天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「今回から志騎の中学校生活がついに始まる。しばらくは日常編となるが、それは大体二話ぐらいとなる予定だ」
刑「では志騎の編入初日となる第四十二話、楽しんでくれ」


第四十二話 青・春・開・始

 

「……よし」

 洗面所の鏡の前で身だしなみを整えた志騎は、自分の姿を改めて確認する。

 彼が身に纏っているのは、これから編入する学校……讃州中学勇者部の男子用の学ランだった。現在の時刻は七時半。讃州中学までは自転車で約十五分かかるので今から出ても充分間に合うが、今日は初めての登校日という事で志騎の担任の教師との打ち合わせがあるし、何よりも彼が一緒に登校する相手は色々なトラブルに遭遇してしまう人物だ。早めに出て損は無い。

 洗面所を出ると、タイミングよくリビングに備え付けられたテレビドアホンが鳴る。このマンションのエントランスにはオートロックがあり、ドアホンでその部屋の人間からの許可が無いとマンションに入れないようになっている。とは言っても、最近のほとんどのマンションでは当たり前の機能となっているが。

 ドアホンの前に駆け寄り通話のボタンを押すと、テレビ画面に機器越しにこちらを覗き込んでいる少女……銀の顔があった。彼女の顔を見ながら、志騎は驚き半分感心半分の声で言う。

「よぉ、きちんと起きれたようで何よりだ」

 幼馴染の声に、銀はぱっと笑顔になり、

『そりゃあ今日は登校一日目だし、遅刻するわけにはいかないだろ?』

「まだ学校に行ってないから油断は禁物だけどな。下で待っててくれ。すぐに行く」

『はーい!』

 銀からの元気な返事を聞きながら志騎は通話を切って自分の部屋へと向かい、鞄を持つと玄関へ向かい外に出て鍵をかけ、エレベーターへと向かった。

 エレベーターで下に降りて次に行くのは、マンションにある駐輪場だ。そこには引っ越し当日に刑部姫に買ってもらった電動クロスバイクが置かれている。わりと高額な事もあり志騎はもっと安いやつで良いと言ったのだが、これから先も使うんだし、編入の前祝いだと思えという刑部姫の言葉で購入する事になったのだ。相変わらずと言うべきか、他人に対しては基本的に無関心なくせに身内には甘い精霊だった。

 自転車のロックを外してマンションの正面の入り口に向かうと、そこには自転車を両手で支えながら待つ銀の姿があった。志騎と銀は普通に学校に徒歩で向かうと時間がかかる位置に自宅があるので、事前に学校に申請して自転車通学を許可してもらっていた。志騎の姿を見ると、銀が片手を上げて笑みを見せる。

「おはよう、志騎!」

「おう。おはよう」

 挨拶もそこそこにして、二人は早速自転車に乗って学校へと向かい始めた。早朝ではあるが部活の朝練のためか、讃州中学の生徒の数がちらほらと見える。

「ついに今日から学校かー。楽しみだなぁ!」

「あまりはしゃぎすぎて、授業中に寝るなよ?」

「わ、分かってるって! ってか、もしも寝たら須美に何されるか分からないし……」

 そう呟きながら、銀は顔を少し青ざめさせた。事前に志騎と銀と園子が編入するクラスが二人に通達されたのだが、銀と園子は友奈と東郷、夏凜と同じクラス、志騎は四人とは別のクラスになった。銀は神樹館四人組が一緒のクラスに慣れない事を寂しがっていたが、さすがにクラスの人数の都合もあるのでひとまとめにするわけにはいかなかったのだろう。

 それよりも重要なのは、銀と同じクラスに東郷美森がいるという事だ。あの東郷がいるクラスで居眠りしようものなら、あとでどのような折檻を食らうか分からない。普段は清楚で優しそうな彼女だが、いざという時は容赦のない一面を持っている事を二人は良く知っている。

「そうだな。もしもお前が寝てたら吊るして良いって東郷に頼んでおくか」

「志騎さぁん!? そこは幼馴染に対してもうちょっと手心を加えてもらいたいんだけど!?」

「いや、お前に手心を食わなきゃならない理由がよく分からないんだが」

「ちくしょう! そう言えばお前はそういう奴だった!」

 傍から見ると、他愛のないやり取り。実際に二人もそんな感じだろう。

 だが彼らにとっては、そんなやり取りが無性に楽しかった。

 もうこんなやり取りはできないと思っていた。

 互いに会う事は決して出来ないと思っていた。

 でも、今二人は確かにここにいて、こうして一緒に学校に登校する事が出来ている。

 それが二人には……心の底から嬉しかった。

 そんな、なんて事の無い会話を楽しみながら、二人は讃州中学へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 讃州中学二年生兼勇者部部員、結城友奈は思わずそんな声を上げた。

 親友である東郷美森と一緒に、ようやく見えてきた讃州中学の校門へと歩いていると、彼女達の目の前で一台の車が止まったからだ。突然止まった車が二人を含めた生徒達の視線を集めていると、車の後部座席の扉が開いて中から一人の少女がくるりと回りながら出てきた。

「じゃじゃじゃーん! 乃木さんちの園子だよー! 驚いた~?」

 少女……先代の勇者の一人にして乃木家の令嬢、乃木園子は朝からテンション高めにそんな事を言った。

「え、えっと、あの……?」

 園子の登場に目を丸くしながら、友奈が恐る恐ると言った感じで呟く。

 彼女のそのような反応も無理はない。友奈が以前園子と会った時、彼女は全身包帯だらけでまともに歩く事すらままならない姿だったのだ。そんな彼女がすっかり元気になって友奈達の前に現れたのだから、さすがの友奈も動揺を隠せない。

「……っ」

 一方友奈の横にいる東郷は、突然の登場に息を呑んで園子の姿を無言で見つめている。

「今日から同じクラスだよ~! よろしくね~!」

 園子の方は二人の様子に気づいているのかそうではないのか、ただひたすら明るい声を出して手をひらひらと振っている。

「へいへいわっしー! 園子だよ~!」

「そのっち……!」 

 ようやく事態が飲み込めたのか、東郷が親友の名前を呼ぶ。目の前で手を振る園子を見て、目の端から涙がじわりと滲んだ。

「驚いてる驚いてる~。サプライスは大成功~……」

「そのっち!」

 と、感極まった東郷が園子にがばっと抱き着いた。「ちょっと、わっしー……」と園子が言うが、東郷の方は園子を抱きしめる力を緩めない。今まで忘れてしまっていた親友の記憶を思い出し、ようやく会えたと思ったらまた自分と一緒に学校に通う事ができるというのだから、それも仕方ないだろうが。

 しかし感動の対面になっているのは園子と東郷だけで、周りの生徒達にとってはそうではない。実際周りの生徒達の視線は車から園子と彼女を抱きしめる東郷に変わっている。まぁ、友奈の方は二人の対面に嬉しそうな笑みを見せているのだが。

 そして二人に、彼女達の後ろからまたもや懐かしい声がかけられた。

「へいへいお二人さん、朝っぱらから少し情熱的すぎじゃないか?」

「え、この声……もしかして……」

「ミノさんだ~! あまみんもいる~!」

 東郷が振り向き、園子が瞳を輝かせて東郷に抱きしめられながら真正面を見るとそこには自転車にまたがって明るい笑みを浮かべながら手を振る銀の姿があった。さらにその後ろには志騎がハンドルに両腕をもたれかかせながら、二人を見ていた。

「実はアタシも須美と同じクラスなんだぜ? まぁ志騎は別のクラスになっちゃうけど、また四人一緒に学校に……」

「――――銀!」

「うわっ! す、須美のメガロポリスが押し付けられるー!?」

 東郷が銀に抱き着き、銀の言葉通り東郷の中学生離れした乳房が銀の体に思いっきり押し付けられた。なお、この際視線を向けていた男子高校生達の何人かが羨ましそうに見えるのは勘違いではないだろう。

「でも、あまみんも一緒じゃなかったのはちょっぴり残念だね~」

 と、園子が志騎に話しかける。銀と東郷の感動の再会を横目に見ていた志騎は肩をすくめて、

「それは仕方ないだろ。刑部姫に聞いたけど、東郷のクラスには三好夏凜って勇者が編入してるし、今回はお前に銀が入るだろ? 人数の都合もあるし、流石に一気に編入ってわけにはいかないだろ」

「それはそうなんだけどね~。でもやっぱり、寂しいかな~」

 少し残念そうな笑みを見せながら園子は言った。まぁ確かにこの四人は二年前一緒のクラスだったので、同じクラスになれないのは彼女にとっては寂しいかもしれない。

「ってか、東郷の奴俺達が編入するって知らなかったのか?」

「うん、サプライズにしようって思っててわっしーには伝えてなかったんだ~」

「そうだったのか。俺はてっきり、刑部姫らへんから連絡が伝わってるのかと……って伝わってるわけないか。あいつがそんな事するわけないし」

 頭の中で高笑いを浮かべる刑部姫の顔を思い浮かべながら、志騎がため息をつく。彼女が自分や志騎のために行動する事はあっても、他人のために行動する事は滅多にないのだから。

「あ、あの~」

 と、話をする志騎と園子、そして未だ銀に抱き着いている東郷にためらいがちに言ったのはそれまで傍観していた友奈だった。彼女は少し困ったような笑みを見せながら、

「みんな色々と話したい気持ちは分かるんだけど、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ?」

 友奈の言う通り、時刻はいつの間にか八時十分を示していた。いつまでも雑談をしていたら朝会に間に合わなくなってしまうし、何よりも志騎と銀、園子は打ち合わせがあるので教室に行く前に担任の教師に会いに職員室に行かなければならない。友奈の言う通り、そろそろそれぞれ行く場所に行かないとまずい。

「それもそうだな。じゃあアタシ達は職員室に行くよ。須美、友奈、またあとでね!」

 銀が自転車にまたがりながら二人に手を振り、友奈は元気よく振り返し、東郷も嬉しそうな笑みを静かに浮かべながら銀に手を振り返す。志騎と園子は顔を見合わせて笑うと、志騎は銀と一緒に駐輪場に自転車を置きに行き、園子は折角だからと自転車を置く志騎と銀を待ち、三人は一緒に職員室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「――――はい、こちらが今日から皆さんの新しいクラスメイトになる、天海志騎君です」

 二十代半ばの男性教諭が黒板に志騎の名前を書いて、志騎の紹介をする。黒板に書かれた自分の名前の前に志騎は立っているが、その表情は少しげんなりしているように見える。

(……まぁ、ここでも目立つとは思っていたけどさ)

 やっぱり慣れない、と心の中で思う。生徒達の興味がこめられた視線は志騎自身と、彼の水色がかった白髪に向けられていた。普通の人間ではありえないこの髪が注目を集めてしまうのはしょうがないが、それでも動物園の動物を見るようなこの視線はどうしても慣れる事が出来ない。

「じゃあ天海君、自己紹介を」

「……はい」

 男性教諭の言葉を受けて、志騎はため息をつきたい気持ちをどうにかこらえて返事をすると、これからクラスメイトになる生徒達の前に立って自己紹介をする。

「天海志騎です。家庭の事情でこちらの学校に編入してきました。よろしくお願いします。……あと、誤解されている方もいるかもしれませんが、自分のこの髪の毛は地毛です。染めているわけではありません」

『えっ!?』

 直後、クラスの生徒達から一斉に驚きの声が上がった。まぁこの髪の毛が地毛と言われれば、流石に驚くだろう。一方で、男性教諭の方は動じていないようだった。考えてみればこの教諭と初めて会った時から、彼は志騎の髪の毛の色を気にしていなかった。職員室の教諭達も、生徒ほど露骨ではないとはいえ志騎の髪の毛を隠れて見ていたというのに。それらの事から志騎は、この男性教諭に好印象を抱いた。

 それから男性教諭から今日の連絡事項などを伝えられた後、クラスのほとんどの生徒達が志騎に質問をしようと彼の席に近づいてきた。友奈達のクラスならまだしも、このクラスに編入生が来るなんて初めてなので彼らも興奮しているのだろう。

「天海君ってどこに暮らしてるの?」

「えっと、マンション。親は仕事の都合でほとんどいないから、実質一人暮らしかな。え、料理とかするのかって? まぁ、それなりには……」

「天海って何かスポーツとかすんの?」

「スポーツはあまりしないかな。たまにテレビで見るぐらい。え、趣味? 読書にボトルシップ作り」

「ボトルシップって、何かお洒落な感じがするね!」

「どんな本読むんだ?」

「えっと、ミステリー小説にホラー小説。え、意外? 結構面白いぞ。そういうお前は何読むんだ? へぇ、ファンタジー……」

 と、自分の髪の毛への視線は不快だったものの、こうして話してみると全員志騎に好意的だった。これも神世紀ならではのモラルの高さのおかげかもしれないが、何よりも生徒達の人柄が大きいかもしれない。しかしあまりの質問責めに、さすがの志騎も少し疲れてくるとクラスメイト達の中からこんな声が上がった。

「はいはい! 天海も戸惑ってるし、質問はここまで! あとは休み時間までのお楽しみ!」

 そう言ってクラスメイト達をまとめたのは、黄色い靴を履いた一人の少年だった。人懐っこい笑みを浮かべた少年は志騎に笑顔を向けると、

「大丈夫か? 悪いね、みんな初めての編入生だしテンション上がってるんだよ」

「いや、良いよ。それより、えっと、お前は……」

 志騎が首を傾げると、少年は右手を差し出しながら、

「俺はクラス委員の高橋在人(あると)。よろしくな、天海!」

「……よろしく」

 タイプとしては、銀みたいな奴だな……と心の中で思いながらも悪い奴じゃなさそうだとも思い、志騎は少年―――在人の右手を握って握手する。彼は右手を握りながら、左手で志騎の肩をポンポンと叩き、

「ま、何か困った事があったらいつでも言ってくれ。クラス委員の俺が、志騎の困りごとをシキっと解決してやるからな!」

 ――――何故かそれまで騒いでいた生徒達の喧騒が無言になった。心なしか、寒い風が教室を吹き抜けたような気すらする。その中で唯一志騎だけがきょとんとした表情を浮かべていたが、やがて得心したのか掌をぽんと叩き、

「……ああ、なんで突然志騎って言ったのか分からなかったけど、今のは俺の名前とシャキっとをかけたギャグだったのか」

「ギャグの説明をしないでぇえええええええええっ!!」

 悪意のない志騎の言葉に在人が叫ぶと、周りの生徒達が口々にこんな事を呟き始めた。

「また始まったよ、高橋のギャグ……」

「高橋君、良い人なんだけどね。あの笑えないギャグだけが欠点なんだよね……」

「ちょっと待って! 笑えないってみんな俺のギャグそんな風に捉えてたの!?」

 散々な評価に再び在人が叫ぶが、悪意があるわけではなくただ単にいじられているだけのようだ。どうやらこの高橋在人という人物はクラス委員という事もあって、クラスのムードメーカーであると同時に全員から慕われているようだ。

 そんな時、朝会の時間が終わった後だというのに教室の後ろの扉がガラッと開けられた。入ってきた生徒を見て、志騎は思わず目を丸くする。

 入ってきたのは一人の男子生徒だった。なのだが、頭には包帯を巻いており顔には絆創膏、髪の毛はボサボサに乱れており、何かトラブルが起こったのは明白だった。顔立ちは整っているのだが体格の方は細く、言い方を変えると貧弱とも言えた。すると少年が入ってきた事に気づいた在人が少年に駆け寄り、

良太(りょうた)! もう大丈夫なのか?」

「うん……。保健室の先生にも授業に戻って良いって言われたから……。あれ、その人は?」

 そこで良太と呼ばれた少年の視線が席に座っている志騎に向けられ、在人が志騎の紹介をする。

「ああ。今日クラスに編入してきた天海志騎だ。天海、こいつは佐藤良太」

「佐藤良太です。よろしくね」

「あ、どうも、よろしく……」

 先ほどの在人と同じように差し出された右手を、志騎は自分の右手で握り返す。こうして手を握っても弱々しい右手で、思いっきり握ったら折れてしまうんじゃないかと思えるほどだった。握手を解くと、志騎は良太の頭の包帯を見ながら尋ねる。

「頭、どうしたんだ?」

「大した事じゃないんだよ。今日自転車で登校したら、学校近くの電柱に正面衝突しちゃって……。それでついさっきまで保健室で治療してもらってたんだ」

「それは十分に大した事だ! 病院行けよ!」

 何をどう解釈すれば大した事じゃないと言えるのか逆に志騎は聞きたかった。一方、良太の方はあははと笑いながら、

「本当に大した事じゃないんだよ。この前は川に自転車ごと落ちたし、その前は坂道を下ってたらガードレールに衝突して勢いで空を飛んだし……」

「気が付いたら木の上に引っかかってたって事もあったもんな」

 その時の事を思い出しているのか、腕組みをして目を閉じながら在人が呟く。

「…………」

 あまりに衝撃的な話に、志騎は思わず口をぽかんと開けて黙り込んでいた。

 そして理解する。この生徒は、銀とはまた別のベクトルのトラブルメーカーだと。おまけに彼女を上回るほどの不幸体質の持ち主。まさか編入したクラスでこれほど個性的な生徒と立て続けに会うとは……。

 志騎が呆然としていると、授業開始のチャイムが鳴り生徒達がぞろぞろと席に戻る。在人も自分の席に向かいながら志騎に振り返って、

「じゃあ天海、本当に何か困った事があったら言えよ!」

「僕も、何かあったら力になるよ」

「お、おう。ありがとう」

 そう言いながら二人は席に戻り、次の授業の準備をする。戸惑う事は多かったけれども、この二人とは何となく仲良くなれそうだなと志騎は思った。

 

 

 

 

 

 

 そして中学に編入して一日目の授業は、これといったトラブルはなく終わった。二年間のブランクはあったものの事前に復習と予習をしていたため授業には問題なくついてこれたし、学校について何か分からない事があっても宣言通り在人と良太の二人が教えてくれた。まぁ、昼食の時間にまだ志騎に質問があった生徒達が押し掛けてきた事が、トラブルと言えばトラブルだったかもしれないが、それ以外は本当に何の問題も無い一日だった。忘れていた学校生活というものを、早々に志騎は思い出す事が出来た。

 全ての授業が終わり志騎が鞄に教材をまとめていると、一足早く帰りの準備を済ませていた在人と良太が近づいてきた。

「この後天海は部活に行くのか?」

「ああ。そう言えば、二人は何か部活とか入ってるのか?」

 分からない事があったら教えてはもらったものの、それ以外の事に関しては二人と話す事はほとんどなかった。編入一日目という事もあるが、クラスメイト達の志騎への質問が多くて二人と話をする暇がほとんどなかったからだ。

「俺はお笑い研究部! まぁ運動部と比べると部員は少ないけどな」

「僕は入ってないけど、いつも帰って家の手伝いをしてるんだ」

「手伝いって、お前の家何してるんだ?」

 すると、良太の代わりに在人が答えた。

「良太の家は喫茶店なんだよ。学校が終わると、いつも家に帰って手伝ってるんだ」

「そうなのか……。大変だな」

 まだ中学生の身で家業の手伝いを行い、加えて勉強もこなさなくてはならない事を考えると佐藤良太という少年は中々ハードな生活を送っていると言える。しかし良太の方はそんな事苦にもしてないように笑いながら、

「そんな事ないよ。手伝いは手伝いで楽しいし。そうだ、時間があったらお店においでよ。うちのコーヒーは美味しいし、お客さんが来たら姉さんも喜ぶから」

「あ、ああ。時間があったらな……」

 珍しく志騎の歯切れが悪いのは、コーヒーがあまり好きではないからだ。しかし目の前の少年にそんな事を言えるはずもなく、曖昧な笑みを浮かべてお茶を濁す事にする。

「じゃあ天海、また明日な!」

「またね」

 二人はそう言って志騎に手を振りながら、教室を出て行った。志騎も手を振り返すと、ふぅと一度息をついてから表情を引き締める。……在人と良太の前では平静を保っていたが、実は志騎は少し緊張していた。初めて部活に行くというのもあるが、彼の入部希望の部活がちょっと特殊だったからだ。

「……行くか」

 内心行きづらいが、行かないという選択肢は残念ながらない。志騎は鞄を持つと、目的の部活へと向かって教室を出た。

 

 

 

 

 

「勇者部入部希望の、乃木園子だぜー!」

「同じく勇者部入部希望、三ノ輪銀っす!」

「んなぁっ……! 乃木園子に、三ノ輪銀……!? あの……!?」

 突然勇者部の部室である家庭科準備室にやってくるなりテンションの高い自己紹介をした園子と銀に、驚きで目を丸くしている夏凜の手からにぼしが落ちる。

 夏凜は銀と園子とは出会った事は無いが、大赦の中では勇者である二人の名前は当然有名だ。先代の勇者にして、瀬戸大橋の戦いで大量のバーテックスと戦った伝説の勇者。その二人が突然目の前に現れたのだから、夏凜が驚くのも無理はない。一方彼女の横にいる東郷は、園子の言葉に驚く事も無くただ温かい笑みを浮かべていた。

「二年前、大橋の方で勇者やってたんだぜぇー。改めて、よろしくお願いします!」

「アタシも園子共々、よろしくお願いします!」

 ぺこりと、勇者部五人の前で園子と銀がお辞儀する。入部希望の二人に、樹と友奈がわぁーと声を上げた。

「なんで……伝説の勇者が……こんな所に……?」

 こんな所にとは結構な言い草だが、大赦の間でも伝説と讃えられている二人が一挙に入部してくれば仕方ない。園子は顎に指を当てて、

「んー、うちにいてもやる事ないから?」

「そんな理由で……」

「まぁぶっちゃけ、アタシ達小学校中退だしな!」

「そんな重い事をしれっと……」

 あはははははは、と笑う銀と園子に夏凜が顔を引きつらせる。しかし紛れもない事実である。園子と銀は満開のせいで動く事すらままならなくなり、もう一人に至っては死んだ事にされていたため、園子と銀は神樹館を中退し、志騎は葬式すら挙げられる事無くお役目中に死んだ事として処分されていたのだから。

 と、三人のやり取りを聞いていた風が部員達に説明する。

「お役目から解放された乃木さんと三ノ輪さんは、普通の生活を送る事を大赦に要請したの」

「あはははは。でもまさか、本当に普通の生活に戻れるなんて思わなかったよなー」

「『いやー、まったくだ』」

(へ、変な伝説の先輩達……)

 頭を掻きながら笑う銀に、園子が手にしていたサンチョの枕を銀に向けながら裏声で返すのを見て、夏凜は心の中で呟いた。すると東郷が喜びに満ちた声で、

「またそのっちと銀と勉強できるなんて……」

「おっと須美。嬉しいって言いたいのは分かるけど、もう一人忘れてるだろ?」

「もう一人?」

 銀の言葉を聞いた夏凜が怪訝な声を出すと、銀が振り向いて廊下にいる誰かに向かって声を張り上げた。

「おーい! 出て来いよ!」

 その直後、ため息が聞こえてきたかと思うと扉の陰から一人の少年が姿を現した。少女のようにも見える中性的な容姿に、水色がかった白髪という特徴的な髪の毛、讃州中学の男子の学ランを身に纏った少年は困った表情を浮かべながら部室に入ってくる。少年の突然の登場に東郷を除いた勇者部一同が目を丸くしている中、園子と銀が明るく少年の紹介をする。

「私達と同じ先代勇者の一人にしてミノさんの幼馴染~!」

「そして勇者部入部希望者、天海志騎でーす!」

 と、二人の元気の良い声が部室内に響き渡るが、志騎の表情は相変わらず困っているようなままであり、風と夏凜、樹の顔もポカンとしたままである。一方志騎の正体と事情を知っている友奈は「あっ……」と声を上げ、東郷の方は銀と園子が自己紹介をしたときのような笑みを浮かべている。

「志騎君も勇者部に入ってくれるの?」

「いや、入るって言うか……連れてこられたって言うか……」

「良いじゃん別に。一緒に入ろうよー。どうせお前家に帰っても暇だろ?」

「そうだよあまみん。一緒に青春しようよ~」

「いや、そうは言ってもさ……」

 と、神樹館勇者四人組がわいわいやっていると、ようやく我に返った夏凜が言った。

「い、いやいやいや、ちょっと待ちなさいよ! 先代勇者ってどういう事!? だってそいつ男だし、天海志騎なんて勇者聞いた事も無いわよ!?」

 当然の疑問を口にすると、四人は顔を見合わせた。

「……話した方が良いわよね、やっぱり」

「でも、俺の事を知ってるのはお前達と大赦の上層部だけなんだろ? 先輩達が知っても良いのか?」

「話しても良いと思うな~。私は隠し事はしたくないし、あまみんの事を知ったからって酷い事するような人達じゃないよ~」

「ま、いざとなればアタシと園子がどうにかするよ」

 権力乱用と言われるかもしれないが、そうなったのも満開を繰り返して体のほとんどを神樹に捧げた銀と園子を大赦が生き神様として奉った結果だ。文句を言われる筋合いはないし、第一自業自得だろう。

 志騎以外の三人は顔を見合わせて頷き、志騎も渋々と了承した。そして彼女達に真実を話すのは四人の中で一番風達と過ごした時間が長い東郷がする事になった。彼女は振り返るとこほんと咳ばらいをし、四人に話し始める。

「今から話す事は信じられないかもしれませんが、全て本当の事です。友奈ちゃんはもう知っていると思うけど、復習のためにもう一度話すわね。実は――――」

 十分後。

 話し終えた東郷の前には、額を抑えている風と夏凜が立っていた。そんな二人に、東郷が心配そうに語りかける。

「あの、大丈夫ですか二人共?」

 すると風が片手を軽く前に突き出しながら、

「えっと……ちょっと待って東郷。一気に情報が来たから、少し整理させて?」

「はい」

 それから部屋の中が少しの間静かになり、やがて風と夏凜がようやく顔を上げて息をついた。

「つまり……天海さんは東郷達と同じ先代の勇者で」

「はい」

「二年前に死んだと思われてたけど、実は生きてて」

「はい」

「………大赦が作った、人間型のバーテックス?」

「………はい」

 最後の答えに少し間があったのは、やはり東郷自身としては友達の志騎をバーテックスとして認めたくなかったからだろう。いくら志騎が彼自身の事をバーテックスと認めていても、他の三人にとっては大切な友達であり、人の心を持った『人間』なのだ。

「い、いやいやいや。さすがにそれはいくらなんでも無いでしょ。大赦が人間を作ってたとか、兵器として特化した勇者とか色々ツッコミ所があるし、何よりそいつどこからどう見ても人間じゃ……」

「――――これでもか?」

 そう言って志騎が右腕の制服の裾を肘の辺りまでまくって軽く持ち上げると、右腕のバーテックスの細胞のみが変異、肘から先が異形の右腕に瞬時に変化する。

 鋭い爪が生えた、純白の右腕。それを見て風と夏凜が目を見開き、樹は口を抑え、事前に銀から真実を聞かされていた友奈も右腕を見て息を呑む。その右腕はトリックでも特殊メイクなどではなく間違いなく無かった。一同の反応を見た志騎は右腕を元に戻すと、制服を着なおしながら、

「外見は人間と同じだけど、中身はバーテックスと同じ。傷だって骨折程度ならすぐに治るし、極端な話だと心臓と脳が破壊されなければ内臓が壊れたって修復できます。なんだったら頸動脈の一つでも掻っ切りましょうか? その場合は部室が鉄臭くなるので、外でやる必要がありますけど」

 頸動脈は紛れもなく人体の急所の一つだ。そこを掻っ切ろうという言葉がすでに普通ではないし、それをためらいなくやろうとする少年の言葉そのものが、志騎が人間では無い事を証明しているかのようだった。志騎は肩をすくめながら、言葉を失っている風に向かって、

「犬吠埼先輩。あなたが俺の事を入部させたくないって言うなら別に良いです。俺はこの通り人間じゃないですし、今まで殺し合いをしてきたバーテックスがそばにいるのが不安っていうのも分かりますし。得体のしれない化け物がそばにいるのが嫌だって言うなら、俺ふぁああああああああ」

 最後の語尾が変になったのは、話を聞いていた銀と園子と東郷が志騎の頬を左右から引っ張ったからだ。そのせいで志騎の語尾と顔が間抜けな事になってしまい、突然の三人の行動に風達は呆気に取られる。

「あまみ~ん。駄目だよそんな事言ったら~。あまみんが誰かを傷つけるような人じゃないって、私達知ってるんだからね~」

「そうよ志騎君。謙虚は大事だけれど、必要以上に自分を下げる事は悪い事よ?」

「ふぁふぇ。おふぁへはひふはおふぉっふぇふふぁふぉ(待て。お前ら実は怒ってるだろ)?」

「怒ってないよ~?」

「ええ、怒ってないわよ? 全然、もう全っ然っ怒ってないわよ?」

 表情こそ笑ってるし、言動も柔らかだが、勇者部四人は彼女達が志騎の言う通り怒っている事が十分なほど分かった。現に頬を引っ張られている志騎は今も解放してもらっていないのだから。そして頬を引っ張っている銀は風の顔を見て、

「あの、風先輩。志騎の奴こんな事言ってますけど、志騎は大丈夫です。こいつはあんな……人を平気で殺せるようなバーテックスと全然違います。人を傷つけるような事はしないですし、優しいですし。バーテックスが散々酷い事をしてきたんで自分を悪く言う所はありますけど、本当に良い奴なんです! だから……!」

 銀の必死とも言える説得に、風は腕組みをしながら困った表情を浮かべると、頬を引っ張られている志騎の顔を見る。そこで三人がようやく志騎の頬から手を離し、志騎が頬をさすっていると風は顔を近づけて志騎の顔をじっとのぞき込み、しばらく志騎の顔を見てからこう言った。

「――――うん、そうね。私はあなたの入部に反対しない。あなたが入部するって言うなら部長として歓迎するわ」

「「やったー!」」

「「ええっ!?」」

 風の言葉に銀と園子が喜び、志騎と夏凜の二人が驚愕の声を上げる。

「三ノ輪さんがここまで庇うって事は悪い人じゃなさそうだし、あたしの目から見ても人を平気で傷つけるような人には見えないわ。だからあたしも、この人を信じてみようって思う」

「風先輩……」

「お姉ちゃん……」

 東郷と樹が感動したような声を漏らすと、風はポリポリと頬を掻きながら、

「……まぁそれに、勇者部ってか弱い女の子ばっかりだから男手も欲しいって言うか……。東郷が信頼できる人なら、安心して仕事を任せられるって言うか……」

「それが目的かー!」

「か弱い……女の子……?」

 ポツリと漏らされた本音に夏凜が叫び、樹が信じられないものを見るような面で風を見ていた。一方、許可されたはずの志騎はまだ信じられないようで、友奈に尋ねる。

「えっと、結城。お前は良いの?」

「はい! 私も天海さんは良い人だって思いますから!」

「ええー……」

 明るく断言され、志騎は戸惑う事しかできなかった。本当に心の底から思っていそうで、その純真さが逆に怖かった。それから次に樹に視線を向けて、

「えっと、犬吠埼樹……だったよな? お前も良いのか?」

「お姉ちゃんが歓迎するって言うなら全然問題ありませんし、それに何だか……天海さんは信用できる気がして」

「その根拠はどこから来るのか逆に知りたいな……」

 初対面の人間からどうしてここまで信用されるのか分からなかったが、実際に彼女の視線から恐怖や不安などの負の感情は感じられない。彼女も友奈同様、志騎の事を信じているようだ。 

 志騎が未だ戸惑っていると、肩を後ろからポンと叩かれた。後ろを見ると、銀が満面の笑顔で志騎の顔を見ている。

「もう良いだろ? 誰もお前の事を拒絶したりなんかしないよ」

「いや、でも……」

 そこまで言いかけて、志騎はため息をついて続きを言うのをやめた。志騎がバーテックスである事は勇者部に入る上での懸念事項だったわけだが、こうなった以上それを気にする必要もない。正直自分もどうしても勇者部に入りたくないわけではないし、次にお役目があるまでは元々勇者であった彼女達の手伝いをするのも良いだろうと前々から思っていた。なので、ここで強く拒否する必要はもうないのだ。

 志騎はこほんと咳ばらいをすると、風に真正面から向き合う。

 さっきは銀の口から言われてしまったが、こういう事は自分で言う事が大切なのだ。

「――――勇者部入部希望、天海志騎です。よろしくお願いします」

 そう言って、先ほどの二人同様ペコリと頭を下げる。そして入部希望の三人に、風が言った。

「偉大な先代勇者を歓迎します。乃木さん、三ノ輪さん、天海さん」

 こうしてついに、三人の勇者の入部が許可された。と、銀が遠慮するように、

「別に銀で良いですよ、風先輩。アタシ達の方が年下なんですから」

「私の事も乃木とか、園子で良いですよっ、ふーみん先輩」

「……ふ?」

「ああ、園子はあだ名で人を呼ぶ癖があるんです。アタシはミノさんで、須美はわっしー、志騎はあまみんです」

「須美は確か最初すみすけだったかな」

「懐かしいわね……」

 園子の独特のネーミングセンスを聞いて困った表情を見せる風に銀が説明し、その時の事を思い出しているのか東郷がしみじみとした口調で呟く。さらに園子のネーミングは夏凜にも向けられたようで、

「よろしくね、にぼっしー!」

「んなぁっ……! 誰!? それ教えたのは!?」

 夏凜が怒って友奈達の方を向くと、友奈達三人は揃って後ろを振り向き、東郷も夏凜からさっと素早く顔を逸らした。まさかの夏凜を除いた全員が犯人だった。

「樹ちゃんは、いっつん!」

「え、いっつん……?」

「友奈ちゃんはゆーゆかな!」

「わぁ素敵! じゃあ私はそのちゃんとか!」

「おー! それでお願い!」

「うん!」

 どうやら園子の命名は無事に終わったようだ。おまけに友奈とも波長が合うらしい。それから園子は自分が抱えている猫のぬいぐるみを持ち上げると、

「あっ! これはサンチョ! 『よろしくぅ!』」

「よろしく!」

「不思議な人だね……」

「まぁ、園子はあたし達と初めて会った時からこんな感じだったからなぁ……」

 実際園子は他の三人と会った時からこんな感じで、その時から三人はたびたび彼女に振り回された。しかしひとたび戦闘になると一番の閃きと指示で何度も三人を助けてくれた、頼りになるリーダーである。

 園子は勇者部の部室の中を見渡しながら、

「そっか~。みんなこんな風に青春してたんだね~」

「アタシ達には、二年遅れの青春だよな」

 銀と園子の声には、様々な感情が詰まっていた。東郷や友奈達と一緒に二年間を過ごす事が出来なかった事を惜しむ気持ちと、これからみんなとようやく青春を送る事ができる事を喜ぶ気持ち。そしてそれは言葉には出さずとも、志騎も同じ気持ちだった。……例えそれが、本来許されない気持ちだったとしても。

「そのちゃん。銀ちゃん。志騎君」

「……?」

 三人が振り向くと、そこには勇者部五人全員が笑顔で三人を見ていた。まるで、三人の入部を心の底から歓迎するかのように。

「勇者部へようこそ!」

 友奈の言葉に、園子は振り向いて笑顔を浮かべた。

「うん! これから私達も青春するんだー!」

「よーし! 勉強も運動も、頑張るぞー!」

「「おーっ!」」

「……おーっ」

 手を真上に突き出す二人に続いて、志騎も彼女達に合わせて腕を上に突き出した。

「でもそのためにも、早く今の生活に慣れなきゃね~。わっしー、授業中に居眠りしたら注意してね~」

「アタシもアタシも! 今日一日目からちょっと危なかったし」

 二人は今まで体の満足が利かない状態で大赦に祀られていたので、ほとんど寝たきりの状態だった。今はもう体の機能が戻ってきたとはいえ、今まで寝たきりだった生活を早く普通の生徒のものと同じに戻さなければならない。すると東郷が人差し指をピンと立てて二人に軽く注意する。

「しないよう気をつけない駄目よ」

「えへへ~」

「てへへ……」

 と、銀と園子に注意する東郷を見て風が苦笑を浮かべてながら言った。

「なんか東郷がお母さんみたい……」

 風のその言葉は非常に的確と言える。二年前まだ東郷美森が鷲尾須美という名前だった時、四人の中で彼女は普段ボーっとしたり、自身の性格のせいでよく遅刻をしてしまう銀をたびたび注意していたりしていた。なので、東郷がそのような風に見られても無理はない。するといつの間にか椅子に座って、テーブルにタロットカードで占いを行っていた樹が、手にしたカードの絵柄を見て「あっ……」と声を上げる。

「運命の輪……」

「おお~! なんかカッコいい!」

「どういう意味なの?」

 夏凜が尋ねると、樹はカードの絵柄を一同に見せながら、

「運命的な出会い!」

 樹の説明に、園子と東郷、さらに銀がおお~と声を上げた。

「私達、運命の子~!」

「運命の子ー! イエーイ!」

「ふ、福徳えんまーん……!」

 嬉しかったのか、銀と園子は互いに両手でハイタッチを交わしたり、困ったように笑う東郷ともハイタッチを交わしていた。

「……避けられない大きな事態って意味もあるけど……」

 苦笑した樹は小さく呟くが、その言葉が園子の耳に入る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「え、じゃああんた刑部姫の息子なの!?」

「うん。正確には、刑部姫の記憶と性格の元となった大赦の科学者、氷室真由理のだけどな」

 放課後、園子、銀、志騎という新入部員を加えた讃州中学勇者部は歓迎会を兼ねて勇者部行きつけのうどん屋『かめや』でうどんを食べていた。なお、店に来た時にうどんよりもラーメンが大好きな志騎と『うどんは女子力を上げる』と豪語するほどうどん好きな風の間に一悶着あったのだが、東郷によってそれはそれはうまく治められた。うどんをすする志騎の顔を、二杯目のうどんを食べながら風がじろじろと見て、

「そう言われて見れば確かにちょっと顔立ちが似てるわね……。性格は全然似てないけど」

「まぁ俺を育ててくれた人が真面目な人でしたからね。礼儀作法とか言葉使いは徹底的に叩き込まれましたから。……今考えるとあれはたぶん、俺が刑部姫みたいにならないようにするためだったんでしょうけど」

『あぁ……』

 志騎の言葉に、彼以外の勇者部一同は納得の声を出すと同時に、全員の脳裏に刑部姫の高笑いが響く。これ以上ないほどの説得力を持つ言葉だった。

「そういえば、刑部姫さんは最近どうしているんですか?」

 そう尋ねたのは樹だった。風達に聞いた所、どうやら彼女は勇者部の中で一番刑部姫と関わっていたらい。もくもくとうどんを咀嚼して飲み込んでから、樹に答える。

「元気だよ。引っ越しの時も俺と銀と一緒に荷ほどきをやって銀をからかってたし。……勇者部には顔を出してないのか?」

「……はい。だからもしかして、刑部姫さん私達の前に顔を出すのがきまずいのかなと思って」

 刑部姫は満開の事を知っていながらも、勇者部にそれを話さず黙っていた。結果的に勇者部の面々は体の機能をほとんど失い、風と東郷の暴走を招いてしまった。だから刑部姫もそれを気にしているのだろうか……と樹は思っていたのだが、彼女の性格をよく知っている神樹館四人組は顔を見合わせると、手の平を横に振って、

「いや、ないな」

「刑部姫がそんなに殊勝だったら私達も苦労してないわよ」

「大方勇者部に顔を出すのが面倒臭いだけなんじゃない?」

「私もそう思うな~」

 四人からの何の遠慮もない言葉の集中砲火に、友奈、風、樹、夏凜の四人が顔を引きつらせる。樹は四人に、恐る恐ると言った表情で尋ねた。

「あの……もしかして皆さん、刑部姫さんの事嫌いなんですか?」

「「「え? もちろん」」」

「……まぁ俺は、作ってくれた恩もあるから、そこまでだけど……」

 言葉を濁す志騎とは対照的に、三人の言葉はすっぱりとしたものだった。風も夏凜も刑部姫の事は良くは思っていないのだが、さすがにここまで断言されると思わず顔が引きつってしまう。刑部姫が三人に一体何をしたのか、四人には非常に気になった。

「なんか、樹って刑部姫の事随分気にかけてるけど、何かあったの?」

「えっと、それは……」

 銀の質問に樹がごにょごにょと口の中で何かを呟いていると、夏凜が横から質問に答える。

「なんでか分からないけど、樹の奴刑部姫に随分懐いてるのよ。最近も、刑部姫が顔見せないからちょっと寂しそうだったし」

「なつ……く……?」

「刑部姫に……?」

 樹の歌のテストの一件を知らない志騎と銀と園子は驚愕の表情で顔を見合わせると、心の底から樹を心配する表情を浮かべて口々に彼女に言う。

「大丈夫か? 刑部姫に洗脳されてない?」

「それか寝てる間に脳に何か改造でもされたんじゃないのか?」

「良い病院を知ってるから、今度私達と一緒に検査に行ってみない?」

「洗脳か改造前提なんですか!?」

 どうやらこの三人にとって、刑部姫に懐く=洗脳or脳の改造らしい。あまりの信用の無さに、樹はこの場にいない刑部姫に心の底から同情した。

「そう言えば志騎。刑部姫、何か大赦から連絡があるとか言ってなかった?」

「いいえ、特に何も言ってませんでしたよ」

「そう……」

 志騎に尋ねた風は浮かない顔をしていた。先日勇者がレオ・バーテックスを倒してから、大赦の連絡は一方通行となっており風や夏凜がメールをしても返信などは返ってこない状態になっていた。大赦所属の精霊である刑部姫を相棒に持つ志騎ならば、何か連絡を受けてないかと気になっていたのだろう。なお、刑部姫が志騎の先代の相棒であると知った時夏凜は、『そうなんだ……』と同情した視線を志騎に送っていた。夏凜は一時的とはいえ刑部姫の仮のパートナーとなっていたので、あの刑部姫を相棒に持つ事がどれだけ大変な事か分かったに違いない。

「アタシ達の方にも特に連絡とか来てないよな?」

「うん。今まで通りの生活をとしか言われてないよね~」

 今だ大赦の中でもそれなりの権力を持つ園子と銀に対してもそれだけしか言わないという事は、どうやら二人に対しても大赦は積極的な連絡はしていないらしい。まぁ、それだけ二人が自由に過ごせると考えれば悪い事ではないだろうが、正直大赦は勇者達にかなり隠し事をしていたのでこの沈黙もその一つではないかと勘繰ってしまう。すると、一同の話を聞いていた友奈が明るく言った。

「大丈夫だよ! しばらくバーテックスが襲ってくる事はないって聞いたし、銀ちゃんやそのちゃんや志騎君も勇者部に入ってくれたし! 今はたくさん、楽しい時間をみんなで過ごそうよ!」

 まさに花のような笑顔を浮かべる友奈に、自然と七人の表情も綻んだ。

「そうね。勇者部も三人増えて八人になったし、やれる事がますます増えたわ! 明日からまたたくさん動くわよ! そのためには、まずはたくさん食べる! すいません、うどんお代わり!」

「三杯目……」

「すいません! アタシもうどんお代わり!」

「お前もかよ!」

 風と競うかのように銀もうどんのお代わりを店員さんに頼み、志騎がツッコむ。運ばれてきたうどんを風と銀がもっしゃもっしゃと食べていると、園子が樹にこんな事を言った。

「そうだ! ねぇいっつん、今度占って欲しい事があるんだけど、良いかな?」

「はい、大丈夫です。何を占って欲しいんですか?」

「えっとね~。ちょっと耳貸して?」

 言われた通りに樹が園子の方に左耳を出すと、園子が彼女の耳にこしょこしょと何かを言う。直後、樹の口から「ええっ!?」と驚きの声が飛び出した。

「ちょっと樹、どうしたのよ!?」

「な、なんでもないよ! あの、園子さん。それってもしかして……」

 樹がちらりと志騎と銀の二人を見る。志騎は腕を組みながら、銀はうどんを食べながら怪訝な表情を浮かべていた。一方、尋ねられた園子は嬉しそうな表情で、

「うん。そうなんよ~。(……今はミノさんの片思いだけどね)」

 後半の部分は小声だったので、樹以外の人間には聞こえなかった。しかし樹の方は頬を紅潮させると、

「そ、そうなんですか……。銀さん!」

「ん、何?」

 うどんを飲み込んだ銀が顔を樹に向けると、樹は両手を握って気合のこもった表情を浮かべ、

「私、応援してますから、頑張ってください!」

「お、おう? なんかよく分からないけど、ありがとう!」

 何故応援されたのかよく分からない銀はとりあえず樹にお礼を言う。一方、妹が当然奇妙な事を言い出した風は困惑した表情で樹に尋ねる。

「ちょ、ちょっと樹。一体どうしたのよ?」

「お姉ちゃんには内緒。また今度教えてあげるね」

「ええー……」

「銀ちゃん、よく分からないけど頑張ってね!」

 樹の言葉に風が戸惑い、樹に乗っかる形で友奈も銀に声援を送り、銀が「おう、任せなさい!」と元気の良い返事をする。そんなわちゃわちゃした様子を見ながら、志騎がポツリと呟いた。

「……なんていうか、賑やかな部活だな」

 それを聞いた夏凜は頬杖を突きながら、柔らかな微笑を浮かべた。

「でも、悪くないでしょ?」

「……まぁ、そうだな」

 素直に答えながら、志騎は目の前に置かれているコップを手に取ると、中に入っている水を静かに飲む。

 こうして、天海志騎の中学生活は、騒々しい少女達の声と共に始まるのだった。

 

 

 




 今回出てきたオリキャラである高橋在人と佐藤良太の設定・説明は以下になります。


 高橋在人
 志騎のクラスメイトの少年。人懐っこく明るい少年で、クラスのムードメーカー的存在。人を笑わせる事が好きでたびたび自作のギャグを披露しているが、それが受けた事はあまりない。不思議なカリスマ性を持ち、クラスメイト達から信頼を受けている。実はどこかの社長の孫という噂もあるようで……? 人の『夢』について強い情熱を持っており、誰かが大切にしている夢はなんであろうとも馬鹿にする事は無く尊重し、それを馬鹿にする人間には強い怒りを見せる。
 座右の銘は父の言葉である『夢に向かって飛べ』




 佐藤良太
 良太と同じく在人のクラスメイトの少年。銀と同等かそれ以上の不幸体質の持ち主で、しょっちゅう怪我をしている。見るからに弱々しい体躯で性格も気弱だが、どんな不幸にあっても決してめげる事は無く、他人の幸せを心から願う事の出来る肉体とは対照的に強い心の持ち主。姉は喫茶店を経営しており、放課後は店の手伝いをしている。その姉には婚約者がおり、仲は非常に良く良太とも良好な関係を築いている。タイプが違う在人とは仲が良く、よく二人でつるんでいる。
 座右の銘は婚約者の言葉である『弱かったり運が悪かったり何も知らないとしても、それは何もやらない事の理由にはならない』



 一人友奈達とは違うクラスに編入する事になった志騎の友人としてこの二人を考えました。一般人ですので勇者や大赦とは関係が無いですが、志騎の日常を象徴すると共に志騎に大切な事を教えられる人間としても書いていますので、これからもちょくちょくと出番はあります。なお、性格や考え、座右の銘から分かる通りこの二人のモデルはある仮面ライダー作品の二人の主人公です。実はもう一人仮面ライダー作品の主人公をモデルにした人物がいるのですが、そちらはもう少し話が進んでから書きたいと思います。


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