天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「ついに新年が明けたな。今年はついに最終章に突入し、この物語も完結するはずだ。今回の話はタイトル通り犬吠埼風と樹との話になる。一見ほのぼのとした話になりそうだが、結構シリアスな話も入ってくるから気を付けるように。ちなみに次は三好夏凜との日常回になる予定だ」
刑「では第四十三話、楽しんで来い」


第四十三話 犬吠埼姉妹との一日

「え、じゃあ天海が入ってる部活ってあの勇者部なのか?」

 昼休み、昼食である総菜パンをかじりながら在人が驚いたように言った。自作の弁当を食べていた志騎はこくりと頷き、

「ああ、そうだよ。ってか、もしかして勇者部って結構有名なのか?」

 在人の言葉が気になった志騎が横に座る良太に視線を向けると、彼は姉特製だという弁当を食べながら首肯する。

「たぶんこの学校で勇者部の事を知らない人はいないと思うよ? 色んな部活に助っ人してくれてるし、ボランティアで新聞に載った事もあるし」

「それに、色々な意味で個性的な人達だからな……」

 在人の言葉に、志騎は頷かざるを得なかった。彼の言う通り、勇者部の面々は良くも悪くも個性豊かである。おまけに先日は自分に加えて銀、そして個性が服着て歩いているような少女である園子が入部したのでさらに拍車がかかった事だろう。

 讃州中学に編入してから、志騎は高橋在人と佐藤良太とこうして教室で一緒に昼食を取るようになった。最初クラスで一人昼食を食べていた志騎に、一緒に飯を食べないかと在人が声をかけたのがきっかけだ。それ以来三人はこうして固まって一緒に昼食を食べている。

 食事の内容は、志騎と良太が弁当で在人のみが総菜パン。良太はいつも姉が作ってくれているという弁当を持ってきている。美味しそうな事は美味しそうなのだが、気になる点として時々変な色合いの料理が中に入っている。   

 例としてこの前の良太の昼食はおにぎりだったのだが、何故か色が緑色だった。それで志騎が少し辛そうにおにぎりを食べていた彼にどんな味がするのかと聞いてみた所、ニンニクわさびの味だったらしい。きっと不幸体質の弟の事を思って作ってくれたのだろうが、いくら何でもそれはチャレンジし過ぎではないかと志騎は思った。

 対照的に在人はいつも購買で購入した総菜パンを食べている。確かに総菜パンは美味しいが、いつもそれでは栄養が偏ると思うので、時間があったら彼に弁当でも作ってやろうかと志騎は思っていた。

「でも、女子ばっかりの中で男一人ってちょっと居づらくないか? まぁ他の連中から見ると羨ましいかもしれないけど……」

「サッカー部の田中君なんて、『あんな可愛い子達に取り囲まれて、天海の奴が羨ましい!』って叫んでたもんね」

 個性豊かとはいえ、勇者部の面々はほとんどが美人である。そのような女子達が集まる勇者部に一人だけ男である志騎が混じっているのだから、そのようなやっかみの声が出るのも無理はないだろう。

「……可愛い子達、ねぇ……」 

 おかずのピーマンをつまみながら、志騎は小さく呟いた。確かに彼女達は外見は可愛いし美人だとは思うが、中身は個性がぶっ飛んでいる者も多い。

 友奈の事になると突飛も無い行動を起こす東郷美森。

 頼れる先輩ではあるが食欲の権化である犬吠埼風。

 勇者部きっての火の玉ガールである幼馴染、三ノ輪銀。

 個性の塊である乃木園子。

 彼女達が紛れもない善人である事は分かっているし頼りになる事は十分に分かっているのだが、彼女達に可愛いというだけで近づこうものなら振り回されるどころかスポーツカーのドリフト走行ばりにぶん回され、しまいには吹き飛ばされて終わりだと志騎はわりと酷い事を思った。その田中とやらが、下手な行動に出ない事を今は祈るばかりである。

「そう言えば他のクラスの人から聞いたんだけど、乃木さんって神樹館の出身らしいね」

「それ俺も聞いた! しかも東郷さんや三ノ輪さんも神樹館の出身らしいな。あれ? って事は天海、お前も……」

「ああ。そうだよ」

「マジで!?」

 まぁ、俺達の場合は中退だけど……と内心で呟く志騎を前に、在人は目を見開いて驚いていた。彼のそのような反応も当然で、志騎達が通っていた小学校は『神樹』という名がつくだけあって格式が高く、お坊ちゃまやお嬢様しか入れない。なので神樹館に通っていたという事自体が、一種のステータスになるのだ。まぁ東郷達三人も志騎も、それを鼻にかける様な人物ではないが。

「そっかー。東郷さん達や天海はお嬢様お坊ちゃまだったのか……。天海は正直ちょっと意外だったけど、東郷さんはなんか納得だなぁ……。見るからにお嬢様って感じだったし……。って、ちょっと意外って言うのはさすがに失礼か。悪い」

「別に良いよ。それよりもしかしてお前、東郷の事が好きなのか?」

 彼の口ぶりから推測して志騎は尋ねたのだが、在人は「いや?」と言って首を横に振る。と、横で二人の話を聞いてた良太が言った。

「在人は結城さんが好きなんだよ」

「お、おい言うなよ良太~!」

 在人は照れたように笑いながら良太の肩を叩いた。それに志騎が目を見開くが、ありえない話ではない。友奈は能天気でちょっと天然気質な所はあるが、その分明るくて他人の事を思いやれる少女だ。在人のように彼女に想いを寄せる男子はいるだろう。

「そうだったのか……。でもそうなら、さっさと告白した方が良いんじゃないか? きっとお前と同じように友奈の事が好きな男子は他にもいるだろ」

 うかうかしていたら、他の男子が先に彼女に告白してしまいかねない。志騎が言うと、良太を叩くのをやめた在人は後頭部を掻きながら、

「いや、まぁそれもそうなんだけどさ……。ちょっと理由があるって言うか……」

「……照れ臭い?」

「いやまぁそれもあるけど! もう一つ理由があるんだよ……」

 歯切れが悪くなった在人の顔を志騎は怪訝な表情で見つめていたが、先ほどの在人の言葉を思い出し、彼がどうして告白をためらっているのかその理由に気づく。

「……東郷か」

「……うん、正解」

 在人が頷くのを見て、志騎はため息をついた。

 東郷美森。天海志騎、三ノ輪銀、乃木園子の親友であり、二年前鷲尾須美という名前だった少女。

 そんな彼女が、友奈と出会ってすっかり変わった。根っこの部分は変わっていないが、友奈の事になるとタガが外れるというか少しおかしくなる。ひそかに『友奈の最強のSP』、『友奈について分からない事があったら友奈よりも東郷に聞け』、『友奈に変な事をしたら翌日どこかの山に埋められる』などと言われるほどである。銀ですらも、『あの須美がここまで変わるなんてな……』と遠い目で呟いていた。

 どうやら在人は本能的に、友奈に告白したら自分の身が危うい事を察知していたらしい。臆病と誰かは言うかもしれないが、これも立派な生存本能であり、むしろ東郷の危険性を察知しているだけ彼の危険察知能力は非常に高いと言える。この時志騎の中で、彼に対する評価がまた上がった。

「確かに東郷さんは美人だけど……。なんていうかその、ちょっと迫力というか……凄みってものがあるよね」

 在人の意見に同感らしく、良太が恐る恐るという感じで呟く。在人は椅子にもたれかかりながら悩んだ声を出し、

「確かに結城に告白したいとは思うし、そのためにはまず仲良くなる必要があるとは思うけど……。仮に仲良くなって告白したとしても、東郷さんが正直怖くて……」

「まぁ、最悪吊るされるか撃ち抜かれるか、拷問されるかだな」

「拷問まで行くの俺!?」

 自分の末路に恐怖したように在人が叫んだ。まぁ誰だって拷問されると言われれば怖くなるだろう。それから在人がしばらく背もたれにもたれかかって何かを考え込んでいると、志騎が在人にこんな提案をした。

「なぁ高橋。なんだったら、俺がお前と友奈の仲を取り持ってやろうか?」

「………え?」

 予想外の志騎の言葉に在人が顔を上げると、志騎は頬杖を突きながら、

「同じ部員だから友奈とは結構話すし、俺からお前の事を紹介する事も出来る。そうすればぐっとお前と友奈の仲も近づくし、悪い話じゃないんじゃないか?」

 誤解のないように言っておくと、誰に対してもこんな事を言うほど志騎はいい加減な人間では無い。ただ在人に対しては自分の事を色々と助けてくれる恩があるし、何よりも彼は一見するとあまり面白くないギャグを飛ばすムードメーカーと見られがちだが、実際は困った人間を放っておかない心優しい少年である。つまりは、友奈と同類なのだ。彼ならば友奈の事を紹介したとしても間違いは起こらない。そう判断しての言葉だった。

 しかし在人は腕を組んでうーんとしばらく何かを悩んだ後、はっきりと志騎に告げた。

「いや、良いよ」

「……良いのか? 関係を築くのも、告白するのも難しくなるけど……」

 志騎という助けが無くなる以上、それらの難易度が増すのはまず明らかだ。それは在人自身も分かっているはずなのに、どうして断ったのだろうか。すると在人は机の上で手を組んで静かに言った。

「天海が手助けしてくれようとしてるのは嬉しいし、実際そっちの方が楽かもしれない。だけど……結城ときちんと仲良くなって告白するなら、やっぱり俺の力じゃないと駄目だと思うんだ。……それに、そのやり方はなんかそのためだけに天海と仲良くなったみたいで、嫌なんだよ。まだクラスメイトになってそんなに経ってないけど、俺は天海の事を友達だって思ってる。友達を利用するような事はしたくない」

 嘘をついているようには見えなかった。当然だ。彼が言ったように自分達はまだ知り合って間もないが、彼は平然と嘘をつくような人間でもなければそもそも嘘をつくような人間でもない。だからこそ、自分達にきちんと理由を話してくれたのだろう。そして、だからこそ彼はクラスメイト達から信頼を置かれているのだ。

 話し終えると、在人はニッと口元に明るい笑みを浮かべた。

「まぁそういうわけだから! 俺はしばらく一人で頑張ってみるよ」

「………そっか。分かった。だけどさすがに東郷がお前を殺しに行く時は助けに行くよ。知り合いを人殺しにはしたくないし……その……お前は……」

 と、口ごもる志騎の言葉を継ぐように、良太が笑みを浮かべて続けた。

「……友達、だから?」

「まぁ、そうだ。うん」

 すると志騎の言葉に感動したのか、在人は今度は志騎の肩をバンバン叩きながら、

「ありがとな、天海! よし! いつか勇気を出して、結城に告白するぜ! はい! アルトじゃぁああああああないとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 人差し指を思いっきり二人に突き出しながら叫び、三人の間に沈黙が降りる。なお、周りのクラスメイト達は在人のそんな行動にはもう慣れっこなのか、誰一人リアクションを取らなかった。

「……何、今の」

「あれだよ。勇気と友奈の苗字の結城をかけた、すごく面白いギャ……」

「だからギャグの説明をしないでぇええええええええええええええええええええっ!!」

 さっきの格好いい姿はどこへやら、在人がギャグの説明をする志騎に悲鳴を上げながらしがみつく。そんな二人を見て、良太は困ったように笑いながらこう思う。

 もうこの二人はコンビを組んで漫才をした方が面白いんじゃないかな? と。

 

 

 

 

 

 

 放課後、勇者部の部室である家庭科準備室の前に来た志騎はドアを三回ノックし、風のはーいという声を確認してからドアを開ける。

「天海志騎、入ります」

「よっ、志騎!」

「志騎さん、こんにちわ!」

「ん」

 自分に挨拶してくる銀と樹に、志騎は片手を上げて挨拶を返す。どうやら自分以外はすでに来ているようで、東郷は勇者部のホームページのチェックを行い、友奈と風は今日の依頼の確認をし、園子は部室にやってきた志騎に「あまみんこんにちわ~」とひらひらと手を振り、夏凜は右手を上げて挨拶をしながらにぼしを食べている。

 幼馴染の銀と親友である東郷と園子を除き志騎が勇者部の中で特に話をするのは、意外というか樹だった。刑部姫に懐いていた彼女は遺伝子上の息子である志騎にも懐いており、ちょくちょく話をしている。その次に樹繋がりで風、友奈、そして最後に夏凜と続く。夏凜とは他の面々と比べると話す回数が少ないが別に嫌われているわけではなく、必要な時にはきちんと会話をするし雑談もする。なのに会話が少ないのは、風曰く『唯一の男の子だから、照れてるのよ』との事らしい。まぁ、その後顔を赤くした夏凜に風が追いかけまわされていたので、風の冗談かもしれないが。

 と、そこで在人の事を思い出した志騎は、ホームページのチェックが終わり一息ついている東郷に声をかける。

「須美……あ、いや、東郷」

「別にどっちでも良いわよ?」

 言い直す志騎に東郷がやんわりと言う。まだ二年前彼女を須美と呼んでいた癖が残っているせいで、時々東郷を須美と言い間違えてしまう。しかしそれについては彼女はあまり気にしてないらしい。実際、銀も園子も東郷の事を鷲尾須美だった時の名前とあだ名で呼んでいるので、東郷本人からすると本当にどちらでも構わないのだろう。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」

「ええ」

「もしもの話だけど、友奈の事が好きな奴がいて、そいつが友奈に告白したらどうする?」

「拷問にかけます」

「ためらいがない!」

 まさかの即答だった。しかも笑顔のままなのがさらに恐ろしい。志騎はごくりと唾を飲み込むと、さらに続ける。

「で、でも撃ち抜くんじゃないんだな。お前の事だから、即ヘッドショットかと」

「もう、志騎君ったら。そんな事をするはずがないじゃないですか」

 拷問にかけると言っている人間が何を、という言葉を必死に呑み込みながら志騎は無理やり笑い、

「そ、そうだよな。さすがにお前でもそんな事は……」

「ええ、そうよ。頭部を打ち抜くのは拷問にかけてから」

「…………」

 ためらい・優しさがゼロの言葉だった。と、そこで志騎は恐ろしい事実に気づき、東郷に尋ねる。

「あのさ、須美。もしも拷問にかけて友奈の事が好きな事が本当だって分かったら……」

「撃ち抜きます」

「……嘘だったら?」

「友奈ちゃんの純情を弄んだ罰として、撃ち抜きます」

 ……どうやら友奈に告白した時点でその人物の生存確率はゼロになるようだ。在人が告白をためらっていたのは、本当に正解としか言いようがない。あいつの恋路は前途多難だな……と志騎は友人の顔を思い浮かべながら心の中で呟いた。

 そして志騎が顔をひきつらせていると、東郷が「ところで」と笑顔のまま口を開く。

「どうして、志騎君がそんな事を言うの? あなたには銀がいるし、あなたと友奈ちゃんは仲が良いけれど恋愛関係にはさすがになっていないようだし……。まさか、友奈ちゃんに誰かが告白しようとしているとでも………?」

 言葉と目が絶対零度の冷たさを帯びていき、心なしか部室の中の気温が一気に下がる。すると異常事態に気づいたのか、二人以外の勇者部の面々が怯えた表情で東郷に視線を向けている。それに気づいた志騎が助けを求めるように六人にアイコンタクトを向けるが、残念ながら六人はさっと顔を背けてしまった。しかし立場が反対だったら志騎もきっと同じ事をしたので、彼女達を責める事は出来ない。志騎は東郷の絶対零度の視線に真正面から立ち向かうと、彼女を落ち着かせようと口を開く。

「だから、もしもだって言ってるだろ? 今日友達との間で勇者部の人達は可愛い女子しかいないって話があったから、それで聞いてみただけだよ」

「あら、そうだったの」

 すると東郷も落ち着いたのか、辺りを支配していた冷気が一気に治まる。それにほっとするのも束の間、志騎の話を聞いていた風が何故か胸を張って、

「ねぇ夏凜、聞いた!? 可愛い女子だって! やっぱり女子力が高いと辛いわね~」

 するとドヤ顔で語る風にイラっとしたのか、夏凜が負けじとこんな事を言う。

「か、かめ屋でうどんを何杯も食べてる奴のどこが女子力高いのよ!」

「はぁ!? うどんは女子力を上げるって前から言ってるでしょ!?」

「ただあんたが食いしん坊ってだけでしょ! この女子の皮被った獣!」

「誰が獣よぉおおおおおおおおおおおっ!」

 夏凜と風が取っ組み合いを始めるが、それだけでは止まらないのが勇者部だ。志騎の話を聞いてた友奈は恥ずかしそうに頬を赤く染めて、

「か、可愛いって……。ねぇ東郷さん、私って、可愛いの?」

「無論よ。ねぇ? そのっち」

「うんうん! ゆーゆもいっつんもすごく可愛いよ~!」

「わ、私もですか!? で、でも私よりも銀さんの方が可愛いと思いますよ!? 志騎さんもきっとそう思ってます!」

「ちょ、ちょっと待って! さすがにそれは、あって欲しいようなやっぱりないと思うと言うか! ア、アタシはどう答えた方が良いんだこれ!?」

「もちろんあって欲しいって答えるんだよ~。はいあまみん! あなたはミノさんが可愛いって思いますか~!?」

「ちょ、園子ぉ!?」 

 ぎゃーぎゃーわーわーと瞬く間にカオスになってしまった部室に、志騎はちょっと困ったような表情を浮かべながらどこからか金槌を取り出して独り言を呟く。

「……とりあえず、これで全員の頭を叩けば正気に戻るかな?」

 このような騒ぎが起こるたびに思うが、部員と言うかまるで保父さんになった気分である。心の中でそんな事を思いながら、志騎はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 数分後、ようやく落ち着いた勇者部の面々は部室備え付きの黒板の前に座っていた。風は黒板の前に立つと、本日勇者部に来た依頼の振り分けをする。

「じゃあ今日の依頼の手分けをするわよー。友奈と銀、夏凜は運動部の助っ人に。乃木と東郷は近所の神社の境内の掃除。掃除って言っても神社の神主さん達が手伝ってくれるから、今回は二人で良いみたい。で、志騎と樹はあたしと一緒にポスターを学校の掲示板に張り付けてから、仔猫のチェックね」

 ポスターというのは、最近風と志騎と友奈が作っていた火災注意のポスターだ。もうすぐさらに寒さが厳しくなり、必然的に暖房器具の使用が多くなってくる。とすると当然火災の可能性も高まるので、それに対する警戒を促すようなポスターを作って欲しいという教師からの依頼で三人が作成したのだ。手先が器用な志騎と風、友奈の力作であるポスターは赤い炎が家を焼き尽くすものになっていて、炎の恐ろしさを見るだけで伝える事ができる。なお、このポスターは実は二作目で、最初は家に加えて人が燃える所も志騎が書いていたのだが、その出来栄えがあまりにも怖かったので、勇者部の面々から『怖いって事は伝わるけどここまでする必要はない』、『何があんたをここまでさせるのよ』、『あまみんは結構凝り性だよね~』と散々な評価を受け、書き直した結果が今の二作目だ。なお、仔猫のチェックという活動の内容がよく分からないが、そこは風が道すがらに志騎に説明してくれるとの事だ。

「さすがに今日は暖房器具の修理の依頼はないみたいね」

 と夏凜が唐突にそんな事を言うと、うぐっと何故か風が声を詰まらせ、

「こ、これでも反省してるのよ! あたしもあんなに反響があるなんて思わなかったし、志騎にもちょっと負担かけすぎちゃったかなって思ってるし……」

「ちょっとどころじゃないと思いますけど……」

「修理の依頼、全部志騎君にいっちゃってたもんね……」

 風の言葉に、東郷が困った表情を浮かべながら、友奈が苦笑を浮かべて口々に言う。

 実は志騎が入部した時、彼が機械の簡単な故障なら直せるほど手先が器用な事を志騎と銀から聞かされた風が、ちょうど来ていた壊れてしまったストーブをどうにか修理できないかという依頼を志騎に任せたのだが、その依頼を志騎は難なくこなしてしまった。

 壊れてしまったとは言っても簡単な故障だったので学生の志騎でもなんとかなったのだが、問題はそれで風が調子に乗って……もとい、気を良くしてしまった事だった。これを機に勇者部の活動をさらに広めようと風が『機械修理引き受けます!』と勇者部のホームページに乗せてしまった結果、校内だけでなく学校外からも壊れてしまった機械や暖房器具の修理の依頼が立て続けに舞い込んだ。暖房器具や機械が壊れたままなのは困るが、派手に壊れたならまだしも簡単な故障のためにわざわざ電気屋に金を払ってまで修理を頼みたくない……。そんな人々の切実な願いと風の宣伝、さらに志騎の意外な特技が重なってしまった結果が修理依頼の殺到だった。

 最初は気を良くしていた風だったが、舞い込んでくるあまりの依頼の多さにさすがの彼女も青ざめていた。しかし彼女よりも参ってしまったのは志騎本人だ。人のために活動する勇者部と言えど機械の修理まで行えるのは今の所志騎しかいない。つまり、負担が全て志騎一人に向かうのである。さすがの彼も、一人で一日十件の依頼をこなすのは無理がありすぎる。数を減らそうにも、一日最低十件の依頼をこなさなければ減るどころかむしろ増えていくという悪夢のねずみ算式だった。

 結果、勇者部内で緊急会議が開かれ、勇者部への機械修理の依頼は制限する事となった。これにより志騎の負担は大分軽くなり、他の部員と一緒に活動が問題なく行えるようになったが、混乱をもたらしてしまった反省として風は正座して東郷の説教を一時間される事となった。なお、一時間の説教の後風は足の痺れによってしばらく立つ事はおろか動く事すらままならなかった。

「は、はいはい! 時は金なり! ちゃっちゃっと動くわよー!」

 過去の自分の軽はずみな行動を思い出して恥ずかしくなったのか、風が両手を打ち鳴らすと勇者部一同が行動を開始する。勇者部の中でも特に運動神経が優れており活発な友奈、銀、夏凜は運動部の助っ人に向かい、園子と東郷は神社の境内の掃除の手伝いに向かう。特に東郷は神社など日本の文化が大好きなので、今日の活動に心を燃やしているようだった。

 志騎と風、樹は学校の掲示板に勇者部の力作であるポスターを貼ると、早速チェックする仔猫がいる民家へと向かう事になった。学校を出て歩道を歩きながら、風からの説明を聞いた志騎は顎に手を当てながら仔猫のチェックの内容をおさらいする。

「……つまり、猫を飼うって言っているのはまだ小さい子供だから、寒さが厳しくなる季節になると仔猫の世話が面倒になってまた仔猫を捨ててしまう恐れがある。だから定期的に仔猫の様子を見に行って、ちゃんと世話ができているかなどを確認しに行く……って事ですか?」

「そっ。二ヶ月前にも様子を見に行って、その時もきちんと世話ができてたから問題はないと思うけど、一応念のためにね」

「でも今日チェックに行って問題が無ければもう私達が確認に行く必要は無くなりますから、もしかしたら志騎さんが仔猫のチェックに行くのは今日が最初で最後になるかもしれないですね」

 樹がそう言うが、できればその方が良いだろう。今日が最初で最後にならないという事は飼い主の仔猫の世話が杜撰になってしまうという事を意味している。仔猫の事を思うのならば、そうならない方が一番良いに違いない。

 しかし何か引っかかっているのか、志騎はまだ顎に手を当てて何かを考え込んでいる。それに風と樹が思わず顔を見合わせると、志騎が突然こんな事を言った。

「それって、誰が言い出したんですか?」

「え?」

「仔猫の世話がきちんとできているか確認しに行くって言うのは、悪く言えば仔猫の飼い主の事を信用していないって事です。まだ勇者部に入って日は浅いですけど、風先輩はそこまで人の事を疑うような人間じゃないって俺は思ってます。……楽天家とも言えますけど」

「それ、褒めてるのかしら?」

「はい。そのつもりです」

 若干困ったような笑みを浮かべる風に志騎はあっさりと言った。こうして聞くと嘘のように聞こえるが、彼の幼馴染の銀によると彼は基本的に嘘をつくような人間では無く、仮に嘘をついたとしてもすぐに嘘だと言ってくれる人間らしい。まぁ、そのたまにつく嘘が結構心に来るらしいのだが。

「そんな風先輩の性格と、自分から仔猫の世話がきちんとできているか確認しに行くっていう行動が、どうしても俺の中で結びつかないんです。となると、風先輩に仔猫のチェックをするように言った誰かがいるんじゃないかって思いました。……とは言っても俺の考えすぎって事もあるので、そうじゃないかもしれませんけど」

 今のはあくまでも証拠も何もないただの仮説だ。誰かが助言したのではなく、本当に風本人が考えてそう言ったのかもしれない。

 しかしどうやら今の志騎の仮説は当たっていたようで、風は目を丸くすると驚き半分感心半分で言った。

「……すっごい。あんた、探偵としてやっていけるんじゃない?」

「俺よりも園子の方が向いてますよ。って事はやっぱり、誰かが先輩に助言したんですか?」

「う~ん……。まぁ助言と言うか、命令というか……」

「……?」

 やけに歯切れが悪い風に志騎が眉をひそめると、彼女の横にいる樹が風の体の陰からひょっこりと顔を出した。

「お姉ちゃんに仔猫の確認をする様に言ったの、刑部姫さんなんです」

「刑部姫が?」

 予想外との名前が飛び出し、今度は志騎が目を丸くした。勇者部がバーテックスと戦っていた時、サポートとして刑部姫がちょくちょく勇者部に顔を出していたのは夏凜と東郷から聞いていたが、まさかあの刑部姫が彼女達にそのようなアドバイスをしていたとは思いもしなかった。

 それから樹と風から詳しく話を聞いた所、どうやら本当に彼女が猫を飼う際の条件として勇者部が定期的に仔猫の世話をできているか確認する事を伝えたらしい。まさかあの刑部姫がそのような事を言うとは……と志騎は自分の相方の精霊の行動に心の底から驚いた。

 と、志騎の反応に苦笑を浮かべながら樹が刑部姫に助け舟を出す。どうやらこの少女だけは他の勇者部の面々と違って、自分同様彼女を少なからず信用しているようだ。

「確かに普段の刑部姫さんの態度からすると信じられないかもしれませんけど……。あの時の刑部姫さんは、嘘は言っていないように感じました。仔猫の飼い主さんを疑っていたというのもあると思いますけど、同時に生き物を育てる事の大変さを知っていたから、あんな事を言ったんだと思います」

「……確かにそうだな。俺もそう思うよ」

 自分が刑部姫と一緒にいた期間は育ての親である安芸と比べるとはるかに短いが、それでも彼には彼女の記憶と人格の元の人物――――氷室真由理が自分を育ててくれた記憶が確かにある。口と性格が悪い彼女だが、苦労しながらも自分を育ててくれようとしていた彼女はどこか楽しそうでもあった。

 生き物を育てるという事は楽しい事ではあるかもしれないが、同時に苦しい事でもある。何事も楽しい事だけでなく苦しい事もあるが、特に生命を育てる事に関してはそれが顕著だ。それを分かっていたからこそ、刑部姫は勇者部と仔猫の飼い主となる少女にそのような条件を出したのかもしれない。

 そして志騎が肯定すると、樹はにっこりと笑った。彼女の笑顔に志騎と風がつられて笑みを浮かべると、風がはきはきとした口調で二人に告げる。

「んじゃあたぶん、仔猫の確認も今日で終わりだろうし、さっさと確認を終わらせて学校に戻って、うどんを食べに行くわよ!」

「やっぱりうどんを食べに行くんだ……」

「今日はどれくらい食べるのかな……。この前と同じように大体四杯?」

「いいえ、もしかしたらそれを越えて五杯って事も……」

「いや、でもそうしたらさすがに風先輩でも夕食が入らなくなるんじゃ……」

 依頼を終えた時の事を考えて今からもう嬉しそうな笑顔を見せている風に、志騎と樹がひそひそと小声で話をするが、当然話の内容が風の耳に入る事は無い。

 そんなやりとりをかわしながら、三人は仔猫がいる民家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですかね、樹」

「大丈夫よ。何かあったらすぐに呼ぶように伝えてあるし、何よりもあたしの可愛い妹だもの!」

 仔猫の飼い主の民家の前に志騎と風は並んで立っていた。どこか心配そうな表情を浮かべる志騎とは対照的に、風は楽しそうな笑みを浮かべて妹を待っている。

 風の提案により、本日の仔猫の確認は樹一人でやる事になった。確認自体はこの前も風と樹が来て行っているので手順自体は分かっているし、三人揃って入っても住人の迷惑になるだろうからと言う風の考えによるものだった。最初名指しされた樹は少し不安そうな表情を浮かべてはいたものの、やがて腹を決めたのか最後にはキッとした表情を浮かべて民家へと入っていった。それから外に出てこない所を見ると、確認は順調なのだろう。中から樹と仔猫の飼い主の少女と母親の笑い声が時折聞こえてくるところから考えると、もしかしたら確認しながら二人と一緒に歓談をしているのかもしれない。

「だけど、部長は風先輩ですよね? だったら、風先輩がやった方が良かったんじゃ……」

「確かにそうだけど、何でもあたし一人でやるんじゃなくて、あの子一人で依頼をこなす事も大事なのよ。……あたしも、いつまでも勇者部にいられるわけじゃないしね」

「……そっか。あと少ししたら、卒業ですもんね」

 彼女の態度と勇者部の雰囲気からついつい忘れがちになるが、風は中学三年生であり、三月になれば讃州中学を卒業する身だ。入部してそんなに間がない志騎だが、そんな彼でもいなくなったら寂しいぐらい風は勇者部の大黒柱となっている。ましてや、それが自分よりも風と過ごした時間が長い友奈達であればなおさらだろう。風は両腕を真上に伸ばしながら、

「あたしが卒業しても大丈夫なように、今の内に少しでも樹を鍛えておかないと。今の樹なら勇者部を任せても大丈夫だって、そう思えるようにもなったしね」

 先の戦いの中、星屑からの攻撃を受けながらも失意に沈む自分を護ろうとして必死に戦う彼女の姿を思い出しながら、風は口元に笑みを浮かべる。勇者部に入って樹は前よりもずっと強くなった。今の彼女になら、勇者部を任せられる。まるでそう言っているような口調だった。

 彼女の穏やかな横顔を見ながら、志騎はきゅっと唇を噛むと俯く。そして恐る恐ると言った感じで、風にこんな事を言った。

「……あの、風先輩。ちょっと前から先輩に尋ねたい事があったんですけど……」

「尋ねたい事?」

 はい、と志騎は俯きながら返す。心なしか、彼の表情には緊張感のようなものが漂っていた。彼の様子にただならぬものを感じたのか、風も表情を引き締めて志騎からの質問を待つ。家の中から聞こえてくる笑い声が、今の二人にはまるで遠い世界の出来事のように感じられた。

 そして志騎は生唾を飲み込むと、ついに風に切り出した。

「――――先輩は、俺が憎くないんですか?」

「え?」

 突然の志騎の言葉に風が思わず呆気に取られた声を出すと、志騎は苦し気な口調で、

「……この前、刑部姫から聞きました。風先輩の両親は大赦に勤めていて、瀬戸大橋の戦いで亡くなったって……。それで先輩は、仇を討つために勇者として戦ってるって……」

「っ!」

 志騎の口から出た言葉に、風が驚愕で目を見開く。

 それを聞いたのはこの前の夕食時だった。新しいマンションに引っ越してから、刑部姫はたびたび志騎の夕食を食べにマンションに現れるようになった。志騎としては前の家にいた時から彼女の分の食事を用意するようになっていたし、水道費や光熱費、家賃などは全て刑部姫のブラックカードから出ていたので文句を言う事も無かった。

 そして夕食の時には二人で色々な話をした。最近の学校の事や大赦の事、志騎の体の事、さらには最近見たテレビ番組などの事まで。中には勇者部の面々についての話をする事もあった。

 風と樹の両親について知ったのもそのような話の中でだった。とは言っても、刑部姫が自分から話そうとしたわけではなく、単に話がつい盛り上がってそのような話題が出てしまっただけなのだろう。――――少なくとも、刑部姫にとっては。

 だが志騎にとってはそういうわけにもいかない。瀬戸大橋の戦いに巻き込まれて死んだという事は、それはつまり自分の同類であるバーテックスがいたせいで死んだという意味になるからだ。それを勇者でもありバーテックスでもある志騎が気にしないはずがない。

 その事を刑部姫の口から知ってしまった志騎はやはりと言うべきか落ち込み、彼の様子を見てそれを悟った刑部姫は自分の軽口に舌打ちしながらも、志騎にこう言った。

『一応言っておくが、奴らはあくまで戦いに巻き込まれただけだ。お前が殺したわけじゃない。そもそも、大赦に所属する以上はそのような死に方も覚悟しておかなければならん。奴らもそれは分かっていたはずだ』

 きっとあれは、彼女なりに志騎を励ましていたのだろう。だが、それで済むはずがない。例え自分が殺したわけじゃないにせよ、バーテックスが直接手を下したわけではないにせよ、バーテックスがいたせいで幸せだったはずの風と樹の運命が狂ってしまった事は疑いようのない事実なのだから。結局、その日の夕食は暗い雰囲気のまま終わった。

 それから志騎は表面的には風と普通に接していたものの、心の中では常に彼女と樹に対する罪悪感と不安が渦巻いていた。彼女は両親を殺したバーテックスと同類である自分をどう思っているのか。樹はその事を知っているのか。……彼女は自分を、憎んでいるのではないか。

「先輩が……勇者部の奴らが全員良い奴だって事はもう分かってます。俺がアンノウンだって知った時、俺が先輩達に襲い掛かった理由を話した時もあっさりと納得してくれましたし」

 刑部姫との夕食の時に、自我を失っていた自分が勇者部に襲い掛かっていた事を彼女から聞かされた翌日、志騎は冷や汗をダラダラ流しながら彼女達が交戦したアンノウン・バーテックスは自分である事を話し、すぐさま謝罪した。案の定と言うべきか夏凜に胸倉を掴まれて前後に思いっきりシェイクされたが、襲い掛かった理由が風達が先に自分に襲い掛かったからであり、何もしなければ自分はすぐに帰っていたであろうこと、あの時の自分は自我も記憶も全て無くしてしまっていた事などを話すと、心が広いと言うべきか彼女達はあっさりと志騎の謝罪を受け入れ、夏凜も不機嫌そうな表情を浮かべながらではあるが自分を許してくれた。しかも風などは『え、じゃああたし達は下手につつかなくて良い蛇をつついて無駄な戦いをしてたって事……?』と若干落ち込んでいた。その事を夜刑部姫に話した所、彼女は爆笑していた。相変わらず性格の悪さが極まっている精霊だった。

 それらの事から、風を含めた勇者部の面々が心の底から優しい人間だという事は志騎にもう分かっている。だが、それは風の個人的な感情とはまた別の問題だ。どれだけ志騎が言葉を重ねても、志騎が風と樹の両親を奪ったバーテックスの同類である事に変わりはない。

 そして極論になるが、もしも風が志騎を殺したいと思った場合、志騎はそれを受け入れなければならない。奪われた側である風には志騎を殺す権利があり、奪った側である志騎にはそれを受け入れる義務がある。どのような事であれ、風が望めば志騎はそれを受け入れなければならないのだ。

「でも、だからこそ俺はその優しさに甘えたくない。もしも風先輩が俺を殺したいほど憎んでるなら、俺は……」

「――――はぁ~~~~~~~~~~~っ」

 と、志騎の独白を遮ったのは風の長い長いため息だった。志騎が思わず彼女の横を見ると、彼女はすごく呆れたような表情で志騎の顔を見ている。

「志騎、あんたって東郷とはまた別の意味で真面目ね。疲れない? それ」

「え、あの、風先輩? どういう意味ですか、それ」

「いや、なんかすごく変な事で悩んでるなーって」

「変な事!? 俺これでも結構悩んで風先輩に尋ねてるんですけど!?」

 自分の悩みを変な事を断じられ、さすがの志騎も顔を引きつらせる。しかし志騎とは対照的に、風は空を見上げる。彼女の口元には、笑みすら浮かんでいた。

「憎んでなんかないわよ。確かにお父さんとお母さんはバーテックスに殺されたけど、殺したのはあんたじゃないでしょ。あんたを憎む理由なんて全然ないじゃない」

「………でも、俺はあいつらと同じバーテックスで……」

 それでもなお志騎が何かを言おうとすると、風は空から志騎へと視線を変えて続けた。

「確かにあんたはあいつらと同じバーテックスかもしれない。でも、あたし達は知ってる。あんたが東郷や乃木、銀と一緒に人を護るためにバーテックスと戦ってきた事を。あんたがあんたの力を人を殺すためにじゃなくて、人を護るために使ってきたって事を」

 だから、と彼女は一度言葉を切って、

「――――あたしはあんたを憎んだりしない。あたしにとってあんたは両親を殺したバーテックスの仲間じゃなくて、大切な勇者部の後輩。だからそんなに気にする必要なんてないのよ」

 そう言って、彼女はにっと笑った。風の笑顔に志騎は何を言って良いか分からず、ただ戸惑う事しかできない。しかし徐々に風の言葉を呑み込む事ができたのか、志騎はようやくぎこちない笑みを浮かべた。

「……分かりました。すいません、ありがとうございます。俺の質問に答えてくれて」

「別に良いのよ。後輩の悩みに付き合うのも、先輩の役目でしょ?」

 恩着せがましく言う事も無く、風は快活に笑った。しかし直後、その笑みに寂し気な感情が混じる。

「……その代わりと言ったらなんだけど、あたしがいなくなったら樹の事お願いね。最近頼もしくなったとは言っても、やっぱり一人じゃ大変な事もあるだろうから」

「……はい。俺にできる事なら、いくらでもサポートします」

「ありがと! ……それにしてもあたしは幸せ者ね。樹だけじゃなくて、友奈達やあんたみたいな頼もしい後輩が入ってくるんだから」

「俺なんかより、あいつらの方がよっぽど頼りになりますよ」

「謙遜するわねぇ」

 軽口を叩き合う二人の顔に笑いが広がり、先ほどまで重くなっていた雰囲気が明るくなる。二人はしばらく互いに笑っていたが、そんな時突然風がこんな事を言った。

「まぁ、卒業してもあたしは変わらずに勇者部に入り浸るんだけどね!」

「何でですか。樹に任せる話はどうしたんですか」

「いや、確かにそうなんだけどさ……。やっぱり可愛い妹を放っておけないというか、あたし一人だけ先に高校に通うから、正直寂しいというか……」

「さっきまでの俺の感動を返せ」

 照れ臭そうに頬を掻く風にジト目を向ける志騎の言葉からついに敬語が抜ける。友奈や東郷、何より樹本人から樹は家事のほとんどを風に依存していたと聞いたが、風の樹に対する溺愛っぷりも相当だ。両親を中学生の内に亡くしてしまったのだから仕方ないのかもしれないが、自分の思い描いていた姉のイメージとは遥かに違い過ぎて眩暈すら覚えてしまう。

 ――――あるいは。

 彼女も目の前の少女と同じように自分の事を大切に思いながらも、それをあまり表には出さなかっただけなのだろうか。

 あの、冷たそうに見えるが本当は教え子や自分の事を大切に思ってくれていた、姉のようであり母親のような存在の女性は。

(……今頃何してんのかな、安芸先生)

 心の中でそう呟くが、当然それが安芸や風に伝わる事は無い。

 それから二人が雑談をかわしていると、ようやく樹が民家の中から戻ってきた。

「お姉ちゃん、志騎さんごめんなさい! 遅れちゃって……」

「別に良いわよ、随分楽しそうだったし。で、どうだった?」

「うん。あの子もきちんと世話を続けてたし、仔猫も元気そうだった。あまりに丁寧に世話を続けてるから、お母さんの方が驚いてたよ」

「そう、ならもう心配なさそうね」

 確認ができた以上、もう勇者部がここに来る必要はない。これで晴れてあの仔猫は家族の一員だ。

「じゃあ、帰りましょうか! 志騎、あんたはどうする? あたし達は学校に戻って友奈達が帰ってくるのを待つつもりだけど」

「俺もそうします」

「じゃあ、一緒に帰りましょう!」

 樹の言葉で、三人は来た時と通った道を戻り始める。心なしか志騎の表情は、来た時よりも少し晴れやかに見えた。

 

 

 

 

 

 

「樹、何買う?」

「うう~ん、ちょっと待って……」

 学校へと向かう道の途中にあるコンビニの店内に、風と樹と志騎の姿はあった。時間が経つにつれて段々寒くなってきたので、何か温かい飲み物でも買おうという風の提案でだった。風の手にはすでに温かいお茶のペットボトルが握られ、樹は紅茶にするかカフェオレにするかで悩んでいるようだった。志騎はすでにココアのペットボトルを手にして、二人とは少し離れた所でコンビニの雑誌を眺めている。

 そして悩みに悩んだ末、樹が紅茶のペットボトルを手にしようとした時だった。

「か、金を出せぇえええええええええええええええええええええっ!!」

 突然コンビニのレジから怒号が聞こえ、風が目を向けるとそこにはフルフェイスのヘルメットをかぶった男らしき人物が包丁を店員に突き出していた。見るからに、というか明らかにコンビニ強盗だった。その姿を見て、コンビニにいた客の何人かの動きが止まり、中には軽い悲鳴を上げる者すらいる。

「お、お姉ちゃん……!」

 強盗の姿に怯えた樹が風のそばによってきて、風は彼女を安心させるように頭を撫でてやる。風は一度呼吸をして自分を落ち着かせながらも、強盗の姿を観察する。

 包丁を軽く振って店員を急かせている強盗はそもそもこのような事をするのが初めてなのか、声も包丁を握る両手もかすかに震えている。とは言っても、それはそうだろう。人々のモラルが高いこの神世紀でもひったくりなどを行う人間はいるが、それでも西暦に比べると犯罪の発生件数は大分減った方だ。あの男も恐らく、強盗などをするのは今回が初めてだろう。行う理由も、やむを得ない理由である可能性が高い。

(だからと言って見逃すわけにはいかないけど……さすがに下手に動く事は出来ないわね)

 以下に勇者と言えど、神樹の力が無ければ自分達はただの女子中学生だ。それに対して相手は大人の男性であり、どうしても力や体格の差が出てしまう。おまけに手には殺傷能力を持つ包丁。大方店員を脅すつもりで持ってきたもので自分から人を刺すような真似はしないだろうが、人の命を奪う事ができる事に変わりはない。下手に取り押さえようとすれば、自分の体に突き刺さる事だって考えられる。

 幸いと言うべきか、ただ金を奪って逃げる事しか彼の頭にはないようだ。今自分にできる事は、彼が周りの人間に危害を加えないように警戒する事だ。下手に刺激して周りに飛び火するような事だけは避けなければならない。警察への通報は、とりあえず強盗が逃げた後で。

 風が冷静に頭の中で算段を纏めている最中にも強盗の動きは続いていき、ついに怯えた店員がレジから一万円札を数枚取り出し強盗に差し出す。強盗は手早く一万円札を奪い取ると、そのままコンビニの自動ドアへと急いで走り去ろうとする。

 その時だった。

「おい、強盗なんてやめときなよ」

 突然強盗に声がかけられ、彼の足が止まると共に目線が声の主へと向けられる。

 強盗に向かって、場違いとも思えるほど冷静な声を発したのは、風と樹が知る人物だった。

(志騎……!?)

 強盗に声をかけたのは、自分達と一緒にコンビニに入った志騎だった。彼は手にしていたココアのペットボトルを床に置くと、強盗に静かに声をかける。

「強盗なんてやってもロクな事ないって。そんなんで逃げ切れるほど警察は甘くないぞ。あんたもたぶんやむを得ない事情でやったんだろうけど、今ならまだ間に合うから引き返しとけ。こんな事で臭い飯を食うのは嫌だろ?」

「う、うるせぇ! テ、テメェには関係ねぇだろ!」

「声も手も震えた状態で言われてもなぁ……」

 ポリポリと頬を掻きながら、なんと志騎はゆっくりと強盗に歩み寄る。客の何人かから悲鳴が上がり、強盗の手がさらに震える。

「く、来るな!! さ、刺すぞ!! 本当に刺すぞ!?」

「あっそう」

 しかし志騎は強盗の脅しを聞く事なく、さらに強盗に接近していく。

「志騎、止まりなさい!! 志騎!!」

 それまで傍観していた風が志騎に叫ぶが、風の声にも志騎は止まらない。ただ静かに強盗に接近し、ヘルメットの内にある目を静かに真正面から見つめている。自分に迫りくる少年の圧力に、強盗の頭が徐々に真っ白になっていく。

「う、う、う、うわぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 そしてついに強盗の握った包丁が志騎に突き出され、風の目が見開かれ、樹が口に両手を当てる。

 一方、包丁に怯む事無く志騎は最短ルートで強盗の包丁を握る右手を抑えにかかった。

 最短ルートとは、当然強盗の包丁を握る右手の手首の真上。

 ではない(・・・・)

 答えは、強盗の手そのもの。

 志騎が左手を開くと、強盗の握った包丁が志騎の左手を貫通。肉を貫くと音と共に包丁の刃が左手の甲から飛び出し、水っぽい音を伴って噴き出た鮮血がコンビニの床を汚した。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 店内にいた女性客から悲鳴が響き、突き刺した当人である強盗が目を見開いて動きを硬直させる。さすがの本人も、まさか目の前の少年が自分から左手を突き刺しに来るとは夢にも思わなかったのだろう。

 が、それに対する志騎の反応はまさかの無だった。痛みで叫ぶ事も無ければ、表情を変える事すらしない。彼は眉をピクリとも動かさず、あえて左手を包丁で貫通させてできる最短ルートを使って強盗の左手を抑えていた。そして、そこから志騎の反撃が始まる。

 自らのバーテックスの力を解放し、包丁が貫通したまま左手で強盗の右手を万力の如き握力で握る。

「いでぇっ!?」

 その握力に、強盗の口から悲鳴が漏れた。握りつぶされてはいないだろうが、これで強盗の思考と動きが止まる。そして強盗の両足が開き、そこを狙って志騎は右足の脚力を強化すると強盗の股間目掛けて勢いよく右足を振り上げた。ズドン!! という音と共に志騎の右足が強盗の股間に直撃すr。

「――――」

 声にならない悲鳴と共に強盗の口からぶくぶくと泡が噴き出て、両目がぐるんと白目を剥く。強盗の股間から右足を抜くと、強盗はばたりとその場に倒れた。

「これで良しっと。……あ、店員さんすいません。警察に連絡お願いします」

 と、左手に包丁が刺さり、手からポタポタと血液を出しながら、志騎はこの場にそぐわないほど呑気な声で絶句している店員に声をかけるのだった。

 

 

 

 

 「事情とか話すと色々と面倒」という志騎の言葉により、志騎、風、樹の三人は店員が警察を呼ぶのを確認するとばれないようにそそくさとコンビニから出た。強盗の股間を大分強く蹴り上げたのでしばらく目は覚まさないだろうし、あの後残った客の何人かが強盗の手を縛り上げていたので逃げる事もできないだろう。

 だが現在、志騎を悩ましている問題が一つあった。志騎は悩まし気な表情を浮かべると、前を歩く風と樹に恐る恐る声をかける。

「あの……風先輩、もうそろそろ機嫌を直しませんか? 樹もそんなに泣くなよ、怪我ならもう治ってるんだし」

 ほら、と志騎が左手を掲げるとさっきまで血を流していた左手の傷はすでにバーテックスの細胞の力によって再生され、元の綺麗な肌になっていた。しかしそれに対する風の反応は非常に冷たいものだった。

「あんた、それで済むと本当に思ってるの?」

 前を見ているので表情は分からないが、彼女が心の底から怒っているのは冷え切った声の調子から分かる。さらに樹からは、ひくっとまるで先ほどまで泣いていたかのようにしゃくりあげる声が聞こえた。そんな二人を見て、参ったなぁ……と志騎は心の中でため息をつく。

 コンビニを出てから二人はこんな調子だった。風は全身から不機嫌そうなオーラを出しながら何も言わずに早足で歩き、樹は志騎の行動と傷に相当なショックを受けてしまったのか先ほどまでずっと泣いていた。それに対して志騎が二人の機嫌を直そうと先ほどから声をかけているものの、風の反応は冷たいし、樹は泣いてばかりで全然会話が成り立たない。さすがの志騎もどうすれば良いかまったく分からなかった。

 気まずい雰囲気の中志騎が二人に続いて歩いていると、突然風が足を止め、志騎と樹の歩みも自然と止まる。そして風がようやく振り返るが、案の定と言うべきか彼女の表情は非常に不機嫌そうだった。

「あんた、どうしてあんな事したの?」

「え……」

「強盗を捕まえるためとはいえ、方法はいくらでもあったはずでしょ? わざわざあんな事しなくてもあとで警察に通報すれば良いし、大体あんたならあんなやり方しなくても強盗を捕まえる事ができたはずでしょ? どうしてそうしなかったの?」

 口調は静かだが、言葉には今にも爆発しそうなほどの激情が込められている。ここで答えを間違えるとまずい、と悟った志騎は言葉を選びながら言う。

「いや、まぁ確かにわざわざ手を貫通させる事はなかったかもしれないですけど、ああした方が強盗の気をそらせると思いましたし、あの方が手っ取り早く捕まえる事ができそうだったんで……。それに下手に刺激をしたら、周りのお客さんにも危害が及びかねないと思ったんで、それで……」

 確かに志騎があのような手法を取った事で強盗に隙を作る事ができ、手っ取り早く意識を刈り取る事も出来た。しかし、それで風の怒りが収まるはずがない。

「だからって、あんなやり方する事ないでしょ!? いくらあんたの回復力がすごいって言っても、心臓を刺されたらどうするの!? 本当に死んでたかもしれないのよ!?」

 頸動脈を切り裂かれてもすぐに回復する志騎の体だが、さすがに脳や心臓を破壊されたら本当に死亡する事は志騎本人からすでに知らされている。当たり所が悪ければ、本当に死んでいたかもしれないのだ。そんな事を、勇者部の部長であり常日頃から志騎を含めた部員達の事を大切に思っている風が気にしないはずがない。彼女がここまで怒るのも当然だろう。

 が、ここで志騎は致命的なミスを犯してしまった。勇者部の一員とはいえまだ付き合いが浅い風に向かって、ある意味言ってはならない言葉を言ってしまったのだ。

「べ、別に良いじゃないですか俺の体が傷つくぐらい。それで強盗を捕まえる事ができましたし、それに勇者部が強盗を捕まえたって話題にもなりますよ。そうしたら、依頼がもっと増え……」

 そこまで言いかけた所でようやく志騎は自分の失言に気づき、慌てて口を閉じる。しかし時すでに遅く、風は今自分が聞いた言葉を信じられない気持ちで聞いていた。

「自分が傷つくぐらい……? そうすれば、勇者部の依頼がもっと増える……?」

 今志騎が言った言葉には、自分の命への興味や関心がまったくない。

 ただあるのは、自分の命を危険にさらす事で勇者部に貢献しようという、あまりに歪な感情だった。

 それを聞いて、風はくしゃっと表情を歪めて顔を俯かせる。

 ――――自分は今まで誤解していた。

 今までの志騎との会話から、彼はどこか東郷と似ている所があると思った。とても真面目で、いつまでも自分の所業に対して深く考え込んでしまう。

 しかしそれは違った。彼は東郷ではなく、むしろ友奈と似ている。

 友達や大切な人のためなら、冗談抜きで命を懸ける事が出来てしまう。

 違うのは、友奈は命を失う恐怖も不安も感じる事ができるのに、彼にはそれがない。恐怖も不安も感じる事無く、自分の命をまるで賭け事の(チップ)のように扱う。友奈よりも、はるかにタチが悪い。

 友奈が強い精神の持ち主ならば、志騎は弱い強い以前の問題として、そもそも精神の在り方が人間のものと違い過ぎる。さながら、他人の命はおろか自分の命すらも駒として扱う刑部姫のように。

 言い方を悪くすれば、大小あれど二人揃ってイカレている。あの親にしてこの子あり、とはよく言ったものだ。

「あの、風先輩。大丈夫ですか?」

 突然無言になってしまった風を心配してか、志騎が心配そうな声音で声をかける。自分の命にはとことん無関心なくせに他人には普通に心配する、というのが非常に腹立たしい。何故その感情を少しでも、自分には向けてあげる事が出来ないのか。怒りと悲しみで心の中がごちゃごちゃになるのを感じながら、風が口を開く。

「……あたしは大丈夫よ。それより、あんたこそ大丈夫なの? あんなに包丁が刺さって、痛かったでしょ……?」

「え? ま、まぁ痛くないと言えば嘘になりますけど、我慢できますし。大した問題じゃないです」

 そんなわけがない。包丁が突き刺さる事は大した問題だ。きっと誰かが自分と同じような目に遭ったら、目の前の少年も同じ反応するだろう。彼がこんな事を言うのは、突き刺さったのが彼自身だったからだ。本当に、自分の体と命に対しては関心が無い。

「………ねぇ、志騎。一つ聞いても良い?」

「え?」

 きょとんとした表情を志騎が浮かべるが、それを気にせずに風が尋ねる。とは言っても、どのような答えが来るかはある程度予想がつくのだが。

「あんた、自分がいつ死んでも良いって思ってるでしょ」

 直後、志騎の表情が変わる。困惑した表情から、まるで図星を突かれたような表情に。それからふっと儚い笑みを浮かべると、答えを告げた。

「……言いたくありません」

「どうして?」

「言ったらきっと、風先輩も樹も怒るから」

 その言葉にそばにいた樹の呼吸が止まるのを感じた。その言葉が、風の質問が正しい事を何よりも意味してしまっていた。

 自分が予想していた答えが返ってきたしまった事に、風は奥歯を噛み締める。そうだろうな、とは感じていた。そうでなければ、コンビニで見せたような行動をする事などできない。

 でも、今の風の心にあったのは怒りよりも悲しさだった。

 確かに彼はバーテックスかもしれない。多くの人々の命と幸福と未来を奪った化け物の同類かもしれない。

 だが、それがなんだというのだ。

 化け物なら、傷ついて当然だと言うのか。

 化け物の同類なら命がけで人を護っても、死んだ方が良いと言うのか。

 ――――そんな事は決してない。

 なのに目の前の少年は笑っている。それが当たり前であるかのように。仕方のない事だと言うように。

 それが風には悲しくて、苦しくて、悔しかった。

 しかし例えここで志騎を叱ったとしても、志騎がその生き方を変える事は無い。それで変えられるほど志騎の意志は弱くないし、それほどまでにバーテックスが人類にした事は重すぎると言えるからだ。

 ……なんという皮肉だろう。

 自分達がバーテックスを憎めば憎むほど、彼はどんどん苦しみ、彼の背負うものはさらに重くなっていくのだから。それが分かっているから、これ以上何かを言う事は風には出来なかった。

 風は唇を痛いぐらいに噛み、目に涙を目いっぱい溜めて顔を上げると震える声で志騎に言った。

「……分かったわ。あんたがそう言うなら、あたしも樹も聞かない。でもそのかわり、約束して。あんな、自分を傷つける様な事は、もうしないって。お願いだから、約束して……」

 風は見てきた。

 バーテックスとの戦いの中で満開して、自分の後輩達の体の機能が失われるのを。

 ようやく見つけられた樹の夢が、自分のせいで潰えそうになるのを。

 本当に、大切な勇者部の部員達が苦しんで涙する所を、嫌と言うほど見てきた。

 だからこそ、どんな理由があっても、例え相手が人間の形をしたバーテックスであろうとも。

 大切な勇者部の後輩が傷つく所など、もう風は見たくなかった。

「……分かりました。極力そうしないようにします」

 それを聞いて思わず風は笑ってしまった。極力とは、随分卑怯な物言いがあるものだと思う。しかしそれが志騎の性格を表していた。彼はきっと今後も、必要があれば自分の体や命を容赦なく危険にさらす。だから絶対にそうするとは風に約束する事が出来ず、かといってそれは守れないとは言えない。

 だから、極力。

 自分を大切にしてくれる人には嘘をつきたくないという、志騎の本音が出ている答えだった。

 笑う風につられるように志騎も笑い、先ほどまで泣いていた樹の顔にもまだ涙の後は残っていたが、ほっと安堵の息を漏らしていた。今度こそ暗く重かった雰囲気が取り払われ、あとはまっすぐ学校に向かうだけの穏やかな時間が流れる――――。

「じゃあ樹、学校に帰ったら志騎を説教するから志騎の右腕掴んで」

「うん」

 とはならなかった。姉の言葉の直後、樹は志騎の右腕をがしっと掴むと、さらに風が彼の左腕を掴む。傍から見ると両手に花のように見えるが、志騎からすると罪人の逃亡を阻むようなフォーメーションだった。

「あれ? どうしてこうなるんですか? 今ので俺のやった事は帳消しになるんじゃなかったんですか!?」

「何言ってんのよ、なるわけないでしょ。あんな無茶やったお仕置きとして、学校に帰ったら一時間説教よ。コンビニの事は銀と東郷と乃木にも話して、四人で説教だからね」

「安心してください、志騎さん。お説教が終わるまで、私も部室に残ってますから」

「なんの安心にもならないんだけど!? ちょっと待って、黙秘権を行使する!」

「残念ね。あの部室には日本のルールは通用しないの」

「勇者部の部室は治外法権だった!?」

 悲鳴じみた声を上げながら、二人にバーテックスの力を振るうわけにもいかず、志騎はずるずると引きずられる形で学校へと連行された。

 ――――それから活動を終えて戻ってきた勇者部部員全員に本日のコンビニの志騎の行動が暴露され、宣言通り志騎は笑顔の東郷、園子、銀、風から一時間正座でお説教をされ、ようやく説教が終わる頃にはまともに立つ事ができなくなっていたのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 




 一週間経ってしまいましたが、皆様明けましておめでとうございます。白い鴉です。
 今回は犬吠埼姉妹との日常を書くと共に、天海志騎という存在の異常さ・歪みについてのお話を書かせていただきました。作中では色々と書きましたが、志騎は普段は壊れているようには見えませんが、戦闘時や緊急時になるとその壊れっぷりと言うかイカレッぷりが顕著になるキャラクターとして書いており、対照的に刑部姫/真由理は常時異常さが際立つキャラクターとして書いています。
 何故そうしているのかというと、自分は東京喰種や呪術廻戦、チェンソーマンなどダークな雰囲気漂う漫画を愛読しており、その影響をモロに食らっているのが主人公とオリキャラである志騎と真由理だからです。なので志騎はいざという時は足を捩じ切ったり、わざと攻撃を食らって相手を倒すなどという行為を平然とします。それは真由理も同様ですが、彼女の場合は体は生身の人間ですのでさすがに足を捩じ切ったりは出来ませんが、それに近い事は平然とできます。
 また、作中でも指摘されている通り勇者部で志騎は唯一の男ですが、彼のヒロインは三ノ輪銀でありハーレムにする気は一切ありません。彼の勇者部内のポジションは『冷静で物静かだけれどいざという時のイカレっぷりが凄まじい末弟』であるため、風などからは弟のような扱いになっています。もしもこれが乃木若葉は勇者であるや花結いの世界だったら、彼はきっと若葉とひなたの息子的ポジションに収まっている事でしょう(一つ変な箇所がある? 気のせいですよ)。
 再び長々と書いてしまいましたが、次回は三好夏凜との交流がメインの日常回の予定です。それが終わったらついに勇者の章の原作に突入したいと考えています。次回も張り切って彼らの日常とシリアスを書いていきたいと思います。未熟な私ですが、今年も何卒よろしくお願いします。
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