天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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第三十三話 Wは語る/勇者システムの真実

 

「え、わっしー? ……鷲?」

 少女が何を言っているのか分からず、友奈が思わず呟く。

「ていうか、ベッドが、なんでこんな所にどーんと……」

 ベッドがこんな所にあるという事は、それをここに運んできた人間がいるはずである。少女にそのような腕力があるようには見えないし、何よりも包帯を全身に巻かれたその姿ではろくに動く事すらできない。では、一体誰が。

 しかし友奈の疑問をよそに、少女は東郷をまっすぐ見て続ける。

「あなたが戦っていたのを感じて、ずっと呼んでたんだよ」

 そこでようやく友奈はある可能性に気づき、親友の顔を見た。

「えっと……東郷さんの知り合い?」

 が、彼女は首を横に振って友奈の問いを否定する。

「いいえ……初対面だわ」

 それを聞いた少女はじっと真剣な表情で東郷の顔を見つめていたが、やがて目を閉じるとどこか落胆したような声で「あぁ……」と言葉を漏らすと、すぐに笑って、

「わっしーっていうのはね、私の大切なお友達の名前なんだ。いつもその子の事を考えていてね、つい口に出ちゃうんだよ。ごめんね」

 しかし、友奈にはどうしても少女の言う事を真に受ける事が出来なかった。今の少女の言葉は、確かに東郷に向けられているように感じたからだ。だが口を挟む事も出来ず、代わりに自分の疑問を口にする。

「あの……私達を、呼んだんですか?」

「うん、その祠」

 少女の目は、友奈達のそばにある祠に向けられている。友奈も祠を見ながら、

「これ、うちの学校にもある……」

「うん、同じだね」

 バーテックスとの戦いが終わった後に友奈達はいつも学校の屋上に転送されるが、そこにあるものとほとんど同じだった。と、少女の口から思いがけない言葉が飛び出す。

「バーテックスとの戦いが終わった後なら、その祠使って呼べると思ってね」

 少女の言葉に、友奈と東郷は思わず目を見開いて少女の顔を見る。

 バーテックス。確かに少女は今そう言った。普通の人間ではまず知らないはずの単語を。

 友奈と東郷は顔を見合わせると、友奈が少女に尋ねる。

「バーテックスを、ご存じなんですか?」

「一応、あなたの先輩って事になるのかな。私、乃木園子って言うんだよ」

「さ、讃州中学、結城友奈です」

「友奈ちゃん」

 少女----園子が友奈の名前を繰り返すと、友奈に続くように東郷も自分の名前を口にする。

「東郷、美森です」

「美森ちゃん、か……」

 当然東郷の名前も復唱する。まるで大切な宝物の名前を口にするように、それでいてどこか切なげに。

「先輩というのはつまり……乃木さんも……」

「うん。私も勇者として戦ってたんだ。二人の友達と一緒に、えいえいおーってね。今は、こんなになっちゃったけどね」

「バーテックスが、先輩をこんなひどい目に遭わせたんですか……?」

 全身を包帯で巻かれた少女の姿に、友奈が痛ましい口調で言うと、園子は柔らかい笑みを浮かべながら、

「あ、んーとね。敵じゃないよ? 私、これでもそこそこ強かったんだから」

 そして「えーと……」と何かを考え、それからようやく何を言おうとしたのか思い出したらしく、二人に聞く。

「そうだそうだ。友奈ちゃんは満開、したんだよね?」

「え?」

「わーって咲いて、わーって強くなるやつ」

「あ、はい。しました。わーって強くなりました」

 前回の戦いを思い出しながら、友奈が答える。実際あの満開という力は、とてつもないものだった。満開が無かったら、自分達は全員殺され、世界も終わっていたかもしれない。

 ----その満開があっても敵わない、アンノウンという敵の事を思い出し表情が暗くなりそうになってしまうが、どうにか表情に出るのをこらえる。

「私も、しました……」

「そっか……」

 それを聞いた園子は、今まで浮かべていた笑みを消すと友奈と東郷にこんな事を尋ねる。

「咲き誇った花は、その後どうなると思う? 満開の後に、散華という隠された機能があるんだよ」

「散、華……。花が散るの、散華……」

「満開の後、体のどこかが不自由になったはずだよ」

 はっと、東郷が息を呑んで左耳に手を当てる。

 聴覚。味覚。声。視覚。彼女の言う通り、この前の戦いで満開をした四人は体のそれぞれが不自由になった。告げられた園子の言葉で、自分が今まで抱いていた疑念が確信に変わるのを東郷は感じた。

 さらに友奈が、かすれた声で尋ねる。

「え、それって……」

「それが散華。神の力を振るった満開の代償。花一つ咲けば、一つ散る。花二つ咲けば、二つ散る。その代わり、決して勇者は死ぬ事は無いんだよ」

「死なない……」

 言い方を変えれば、それは不死身という事になる。

 しかしそれが、果たして本当に自分達にとって良い事なのかは分からない。現に自分達は、聴覚と味覚という大切な感覚を失ったのだから。

「で、でも、し、死なないなら、良い事なんじゃないのかな……。ね?」

 言いながら友奈が東郷の方を見るが、彼女は何も答えない。ただじっと俯いて、何かを考えている。

「そして、戦い続けて、今みたいになっちゃったんだ。元からぼーっとするのが特技で良かったかなって。全然動けないのはキツいからね」

 口ではそう言うが、まったく辛くないというのはまずありえない。いくらぼーっとするのが特技でも、誰とも会えず、誰とも話せない寂しさは友奈達の想像の遥か上をいくはずだ。それほどの孤独を、目の前の少女はどれほど過ごしてきたのだろうか。

「い、痛むんですか……」

「痛みは無いよ。敵にやられたものじゃないから。満開して、戦い続けて、こうなっちゃっただけ。敵はちゃんと撃退したよ」

「満開して、戦い続けた……」

「じゃあ、その体は代償で……」

「----うん」

 二人の問いに、園子は誤魔化しもせず、嘘をつく事もせず、はっきりと答えた。風が強く吹き、二人の髪を揺らす。

 風を受けながら、二人は目の前の少女を見つめる。

 散華によって体の大部分の機能を失った姿。歩く事も出来なくなった体。----バーテックスの戦いでなるかもしれない、自分達の未来の姿。

 それに、友奈達は自分の心臓が止まってしまうのではないかと思うほどのショックを身に受ける。

 スマートフォンを握る手が震えるのを感じながら、友奈は震える声で言った。

「ど、どうして私達が……」

「いつの時代だって、神様に見初められて供物となったのは無垢な少女だから。穢れ無き身だからこそ、大いなる力を宿せる。その力の代償として、体の一部を供物として神樹様に捧げていく。それが勇者システム」

「私達が、供物……?」

 勇者として戦っていたつもりが、実際は供物として捧げられているだけだった。ここまで来ると、何の冗談だと思いたくなる。

 だが、今彼女達が直面しているのは冗談でもなんでもなく、ただただ無慈悲な事実であり、残酷な現実だった。

「大人達は神樹様の力を宿す事ができないから、私達がやるしかないとはいえ、酷い話だよね……」

「それじゃあ、私達はこれから、体の機能を失いながら……」

 すると、東郷の手を友奈がきゅっと握った。

「でも、十二体のバーテックスは倒したんだから、大丈夫だよ東郷さん!」

「友奈ちゃん……」

 しかし、東郷は見逃さなかった。友奈の手と目が、不安で震えているのを。

 当然だ。もうその前提が覆されているのを、東郷と友奈は知っている。

 アンノウン・バーテックス。

 さっきの戦いで突如乱入してきた、存在しないはずの十三体目のバーテックス。自分達が束になっても敵わないほどの戦闘力を持つ、未知のバーテックス。あの刑部姫でさえ、満開しただけでは倒せないと太鼓判を押した、正真正銘の怪物。あのバーテックスがいる限り、自分達の戦いはまだ続き、そのたびに体の機能を失っていく事を、彼女も分かっているのだ。

 と、アンノウンの事を知らないのか、園子が口を開く。

「倒したのはすごいよね。私達の時は追い返すのが精一杯だったから」

「そうなんですよ! その、はずで……」

 が、友奈の言葉は途中で止まってしまった。するとそれを見た園子が、こんな事を言った。

「……そうだと良いね」

 それに、東郷は思わず眉をひそめる。園子は恐らく、アンノウンの事を知らない。アンノウンの事を知っているのは、さっき戦った自分達五人と刑部姫しかいない。おまけに刑部姫はまだ大赦に報告していないはずなので、彼女がアンノウンの事を知っているはずがない。なのに何故、園子は今引っかかる事を口にしたのか。まるで、アンノウン以外にも知られざる秘密を知っているような……。

「そ、それで、失った部分は、ずっとこのままなんですか? みんなは、治らないんですか?」

 だが、友奈の言葉は目の前の園子の姿が否定していた。もしも簡単に治るようなものであれば、園子がこのような姿でいる事はありえない。それを証明するように、園子が言った。

「治りたいよね。私も治りたいよ。歩いて、友達を抱きしめに行きたいよ……」

 それに、友奈は思わず黙り込む。彼女が今言った言葉が、何よりも強く表していた。

 満開で失った機能は、決して治らないのだと。

「友奈ちゃん!」

 呆然としていた友奈の耳に、東郷の声が届く。友奈が振り向くと、大赦の神官服と仮面を纏った男性達がゆっくりと歩いてきていた。

「大赦の人達……」

 どこからか現れた彼らは何も言葉を発することなく、無言で友奈と東郷を取り囲むとじっと立ち止まる。すると目を閉じた園子が、静かではあるけれど、有無を言わせぬ口調で告げた。

「彼女達を傷つけたら許さないよ」

 それに神官達が園子の方を向くと、園子がさらに続ける。

「私が呼んだ、大切なお客様だから。あれだけ言ったのに、会わせてくれないんだもん。だから自力で呼んじゃったよ」

 直後、神官達が園子に向かって跪く。友奈達と同じぐらいの年齢の少女を前に、まるで神を相手にするように。それを見て戸惑う友奈と東郷に、園子が説明をする。

「私は、今や半分神様みたいなものだからね。崇められちゃってるんだ。安心してね、あなた達も丁重に、元の街に送ってもらえるから」

 半分神様みたいなもの。つまり、大赦の神官であろうとも彼女の言う事には逆らえないという事だ。神樹を崇拝するこの時代で、神として崇められるというのが良い事なのか、悪い事なのか友奈達には分からない。ただ、目の前の少女はどう見ても幸せそうには見えない。

「……悲しませてごめんね。大赦の人達も、このシステムを隠すのは、一つの思いやりではあると思うんだよ。……でも、私はそういうの、ちゃんと、言って欲しかったから……」

 そこで東郷はある事に気づく。

 園子の片目から、涙がこぼれていた。涙は頬を伝い、彼女が着ている病院着に落ちて涙の後を残す。同時に先ほどまでは静かだった園子の声に悲しみの感情が混じっていく。

「分かってたら……、友達と、もっともっと、たくさん遊んで……、だから……伝えておきたくて……」

 どれほど悲しかっただろう。 

 どれほど辛かっただろう。

 友奈達の先輩という事は、彼女達が勇者になるよりも前に……それこそ小学生の時に勇者になり、バーテックスとして戦った可能性がある。そして世界を、大切な人達を守るために戦い、満開し、世界を守り切った。

 それと引き換えに失ったものは、自分の体の機能と友と過ごせたはずの大切な時間。

 悲しくないはずがない。

 辛くないはずがない。

 目の前の少女の涙が、何よりも強く語っていた。

 東郷は無言で車椅子を動かして彼女に近づくと、片目から零れた涙を拭う。園子は一瞬驚いたような表情になるが、すぐに小さな笑みを浮かべると東郷が着けているリボンに視線を向ける。

「そのリボン、似合ってるね」

 東郷は、髪につけていたリボンに手を当てる。

 実は東郷は、いつからこのリボンが自分の元にあるか知らなかった。なんでも事故で記憶を失った時に、自分が握りしめていたものらしい。どういう経緯で持っているのか、本当に自分のものなのかは、分からない。

 だが、このリボンがとても大切なものだという事は分かっていた。記憶は無いはずなのに、自分の心とも言うべきものがそう叫んでいる。だから東郷はこのリボンをいつも肌身離さず持っていた。

「このリボンは……とても大事なものなの。それだけは覚えてる……」

 そして今、確信した。

 このリボンは、きっと目の前の少女がくれたものなのだと。例え記憶は無くても、少女の反応が、何よりも自分の心が、このリボンは目の前の少女がくれたのだと叫んでる。

 けれど、

「けど、ごめんなさい……。私、思い出せなくて……!」

 何も思い出せない。 

 園子がどのような少女だったか、どうやって友達になったのか、どんな食べ物が好きだったのか、何が趣味だったのか……。大切な友達だったはずなのに、思い出せない。それが辛くて、東郷は思わず涙をこぼして園子に謝る。

「仕方ないよ~」

 すると園子も涙を流しながらも笑みを浮かべて、謝る東郷を慰める。だが、園子が仕方ないと言っても簡単に割り切る事などできない。だって、どのような理由があっても自分は目の前の少女の事を忘れてしまったのだから。それが悔しくて、悲しくて、東郷は涙を流し続ける。

「方法は!? このシステムを変える方法は無いんですか!?」

 涙を流す二人の姿があまりに辛そうで、思わず友奈が声を上げた。

「神樹様の力を使えるのは勇者だけ。そして勇者になれるのは、ごくごく一部、私達だけなんだよ……」

 それはつまり勇者になる以上、これからも東郷と園子に起こった悲劇はまだ続くという事。そしてそれは勇者と敵であるバーテックスがいる限り起こり続けるという、あまりにも残酷な事実だった。

「帰してあげて。彼女達の街へ」

 園子の言葉に、周囲に控えていた神官達が静かに合掌して礼をした。

「いつでも待ってるよ。大丈夫、こうして会った以上、大赦側もあなたの存在をあやふやにはしないだろうから」

 だから、また会おうね。まるでそう言っているようだった。

 東郷が涙に濡れた瞳で、園子を見つめる。

 そんな時だった。

 その声が、その場に響き渡ったのは。

「勝手な事してんじゃねぇよ、クソガキ」

 場にそぐわない、あまりに荒々しい口調が、響き渡った。

 声は友奈達の背後からだった。だがその声は、友奈と東郷には聞き覚えがあった。友奈と東郷は振り返り、神官達は声の聞こえた方に一斉に顔を向ける。一方、一人だけ園子はため息をついた。まるでこうなる事を予測していたように。

 そこにいたのは。

「刑部姫?」

 精霊、刑部姫だった。彼女は宙に浮き、夕日の光を背に浴びながら冷たい眼光を園子にまっすぐ向けている。すると刑部姫が来た事に気づいた園子が刑部姫に言った。

「……もう気づくなんてさすがだね。これでも慎重に彼女達を呼んだつもりだったんだけどな」

「私を出し抜こうなんて百年早いんだよ阿呆が。やるんだったらもっと徹底的にやるんだな」

「あの、園子さんと刑部姫って、知り合いなんですか?」

 まるで旧知の仲のように話す二人を見た友奈が園子に尋ねると、園子はちょっと困ったような笑みを浮かべて、

「知り合い……かな、一応。勇者をやってた時、私達と一緒に行動してた精霊なんだ。仲は悪かったけどね」

「はっ。それは今もだろ」

 園子の言葉を刑部姫は鼻で笑った。二人の予想外の関係に友奈は思わず目を丸くするが、それよりも東郷はある事が気にかかったようで刑部姫に尋ねる。

「……待ってください。刑部姫が園子さん達と一緒に行動してたって事は……、散華の事も、知っていたんですか?」

 刑部姫が園子と一緒に行動していた以上、彼女は園子が満開をして戦っていた事も知っている可能性が高い。だとしたら、勇者システムの秘密を知っていたとしても何ら不思議ではない。東郷が刑部姫に尋ねると、刑部姫はあっさりと白状した。

「ああ、知ってた」

「……っ! じゃあ、どうして教えてくれなかったんですか!?」

「それが私の任務だからだ」

 え? と東郷が戸惑いの表情を浮かべると、神官達の何人かも慌てたように首を刑部姫に向ける。しかし刑部姫は黙れと言うように彼らを睨むと、神官達は首をすくめて引き下がった。どうやら彼らも刑部姫には逆らえないらしい。

「お前達をサポートすると同時に、お前達が満開の秘密に気付かないように監視する事。それが大赦からの私の任務だ。……ま、これもこいつらが乃木園子への監視を怠ったせいで無駄になったがな。まったく、お前ら雁首揃えて何してんだよ馬鹿共が」

 チッと舌打ちして神官達を刑部姫が睨む。自分達の前に現れていた理由が監視だった事を知り、友奈が愕然とするが、同時にある事に気づき刑部姫に尋ねる。

「監視って……まさか、夏凜ちゃんも知ってたの?」

 刑部姫と一緒に現れた、夏凜もこの事を知っているのか……。友奈が不安半分で尋ねると、刑部姫は首を横に振り、

「いや、あいつも知らない。私の監視対象はお前達五人だ。満開の事は、奴も知らん」

「そうなんだ……」

 夏凜は自分達を騙していなかった。それを知って友奈は思わずほっと安堵の息をつく。しかし東郷の方は自分の質問に対しての彼女の答えに納得できなかったようで、奥歯を強く噛みしめて刑部姫に言う。

「……分かりません。任務だったから、話せなかったというのは分かります。でも、だとしても話してくれても良かったじゃありませんか。私達には話せなかったとしても、勇者部の中で唯一あなたを信用して樹ちゃんにだけは、話しても良かったじゃありませんか。それなのに、どうして!?」

「………」

 東郷の口から出た樹の名前に、刑部姫が黙り込む。樹は前の戦いで満開を行った際、刑部姫に褒められた声を失った。そして園子の話通りなら、もう彼女の声が戻る事は無い。例え任務の関係上自分達に話す事は出来なくても、彼女にだけは話すべきだったのではないか。

 東郷が刑部姫に叫ぶと、話を聞いていた園子が東郷に言った。

「違うよ、美森ちゃん。刑部姫は言えなかったんじゃない。言わなかったんだよ」

「……どういう、事?」

 友奈が尋ねると、園子は刑部姫を見つめながら静かに告げる。

「例え任務が無くても関係ない。刑部姫は、満開の事も散華の事もあなた達には言わなかった。でしょ? 私達が満開して戦った時も、あなたは何も言わなかったもんね」

 衝撃的な発言に、友奈と東郷は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 そうだ。園子達先代の勇者が戦った時、もうすでに満開の事は知っていたはずだ。なのに園子達は満開の真実を知らず、満開して体の機能を失った。それはつまり----、刑部姫は散華の事を知っていたにも関わらず、園子達に何も話さなかったのだ。結果、園子は体の大部分の機能を失った。

「そんな……どうして?」 

 どうして、話さなかったのだ? と友奈が聞くと、それに対する刑部姫の返答はあっさりとしたものだった。

「当たり前だろう。お前達に話す義理も義務も私にはない。乃木園子の言った通り、例え任務で口止めされていなくても、お前達に話すつもりは微塵もない。それは例え相手が犬吠埼樹でも同じだ」

 冷たい言葉に、友奈と東郷はもう絶句するしかない。あれだけ彼女を信用していた樹を、あっさりと切り捨てたも同然の言葉だった。ここまで来ると、怒りよりも呆然とするしかない。一方、刑部姫は二人から視線を外すとふーと息を吐き、

「それより今の問題はお前だ。あの病室で黙って崇められていればいいものを、こうして勝手に動いてこいつらに真実を告げた。まさかとは思うが、自分は崇められてるから大丈夫だとか、そんなクソみたいな考えで動いてたわけじゃないよな?」

「それはないかな。正直、あなたにだけは見つかりたくなかった。あなたは大赦とは違って、神樹様や私を崇めてるわけじゃない。何をするか全然分からない。だからこそ注意して動いてたんだけど……」

「だが、結果はこうして私に見つかった。選んでいいぞ、達磨になって芋虫みたいになるか」

 言いながら、刑部姫は着物からいつも自分が使っているスマートフォンを取り出し、画面をタップする。

 

 

 

 

「----それともお前以外全員、ここでまとめて死ぬか」

 

 

 

 

 直後。

 スマートフォンから大量の影が飛び出したかと思うと、それらは刑部姫の周囲に狼の形となって表れた。

 外見は青白い半透明の形をした狼。しかしそれらは監視カメラのような無感情な赤い瞳を持って園子や友奈と東郷、さらに味方であるはずの神官達を睨みつけ、牙を剥き出しにしている。まるで、下手な動きをすれば今にも彼らの喉笛を食いちぎろうとするかのように。

「東郷さん!」

 友奈が現れた狼に警戒しながら、彼女を護ろうと東郷の前に立つ。彼女はまだ良い方で、神官に至ってはおろおろと狼狽えた動きを見せている。まぁ、突然自分達の味方だったはずの刑部姫がそのような動きを見せればそうもなるだろう。一方、刑部姫の行動に園子は険しい表情を浮かべて、

「……彼女達に手を出したら、絶対に許さないよ」

「お前が許すか許さないかなんてどうでも良い。こいつらをここに呼んだのはお前だ。こうなる事ぐらい考えておけ。詰めが甘いんだよクソガキ」

 園子に侮蔑の言葉を吐きながら、殺意が込められた目をさらに細める。いつ起こってもおかしくない殺戮に園子が片目で刑部姫を睨み、友奈と東郷が苦い唾を飲み込んだ次の瞬間。

「……ま、冗談だがな」

 言いながら、刑部姫がパチンと指を鳴らすと周囲に展開していた狼達が一斉に粒子となって消えた。粒子は刑部姫のスマートフォンに吸い込まれ、スマートフォンを着物にしまいながら刑部姫がにやりと嫌な笑みを浮かべる。

「本気になるなよ。仮にもお前は半分神様みたいなものだろう。そんなお前の前で、大量殺戮なんてするわけないだろ」

「………」

 しかしそう言う刑部姫の顔を、園子はキッと睨み続けていた。その理由は、二人を見ていた友奈と東郷にも分かっていた。

 刑部姫の殺意は本物だった。あのままであれば、彼女は間違いなく園子以外の全員を皆殺しにしていた。彼女が今回そうしなかったのは園子の前だからでは無く、園子に向けてこう警告するためだ。

 今回は見なかった事にする。だがもしも次勝手な真似をすれば、容赦はしない。

 だからこそ園子も刑部姫を睨みながらも、下手な行動をする事が出来ない。つまり大赦から崇められている園子であっても、刑部姫を全面的に敵に回すのは避けているのだ。

「そいつらは家に送り届けてやる。お前らはさっさとそこのガキを連れて大赦に帰れ」

 刑部姫の言葉に、恐怖から解放された神官達は一斉に刑部姫に跪く。相手が毒舌精霊であっても、まがりなりにも神樹の精霊からなのか彼女に対しても対応は丁寧だ。刑部姫が背中を向けると、園子が彼女の背中に向かって口を開く。

「……刑部姫。ミノさんは元気?」

 突如彼女の口から出た単語に、友奈と東郷が思わず園子に視線を向ける。すると、刑部姫は振り返ると冷たく言った。

「何故私がお前に言わなければならない?」

 すると園子は特に残念がる様子も見せず、そう、とだけ呟いた。この反応からすると、彼女も刑部姫からミノさんなる人物の様子を聞けるとは期待していなかったらしい。話してくれたら御の字、ぐらいに考えていたのだろう。それからあははと笑って、

「やっぱり私、あなたの事嫌いだな~」

「奇遇だな。私もお前達は嫌いだ」 

 にやりと口元に笑みを浮かべると、刑部姫はその場から離れて行った。友奈と東郷はその後、園子から「怖がらせちゃってごめんね」と彼女は何も悪くないのに謝られ、神官達に大赦が所有する車まで送られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 友奈達が車に乗って約数分後、車は讃州市への道路を走っていた。友奈と東郷は後部座席に乗り、運転席には仮面を被った女性神官。そして助手席にはなんと刑部姫が座っていた。この場にいるのが監視のためか、単なる暇つぶしのためかは分からないが、彼女がここにいると何となく空気が悪く感じられる。

 友奈が気まずそうに座っていると、横で黙っていた東郷が唐突に声を発した。

「刑部姫」

「何だ」

「ミノさんっていうのは、誰の事?」

 ピクリと、女性神官の肩と刑部姫の肩が同時に揺れる。

「何故そんな事を尋ねる?」

「乃木園子さんはこう言ってた。二人の友達と一緒に、バーテックスと戦ってたと。そしてミノさんというのは恐らく、彼女の友人のあだ名。彼女の友人で、大赦の精霊のあなたが知っている人物。その人物は

恐らく----」

「勇者……」

 友奈が思わず呟くと、彼女の呟きを聞いた東郷がこくりと呟く。

 園子の言葉から考察するなら、自分達の前に戦っていた勇者は三人。一人は園子、もう一人は分からないが、最後の一人は彼女が刑部姫に言ったミノさん。

 つまり、もう一人いるのだ。

 世界を、大切な人を護るために満開をし、体の大部分の機能を失い、今もきっと大赦で崇められている勇者が。

「……仮にもう一人の勇者の場所を知っていたとして、どうする気だ? 勇者システムの真実はすでに乃木園子から聞かされているだろう。まだ知りたい事があるのか?」

「いいえ。ただ、会いたいだけ」

「理解できないな。何故だ。別にそいつと会わなくても有益な情報が手に入るとは限らない。何故どこにいるかも分からない奴に会いたいと思うんだ」

 怪訝な表情で刑部姫が振り返ると、彼女を顔をまっすぐ見て東郷が答える。

「確かに、その人に会っても何も思い出せないかもしれない。何も分からないかもしれない。でもそんなの関係ない。乃木園子さんと友達だった人に会って、話をして、その人がどんな人なのかを知りたい。……私は」

 そこで東郷は一度言葉を切ると、膝の上の両手をぎゅっと強く握りしめた。

「……私はもう、例え記憶が無くても、誰かを忘れたままにはしたくない……っ!」

「東郷さん……」 

 先ほどの園子の姿を思い出して涙声になる東郷の体を、友奈が静かに抱きしめる。その後車内から聞こえてくるのは、東郷の嗚咽だけになった。刑部姫はしばらく黙り込んでいたが、やがてはぁとため息をつくと運転手に告げた。

「病院に行き先を変えろ。奴に会いに行く」

「………良いのですか?」

 すると、それまでずっと黙っていた女性神官が口を開いた。刑部姫は後ろにいる友奈と東郷に視線を向けながら、

「こいつらはもうすでに乃木園子に接触した。これ以上隠し通すのは不可能だろう。ここで駄目だと言っても、自分で見つけ出すのがオチだ。だったらこっちからさっさと接触して、釘を刺した方がまだ良い。……大体、こんな事態になったのはお前達が乃木園子に対して監視を怠ったからだろうが。文句は言わせないぞ」

「………了解しました」

 すると女性神官はハンドルを切り、行き先を別の方向に変える。刑部姫は振り返ると、友奈と東郷に険しい視線を向けて、

「お望み通り、お前が会いたい勇者の元に連れて行ってやる。だがその代わり条件がある。その勇者はある事情で、そいつに関しての情報が徹底的に管理されている。どこにいるのか、どんな事を話したかは決して口外するな。それを守れるなら連れて行く」

「はい、分かりました」

「私も、それで良いです」

 どんな条件を突き付けられたとしても、今はただそのミノさんなる人物に会いたい。東郷が涙を拭いて頷くと、友奈も頷いた。それを確認した刑部姫は再び真正面を向き、運転手はその人物がいる場所に向かって車を走らせるのだった。

 約三十分後、四人は市内の病院に到着した。病院の規模は大きく、すでに日は落ちているものの明かりが病棟から所々漏れている。四人は病院に入ると、女性神官が病院の受付を向かって手続きをしてから病室へと向かう。

 友奈と東郷は最初、一般的な病室の行くのかと思っていたが、四人が向かったのは閉鎖病棟だった。病棟の通路の入り口は人が入らないように施錠されており、女性神官が入り口近くの装置にカードキーのようなものをかざす入り口の扉の鍵が開けられる。

「この奥に、園子さんが話してた勇者がいるの?」

「ああ」

「どうして、こんな場所に……」

 入った病棟の通路は照明があるものの、医者や看護師はおろか他の患者の姿はどこにもない。誰もいない廊下や病室を見ていた友奈と東郷が言うと、女性神官の肩に乗っている刑部姫が答えた。

「簡単な事だ。その勇者をここに閉じ込めておくためだ。そいつも乃木園子と同じように崇められているが、普段は誰もそいつに会う事は許されていない。許されているのはこいつを含めた一部の神官と私だけだ」

 ポンポン、と刑部姫が自分を乗せている神官の肩を軽く叩く。東郷の車椅子を押しながら、友奈が尋ねた。

「でも、どうしてその人は閉じ込めれてるの? 悪い事をしたわけじゃないのに……」

「簡単な事だ。そいつが大赦にとって、絶対に知られてはならない事を知っているからだ。だからこそ大赦はそいつをここに閉じ込めて隔離している。万が一にも情報が、絶対に外に漏れないように」

 その言葉に、友奈と東郷は思わず唾を飲み込む。

 先ほどの園子から聞いた事だけでも衝撃的だというのに、今度は絶対に知られてはならない秘密ときた。一体どのような勇者が、そしてどのような情報が自分達を待っているというのか。東郷が震えていると、友奈も同じように怯えながらも、そんな感情はおくびにも出さないようにしながら東郷の肩にそっと手をやり力強く笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ、東郷さん。私がいるよ」

「……ええ、ありがとう」

 友奈に励まされ、東郷は親友と共にさらに奥に進む。

 やがて辿り着いたのは、病棟の最奥にある病室だった。刑部姫は女性神官の肩から降りると、彼女に声をかける。

「ここで待っていろ」

 女性神官はこくりと頷くと、扉の横で静かに待機する。刑部姫は病室の扉を開けると中に入り、友奈と東郷も中に入る。

「………っ!」

 そして中に入った二人は病室の中を見て、思わず目を見開いて息を呑む。

 病室の中は、とても病室とは言えない光景になっていた。

 出入口近くには何かの飾り、天井や壁には形代と呼ばれる和紙で作られた人形がびっしりと貼り付けられ、入り口には鳥居。まるで病室というよりも、小規模な神社と呼べる部屋。もしも常人がここで一ヶ月も過ごしたら、気が変になってしまうかもしれない。そう思ってしまうほど、強烈な部屋だった。

 と、部屋の空気に友奈と東郷が吞まれていた時。

「誰だ」

 少女の声が、部屋の奥から聞こえてきた。

 部屋の奥にはベッドが一台あり、その上に園子と同じぐらいの年齢の少女が横たわっている。園子と同じように全身に包帯が巻かれ、しかも両目は包帯で隠されどのような容姿をしているかも分からない。

「私だ」

「刑部姫……。随分珍しいな。いつも勝手に出てきて勝手に消えるお前がわざわざ扉を開けてくるなんて。ようやく人並の礼儀ってものを覚えたのか?」

 刑部姫に対する侮蔑と憎しみがこもった声にも、刑部姫はなんら特別な反応は見せない。恐らく少女の刑部姫に対する態度は、いつもの事なのだろう。そうでなければ、あの刑部姫がここまで黙っているのは考えられない。刑部姫ははっと笑いながら、少女に言う。

「お前に客だ」

「客? こんな所に、一体誰が……」 

 少女が言うと、刑部姫が友奈と東郷に少女に向かって顎をしゃくって見せる。友奈と東郷は少女のベッドの脇まで来ると、自分達の紹介をする。

「は、初めまして。結城友奈です」

「東郷美森です」

 直後。

「--------」

 東郷が自分の名前を言った瞬間、少女の動きが固まった。包帯で隠されているので分からないが、どうやら目を限界まで見開いて東郷の目を凝視しているように感じられる。

「あの……?」

 東郷が少女に言うと、はっと我を取り戻した少女が首をぶんぶんと振って、

「ああ、ごめん。ちょっと、昔の友達と声が似てたから、驚いちゃって……」

 刑部姫の時は違って、大分明るい感情が込められた声で言ってから、「ちょっと待ってて」と前置きをすると刑部姫に顔を向ける。

「刑部姫、これから二人と話すから席を外せ」

「できない相談だな。お前の言う事を私が聞くとでも?」

「……」

 しかし刑部姫の言葉に負けず、少女は包帯の下の目で刑部姫を睨み続ける。と、刑部姫はチッと舌打ちし、

「分かった。その代わり、式神を置いていく。下手な動きをしたらすぐ伝わる。それで良いな」

「ああ、お前に聞かれるよりは全然良い」

 刑部姫が不機嫌そうに鼻を鳴らしスマートフォンの画面をタップすると、画面から先ほども見た半透明の青白い狼が出現し、床にしゃがみ込む。刑部姫は狼を残して病室の扉に手をかけると、病室から出て扉を閉めた。彼女が出て行くのを確認すると、少女は息をつき友奈と東郷に打って変わって少し明るくなった口調で話しかける。

「いやー、ごめんごめん。あいつがいると話しづらくてさ。あ! 自己紹介がまだだったね。アタシは三ノ輪銀。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

「敬語なんて良いよ。たぶん同い年でしょ? いやー、同い年の人と話すのは久しぶりだなー。ここにいると、神官の人と刑部姫のあんちくしょうとしか話さないからさー」

 刑部姫が出て行った直後、イキイキと明るく話す少女----銀に友奈と東郷は目を丸くするが、もしかしたらこちらが彼女の素なのかもしれない。

 それから銀は友奈達に色々な話をした。

 自分が先代の勇者であり、年齢は友奈達と同じだが勇者としては先輩にあたる事。なので、勇者の事で何か分からない事があったら何でも聞いてよと、彼女は胸を張った。

 イネスにあるしょうゆ豆のジェラートが好きな事。ただ最近イネスにあったジェラート店が無くなったと聞いたらしく、もうあの味は食べられないと嘆いていた。

 仲の良い弟が二人いて、この体になってから会う事ができなくなってしまって心配な事。特に一番の下の弟は最後に会った時はまだ赤ちゃんだったので、姉の自分がいなくなってからどのように過ごしているか不安らしい。

 当初は銀と刑部姫の会話を見ていたせいで、話すのが少々ぎこちなかった友奈もこの短い間ですっかり銀と打ち解けたようで、自分の色々な話を銀にしている。銀が色々話してくれるというのもあるが、やはり銀と友奈の人柄も大きいだろう。このような状況でなかったら、さらに色々と話せていたに違いない。一方、東郷は特に口を挟む事もせず、二人の話の聞き役に徹していた。

「へぇ、友奈達は勇者部って部活に入ってるんだ。どんな事してるの?」

「うん、困ってる人達を助けるのが、私達の勇者部の活動なんだ! 色んな部活動の応援に行ったり、河原でゴミを拾ったり、あと保育園でレクリエーションやったり!」

「レクリエーションか……。そっか、確かに楽しいよな」

 すると、さっきまで楽しそうに----少なくとも、友奈の目にはそう見えた----話していた銀の口調が少し暗くなる。彼女の目は友奈を見ているようで見ていない。まるで、自分の遠い過去に想いを馳せているような目だった。 

 友奈が思わず黙り込むと、それを見計らって東郷が口を開いた。

「実は私達は、あなたに尋ねたい事があって来たんです」

「尋ねたい事?」

「はい。……ここに来る前、先代勇者、乃木園子さんと会いました」

 園子の名前を聞いて、銀の肩がピクリと動く。

「……そっか。園子と会ったのか。アタシ全然会ってないんだけど、元気にしてた?」

「………はい」

 果たしてあの姿を元気と言って良いのか東郷には判断する事が出来なかったが、だからと言って元気ではないと言うのも銀を心配させるだけなので、東郷はあえてそう言った。銀はなら良かったとだけ呟いて、それ以上の言及はしてこなかった。

「それで帰る時に、彼女がミノさんって言っていたのを聞いて、それでもう一人勇者がいるのではないかと思って……」

「……東郷さんは勘が良いね。そ、何を隠そうアタシがそのミノさんだ。小学生の時に、園子がつけたんだよ。まぁ園子もそのっちなんて呼ばれてたけど」

 当時の事を思い出しているのか、銀はおかしそうに笑ってから、

「で、それでアタシの所に来てくれたって事か。でも、園子に会ったなら多分アタシから話せる事は何もないと思うぞ? わざわざ園子と友奈達と会ったって事は、聞いたんだろ? 満開と、散華について」

「……はい」

 その問いに、東郷は苦し気な表情で呟く。あの時園子から聞いた真実は、今でも悪い夢だったと思いたくなるぐらい衝撃的だった。例え目が見えなくても東郷の声音から彼女が苦しんでいる事は分かるのか、銀が優しい声で聞く。

「じゃあ、なんでアタシの所に来てくれたんだ? お見舞いなら嬉しいけど、多分そうじゃないんだろ?」

「……正直、あなたと話したくてここに来たというのもあります。でもここに来て、もう一つ聞きたい事が増えました」

「へぇ? 何を聞きたいんだ?」

 そこで東郷は一度こくりと唾を嚥下し、緊張で乾いた喉を湿らせると自分の疑問を口にする。

「----あなたがここに閉じ込められている理由です」

 ピクリと、再び銀の肩が震える。それだけではなく、先ほどまで笑みを浮かべていた彼女の口元もその笑みを消していた。そばで二人の話を聞いていた友奈が東郷の顔を見ると、彼女は緊張感に満ちた顔を銀にまっすぐ向けている。彼女の触れてはならぬ部分に触れてしまったかもしれないと後悔するのは簡単だが、ここで退いたら自分達の知らない真実からさらに遠ざかる可能性がある。東郷は銀の顔から目を逸らさず、さらに銀に聞く。

「この病室に来る時に感じました。誰もいない病棟、一部の人しか入る事を許されないこの病室。まるで、あなたがここから姿を消す事を恐れているようだと」

「………」

「そして、刑部姫が言っていました。あなたをここに閉じ込めているのは大赦にとって、絶対に知られてはならない事を知っているからだと。だからこそ大赦はあなたを閉じ込めて隔離している。……大変危険な事だとは理解しています。それを承知してお願いします。あなたが知っている事を、教えてください。あなたは何を知っていて、どうしてこんな所に閉じ込められているのか。私では何もできないかもしれません、でも、あなたがここに閉じ込められているのに、何も知らないまま過ごすなんて私にはできないです。お願いします……!」

「わ、私からお願いします!」

 東郷が深々と頭を下げると、友奈も彼女にならって頭を下げる。二人共、銀が秘密を話す事がどれほど危険な事か分かっている。下手をすれば、そばにいる刑部姫の式神から、銀が二人に秘密を離したことが、刑部姫に伝わるかもしれないのだ。もしそんな事になったら、今度こそ友奈と東郷は危険な目に遭うかもしれない。いや、それどころか秘密を話した銀も同じような目に遭う可能性だってある。

 でも、それでも知らないままになどしておけない。例え危険な目に遭っても、銀が危険な目に遭うかもしれないと分かっていても、勇者として戦う以上、園子の悲しみと辛さを知った以上、目の前の少女が何を背負っているか知らないままなどにしておく事はできないのだ。

 銀はしばらく黙っていたが、やがてふーと息をつくと苦笑を浮かべ、

「頭なんて下げなくて良いよ。二人は何も悪い事なんてしてないんだからさ」

「……じゃあ」

「ああ、話すよ。いや、ぜひ話させてほしい。アタシにとっても、大切な話だから。刑部姫にはアタシから言っておくよ。二人には絶対に、危害を加えさせない」

 銀は部屋の片隅にいる狼の式神にちらりと視線を向けながら言った。

 友奈と東郷が銀にまっすぐ視線を向けると、銀は話をする準備を整えるように数回深呼吸をし、口を開いた。

「多分、園子は自分達が勇者として戦ってた時の事についても話してたと思うんだ。何て言ってた?」

 唐突に放たれた質問に友奈は戸惑いながら、彼女の聞いた話を思い出しながら答える。

「えっと、園子さんは二人の友達と一緒に戦ってたって言っていました。それで、満開を何回もして……」

「……そっか。二人、か……」

 友奈の答えを聞いて、銀は悲し気に呟いた。彼女は一度俯いてから、二人に言う。

「園子の言っている事は嘘じゃないけど、正しくもないな。まぁ、それは仕方ないんだけど」

「……どういう、事ですか?」

 銀の言葉の意味が分からず、東郷が尋ねると、彼女はにこりと口元に悲しげな笑みを浮かべた。

「----もう一人いたんだよ。アタシ達の友達で、世界を守るために戦った勇者が」

 

 

 

 

 




今回園子は主人公の事を忘れ、刑部姫の事だけは覚えていますが、これは主人公とそれに関する事柄は忘れてしまいましたが、刑部姫は自分達をサポートする主人なしの精霊として彼女の記憶に残っています。なので、彼女が主人公に関して語った事も彼女は覚えていません。けれど刑部姫が自分達にとって受け入れられない事を言ったという記憶は残っているので、記憶を失った後も刑部姫と園子達の関係は悪いままです。東郷の場合はそもそも二年間の記憶がまるごと消えているので刑部姫の事も忘れてしまっていますが、許容できない存在として、記憶にはないけれど彼女に対する嫌悪感などはうっすらと残っています。
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