天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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第三十八話 集結

 星屑が、樹の目の前で彼女のワイヤーに切り裂かれて消滅した。しかし別の星屑達が再び樹に襲撃し、樹は跳躍して突進を回避すると襲ってきた星屑達を串刺しにし、さらに別の星屑達もからめとり、切り刻む。樹海の根に着地した彼女の背には、未だ戦意を失いしゃがみ込んでいる風の姿があった。 

 一方、妹に護られる形になってしまっている風はゆっくりと顔を上げると、一人で必死に星屑と戦っている妹に視線を向ける。

「樹……」

 樹はワイヤーで星屑を拘束するが、その隙を狙って別の一体が樹に突進する。拘束された星屑はどうにか輪切りにできたものの、突進の衝撃で樹自身も吹き飛んでしまう。精霊バリアのおかげで致命傷は避けているものの、衝撃を全て消す事は出来ない。現に地面に落下して起き上がろうとしている樹の体は、少し震えている。

 が、起き上がった彼女の目は戦意を全く失っていなかった。

(どうして……どうして、そこまで……)

 どうしてそこまで戦う事ができるのか。そう考えた風の頭に、いつか樹と交わした会話が浮かび上がる。

『……ありがとう』

『何? 急に』

『何となく、言いたくなったの。この家の事とか勇者部の事とか、お姉ちゃんにばっかり大変な事させて……』

「樹……」

 次に思い出したのは、彼女のオーディションの録音音声だった。

『……でも、本当は私、お姉ちゃんの隣を歩いていけるようになりたかった』

「……隣どころか、いつの間にか、前に立ってるじゃない……」

 今星屑と戦っている少女に、かつて姉の後ろをついて回る事しかできなかった面影はもうない。四国という世界を、姉を護るために必死に戦うその姿は正真正銘の『勇者』だった。自分がずっと護ってきた妹の成長に、風の目から涙がこぼれる。

 しかし、戦況は少しずつ悪化していった。樹は必死に抵抗していたが、星屑達の数はさらに増していく。一匹を倒している間に、星屑の一体が再び樹に襲い掛かる。樹は吹き飛ばされて地面を転がり、どうにか起き上がろうとするが目の前には大量の星屑の姿。たった一人では、この数の暴力を覆す事は出来ない。そして星屑達が一斉に接近し、樹が顔を強張らせた瞬間。

「はぁっ!」

 風の大剣の一閃が、襲い掛かってきた星屑達を蹴散らした。樹が涙を浮かべながらも笑みを浮かべると、風も目尻に涙を浮かべた状態で笑い返し、

「姉として、妹に頼り切ってるわけにはいかないわ!」

 いつもの元気を取り戻した風に、樹が両手を組んで近寄る。声は聞く事は出来ないが、彼女が心の底から喜んでくれている事は分かる。

「もう大丈夫よ、樹。……本当に、あたしの自慢の妹だ」

 が、二人の感動の対面に水を差すように星屑が再び大量に群がってくる。が、今の姉妹に不安はない。今の自分達なら、敵がどれほど多くて強力で打ち倒せる。そんな自信が胸の内から湧いてくるのを彼女達は感じていた。

「さぁ、犬吠埼姉妹の女子力。見せつけてやる! 行くわよ、樹!」

 風が大剣を構え、樹がワイヤーを射出する花が巻き付いている右腕を前に突き出し、星屑との戦いが再開された。無論戦いの結果がどうなったかなど、言うまでもないだろう。

 今の二人に、星屑程度が敵うわけがないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ……」

 微かに呻き声を上げて、結城友奈は目を覚ました。目の前には夏凜が自分と同じように倒れており、自分達の近くには彼女達を護った精霊達が静かに宙に浮いている。友奈は起き上がって頭を抑えると、倒れている夏凜に駆け寄る。

「夏凜ちゃん! しっかりして! 夏凜ちゃん!」

 夏凜の体を抱きかかえて名前を呼ぶが、まだ先ほどのバーテックスの攻撃もあってか彼女は目を覚まさない。友奈は不安げな表情で夏凜の顔を見ながら、先ほどの東郷の様子を思い出す。

(東郷さん……泣いてた。あんなに悩んで、苦しんでた東郷さんを……私、ずっと見てきたのに……)

 それなのに、何もできなかった。親友がどれほど苦しんでいたかは分かっていたつもりなのに何もできず、壁を壊すという行為に至るまで追い詰めてしまった。

(きっと私、何かできる事があったはずなのに……! 一番の友達なのに……! どうして……こんな……)

 友奈が強い後悔に襲われていると、上空から奇妙な音が聞こえてきた。彼女が空を見上げると、そこには空を埋め尽くさんばかりの星屑達が大量に飛んでいた。それはまさに本来の意味での『星屑』と言える。とは言っても、口だけの白い化け物が無数に蔓延るその光景は綺麗という言葉とは程遠いが。

「そうだ……今は……」

 友奈は立ち上がってスマートフォンを取り出すと、勇者システムを起動しようとする。

 だが、その瞬間友奈の脳裏に東郷の苦しそうな表情と言葉がよぎる。

『友達が傷ついていくのも、大切な人を失うのも私、もう耐えられない……! 耐え切れないの……!』

「………っ!」

 彼女の言葉と表情で、友奈の動きが一瞬止まる。

 変身して星屑を倒して、その先は? 東郷と戦うのか? 満開した自分達を案じて苦しんでいる、彼女と? そんな事が本当にできるのか? そもそも……彼女の苦しみに気づく事が出来なかった自分に、彼女を止める権利など本当にあるのか?

 疑問と不安に満ちる友奈が一瞬硬直していると、彼女のスマートフォンからピーピーピーという電子音が流れている事にようやく気付く。画面を見ると、そこにはこんな文面が表示されていた。

『警告 勇者の精神状態が安定しないため、神樹との霊的経路を生成できません』

「えっ? そ、そんな……」

 再び変身しようと画面を何回もタップするが、結果は変わらない。何の異変も起こらず、友奈自身も勇者に変身する事はできなかった。

「なんで……なんで……なんで……なんで……なんで変身できないの!?」

 動揺しながらもさらに画面をタップするが、その際にスマートフォンを落としてしまう。電子音が鳴るスマートフォンに手を伸ばそうとするが、彼女の手が途中で止まった。スマートフォンを見る友奈の目から涙がこぼれ、ついに耐え切れなくなって友奈は思わず嗚咽をこらえるかのように口を抑えた。が、それでも抑えきれない嗚咽が指の間から漏れ、画面の上に涙がポタポタと落ちる。

「私……私……! 友達、失格だ……!」

 ----普段の言動から誤解されがちであるが、友奈はただひたすら目の前の事に突っ走れるほど能天気ななわけでも、すぐに立ち直れるほどの明るさを持っているわけではない。彼女がそのような姿を見せるのは周りの友達が不安がったり、悲しんだりするのを防ぐためだ。つまりどれだけ強く見えても、彼女は常に人を助ける勇者であろうとするために頑張っている、一人の少女に過ぎない。

 しかし今回の東郷の行動は、そんな友奈の精神を今までにないほど揺るがした。今までずっとそばにいたのに、親友の不安に気付く事も出来ず、彼女をあそこまで追い詰めてしまった。どれほど周りに気を使っていたつもりで、親友の気持ちにすら気づけなかった。その事実が友奈の心を自己嫌悪で追い詰め、彼女自身も変身できない状況にまで追い詰めていた。

 そしてそれを見逃すような星屑ではない。東郷の友達失格だと自分を追い詰める友奈に、無数の群れから漏れた星屑数体が接近する。ただの少女である今の友奈に、それを撃退するすべなどありはしない。

 泣きじゃくる友奈と倒れている夏凜に星屑が殺到し、彼女達の肉体が星屑によって貪り食われると思われた、その瞬間。緋色の斬撃が彼女達を覆っていた星屑を切り刻み、黒煙の中から人影が飛び出す。

「はぁっ!」

 人影----勇者に変身した夏凜は自分に向かってくる星屑目掛けて刀を投擲。刀は全て星屑に命中し、星屑達は多色の光を上げて消滅した。夏凜が友奈の前に着地すると、夏凜が意識を取り戻した事に気づいた友奈が夏凜の名前を呼ぶ。

「夏凜、ちゃん……」

 夏凜は少し困った表情を浮かべながらも、言葉を探すように少したどたどしく言う。

「友達に……友達に、失格も合格もないっての……」

 が、それで納得するような友奈ではない。再び俯いて泣き始めて友奈を見て、夏凜が再び口を開く。

「……あんた、東郷の事で自分を責めてるんでしょ? はぁ、まったく、友奈らしいと言うか……」

 それから一度ため息をつくと、友奈の目の前まで歩み寄り彼女と視線を合わすようにしゃがみ込む。

「ねぇ友奈。あんたはどうしたい?」

「え……?」

「東郷の事」

 静かに問われた友奈は一度黙り込むも、言われた通り自分の心をそのまま口にする。

「……止めたい。東郷さんを止めたいよ。この世界が壊れたら、皆と一緒にいられなくなる。でも、今の私じゃ……!」

 止めたくても、止める事が出来ない。友奈が再び嗚咽を漏らすと、夏凜は「そう……」とだけ言って立ち上がり、友奈に背を向けた。

「……友奈。もう私、大赦の勇者として戦うのは、やめるわ」

「え……?」

「これからは、勇者部の一員として戦う」

 そう言って夏凜が両腕を軽く広げると、両手に双刀が出現する。二本の刀を強く握りしめながら、

「私達の勇者部を、壊させたりしない。友奈の泣き顔……見たくないから」

 そう言うと、夏凜は跳躍して友奈の目の前から遠ざかっていった。

「夏凜ちゃん!」

 友奈が叫ぶが、それで止まるような少女ではないし、勇者でない今の友奈に夏凜を追う事は出来ない。友奈がしゃがみ込んでいる間にも、夏凜の姿はどんどん見えなくなっていった。

 友奈のもとから離れた夏凜は樹海の根に着地すると、遠くに見えるある姿に着目する。無数にいる星屑とは明らかに違うそれは、紛れもなく自分達が今まで倒してきたバーテックスだった。

「再生した奴ら……溢れてきたわね。まずはあいつらを殲滅して、その後、東郷を捜して……」

 こうして口に出して確認するだけでも、頭が痛くなるようだった。勇者部が全員いる状態でも骨が折れるというのに、自分一人だけとなるともはや勇敢を通り越して無謀ですらある。夏凜はちらりと、自分の左肩にある満開ゲージに視線をやる。ゲージはほとんど溜まっており、バーテックスと戦えばすぐにゲージが溜まり、満開が可能となるだろう。だが、もしも満開をすれば代償として体の機能を奪われる。

「……さすがに、犠牲なしってわけには、いかないでしょうね……」

 そう呟きながら夏凜は一度両手に握る刀を消すと、代わりにスマートフォンを取り出す。画面には自分の誕生会で撮影された、勇者部五人が映った写真が映し出されていた。恥ずかしそうな表情を浮かべている自分以外の全員が笑っている写真を見て、夏凜の口に思わず笑みがこぼれる。

「……馬鹿ね」

『諸行無常』

 夏凜の呟きに答えるように現れた精霊、義輝が言った直後、夏凜はスマートフォンを消して義輝も戦いの気配を察してか姿を消す。夏凜はキッと表情を引き締めると、遠くにいるバーテックスに聞こえるほどの大声で叫んだ。

「さぁさぁ!! ここからが大見せ場!! 遠からん者は音に聞け!! 近くば寄って、目にも見よ!!  これが讃州中学二年!! 勇者部部員、三好夏凜の実力だぁああああああああああああああああああああっ!!」

 高らかに告げながら、夏凜は自分目掛けて突進してくる星屑の群れ逆に突っ込み切り刻んでいく。彼女を迎え撃つようにヴァルゴ・バーテックスが爆弾を放つが、それらを切り捨てて夏凜はさらに勢いを増していく。

「さぁ!! 持ってけぇええええええええっ!!」

 戦いの中で溜まった満開ゲージが光を放ち、夏凜の姿に更なる力が宿り姿が変わる。

 羽衣のような衣装に、背後には大きな輪のような物。刀を握る彼女の周りには巨大な刀を握る四本もの巨腕が浮かんでいた。

「夏凜ちゃん!!」

 それを見た友奈が絶叫する。満開したという事は、夏凜は大いなる力を得る代わりに体の機能を一つ失ってしまう事を意味するからだ。だが、今更その程度の事で臆しはしない。

「勇者部五箇条! ひとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおつ!!」

 巨腕が刀を一閃すると、刀身から放たれた巨大な赤色の斬撃が無数の星屑を一掃し、さらに巨腕を振るうと無数の刀が同じぐらいの数の星屑達をまとめて串刺しにする。無数の星屑が一斉に爆発して光る姿は、まさに星が爆発して一生を終える時のようだった。

「挨拶は、きちんとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 襲い来る星屑をかわし、すれ違いざまに切り捨てながら夏凜はヴァルゴ・バーテックスに突進し頭部を破壊する。光を上げながら砂に還っていくヴァルゴをしり目に、夏凜は次なる獲物に向かってさらに突進する。

「勇者部五箇条、ひとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおつ!!」

 六枚もの盾を持つキャンサー・バーテックスに思いっきり刀を振り下ろすが、キャンサーは盾を利用して斬撃を防ぐ。しかし夏凜は両足を折り曲げると、盾に向かって強烈なドロップキックを放つ。ドロップキックで見事に盾を貫くと、その勢いのままキャンサーに斬撃を繰り出して打ち倒す。

「なるべく、諦めなぁああいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 キャンサーを倒した夏凜が振り返ろうとするが、スコーピオン・バーテックスの毒針の一刺しが四本の巨腕の内一本に刺さり、見る間に毒が腕を侵食していく。そのせいで夏凜の満開の変身が解除され、夏凜は下へと落下してく。どうにか樹海の根へと着地した夏凜は、自分の右腕を苦々しげに見る。右腕には、機能を失った証として補助装備が装着されていた。

 夏凜はスコーピオン目掛けて跳躍し、襲い来る尻尾の攻撃をどうにかいなしながら左腕で尻尾に刀を突き刺すと、再度尻尾にドロップキックを放ち尻尾から離れる。

「勇者部五箇条、ひとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおつ!!」

 叫びながら再び満開をし、宙に巨大な赤色の花が顕現する。

「よく寝て、よく食べぇえええええええええええええええるぅうううううううううううううっ!!」

 巨腕をまるで翼のように広げるとスコーピオン目掛けて突進し、体を豪快に真っ二つに切り裂く。すると三体のバーテックスを撃破した夏凜に、サジタリウス・バーテックスの矢が次々と襲い掛かる。どうにか刀を振るって矢を防ぐが、巨大に何本もの矢が突き刺さった。夏凜が上空に飛び上がると、満開の姿が解除され今度は右足に補助装備が装着された。

「……っ! 勇者部五箇条、ひとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 一瞬表情を強張らせ、落下しながらも夏凜は左手に刀を握り、口で刀を加えるとサジタリウス目掛けて突進する。

「悩んだら、そうだぁああああああああああああああああああああああああああん!!」

 すれ違いざまにサジタリウスを切り裂き、真っ二つになった体のうち上部が消滅する。夏凜は空中で満開すると方向を変え、下部の体にもう一度強烈な斬撃を食らわしてやる。

「もう一体は!?」

 と、地面から最後のバーテックス----ピスケス・バーテックスが現れて夏凜に攻撃を仕掛ける。攻撃を受けて吹き飛んだ夏凜は満開が解除されるも、反撃と言わんばかりに刀を投擲する。刀はピスケスの体に当たって爆発するが、ピスケスは止まらず地面に潜り込む。すると今度は夏凜の首あたりに補助装備が追加された。直後、再度満開ゲージが光り輝き、夏凜は満開して地面に突撃する。

「勇者部五箇条、ひとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 そして地面を削り取りながら潜んでいたピスケスを無理やり引きずり出すと、突き刺していた刀を思いっきり上に振るってピスケスの体を引き裂く。

「為せば大抵、なんとかなるぅうううううううううううううううううううううううううううっ!!」

 直後、ピスケスの体が光を上げると共に砂に還っていき、夏凜は空中に留まり残った左腕を前に突き出した。

「見たか!! 勇者部の力ぁあああああああああああああああああああああっ!!」

 しかし、そこが限界だった。

 夏凜の満開の装備が全て消え、今度は後頭部から両目を覆うように補助装備が追加される。バーテックスとの戦いで力を使い果たしたのか、夏凜はそのまま地面へと落下していく。

「夏凜ちゃん!!」

 友奈が叫び、落下していく夏凜目掛けて走り出す。

(あとは……東郷を……)

 夏凜の変身が解除され、彼女は樹海へと落下していった。

 スマートフォンのマップを確認して友奈がようやく夏凜の倒れている位置に辿り着くと、彼女はうつ伏せの状態で地面に倒れていた。

「夏凜ちゃん!! 夏凜ちゃん!! しっかりして!!」

 名前を呼びながら夏凜の体を抱きかかえると、夏凜はようやく目を開けた。

 が、

「……誰? 友奈?」

 友奈の姿が目の前にあり、友奈が必死に呼び掛けているにも関わらず、彼女は自分を抱きかかえているのが誰か認識できていなかった。そこでようやく、友奈は夏凜の目に光が宿っていない事に気づく。----視力と聴力が、失われているのだ。彼女は左手をゆっくりと伸ばすと、友奈の顔に手を当てて、

「……ごめん。なんか、目も耳も、持っていかれたみたい……。友奈、だよね……」

 自分の姿も声も認識する事が出来なくなった夏凜の痛々しい姿に、友奈は悲しみで胸が張り裂けそうになりながらも必死に夏凜の左手を握って声を張り上げる。

「そうだよ!! 友奈だよ!!」

「見てた……? 友奈……。この私の、大活躍を……」

「見てた!! 見てたよ!! すごかったよ、夏凜ちゃん……!! こんな、こんなのって……!! あぁああああああああああああああああああ……っ!!」

 友奈が夏凜を抱きしめながら泣き声を上げている事など知らず、目が見えていない夏凜が言う。

「東郷を、捜そうと思ったんだけどね……。ここまでか……。……ねぇ、友奈」

 夏凜が優しく声をかけると、友奈は泣きながらも夏凜の顔を見る。視力と聴力を失ったにも関わらず、彼女は何故か優しく笑っていた。

「言いたかった事があるの……。ありがとう、って……」

「え……?」

「私、長い間勇者の訓練を受けてきた……。戦う事だけが、私の存在価値で、私はただの道具だった……。でも、みんなのおかげで、私……」

 脳裏に浮かぶのは、誕生会の時の友奈達の笑顔。思えばあの時から、自分は彼女達の事が大切になっていたのだろう。自分の事を心の底から友達として、仲間として扱ってくれた彼女達が。

 そして、バーテックスを全て倒して戦う理由を見失ってしまった自分を友奈が勇者部に繋ぎ止めてくれた。照れくさくて面と向かって言えなかったけれど、彼女が自分と一緒にいる事が出来て楽しいと、自分の事を好きだと言ってくれて、本当に嬉しかった。勇者部の存在が、友奈の言葉が、自分を救ってくれたのだ。

 だからこそ。

「友奈なら……。東郷の心だって、変えられる。きっと……」

「私は……」

 それでも迷いと不安の言葉を発しようとする友奈を、夏凜が優しく否定の言葉を投げかけた。

「東郷を救えるのは、友奈だけよ……。一番の……親友なんでしょ……?」

 夏凜の言葉に、友奈は涙をこらえながら顔を上げる。

 もうその顔に、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

「東郷ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 その頃、東郷と風は壁の外で激突していた。風の大剣の一撃を受け止めながら、東郷は必死に風を説得しようとする。

「この光景を見たでしょ!? だったら分かるはずです!」

「これ以上、壁を壊しちゃ駄目よ!」

「この世界が……大赦のやり方が、勇者の存在が、いかに悲惨なものか! 私達が救われる方法は、これしかないんです!!」

 東郷の気持ちは、痛いほどに分かる。自分も最愛の妹の声を失われ、一度は大赦に牙を剥こうとした。彼女がこのような行動に出てしまうのも当然だ。

 だが、

「それでも……。それでもぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 風は大剣を力強く振るって東郷の二丁拳銃を吹き飛ばすが、東郷はさらに銃を取り出して風に突きつける。

「あたしは部長として……先輩として! あんたを止める!」

「分かって……ください!」

 そう言って東郷が引き金を引こうとすると、銃を握る手にワイヤーがからみつく。はっと東郷が横を見ると、樹がワイヤーで自分の手と銃を縛り付けているのが見えた。これでは引き金を引く事が出来ない。

「東郷ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 歯ぁ食いしばれぇえええええええええっ!!」

 気合と共に風の大剣の一撃が東郷に放たれ、吹き飛ばされた東郷は炎の海へと落ちていった。普通の人間なら即死だが、精霊バリアがある以上死にはしないだろう。

「ごめん、東郷……。少しだけ静かにしてて……」

 東郷が落ちて行った先を見ながら風が呟くと、樹が近くに寄って来て必死に口をパクパクと開けた。

「どうしたの? 樹」

 風の問いに樹が壁に空いた穴を指差す。

 見てみると、穴に向かっていた星屑達の動きが穴と壁の内側の境目あたりで止まっていた。その異様な光景を見て風が思わず怪訝な声を出す。

「敵の侵攻が、止まってる……?」

 穴が空いている以上、神樹の結界が効いているからだとは考えにくい。ならば、何故?

 しかし、それ以上考えている暇はなかった。

 突然二人の真横で強烈な光が発せられ、目をやると満開した東郷が戦艦状の乗り物に搭乗して宙に浮かんでいた。彼女の後ろには、赤く発光するレオ・バーテックスの巨体が無数の星屑によって形成されていた。

 風は樹と共に息を呑むと同時に、星屑が侵攻をやめた理由を理解した。星屑が何体侵攻しようと勇者によって防がれてしまうのなら、強力な個体を作り出して一気に終わらせてしまった方が良いと判断したからだ。実際にレオには、勇者部も散々苦労させられた。

 壁の内側に侵攻しようとしていた星屑達が一斉にレオの所に集結し、みるみると巨体を形成していく。

「二人共、どいてください!」

「どくわけ、ないでしょ!?」

 警告なのか東郷が声を上げるが、それに風がイエスと答えるわけがない。東郷は苦し気に目を瞑ると、キッと目を鋭くさせる。

「……ごめんなさい」

 そして、彼女は樹海の中のあるものを睨みつける。

 それは、全ての力の源である神樹。

 東郷が乗る戦艦の全ての砲門に霊力が収束し、次の瞬間巨大なレーザーとなり神樹に放たれた。

「………っ!!」

 東郷の意図に気づいた風と樹がレーザーを防ごうとし、精霊バリアの光が散るが抵抗空しく二人は吹き飛ばされ、レーザーは神樹へとまっすぐ向かう。だが、神樹に向かう前にレーザーは花びらとなって消滅した。

「……そう。勇者の力では、神樹本体を傷つける事は出来ないのね。でも」

 東郷が視線を向けたのは、形成途中のレオの巨体だった。

「これを連れて行けば……。きっと神樹を、殺せる」

 一方、東郷のレーザーによって吹き飛ばされてしまった風と樹は樹海の根に倒れていた。二人共先ほどの攻撃のせいで変身が解除されてしまっており、讃州中学の制服姿になっている。

「スタミナが……。樹……」

 樹に声をかけるが、彼女は目を覚まさない。どうにか起き上がろうとした風の目に、ある光景が飛び込んできて思わず表情を険しくする。

 風の視線の先には、東郷に先導される形でレオが壁の中へと入ってきた。いや、正確には東郷を殺すために彼女を追って壁の中へと入ってきたのだろうが、この際どちらでも良い。問題は、神樹を殺せるバーテックスが壁の中へと入ってきてしまった事だ。しかも形成がほぼ完了してしまい、レオの体がオレンジに色づく。

「私を、殺したいでしょう。さぁ、おいで」

 そう呟く東郷の背後には、神樹がある。もしもレオが攻撃を放てば、簡単に神樹は破壊される。

 レオの前に火球が形成されていき、瞬く間にその大きさは膨れ上がっていく。火球から放たれる熱波だけで、肌がジリジリと焼けてしまうなほどの熱量だった。

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 が、風の叫びも空しく。

 レオの火球が、放たれてしまった。

「………っ!」

 当然東郷は火球をかわし、火球はそのまま神樹へとまっすぐ向かう。

「これで……みんな……」

 世界滅亡が目の前だというのに、東郷は口元に柔らかな笑みすら浮かべて呟く。

 これで神樹が破壊され、世界が滅ぶとその場にいる誰もが思った、瞬間。

 それは、響いた。

 

 

 

 

『レオ! ゾディアックストライク!』

 

 

 

 

 火球がもう一つ、出現した。

 どこからか音声が聞こえてきた直後、レオが放った火球と同じぐらいの大きさの火球が出現し、二つの火球が激しくぶつかり合う。二つの火球は空中で派手に爆発し、辺りに火の粉と熱風をまき散らした。

「何っ……っ!?」

「くっ………!!」

 誰も予想しなかった出来事に東郷が目を見開き、風も驚きながらも意識を失っている樹の体を抱きしめて爆風から身を護る。

 やがて風と煙が収まると、東郷の目の前の樹海の根に二つの人影が降り立った。

「……須美」

 どこか悲しそうに自分を呼んだ少女の名を、東郷はかすかな驚きが込められた声で呟く。

「……三ノ輪、さん?」

 その少女は山吹色の勇者装束に身を包んだ先代の勇者の一人、三ノ輪銀だった。目は見えないけれど大体の気配で位置を察しているのか、苦し気な表情を東郷に向けている。

 そして、銀の隣にもう一人。東郷が初めて見る少年(・・・・・・・・・・)がいた。

「………」

 険しい表情で東郷を見ているのは、肩に刑部姫を乗せ、勇者装束に身を包んだ少年----天海志騎だ。純白であるはずの彼の勇者装束はオレンジ色に彩られており、両手両足には獅子の爪を模した手甲と具足が装着されている。

 レオ・ゾディアック。その特徴は炎を纏う手甲と具足を利用しての格闘戦と火炎操作。破壊の規模ならばヴァルゴ・ゾディアックの方が上だが、純粋な破壊力では十二あるゾディアックフォームの中で随一の力を誇る。

 自分達を困惑した表情で見つめる東郷を見返しながら、志騎は先ほど銀と刑部姫と交わした会話を思い出す。

『----つまり、満開の真実を知って落ち込んでた所に壁の外の真実まで知って追い詰められたって事か……。あいつ、思い込むと突っ走るところがあったもんなぁ……』

 二人の話を聞いて、志騎は樹海を移動しながら苦い表情を浮かべる。移動する二人に星屑が時々襲い掛かってくるが、今更星屑程度にどうこうされる二人ではない。

『で、お前はどうするんだ? 志騎』

『……? どうするって?』

 志騎が聞き返すと、刑部姫は志騎の真横を飛びながら、

『今回の東郷美森の暴走は大赦の詰めの甘さが招いた事だ。その尻ぬぐいをするつもりは無かったから、星屑の掃討はするつもりだったが東郷美森を止める気はなかった』

 だが、と刑部姫は一度言葉を区切り、

『お前がもしも東郷美森を止めたいと言うなら、それに協力してやってもいい。記憶と人格を失っても世界を守るために戦い続けていたお前には、東郷美森のやろうとしている事を止める権利がある。それに私の本来の役目はお前のサポートだ。お前がやると決めた事に協力するのが私の義務だ』

『でも、それは……』

 刑部姫の言葉に、銀が不安げな声を出す。

 彼女が何を言おうとしているかは志騎にも分かった。世界を守るために東郷を止めるという事は、つまり親友の東郷----鷲尾須美と刃を交えるという事だ。当然銀と園子がそんな事を受け入れるはずがなく、二人は東郷と戦うのを拒否していた。だが刑部姫の言った通り、東郷がしようとしている事は志騎が頑張ってきた事を全て無駄にしようとする行為だ。例え親友であろうと、簡単に見過ごせる事ではない。

『まぁ、権利はあるとは言っておくが義務までお前に押し付ける気はない。どうするかはお前の自由だ。お前が決めれば良いさ』

 刑部姫の言葉に、志騎は黙り込む。しばらく三人の間に沈黙がおり、志騎の顔を銀が不安そうな表情で見つめ、刑部姫は何も言わず志騎が言葉を発するのを待つ。

 そして、

『俺は--------』

 そこで志騎は自分の思考を打ち切ると、目の前にいる二年ぶりの再会となる友人に声をかける。

「よぉ、久しぶりだな須美。……いや、今は確か東郷美森、だったか?」

 自分を親し気に声をかける少年に、東郷は困惑しながらもどうにか彼に言葉を返す。

「……あなたは?」

「天海志騎、って言えば分かるか?」

 彼女の自分を初めて見るような反応にも動揺はない。彼女が記憶を失った瞬間を、志騎は二年前に見ている。だから彼女がそのような質問をするのも当然とすら思っていた。

「天海、志騎………。あなたが……?」

 少年の名前を聞いて、東郷の目が軽く見開かれる。

 その名前は、友奈と一緒に銀に会った時に彼女の口から発せられた名前だった。銀や園子と同じ自分達の先代の勇者であり、バーテックスとの戦いで死に、大赦によって存在を抹消された存在。四人の中で唯一の男性の勇者であると同時に、氷室真由理が作り出した人間型のバーテックス、バーテックス・ヒューマン。……そして、三ノ輪銀の想い人。

 死んだはずの彼が、どうして今自分の目の前にいるのだろうか。

 すると、東郷の思考を察した志騎が苦笑を浮かべ、

「俺がここにいる理由は、悪いけど長くなるから後回しだ。あとで刑部姫にでも聞いてくれ。だけどまぁ……よく壁に穴を空けるなんて大それた事やったなぁ。俺達と一緒にいた時はお国を守るお国を守るって九官鳥のように言ってたお前は一体どこに行ったんだよ」

 四国を守る神樹の根の壁を見ながら、志騎が呆れたように言う。彼の口調は東郷を責めるような口ぶりではなく、それどころかまだ分別のついていない子供のした事に対する反応のようですらあった。

 すると彼の言葉で少し冷静さを取り戻したのか、東郷は陰のある表情を浮かべた。

「……そんなもの、もう意味がないって気づいたのよ」

「意味がないって、どうして」

「例えこの国を守ったとしても、友達を護れないようじゃ意味がない。いいえ、それどころかこの国を守るためにみんなは自分の体を犠牲にして、苦しんでいく……。そんなの私は耐え切れない。だから……」

「だから神樹を壊してこの世界を滅ぼす、か」

 東郷の言葉を継ぐと、志騎は髪の毛をくしゃくしゃと掻き、

「あのさ、東郷。誰かに言われただろうけど、お前自分が何やってるか分かってる? お前がやろうとしている事は極端な事を言えばバーテックスと同じだぞ。確かに大赦のやり方には納得できない所もあるけど、それでも四国にはたくさんの人達が生きてる。世界が滅んだら、その人達の命も全部消えるんだぞ。それを分かっててお前は世界を滅ぼすのか?」

 当然これに対する東郷の答えは決まっており、彼女は迷う事無く志騎の問いに答えた。

「……ええ、そうよ。分かってる。分かってるから、やらなければいけない。友奈ちゃんも、勇者部の皆も、もう誰も傷つけさせない。勇者という存在を呪われた運命から救い出すためには、こうしなければならないの」

「………そうか」

 東郷の言葉を聞いて志騎は一度目を瞑り、再度開くと東郷の顔を真正面から見据えてはっきりと告げた。

「でも、悪いな。だからと言ってお前のやる事を見過ごすわけにはいかないんだ。お前がもう友達を傷つけさせたくないって気持ちは十分に伝わってくる。だけど、お前に世界を壊させるわけにはいかない」

 すると、否定の言葉を告げられた事で東郷の表情に変化が起こる。顔をくしゃっと今にも泣きだしそうに歪めると、志騎に言った。

「どうして……どうしてですか? 私と友奈ちゃんは、三ノ輪さんから聞きました。大赦は自分達の都合であなたを作ったくせに、役目が終わったら処分しようとすらした。現にあなたが死んだと思われた時、大赦はあなたの存在を隠したと聞きました。人並みに生きる事すらできない上に、役目が終わったら道具のように捨てられる。そんなの……あなたが、あまりにも救われないじゃないですか!」

 東郷美森に天海志騎と友人だった時の記憶はない。

 でも、天海志騎の境遇を知った時、あまりにも報われないし救われないと思った。そんなの間違っているとすら思った。正体がどのようなものであれ、人を護るために一生懸命戦ってきたのだから、最後は誰もが羨むようなハッピーエンドを迎えなければ嘘ではないか。しかし大赦は、それすらも志騎に許しはしなかった。友奈や勇者部を犠牲にして、かつての友人達を傷つけ、少年の存在を使い捨てにしようとした大赦が東郷は心の底から許せなかった。だからこそ、彼女は神樹を破壊しようという行動に出た。

 なのに、

「それなのに、どうしてあなたは世界を守ろうとするんですか!? 大赦に道具のように使われて、大切な人達とも離れ離れになって! その人達からも忘れ去られて! どうしてそこまで戦おうとするんですか!? もう良いじゃないですか! あなたはたくさん戦ってきたんです! もう休んでも、救われても良いじゃないですか! なのに、あなたはどうしてそこまで戦うんですか!?」

 

 

 

 

 

「----それでも護ると決めたからだ」

 

 

 

 

 静かな、しかし確かな決意が込められた言葉に東郷は思わず言葉に詰まる。志騎は東郷の目をまっすぐ見据えて、さらに言葉を紡ぐ。

「確かに大赦は俺を道具のように扱おうとしたのかもしれない。俺の存在を消し去ろうとしたのかもしれない。でも、そんなの関係ない。例え俺の最期が報われないものであったとしても、最期まで兵器として扱われる事になったとしても、誰からも忘れられて孤独になったとしても、俺は最後まで人を護るために戦う。俺の体が作られたものであったとしても、その意志だけは間違いなく俺が抱いた俺自身のものだ。それを違えるわけにはいかないんだよ」

 それに、決めたのだ。

 自分がバーテックスである事を受け入れた時、バーテックスが犯した罪も奪った命の重さも全て背負って前に進むのだと。例えそれが血と罪にまみれた道であったとしても、それが報われないものであったとしても、人を護るために戦うのだと。

 仮に東郷が世界を滅ぼせば、確かに志騎もその苦しみと重圧から解放されるだろう。だが、それは自分が背負ったものを全て放り出して逃げ出す事に他ならない。それは今まで死んでいった人達の無念と悲しみを全て無駄にする上に、バーテックスの罪すらも無かった事にする行為だからだ。そんな事は決して許されるべき事ではない。

 だからこそ----親友とはいえ、東郷のやっている事を許容するわけにはいかなかった。

 バーテックスと戦う勇者として、多くの人々の命と未来を奪ってしまった化け物の同類として。

 東郷が志騎の迫力に圧されていると、二人のやり取りを見ていた銀が志騎の横に立つ。

「なぁ、須美。正直アタシもさ、もうこんな世界無くなった方が良いんじゃないかって思ってた。須美と園子を犠牲にして、勇者達を苦しめて、志騎を使い捨ての道具にする世界に価値なんてあるのかなって悩んでたんだ。……でも」

 チロリ、と銀は横にいる志騎を横目で見た。視力はもう無いようだが、それだけで彼がどのような表情で自分を見ているのか大体分かるらしい。銀は唇をぐっと噛み締めると、かつての親友を真正面から見つめる。

「志騎は、ずっとアタシ達を護るために戦ってくれてた。例えバーテックスになっても、自分が人間だった頃の記憶や人格を無くしても、こうして思い出してアタシの隣に帰ってきてくれた。……現金だよな、ちょっと前までこんな世界に価値なんてあるのかって思ってたのに、志騎が帰ってきた途端もしかしたら価値があるんじゃないかって思うんだから」

 へへ、と自嘲気味に笑いながら、

「……でも、志騎がこうして帰ってきてくれた以上、もうこの世界が無くなった方が良いなんて思えない。確かにこの世界は理不尽だし、苦しい事や悲しい事がたくさんあるけど、そんな世界でもボロボロになりながら志騎は守ろうとしてくれた。こんな世界でも守る価値があるって、生きていれば大切な誰かに会える事があるかもしれないって、志騎は自分で教えてくれたんだ。……だから、お前に協力する事はできない。ごめんな、須美」

 そう言って銀は悲しそうに頭を下げた。それに東郷は悲し気な表情をするも、首を横に振って、

「……あなたが謝る事は無いわ、三ノ輪さん。何があったかは分からないけど、あなたが大切な人に会えた事は喜ばしい事だもの。……でも、ごめんなさい。私はやらなければならないの。例え、あなたや天海さんが相手でも……」

 と東郷が言った瞬間、何故か銀が困ったような笑みを浮かべて、

「ああ、言っておくけど、アタシと志騎はお前と戦うつもりは無いぞ。な、志騎」

「………え?」

 それに思わず東郷が呆気に取られると、銀の言葉を継ぐように志騎が肩をすくめる。

「当然だろう。銀も俺も二年間お前と一緒じゃなかったからな。お前の悩みや苦しみ、悲しみに気づく事が出来なかった。おまけに俺はお前達の事を忘れてたわけだし、いくら壁の外で戦ってたからって、そんな俺にお前を止める権利なんてあるわけがないだろう」

「アタシも、志騎が帰ってきてくれた以上須美のやる事に協力するつもりはできないけど、だからと言って須美を止めるために戦うつもりは無いよ」

「じゃあ、どうしてあなた達はここに……? あなた達は私を止めるためにここに来たんじゃ……」

 すると、銀はふっと笑い、

「確かにアタシ達は須美を止めるためにここに来た。でも、止めるのはアタシと志騎じゃない。須美を止められるのは、二年間お前と一緒にいた奴だけ。そしてそんな奴は、この場じゃあたった一人だけだ。……なっ?」

 そう言って銀は頭上を見上げる。銀の言葉に東郷もはっと何かに気づいた表情を浮かべると、上空から志騎と銀の目の前に一人の少女が降り立ってきた。

 山桜を連想させる桜色の髪。

 両手を守り、それ自体が武器ともなる手甲。

 彼女は静かに佇みながら、決意を込めた声で言った。

「ごめんなさい、風先輩。銀ちゃん。遅刻しちゃいました」

 現れた人物の名前を、三人の会話を聞いていた風が涙交じりに呟いた。

「……友奈……」

 少女----友奈友奈の登場に銀が笑みを浮かべ、それとは対照的に東郷が悲しそうな目で彼女を見つめる。まるで、どうして来てしまったのと言うかのように。

 しかし、友奈がもうためらう事は無い。無二の親友を前にして、友奈ははっきりと告げた。

「もう迷わない。私が勇者部を、東郷さんを護る!」

 こうして、役者は揃った。

 先代勇者、三ノ輪銀。

 現勇者、東郷美森。

 先代勇者にしてバーテックス・ヒューマン、天海志騎。

 そして東郷と同じ現勇者であり『友奈』の名を持つ、結城友奈。

 それぞれの信念と想いを持った四人が集い、戦いは最終局面へと移ろうとしていた。

 




今の所次回で戦いに決着がつき、さらに次の回でエピローグという段取りの予定です。また少し時間がかかってしまうかもしれませんが、その時までもうしばらくお待ちください。
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