天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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志「『勇者に変身した普通の小学生、天海志騎は育ての親である安芸と同級生であり同じ勇者の鷲尾須美から勇者とバーテックスについて驚愕の事実を聞く。そしてそれをきっかけに、志騎はバーテックスとの戦いに身を投じるのだった……』。今回やけにシンプルだな」
刑「今回のタイトルは魔法使いから来ているからな」
志「タイトル? 魔法使い? またわけわからん事を……」
刑「そんな事はどうでも良い。では四話、張り切って行ってこい!」
志「はいはいっと」


第四話 合同合宿 ~一日目~

 

 志騎が樹海で勇者に変身し、銀達と協力してバーテックスを撃退してから半月が経過した。

 当初はいつバーテックスが来るか少しピリピリしていた志騎だったが、今ではすっかり体から力を抜いている。とは言ってもそれはバーテックスがもう来ないと楽観しているわけではなく、常時緊張状態にあってはいざという時に対応できないと安芸と刑部姫から注意されたからだ。

 その二人の忠告もあって志騎は銀と、最初のお役目から少し距離が縮まった須美と園子と一緒に至って普通の日常を過ごしていた。

 だがそんな四人の日常を壊すかのように、ついに二体目のバーテックスが襲来した。

 

 

 

 

「ぐうぅぅぅぅっ……! おい三人共……大丈夫か!?」

「な、何とか……!」

「だけど、身動きとれねぇよ!」

 志騎に須美と銀がどうにか返事をするが、三人の声はどこか苦し気である。

 そんな四人の前にいるのは、天秤の形をしたバーテックスだ。バーテックスは四人に何らかの攻撃をするでもなく、ただその巨大な体を回している。

 だが、それが何よりも今の四人にとっては脅威だった。何故ならばその体を回す事で強力な風が発生し、四人の動きを大きく阻害しているのだ。四人が吹き飛ばされていないのも、園子が槍の石突を地面に突き刺して柄を強く握る事でどうにか耐え、そんな園子に銀が抱き着き、その銀にさらに須美が抱き着くという形をとる事でどうにか風に吹き飛ばされるのを耐えているからだ。一方、志騎の方も剣の刀身を樹海に突き刺す事で吹き飛ばされるのを防いでいた。

「あのぐるぐる~……! 上から攻撃すると、弱そうだけど……!」

「どうしようもない! ハメはずるいよな!」

「くそっ……。おい刑部姫! お前も何か知恵貸せ!」

 暴風の中志騎が自分の肩に必死にしがみついてる刑部姫に言う。刑部姫は舌打ちでもしそうな口調で、

「ええい、くそ……! いかん、もうダメ……! ぬわぁああああああああああああっ!!」

「刑部姫ー!?」

 しかし志騎に助言を与える間もなく、刑部姫はついに限界を迎えて暴風に吹き飛ばされてしまった。その気になれば志騎のスマートフォンからまた現れるだろうが、今の暴風ではまた吹き飛ばされてしまうのだがオチだろう。

 と、暴風に耐えている須美の目にゆっくりと焼けていく樹海の様子が目に入った。このままだと、現実の世界に被害が広がってしまう。

(まずい、何とかしなきゃ……!)

「須美!?」

 須美は銀から両手を離すと、わざと吹き飛ばされて宙を舞い空中で弓を召喚、霊力で構成された矢を弓につがえてバーテックスに狙いを定める。

「南無八幡……大菩薩!」

 気合の声と共に最大まで威力がチャージされた矢をバーテックスめがけて放つ。しかしその矢は暴風に防がれ、バーテックスの体に届く事なく落ちていった。

「そんな……!」

 須美は悲痛な声を上げながら、バーテックスの暴風でさらに遠くまで吹き飛ばされてしまった。

 しかも残された三人に追い打ちをかけるかのように、バーテックスが振り回している分銅が三人に襲い掛かる。

「危ない!」

 それに気づいた園子が槍の形を変形、傘のような形状にするとバーテックスの分銅を防ぐ。それに続く第二撃もどうにか防ぐが、分銅なだけあって威力はかなりある。今は防ぐ事が出来ているが、このまま防ぎ続けていられる保証はない。

 すると再び分銅を振り回して三人を攻撃しようとするバーテックスを見て、銀は奥歯を強く噛みしめると園子から両手を離して空中を舞う。

「ミノさん!」

「銀!」

「三ノ輪さん!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 三人が銀の名前を呼ぶが、彼女はもう止まらない。両手に自分の武器である斧を召喚すると、雄たけびを上げながら体を回転させてバーテックスへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

「ゴリ押しにもほどがあるでしょう!」

「「「「はい……」」」」

 バーテックスとの戦闘から翌日、四人は神樹館の教室で安芸からの叱責を受けていた。反省の色を浮かべている四人の顔には、それぞれ包帯や絆創膏などが巻かれ貼られていた。

 安芸はバーテックスの体に斧による強打を加える銀の映像をスマートフォンで見ながら、

「これじゃあ、あなた達の命がいくらあっても足りないわ。お役目は成功して、現実への被害も軽微なもので済んだのは、よくやってくれたけれども」

「それは……三ノ輪さんと乃木さんと天海君のおかげです」

 須美の言葉に、銀と園子がそれぞれ笑顔を浮かべ、志騎は照れ臭そうに頬をポリポリと掻いた。

「のんきな事を言っている場合か? 一歩間違えれば、確実に命を落としていたぞ」

「刑部姫」

 そんな空気に水を差したのは、花びらと共に現れた刑部姫だ。彼女はタブレット端末の画面を見ながら安芸の肩に座ると、きろりと志騎を睨む。

「特に志騎。なんだあの無様な戦い方は? あの程度の敵にてこずってこの先どうするつもりだ?」

「あの程度って……仕方ないだろ? 誰もろくに身動きが取れなかったし。大体お前だって吹っ飛ばされだろうが」

「それを差し引いても、だ。お前が勇者システムの力をきちんと把握できていれば、もっと楽にバーテックスを撃退できたはずだ。お前の勇者システムにはそれだけの力がある。まぁ、きちんとそれを説明できていなかった私にも非はあるが……」

 刑部姫はポリポリと髪の毛を掻きながら、

「とにかく、近いうちにお前の勇者システムについて一から教える。だから次からはあんな無様な戦いはしないようにしろ。危なっかしすぎて見てられんし……正直、あの程度ならお前はいてもいなくても変わらん。はっきり言って役立たずだ」

「……っ!!」

 容赦のない刑部姫の言葉に、須美が勢いよく立ち上がろうとする。が、そんな須美を志騎の静かな言葉が止めた。

「やめろ、鷲尾。今はそんな事してる場合じゃないだろ。銀、お前もだよ」

 志騎の言葉に須美が銀の方を見てみると、彼女も怒りの表情を浮かべながら立ち上がろうとしていた。一触即発の空気の中、二人はしばらく納得のいかない表情を浮かべながら志騎を見ていたが、やがて渋々と席に座った。一方、刑部姫の方はそんな空気など知ったこっちゃないと言わんばかりに、タブレット端末の画面を操作している。

「……とにかく、あなた達の弱点は連携の演習不足。そして天海君の場合はそれに加えて勇者システムの把握不足ね。天海君の件はまた考えるとして、まずは四人の中で指揮を執る隊長を決めましょう」

(隊長……。私だわ……!)

 安芸の言葉に、須美がそう思いながら緊張した表情を浮かべながらスカートを強く握りしめる。

 だが、

「----乃木さん、隊長を頼めるかしら?」

 安芸が指名した人物は、須美ではなく園子だった。

「え? わ、私ですか?」

 指名された本人も、まさか自分が名指しされるとは思っていなかったのか、戸惑いの声を上げながら須美の顔を見る。彼女の様子から、きっと彼女も須美が隊長に任命されると思っていたのだろう。

「あたしはそういうのガラじゃないから、あたしじゃなければどっちでも」

「俺も異議なし」

 銀と志騎も安芸の言葉に反対せず、刑部姫ですら何も言わなかった。そして須美は園子が指名された理由について、こんな事を考えていた。

(そっか……乃木家は大赦の中で大きな力を占めている……。こういう時も、リーダーに選ばれるべき家柄なんだ。でも、実際は私がまとめないと)

(……なんて事、考えてそうだな)

 と、須美の顔を見ていた志騎はそう思った。

 確かに園子は大赦の中でも大きな権力を持つ乃木家の人間である。だが、彼女が隊長に選ばれたのは乃木家の人間という理由だからではない。家柄を抜きに考えても、この四人の中で隊長に一番向いているのは間違いなく園子だと志騎は思っていた。それを分かっているからこそ、安芸は園子を指名し、刑部姫も何も言わなかったのだろう。須美はまだ、それを分かっていないだろうが。

 その後須美も園子が隊長である事に賛成し、満場一致で園子が隊長に決まった。

「決定ね。神託によると、次の襲来までの期間は割とあるみたいだから、連携を深めるために、合宿を行おうと思います」

「「「「合宿?」」」」

 安芸の言葉に、四人は思わず驚いたように言うのだった。

 

 

 

 

「連携を深めるための合宿ですか……。なんていうか、少年漫画みたいですね」

「確かにそうだけど、今ある時間の中で行うにはそれが一番最適なのよ。それに合宿ならあなたの勇者システムについても一から学べる時間を確保できるしね」

「なるほど、一石二鳥ってわけですか」

 安芸から連携を深めるための合宿についての話が出た後、志騎は職員室で手伝ってほしい事があると安芸に言われ彼女と一緒に職員室へと向かっていた。なお、銀達は現在教室で志騎が帰ってくるのを待っている。

「それにしても、なんか刑部姫の奴機嫌が悪そうでしたね」

「あれは半分は彼女なりの期待の裏返しなのよ。あなたならもっとできるはずだって思ってるから、あんな事を言うの。まぁ、さすがに私もあれは少し言いすぎだと思うけど」

「じゃあ、もう半分は?」

「あまり褒められた事じゃないけど、鷲尾さん達をわざと怒らせるためね」

「わざと? 何でそんな事を……」

「彼女の昔からのやり方なのよ。相手を怒らせるような事を言って、相手がどんな反応をするか観察するの。さっきのはわざとあなたを侮辱する事を言って、鷲尾さん達が本当にあなたのために怒るか試したって所ね」

「だとしても、やりすぎじゃないですか?」

「それについては同感ね。彼女、どうも相手を必要以上に怒らせる悪癖があるから……」

 はぁ、と安芸はため息をついた。そんな彼女に同情すると同時に、やはり安芸と刑部姫の仲は自分の想像以上に深いのかもしれないと志騎は思う。そうでなければ刑部姫の事をこんな風には話せないだろうし、何よりも安芸自身が昔からと言っている。彼女の言う昔からがどれくらい前からは分からないが、もしかしたら最低でも一年以上の付き合いなのかもしれない。

「それより、どう? あなたから見て乃木さん達は」

「どうしてそんな事を?」

「他意はないわ。ただあなたが乃木さん達の事をどう見ているか気になっただけ。もちろんあなたがどう思っていようと、彼女達に言うつもりはまったくないわ」

「ふむ……そうですね……」

 と、志騎は少し顎に手を添えて考えると、

「乃木が隊長なのは適任だと思います。あいつは普段はのほほんとしてますが、いざという時の判断力と発想力には目を見張るものがあります。実際に、バーテックスとの初めての戦闘でもあいつの発想力に助けられましたから」

「そう。鷲尾さんは?」

「鷲尾は……お役目に対しての責任感は強いですし信頼できますけど、頭が固すぎて柔軟性に欠けるのが玉に傷ですね。そのせいで大事な局面で判断が遅れてしまう所があります。あいつ自身はまだ自覚してないでしょうけど」

「じゃあ、三ノ輪さんは?」

「あいつは逆にまっすぐ突っ込みすぎです。まぁ、それは周りがフォローしてやれば良いとは思いますけど。……色々言いましたけど、銀も含めて良い奴らだと思います」

「そう。これからも上手くやっていけそう?」

「……正直まだペースは掴みきれてないですけど、努力はしていくつもりです」

 何せ銀以外の二人とは友達になってからまだ半月程度しか経っていないのだ。少々頼りない返事だと思われるだろうが、今の自分ではそう言うのが精一杯である。

 志騎の正直な言葉に安芸は思わずといった調子でくすくすと笑いながら、

「期待しているわ。これからの戦いでは、仲間との連携が大切になるから。彼女達との距離感で戸惑う事もあるかもしれないけど、焦らないでゆっくりと絆を育てていけばいい。私達も、できるだけのサポートをしていくから」

「……はい」

 安芸の励ましの言葉に、志騎はそう頷きながら彼女と一緒に職員室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 職員室で安芸の手伝いを終えた後、志騎は教室で待っていた銀達と合流すると四人一緒に帰宅の道を歩いていた。志騎の前では三人が今度行う合宿についてそれぞれ話し合っている。

 安芸から合宿は海の近くで行うと聞かされた銀は、そこで宿泊する事になる宿の食事に目を輝かせ、須美はそんな銀をたしなめ、園子は合宿の合間に海で遊べるかと想像を膨らませている。

 一方、三人をよそに志騎は地面に視線を落としながら歩いていた。

(安芸先生はああ言ってくれたけど……、俺はこの先、本当にこいつらとちゃんと息を合わせて戦っていけるのか?)

 何せ、銀はともかくとして須美や園子とはろくに話した事がない。おまけに自分は人との接し方に自信がある方ではない。彼女達の手助けをしていきたいとは思うが、銀以外の二人とはきちんと友人関係を結べているとはあまり言えない。良くて知り合い以上友人未満といった所だ。

 こんな調子で、本当にこの先彼女達と協力し合いながらバーテックスと戦っていけるのだろうか。

 志騎がそんな事を考えていたその時だった。

「あまみん? 聞こえてる?」

「えっ?」

 突然変わったあだ名で自分を呼ぶ声に志騎が顔を上げると、目の前で園子が首をかしげながら自分を見つめていた。彼女の後ろでは、銀と須美が園子と同じような表情で自分を見ている。

「三人共、どうした?」

「それはこっちの台詞だよ~。あまみんさっきからぼーっとしてたし、私達との会話にも入ってこないし」

「会話?」

「ありゃりゃ、本当に聞いてなかったんだな……。合宿でどんな事するんだろうなって話だよ。それでお前に聞こうとしたら、何も言わないんだからちょっと心配したんだぞ? もしかして、具合でも悪いのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 どうやら自分の考えに没頭するあまり、半ば上の空のような状態になっていたらしい。志騎がそう答えると、須美が恐る恐るといった調子で言った。

「あの……天海君、もしかして刑部姫が言ってた事気にしてるの?」

「……? 何の事だ?」

「ほら、その……役立たずって、言われた事」

「ああ……」

 それはきっと教室で今回の戦闘の反省を行っていた時に、刑部姫が言っていた事だろう。

 正直その事に対してはあまり気にしていない。刑部姫の毒舌は今に始まった事ではないし、何よりもあの天秤の形をしたバーテックスとの戦闘では実際自分は役立たずに等しかった。だから、刑部姫からあんな事を言われても仕方ないと志騎は思っていた。

 だが、三人はそれが志騎が上の空の状態になっている原因だと思ったらしい。銀は怒ったような表情を浮かべながら、

「志騎、あんな奴の言う事なんて気にすんなよ! 志騎が一生懸命頑張ってた事はあたし達がよく知ってんだからさ」

「そうよ、天海君。確かに今回バーテックスにうまく対応できなかったかもしれないけど、それは私も一緒。次からはきちんと連携を深めて、この前のような失敗を繰り返さないようにすれば良いだけよ」

「うんうん。わっしーの言う通りだよ~。私も今回はあまり活躍できなくて、ミノさんに頼りきりになっちゃったし」

「いや、あたしもあれはイチかバチかみたいな感じだったし、下手したらきっと刑部姫や須美みたいに吹っ飛ばされてたって」

 そんな風に互いや志騎をフォローするかのように言う三人に、志騎は驚いているのか軽く目を見開いている。そして銀は「だからさ」と言い、

「お前もあまり落ち込むなって。一人が迷惑をかけちゃっても、他の誰かがフォローする。それが友達ってもんだろ? ……って、ちょっとクサかったかな?」

「いいえ。三ノ輪さんの言う通りだと思うわ」

「うんうん! 一人はみんなのために、みんなは一人のためにだよ~」

 そして、志騎を励ますかのように言う三人を見て、志騎は三人が何故神樹に選ばれたのか何となく分かったような気がした。

 三人の性格はバラバラだが、ある一点共通している所がある。それは、友達のために一生懸命行動する事ができる事だ。

 現に今、志騎が刑部姫の言葉のせいで落ち込んでいる(と当人達は思っている)と知ると、志騎を元気づけようと温かい言葉をかけてくれた。とは言ってもそれは志騎に対してだけではなく、彼以外の三人の内の誰かが落ち込んでいたとしても彼女達はきっと同じように励ましていただろう。しかしそれは誰に言われたわけでもなく、彼女達がこうしたいと心の底から思って行った行動だ。そしてそう思う事の出来る心を持つ彼女達だからこそ、神樹に選ばれたのだろう。

 だが、だからこそ分からない。

 何故自分が、彼女達と同じ勇者に選ばれたのか。

 それだけが、本当に分からなかった。

(……ま、今はそんな事を考えても仕方ないか)

 自分が何故勇者に選ばれたのかは分からない。しかし今やるべき事は、その理由を知る事よりも勇者として彼女達と一緒にバーテックスと戦い撃退する事だ。そのためには、合宿を通して自分の勇者システムの使い方を改めて学ぶ必要がある。

 志騎は改めて三人に向かい合うと、彼女達に言った。

「三人共、ありがとな。少し元気が出た」

 正直気分が落ち込んでいたわけではない。だが彼女達の言葉のおかげで、少し気分が楽になったような気がするのも確かだ。もしかしたら自分では自覚していなくても、刑部姫に役立たずと言われた事を気にしていたのかもしれない。

 志騎が礼を言うと、三人はにっこりと笑った。そして銀は何故かぐっ! と両手を握りしめると、

「よーし! 今度の合宿で強くなって、刑部姫をぎゃふんと言わせてやろうぜ!」

「あいつ、ぎゃふんと言うタイプには見えないけどな……」

「それはほら、例えというものよ天海君」

 そんな事を言いあいながら四人が再び歩き出すと、銀が何かを思い出したように口を開いた。

「そう言えばさ、刑部姫の奴言ってたよな? 志騎がちゃんと勇者システムの力を把握できてれば、もっと楽にバーテックスを撃退できたはずだって」

「なんだ? 苦情か?」

「いや、違うって。確かその後にこうも言ってたよな? 志騎の勇者システムには、それだけの力があるって。あの言い方からすると、なんか志騎の勇者システムはあたし達のとは違うって感じがするんだよな……」

 すると銀に同意するかのように、園子も口を開く。

「そう言えばそうだね~。確かに、最初のバーテックスとの戦いでもあまみんだけ服が変わってたし。あまみんは、ひめちゃんと安芸先生から何か聞いてるの?」

「一応な」

 聞いてきた園子にそう返しながら、志騎は前に安芸先生から聞いた話を頭の中から引き出す。

「確か、俺の勇者システムは俺専用に調整されたかなり特殊なものらしい。服と能力が変わるのも、それが理由だって聞いた。あまり詳しい事はまだ聞いてないけどな」

「っていう事は、今度の合宿でそれを説明するのかしら?」

「たぶんそうだと思う」

 言いながら、志騎はポケットからスマートフォンを取り出してじっと見つめる。自分専用に調整されたという勇者システム。その力を理解し、うまく使う事ができれば次回からの戦闘ではもっと上手く立ち回る事ができるかもしれない。志騎はスマートフォンを握る手にわずかに力を込めると、再びスマートフォンをポケットに戻すのだった。

 

 

 

 そして、ついに迎えた合宿初日。

「むー……」

「すぴー、すぴー」

 市内のバス停に止められた、神樹館貸し切りのバスの最後部の席で、須美は少し怒ったような表情を浮かべていた。彼女の肩には、鼻ちょうちんを膨らませながらすやすやと眠る園子がもたれかかっている。

「遅い!」

 怒ったように須美が言う理由はバスの中を見れば明白だった。現在、運転手を除けばバスの中にいるのは須美と園子の二人だけ。一般の乗車客がいないのは、バスが神樹館の貸し切りである事を考えれば当然の事である。

 そして、四人であるはずの勇者が二人しかいないという事を考えれば、須美が怒っている理由も容易に想像がつく。

「三ノ輪さん、遅い! しかも天海君まで!」

 そう、残り二人の勇者である三ノ輪銀と天海志騎がまだバスに来ていないのだ。銀は日常生活でも学校に遅刻してくる事がたまにあるので、まぁまだ分かる。しかし志騎まで遅れてくるというのは少し不可解だった。彼は普段の神樹館の学校生活の中でも遅刻を滅多にした事がない。そんな彼がよりにもよって合宿初日に遅れてくるというのは、少し奇妙な事ですらある。

 だが、遅刻は遅刻である。バーテックスを撃退するという役目を担った勇者が、初日からこんな調子で果たして良いのだろうか? いや、良いはずがない。これは二人が来たら、ビシッと言う必要があるかもしれない。

 須美が心の中でそんな事を思っていると、バスの外から騒がしい声が聞こえてきた。

「ほら、急げ銀!」

「わ、分かってるって!」 

 そしてぷしゅーという音と共にバスのドアが開き、リュックサックを背負った志騎とバッグを肩から下げた銀が現れた。

「すまん、遅れた!」

「悪い悪い! 遅くなっちゃって!」

 二人が先に待っていた須美に申し訳なさそうに謝ると、須美は目を吊り上げながら早速遅刻の理由を問い詰める。

「遅い! あれだけ張り切ってたのに、二人共十分遅刻よ! どういう事かしら!」

「色々あって……。いや、悪いのは自分だけど……。とにかく、ごめんよ、須美。あ、志騎は叱らないでやってよ。こいつはあたしに付き合ってくれただけだからさ、何も悪くないんだ」

「別に何も悪くないって事はないだろ。遅れるのを承知して手を貸した事は事実だしな」

「いや、でもさ……」

 と、二人がそんなやり取りをしているのを聞きながら、須美は一度ため息をつくと再び二人に険しい視線を向ける。

「この際注意させてもらうけど、三ノ輪さんは普段の生活が少しだらしないと思うわ! 天海君も三ノ輪さんを甘やかしすぎ! 二人共勇者に選ばれた自覚を」

 パチン。

 須美の説教を遮るかのように、突然そんな音が鳴り響いた。その音に思わず須美がきょとんとした言葉を止めると、今まで須美の肩にもたれかかっていた園子がとろんと眠たそうな目をしながらゆっくりと起き上がった。

「あれ……? お母さん、ここどこ……?」 

 おまけに、寝ぼけているのか須美を母親と勘違いしている。どうやら先ほどの音は、彼女の鼻ちょうちんが割れてしまった音らしい。それで目を覚ましたという所だろう。

(……やっぱり、私がしっかりしないと。この美しい国を守るために!)

 園子のペースに乱されながらも、須美は心の中でそう固く誓う。

 そしてついに四人を乗せたバスは、合宿が行われる場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 四人がバスに乗ってから一時間半後、バスが向かったのは『讃州サンビーチ』という海水浴場のすぐ近くの旅館だった。安芸先生の話によるとここは大赦が管理している旅館らしく、合宿の間は四人の貸し切り状態となっているらしい。志騎はそれを聞いて、改めて大赦の持つ権力に舌を巻いた。

 バスを降りた四人は旅館で荷物を降ろしてから、海水浴場へと向かう。そこで勇者の姿に変身した四人を待っていたのは、学校にいる時のようなスーツではなくトレーニングウェアにスポーツキャップとスポーティな格好をした安芸だった。

「お役目が本格的に始まった事により、大赦は全面的にあなた達勇者をバックアップします。家族の事や学校の事は心配せず、頑張って!」

「「「「はい!」」」」

 安芸の言葉に、四人が元気よく返事をする。

「じゃあ、これから訓練を始め……って言いたい所だけど、天海君。ここまで来てもらって悪いけれど、あなたは鷲尾さん達とは別行動になるわ」

「えっ? 俺だけ、ですか?」

 安芸の口から放たれた予想外の言葉に、志騎は思わず目を見開いて聞き返す。安芸はこくりと頷きながら、

「ええ、これからしばらく鷲尾さん達が連携面の訓練をしている間、あなたは刑部姫と一緒にあなたの勇者システムについて学習する必要がある。鷲尾さん達との訓練は、その後になるわね」

「でも先生。それだと、四人での訓練の時に連携がうまく取れないのでは……」

 鷲尾が律義に手を上げてそう尋ねる。確かに須美達はこれから三人での訓練を行うので三人の間の連携は深まっていくだろうが、それだと志騎を加えた際の連携での訓練で何らかの不具合が生じる可能性がある。それならば、日中はこうして三人と一緒に訓練をし、勇者システムについての学習は他の時間で行った方が良いかもしれない。しかし安芸は須美の言葉に首を振ると、

「確かに鷲尾さんの言う事は正しいけれど、天海君の場合はまず勇者システムについての理解が何よりも大事なの。彼の勇者システムはあなた達のものとは違って、複雑なシステムが組み込まれているから。それに彼の勇者システムを理解する事は、四人での連携を深めるためにも大切な事よ。そのためにも、まずは連携面の訓練よりも先に勇者システムについての勉強をする必要がある」

「ふへ~、ここまで来て勉強なんて、大変だな志騎」

「……言っておくけど、連携の訓練の合間にも座学はきちんと行うわよ、三ノ輪さん」

「え、マジっすか!?」

 銀のその言葉に安芸は頷き、銀はがくりと肩を落とした。彼女としては頭を使うよりも体を動かす方が好きなので、確かに合宿に来てまで座学をするなど嫌だろう。さすがに彼女も合宿に来て勉強をするなど思っていなかったに違いないので、ショックは大きいに違いない。

「じゃあ、これから俺はどうすれば……」

「ひとまず旅館の和室に向かってちょうだい。そこに刑部姫がいるから、あとは彼女の指示に従って」

「了解しました。……じゃあ三人共、頑張れよ」

 志騎が三人に声をかけると、三人からはそれぞれ励ましの言葉が返ってくる。

「うん! あまみん、またあとでね~」

「おう! お前も頑張れよ!」

「勉強大変だと思うけれど、しっかりね。私達も頑張るから」

 志騎は三人の励ましにこくりと頷くと、変身を解除して旅館へと向かった。

 旅館に戻った志騎は旅館の人に和室の場所を聞き、さっそく教えられた場所へと向かうとふすまを開けて中へと入る。

 部屋の中はさすが旅館と言うべきか、綺麗に整理整頓された状態になっている。部屋の真ん中には四角いテーブルが置かれており、テーブルの片側には四つの座椅子、真正面には座椅子が一つと、計五つの座椅子が置かれていた。そして四つの座椅子の真正面の座椅子では、刑部姫が座椅子に座りながらタブレットの画面を見ていた。彼女は志騎が入ってきた事に気付くと、彼に視線を向ける。

「おっ、来たか志騎」

「……最初からここで勉強するなら、最初に説明してた方が良かったんじゃないのか?」

「そう言うな。私も色々と準備があったのでな。まぁとりあえず座れ」

 志騎が言われた通り刑部姫の正面の座椅子の一つに座ると、刑部姫は来ている着物からA4サイズの紙の束を取り出した。どう考えてもしまうスペースがない着物から書類を取り出した刑部姫に怪訝な視線を向けながら、志騎が尋ねる。

「お前のその着物、どうなってんだ? 四次元ポケット?」

「似たようなものだ」

 冗談で言ったつもりが、真顔で返されてしまった。だが考えてみれば彼女は精霊という、神樹と同じ人の想像を超えた存在だ。だとすると、彼女の言葉もあながち嘘ではないのかもしれない。

「そんな事よりも、ほれ」

 刑部姫は着物から取り出した書類をテーブルの上に置くと、すっと志騎の方に差し出した。受け取れという事だろう。志騎が書類を手に取って表紙を見ると、そこに書かれている文字を読み上げる。

「『Zodiac System』……?」

「そう。それがお前の勇者システムに組み込まれているシステムだ」

 刑部姫はそう言いながら、黒い羽を動かしてふよふよと宙に浮かんだ。

「俺の勇者システムって……銀達の勇者システムには組み込まれてないのか?」

「当然だ。それはお前専用に調整されたものだからな。……ちょうど良い。一から説明するとしよう。志騎、お前の勇者システムが鷲尾須美達のものとは違う事は気付いてるか?」

「……まぁ、それは薄々。銀達の変身方法とか全然違ってたし」

 この前のバーテックスとの戦闘で判明した事だが、銀達は志騎のように変身の時にベルトなどは用いてなかった。ただアプリを押すだけで変身をしていたのだ。この時点で、志騎は自分の勇者システムは銀達のものとは少し違うという事に気付いた。

 なお、その後にそんな銀達の前で初めて変身を披露したのだが、正直少し恥ずかしかった。何せ変身ポーズをきっちりと取った上に、掛け声までして変身したのだ。初めての変身の時は良かったが、さすがに複数人の前での変身となると少し勝手が違う。

 ちなみに志騎が変身した時に、銀と園子は『特撮ヒーローみたい』と目を輝かせており、意外と好印象だった。だが須美だけは少し憤慨したような表情を浮かべていたので、志騎はてっきりふざけていると思われたのかと思ったが、そんな彼女が発した言葉に志騎だけでなく銀や園子すらも目を丸くした。

『横文字をそんなに使うなんて……! 天海君! あなたに日本男児としての誇りはないの!?』

 あまりに予想斜め上をいった彼女の言葉に、志騎と銀は思わず口を揃えて『え、そっち!?』とツッコんでしまった。そして、その際に変身の際に変身ポーズと掛け声は必要ない事を黙っていた刑部姫の両頬を思いっきり引っ張ってやったのはまた別の話である。

「気付いての通り、お前の勇者システムは三ノ輪銀達のものとは違う。理由としてはお前専用に調整されたものという事もあるが、一番の理由がそのゾディアックシステムだ」

「ゾディアックシステム……。それが、初めての戦いの時に俺が使ったあの力か? 確か、姿が変わってたよな」

「そうだ。お前の勇者システムを作ったのは大赦のある科学者なんだが、その科学者は来るバーテックスとの戦闘のためにあるシステムを作り上げた。ありとあらゆる戦況や敵に対応する事の出来る戦闘システム、それがゾディアックシステムだ。だがゾディアックシステムを組み込んだ勇者システムを万全に使うためには、ツールがスマートフォンだけではパワー不足でな。それを補うために作られたのが、お前が変身する時に使うベルト、『ブレイブドライバー』だ」

「あ、あれってちゃんと名前があったんだな」

 しかも名称を聞くと、銀や園子の言うようにまるで特撮ヒーロー番組に出てくるツールのような名前である。もしや、その科学者は特撮ヒーロー番組を見て志騎のツールを作ったんだろうか。

「普通の勇者システムは使用者が戦う意志を示してアプリを使用する事で、神樹との霊的回路を形成、神樹の力を受けて勇者に変身する。だがお前の勇者システムの場合はゾディアックシステムを組み込んだ事で、中身は従来の勇者システムとはまったくの別物になっていてな。霊的回路を形成し、安全に勇者に変身するためにスマートフォンとは別のツールが必要だったんだ」

「ふーん……あれって、結構大事なものだったんだな」

「無論だ。神樹の力を安定して出力できているのは、ブレイブドライバーがあるからだ。あれが無かったらパワー不足か、エネルギーの過剰出力が起こっているだろうよ」

 そこまで聞いたところで、志騎はある疑問を抱き挙手をして質問する。

「一つ良いか? 俺が勇者に変身できる事は大赦でも半信半疑だったんだよな? それなのに、よく俺専用の勇者システムを作る事ができたな?」

 無論世界の命運がかかっているという理由もあるかもしれないが、それを抜きにしても本当に勇者に変身できるか分からない少年のために専用の勇者システムを作成、しかも来る戦闘のために調整し続けていたというのは、自分の考えすぎかもしれないが少し都合が良すぎるような気がする。

「ゾディアックシステムが組み込まれた勇者システムは元々構造上の複雑さなどの問題からまだ調整段階にあったシステムでな。三ノ輪銀達の勇者システムに組み込んでも問題ないか大赦の中でも議論されていたんだが、そこにお前という例外が現れたんだ。そこでまだ調整段階だったゾディアックシステムをお前専用に調整し直し、お前に与えたというわけだ。ゾディアックシステムが実戦でも活用できるかデータ収集にもなるし、何よりも元々あったシステムを利用した方が、一からお前専用の勇者システムを作るよりも作成時間が短くて済む。一石二鳥だろう?」

「俺は実験体かよ……」

「悪く言えばそうだな」

 やや不満げに言う志騎に、刑部姫はあっさりと言う。大赦から実験体のように扱われるのは癪だが、これは後々銀達のためにもなると考えてどうにかその苛立ちを抑え込む。

「さて、ゾディアックシステムの最大の特徴はさっき話した通りどんな戦況や敵にも対応する事のできる引き出しの多さだ。最初にお前達が戦ったバーテックスとの戦いの時にお前の姿が変わったように、ゾディアックシステムにはゾディアックフォームという、全部で十二の形態変化が存在する」

「十二!? 多いな……」

 刑部姫の口から放たれた言葉に、志騎は驚きながら書類のページをぱらぱらとめくる。すると確かに、書類には約十二もの数のゾディアックフォームの特徴などが詳細に書かれていた。

「ああ、多い。だが逆に言えば、それだけ様々な戦況に対応する事ができるという事だ。例えばお前がこの前変身したキャンサー・ゾディアックは防御に特化したフォームだ。お前の勇者の服は通常よりも遥かに頑丈となり、さらに空中に浮かぶ反射板でありとあらゆる攻撃を防ぐ事が可能となる。またそれ以外だと、腕力と防御力が増し、近接戦では敵なしの強さを誇るタウラス・ゾディアックという形態も存在する」

 志騎がページをめくっていくと、確かにそのような姿の詳細が書かれていた。その詳細を読もうとすると、刑部姫がぴんと指を一本立てた。

「だが気を付けなくてはならないのは、ゾディアックフォームにはそれぞれ長所があると同時に短所も存在するという事だ。例えばキャンサー・ゾディアックは防御には長けてはいるがその反面攻撃手段に乏しく、必然的に自分から攻撃するのが不得意となる。タウラス・ゾディアックは近接戦では強力だが、一方で遠距離からの攻撃には弱く、おまけに速度も通常の姿と比べると遅いから素早い相手には後れを取りがちになる。だから、それら十二のフォームの長所・短所を完璧に理解・把握し、実際の戦いではそれらを効率的に運用する事が、使用者には求められる」

「ふーん。なるほど、結構使い手を選びそうなシステムだな」

 書類をぱらぱらと読みながら志騎が言った。まっすぐ突っ込んでいきがちな銀や、頭が固すぎて柔軟性にやや欠ける須美ではこのシステムを万全に使いこなすのは少し難しいだろう。どちらかというと、園子のように判断力と発想力に長けた人間の方が、このシステムを使いこなせる可能性が高い。

「まぁ、大概初見のバーテックスなどの特徴などは分からんから、最初はブレイブフォームで様子を見るのが無難だな」

「ブレイブフォーム……? ああ、俺が最初に変身したあの姿か」

「そうだ。ブレイブフォーム最大の特徴はその汎用性だ。ゾディアックフォームとは違って際立った特徴は無いが、攻撃・防御・速度のあらゆる面でバランスが良い。おまけにブレイブブレードは剣にも銃にもなるから遠近共に対応が可能という利点がある」

「うん、このシステム作ったやつ絶対に特撮番組見たよな?」

「だが今言ったように際立った特徴がないから、決め手に欠けるという欠点がある。だからまずはブレイブフォームで相手のバーテックスの特徴と弱点を把握し、最後にゾディアックフォームでとどめを刺すというのが基本的な戦略となるな」

 志騎のツッコミを無視して、刑部姫はそう締めくくった。この野郎……と志騎が刑部姫をジト目で見るが、その視線すらも刑部姫は無視する。志騎はため息をつくと、刑部姫に別の質問を投げかける。

「でも、連携の方はどうなるんだ? いくらゾディアックフォームが強力でも、あいつらと連携がうまく取れなかったら意味ないだろ」

「さっきも言っただろ? ゾディアックフォームはあらゆる敵・戦況を想定して作られている。それはつまり、仲間との連携をする事も想定されているという事だ。あいつらとも連携するためのフォームはちゃんとある」

 なるほど、と志騎は刑部姫の言葉に頷いた。だから浜辺で安芸は、勇者システムを理解する事は四人の連携を深めるのにも大切な事だと言ったのだ。ゾディアックフォームの特性を理解する事が、後々四人での戦いの際に必要となる事が分かっていたから。

「さて、話が長くなったが早速学習を始める。今日お前がする事は一つだけだ。十二のゾディアックフォームの長所・短所全て今日中に頭に叩き込め」

「え、ちょっと待て! 今日中!?」

 突然の刑部姫の言葉に、志騎は思わず目を剥いて立ち上がった。

「ああ、今日中だ。お前はまず理論を学び、それから実戦に活かすタイプだ。だから今日中にゾディアックフォームの特徴を頭に入れろ。実際にゾディアックフォームを使用しての個人訓練は明日からだ」

「……もしも、今日中にできなかったら?」

「それはない。お前はそこまで馬鹿じゃない」

「なんで、そんな事が分かるんだよ」

 刑部姫と知り合ってまだそんなに長い時間は経っていない。共に過ごした時間の長さならば、自分よりも安芸の方が長いだろう。それなのに、どうして刑部姫はこんなに確信をもって言えるのだろうか。

 すると、刑部姫はまっすぐ志騎の目を見つめて言った。

「そんなの決まっている。……お前の事を、信じているからだ。お前ならできるとな」

「………っ」

 刑部姫の目に、冗談の色はまったく見られない。ただそこには、志騎の事を信頼しているという感情だけがあった。真摯にすら見えるその様子は、いつも志騎や安芸以外の人間を馬鹿にするような態度を取る刑部姫にしては珍しいとすら言える。

 その信頼がこもった目で見つめられ、志騎は思わず言葉に詰まった。恐らく今の刑部姫以外に、ここまで自分を信頼している目で見つめてくる人間は、銀が安芸ぐらいだろう。

 志騎は刑部姫の視線から顔を逸らすと、ポリポリと頬を掻いた。

「……分かったよ。覚えれば良いんだろ、覚えれば」

 その言葉を聞き、刑部姫はにっといつも浮かべている悪戯っ子のような満面の笑みを浮かべると、非常に嬉しそうな声音で言う。

「よーし! では早速勉強を始めよう! しっかり覚えろよ? この後ちゃんと理解できてるかテストを行うからなー」

「はぁ……はいはい。了解しましたよ、と」

 志騎はため息をつきながら、書類の束をめくる。

 正直、刑部姫に振り回されるのは疲れる。 

 だけど。

 何故か、それが少し楽しいと、志騎は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……レオ・ゾディアックの特徴が手足に炎をまとった体術……。ジェミニ・ゾディアックの特徴は……。もうこれ考えた奴絶対馬鹿だろ……」

 旅館の通路を歩きながら、書類を読んでいた志騎は顔をしかめて呟いた。

 刑部姫の言った通り、あれから志騎はゾディアックフォームの特徴を頭に叩き込まれた。各ゾディアックフォームの戦い方、長所と短所、さらにはある特徴を持った敵に決定打を与えるためには、どのゾディアックフォームに変身する必要があるか……。

 丸々一日の時間を使ってそういった事を学習し、さすがの志騎もくたくたになっていた。今はようやく刑部姫との勉強から解放され、こうして自分にあてがわれた部屋に帰っている最中である。

「てか、刑部姫のテストも何気にえげつないんだよなー……。前から思ってたけど、絶対にあいつ安芸先生以外話す奴いないだろ……」

 刑部姫が聞いたらさすがに怒りそうな発言だが、この場に彼女の姿はない。なんでも明日の志騎の特訓のメニューを改めて見直すらしく、志騎を先に帰して彼女自身はさっきまでいた和室に残っているのだ。

(それにしても……)

 改めて、書類を一通りぺらぺらとめくる。

 志騎自身まだ十二歳だが、それでも一つ分かる事がある。このシステムを考えた人間は、相当な頭脳の持ち主だという事だ。

 各ゾディアックフォームの特徴から見ても、本当に神樹の力を利用して作られたとは思えない。それほどまでに、ゾディアックフォームのそれぞれが持つ特徴は須美達が使う勇者システムとはかけ離れているように志騎には感じられたのだ。

(確か刑部姫が言うには、俺の勇者システムにはゾディアックシステムに加えてその科学者独自の技術が使われているから、名前は銀達と同じ勇者システムだけど、中身はまったくの別物になってるって言ってたよな……。一体、その科学者っていうのは何者なんだ?)

 と、志騎が思考にふけっていると。

「おーい、志騎。お前も今終わったのか?」

「ん、銀か。ああ、そうだ……って、お前ら疲れ切ってんな……」

 振り返った志騎の視線の先には、訓練で疲れ切った三人の姿があった。銀はやれやれと言うようにため息をつきながら、

「いや~、さすがのあたしも少しくたびれたぜ……」

「何やったんだ?」

「飛んでくるボールから三ノ輪さんを護りながら、バスに到着するって訓練だったんだけど……中々上手くいかなくて……。天海君は?」

「俺は今日一日座学」

「うわ、マジか……。大変だったんじゃないか?」

「ああ、大変だった。特に刑部姫のテストはきつかったな」

「……どんな感じなの?」

「あいつが神樹館のテストを作ったら満点取る奴はたぶん園子ぐらいしかいなくなる。銀、お前は確実に赤点行きになる」

「うん、それだけであいつの作ったテストがどんなもんか分かったわ」

「理解してくれてありがとよ」

 どうやら志騎の一言でそのテストがどれだけのものか察してくれたらしく、銀から半ば同情のこもった視線と言葉をもらった。三人がそんな会話を交わしていると、園子が何故か目を嬉しそうに輝かせながら志騎に話しかけてきた。

「ねぇねぇあまみん! 今日訓練の途中ですごいの見つけたんだ~!」

「すごいの? 何だよ、それ」

 志騎が尋ねると、園子はむっふっふーともったいぶるような笑い方をしてから告げた。

「新種の鳥さん!」

「鳥?」

「うん! ちょっと半透明で、すごく綺麗だったんだ~。きっとあれは、まだ見つかってない香川県特有の新種だよ! 訓練が終わったら、四人で探しに行こうよ~」

「……そんなのいたか?」

 志騎が銀と須美に視線を向けると、二人はどこか困ったような表情を浮かべながら、

「いや、あたし達の方は訓練に集中するだけで精いっぱいだったからな……。正直、全然気づかなかった」

「半透明な鳥っていうのも少し信じられないし……。ねぇ乃木さん、本当に半透明だったの?」

「うん!」

 須美の質問に園子はこくりと元気よく頷いた。彼女の様子からすると、とても嘘を言っているようには思えない。しかし、半透明の鳥などというものがこの世にいるのだろうか?

「まぁ、鳥の件はまた今度にするとして、お前らはとりあえず温泉に行って来いよ。ここの温泉、広くて中々良いらしいぞ」

「マジか! 一番風呂いっただきー!」

「あ、こら三ノ輪さん! 走らないの!」

 志騎の言葉を聞いて早速銀は彼女達の部屋へと駆け出し、須美はそんな銀の跡を追って行った。

「行かないのか?」

「もちろん行くよ~。でも、実は鳥さんの事でちょっと気になった事があるんだ」

「気になった事?」

 うん、と園子は頷いて、

「私が見た鳥さん、じっと私達を見てたんだよ。まるで、観察してるみたいに」

「観察?」

「うん。見てたって言っても、地面でじっと見てたってわけじゃなくて、空を飛び回りながら私達を見てたって感じなんだけどね。最初は気のせいかな~って思ったんだけど、訓練の合間に見てみたら目線が私達の方を向いてたような感じがしたんよ~」

「………」

 園子の言葉に、志騎は顎に手を付けてその鳥について考える。

 園子は一見ぽんやりしているように見えるが、四人のリーダーを任されているだけあってその観察力は折り紙付きだ。その彼女がここまで言うからには、その鳥が本当に自然のものか疑わしくなってくる。だが、自然のものでないとしたらその鳥は一体何だというのだろうか。

「そんなに深く考えなくて良いよ~。私の勘違いかもしれないし~」

「気にするな。俺の性分みたいなもんだ。そんな事より、早く行けよ。銀達に置いて行かれるぞ」

「あっ! そうだね。じゃああまみん、またね~」

 笑顔で手を振りながら、園子は銀達の後を追って行った。志騎は園子に手を振り返しながら、自分が握っている書類に視線を落とす。

「ゾディアックシステムに、謎の鳥……。やれやれ、合宿だって言うのに、考える事が多すぎるな……」

 くしゃくしゃと髪の毛を掻きながら、とりあえず温泉に入ってさっぱりしようと思った志騎は、着替えを取るために自分の部屋へと向かう。

 こうして、合宿一日目の夜は過ぎていくのだった。

 

 

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