刑「一つ! 結城友奈と東郷美森に乃木園子が接触!」
刑「二つ! 乃木園子から勇者システムの真実を知らされる!」
刑「そして三つ! その後三ノ輪銀と出会い、二人は天海志騎という四人目の勇者の存在を知った……!」
刑「さて、今回はタイトルにある通りある人物が変身する。それが誰かは……、まぁ、今話を読めば分かるだろう」
刑「では第三十五話、楽しんでくれ」
「………」
夜、犬吠埼風は右手に手鏡を持ち、台所で一人立っていた。
彼女の脳裏に、昨日友奈と東郷と交わした会話が浮かび上がる。
『勇者は決して死ねない? 体を供物として捧げる?』
風の言葉に、友奈ははいと頷いていた。それから彼女の横にいる東郷が口を開き、
『満開の後、私達の体はおかしくなりました。身体機能の一部が欠損したような状態です。それが、体を供物として捧げるという事だと、乃木園子は言っていました。事実、彼女の体も……』
乃木園子、というのは自分達の先代の勇者に当たる人物らしい。昨日彼女達は彼女に呼び出され、勇者システムの真実を知らされたようだ。
しかし、今は何よりも気になる事があった。今の彼女達の言葉が真実であるならば、
『……じゃあ、あたし達の体は、もう、元には戻らない?』
自分の目は、友奈の味覚は、東郷の聴覚は、……樹の声は、もう二度と戻らないという事なのか。
三人の間に重い沈黙がおり、やがて風が口を開いた。
『その話、樹や夏凜にも話した?』
『いえ。まずは風先輩に相談しようと思って……』
『……そう。じゃあ、まだ二人には話さないで。確かな事が分かるまで、変に心配させたくないから』
すると友奈と東郷は互いに顔を見合わせた後、すぐに自分の顔に視線を戻し、
『分かりました』
それで話は一旦お開きになったが、あの時二人が一瞬戸惑ったような表情を浮かべていたのは何となく分かる。自分達の体機能が失われるという事実があるのに、確かな事が分かるまでというのは明らかに変だっただろう。
----分かっているのだ。自分がおかしな事を言っているというのは。半信半疑、と言えば聞こえは良いかもしれないが、これだけの証拠が揃っているのにそんな事を言うのは、もう事実から逃げていると見られても仕方がない。
だが、信じられるはずがない。
この間、自分達に歌のテストの合格したと本当に嬉しそうな顔で報告しに来た樹の声が返ってくる事はもうないのだという事を。彼女の声を聞ける日は二度とやってこないなど、どうやって信じろと言うのだろうか。
だから昨日も、一縷の願いを託して大赦に勇者の身体異常の調査結果を求めるメールを送った。きっと自分達の体は、樹の声はきっと戻ってくると願いながら。本当は夏凜の精霊である刑部姫に聞く事が出来たら良かったのだが、彼女はアンノウンとの戦闘後から自分達の前に姿を見せていない。夏凜に尋ねても、彼女が今何をしているか分からないようで、聞きたくても聞く事が出来ないというジレンマに陥る事になった。
しかし、その間にも状況はさらに悪化していく。
今日の昼間、樹がクラスメイト達の遊びの誘いを目撃し、誘われたのなら行ってきたら良いのにと風が言ったのだが、それに樹は困った笑顔でスケッチブックに文を書いて彼女に見せた。
『カラオケで歌うのが好きな人たちなんだ。私がいると気を使ってカラオケ行けないから……』
それを見て、風は思わず言葉に詰まってしまった。友達と一緒に遊びに行けないのは辛いが、歌うのが好きな友人達が自分に気を使ってくれるのも辛い。だから、樹は断らざるを得なかった。
さらに風がショックを受けたのは、樹が声を出せないせいで授業に支障が出てしまっている事を、風を訪ねてきた樹のクラスの担任の教師から聞かされた事だった。誰かに迷惑をかけているわけではないが、声を出せなくなっているせいで歌の練習などもできなくなっているらしい。ある程度は授業内容を変える事で対応しているようだが、あまりに露骨すぎると樹も気に病んでしまう。なので、今は樹専用の個別カリキュラムを考えている、との事だった。
担任の話を聞きながら、風はただ黙って膝の上で拳を握りながら大丈夫だと自分に言い聞かせる事しかできなかった。医者だって大丈夫だと言っているのだから、きっと樹の声は元に戻ると。また前のように、自分達の前で綺麗な歌声を聞かせてくれるのだと、必死に言い聞かせていた。
そしてついさっきも二人で何て事のない会話をしていたのだが、やはりどこか気まずさというか、ぎこちなさが感じられてしまう。あえて場を明るくしようと文化祭の話もしたのだが、樹から返ってきたのは自分は台詞のある役は出来ないから、舞台裏の仕事を頑張るというあまりに切ないものだった。それに自分はきっと文化祭までには治ると励まし、樹も微笑んでくれたが、それが何の根拠も無い空回りだという事は他の誰でもない自分がよく分かっている。そんな自分が情けなくて、風は自分を思いっきり殴りたくなった。
風は手鏡を自分の顔の前にかざすと、左手で左目を隠している眼帯をゆっくりと外す。鏡に映されている左目は光を映しておらず、視界も戻っていなかった。
(……絶対治る。だって皆、何も悪い事なんか、してないじゃない……)
それから手鏡を置くと、スマートフォンを取り出してメールを更新し、大赦から返信が届いていないか確認する。だが風の願いも空しく、大赦からの返信はまだ届いていなかった。
日曜日、風は東郷の家に呼び出された。なんでも勇者システムについて話したい事があるらしく、家に来て欲しいとの事だった。風が東郷の家に到着し、彼女の部屋に入るとそこには険しい表情を浮かべた東郷、そして自分と同じく彼女に呼び出された友奈の姿があった。だが友奈もどうして呼び出されてかは知らされていないようで、少し戸惑ったような表情を浮かべている。
「どうしたの東郷? 急に呼び出して」
風が尋ねると、東郷は車椅子を動かして、
「風先輩と友奈ちゃんに、見てもらいたいものがあって」
「何?」
それに東郷は何も答えず、机の引き出しから何かを取り出すと緊張した面持ちで自分の眼前に掲げる。青色のアサガオが描かれた鞘から柄を引き抜くと、そこから鈍く光る刃が出現する。それは紛れもなく、小刀だった。
「東郷さん……?」
彼女の行動の意味が分からず、友奈が声を上げる。東郷は刀をじっと見ると、次の瞬間刀の峰に手を添えて自分の首筋に刃を押し当てようとする。
首には頸動脈がある。刀で傷つければ噴水のように血が噴き出る、人体の急所の一つだ。目の前で起こされるであろう惨状に友奈と風が息を呑む。
が、東郷の首から血が噴き出る事は無かった。彼女の首に迫りくる刀身を、彼女の精霊である青坊主が防いだからだ。おかげに鮮血が噴き出す事は無く、代わりに刀を防いだ精霊バリアの光が迸る。
「何やってんのよ!? あんた、今精霊が止めなかったら……!」
「止めますよ。精霊は確実に」
風の声とは対照的に、東郷の声は怖いほど冷静だった。たった今自分の首を自分の手で切り裂こうとしたにも関わらず。
「この数日で、私は十回以上自害を試みました。切腹、首つり、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、全て精霊に止められました」
東郷の言葉を証明するように、青坊主に加えて刑部狸も現れると東郷の手から小刀を抜き取り、友奈の前の机に置いた。その光景を目の当たりにした風は東郷を見つめると、どこか震えた声で尋ねる。
「何が、言いたいの?」
「今私は、勇者システムを起動させていませんでしたよね?」
「あ……。そう言えば、そうだね……」
勇者バリアは基本的に、勇者に変身してバーテックスとの戦いの時に発動するものだ。このような平時の状況であれば、バリアが発動する事はまずない。----少なくとも、友奈達の知る限りでは。
「それにも関わらず、精霊は勝手に動き、私を護った。精霊が勝手に……」
「だから、何が言いたいのよ東郷!」
「精霊は、私達の意志とは関係なく動いている、という事です。私は今まで、精霊は勇者の戦うという意志に従っているんだと思っていました。でも違う。精霊に勇者の意志は関係ない。それに気づいたら、この精霊という存在が違う意味を持っているように思えたんです。精霊は、勇者のお役目を助けるものなんかじゃなく、勇者をお役目に縛り付けるものなんじゃないかって。死なせず、戦い続けさせるための装置なんじゃないかって」
それを聞かされ、風はある事に気づく。
バーテックスとの戦いの前は、決まって自分の精霊である犬神が自分にスマートフォンを持ってきていた。自分は今まで単に戦うために必要な道具を持ってきてくれている程度の認識しかなかったが、もしかしたらあれは自分達に戦いに行くように促していたのではないか。自分達が戦いに怯えて、逃げ出さないように。
「で、でも! 精霊が私達を護ってくれたって事なら、悪い事じゃないんじゃないかな……?」
友奈が半ば必死に声を上げると、東郷は静かに目を閉じ、
「そうね……。それだけなら、悪いものじゃないかもしれない。でも、精霊が必ず勇者の死を阻止するなら、乃木さんが言っていた事はやはり当たっていた事になる」
「……勇者は、決して死ねない」
「彼女が言っていた事が真実なら、私達の後遺症が、治らないという事も……」
「……そんな……」
疑念が確信に変わり、風がかすれた声を上げる。この期に及んでも自分の頭のどこかで全て何かの間違いだという声が上がっていたが、目の前で見せつけられた光景がそれを否定する。
「乃木園子という前例があったのだから、大赦は勇者システムの後遺症を知っていたはず。無論、大赦の精霊である刑部姫も……。私達は何も知らされず、騙されていた」
東郷の話が終わると、残ったのは重苦しい沈黙だけだった。誰も口を開けないでいたが、やがて風の呆然とした声が友奈と東郷の鼓膜を震わした。
「待ってよ……。じゃあ、樹の声は? もう、二度と……?」
その問いに東郷は何も答えなかったが、その沈黙が答えを何よりも雄弁に語っていた。
風が床に膝をつくと、床に水滴がこぼれる。それは風の右目から流れた、悲しみと後悔の涙だった。
「知らなかった……。知らなかったの……。人を護るため、体を捧げて戦う……。それが勇者……。あたしが、樹を勇者部に入れたせいで……!」
自分のせいで、樹の声は失われた。もう彼女の声を聞く事は出来ない。もう彼女の歌を聞く事は出来ない。もう、二度と----。
強い後悔の念が風の体を襲い、彼女は泣き続ける事しかできない。友奈は彼女の体に静かに両手を当てるが、それ以上の事は何もできない。かけがえのないものを失ってしまった今の風には、励ましの言葉も、ましてや慰めの言葉も、気休めになりもしない。一方東郷はまだ何か考え事があるのか、じっと俯いて床に視線を落としている。
そんな三人の姿を。
窓から、半透明の体をした鳥が、じっと見つめていた。
翌日の夕暮れ、学校が終わった夏凜は自転車に乗ってある場所に向かっていた。行き先はようやく慣れてきた自宅のマンションではなく、風と樹が住んでいるマンションだった。
何故彼女が二人のマンションに向かっているかというと、先ほど彼女のスマートフォンにこのようなメールが届いたからだ。
『犬吠埼風を含めた勇者四人が精神的に不安定な状態に陥ってます。三好夏凜、あなたが他の勇者を監督し、導きなさい』
詳細を聞こうと返信もしたが、返事は無かった。こういう時に何か情報をくれそうな刑部姫も自分達の前にまったく姿を現さず、何も知らされる事無くこうして風のマンションに向かっているというわけだ。
やがてマンションの前につくと、マンションを一度見てからスマートフォンを取り出して届いたメールの文面にもう一度目を通してから風の事を考える。
(風、最近部活にも顔出さないで何してるのよ……)
最近、風は勇者部の部活にまったく顔を出していなかった。活動自体は彼女から届くメールに書かれているのでどうにか行えているのだが、やはり勇者部部長であり、頼れる人間である彼女を欠いた勇者部は活気がない。友奈と東郷も最近妙に元気がなく、夏凜が何を聞いてもはぐらかされるだけで何も答えてはくれない。まるで自分が除け者にされているようで、最近はいつも歯がゆい思いをしていた。
メールから視線を外すと、マンションに目をやる。この時間なら風はもうマンションに戻っているはずだし、今日なら何か話を聞けるかもしれない。
だが、万が一まだ帰っていないという可能性もあるので、仕方なく夏凜は自転車を止めると、マンションが見張れる位置で風がマンションにいるかどうかを見極められるまでその場で粘る事にした。
が、当の本人である風はとっくにマンションに戻っていた。彼女が再度自分達の体の調査の状況の説明を求めるメールを大赦に送ると、家の電話が鳴り響いた。電話機から受話器を外し、自分の耳に当てる。
「はい、犬吠埼です」
『突然のお電話失礼いたします。伊与乃ミュージックの藤原と申します』
「伊予乃……ミュージック……?」
聞いた事もない会社名に、思わず風は怪訝な声を上げる。
『はい。犬吠埼樹さんの保護者の方ですか?』
「……はい。そうですが」
相手の口から出た妹の名前に風の心臓がどきりと高鳴るが、当然そんな事を知らない藤原という女性は話を続ける。
『ボーカリストオーディションの件で、一次審査を通過しましたので、ご連絡差し上げました』
「え? な、何の事ですか?」
すると相手も風がそのような反応をするとは思わなかったらしく、少し驚いたような声音で、
『あ、ご存じないんですか? 樹さんが弊社のオーディションに……』
「い、いつ?」
『えー、三ヶ月ほど前ですね』
三ヶ月ほど前。ちょうどその時は、樹が歌のテストで合格した日だ。そして確か彼女は、自分にやりたい事ができたとその時言っていた。あの時はいつか教えるねと言われただけで、具体的に何をするのかは聞く事は出来なかったが、それはまさか----。
『樹さんからオーディション用のデータが届いています。……あれ? どうしたんですか? もしもし? もしもし?』
会話が途切れたのは、機器の故障などのトラブルではない。風の手から力が抜け、受話器が床に落ちたからだ。風はふらふらと樹の部屋に繋がる扉の前に立つと、部屋の中に呼び掛ける。
「樹!?」
だが、まだ帰ってきてないのか返事は無い。風は扉を開けると、部屋の中を見る。やはり樹はまだ帰ってきていないらしく、彼女の姿はどこにもなかった。
「いないの……?」
部屋の見渡していた風は、そこで机の上に一冊のノートがある事に気づく。ノートには、体の調子を良くする方法や、喉が治ったらやりたい事が書かれていた。もう戻らない代償を戻すための彼女の努力の証、そしてようやくやりたい事が見つかった彼女の願い。顔を上げると、棚には医学書やのどの不調に関する本が並んでいた。彼女がなんのためにそれらに目を通していたかなど、もう言うまでもない。
それから部屋の中にあったテーブルを見ると、そこにはノートパソコンが置かれていた。どうやら電源が入った状態らしく、ロックもされていない画面には喉に効くハーブティーのレシピ画像が表示されている。
さら画面に視線を巡らせてみると、デスクトップに『オーディション』と書かれた音声ファイルが表示されている。風がマウスを操作してファイルを開くと、録音された樹の音声が聞こえてきた。
『えっと、これで……。あれ? もう録音されてる? あ、ボーカリストオーディションの応募しました、犬吠埼樹です! 讃州中学一年生、十二歳です! よろしくお願いします』
パソコンから聞こえてくる妹の声が何故か何年ぶりに聞いたような気がした。それも当然かもしれない。樹は七体ものバーテックスとの戦いの後に声が出せなくなり、それから約三ヶ月もの間声が出せなくなったのだから。
『私が今回オーディションに申し込んだ理由は、もちろん、歌うのが好きだって事が一番ですけど、もう一つ理由があります。私は、歌手を目指す事で、自分なりの生き方……みたいなものを、見つけたいと思っています。私には、大好きなお姉ちゃんがいます。お姉ちゃんは、強くてしっかり者で、いつもみんなの前に立って歩いて行ける人です。……反対に私は、臆病で弱くて、いつも、お姉ちゃんの後ろを歩いてばかりでした。……でも、本当は私、お姉ちゃんの隣を歩いていけるようになりたかった。だから、お姉ちゃんの後ろを歩くんじゃなくて、自分の力で歩くために……私自身の夢を、私自身の生き方を持ちたい。そのために今、歌手を目指しています!』
今まで聞いた事も無かった妹の本心に、風は思わず息を呑む。
『実は私、最近まで歌を歌うのが得意じゃありませんでした。上がり症で、人前で声が出なくて、でも、勇者部の皆と、ある人のおかげで歌えるようになって、今は歌を歌うのが本当に楽しいです! 私が好きな歌を、一人でもたくさんの人に聞いて欲しいと思っています! あ、勇者部というのは、私が入っている部活です。勇者部では……』
さらに樹の話が続くと思われたその時、持っていたスマートフォンからメールの通知音が聞こえ、風の視線がスマートフォンに向けられる。メールは大赦からで、内容は自分が送ったメールの返信のようだ。
そして肝心の文面は、このようなものだった。
『勇者の身体異常については調査中。しかし肉体に医学的な問題はなく、じきに治るものと思われます』
それは、昨日聞いた東郷の話から考えるとまずありえないものだった。
乃木園子という満開をして体を失った勇者がいる以上、大赦が満開のリスクを把握していないという事はまずないし、東郷も自らの身をもって、勇者は死ぬ事ができないという乃木園子の言葉を証明している。つまり乃木園子の言葉は全て真実であり、嘘偽りなどまったくない。
とすると、それが意味するのは二つ。
大赦は初めから満開の真実について全て知っていて、自分達は何も知らされないまま生贄にされた事。
自分達の体は………樹の声は、もう二度と戻らないという事。
友奈達を戦いに巻き込み、大赦の事を信じていた風にとって、それは文字通り心を粉々に打ち壊されるような、あまりに残酷な真実だった。
『あ、ごめんなさい。余計な事まで話し過ぎちゃいました……。では、歌います』
「あ、あぁ………!」
樹の声が終わると共に、パソコンから音楽が流れ始める。すると同時に風の片目から涙が溢れ、彼女は嗚咽を漏らしながら不安定な足取りで居間へと向かう。涙を流しながら居間にあったテーブルにもたれかかると、後ろから樹が録音した彼女の歌声が聞こえてくる。
自分達が上手だと褒めた妹の歌声。
今まで何回もお姉ちゃんと呼んできてくれた、愛しい声。
だが、もう彼女が歌う事は無い。
もう自分達と会話を交わす事は出来ない。
彼女の声は、世界を救う代償として生贄にされたのだから。
他の誰でもない、自分が戦いに巻き込んだせいで。
風は泣きながら、かつて樹と交わした会話を思い出す。
『あのねお姉ちゃん。私、やりたい事が出来たよ』
『なになに? 将来の夢でもできたって事? だったらお姉ちゃんに教えてよ』
『んー。秘密』
『えーひどい。誰にも言わないから、ね?』
『いつか教えるね』
だけどもう、そのいつかが来る事は無い。
その夢は、ようやく彼女が見つけたやりたい事は、声と一緒に失われてしまったのだから。
「うううぅぅう………!! うああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
今までこらえていた感情が一気に爆発し、風は叫び声を上げた。彼女の感情の爆発に呼応するようにスマートフォンの勇者システムが起動し、部屋を風と花びらが吹き荒れる。
直後、勇者の姿に変身した風は部屋を飛び出すと、マンション近くの浜辺に一度着地し、そこから人間を超越した跳躍力で宙を飛ぶ。さらに道路に着地し、もう一度高く跳躍すると風に声が飛んでくる。
「待ちなさい!」
それと共に何本もの刀が柄の方を風に向けて飛んできて、風がそれらを防ぐと勇者姿の夏凜が風に接近する。マンションの近くで様子をうかがっていた夏凜は風がマンションから飛び出したのを見て、自身も変身して追ってきたのだ。二人は再び道路に着地し、もう一度跳躍すると夏凜が風に叫ぶ。
「あんた、何をするつもり!?」
それに対して、風は怒りと悲しみに満ちた声で答えた。
「大赦を、潰してやる!!」
「なっ……!」
夏凜は絶句しながらも着地すると、風に接近する。自分に向かってくる夏凜目掛けて風が大剣を振るい、夏凜が刀で攻撃を防ぐと風は夏凜に悲しみと怒りが入り混じった感情と言葉を叩きつける。
「大赦はあたし達を騙してた!! 満開の後遺症は、治らない!!」
「何を……!?」
二人はさらに跳躍し、空中で大剣と刀を激しくぶつかり合う。
「大赦は、初めから後遺症の事を知ってた!! なのに、何も知らせないであたし達を生贄にしたんだ!!」
「そんな適当な事……!!」
「適当じゃない!! 犠牲になった勇者がいたんだ!!」
「えっ……?」
「勇者は、あたし達以前にもいた……! 何度も満開して、ボロボロになった勇者が!!」
強い怒りと共に大剣を握りしめ、血を吐くように言う風に、夏凜は思わず言葉を失う。
「そして今度は、あたし達が犠牲にされた!!」
「……っ!!」
自分目掛けて接近し振るわれる大剣の一撃をどうにかいなすが、大剣と刀では一撃ごとの強さが違う。夏凜は両手に刀を生成すると、頭上から振るわれた大剣の一撃をどうにか防ぐ。
「なんでこんな目に遭わないといけない!? なんで樹が声を失わないといけない!? 夢を諦めないといけない!? 世界を失った代償が、これかぁああああああああああああああああっ!!」
風は涙を流しながら、大剣を夏凜目掛けて降り上げ、夏凜は思わず目を瞑る。
しかし、衝撃が来る事は無かった。
突然誰かが夏凜の前に立ち塞がり、片足を上げて風の大剣を防いだからだ。バチバチバチッ!! と火花が激しく散り、夏凜からでは目の前に立っているのが誰だか分からない。
「誰っ!?」
いきなりの乱入者に風は後退しながら、目の前の人物を睨みつける。
戦いに割って入ってきたのは、夏凜達と同年代ぐらいの少女だった。長く艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、黒い大赦の神官服を着ている。洒落っ気を出しているのか、ふくらはぎまでの編み上げブーツを履いていた。風はおろか、夏凜ですらも見た事が無い少女だった。しかし風の一撃を簡単に防ぐなど、ただの一般人ではないのは明白だ。
少女はため息をつくと冷たい目を風に向けて、
「ったく、いずれ何かやらかすとは思っていたが、案の定こうなったか。大赦の奴らも間抜けだが、お前もお前だ。シスコンも大概にしておけよ九官鳥」
え、と彼女の後ろにいた夏凜が声を上げる。
九官鳥、と彼女は言った。風をそのように言う人物、というか存在は一人しかない。おまけに少女の声は姿が違うせいか若干低く聞こえるが、この口調は何回も聞いた覚えがある。
「あんた……刑部姫……!?」
風の言葉に、目の前の少女は肯定するようににやりと口元に笑みを浮かべた。
「ああ、そう言えばこっちの姿じゃあ初めましてだったな。大赦の精霊兼、天才美少女科学者、氷室真由理だ。精々崇め奉れよクソガキ共」
間違いない。この口調と毒舌、間違いなく刑部姫だ。しかし目の前の姿は一体どういう事で、氷室真由理という名前は一体何なのか。夏凜が混乱していると、少女-----真由理の登場に呆気に取られていた風が反応を示した。
「……ちょっと待ちなさいよ。あんた、そう言えば大赦の精霊だったわよね」
「ああ、そうだが?」
「じゃああんた、全部知ってたの?」
「全部、とは? 質問するなら具体的に言えよ」
吐き捨てるような真由理の言葉に、風はギリ、と奥歯を噛み締めると真由理に怒鳴った。
「とぼけるな!! 満開の事も、勇者システムの事も、全部知ってたのかって聞いてるのよ!! それを全部知ってて、あたし達を……樹をバーテックスと戦わせてたのか!!」
ビリビリと肌を震わせるような怒号にも、真由理はまったく動じない。彼女は風の顔を見つめると、あっけらかんとした調子で答えた。
「いや、知ってたに決まってるだろ。いちいち分かり切った事を聞いてんじゃねぇよ」
「………っ!!」
怒りの炎が再び燃え上がり、目を見開いた風は大剣を振り上げると一気に真由理目掛けて接近し剣を振り下ろす。しかし真由理はその一撃を見切り後方に逃げると、風が震える声で言う。
「………どうして、教えなかったのよ……」
「お前達に言う義理も義務も、私にはない」
「……樹は、あんたを信用してた。勇者部と、あんたのおかげで歌を歌えるようになって、本当に楽しいって……。それなのにあんたは、何も感じないって言うの?」
「逆に聞きたいんだが、何故私が何か感じないといけないんだ?」
ゴッ!! と斬撃が真由理の目の前をかすめる。ふわりと真由理の黒髪が風でなびき、風が怒りに燃える瞳を真由理にまっすぐ見据える。
「……それが、あんたの答えってわけね。……あんたは……あんただけは、絶対に許さない!!」
が、それでも真由理の無表情は崩れなかった。それどころか、呆れたように再びため息をつくと、
「ったく、面倒だが仕方ないか。まぁ良い。今回ばかりは、大赦の奴らには文句は言わせん」
そう言うと真由理は着物の裾からスマートフォンを取り出し、画面の花のアイコンをタップすると画面が切り替わる。そして現れた二つのアイコンのうち一つをタップすると、真由理の腰に光と花びらと共にベルト型の装置----『プロトブレイブドライバー』が出現する。なお、
現れたプロトブレイブドライバーに驚く風と夏凜の目の前で、真由理はスマートフォンを持つ手を横に突き出すと、もう一つのアイコンをタップする。
『Brave!』
スマートフォンから女性音声が発せられた直後警告音のような音が流れ、ベルトの液晶パネルのような装置から光線が真由理の眼前に照射され、光線が変身用の術式を描く。
「変身」
そう呟くと共に真由理はスマートフォンの画面をベルトの液晶パネルのような装置にかざすと、音声が再びベルトから発せられた。
『Brave Form』
術式が真由理の体を通過すると、黒のインナーを身に纏った真由理の周囲にインナーとバンドで繋がれた装甲が空中に出現し、次の瞬間バンドに引っ張られる形で装甲が真由理の体に勢いよく装着された。かなりの勢いで装着されたように見えるが、どうやら真由理本人にダメージなどは無いらしい。
『Break Down』
最後の音声が変身完了の合図らしく、変身した真由理は指を動かしたりしながら体の様子を見る。
「変身するのは、大分久しぶりだな……」
しかし呑気に呟く真由理とは対照的に、夏凜と風は絶句して真由理の姿を凝視していた。
「そんな……」
「嘘、でしょ……?」
二人が唖然としているのも無理はない。
変身した真由理の姿は、形や変身プロセスが違うとはいえ……、紛れもなく自分達と同じ勇者の姿だったのだから。
真由理が身に纏う服は風達のものとはだいぶ異なっていた。先ほどの変身プロセスから見ても、彼女のそれは戦闘服というよりはどちらかというと拘束具のように見える。戦闘服の色は黒と紫を基調にしており、液晶パネルのような装置にはパンジーの紋章が映し出されていた。ベルトの後部には、近距離戦を想定してか鞘に収まったクナイのような武器が装着されていた。
そして自分の体の調子を確認し終わると、髪をかき上げて余裕を表すように口の端を上げた。
「さぁ、来いよ。遊んでやる」
というわけで、今回変身したのは刑部姫/氷室真由理でした。
詳細は下記になります。
『氷室真由理 ブレイブフォーム』
大赦の科学者、氷室真由理が『プロトブレイブドライバー』とスマートフォンで変身した勇者。イメージカラーは黒と紫で、象徴となる花はパンジー。 氷室真由理は勇者適性値を持ってはいるが神樹に選ばれていないため本来は勇者になれないのだが、プロトブレイブドライバーの力によって強制的に勇者に変身する事ができている。精霊である彼女が変身できるのは、氷室真由理が自分の肉体データも刑部姫に転送していたため。精霊バリアが無く、装甲も必要最低限の位置にしかないため、友奈達よりは防御力が低い。しかしその反面攻撃の出力に力を割いており、例え精霊バリアが張られていたとしても強力な攻撃を敵の勇者に与える事ができる。そのため、どちらかというとバーテックスよりかは対人戦闘の方が真価を発揮しやすい(無論バーテックスが相手でも強力な事に変わりはない)。これらの特性から、防御は薄いがその分攻撃力と俊敏性が高い勇者と言える。
『プロトブレイブドライバー』
真由理が変身する際に使用するベルト。形は志騎が使用するブレイブドライバーとほとんど一緒だが、志騎のものが霊的回路を形成、固定し神樹からの力を受け取るのに対し、こちらは霊的回路を形成し固定するまでは一緒だが、力を受け取るのではなく奪い取るのが最大の違いとなっている。そのため神樹に負担がかかりやすく、下手をすると神樹の寿命がさらに短くなってしまう恐れがあるため、真由理にとってもこれは文字通りの奥の手となる。神樹の力を使用するため大人数を勇者にする事は出来ないのだが、彼女が作ったドライバーの場合は彼女独自のシステムが組み込まれており、少ない力を増幅して十分な戦力を発揮できるようになっている。神樹の力を奪い取るという事ができるのも、ベルトに組み込まれた装置のプロトコルのおかげである。なお、変身している最中は刑部姫が真由理となっていられる三分間の時間制限がなくなる状態になる。
カラーリングは黒と紫という所から分かる通り、仮面ライダー滅と仮面ライダーゲンムをイメージした勇者になっています。とは言ってもドライバーの設定などから、滅の要素の方が多くなっています。使用武器等は次話で書きますので、申し訳ございませんがもうしばらくお待ちください。