。こうしている今も友奈達には何の反応も見せず、言葉を発したりもしない。姿と挙動からして、人間ではない事はまず明らかだ。

「……刑部姫、こいつ、バーテックス?」

 目の前の二体のバーテックスから警戒を外さぬまま夏凜が静かに聞くと、刑部姫が降りてきてタブレットを操作し、

「……ああ、外見は今までのバーテックスと比べるとかなり人間に近いが、間違いない」

「どういう事? バーテックスの生き残りは、一体だけじゃなかったの!?」

 風が不安と疑念が入り混じった声で刑部姫に言うと、当の本人も困惑しているのか髪の毛をくしゃくしゃと掻き、

「ああ、そのはずだ! バーテックスの数は全部で十二体、お前達が戦っていた奴も二体で一体と考えれば問題は無い。だがこいつはまったくの予想外……! 大赦のデータベースにも記載がない未確認……! あえて名をつけるなら、アンノウン・バーテックスってところか……!」

「アンノウン……」

 『未知』を意味する単語を呟き、友奈だけではなくその場にいる全員が愕然とした表情を浮かべる。生き残りだと思っていたバーテックスが一体だけではなく、もう一体存在していた。その事実が、友奈達の心を打ちのめし、彼女達の動きを止める。

 すると、新たに現れたバーテックス----アンノウンが動いた。バーテックスは左手を動かすと、ジェミニの下半身部分に左手を突っ込む。そしてぐぐっ……と左手に力を入れると、次の瞬間左手を勢いよく引き抜く。下半身が袋が破れたように引き裂かれ、中から大量の御霊が現れた。

「御霊!? 封印の儀もしてないのに!?」

「まさかこいつ、御霊に直接干渉できるのか!?」

「それより、どうしてこいつ同じバーテックスを攻撃したの!? 仲間割れ!?」

 次々と襲い掛かる予想外の展開に風、刑部姫、夏凜が叫ぶ。しかしそれよりも現れた御霊を見て、友奈が叫んだ。

「こ、この御霊すごい数だよ!」

 友奈の言う通り、ジェミニの御霊は数えるのも馬鹿らしくなるぐらいの数だった。友奈達が戸惑っている間にもどんどん溢れ出し、彼女達の足元を覆いつくしていく。

「あたしがやるわ! アンノウンごと蹴散らす!」

(満開ゲージが溜まるのは危険な事かもしれない……! だから、あたし自身がとどめを刺さないと……! 他のみんなにやらせるわけには……!)

 本当は怖いが、これしか手が無い。こうしている間にも御霊が広がって樹海が焼けていき、封印可能な時間は少なくなっていき、何よりも何もかもが未知数なバーテックス、アンノウンがいる。一刻も早く決着をつけなくてはならない。

 風が大剣を力強く握ると、まるでさせないと言わんばかりの夏凜の声が風の耳に届く。

「とどめは私に任せてもらうわよ!」

「夏凜! やめなさい! 部長命令よ!」

 しかし、それで止まるような夏凜ではない。頬に不安と緊張の汗を流しながらも、無理やり笑みを浮かべて、

「ふふん、私は助っ人で来ているのよ。好きにやらせてもらうわ!」

 だが、結局夏凜がとどめを刺す事にはならなかった。

 上空から友奈の気合を込めた声と共に、左足に炎を纏わせ跳び蹴りの体勢に入っている友奈の姿があったからだ。

「はぁああああああああああああっ!! 勇者、キィィィィイイイック!!」

 業火を纏った跳び蹴りがジェミニ・バーテックスの体に直撃し、業火が迸り樹海を埋め尽くそうとしていた御霊を残らず焼き払う。アンノウンの姿も炎に呑まれ、あっという間に姿は見えなくなった。

 大量の色とりどりの光が天を上り、ジェミニ・バーテックスの体が砂へと還る。

「はぁ……良かっ……」

 言いながらスマートフォンを取り出した友奈の顔が、凍り付く。

 画面に映し出されているマップには、ついさっきとは違いもう一つのマーカーが表示されている。

 そしてマーカーと一緒に、『UNKNOWN』という表示が映し出されていた。

「友奈! あんた、何勝手に……!」

 彼女の身を心配すると同時に、勝手に先行されて少し怒っている夏凜が友奈に声を掛けようとするが、彼女の表情を見て言葉が途中で止まる。そこに風と樹も駆けつけるが、彼女達も友奈の異変を感じ取って表情を強張らせる。当然、彼女達の視線はスマートフォンのマップへと向き、そこに映し出されている情報を読み取ってしまう。

「……ねぇ、あれ……」

 情報を読み取り、顔を上げた夏凜が何かを見たのか、かすれた声を出す。友奈達もスマートフォンから顔を上げると、夏凜の視線を追う。

 そこには、白い球状の物体があった。四人の視線が向けられると物体がまるで扉のように左右に開き、中からアンノウンが現れる。アンノウンを覆っていたのはどうやら背中の小さな翼のようで、翼は小さく縮小すると背中の位置に収まった。

「友奈の炎を、防いだって言うの……?」

 奇襲の形で攻撃が行われたにも関わらず、すぐさま防御態勢を取って攻撃を完璧に防ぎきった。今までのバーテックスとはあまりに違い過ぎる反応速度に、四人全員の心が折られそうになる。

 しかもアンノウンはあちらから仕掛けようとしない。余裕のつもりなのか、それとも友奈達が仕掛けるまで攻撃しないつもりなのか。

 友奈は少し震えながらも、すぐに拳をぎゅっと握って無理やり心を奮い立たせ、明るく三人に笑いかける。

「大丈夫! 私達なら、例え相手がアンノウンでもきっと勝てます! だって私達は、七体のバーテックスが相手でも勝てたんですから!」

 すると友奈の笑顔に勇気づけられたのか、三人も笑みを浮かべる。

「そうね! あの総攻撃に比べたら、相手は一体だけだもの! あたし達からしたら、お茶の子さいさいってもんよね!」

「ま、数の差を考えると、むしろ良いハンデになるわね。さっさと終わらせるわよ!」

 風と夏凜が力強い言葉を発し、樹も二人に同調するように頼もしい笑みを浮かべながら頷く。

「んじゃ、さっきは友奈に良いとこ取られたし、今度はあたしが行くわよー!」

「あ、ちょっとこら、風!!」

 夏凜が止めるも間に合わず、風はアンノウン目掛けて跳躍すると、大剣を振りかぶる。

「食らえ、あたしの女子力がこもった必殺の一撃ー!!」

 気合と共に大剣が勢いよくアンノウン目掛けて降り下ろされる。

 大抵のバーテックスならいとも簡単に左右に泣き別れになる一撃を前にして、アンノウンが取った行動はシンプルだった。

 自分目掛けて降り下ろされる大剣を見切り、特に派手な動きも見せず横に少しだけ動く。

 結果、大剣はアンノウンのすぐ脇の地面を切り裂き、派手に土煙が舞う。

 大剣の性質上、全ての力を込めた風の体は一瞬ではあるが硬直する。

 その一瞬は、目の前の未知数は見逃さない。

 ドン!! という音と共にアンノウンがまるで弾丸のような速度で風に一気に肉薄する。

「あ----」

 敵が目の前まで迫った事に理解が及ばず、風がきょとんとした表情を浮かべる。

 そんな、彼女の顔面に。

 アンノウンの掌底が、放たれた。

 掌底そのものの威力は精霊が発動する精霊バリアによって防がれたものの、衝撃までは完全に消す事が出来ない。結果、掌底を顔面に食らった風の体は吹き飛ばされ、数メートル地面を転がってようやく止まった。

 が、それでもまだ良い方だ。もしも精霊バリアが無かったら、風の顔面は地面に落ちたトマトのようにぐちゃぐちゃになっていたはずだ。

「ふ、う?」

 夏凜の口から呆然とした声が漏れるが、風からは何の返答もない。

 彼女の体は、ピクリとも動かなかった。

「風せんぱいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 友奈の口から絶叫が迸ると同時に、アンノウンの体をワイヤーが締め付ける。

 アンノウンをワイヤーで縛っているのは、今にも泣きそうに顔をぐしゃぐしゃにしながらも怒りのこもった目でアンノウンを睨みつけている樹だった。アンノウンを縛り付け、バラバラにしようとしている事からも彼女がどれほど怒っているのか伝わってくる。

 が、それすらもアンノウンには届かない。

 アンノウンはなんと力づくでワイヤーを引き千切ると、大刀を手にして樹に駆け出そうとする。しかしその前に樹のワイヤーが大刀に絡みつき、動きを抑えてまるで綱引きのような状態になる。

 人間とバーテックス、神樹の力で強化されているとはいえ二人の力の差は明白だったが、樹は奥歯が砕けんばかりにこらえ、アンノウンの動きをどうにか止めようとする。そうすれば友奈と夏凜、そして遠距離からアンノウンを狙っている東郷が決着をつけてくれると信じて。

 が、それは叶わなかった。

 アンノウンは自分が攻撃に移れない事を確認すると、パッと両手を大刀から離す。綱引きの状態で手を離した結果、大刀が勢いよく樹に迫るが、刃は精霊バリアによって防がれる。

 バチバチバチ!! と刀身とバリアが接触した結果火花が散るが、大刀を前にした樹の目に、刀身から羽のようなものが大量に生み出されているのが見えてしまった。

 それは、羽の形をした刃。

 次の瞬間刀身からいくつもの刃が発射され、樹は姉と同じように大きく吹き飛ばされてしまった。刃そのものはバリアによって防がれたので傷は無いだろうが、間近で炸裂した分衝撃はかなり強い。

「樹ちゃん……」

 倒れた樹に友奈が立ち尽くしていると、遠距離から青色の霊力の弾丸がアンノウン目掛けて発射された。弾丸はアンノウンの頭部目掛けて迫りくるが、惜しくもアンノウンは頭を素早く下げ、標的を見失った弾丸は樹海の地面を抉った。

「外れた……!」

 ギリ、っと奥歯を噛み締めながら東郷が悔しがる。一瞬決まったと思ったが、やはりとんでもない反応速度だ。スコープ越しにアンノウンを忌々しげに睨む東郷の脳裏に、倒れた風と樹の姿が映し出される。

「よくも、風先輩と、樹ちゃんを……! 絶対に、許さない!!」

 再度アンノウンに狙いを定め、引き金を引く。今度こそ当たる……と思われたが、アンノウンは予想外の行動に出た。

 弾丸の方向に右手を掲げると、手の甲で弾丸を滑らせると、器用に手の甲の向きを変えて弾丸の威力を受け流し、そのままの勢いで右腕を振り払って霊力で構成された弾丸を粉々に打ち砕く。

「馬鹿な……!?」

 スコープ越しで見た光景に、東郷は思わず目を見開いた。

 今のような芸当はやろうと思って簡単にできる事ではない。銃弾の威力と方向の把握、身体を凄まじい精度で操作する能力、それらが合わさってようやく可能になる紛れもない神業。それをバーテックスができるという事が、東郷には信じられなかった

 そして、スナイパーが敵を仕損じるというのは自分の位置が相手に知られたという事を意味する。

 結果、その場に留まり続けるスナイパーがどうなるなど、火を見るより明らかだ。

 アンノウンは左手を広げると、左手から何かが形成される。

 それは、弓だった。さらにアンノウンは右手から矢を生成し、素早く弓に矢をつがえて東郷に向ける。

 アンノウンの行動が何を意味しているのかを東郷が察するのと、友奈の悲痛な叫びが彼女の耳に届くのは、ほぼ一緒だった。

「東郷さん、逃げてぇえええええええええええええええええええええっ!!」

 友奈の叫びも空しく。

 アンノウンから放たれた矢が勢いよく東郷に放たれ、彼女の精霊バリアに直撃した。

「--------あ」

 自分でも馬鹿みたいだと思うほど間抜けな声が漏れ、友奈の全身から力が抜けて地面に膝をつく。

 死んではいないだろうが、反撃が返ってこない所を見ると、彼女もアンノウンの攻撃の前に倒れたのだろう。

「お前、よくもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 夏凜が怒号を上げながら何本も刀を投擲するが、それらをアンノウンはかわし、しかも最後の一本を簡単につかみ取ると夏凜に投げ返す。投げ返されたそれをかわすと、二本の刀でアンノウンに切りかかり、アンノウンは右手から大刀を生成し攻撃を防ぐ。さらに二刀による連撃を加えていくが、それら全てを目の前の怪物は全てかわし、いない、防いでいく。

 ならばと左手で刀を振り、攻撃しようと見せかけて、

(本命は、右!)

 左の刀をフェイントにして、右手に持った刀を全力で振るい、アンノウンに一撃を加える。形勢逆転まではいかないかもしれないが、少なくともダメージにはなるはずだ。

 左手にアンノウンの意識が向かい、右手の刀が体を切り裂く。

 とは、いかなかった。

 刀を握る右手の五本の指の背中を、アンノウンが掴んだからだ。

(読まれた!?)

 目を見開く夏凜の腹に、アンノウンの蹴りが容赦なく叩きこまれる。精霊バリアでも防ぎきれなかった衝撃で酸素を吐き出し、その隙にアンノウンが一気に距離を詰めてくる。どうにか左手の刀で攻撃を防ごうとするが、大刀で刀を弾かれる。

 が、それでは決して終わらないのが三好夏凜だ。

(せめて、一撃----!!)

 大刀を振るった事でアンノウンの胴体ががら空きになり、胴体目掛けてまだ右手に握っていた刀を全力で振るう。この一撃で、戦いを終わらせるつもりで。

 しかし、そんな気持ちがこもった一撃も、アンノウンには届かなかった。

 アンノウンは瞬時に左手に小太刀ほどの長さの刀を形成、逆手に握ったそれで夏凜の最後の一撃を防ぎ切った。

「……ちく、しょう……」

 夏凜の口から弱々しい言葉が漏れると共に。 

 順手に持ち直した小太刀と大刀の、まるでXを描くような斬撃が夏凜の体に叩き込まれた。

「--------」

 致命傷は負わなくとも、生じた衝撃は人の意識を刈り取るには十分だったらしく、夏凜の体はドサリと音を立てて地面に崩れ落ちた。

「……夏凜、ちゃん」

 地面に膝をついた友奈の声が、樹海に小さく響く。

 それにアンノウンが振り返る事は無く、ただ静かに佇んでいる。

 まるで、戦意を失った自分には用はないと言うように。

「風先輩……樹ちゃん……東郷さん……」

 倒れた仲間達。

 あまりに実力が違い過ぎる、未知のバーテックス。

 それらが友奈の心から立ち上がる力を奪おうとする。

 が。

「----あ」

 同時に、倒れた仲間達の姿が、友奈の心に力を与える。

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 仲間達を倒した目の前の敵への怒りが。

 仲間達を護れなかった自分への怒りが。

 絶対にこの世界を守るという意志が。

 結城友奈を、立ち上がらせる。

「これ以上みんなを、傷つけるなぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 さっきのアンノウンのような素早い動きで肉薄し、拳を後ろに引く。

 アンノウンも迎撃するためか、勢いよく振り向きながら左手の拳に力を入れる。

「勇者、パァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!」

 拳と拳が激しくぶつかり合い、生じた衝撃で一人と一体は後方に吹き飛び、地面に着地する。互いに目の前の敵を睨みつけ、少しでも早く接近するために獣のように身をかがめる。

 刹那。

 ドンッ!! 一人と一体の足元が弾け飛び、互いの距離がゼロになる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 友奈の高速の連撃が次々とアンノウンに放たれるが、アンノウンはそれら全てを先ほどの夏凜の斬撃にしたように、かわし、さばいていく。まともに受けるとまずいと本能で分かるのか、掌で受けたりまともに受けたりはしない。高速でそれら全てを行っていくのは、もはや戦闘ではなく芸術的ですらあった。

 そして友奈が膝蹴りを放とうとすると、アンノウンが足で膝を止め、攻撃を止めてから拳を振るおうとする。それを間一髪避けると、カウンターと言わんばかりに友奈も右拳を放とうとする。

 しかし、その時友奈をいくつもの衝撃が襲い掛かった。

「う、わあああああああああああああああああああああっ!?」

 衝撃に叫び声を上げながら視線を上げると、そこにはいくつもの羽が光り輝いていた。さらに自分達の足元を見てみると、アンノウンの背中の翼の羽が大量に落ちている。

(まさか、これで!?)

 友奈の疑念を確信に変えるように、地面に落ちていた羽は光り輝く刃となって友奈に襲い掛かる。体は傷つかないものの、体を襲う衝撃はまるで散弾銃のようだった。精霊バリアが無かったら、今頃自分の体は切り傷だらけだっただろう。

(長期戦に持ち込まれたら、勝てない……!)

 自分達が戦ってきたバーテックスとは比べ物にならない技能にそこから来る強さ。

 何が来るか分からないほど豊富な手数の多さ。

 このまま戦っていたら現実世界に被害が広がってしまうし、何よりも自分を無視して神樹に向かう危険性だってある。そうしたら、満開でもしない限り止める事は出来ない。

(その前に、ここで倒す!!)

 友奈は身をかがめると、右手の拳に力を入れる。

 そして、跳躍。

 右手の拳が桃色に光り、莫大な量の霊力が拳に込められる。

 それを迎え撃つかのようにアンノウンは左手を軽く広げると、左手がみるみる巨大になっていく。トラックすらも一撃で粉砕できそうな右手を強く握ると、友奈は拳を勢いよく降り下ろし、アンノウンも拳を勢いよく振り上げる。

「今度は、負けない!! 勇者、パァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!」

 互いに必殺の威力が込められた拳がぶつかり合い、衝撃波が辺りにまき散らされる。友奈とアンノウンは吹き飛ばされ、友奈の体は地面に叩きつけられる。体にはしる激痛と衝撃で、友奈の意識は暗闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友奈!! ねぇ、友奈!!」

「友奈ちゃん!! 起きて!! お願い、起きてよぉ!!」

「友奈!! 友奈!! しっかりしろよ!!」

 自分を呼ぶ声に、友奈は意識を取り戻すとうっすらと目を開く。目の前には、自分の顔を涙が滲んだ目で見る勇者部の面々の顔があった。東郷に至っては、ボロボロと涙がこぼれ落ちまくっている。

「みんな……。良かった、生きてた……」

「私達の事よりも、自分の頃を心配しなさいよぉ! この馬鹿ぁ!!」

 涙声で夏凜が叫び、それに思わず友奈は苦笑する。それからついさっきまで自分達が戦っていたアンノウンの事を思い出し、東郷に尋ねた。

「そうだ、私どれぐらい意識を失ってたの!?」

「そんなに経ってないわ。大きな音がして目が覚めたら、友奈ちゃんとアンノウンが倒れてたの。風先輩達もそれで目を覚ましたらしく、急いで駆け付けたのよ」

 となると、意識を失ってから恐らく三分も経っていないだろう。そうなると、気になるのはもう一つだけだ。

「アンノウンは?」

 そう言うと、四人が一斉にある方向に視線を向ける。友奈も視線を向けると、十メートル離れた場所で右腕を失ったアンノウンが仰向けに倒れていた。

「大分ダメージを負ったみたいね。起き上がってこないわ」

「じゃあ、早く封印しないと……!」

「待ちなさい友奈! あんたも相当ダメージ受けたはずよ! 封印はあたし達でやるから、あんたは……」

 風が起き上がろうとする友奈をなだめようとした、その時だった。

「………っ!」

 それまで倒れていたアンノウンが起き上がり、樹が思わず息を呑む。

 例え自分達を散々苦しめてきた相手だろうと、半死半生。今なら何とかなる……と考えていた四人だったが、その希望は次の瞬間に粉々に打ち壊された。

 アンノウンの右腕が、元通りに再生していく。肩まで無くなっていたはずの右腕はどんどん元の形を取り戻していき、やがて一分も経たず右腕は完全に復活した。

「嘘、でしょ……?」

 完全復活を遂げたアンノウンに、五人の表情が凍り付く。五人がかりでも歯が立たず、友奈の全身全霊を込めた一撃でようやく倒したと思ったのに、すぐに再生されてしまった。

 相手は健在、それに引き換え自分達は満身創痍。

 勝てない。負ける。怖い。逃げ出したい。

 ----死。

 五人の脳裏に、そんな単語が次々と浮かんでくる。

 すると、

「友奈!?」

「友奈ちゃん!!」

 東郷に庇われていた友奈はよろよろと立ち上がると、拳を握りしめてアンノウンを睨みつけた。それはまるで、後ろにいる四人を護ろうとしているように見える。戸惑いながら東郷が友奈の手を見ると、彼女の手は震えていた。

 当然だ。いくら友奈でも、怖くないはずがない。手と足は震え、歯はカチカチと鳴っている。脳がこの場から逃げろと全力で警報を鳴らし、今すぐ逃げ出したい恐怖にかられる。

 だが、ここで逃げるわけにはいかない。

 例え命を引き換えにしてでも、ここで絶対に倒して見せる。

 自分達の世界は、決して壊させない。

 再開するであろう戦いに備え、苦い唾を飲み込む。

 しかし、その時恐らく今日の中で最も不可解な事が起こった。

 アンノウンが突然五人に背中を向けると、高く跳躍したのだ。

「………え?」

 夏凜が声を漏らすも、その間にアンノウンは根を次々と高く跳躍していく。

 やがて、アンノウンの姿は完全に無くなった。スマートフォンの画面を見て、反応はまったくない。

「………終わった、の?」

 あまりに予想外で、唐突な戦いの終わりに、風の口から力の抜けた声が出る。

 直後、一気に緊張感と恐怖、さらに力が体から抜け、五人はバタバタと地面に倒れた。

 達成感など無かった。ただあるのは、生き残って良かったという強い安堵と困惑、そして虚脱感。

 地面に倒れながら、風が呟く。

「……本当に、今回は死ぬかと思った……」

「あのバーテックス、一体何だったんでしょうか……」

「分かんない……。でももしかしたら、次戦う時は満開しないと勝てないかも……」

 正直体に何らかの負担が来るのは怖いが、そうでもしないと本当に勝てない可能性が高い。

 友奈がそう言うと、それを否定する声が降ってきた。

「----いや、恐らく満開をしても勝てない」

 そして降りてきたのは、タブレットを手にした刑部姫だった。彼女は険しい表情を浮かべながら、タブレットを操作している。

「刑部姫、あんた一体どこにいたのよ……」

「隠れてアンノウンを観察していた」

「姿が見えないと思ったら、そんな事してたんだ……。で、満開しても勝てないって、どういう事?」

「そのままの意味だ。あれは強すぎる。戦い方が異質すぎるんだ」

「異質すぎる……?」 

「ああ。……樹海化が解けるまで、少し説明しておくか。さっきお前ら、奴と戦っていて戦いにくいと思わなかったか?」

 刑部姫が問うと、五人は互いの顔を見合わせて、

「確かに……。なんか、他のバーテックスとは戦い方が全然違うっていうか……。動きが読まれてるみたいっていうか……」

「さすがは自称とはいえ完成型勇者だな。ほぼ当たりだ」

 そう言うと刑部姫はタブレットの画面を五人に見せる。画面には、ついさっきまでのアンノウンの戦闘動画が映し出されていた。

「例えどれほど強大な力を得ていても、お前達は人間だ。関節の駆動域には限度があるし、必然的に動ける範囲も決まってくる。相手の目線などに気を付ければ攻撃がどう来るかも何となく分かるようになるし、使う武器も考慮すれば隙をつく事なんて簡単にできる。……今までのバーテックスはもちろん強敵だったが、それでもまだマシだったんだ。何せ奴らの攻撃手段は、自分達の強大な力を相手に叩きつける事ばかりだったからな。苦戦はするだろうが、それでも連携や満開という最終手段でどうにかなる相手だった」

 だが、とそこで刑部姫は言葉を区切り、

「あいつは違う。人間の関節の可動域、目線、武器の性質、それら全てを読み切ってお前達を叩きのめした。今までのバーテックスとはそもそも、戦い方が全然違うんだよ。無駄に強大な力をぶつけるのではなく、最小限の力と洗練された技術を用いて、効率的に戦いを有利に進めていたんだ。……正直に言うが、最後に奴が気まぐれを起こしていなかったら、お前達は確実に終わっていた」

「………っ」

 刑部姫の言葉に、友奈は思わず息を呑む。普段から自分達に散々な毒舌を吐く彼女だが、こういう場に限っては彼女はまず嘘はつかない。つまりもしもアンノウンが引いてなかったら、自分達は死んでいたという事だ。

「じゃあ、満開でも勝てないって言うのは……」

「そのままの意味だ。ただでかい力をぶつけても、あいつには届かない。満開を見切られて、効率的に殺されるだけだ。それでも力任せに倒すのは可能だろうが、その場合は一度や二度じゃ済まないだろう」

「そんな……」

 刑部姫の告げた事実に、風が絶望的な声を上げる。刑部姫は苦虫を噛みつぶしたような表情になると、

「満開をすれば良いとかそういう単純な話じゃない。奴に勝つには、一糸乱れぬ連携、緻密な戦術、さらに達人レベルの格闘・剣術の技術が必要になってくる。……まぁ、それでも勝てるかどうかは五分五分だな。それで追い詰めて、満開でとどめをさすって方法で勝目が見てくるって所だろう。……最後の最後に、厄介な奴が出てきたな」

 チッと、刑部姫が舌打ちする。彼女の今の表情が、自分達が置かれている状況がどれほど危険なものかをこれ以上ないほど表していた。

 と、樹海が振動し、色とりどりの花びらが宙を舞う。樹海化が解除されようとしているのだ。

「……とりあえず、私はアンノウンの事を大赦に知らせる。いつ奴がまた襲撃してくるかはまだ分からん。体を休ませておけ」

 だが、そう言っても勇者達の反応は鈍かった。

 それも仕方が無いだろう。今回でようやく戦いが終わったと思ったら、アンノウンという満開をしても勝てるかどうか分からない強敵が出現したのだ。普段は明るい友奈も暗くなってしまっても、無理はない。

(………しかし)

 刑部姫は五人から視線を外すと、タブレットの中のアンノウンに目を向ける。

(この動きからして、奴は間違いなく人間の戦い方を熟知している。おまけに東郷美森を狙撃した時に使った弓矢……。知識が無い以上、弓矢を生成する事はまずできない。なのに生成できたって事は、アンノウンは弓矢、さらに格闘技や人体に関する知識があるという事だ。じゃあそれは、どこでいつ手に入れたものだ?)

 そう考える刑部姫の頭に、ある仮説が浮かぶ。

 だが、

(……いや、ありえん。ありえん、はずだが……) 

 頭ではありえないと分かっているはずだが、心のどこかで許容できていない自分がいる。

 それはこの世に完璧や絶対などというものが無い事を誰よりも知っているためか、それとも自分にまだ人間らしさというものが残っているためなのか、刑部姫には判断できない。

 どちらにせよ、その仮説を捨てきれないのも、確かな事実だった。

 そして花びらが舞う中、五人と一体の精霊は現実世界へ帰還する。

 その胸に、底知れぬ不安を抱えたまま。

 

 

 

 

 

 

 樹海化が解除されて、帰ってきた現実世界はすでに夕暮れ時になっていた。

 風、樹、夏凜、刑部姫は学校の屋上の社の近くにいた。基本的にバーテックスとの戦いが終わった後は、いつもここに転送される。

「はぁ……なんか、達成感とか、全然ないわね」

 先ほどの戦いを思い出して風がため息をつくと、樹が不安そうな表情を浮かべてスケッチブックに文章を書きこむ。

『アンノウン、いつ来るんだろう……』

 次にまたあのバーテックスが襲来してきた場合、今度は必ず倒さなくてはならない。しかし今日ろくに太刀打ちできなかった自分達が、果たして勝つ事ができるのだろうか。

 が、この場には例え強がりでも勝てると言い切れる少女がいる。夏凜はふんと鼻を鳴らし、

「問題ないわ。今日は不意を突かれたけど、今回の戦いであいつがどんな行動をするかは大体分かったし、何より私達はこうして生きてる。次こそは、ギッタギタのメッタメタよ!!」

「三下の台詞だな」

「うるさいわよ! それより友奈、あんた今日は家に泊まりなさい! いくらなんでも今日は一人で突っ走りすぎよ! アンノウンに最後一人で戦おうとした時もそうだったし、今日はみっちりお説教を……あれ?」

 一人でバーテックスの御霊を破壊し、最後にはボロボロであるにも関わらず一人で自分達を護ろうとした友奈に夏凜が物申そうとした夏凜が、突然奇妙な声を上げた。

「どうした?」

「友奈がいないんだけど……」

「何っ?」

 それを聞いた刑部姫も周囲を見回すが、確かに樹海化が解除されたにも関わらず友奈の姿は無かった。

 それどころか、

「って、東郷もいないじゃない。東郷?」

 東郷の姿もどこにもない。風が辺りを見回して呼び掛けるが、彼女からも、友奈からの返事も無かった。

「二人共、どこに行っちゃったのよ……。ねぇ刑部姫、まさか友奈も東郷も、樹海に取り残されちゃったんじゃ……」

 夏凜が困惑した声で尋ねるが、それを刑部姫はすぐに否定する。

「ありえない。樹海化が解除されたら人間はすぐに現実世界に帰ってくる」

「じゃあどうして、二人共いないのよ」

 すると刑部姫は、顎に手を当てて考え込み、

「考えられるとしたら、他の社に転送されたんだろう。社はこちらの世界に戻ってくる際の目印の役割を担っている。こっちに戻ってくる際に、二人の転送先をここでは無く、別の社にするように割り込めば……」

『そんな事、できるんですか?』

「できないわけではない。だが、そんな事を一体誰が……」

 そう言って刑部姫は再び顎に手を当てて考え込む。だが、すぐにはっと何かに気づいたような表情を浮かべると、クックックと低い笑い声を漏らした。

「お、刑部姫……?」

 突然笑い出した精霊に夏凜が声をかけた、その時。

「--------クソガキが」

 びくっと、そばにいた樹が怯えるのが分かった。

 だが、それは当然だろう。

 そう呟いた刑部姫の表情は、無表情であるにも関わらず絶対零度の冷たさを帯びていた。目は、睨んだだけで誰かを殺せるのではないかと思えてしまうほどの殺意を宿している。

 今まで刑部姫が怒る姿を見てきたが、今回は別格だ。彼女は間違いなく、今までで一番、心の底からここにはいない誰かに激怒している。

「……結城友奈達は後で自宅に返す。お前達はもう帰れ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、二人が今どこにいるか……」

 分かってるのと言おうとしたが、風の言葉がそこで途切れる。黙れと言うように、刑部姫が風を睨んだからだ。蛇に睨まれた蛙とは、まさにこの事かもしれない。それだけで風の動きはおろか、呼吸すら止まりかねない錯覚に陥った。刑部姫はふいと風から視線を外すと、花びらと共にこの場からいなくなる。

 はぁ、はぁと荒い息をつく風に心配した樹が慌てて駆け寄る。大丈夫よ、と風は心配してくれた樹の頭を優しく撫でる。

「……一体何が、起こってるのよ……」

 友達二人と精霊がいなくなり、何が起こっているか分からない状況に放り込まれたままの夏凜は逢魔が時の空を見上げながら、困惑した口調で呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「戻った、けど……」

「ここ、屋上じゃないよね?」 

 友奈と東郷の二人は、見慣れない景色に思わず呟く。

「みんなは……」

 周囲を見回して風達を探すが、自分達以外は誰もいないようだった。そして辺りに視線を巡らせていた東郷の目に、あるものが映り込む。

「大橋……!」

「えっ?」

 東郷の視線の先には、かつて大橋市のシンボルだった大橋の姿があった。二年前に起こった事故のせいで無残に破壊され、今ではその屍を静かに晒している。

「うわ、本当だぁ……。だとしたら、結構離れてる場所に来ちゃったね」

 友奈達が住む讃州市と、大橋がある大橋市は大分距離がある。距離に換算するとおおよそ三十五キロメートル。信号や通行状況にもよるが、車で移動したとしても約一時間はかかる場所だ。どうしてそのような場所に、自分達は来てしまったのか。

 詳細な位置を知るためにスマートフォンを取り出してマップを開こうとするが、そこである事に気づいた友奈が声を上げる。

「あれ? 電波、入ってない」

「え?」

 確認するために自分のスマートフォンを取り出して確認するが、友奈の言う通り電波が来ていなかった。山奥などならまだしも、このような場所で電波が来ていないというのはまずありえない。

「私の改造版でも駄目……」

 自分のスマートフォンでも異常を確認した東郷がそう言った直後。

「ずーっと呼んでいたよわっしー。会いたかった~」

 どこからか少女の声が、二人の鼓膜に響いた。声はどうやら社の裏から聞こえてきたようで、二人は急いで社の裏へと向かう。

 そこには何故か、病院のベッドがぽつんと置かれていた。そしてベッドの上には、一人の少女が横たわった状態で二人に視線を向けている。ただ、少女と言っても顔はほとんど分からない。彼女の全身の大部分を、白い包帯が覆っていたからだ。口元と左目はかろうじて覗いているものの、包帯で覆われたその姿はあまりにも痛々しい。よほど酷い大怪我をしていなければ、まずありえないような姿だ。

 そして自分の前に現れた二人の姿を見た少女は、静かに言った。

 まるで、大切な旧友の名を呼ぶように。

「ようやく呼び出しに成功したよ……。わっしー」

 

 

 

 

 

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