天海志騎は勇者である   作:白い鴉

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刑「今回からついに本編に突入する。今回の話は原作の大満開の章の第一話目となり、次回から勇者の章一話に入り、シリアスな場面も出てくる。なので、シリアスが好きな奴らは少し待つように」
刑「では第四十六話、楽しんでくれ」


第四十六話 勇者部の愉快な日常

 ――――人が死ぬ夢を見る。

 腕も足もない白い化け物が天から舞い降り、逃げ惑う人達を噛み殺す。

 ムシャムシャ、ガツガツ、ムシャムシャ、ガツガツ。

 そんな音に混じって液体が噴き出る音がすると、地面に鉄臭い赤色がぶちまけられた。

 あまりにも非現実的で、まるでペンキのよう。

 空は真っ暗だが、それは夜だからという理由ではなく、真っ暗な雲が空を塗りつぶしてしまっているから。電気も化け物達の襲撃のせいかほとんど機能停止しており、星の明かりも見えないため人々は明かりを頼りに逃げる事すらできない。

 ある者は白い化け物に噛み殺され、ある者は化け物の襲撃の際に生じた火災によって焼かれ、ある者は人間同士の争いによって死んだ。

 だが、そんな事はどうでも良い。

 今の自分の役目は、万物の霊長などと大層な呼称で呼ばれている存在を一人残らず殺す事。

 そして前に移動すると、すぐ近くからガラッ、と何かが崩れたような音がした。

 音の方に視線を向けると、そこには小さい少年を抱えた中学生ぐらいの少年の姿があった。きっと兄弟なのだろう。二人共自分を恐怖の視線で見つめている。

 だが、そんな事はどうでも良い。

 相手が人間なら、殺すだけ。

 自分は口を開けると、少年達に向かって急接近する。

 ヒッ、と兄が恐怖のあまり息を呑むが、もう遅い。

 次の瞬間、少年達の上半身を丸ごと飲み込む形で口が勢いよく閉じられる。

 バツン、という音と共に液体が口の中に広がり。

 少年達の上半身を失った下半身だけが、ボトリと地面に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

「………っ」

 悪夢から目を覚ました天海志騎は、頭を抑えながらベッドからゆっくりと起き上がる。それから自分の体を見下ろすと、チッと舌打ちした。

「はぁ………」

 自分が着ている服も下着も、自分の汗でびっしょりになっていた。目覚まし時計を見て見ると、時刻は朝の五時近く。悪夢と汗による不快感のダブルパンチで気分が最悪になってしまった志騎は、のろのろとベッドから立ち上がる。

 志騎はバーテックスの細胞の記憶の共有により、今のような悪夢を二日に一度は見る。そのたびにパジャマと下着を変え、ベッドのシーツや枕カバーをこまめに変えなければならないのだからたまったものではない。ベッドは木製のためカビになると嫌なため、マットレスの下に一応の対策として湿気を吸うシートは敷いているが、そのたびにマットレスや布団を干さなければならないため正直面倒だ。おまけに汗を洗い流すためのシャワーも浴びなければならないと、悪夢を見た日は面倒臭い事この上ない。

「ま、愚痴っても仕方ないか……」

 愚痴を言っても悪夢を見なくなるわけではない。それに悪夢を見るというのはバーテックスの罪を背負う上でどうしても通らなければならない道のようなものだ。泣き言を言うわけにもいかない。

 ――――バーテックスに殺された人々は、泣き言を言う事もできなくなったのだから。

 そして志騎はパジャマを選択して、さらにシャワーも浴びるために風呂場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 シャワー、洗濯、料理の全てを終えた志騎はいつも通り学校へ向かう準備を整えると下で待っていた銀と一緒に他愛のない話をしながら自転車で学校へと向かった。悪夢のせいで気分は悪かったが、幸いと言うべきか銀に夢の事はバレてはいない。彼女に知られてしまったらきっと心配するだろうから、彼女の前では平常を常に保つようにしている。とは言っても彼女は勘が良い所もあるので、バレないように努力する必要があるのだが。

 学校についてから授業の方もトントン拍子に進み、あっという間に時間が流れて昼食の時間となった。

「よし! 午後も授業頑張るぞー!」

 昼食の時間、志騎はこの時間のいつも通りの面子となりつつある高橋在人と佐藤良太と一緒に弁当を広げていた。ちなみに今日の在人の昼食はいつも通りの総菜パンに、良太の方もいつも通り姉特製の弁当だ。今日も相変わらず、良太の方の弁当は何が材料なのかいまいち分からない。食べてみたいという気持ちも無くはないが、正直何が入っているか怖くて手が出せないというのもある。まるでギャンブラーだな、と志騎は先日のゲームセンターの夏凜の姿を思い出しながら苦笑した。

「在人、また総菜パン? 野菜も食べないと体壊すよ?」

「大丈夫だよ! ちゃんと焼きそばパンにも野菜入ってるから!」

「ガキみたいな事言ってんなよ」

 焼きそばパンを笑顔で頬張る在人に呆れながら、志騎は今日の朝作った弁当に箸をつける。と、その直後良太が志騎にこんな事を言った。

「そういえば、僕の勘違いかもしれないんだけど……。天海君、今日具合とか悪いの?」

 ピタリ、と志騎の箸が一瞬止まる。具合が悪いというわけではないが、今日の悪夢のせいで気分が少し落ち込んでいたので、まるでそれを見抜かれたような気持ちになったからだ。すると在人の方も良太に同感だったのか、

「え、もしかして良太も気づいてたのか?」

「僕もって事は、在人も?」

「ああ。なんか今日の天海、暗いっていうか、元気がないって言うか……。なぁ、何かあったのか?」

 そう言うと在人は心配そうに志騎の顔を覗き込んだ。人は見かけによらないと言うか、中々鋭い少年達だった。志騎は一度ため息をつくと、やれやれと言うように苦笑した。

「実は今日の朝、悪い夢を見ちゃってさ。あんまりにも酷い夢だったから、今でも引きずってるんだよ」

 たかが夢で、と呆れられたり笑われるかもしれないと志騎は思ったが、二人は笑わなかった。在人の方は「そうか……」とどこか神妙な顔で俯き、良太の方も「そんなにひどい夢だったんだ……」と笑わずに納得してくれていた。二人の真剣な反応に志騎がどうすれば良いか困っていると、在人が突然「よしっ!」と声を張り上げた。

「夢を見たせいで落ち込んでる志騎のために、俺が考えたとびっきりの爆笑ギャグ十連発を見せてやるよ!」

「別に良いよ。明るくするどころか場を盛り下げてどうするんだよ」

「え!? 俺のギャグってそんな扱いなの!?」

 冷たいツッコミに、在人は落ち込んで机に突っ伏してしまった。どこからかガーンという音が聞こえてきそうである。そんな在人の姿に志騎は言い過ぎたか、と思いながもある事が気になって在人に尋ねた。

「そう言えばさ、どうして高橋ってそんなにお笑い芸人になりたいんだ? お前のギャグセンスって……その、お世辞にも高いとは言えないし、お前なら他の道もあるんじゃないか?」

 志騎の言う通り、高橋在人はツッコミスキルはともかく、ボケというかギャグのセンスはほとんど皆無に等しい。だが、それ以外の才能までないわけではない。

 初対面の相手に対しても恐れずに話しかける事ができる積極性、それでいて相手との距離を測り間違えないコミュニケーション能力。最近は言葉のキャッチボールなど全く無視して相手にただ語りかける事をコミュニケーション能力が高いと勘違いする馬鹿も多いが、彼の場合はきちんと相手の言いたい事を聞いて、その上で相手に自分の意志を伝える事が自然とできている。これは練習などで身に着けたものでは無く、天性のものだ。そのような性格からかギャグそのものは不評であるものの、クラス全員から慕われるほどのカリスマ性というか、リーダーシップというものを彼は備えている。別にお笑い芸人を目指さなくても、それ以外の道も十分にあるのではないかというのが志騎の正直な意見だった。

 それなのに、どうして彼はお笑い芸人という夢に向かって突き進もうとしているのか。

 志騎には、それが不思議だった。

 すると本人も何回も言われた事があるのか、在人は腕を組んで難し気な表情を浮かべながら、

「まぁ、確かに今までにも何回か言われた事があるし、俺も正直悩んでる最中ではある。でも、やっぱりお笑い芸人になりたいなって言うのが俺の今の夢なんだよ」

「どうして、そこまで?」

 あくまでもお笑い芸人という夢を諦めたくない在人に志騎が再度尋ねる。すると、事情を知っているのか良太が口を開こうとするが、それを在人が手で押しとどめる。自分で話す、という事だろう。

「俺がお笑い芸人になりたいって思ったのは、父さんの影響なんだよ」

「お前のお父さん?」

 ああ、と在人は首肯して、

「こういう事言うと偉そうに聞こえるかもしれないけど、俺のじいちゃんって会社の社長なんだ」

「え、社長?」 

 一瞬冗談かと思ってしまったが、在人が真剣そのものの表情を浮かべて頷いた。そう言えば、この前クラスメイトの数人が在人について噂をしていた。なんでも彼はどこかの会社の社長の孫であり、将来は祖父の会社を継いで社長になるのだとか。噂自体は志騎の耳に入って来ていたが、所詮は噂だと聞き流していた事もあり、今に至るまですっかり忘れてしまっていた。

 しかしその噂が本当だとすると、確かに納得できる。在人の高いコミュニケーション能力、自然と人を引き付けるカリスマ性とリーダーシップ。これらは企業の社長には無くてはならないものだ。これが彼の祖父からの遺伝によるものだとしたら、確かに頷ける。

「じいちゃんの会社は医療機器メーカーでさ。そんなに大きくないけど、社員の人達はみんな良い人達で子供の頃から世話になったよ。で、その会社の技術開発者が父さんだった」

 自分の父親の事を語る在人の顔は懐かしそうであり、誇らしげだった。それだけで彼が自分の父親をどれだけ慕っているかが伝わってくる。

「お前のお母さんもその会社にいたのか?」

「いや、母さんは俺が生まれてすぐ後に死んじゃったみたいなんだ。だから、顔も覚えてない」

「………すまん」

「別に良いって!」

 謝る志騎の肩を慰めるようにポンポンと叩くと、在人は説明を続ける。

「でも、俺が子供の時会社の経営が上手くいかなくなった時があってさ。会社の雰囲気が暗くなった時があったんだ。技術開発をしてた父さんは毎日沈んだ表情をしてて。そんな父さんを笑わせたいと思って、色んな事をしたんだ。まぁ、その時の俺にできる事は変顔しかなかったんだけどな!」

 けど、と在人は一度言葉を区切り、

「そんな俺の初めてのギャグを見て、父さんは笑ってくれたんだ」

「…………」

「それ以来、毎日あの手この手で父さんを笑わせたよ。今考えると、父さんもよくあの時の俺のギャグで笑ってくれたなぁって思う」

 それはきっと、嬉しかったからだろう。

 自分の息子が落ち込んでいる自分を励ますために、精一杯考えたギャグで自分を笑わせようとした。ギャグが笑えるかどうかよりも、その気持ちが嬉しくて父親は笑ったのだろう。

 それは間違いなく、在人が人を笑顔にさせたという証明だった。

「それから会社の業績も段々回復して来て、暗かった社内も元に戻ってさ。父さんからお前のおかげだって褒められたよ。よく考えると、ギャグを笑ってもらった時よりもあの言葉をかけてもらった時の方が嬉しかったなぁ」

「そうだったのか……。お前のお父さんは、今も会社の技術の方に?」

 と、志騎が尋ねると在人の表情がまた曇った。彼は手を組んで俯くと、静かに言った。

「……いや、六年前に死んだ」 

 彼の口から出た言葉に志騎は目を見開くも、すぐに冷静さを取り戻して在人に尋ねる。

「それって、病気か何かで?」

「いや、交通事故で」

 そう言うと在人は、ポツポツと話し始めた。

 彼が父親を失い、彼の夢の原点となった日の事を。

「その日俺は父さんと一緒に散歩をしててさ。そんな俺達に、トラックが高速で突っ込んできたんだ。あとから警察の人に聞いたんだけど、何でも居眠り運転だったみたい。で、父さんは俺を庇ってトラックに撥ねられた。周りの人達が救急車と警察を呼んでくれてる中で、俺は血だらけの父さんに駆け寄ったんだ。俺の顔を見て、父さんは笑いながらこう言ったんだ。『……在人、夢に向かって飛べ』って」

「………夢」

「ああ。で、俺はお笑い芸人になって、たくさんの人達を笑顔にさせるって夢に向かって飛ぶために、日々こうして頑張ってるってわけ! まぁギャグの方は中々成長しないけどな!」

 笑顔で笑う在人の顔を見て、志騎は何も言う事ができなかった。

 今の話こそが、彼の夢と想いの原点。彼が夢に向かってまっすぐ突き進もうとした理由であると同時に、できればあまり思い出したくない彼の古傷。本当なら、話すのも苦しいだろう。

 それなのに、彼は自分にこうして話してくれた。

 自分の事を、大切な友達だと思ってくれているから。

 自分の事を、夢の原点について話しても良い人間だと認めてくれているから。

 何回も笑えないギャグを言いながらも、人を笑わせるために突き進む彼の姿が……志騎には、眩しく見えた。

「なぁ、佐藤」

「ん、どうしたの?」

「高橋って、良い奴だな」

 すると今まで彼の話を黙って聞いていた良太はにっこりと笑って、

「うん。僕もそう思うよ」

「お、おいおい何だよ二人共! 照れるだろ~!」

 そう言いながらも嬉しいのか、在人は笑いながら二人の肩をぱんぱんと叩く。痛いなと志騎は困ったように笑いながらも、在人に尋ねる。

「でも、社長がお前のじいさんって事は、後を継いだりとか考えないのか? 別にそうでなくても、会社に入ったりとか……」

 すると在人はうーんと腕を組んで、

「まったく考えなかったわけじゃないけど……。今まで俺って、じいちゃんから好きなように生きろって言われてきたから会社の事についてはあまり考えてこなかったし、社員さん達からの反発もあるだろうしな……。大体俺って、社長ってガラじゃないだろ?」

「僕はそんな事ないと思うよ」

 そう言ったのは、姉特製のお弁当を食べていた良太だ。彼は在人の顔をまっすぐ見つめると、

「在人ってなんとなく人を引き付ける力みたいなのがあるし、誰に対してもきちんと真正面から接してくれるし、きっと良い社長になってくれると思う」

「え、そ、そうか?」

 友人の言葉に在人は戸惑っているらしく、困惑した表情を浮かべている。と、志騎も良太の後に続く。

「俺もそう思う。さすがに今すぐって言うのは難しいだろうけど、候補に入れておくのは良いんじゃないのか? お前がやりたい事って言うのはあくまで人を笑顔にする事だろ? だからそのためにお笑い芸人を目指している。……でも、それって別にお笑い芸人だけができる事じゃないだろ? 他のやり方でも人を笑顔にする事はできるって、俺は思うぞ?」

 例えば、人の命を救う事で未来と幸せを護り、その人と家族を笑顔にさせる事。それは彼の祖父が社長を務める、医療に関するモノを作る医療機器メーカーだからこそできる事だ。もちろん医者などたくさんの人達の協力があってこそできるが、それに欠かせない仕事という事には間違いはない。

「……そうか。今まであまり考えてこなかったけど、確かにそういう考え方もあるんだよ」

 在人はその場でしばらく考え込んでいたが、やがてニッといつもの明るい笑顔になると二人に言った。

「よし、ちょっと考えてみるよ! 色々とアドバイスくれてありがとう!」

「礼を言うのはこっちだ。俺の質問だけじゃなくて、色々と話してくれてありがとうな」

 そう言うと志騎も笑みを浮かべた。在人と志騎は互いに笑顔を交わし合っていたが、何故か苦笑を浮かべながら良太が告げた。

「……二人共、仲が良くなるのは良いと思うけど、早く食べないと休み時間無くなっちゃうよ?」 

 それで二人はようやく昼休みの時間の事について思い出すと、慌てて自分達の総菜パンと弁当をかき込み始め、話を聞くあまり弁当を食べる事が疎かになっていた良太も勢いよく食べ始め、ご飯をのどに詰まらせるのだった。

 

 

 

 

 

 

「夢、かぁ……」

 放課後、担任の教師の仕事を手伝っていた志騎は一人勇者部の部室への道を歩いていた。この時間だと、きっと他の部員達はとっくに部室に集まっているだろう。

「何の話だ?」

 と、頭上から声が降ってきたかと思ったら、ぽふっという軽い感触と共に頭の上に何かが乗った。もういちいち目を向けなくても分かる。自分の相棒である性悪毒舌精霊、刑部姫だ。この前までは姿を現していなかったが、最近は再びちょくちょく姿を見せるようになった。

「いや、今日友達から夢についての話を聞いてな。考えてみたら、勇者部の皆って、何かすごい夢でもあんのかなーって」

「ふむ。確か三ノ輪銀達の夢は前に聞いていたな」

「ああ。銀はお嫁さん。園子は小説家。須美は歴史学者」

 それぞれの特徴が出た、三者三様の夢だった。しかし三人の夢は知っているが、他の部員達の夢は知らない。とは言っても、志騎が入部したのは最近なので知らなくても仕方ないのだが。

「樹はアイドルだと思うけど……。風先輩や友奈、夏凜の夢はなんだろうな」

「結城友奈はともかく、犬吠埼風と三好夏凜の将来などすでに分かり切っている。自称女子力の塊の暴食女とコミュ障女だぞ? ろくに男と知り合う事も出来ず、アラサーになっても独身という喪女があいつらの結末だ。ざまぁ見ろ」

「お前、風先輩と夏凜に殺されるぞ」

 もしもそうなったら、今度こそ刑部姫は高温の油が煮えたぎった鍋に投入である。

 そんなやりとりをかわしながら二人が勇者部部室である家庭科準備室に近づくと、そこである異変が起こっている事に二人は気付いた。

「……なぁ、刑部姫。何か変な音がしないか?」

「するな」

「……お前もするって事は、俺の気のせいじゃないな」

「ついでに、歌も聞こえてくるな」

「同じく」

「「…………」」

 変な音と歌の音源は、勇者部部室からのようだった。よく聞いてみると音はギターやドラムの演奏であり、おまけに何のつもりか太鼓の音まで混じっている。歌に関しては、香川県民が愛する白くて長いソウルフードの名前を連呼していた。しかもその声は、自分の親友によく似ていた。

(………帰りてー)

 自分の頭によぎる嫌な予感に、志騎は今すぐ踵を返して自宅に帰りたい衝動に駆られたが、自分は勇者部の一人である。黙って帰るわけにはいかない。

 仕方が無いので志騎は部室の前で一度立ち止まり深呼吸をすると、腹をくくって扉を手をかけて開く。

 その先には。

「「ロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオック!!」」

「何これ」

「何だこれ」

 園子がギターを持って奇声を上げ、銀が和太鼓を勢いよく叩きながら奇声を上げていた。

 意味が分からないと思うが、そうとしか表現できなかった。

「あ! 志騎君こんにちわー!」

「うん、こんにちわ。じゃねぇよ。なんだこれ。どこからツッコめば良いんだ」

 そう呟くと、志騎は一度壁に手を当てて深呼吸する。背後から「私のロックはこんなものかー!!」や「変なサプリでも飲んだ……?」などの声が聞こえてくるが、この際一度無視する。これ以上ツッコんだら、自分という存在がおかしくなってしまいそうである。

 ようやく冷静さを取り戻すと、改めて勇者部一同を見回しながら言う。

「改めて聞きますけど……。何ですかこれ」

 部屋に入ったら部員友達がバンドを組んでいたという意味の分からない事態に直面した志騎が尋ねたのは、頼れる部長である犬吠埼風だ。

「いやー、乃木が突然『青春を取り戻す!』って宣言し始めてね……。気が付いたらこの有様よ」

「いきなりトラックで楽器を運んでくるなんてね……」

「非常識なのよ」

 シャーン、と風がドラムを小さく鳴らしながら説明し、姉の説明に樹が苦笑し、夏凜が呆れたように肩をすくめる。相変わらずの園子の非常識っぷりに、志騎はもうため息をつくしかない。そんな四人をよそに、園子は胸の前で拳をぐっ! と握りしめると力強く宣告する。

「常識が何だ! てっぺん取ってやんよ!」

「いや、何の?」

 風もツッコミを入れる前で、園子はタオルを取り出すと自分の前でバッ! と勢い良く広げた。表には『YUSYABU』と勇者部の名前がローマ字で書かれており、しかもYの部分がイナズマの形になっている。そのおかげというべきか、無駄にカッコいいデザインになっている。相変わらず変な所に力を入れる少女である。そしてテンションがヒートアップしたのか、次にバンドメンバーの紹介に突入した。

「ドラム! 犬吠埼風~!!」

「何がどうしてこうなったー!」

 律儀にツッコミを入れながらも風はドラムを奏でる。意外にも結構上手にドラムを演奏できていた。家事万能、容姿も良く、おまけに楽器の演奏も出来るとは、中々器用な先輩である。

「キーボード! 犬吠埼樹~!」

「音楽活動大賛成!」 

 姉とは対照的に、妹の方は嬉しそうだった。まぁ歌うのが好きな彼女には当然の反応だろう。

「ベース! にぼっしー!」

「だ~れ~が~にぼっしーよぉおおおおおおおお!」

 口では文句を言いながらも彼女もベースを演奏する。さすがは完成型勇者、楽器の演奏も流石である。

「和太鼓! 三ノ輪銀~!」

「ロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオック!!」

「お前よく考えないで言ってるだろ」

 目の前の和太鼓を嬉しそうに激しく叩く銀に、志騎の冷たいツッコミが飛ぶが彼女はまったく気にしていない。正直太鼓の必要性あるのか? と言いたいが迫力はあるのでこのままでも良いのかもしれない。……いや、やはりロックバンドという事を考えるといらないだろう。

「琵琶~! 東郷美森~!」

「昔、下関の……」

「バンドなのよね!?」

「太鼓がいる時点で今更だと思うけどな」

 琵琶に太鼓と、もう何がやりたいのか分からない。しかし東郷の方はわりとノリノリである。

「……で、そっちは何だっけ?」

 最後の一人である友奈は、園子が持っていた物と同じタオルを首にかけて小さな日本国旗を指でつまむように持ちながら横にパタパタと振っていた。もはや楽器ですらなかった。

「私パフォーマー!」

「ん………?」

「パフォーマー!」

 大事な事なので二回言いました、と言いたげだった。彼女には風も志騎もツッコミべきかどうか迷っていたが、その間に東郷が友奈と会話を始めてしまう。

「ええ、テクノバンドには不可欠ね!」

「今自分が何持ってるか言ってみ?」

 しかし残念ながら、夏凜のツッコミは東郷の耳には入っていないようだ。

「このバンド、テクノだったんですね!」

「情報を鵜呑みにするのはやめなさい樹……」

 純真な樹を、風が優しく注意してやる。

「そして、プロデューサー! 天海志騎~!」

「え、俺プロデューサーだったの?」

 どうやら自分も知らない内にバンドメンバーに入れられていたらしい。目を白黒させる志騎に、銀が羨ましそうに言う。

「えー、良いな志騎! プロデューサーって一番偉い人じゃん!」

「一番偉くはないと思うが……」

「よろしくお願いします、志騎プロデューサーさん!」

「うん、とりあえずその呼び方はやめてくれ樹。なんか、色々と危ない気がするから」

 困惑する志騎をよそに、銀と樹はもう受け入れ、大切なツッコミ役である風と夏凜はすでにツッコミを放棄している。こうなった勇者部はもう止められない。

「てっぺん取ってやんよ~!」

「「だから何の!?」」

 ギター、ドラム、キーボード、ベース、太鼓、琵琶、パフォーマー、プロデューサー。改めて意味の分からない構成のバンドだった。勇者部の姿を温かい目で見ていた志騎は、風に言った。

「うん、風先輩」

「どうしたの、プロデューサー」

「すいません、シリアスな事考えてた俺が馬鹿でした!」

「急にどうしたの!?」

 勇者部のカオスっぷりを前に、先ほど夢について真剣に考えていた自分が急に馬鹿らしくなった志騎だった。それからはぁとため息をつくと、両手を大きく打ち鳴らして全員に告げる。

「はい。じゃあプロデューサーから最初の命令をするぞー」

「あ、プロデューサー設定は別に良いんだ……」

 風が呟いた直後、メンバー全員が演奏を一斉にやめる。根は素直と言うべきか、聞きわけが良いと言うべきか。刑部姫を頭に乗せたまま、志騎プロデューサーは笑顔で言った。

「今日でバンドは解散するので、全員楽器を片付けろ」

「「「「「ええっ!?」」」」」」

 プロデューサーの言葉に、夏凜と風以外の全員から驚愕の声が上がった。驚きたいのはこっちだ、という言葉をぐっと飲みこみ、志騎は説明する。

「俺達の部活動は人助けであって、バンド活動じゃないだろ。まぁ百歩譲ってバンドは良いとしても、こんな所でやったら周りから苦情が来る。早く片付けろ」

「まぁ、普通に考えたらそうよね」

 志騎の言葉に夏凜も同意し、風も苦笑を浮かべながら頷いている。

 しかし、他のメンバーはそうではないらしい。解散命令を出した志騎にブーブー文句を言い出した。

「それはひどいんよあまみん~!」

「そうだそうだ! アタシ達のロックは始まったばかりなんだぞ!」

「例え親友のあなたが相手でも、弾圧には屈しないわ!」

「音楽活動がしたいんです、志騎プロデューサーさん!」

「ほ、他の皆もこう言ってる事だし、解散はちょっと……」

 ぎゃーぎゃーわーわーと文句を言う五人を相手に、志騎の目がすっと細まる。

 この時、不幸な事に勇者部は気付かなかった。

 志騎のその目が、刑部姫の機嫌がある状態に陥る時と一緒の状態であることに。

 すなわち、マジギレ一歩手前である。

 志騎は静かにバーテックス・ヒューマンの能力を発動、左目に青い幾何学模様が出現し、その状態で右足を強く床に叩きつける。

 ズドン!! と。

 勇者部部室が、かすかに揺れた。

 パラパラと天井から埃が落ち、反対をしていた五人の顔が青ざめて体が震え始める。すっと右足を元の位置に戻すと、志騎は怖いくらいの笑顔でもう一度尋ねた。

「………で、どうするんだ?」

「「「「「すぐに片付けます!!」」」」」

 五人の声が綺麗にハモった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後のカラオケの一室に、少女達の可愛らしい声が響く。

 歌っていたのは友奈と樹だった。明るい笑顔で歌う彼女達に東郷が手拍子をし、風は焼きそばを、夏凜はジュースを飲みながら歌を聞いている。銀は何を歌うか端末で曲を選び、志騎はパフェを食べている。彼の頭の上の刑部姫が口を開けると、志騎は仕方なくパフェに乗っていた生クリームを口に運んでやった。なお、園子は愛用のギターが収まったギターケースを泣きながら抱きしめていた。

「で、なんで急にカラオケなの?」

「解散ライブなんよ~」

「それでカラオケかよ……」

 どうやら志騎との約束は守ってくれるようだ。とは言っても園子も周りの事を考えられない人間では無いので、志騎の言葉が無くても解散はしたかもしれない。まぁ『再結成するんよ~!』と言ってまたバンドをする可能性は否定できないが、その時はその時という事にしよう。

「解散もまた、青春の一ページなんよ~」

「乃木の青春って何ページあんのよ……」

「いやー、たぶん広辞苑ぐらいありますよ」

「いや、そもそも一冊に収まらないだろ」

 下手をしたら、ファイルに入れる形にして何冊かに分割しないと無理かもしれない。

「ありがとう! ありがとう!」

「私達は普通の女の子に……」

「「戻ります!」」

 どうやら二人も園子と同じ気持ちらしい。そしてそれは、東郷と銀も。

「感動よ友奈ちゃん……! 樹ちゃん……!」

「そう……! 普通の女の子に戻るんよ……!」

「勇者部バンドの解散は、音楽性の違いとプロデューサーの独断が生んだ悲劇だな……!」

「考え方の違いが膨らみ、個人の欲望が大きく介入してしまったら、どんな組織でも崩壊してしまうのね……! 深いわそのっち、銀……!」

「そう、それなんよ!」

「だけど例え解散してしまっても、勇者部の魂はアタシ達と共にありぃいいいいいいいい!」

「待って。そもそも始まってすらいないから」

「おい。三人揃って頭かち割られたいのか」

 涙を流して抱き合う三人を前に夏凜がツッコみ、悪役にされた志騎は額に青筋を浮かび上がらせる。と、彼の目の前に上からにゅっと細い物体が差し出された。よく見てみるとそれは、L字型バールだった。差し出しているのは無論刑部姫である。

「使うか?」

「よし、貸せ」

「使うな!」

 刑部姫のバールを貸してもらおうとした志騎に、夏凜のツッコミが飛ぶ。普段の志騎からすると珍しい光景かもしれないが、彼だってたまにはボケにはしりたい時があるのだ。

「解散も何もないでしょー」

「お姉ちゃん食べてばっかりー」

 そんなメンバーをよそに風は皿に盛った料理を平らげていた。から揚げに焼きそばにたこ焼きと、炭水化物と揚げ物が徒党を組んでいた。思わず風の体脂肪と体重を気にしてしまう志騎だが、流石に女性を相手にそのような事を口にするほどデリカシーは死んでない。

「どんだけ食うんだお前。太るぞ犬吠埼デブ」

「デリカシー死んでんのかテメェ!?」

 あえて地雷を踏み抜きに行く刑部姫に志騎が叫ぶが、時すでに遅く風は殺意のこもった目を刑部姫に向けていた。しかし変わらず箸は口と皿を往復しているのが彼女らしい。すると夏凜も彼女の食欲には呆れているのか、

「風ってどんどんガサツになってってるわよねー」

「何をー!? あ、そうだ。ここの請求書、大赦に送ってやろうかしら」

「もうガサツ!」

 風のガサツッぷりに、夏凜はもう呆れるしかなかった。夏凜がため息をつくと、彼女の目の前にマイクが差し出された。

「ほら、次は夏凜ちゃんの番だよ」

「もう、しょうがないわね」

 口ではそう言いながらも、彼女の表情はまんざらでもなさそうだ。

 そして夏凜の歌が披露されたが、案の定と言うべきかノリノリで体を動かしながら歌声を披露していた。チョロい、と志騎の頭の上から刑部姫の声が聞こえた。

「上手い!」

「一番ノリノリじゃない」

 友奈と風からの指摘に、夏凜は顔を赤らめながら弁明する。

「こ、これは……私は、何でも本気なのよ……!」

「「「にっぼーしー! にっぼーしー!」」」

「そこ、おかしい!」

 煮干しが書かれたTシャツを着て、神樹館三人娘が夏凜の応援をしていた。どうでも良いが、東郷のハジケッぷりが凄まじく、本当に自分の知っている鷲尾須美と同一人物なのかと志騎は心の底から疑問に思った。すると何を思ったか、樹がすぅっと息を吸い込み……。

「ファイアー!!」

「「「すげっ!?」」」

 彼女の可愛らしい声とは想像もできない低音ボイスを出し、友奈と夏凜と風が驚愕の声を出す。すると何故か刑部姫が満足そうに、

「うむ。私との特訓の甲斐があったな」

「お前の差し金かよ!」

 どうやら原因の一端はこいつらしい。しかし今ので夏凜の方にも火がついてしまったらしく、

「負けないわよー!」

 そしてそのまま、夏凜と樹はデュエットを始めた。競い合いながらも楽しく二人を見て、チャーハンをもぐもぐと食べながら風が言った。

「なんか夏凜って変わったわよね。ハリネズミみたいな子だったのに」

「人は変わるんですね」

「良い方にね。みんなだってそう」

「悪い方にも変わる事もあると思いますけどね」

「うふふ、志騎君どうしてそこで私を見るの?」

「いや、別に……」

 笑顔で尋ねる東郷に、志騎はふいと目を逸らした。正直に言ったらどうなるか分かったものでは無い。

「終わってみれば、普通の女子中学生の生活が待ってましたね」

「日常系なんよ~」

「なんだか、随分前の事のような気がする……」

「でも実際、あれから少し経ったしな」

「それでも半年も経ってないだろ。それなのに体感時間だと、もう一年ぐらい経ったような気がするよ」

「確かに……」

 バーテックスとの戦い、満開の真実、壁の崩壊。自分達が乗り越えてきた数々の試練を思い出しながら、勇者達は会話を交わす。色々あったが、今こうして自分達は普通の日常を送れている。それを嬉しく思うと同時に、どこか夢を見ているのではないかと思ってしまうのはこれまでの道程が過酷だったからだろう。

 そして夏凜と樹が歌い終え、「イエーイ!」と友奈達が歓声を上げる。

「イエーイ楽しい! 次何する!?」

「まだ満足してないのか?」

「当然! まだまだ青春を謳歌するんよ~!!」

 嬉しそうに言う園子に、彼女以外の全員が笑みを浮かべる。

 バーテックスとの戦いを切り抜けて、ようやくつかみ取った日常。

 少年少女達の楽しい生活は、まだこれからも続いていく。

 

 

 

 

 

 

「暇だー……」

「同じく……」

「眠い……」

 天海志騎は椅子に座り、パソコンの画面を見ながらぼやき、彼の横にいる銀も退屈そうな表情で呟く。   

 彼の手にはラジコンの操縦機のようなものが握られており、パソコンの画面には上空からの俯瞰図、さらに森の中やエアガンを持つ少女達の姿を映した映像が表示されている。

「志騎さん、銀さん。お菓子食べますか?」

「ああ、ありがとう」

「ありがと!」

「おい樹。私の分は無いのか」

「はいはい、ありますよ」

 二人と同じように椅子に座りながら樹がお菓子を差し出して、銀が樹から受け取ると嬉しそうの頬張り、刑部姫はもらったお菓子を空中に放り込むと、お菓子は放物線を描いて刑部姫の口の中に収まった。志騎もお菓子を受け取ると口の中に放り込んでパソコンの画面を見続ける。三人は今日防寒着に、頭にヘルメットをかぶっていた。

 勇者部本日の活動、サバイバルゲーム部の相手役。

 本来なら今日の相手役は勇者部では無かったのだが、相手役となる別チームの予定が急に悪くなってしまい、勇者部にその相手役をしてもらいたいという依頼が来たのだ。そのため、今日はこうしてサバイバルゲームを行っている。樹は参加者なのだが、敵チームに捕まってしまい捕虜収容所となるこの場所で待機している。銀は樹を助けようとして敵陣営に火の玉アタックを仕掛けた結果見事に捕まってしまい、樹と一緒にここで待機しているというわけだ。志騎は唯一の男子のためゲームに参加できないので、こうして捕虜や他の人間がズルをしないための見張りも兼ねてこの場所にいる。あとは、戦場全体の見渡しも兼ねて。

 パソコンに映し出されている上空からの俯瞰図はドローンによるものであり、森の中や少女達の映像は彼女達が着けている小型カメラによるものだ。なお、これによる情報提供は反則になるため、彼女達が敵の位置を知ったりする事はできない。ちなみにドローンと小型カメラ、パソコンは全て刑部姫から借りたものだ。彼女独自の技術が使われているためかどれも性能が非常に良い。

「状況どうですか?」

 椅子に座っている樹が志騎に尋ねた。得られた情報を自分のチームに提供しなければ、志騎から現在の状況がどうなっているかを伝える事は許されている。というよりもそうでもしないと、捕虜側も暇だろう。

「友奈と風先輩が劣勢……あ、須美が二人倒した」

「お、さすが勇者部ナンバーワンスナイパー!」

「それと、園子と夏凜も一人ずつ倒した。夏凜の奴、さすがだな。動きに無駄が無い」

 志騎が夏凜の動きに感心していると、志騎の足元で足にもたれかかっていた刑部姫がパタパタと羽を動かして宙に動く。いつもは志騎の頭の上が定位置の彼女だが、今日の志騎はヘルメットをかぶっているせいで固い感触がダイレクトに伝わってくるため、足元でくつろいでいる。

「私が参加できないのは残念だな。参加していたら、もっと短い時間で相手を全滅させる事ができただろうに」

「一応言っとくけど、サバイバルゲームって地雷とか使っちゃ駄目だからな? 死人も出しちゃ駄目だからな?」

「む、失礼な事を言うな。ゲームでそんなものを使うわけが無いだろう」

「二年前の特訓で、地雷を仕掛けた奴が何を言ってんだよ……」

 四人での合同訓練の時、刑部姫が砂浜に地雷を埋めた時の事を思い出して銀が呟いた。正直刑部姫なら、地雷を使わなくてもそれ以外の手段を平然と使いそうで怖い。マシンガン搭載のドローンとか、サーモグラフィーを使用した敵探知機とか。

「あっ」

 と、銀と刑部姫が会話をしていると、突然志騎が声を上げた。

「志騎、どうした?」

「友奈が撃たれた」

「………マジか」

 志騎の言葉に、銀が呆然と呟く。

 結城友奈が倒された。

 それはつまり――――東郷美森という鬼神の覚醒!!

『テメェらの血は何色だぁああああああああああああああああああああああああああっ!!』

 直後、どこからかガトリングガンをぶっ放す音と共に東郷の叫び声が空に響き渡った。パソコンの画面の動画を確認してみると、そこにはガトリングガンで敵チームを駆逐する東郷の姿があった。

「……あれ、家から持ってきたんでしょうか」

「だと思う。須美の家のどこにあんなものがあるのかはさすがに分からないけど」

「いや、それは分からなくて良いと思うぞ……」 

 画面の中で暴れ狂う東郷を見ながら、三人がそれぞれの感想を口にする。

 今日も東郷の友奈愛は健在だった。

 そして案の定鬼神覚醒した東郷美森により、サバイバルゲームは勇者部の圧勝となった。

 

 

 

 

 

 

 

 讃州市内のキャンプ場に、ペグをハンマーで打つ音が高らかに響く。

 ペグを地面にようやく固定し終わると、ハンマーでペグを打っていた風がふぅと額の汗を拭いながら一息ついた。

「やっとできたー……」

「何これ超難しいんだけど……」

 両膝に両手を当てながら風と一緒にテントを張っていた夏凜が息を吐きながら言う。どうやら文武両道の彼女でも、初めてのテントには大分苦労させられたようだ。

「初心者にはドーム型テントが良いって聞いたんだけど……」

「でも苦労した分だけ、愛着がわきますね!」

「まぁね」

 テントを撫でる樹に夏凜が同意すると、彼女達のそばにいた園子が円盤のようなものを持り、それを地面に投げた。

 すると円盤は瞬く間にテントの形になり、それを見て散々テントと格闘していた風と夏凜が呆然とする。一方、園子の方は無邪気に両手を真上に上げて、

「できたできたー! 文明の利器ってすごいねー!」

「そんなのあるの……?」

「情緒が無い情緒が!」

「とうっ!」

 しかし園子の方はテントの中にダイブすると、入り口の布からひょっこりと顔を出した。

「おやすみー」

「もう寝るの!?」

「テント使うの楽しみにしてたんよー」

 そして園子と夏凜が会話をしていると、そこに別の人物達が現れた。

「あれ? 園子もうテント張り終わったの?」

 そこに現れたのは志騎と銀、さらに志騎の頭の上に乗っている刑部姫だった。志騎は園子が入っているテントを見ると、少し目を見開いて驚く。

「あれ、ポップアップテントじゃん。良いよなぁ、これ。簡単にできるし」

「何なら私がこれよりもっと良いのを買ってやろうか?」

「いらない」

 ポンポンとテントを軽く叩きながら志騎と刑部姫が会話をしていると、風が志騎と一緒にいた銀に尋ねた。

「志騎の分のテントはもうできたの?」

「はい、ちょうどさっき」

 勇者部唯一の男子である志騎が七人と一緒に寝るわけにはいかないので、志騎と銀は二人でテントを立てていた。銀がいるのはさすがに一人でテントを張るのは大変だろうと風が気を利かせてくれたからだ。

「大変だったでしょ。私と風でも、結構苦労したもの」

 先ほどの自分達の苦労を思い出して、夏凜が苦笑する。しかしそれに対して、銀の反応は何故か微妙なものだった。「あー……」と引きつった笑みを浮かべながら、何故か志騎の頭の上の刑部姫をちらちらと見ている。夏凜と風と樹が怪訝な表情を浮かべると、銀が三人に説明した。

「いや、全然苦労しなかったどころか……。めちゃくちゃサクサク進みました」

「え。もしかして、あんた達キャンプ経験者?」

「いや、アタシと志騎はやった事が無かったんですけど……。刑部姫がキャンプ経験者だったんです。テントの張り方とか滅茶苦茶詳しくて、すぐに終わりました」

「え、あいつが!?」

 志騎の頭の上にいる刑部姫を見ながら、夏凜が思わず驚いた声を上げる。今までインテリだと思っていたので、その情報はかなり意外だった。

「志騎が聞いてたんですけど、あいつ生きてた頃はたまにキャンプに行ってたらしいです。一人だった時もありますし、友達と一緒に行った時もあるらしくて……。だから自前のキャンプグッズとか持ってるらしいんです。あとついでにバイクの免許もあるらしくて、よく友達をバイクの後ろに乗せて出かけたと言ってました」

「そ、それはかなり意外というか……」

「あいつの事だから、外に出るのも億劫そうなのに……」

 どうやらインドア派かと思ったら、アウトドアもいけるらしい。さすが天才と言うべきか、色々な事ができる精霊ねと夏凜は思った。

「考えてみれば、刑部姫ができない事って何なのかしら」

「いや、そりゃあ人を思いやるこ――――」

 銀が言葉を発しようとした瞬間、ドゴッ!! と銀の耳をかすめて彼女の真正面の木に小型の手斧が勢いよくぶち当たった。ギギギ……と銀が後ろを振り向くと、思いっきり右腕を振りかぶっている刑部姫が目に入った。

「殺す気かよ!?」

「安心しろ間抜け、刃はついてない。精々かなり痛い程度だ。だが考えてみれば、当たった方がお前の頭が少し良くなったかもしれんな」

 そんな事を真剣な表情で語るが、すぐに嗜虐的な笑みを浮かべるとこう続けた。

「でも無理だな。お前の頭は元々何も詰まっていない空っぽだしな。頭が良くなるはずもない」

「言ったなこの野郎! 今日こそ決着をつけてやる!」

「やってみろクソガキ」

 平和なキャンプ場で銀と刑部姫のリアルファイトが繰り広げられようとしたが、夏凜が銀を背後から羽交い絞めにし、志騎が刑部姫にアイアンクローをしてどうにかそれだけは避ける事が出来た。この長閑(のどか)な風景が血で汚れる所など見たくもない。

 と、そんな彼らの後ろで。

「そのっち! 風情が、風情が無い!」

「お腹空いちゃって……」

 友奈と東郷が火を起こしている所を園子がガスバーナーで火をさらに大きくしていた。本人に悪気はないのだろうが、この短時間で風情というものに喧嘩を売りまくる園子だった。

 その後、ようやく落ち着いた所で夕飯づくりになった。本日の夕飯はカレーライスで、担当は樹。各種ハーブとスパイスを揃え、キャンプにふさわしいカレーライスが出来上がる。

 はずだった。

「お、おう……」

 出来上がったカレーのルーを見て、風がなんとも言えない声を上げる。

 それほどまでに、鍋に入ったルーは強烈だった。

 色は茶色ではなく紫色、何故かボコボコ……と音を立てているその様は絵本の魔女が作った薬を連想させる。どうしたらこんな奇天烈な色のルーができるのか、勇者部の頭では全く理解ができなかった。

「な、何これ……」

「うう……カレーかと……」

 どうやらこれを作り上げた樹本人もどうしてこれができたのか分からないらしい。ここまで来るともう一種の才能ではないかと思ってしまう。

「なんか七色に輝いて、泡立ってるわよ?」

「でも香りはしっかりカレーだよ? 不思議~」

「どうしたらこんな色のカレーが生み出せるんだよ……。おい刑部姫、ちょっと調べてみろ」

「そのつもりだ。私としても正直興味深い。一体どんな調理をしたら、こんな色が生み出せるんだ?」

「刑部姫も分からない、新しい何かが生まれた瞬間ね」

「バイオハザァ……」

「園子、お口チャック」

 目の前の奇天烈カレーに、勇者部の面々も驚きを隠せない。

 しかしこのままではさすがにいられない。この不気味な色のカレーをできれば食べたくないというのはあるがそれでは作ってくれた樹にもカレーにも失礼だし、食べなかったら今夜の夕飯が無くなってしまう。ここは何が起こったとしても、この摩訶不思議カレーを食べなければならないのだ。

 八人の前に皿に盛られたカレーライスが置かれ、それぞれスプーンを取るが誰も食べない。そんな七人を樹が不安そうな目で見ていると、志騎がぐっとカレーをスプーンですくって口の前に運ぶ。

「志騎、いくのか……?」

 銀がわりと本気の声で尋ねると、志騎はこくりと頷き、

「俺は心臓と脳が破壊されない限り死なないから、これがそれほどまでの破壊力を持ってない限り、大丈夫……だと思う」

「これでもしも志騎が死んだら、バーテックスを殺す事ができる切り札が生まれたな。その時は私が隅々までデータを取ってやるよ」

 どう考えてもカレーを食べる際に言う台詞ではないのだが、誰も口を出す事が出来ない。誰もが固唾をのんで見守る中、特攻隊長の任を任された志騎が口を開ける。東郷がピシッと敬礼の姿勢を取る。わりと冗談にならないのでやめて欲しい。

 そしてついに、パクっとカレーを食べてもしゃもしゃと咀嚼する。

 すると……数回瞬きをした後、志騎が言った。

「あ、普通に美味しいわ」

 見かけはあれだが、味はとても美味しい。あまり辛くはないのに、スパイスが利いていて深いコクが食べる者の味を楽しませる。あまり辛い物は好きではない志騎でも何回も食べたくなる美味しさだった。

「本当!?」

 安全と美味しさの確認をした志騎の言葉を聞いて夏凜が驚きの声を出す。次にカレーを食べたのは風だった。彼女はカレーを一口食べると、顔を輝かせた。

「美味しい! さすが私の妹!」

「ほ、本当?」

 風の誉め言葉に、樹は満更でもなさそうな表情で言った。志騎と風の反応を見て、他の勇者部達もカレーを食べ始める。他の勇者達もどうやらカレーの味にご満悦のようで、銀と園子はパクパクとスプーンで皿と口の間を何回も往復させ、友奈に至ってはうどんにルーを入れていた。うどんの純白とルーの毒々しい色の対比がやけに目に痛かった。しかしそれでもカレーの味はとても美味しくて、その後全員がカレーをお代わりしてルーが入っていた鍋は空っぽになった。

 食後のデザートは東郷が作ったおはぎだった。辺りはすっかり夜に闇に包まれ、焚火だけが辺りを照らし少年少女達の体を温める。

「はぁ~……。こうやって炎を見ていると、原始の喜びが蘇るんよ~」

「DNAに訴えかけてくるものがあるわね~」

「アタシもう、ここから動きたくない……」

 よほど炎に魅了されているのか、園子・東郷・銀の三人が炎をじっと眺めながら呟く。東郷に至っては、目が怖い。どこを見ているかまったく分からない。

「目が、怖いから……」

「キャンプ、ハマりそう……」

「分かるわ~」

 園子が心の底から同意するように頷くと、苦笑しながら樹が園子に尋ねた。

「園子さん、キャンプも青春なんですか?」

 樹の言葉に、園子はにっこりと笑って、

「うん! みんなで過ごす時間は、みんな青春なんよ~!」

 だからこうして、みんなでキャンプを過ごすのも青春。自分の物語の大切な一ページ。

 そんな園子の心の声が聞こえてくるような気がして、七人は園子と同じように柔らかな笑みを浮かべるのだった。

 食事が終わると、後は寝るだけとなる。

 志騎は銀達と別れると、一人だけテントに戻ってマミー型の寝袋の中に潜り込む。そして両手を頭の後ろで組んで真上を見上げると、視界に刑部姫の顔が飛び込んできた。

「……お前、こっちに来るなよ。銀達と一緒のテントに行けよ」

「ガキ共と一緒に寝ろと? 悪い冗談だな」

 そう言いながら刑部姫は寝袋の横にしゃがみ込むと、スナック菓子を取り出してバリバリと食べ始める。二人はしばらく無言でテントの中の時間を共有していたが、女子のテントの方から笑い声が聞こえてきて刑部姫が舌打ちする。

「うるっせぇな……」

「仕方ないだろ。園子と銀はようやく学校に通えるようになったんだ。はしゃいだって別に良いだろ」

 志騎の言葉に、刑部姫はふんと鼻を鳴らすだけで特に反論はしなかった。その代わりと言うべきか、こんな事を志騎に尋ねた。

「……志騎、お前今、楽しいか?」

「はっ? お前何言って……」

「良いから答えろ」

 彼女の声は静かだが、同時に有無を言わせない調子の声だった。彼女がこんな声を出すのは珍しい。志騎は一瞬黙ってから、刑部姫に答える。

「……ああ、楽し」

 すると突然、刑部姫が右手の指を志騎に向かって真っすぐ突き出した。

「自分すらも騙せない嘘はつかない方が良い。そんな嘘は誰も騙せないし、何よりも聞いている相手を不快にさせるだけだ」

「……何だよ、それ。俺が嘘をついてるって?」

「ああ、そうだ。正直私から見たら、お前はちっとも楽しそうじゃない。今こうして生きているだけでも苦しいのを必死にこらえて、無理やり笑顔をひねり出しているように見える。……ガキ共は気付いてないだろうがな」

 それは彼女達が鈍感なわけではなく、志騎がどうにかそういった感情を表に出さないようにしているだけだ。刑部姫が気づいたのも、彼女が常人を越えた高い洞察力を持っているからだ。園子も高い洞察力の持ち主だが、刑部姫はその更に上をいく。

 刑部姫の指摘に志騎はしばらく黙り込むと、観念したように答えた。

「……そうだな。正直、自分がこうして生きていて良いのか、みんなと一緒に笑ってて良いのかって思う時はあるよ。最近悪夢ばっかり見るから、余計にそう思うようにもなったし。でもあいつらを不安にはさせたくないから、どうにか笑顔だけはできるようにしてるって感じかな」

 例えみんなと一緒に楽しもうとしても、その心にはいつだって罪悪感と苦しみが突き刺さっている。

 笑うたびに、自分は本当に笑って良いのかという疑念が湧いてくる。

 でもそれを悟られたくないから、どうにかしてなんでもないように振舞う。

「……お前、苦しくないのか。そんな生き方で」

 すると、はっと志騎は笑った。愚問だと言うようにも、自分をあざ笑うようにも聞こえる笑い方だった。

「辛いとか、苦しいとか言う資格俺には無いだろ。……俺達に未来を奪われた人達はもう、それすらも言う事が出来なくなったんだから」

「………」

「でも、そうだとしても。あいつらには……銀には、笑顔でいて欲しい。身勝手な願いだとしても、俺なんかのせいで皆を不安にはさせたくない」

「勇者部五箇条に、『悩んだら相談』というのがあったと思うが?」

「悩んではない。もう、決めた事だからな」

 そこで会話が途切れ、沈黙がテントの中を支配する。少し離れたテントから聞こえてくる少女達の笑い声が、まるで遠い世界の出来事のようだった。

 やがて刑部姫はふぅと息をつき、

「……相変わらず背負い込みやすいと言うべきか、自虐的と言うべきか……。二年経っても変わらないな、お前は」

 そう言う彼女の口元には笑みがうっすらと浮かんでいた。しかしその笑みは悪意のこもったものではなく、それどころか哀れみというか悲しみを秘めた笑みだった。

「お前がそこまで言うなら私は何も言わない。だが、これだけは覚えておけ。過去というものは確かに覚えておくべきものであり、背負う必要があるものだ。しかし、縛られるべきものでは無い。過去に囚われてばかりいたら、今目の前にある大事なものを見失う事になるぞ」

「……俺に」

「そんな資格はない、か?」

 言葉を先回りされた事に志騎が刑部姫を見ると、彼女はやれやれと肩をすくめながら、

「お前はそう言うだろうが、それでもお前との今を大事にしたい奴らもいる。お前がそこまで背負ってしまうのも仕方はないが、それだけは忘れるなよ。……じゃあ、お休み」

 刑部姫は着物の懐から彼女専用のマミー型の寝袋を引っ張り出すと、その中に潜り込んだ。そして寝袋に入ってからすぐに寝息が聞こえてくる。こんなに早く寝入る事ができるのももしかしたら才能かもしれない。

 志騎がテントの入り口の布を開けて女子テントの方を見ると、明かりはすでに消えていた。どうやら彼女達も寝たらしい。今こうして起きているのは自分だけだ。

「………寝るか」

 そう呟くと、テントの中に戻ってLEDランタンの明かりを消し寝袋に潜り込んで、目を閉じる。

 何も見えない闇の世界に包まれながら、志騎は他の部員達と同じように眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 パチリ、と志騎は暗闇の中目を覚ました。どうやら普段から早起きしているからか、すっかり習慣となってしまっているらしい。自分の寝袋の横を見ると、刑部姫はまだ眠っている。スマホを取り出して時計を見てみると、日が昇るには大分早い時間だ。これでは他の部員達もまだ寝ているだろう。

 と思っていたが、テントの外からパチパチと薪が燃える音が聞こえてくる。どうやら誰かが早起きして火を起こしたようだ。志騎はゆっくりと起き上がると刑部姫を起こさないように上着を着ると静かに外に出る。

 外に出た志騎の目に入ってきたのは燃える炎に、美しい黒髪。志騎がゆっくりと少女に近づこうとすると、少女が振り返る。静かに立っていた志騎に少女は一瞬驚くが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて挨拶をした。

「おはよう、志騎君。早いわね」

「お前もな、須美」

 少女――――東郷美森とあいさつを交わしながら、志騎は東郷の二つ隣の椅子に腰かける。と、さらに人の気配が二つ現れて志騎達に近づいてきた。

「わっしーにあまみん早起きだねぇ」

「ホント。アタシなんてまだちょっと眠いのに……」

 現れたのは園子と銀だった。園子の方はともかく、銀はまだ少し眠いのか軽い欠伸をしている。

「そのっちに銀……」

「眠れなかった?」

 園子が尋ねると、須美は横顔を赤い炎で照らされながら、

「楽しく眠れたよ」

「俺もそれなりに」

「良かったぁ」

 そう言って園子は東郷の隣の椅子に、銀は志騎の隣の椅子にそれぞれ腰かける。

「今日は随分と早いな、銀。いつもならまだ寝てる時間だろ」

「いやぁ、今日はどうも二度寝する気分になれなくてさ。で、ちょうど園子と一緒に起きたし、どうせだから何か話でもしようかと思って」

「なるほど」

 しかしそうは言ってもやはり眠いものは眠いらしい。再び銀が欠伸するのを見て東郷は笑いながら、周囲を照らす炎に視線を変える。

「キャンプって不思議……。色んな事考えちゃうわ」

「キャンプだからね」

「いやいや、園子もキャンプは初めてだろ?」

「えへへ、そうでした~」

 銀のツッコミに園子は笑いながら、

「でも、たまには考える時間も良いじゃない」

「考える時間、か……」

 四人は黙り込みながら燃える炎を見る。再び口を開いたのは、やはり園子だった。

「良いね焚火。うちでもやろうかな」

「怒られるわよ」

「わっしーには怒られ慣れてるから平気だよ~」

「いやいや、慣れちゃあ駄目だと思うぞ?」

「そういうお前も結構怒られてると思うけどな」

「う……」

 志騎の指摘に銀が図星を突かれた表情をすると、東郷が心外だと言うような表情を浮かべる。

「……私、そんなに怒ってる?」

「わっしー時代はね。でもそこが、わっしーがわっしーたる由縁なんだよ~」

「須美怒る、故に須美在り、か」

「何それ」

 ぷっと、銀の言葉がおかしくて東郷は思わず笑った。

 それから四人は場所を変えて海辺近くのベンチに座った。目の前の海から吹いてくる風は冷たいが、上着を着ているおかげでどうにか耐えられる。

「今の友達、良いね」

「うん……」

「みんながいて良かった。こうやってまた会う事が出来た」

「そうだな。もしも友奈達がいなかったら、アタシ達こうしてまた会う事もできなかったかもしれないもんな」

 結城友奈達という勇者達がいたからこそ、園子と銀は散華の代償から解放され、東郷は記憶を取り戻し、志騎は元の姿と記憶を取り戻す事が出来た。そしてこうして、また四人一緒に集まる事が出来ている。これも、残酷な真実を知っても友奈達が頑張ってくれたおかげだ。

 と、そこで園子が東郷の様子に気づき尋ねる。

「……おろ? 悩んでる?」

 周囲は暗闇に包まれているが、東郷の険しい表情は今の園子にもはっきりと読み取る事が出来た。無論、それは銀と志騎も同様だ。

「……そっか」

 東郷は何も言わなかったが彼女の胸の内は分かるらしく、園子は納得したように呟くと真正面の海に視線を戻す。すると東郷が何について悩んでいる事に気づいたのか、銀が尋ねる。

「その悩みって、やっぱりアタシ達の事を忘れちゃってた事?」

「………」

 東郷は言葉には出さず、ただ黙ってこくりと頷いた。

「わっしーは悪くないよ。私だって、あまみんの事を忘れちゃったんだもん」

「俺だってそうだよ。自分の事もお前達の事も全部忘れてたんだ。記憶について言うなら俺だって同罪だ」

 しかし東郷はフルフルと首を横に振り、

「同罪なんかじゃないわ。記憶を失ってから、そのっちはあんな所で毎日辛い思いをして、志騎君は世界を守るためにバーテックスと戦い続けてた。でも私は何もしてない。ただ二年間何も知らないで、のうのうと生きてただけ。……大切だ、約束だ、友達だって言って、あんなに言っていたのに、それでも私は忘れてしまっていた」

「おいおい須美。のうのうと生きてたって事は無いだろ。お前だって、両足が不自由になってすごく苦しんでたと思うぞ?」

 あまりにも自分を責める東郷を銀がたしなめる。両足が不自由になってしまった人間が車椅子で生活できるようになるのは楽な事ではない。リハビリや、車椅子に慣れるための訓練がどうしても必要になる。そばに友奈というかけがえのない存在がいたとはいえ、彼女にとっても楽しいばかりの二年間だったわけではないはずだ。

「それとも、アタシ達が忘れられてたぐらいで親友のお前を怒るような奴だと思ってるのか? それはさすがにこの銀様も悲しいかなー」

 おどけたような銀の言葉に、東郷は悲しそうに顔を俯かせながら、

「……分かってるわ。自分で言うのもなんだけど、あなた達がそんな事で怒るような人達じゃないって分かってる」

「なら……」

「……でも、それでも私はあなた達を忘れていたという事を許容できない。きっと私は、自分で自分が許せないのだと思う。……私達は、四人で勇者だったから」

 友達の事を心の底から思いやり、どこまでも真面目な東郷らしい言葉だった。この調子だと三人がどんな事を言っても、彼女の悩みは晴れないだろう。彼女にとっては大切な友達を忘れてしまったという事は、それほどまでに重大な事なのだ。

 四人は黙り込むと、揃って空を見上げる。

 まだ夜が支配する空には、青白い光を放つ月が四人を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 香川県には父母ヶ浜(ちちぶがはま)という名前の海岸がある。穏やかな瀬戸内海に面しており、長さは約一キロ。

 しかし何よりの特徴は、干潮時に見られる美しい光景だ。干満の差が大きいため干潮時には砂浜に潮だまりができるのだが、天気が良い場合空や人の姿がまるで鏡のように映る事がある。砂浜に青空や人の姿が映る光景はとても幻想的で美しく、香川県の名所の一つとされている。さらに志騎が以前刑部姫から聞いた話によると、あまりに美しい光景から日本のウユニ塩湖と呼ばれていたとか。ちなみにウユニ塩湖というのは旧世紀にあった南米のボリビアという外国にあった湖との事で、父母ヶ浜と同じく空の光景がそのまま湖に映し出される風景は絶景と呼ばれていたようだ。なお、志騎にその話をしていた際、刑部姫ももう見る事は出来ないその風景に思いを巡らせいたのか、とても残念そうな表情を浮かべていた。

 そして本日、勇者部部員八名と刑部姫はその父母ヶ浜に来ていた。

「わぁ~……」

「すっご……私初めて来るわ」

「うんうん……これは女子力の高い写真が撮れそうね」

「ここ来るの小さい時以来かもー!」

「夕日ってこんなに綺麗に見る事ができるんだな……」

「旧世紀だと、日本の夕日の名所の一つにも数えられていたらしいしな」

「鉄男と金太郎にも見せてやりたいなー」 

 自分達の目に飛び込んでくる夕日の美しい姿に、勇者部がそれぞれ感想を口にする。……東郷が自前のカメラを持って友奈を連写しているが、誰もツッコまないのはもう日常の風景となっているからだ。慣れというのは怖い。

「はいみんなー! 記念写真撮るよー!」

「カメラは?」

 夏凜の言葉に園子が差し出したのはスマートフォンを装着した自撮り棒だった。

「こっちの方が便利だよね」

「身も蓋も無い……」

 夏凜は苦笑するが、これならば勇者部部員全員ギリギリ入る。今回は園子の準備の良さに感謝するべきだろう。

 そして八人全員が固まり、園子が自撮り棒を持つと全員がスマートフォンに視線を向ける。

「レッツ! エンジョーイ……」

「「「「「「「カーガワラーイフ!」」」」」」」

「……カーガワラーイフ」

 それを合図として、カメラのシャッターが押された。最後に小さく言ったのは、言うまでもなく志騎である。

 園子はスマートフォンを自分に近づけると、画面を何やら操作する。

「ちょっと待ってて~」

「ん?」

 園子以外の勇者部員がスマートフォンを覗き込むと、次の瞬間撮影された写真のタッチが変わる。なんというか、撮影された写真よりも全員の顔が少し綺麗になっているように見えた。

「何これ!?」

「はぁ~。今時の美顔アプリってすご!」

「友奈ちゃん……美少女すぎる!」

「須美ー、ステイステイ」

 鼻血を垂らしながら、ついさっき散々写真を撮ったというのに東郷がまた写真を撮り始めた。それ自体は良いが、鼻血を垂らしながらだと不審者だと間違えられかねないのでまずは鼻血を拭いて欲しい。

「私が写ってないな……」

「お前は精霊なんだし仕方ないだろ。今度お前のカメラで撮れよ」

 この性悪天才精霊の事だし、精霊でも映せるカメラぐらい作って持っているだろう。

「これ、嘘って事じゃない」

「映えって言うんよ。映え!」

 例え美顔アプリを使用したものだとしても、また園子の青春の一ページが増えた事に変わりはない。それを夏凜も分かっているのか、それ以上言う事も無かった。

 その後勇者部部員達は心行くまま写真を撮り、その日の活動は終了するのだった。

 

 

 

 後日。

「大変です。大変なんです!」

 勇者部部室で作業を行っていた部員達の耳に、勇者部のホームページをチェックしていた樹の声が響いた。何事かと樹以外の全員が目を向けると、樹が驚愕の表情を浮かべたまま叫ぶ。

「この写真にしてから、閲覧数が三倍になってるんです!」

「改めて何このリア充感……」

「あんたが言う女子力の正体よ」

「学校外からの勇者部への依頼も三倍です!」

「一気に多くなったなー」

 恐るべし、写真の力と言うべきか。世の人々が映えなどを気にして写真を撮る理由が少し分かったような気がする勇者部の面々だった。

「大人気になっちゃったねー」

「そうなんですよー」

「部員、足りないんじゃない?」

「ですよねー……」

「これからは、もっと大きな部にしないといけないって事ね!」

 勇者部に新しく三人入ったと言え、依頼の量は今までの三倍に増えた。いくら何でも八人では捌ききれないし、新しく勇者部部員を増やす事も考えなければならないだろう。

 一方で、樹は真剣な表情を浮かべながらマウスを操作して、

「それもそうなんですが、まずはやれる事からやっていきましょう!」

「そそ……そうね」

「確かにこのままだと、志騎の二の舞にもなりかねないしね」

「そう考えると、まずは振り分けだな」

 このままだと一人一人に任せられる依頼の量が多すぎてキャパオーバーに陥ってしまう。ここは樹の言う通り、今できる事から順番に片付けた方が良い。志騎と友奈と東郷が樹の後ろに来て画面をのぞき込むと、彼女の言う通り以前よりも依頼の量が格段に増えていた。

「わぁ~。猫も犬もたくさん依頼が来てるね」

「スケジュールを調整して、近い所は平日に行くようにしましょう」

「量だけをこなすなら、簡単なやつから片付けるのもありだな。それなら一日に何件か一気に消費できるだろうし……。いや、それでも時間を考えると二件が限界か……」

 と、四人の姿を後ろから眺めていた風が、穏やかな笑みを浮かべながら呟いた。

「なんか……」

「……? どうしたの、お姉ちゃん」

 小さな呟きだったが、どうやら四人の耳にしっかり届いたらしい。四人が振り向くと、風は嬉しいような、それでいて少し寂しいような表情を浮かべながら、

「いや……なんかみんな、ちゃんとしてきたなって。お姉ちゃん嬉しいわ」

 と、涙を拭うような動作をして風がしんみりとした雰囲気を出そうとした直後。

 ドン! と勇者部の扉を勢いよく開けて、しんみりとした雰囲気を吹き飛ばすムードメーカーがやってきた。

「さぁみんな! 次の週末何する何する!? 爆発行くー!?」 

 どうやらすでに次の週末の予定について考えているらしい。今日も元気に明るい園子に勇者部全員が苦笑を浮かべていると、夏凜がジト目になりながら、

「遊んでばっかりってわけにはいかないわよー」

「じゃあ猛烈にボランティアだね!」

 確かにこの依頼量を考えるとそうなる。しかしそれについては園子は不満げな表情を一切見せない。友達と一緒に何かをする事を重視する彼女にとって、友達と一緒にボランティアをする事も大切な青春の一ページに違いない。

「園ちゃんは今日も元気だね!」

「生き急ぎすぎでしょ……」

「行き急いでるんよ~」

「そんなに急ぐと死んでしまうわ!」

「長生きしたいぜ~」

 まるでコントのようなやり取りの後園子がさめざめと泣くと、夏凜がドヤ顔をしながらサプリメントのケースを取り出す。

「良いサプリ紹介しようか?」

「さすがカツオぶっしー」

「にぼっしーよ!」

「認めた~」

「ついに認めちゃったかー……」

 園子のペースに翻弄されてついに夏凜も自分がにぼっしーである事を認めてしまい、銀が苦笑を浮かべる。赤面しながら夏凜が反論するが、園子はやんわりと受け流す。二人のやり取りに勇者部の間に笑顔が広がり、笑い声が部室内に響き渡る。

 そして樹の前のパソコンには、ここ数日にかけて撮影された勇者部の思い出の写真が並べられていた。

 

 

 

 

 

 

 放課後、志騎と銀は二人揃って自転車を押しながら帰路についていた。二年前と同じ、二人にとっては当たり前の大切な日常。

「段々寒くなって来たなー。体大丈夫?」

「大丈夫だよ。お前の方こそ大丈夫なのか?」

「平気平気! 元気が取り柄の火の玉ガールだからな、アタシは!」

「自分で言うのかそれ……」

 ニッと明るい笑顔の銀に志騎が呟く。しかし確かに、彼女が風邪になった姿というのはあまり見た事が無い。それほど彼女の体の機能が優秀なのか、それとも……。

 志騎が銀の顔をじっと見ていると、彼女はどこか照れたような表情で、

「な、なんだよ。顔に何かついてるとか?」

「いや、馬鹿は風邪ひかないって割と真理だなと思って」

「おぉい!?」

 思わず大声で銀がツッコむと、冗談だよという言葉が返ってきた。相変わらずこの少年の冗談は心に突き刺さる。しかも自分でも反論ができないのが少し悔しい。ちょっと落ち込みながら歩いている銀の目に、クリスマスのイルミネーションが施された一軒の家が入ってきた。

「そう言えば、もう少しでクリスマスだな」

「ああ。今年のクリスマスは確か勇者部でクリスマスパーティだったな」

 そして、その前日であるクリスマスイブは志騎との初めてのデート。その事を思い出して、銀は自分の鼓動が高鳴ると共に顔が熱くなるのを感じた。

 一方でそんな事は露知らず、志騎はさらに話を続ける。

「それが終わったら大晦日、で正月か。来年は風先輩が卒業して、俺達も三年生だな」

「そうしたら高校受験……。嫌だなぁ、勉強したくない……」

 勉強の事を考えるだけで頭が痛くなってきたのか、ずーんという効果音が似合うほど銀は落ち込んでしまった。志騎はやれやれと肩をすくめながら、励ますように言う。

「それぐらい頑張れよ。勉強なら、俺も見てやるからさ。高校に入ったら中学の時よりも面白い事がたくさんあるぞ?」

「それは……そうかもしれないけどさぁ……」

 口の中でもごもごと呟きながら、銀は思う。

 確かに高校に入れば中学以上に楽しい事が起こるかもしれないが、その先で何をするかはまだ決めていない。高校を卒業して働くのか、それとも大学に行って勉強を続けるのか。しかし大学に行って勉強したい事など今の銀には無いし、具体的な夢はまだ決まっていない状態だ。……お嫁さんになりという夢はあるが、それは大学に行っても行かなくてもできるし。大学に行ってもやり遂げたい事が何なのかは、まだ分からない。

 それに。

「………」

「ん、どうした?」

 志騎の言葉に、銀は何でもないとだけ答えた。

 大学に入る頃には自分達はきっと十九歳ぐらいになっているだろう。それであとは勉強をして、無事に大学を卒業する事ができるかもしれない。……志騎を除いて。

 バーテックス・ヒューマンの彼はどれだけ頑張っても二十歳までしか生きる事は出来ない。仮に大学に行く事ができたしても、二十歳から先の時間を自分と彼は共有する事が出来ないのだ。

 大学で何を勉強すれば良いのか分からないが、もしかしたらそれ以前の問題で大学から先の事をあえて考えないようにしているのかもしれない。……大学から先の事を考えるという事は、志騎がいない未来を考えてしまうという事だから。

 我ながら、情けない考えだと思う。これでは刑部姫に臆病で慎重だと言われても仕方が無い。

 自分で苦笑しながら、銀はそれを隠すように志騎に言った。

「なぁ、志騎」

「ん?」

「手、握って良いか?」

 そう尋ねた銀の真意が分からず志騎は一瞬戸惑うが、言われたままに右手を差し出す。ありがと、と言ってから銀は志騎の手をそっと握る。手袋も何もしてないせいで冷たかったが、今の銀にはそのひやりとした感触が心地良かった。しばらく志騎の手の感触を黙って感じていたが、やがていつも浮かべているような笑みを浮かべて志騎に礼を言う。

「ありがとな、志騎。元気出た!」

「……? そ、そうか。それなら良かった」

 突然の銀の言葉に志騎は戸惑っていたが、そんな戸惑いも銀の笑顔で吹き飛んでしまったらしい。彼女の笑顔を見て、志騎は呆れながらも彼女と同じように笑う。

「そうだ! 今日はこのまま手繋いだまま帰ろうよ!」

「え、普通に嫌だよ。周りの目が痛い」

「えー、良いじゃん別に」

 そんなやり取りをかわしながら、二人は自分達の家へと帰っていた。

 そして、結局。

 志騎の笑顔が無理やり引っ張り出したものだという事に、ついに銀は気が付く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 夜、犬吠埼風は自分の携帯電話を使ってメールのチェックをしていた。真剣な表情を浮かべている彼女の視線の先には、メルマガのクーポンが表示されている。しかし彼女のお目当てのメールはそれではなく、画面をスワイプしてさらに下のメールを表示させる。

「あー、お姉ちゃんまたメール見てるー」

「あ、ごめん癖で……」

 そこに現れたのは洗濯物が入った籠を抱えた樹だった。風は謝ると、ようやく画面から視線を外す。

 癖、というのは大赦からの指令のメールを確認する癖の事だろう。大赦からの連絡係だった彼女にとっては、大赦から何かメールが来てないかチェックするのが日課となっていた。勇者という役目から解放された今でも、その癖が抜けきっていないのだ。

「お得なクーポンのメルマガしか来てないね……」

「もうずっと連絡ないし、大丈夫だよ」

「大丈夫、なんだよね……」

 しかしそれでも、風の胸中から不安は消えない。あれほど大赦に隠し事をされたので、信じたいと思っても信じられないのが当然だろう。

「お姉ちゃん……まだ抜けてないね」

「努力してんだけどね……さすがに」

「そんな努力やめよう?」

 妹の言葉に、風は言葉を失ってしまう。しかし確かに、樹の言う通りだ。

 勇者とは言っても、彼女達はあくまでも普通の少女達なのだ。そして勇者から解放された今は、普通に青春を謳歌する普通の中学生。普通というのは誰にでも当たり前の事なのに、普通でいる事を努力するというのは奇妙な事に違いない。

「大丈夫だよ。もし何かあっても今度は最初から私達がいるから! ね?」

「………うん」

「どうせもう何もないって。心配しても損だよ、お姉ちゃん」

 自信満々に胸を張って自分を励ましてくれる樹の顔を見上げながら、風が感心したように言った。

「あんた、本当たくましくなったわね」

「それを言い訳に成績下がりましたーじゃ、妹として恥ずかしいしね」

 と、樹の割りと容赦のない一言に「樹ー!」と風の悲鳴とも取れる声がリビングに響いた。

 それから二人はまったり歓談していたが、ふと風が樹にこんな事を尋ねる。

「そういえば樹。あんたまだ刑部姫と仲良いの?」

「うーん、まぁ歌い方を教えてくれたりする程度だけど……」

「いや、それはどう考えても仲が良いでしょ……」

 おまけに相手はあの刑部姫だ。歌い方を教えてくれるだけでもかなり仲が良い方だろう。彼女と親しくない人間がそんな事を頼んだりしたら、返ってくるのは歌い方ではなく猛毒の言葉とスーパーボールに違いない。

「こんな事言うのなんだけど、刑部姫は信用できるの? あいつ、私達に満開の事も散華の事も黙ってたし……。正直な事を言うと、私はどうしても刑部姫を信用できない」

 遺伝子上の息子である志騎や友奈、樹はともかくとして、それ以外の勇者部の面々は刑部姫の事を信用できていない。銀・東郷・園子の三人は元々神樹館にいた時から刑部姫とは仲が悪いし、自分に至っては彼女と刃を交えた仲だ。夏凜は嫌ってはいないが、それでも刑部姫を全面的に信用できていないように見える。そもそもの話、彼女は基本的に大赦側の人間だ。大赦に完全に従っているわけではないが、それでも何か隠しているのではないかと疑ってしまう。

 それに樹は手を組んでわずかに俯くと、

「……確かに、刑部姫さんは今までたくさん隠し事をしてきた。でも、私に教えてくれた事や、私に言ってくれた言葉には嘘はなかったって思うの。だから思うんだけど、あの人は隠し事はするけど基本的に嘘はつかないって思うんだ。例えついたとしても、それは理由があるから嘘をつく。意味のない嘘はつかない。良くも悪くも、いつも自分を貫く人。……だから私は、刑部姫さんを信じたいと思うの。お姉ちゃん達に、悪いと思うけど……」

 常に自信満々で、常に誰にも従わず、常に自分の思うがままに我が道を行く科学者。

 自分達の完全な味方というわけではないが、それでも彼女は少し前まで姉の後ろを歩くのが当たり前だった樹にとって、羨ましいと思うと同時に密かな憧れの対象だった。

 そして風は妹の言葉を咎める事も無く、ただ腕を組んでうーんと唸り、

「いつも自分を貫くか……。でも確かに、隠し事をされるのは嫌だけどあんな風に堂々としてるのはあいつの長所よね。普通の人なら、どうしても周りの人の事を気にしちゃうもの」

 どれだけ堂々としていても、やはり周りの人の目というものは気にしてしまうのが人間という生き物だ。それもプライドの高い人間ならば猶更である。

 しかし彼女の場合は良くも悪くも人の目をまったく気にしていない。あそこまで自信満々に振舞う事ができるのは間違いなく彼女の強さの一つだ。それだけは、刑部姫に好印象を抱いていない風も認めていた。

「うん。もちろん良い事ばかりだけじゃなくて、他の人をまったく気にしないから悪い事もあると思うけど……。刑部姫さんのそういう所は素直にすごいと思うし、尊敬しちゃうんだ」

 すると樹の最後の言葉に、風はん? と怪訝な表情を浮かべ、

「あのー、樹? 尊敬しちゃうって……。もしかして、刑部姫みたいになりたいとは思ってないわよね?」

「え? えっと……その…そういうわけじゃないよ? ただ、あの堂々としてる所は憧れるなーってだけで……」

「駄目よ樹あんな風になっちゃ! 確かに堂々としてるけど、それ以外は全部駄目だから! 頭と顔の良さを性格の悪さが全部打ち消すどころかマイナスにしてるような女よ!? 樹がそんな事になったら、お姉ちゃんもう立ち直れない!!」

「落ち着いて、お姉ちゃん!?」

 まったくもってその通りだったが、刑部姫に聞かれたら間違いなくぶち殺し確定の台詞だった。この場に刑部姫がいなくて本当に良かったと、樹は心の底から思いながら風をなだめる。この時ばかりは、姉と妹の立場が見事に逆転している犬吠埼姉妹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に、勇者部の面々はそれぞれの想いを抱えながらもようやく帰ってきた日常を過ごしていた。

 しかし、その日常は何の前触れもなく、ある日を境に終わりを告げる事になる。

 ――――その日は、雨が降っていた。

 自宅の前で、東郷美森は愕然とした表情を浮かべながら目の前の光景に目を奪われている。

 彼女の目の前にいるのは、雨の中だというのに傘すらも差さず、地面の上に直接正座する大赦の神官達だった。当然全員仮面を被り、そのせいで表情が分からない。

「何故……」

「今日は大切なお話があってお伺いしました」

 東郷の半ば呆然とした言葉に、先頭の神官が答える。その女性の声を聞いて、どこかで聞いたような気がすると東郷は思った。

「事態は好転したんじゃ……」

 しかし神官は答えない。雨に打たれるがまま、東郷に頭を垂れている。

「また……始まるんですか? 私達じゃなきゃダメなんですか……!」

 するとようやく神官が顔を上げた。そしてその口から、自分達がここに来た理由が明かされる

 その理由は――――。

 

 

 

 

 ようやく訪れたと思っていた大切な日常。ずっとこの日常が続くと、少年少女達は思っていた。

 しかしそんな彼らの予想を裏切るように、その日常は音を立てて崩れ始める。

 そして、彼らは知らなかった。

 東郷美森の家に大赦の神官達が訪問してきたその時が。

 世界の存亡をかけた、勇者達の最後の戦いの幕開けだという事に。

 彼らはまだ、知る由も無かった。

 




今回のサブタイトルを何にするか結構考えたんですが、やはりこのサブタイトルが一番合ってるなと思いこれにしました。大満開の章の一話、本当に良い意味でカオス。琵琶だけでも意味が分からないのに、この小説の場合は銀の和太鼓まで入ってくるからさらにカオス。カラオケでの神樹館三人組のにぼっしーコールは大満開の章を見て一番書きたいと思った場面ですので、書けて良かったです。また今回みたいなカオスな場面を書きたいなぁ……。
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