日曜日。部活動の生徒を含めて讃州中学の校舎に人影はなく、校内は静寂に包まれていた。
勇者部部室である、家庭科準備室を除いて。
「全員、手掛かりなしか……」
現在、家庭科準備室には友奈、風、樹、夏凜、銀、志騎、刑部姫の七人が集まっていた。昨日東郷美森の消失が判明してから勇者部全員が彼女に関する情報を捜し回ったのだが、東郷美森に関する情報はまったく見つからなかった。
「東郷さん、元からいない事になってる……。教室に、机も無いし……」
友奈が言うと、樹が一枚の紙を取り出した。以前に樹が歌のテストを受けた時に、勇者部が彼女に宛てた寄せ書きだ。紙の一部分は樹は撫でながら、
「みんなからもらった応援メッセージ、ここのところ消えてますけど、東郷先輩が『みんなかぼちゃ』って、書いてくれたんです」
「タチの悪いイジメみたいじゃない……」
現在自分達の目の前にある異常事態に、風が苦し気に言う。すると、それまで黙っていた志騎が尋ねた。
「大赦の方は何か言っていますか?」
これほどの異常を、大赦が把握していないとは思えない。彼らならば何か知っているのではないかと考えての質問だったが、風は首を横に振り、
「いいえ。私には何も知らないって……」
「こっちも、同じ答えが返って来たわ」
「そうか……。銀の方は?」
志騎の質問は、銀に向けられた。しかし銀は申し訳なさそうに、
「ごめん……。須美の手がかりを探し回るのに必死で、そっちにまで頭が回ってなかった……」
とすると、あと尋ねるべき人物は一人しかいない。志騎が尋ねようとすると、その人物……刑部姫が志騎の頭の上からゆっくりと浮遊して彼の目の前で止まる。
「私の方にも情報は来ていない。それほど重要な情報なら私の所にも来るはずだが、安芸や他の奴らからの連絡はまったくだ」
「……それって、刑部姫にも隠してるって事?」
今までの事情が事情なので大赦の事をあまり信じていない風が言うと、刑部姫は肩をすくめながら、
「情報が少なすぎるからそれも考えられるな。とりあえず、考えられる可能性は今の所二つだ。一つは、大赦は事情を知っているがなんらかの事情で隠している。二つ目は、大赦すらもこの事態の原因を特定できていない。まぁ、それももうすぐ分かるだろう」
「それって、どういう……」
刑部姫の言葉に志騎が尋ねようとすると、扉が開く音が背後から聞こえた。部室にいた全員が扉の方を見ると、そこには真剣な表情をした園子が立っていた。
「どうだった、乃木園子」
「うん。大赦の方は、何も知らないみたい」
「チッ、二つ目の可能性が当たったか。大赦の奴らですら特定できてないとなると、少々面倒だな……」
園子の報告を聞いた刑部姫が苛立たし気に舌打ちする。するとそこに、事情をまだ呑み込めていない銀が尋ねる。
「二人共、一体何の話して……。っていうか、園子一体どこに行ってたんだ?」
「大赦本部。わっしーの事、私が話せる地位の神官さん達に聞いたけど、みんな震えながら知らないって……」
そう言って、彼女は首を横に振った。さらに彼女の説明を補足するように、刑部姫が口を開く。
「私が聞いても良かったが、乃木園子と三ノ輪銀にはまだ生き神としての地位が生きてる。それに話を聞くなら乃木園子の方が適任だろう」
どうやら昨日東郷を捜すときに二人が話していたのは、そういう事だったらしい。
「大赦すら知らない事態なんて……」
「東郷さん………」
園子からもたらされた情報に、友奈の表情が暗くなる。すると、扉を閉めた園子が言った。
「……これしかないみたいだね」
そう言うと彼女はテーブルの上に手に持っていたスーツケースを置き、鍵を開けて開く。中に入っていたものを見て、園子以外の全員が息を呑んだ。
「これって……」
「……勇者システム」
中に入っていたのは、友奈達がバーテックスとの戦闘の時に用いていた勇者システムが組み込まれた端末だった。しかし奇妙な事に一番端の端末を入れるスペースは空になっており、本来五つあったはずの端末が四つしか入っていなかった。
「ぷんぷん怒って出してって言ったら、大赦の人は出してくれたよ。これで見つけに行こう!」
「見つけるって……」
「……今も変身できるのよね?」
「そうだよにぼっしー。見て、わっしーの端末が無いんだよ」
園子が言っているのはきっと、空になっているスペースの事だろう。他の四つの端末が友奈達の分だとすると、一か所スペースが空いている事にも説明がつく。園子が自分の端末を取り出すと、端末にはレーダーの画面が表示されていた。
「でも、私の端末のレーダーに、わっしーの反応はない」
「水を差すようで悪いけど、存在改変で須美のスマートフォンも消失したって可能性は?」
「いや、それはないな。そうだったらこんなスペースは空かない。最初から四つだけ入っている状態になっていはずだ。つまり、今端末は消失した東郷美森が持っている可能性が非常に高い」
刑部姫の説明に、志騎と彼女のやり取りを聞いていた園子は頷きながら、
「そう。きっと今端末はわっしーが持っている。なのにレーダーには映らない。もしかして、わっしーはすごくビックリするような所にいるんじゃないかな」
「ビックリするところ……? って、どこだ?」
銀が考え込むと、志騎は顎に手を当てながら、
「単純に考えると、レーダーに映らない場所って事だよな。でも、四国全土にいる限りどれだけ遠くてもレーダーに反応はあるはず……」
「って事は、つまり……」
志騎と銀の考えを聞いていた友奈はそこではっと何かに気づいたような表情を浮かべると、その場所を口にした。
「壁の外!?」
「その通り!」
壁の外。無数の星屑と炎が支配する、人間の生存を拒絶する世界。そしてほとんどのバーテックスの生まれ故郷とも言える場所。確かにそこならばレーダーにも映らない。風は腕を組んで、
「東郷はぶっ飛んでるからあり得るわね」
「だから、勇者になって行ってみようと思うんだ」
そして園子が指を鳴らすと、彼女の頭上にぬいぐるみのような姿をした精霊……烏天狗が出現した。
「精霊……!」
現れた烏天狗を見て、風と樹の表情にかすかに恐怖が混じる。それも当然だ。精霊は勇者を護ると同時に、彼女達をお役目に縛り付けるもの。精霊が出現するという事自体が、彼女達が勇者である証明のようなものなのだ。
「勇者になったら、また力の代償があるんですか……」
「今回はバージョンが新しくなって、散華する事も無いんだって」
そう言って園子が再び指を鳴らすと、頭上にいた烏天狗が花びらとなって消えた。すると園子の話を聞いていた夏凜が訝し気に言う。
「なんか、できすぎてるって言うか……」
「そ、そうよ! どれだけ新しいシステムになったって言われても、結局また……」
やはりと言うべきか、夏凜と風の大赦に対しての不信感は未だ拭えていない。とは言ってもそれは当然だ。前回の戦いで、勇者部は二度と戻らない代償をその身に負ったのだ。今では体の機能は無事に元に戻ったが、今更今回の勇者システムは安全ですと言われても、信用できなくて当然だ。
「怖いのが当たり前だよね。分かるよ」
それは園子の方も同感らしく、苦笑して二人の言葉に同意している。
と、やりとりを聞いた友奈が突然自分の両頬を張って両手の拳を握った。
「よし! 東郷さんを見つけるためなら、私は……!」
そう言って友奈が自分の端末を掴もうとすると、険しい表情を浮かべた風が彼女の手を掴んだ。
「待ちなさい」
「でも!」
「初めての時とは違うの。あたしは、部長としてみんなをおいそれと変身させたくない。勢いで、なんていうのやめて」
「……はい」
風の部長としての真剣な言葉と表情に、友奈は頷くしかない。そんな風の視線は次に園子へと向けられた。
「乃木。あんたもよ」
「うん……ありがとう」
しかしそこで引き下がるつもりは無いらしく、園子はまっすぐ風を見据えながら自分の意志を話す。
「……確かに私達は酷い目に遭ったけど、勇者が体を供物にして戦わなければ世界は滅んでいた。仕方なかったんだよ。大赦はやり方がまずかっただけで誰も悪くない。大赦は勇者システムについて、もう一切隠し事はしないって言ってくれた。私はそれを直接聞いて、信じようって思ったんだ。……だから、前と
は違う。今度は納得してやるから、私は行くよ」
彼女の言葉に、迷いはなかった。例え今回勇者になった事でまた何らかの代償を負ったとしても、後悔はしない。そんな彼女の想いが七人に強く伝わってきた。
そして、園子に続いたのは銀だった。
「アタシも行くよ」
「銀……」
何かを言おうとする風に銀は向き合うと、園子と同じように自分の決意を話す。
「すいません、風先輩。でも例え先輩に止められても、アタシは絶対に壁の外に行きます。確かに大赦の事は今でも信じられないですし、不安も全くないって言ったら嘘になります。……でもそうだとしても、アタシは大切な友達がいないままなんて絶対に嫌です。例え危険だとしても、須美がいない勇者部より、須美がいる勇者部の方が何倍も良い。だから、リスクがある事は覚悟の上で行きます」
銀は二年前園子と同じように体のほとんどの機能を失い、一人ぼっちになった。だからこそ彼女は大切な友達と離れ離れになってしまう辛さと悲しみをよく知っている。銀が言った通り、例え風が止めても彼女は壁の外に行くだろう。
「まぁそれに、大赦の事は信じられなくても、園子の事なら信じられるしな」
「ミノさん……」
そう言って銀は園子に向かって二ッと明るい笑みを浮かべた。自分達に大事な事を黙ってきた大赦の事は信じられないが、大切な親友である園子の事ならば信じられる。そう言っているような笑顔だった。
すると、次に口を開いたのは志騎だった。彼はやれやれと言うように肩をすくめると風に言う。
「俺も行きます、風先輩。というより俺だけは行かなくちゃ駄目でしょう、行き先は壁の外なんですから」
園子の推測が正しければ、今東郷がいるのは壁の外だ。バーテックスと炎が支配する世界であり、人間にとっては未知の世界。何も知らない人間が行けば自殺行為になりかねない。……何も知らない人間だったら。
だが志騎は何も知らない人間では無い。人間の形をしたバーテックスであり、例え彼の記憶になくても彼の中のバーテックスの細胞があの炎の世界を覚えている。これから壁の外に行くにあたり、何か役に立つ事はきっとある。それは風も分かっているのだろうが、彼女の表情は硬かった。
「確かにそうかもしれないけど、それでもあたしはあんたも行く事には反対よ。……この前あたしが言った事は覚えてるでしょ?」
この前というのは、風と樹と一緒にいた時にコンビニ強盗に遭遇した帰り道の事だろう。あの時、志騎の事を心の底から心配した風は志騎に自分を傷つける様な事はもうしないで欲しいと言った。壁の外で何が起こるかは分からないが、もしかしたらバーテックスとの戦闘になるかもしれない。そうなったら志騎がまた自分を傷つける事をしかねない。もう部員の誰もが傷つく所を見たくない風としては、志騎が壁の外に行くのは了承できないのだろう。
志騎は風の言葉を真正面から受け取ると、園子と銀と同じように彼女の顔を真正面から見据えて自分の決意と覚悟を口にする。
「確かに壁の外に行って、この前のような事は絶対にしないって断言はできません。でもそうだとしても、俺は行きます。東郷は俺と銀達の……そして、友奈の大切な親友なんです。ここで行かなかったら、俺はずっとこの選択を死ぬほど後悔する事になる。何が起こるか、何があるかなんて分からないけど、後で後悔するような選択だけはしたくない。だから、行きます。……それに、俺も園子を信じてるから」
「志騎……」
「あまみん……」
彼の口から聞かされた、彼の意志。
それに勇者部の部室内が一瞬沈黙に包まれると、それまで三人の話を聞いていた友奈が一度目を閉じてから再度開き、力強く告げた。
「……風先輩、決めました。私、やっぱり壁の外に行きます!」
「友奈……」
「私も銀ちゃんと志騎君と同じ。大赦の人は良く分からないけど、園ちゃんがそう言っているんだから、信じるよ!」
「ゆーゆ……」
友奈は自分の端末を改めて手に取ると、心から自分の心配をしてくれる風の顔を真正面から見据える。
「風先輩、ちゃんと考えました。私行きます!」
友奈の顔を風は最初きょとんとした顔で見つめていたが、やがて相好を崩すといつもの明るい声で言った。
「あーもう! 部長を置いていくんじゃないわよ!」
「風先輩……!」
友奈に続くように風も自分の端末を手に取り、友奈と園子が笑顔になると風はその二人に視線をやり、
「友奈や乃木、志騎と銀なら私も信じてるからさ」
「ま、勇者部員が行方不明って言うなら、同じ勇者部員が捜さないとね!」
「夏凜ちゃん!」
さらに風と夏凜に続くように、樹も声を上げる。
「私も、行きます!」
「樹……!」
満開の代償として彼女のもう一つの命とも言える声を失った樹に風が不安げな眼差しを送るが、樹はもう以前のように弱くない。樹は大丈夫だよと言うように、勇ましい視線を風に送る。それだけで妹の決意は伝わったらしく、風は不安が残りながらも笑みを浮かべた。まるで、樹の強さを心の底から信頼しているように。
「みんな……!」
東郷捜索に向けて心が一つになった勇者部全員の姿を目にして、友奈が感動の声を出す。
「それにしても壁の外か……。樹! とりあえず、サプリ決めときなさい!」
「ちょっ!」
「今回は決めていきます!」
まるでヤバイ薬を決める様な言い方の夏凜に風は慌てるものの、当の本人である樹はこれから壁の外に向かうという状況に備えておきたいらしく、夏凜からサプリを受け取り風を慌てさせる。
「緊張感ねぇ……」
「そうか? これが勇者部って感じがして、俺は良いと思うけど」
「……お前も大分勇者部に毒されてきたな……」
頭の上で呆れかえる刑部姫とは対照的に、志騎は安堵すらしているようだった。きっとついさっきまではピリピリしていた空気が一気に勇者部らしくなった事に、彼も少しほっとしているのだろう。すると、風達の様子を見ていた園子がポツリと呟いた。
「素敵な仲間達だね」
「だな」
するとそれに友奈が笑いながら返した。
「園ちゃん達もね!」
彼女の言葉に園子と銀はにっこりと笑い返し、志騎も唇の端を上げるのだった。
「そうだ、ねぇ刑部姫。一つお願いがあるんだけど~」
「あ? 何だよ」
顔をしかめながら答えた刑部姫に園子が差し出したのは、銀がこの前の戦いで使っていた勇者システムが組み込まれた端末だった。
「ミノさんが行くって言う事は私も予想してたけど、今のままの勇者システムは前のままでしょ? だから、ミノさんの端末も他のみんなと同じバージョンにして欲しいんだ~。バージョンアップに必要なシステムはあなたのタブレットに送るね」
「え、なんでアタシの端末は他の皆と同じになってないんだ?」
銀が首を傾げると、園子は苦笑を浮かべて、
「ミノさんに組み込まれている勇者システムは、刑部姫独自の技術が使われてるんだよ~。だから大赦の人達も、どこをどういじったら問題ないか分からなかったみたい」
「そっか。それで刑部姫がやらないと駄目なんだ」
合点が言ったように友奈が呟く。今の銀の端末に組み込まれている勇者システムは、園子が言った通り刑部姫独自のプロトコルが使われている。下手にシステムをいじったら、勇者の変身システムに支障を来すかもしれない。だからバージョンアップを施すのはプロトコルを作り出した刑部姫自身でなければいけないのだろう。
だが、天邪鬼の刑部姫が簡単にそれを呑むはずがない。常日頃から彼女と一緒にいる志騎はおろか、他の三人も同様の事を思っていたのだが……三人の予想を見事に裏切って、刑部姫があっさりと頷いた。
「ああ、分かった。システムもすぐに私の端末に送れよ」
「え?」
刑部姫の返事があまりにも予想外過ぎたのか、園子がきょとんとした表情を浮かべる。それは他の三人も同様で、目を丸くして刑部姫を見つめていた。
「刑部姫、お前どういう風の吹きまわしだよ? お前の事だから、私にそんな事する義理も義務も無いなんて言うかと思ったのに……」
銀が呟くと、彼女に自分の真似をされたのが不快だったのか刑部姫は舌打ちして、
「正直な話、お前が言った通り東郷美森がどうなろうが私には興味が無い。だが何故こんな事が起こったのかは私も知りたいし、壁の外で何が起こっているのか興味がある。それに今回の一件で大赦が私に黙って何かをしていた証拠の一つでもあれば、奴らの弱みを握れるチャンスでもあるし、何より東郷美森にデカい貸しを作る事ができる。リスクとリターンを比べても、今回ばかりは私が手を貸す価値があると判断した」
「うん、やっぱりいつも通りの刑部姫でむしろ安心したよアタシ」
堂々と自分のためだと口にする刑部姫に銀がジト目を向けるが、そうだとしても彼女が力を貸してくれるというのは心強い。刑部姫は園子から端末を借りると、自分に送られたバージョンアップのシステムを銀の端末に適用する作業を始めた。この作業はどれだけ急いでも五分はかかるとの事だったので、バージョンアップが終わり次第壁の外へ出発という事になった。
刑部姫が作業をする間、七人は勇者部部室内で待つ事になった。いつもは五分などあっという間に過ぎ去るのに、今日に限っては一分経つのが非常に遅く感じられた。特に友奈は一刻も早く東郷を捜しに行きたいという想いを必死にこらえて、刑部姫の作業の完了を待つ。
やがて、無限に続くような五分間がついに経ち、刑部姫がUSBケーブルでノートパソコンと繋がれた銀の端末を外す。
「終わったぞ」
そう言って端末を銀に軽く放り投げると、銀はそれを片手でキャッチして六人の顔を見る。互いの顔を見合わせた七人は、ほぼ同時にこくりと頷くと志騎以外の全員がそれぞれの端末を手にして勇者システムのアプリをタップする。
それぞれの端末から光と花びらが散り、六人はそれぞれの勇者装束を身に纏う。勇者装束の色は友奈はピンク色、風は黄色、樹は緑色、夏凜は赤色、園子は紫と白、銀は山吹色を基調としている。色鮮やかな衣装を身に纏う彼女達は、まさに色とりどりに咲き誇る花を連想させた。
七人の変身を見た志騎も自分の端末を取り出すと勇者システムを起動、表示されている三つのアプリの内一つをタップする。すると志騎の腰にブレイブブレイバーが自動的に装着され、さらに別のアプリをタップする。
『Brave!』
女性音声がスマートフォンから流れ、ベルトの装置が志騎の目の前に変身用の術式を展開する。突然現れた術式に樹が「わわっ!」と驚きながらあとずさり、「え、なにこれ!?」と夏凜が驚く。その二人をよそに志騎は両手を広げて目の前で交差させると、ベルトから音声が再度流れた。
『Are you ready!?』
「変身!」
『Brave Form』
スマートフォンの画面に表示されたリンドウの紋章をベルトの装置にかざすと音声が流れ、術式が志騎の体を通過して彼の体を強化し、純白の勇者装束を身に纏う。両手の拳を軽く握って調子を確かめる志騎に、樹が感嘆した口調で言う。
「志騎さんの変身って、私達のとは違うんですね」
「変身ヒーローって感じがして、カッコいいね!」
そう言えば勇者部の前で変身するのは初めてだったなと、二人の反応を見た志騎は思う。樹はともかくとして、友奈の反応を見ると自分の変身は彼女のお気に召したらしい。
すると友奈の反応を見た銀がうんうんと頷き、
「そうなんだよなー。アタシ達の変身もカッコいいんだけど、アタシも一度で良いから『変身!』って言って変身してみたい……」
「言えば良いじゃない」
「いや、あのセリフは志騎だけのものって気がして、中々言いづらいっていうか……」
「なんじゃそりゃ……」
夏凜の的確な言葉に銀がうーんと唸りながら悩み、悩む銀を見て風が苦笑を浮かべた。
「はいは~い。あまみんの変身に感動している所悪いけど、バージョンアップした勇者システムについて説明するからちゅうも~く」
右手を挙げながら園子が言うと、六人の視線が素早く園子に集まる。園子はみんなの視線が自分に集まるのを確認するとすぐさま説明を始めた。
「新しい勇者システムは、満開ゲージが最初から全部溜まっている状態だよ。精霊がバリアで護ってくれるけど、バリアを使うごとに満開ゲージを消費していく。ゲージは回復しない。満開は、ゲージがいっぱいならできるけど使えばゲージは一気にゼロになる。ゲージがゼロになると、精霊がバリアを張れなくなる。この時攻撃を受ければ、命に関わる事になる。これが、散華の無くなった勇者システムだよ」
つまり、攻撃を重視して満開すれば強大な攻撃力は得られるがその代わりにバリアが無くなるので防御力が激減し、かといって防御を重視して満開をしないようにすると当然攻撃力が激減する。おまけにゲージは回復しないので、満開を使う場面か使わなくて良い場面かを見極めなければならないというわけだ。
判断には迷うが、幸いここには七人の勇者がいる。それぞれ助け合いながら、そういった状況を冷静に見極めていくのが一番良いだろう。
「ちなみに、俺の勇者システムに何か変更点は?」
「ない。今まで通りだから、思う存分に戦って良いぞ」
「分かった」
スマートフォンの画面を見て見るとゾディアックフォームにセフィロティックフォーム、さらに今志騎の勇者装束のポケットには志騎専用勇者システム拡張デバイス『キリングトリガー』もある。これだけ揃っていれば、並大抵の危険があってもすぐに対処できるだろう。むしろ、周りに及ぶ被害の事を考慮しなければならないかもしれない。
「今みたいに全部説明してくれた方が、やっぱり良いわね!」
園子の説明が終わると、夏凜が明るい声を出す。確かに大赦のように何もかも秘密にされるよりも、今の園子のようにリスク等もきちんと説明された方が良いに違いない。
「そうね! 覚悟ができるってもんよ!」
「掃除が大変そうですね……」
床に散らばった大量の花びらを見て樹が苦笑する。その直後、風のスマートフォンの画面が黄色に光り輝き、それに風達の視線が集まると風の顔面に、犬に似た彼女の精霊である犬神がべたっと張り付いた。
「ぷはっ! 犬神!」
風が顔から犬神をどうにか引きはがすと、他の五人のスマートフォンの画面も光り輝く。そして花びらが散ると共に、ウシ型の友奈の精霊、牛鬼。新芽のような形をした樹の精霊、木霊。立烏帽子をかぶった少女のような銀の精霊、鈴鹿御前。そして鎧を身に纏った武士のような夏凜の精霊、義輝が出現した。
「牛鬼久しぶりー! またよろしくね!」
自分の頭の上に乗った牛鬼を友奈が撫でると、牛鬼は気持ちよさそうに目を細めた。犬神の方も嬉しそうに風の顔を舐めており、こうして見ると精霊というよりはペットみたいである。
「……元気?」
『外道メ!』
「……相変わらずね」
『諸行無常』
と、夏凜と義輝の方はコミュニケーションが取れているんだか分からない会話をしていた。
「……はぁ。やっぱり友奈と風先輩は良いな。動物型の精霊で」
「いや、志騎だって精霊が……。あ、うん、ごめん……」
「おい、何故私を見てから志騎を気の毒そうな目で見た。ぶち殺すぞ」
刑部姫が心の底から苛立ってそうな目で銀を睨むと、彼女は何故かポンポンと志騎の肩を優しく叩く。すると銀に続き、夏凜と風も気の毒そうな表情で志騎の肩を優しく叩いた。
「あの、本当に優しくするのやめてください……。結構辛くなってくるんで……」
「良いのよ、我慢しないで……。ほら、犬神抱く?」
「………」
ぎゅっと、志騎は風から差し出された犬神を抱きしめた。もふもふとした感触が心地よくて、何故か無性に悔しい。
「……なんで俺の精霊はあれなんですかね。なんで動物型じゃなかったんですかね……。口は悪いし、性格はクソだし、精霊バリアは張れないし……。返品できるものなら返品したいですよ本当……」
「おい待て志騎なんで私があれ扱いなんだ!? おい犬吠埼風に三好夏凜と三ノ輪銀、その『どうして分からないの?』という目を本気でやめろムカつくから!! おい、答えろ志騎!! その毛玉よりもこのてぇんさい美少女精霊がいた方が嬉しいだろう!? おい、おーい!!」
と、そんなやり取りはさておき。
改めて讃州中学勇者部七人は、壁の外へと向かうため行動を開始した。
勇者として強化された身体能力を活用して海を越え、道路を越え、さらに船を足場にして、七人は四国全土を覆う壁の上へと着地した。
「ここから先はずごごごって感じだから気を付けてね」
「私が先頭を行くから、園子は後ろでサポートをお願い!」
「アタシも行くよ。前衛は二年間からアタシの役目だからな!」
そう言って夏凜と銀の二人が園子の前に立つ。確かに二人の武器と性格からすると、前衛の方が良いだろう。すると、園子は不安が入り混じった笑みを浮かべて、
「……ミノさん、にぼっしー。気を付けてね。何が起こるか、私も全然分からないから……」
「分かってるよ。無茶はしないから、そんな顔するなって」
銀が笑いながら返し、夏凜も「ええ」と笑って答える。二人共、自分達にできるだけの事はするが友達を悲しませるような事はしないという事だろう。
「樹、今晩はスペシャルうどん作ってあげるからね!」
「うん。楽しみにしてるよ、お姉ちゃん!」
樹と風の二人はリラックスした様子で夕食について話し合っている。これから何が起こるか分からないが、だからと言って緊張しすぎていては話にならない。今の二人の状態はまさに理想的と言えるに違いない。
「志騎、ここからバーテックスの感知はできるか?」
「さすがに壁の中だと難しいな。それに正確に言うと感知じゃなくて共鳴だから、俺が気づくとあっちも気づく」
「となると、壁の外に出ると即戦闘も考えられるか。気を抜くなよ」
「分かってる」
志騎と刑部姫の二人は互いに真剣な表情をしながら、これから行われるかもしれない戦闘について話し合っている。そして最後に、友奈が告げた。
「よし、行こう!」
彼女の言葉を合図にして、七人が壁の外へと足を踏み入れる。
直後、七人の目の前に炎の世界が広がった。
「うわー……。相変わらずの凄まじさね」
「何度見ても、この世の光景じゃないわね」
自分達の目の前に広がる赤一色の光景に、思わず風と夏凜が呟く。
「志騎、バーテックスの反応は?」
銀が尋ねると、志騎は目を瞑って周囲のバーテックスの気配を探っていた。彼はゆっくりと目を見開くと、
「今の所近くに星屑とバーテックスの反応はなし。ただし、俺の場合は同類と思ってそのままにしておくかもしれないけど、お前達の気配を察知して来るかもしれないから、長居はできないぞ」
「ゆっくり須美を捜してられる時間はないって事か……」
「あっ!」
志騎と銀が会話をしていたその時、園子が突然声を上げた。彼女の視線は、彼女が持っているスマートフォンに向けられている。
「レーダーに反応があったよ!」
「え、どこどこ!?」
「ここだよ!」
そう言って園子がスマートフォンの画面を友奈に見せると、確かにレーダーにははっきりと『東郷美森』の文字が表示されていた。ようやく見つけ出す事が出来た親友の名前に、友奈が歓声を上げる。
「わぁっ! 東郷さんだ! 東郷さん、やっぱり壁の外にいたんだ!」
「何とかなりそうね、友奈!」
「はいっ!」
友奈が嬉しそうに頷くと、園子が不思議そうな顔でレーダーを見る。
「でも意外と近いけど……」
よく見ると東郷の位置は自分達の真正面に位置している。東郷を示す光点と自分達の光点を比べても、そんなに距離があるとは思えない。
「この方向に間違い……ええっ!?」
突然友奈が素っ頓狂な声を出し、他の六人の視線が友奈の視線と同じ方向を向く。
そして、全員が友奈と同じように目を丸くした。七人の視線の先にあるものを見て、夏凜が叫ぶ。
「ちょ……な、なんなのあれ!?」
そこにあったのは、黒い球体だった。
そこには赤い光が渦を巻いているようになっており、その渦の中心に黒い球体はある。というよりは
赤い光を、黒い球体が吸収しているようにも見える。
それは、まるで。
「……ブラックホール?」
自分達の頭上にある黒い球体を見て、志騎が呆然と呟いた。
ブラックホール。外見は文字通り黒い穴のように見えるが、その正体は想像を絶するほどの高密度の天体。それ自体が常識では計り知れない重力を持ち、光さえも逃れる事は出来ないと呼ばれている。
それが今、七人の目の前にあった。
「わーお……」
「まさか、ブラックホールをこの目で見る事ができるとは……」
目の前のブラックホールに風が思わず感嘆の声を上げ、刑部姫に至っては科学者としての性格ゆえか半ば感動しているような声すら上げている。ブラックホールを指差して、友奈が園子に尋ねた。
「あの位置、だよね……」
「うん、わっしーはあの中にいるみたい……」
レーダーの位置からしても、東郷とブラックホールの位置は見事に重なっている。とすると、あの中に東郷がいると考えるのが自然だ。
「東郷さんが……東郷さんが、ブラックホールになってる……」
「久しぶりに会ったらブラックホールになってた奴は初めてだわ……」
「お姉ちゃん……」
「いや、たぶんブラックホールになる知り合いなんて最初で最後ですよきっと……」
そう言った直後、志騎の頭に電撃が走ったような感覚が走る。直後、夏凜の持つスマートフォンのレーダーにバーテックスの反応が次々と出現した。
「周囲にバーテックスもいるじゃない……!」
「勇者の気配にひかれたか……」
そうなると、うかうかしている時間はない。頭上のブラックホールを見上げて、友奈が表情を引き締める。
「……行こう!」
「……でも、どうやって」
それに待ったをかけたのは樹だった。
当然だった。今まさに七人が向かおうとしていたブラックホールから、大量の星屑が七人に向かって殺到してきたからだ。七人が星屑の突進攻撃を回避すると、友奈が歯噛みする。
「こんな時に……!」
「だぁっ!」
星屑の一体を風が大剣で切り伏せ、さらに背後から風に襲い掛かろうとしていた星屑を樹がワイヤーで撃破する。
「ありがと、樹!」
すっかり自分の背中を任せられるようになった妹に風が笑いかけ、それに樹も力強い笑みを返す。
「はぁあああああああああああああああっ!!」
銀が両手の双剣に業火を纏わせ、迫りくる星屑をなぎ倒す。それはまるで舞のように、そこから繰り出された業火の斬撃は星の数ほどの星屑達を一斉に消滅させた。
『タウラス!』
『タウラス・ゾディアック!』
志騎はゾディアックのアイコンの内の一つをタップしてベルトにかざすと、いくつもの牡牛座の紋章が志騎の体の周囲に展開、次の瞬間紋章が志騎の体と一体化し、勇者装束の色が緑色に、右手に志騎の身の丈を超える戦斧が現れる。
タウラス・ゾディアック。その特徴はゾディアックフォーム随一の腕力と防御力。素早さは最低だが、その分一撃の攻撃力と防御に長けたフォームだ。
志騎は手にした戦斧で数体の星屑を一気に薙ぎ払うと、スマートフォンを手にしてドライバーにかざす。
『タウラス! ゾディアックストライク!』
音声の直後、戦斧の刃に緑色の光が宿り、志騎が戦斧を振るうと刃からエネルギー状の刃がいくつも放たれる。刃は不規則な動きで動き回ると星屑達を次々と殲滅し、最後に志騎の戦斧の刃に再び収束する。そしてとどめと言わんばかりに志騎が霊力を宿った戦斧を豪快に縦に振るうと、目の前にいた星屑達が爆発しながら一気に消滅した。
「さすが志騎!」
すると志騎の横に星屑達と交戦していた銀が降り立ってくる。二人は背中合わせに星屑を睨みながら、
「だけど、やっぱり数が多いな。これじゃあ須美を捜す以前の問題だ」
「お前のサジタリウスでどうにかならない?」
「焼け石に水だ。やっぱり、あのブラックホールに向かうのが手っ取り早いけど……」
志騎がブラックホールを見上げながら呟いた、次の瞬間。
上空から紫色の神々しい光が放たれ、それを見た二人の目が同時に見開かれる。
「おい、あれってまさか……!」
「うん、満開の光だ!」
あの光は二人共二年前の戦いで嫌というほど見た。今更見間違える事は無い。
二人が見ている前で、光が花びらと共に弾ける。その中心にいたのは、長大な槍をオールのように動かしている巨大な船に乗った園子だった。
「あんた、いきなり満開しちゃって! 精霊の加護が無くなっちゃうのよ!?」
叫ぶ風の元に友奈と夏凜、銀とブレイブフォームに戻った志騎が駆け付ける。しかし当の園子からは、いつも通りやんわりとした声が返ってきた。
「昔はバリア無かったし、問題ないよ~!」
「いや、確かにアタシ達の時は無かったけどさー!」
「そういう問題じゃないでしょー!」
銀と風が言うが、正直今はそんな事を言っている場合ではない。もたもたしていたらまた星屑達が来てしまう。それは園子の方もう分かっているらしく、眼下の六人に再び言った。
「さぁ、これがわっしー行きの船だよ~! 乗って乗って!」
するとやれやれと言いたそうに風が苦笑を浮かべて、
「ったく、しょうがないわね!」
「じゃあ、お邪魔します!」
七人はその場から跳躍すると、園子の船に乗る。園子の船を見て、樹が目を輝かせた。
「カッコいいお船ですー!」
「なんか東郷やあんた達、ずっこくない?」
「私のが一番カッコいいわよ!」
「いやいや、カッコよさならアタシのだって負けてないぞ?」
「そのちゃん、すっごいね!」
「えへへ、ありがとうゆーゆ」
「……あの、みんな。ブラックホールに突っ込むんだから、そろそろ緊張感持って……」
「馬鹿共が……」
この状況になってもやや緊張感に欠ける会話をする六人を志騎が軽く顔を引きつらせながら注意し、刑部姫が口の中で苛立ち交じりに呟く。こんな時でもこのような会話ができるこの少女達はもしかしたら大物かもしれないと、志騎は心の中で思った。
「じゃあ、このまま行くよー!」
園子の言葉を合図にするかのように、ついに船がブラックホールへと向けて突進した。
すると船をブラックホールの周囲に広がる熱波が襲い、七人は襲い来ると熱と風にさらされながらもどうにか耐える。そして熱波により少し速度を落としながらも、船はどうにかブラックホールの近くまで浮上する。が、そこで熱波の凄まじさは変わらず、七人は船にしがみついて襲い来る強風をどうにかこらえていた。
「みんな、乗り物酔い大丈夫!?」
「酔いって言うか……! 普通にヤバいよこれ……!」
「なんかこうしてると、二年前のバーテックスとの戦いを思い出すな、園子、志騎!」
「お前実は結構余裕だろ!? おい刑部姫、飛ばされないよな!?」
「ぐぐぐ……何とか……!」
志騎の勇者装束に必死にしがみつきながら、刑部姫が苦し気に返す。
「中で、何が起こってるだろう~!」
「ブラックホールはとんでもない重力の塊だ! 外がその影響でこれなら、少なくとも中もまったくの安全地帯というわけじゃないだろうよ!」
「そんな……東郷さん……!」
一刻も早くブラックホールに行かなければならないが、これでは身動きを取る事すらできない。志騎は奥歯を噛み締めながら、どうにかスマートフォンを出現させると画面をタップする。
「これなら、どうだ!」
『アインソフオウル・アインソフ・アイン!』
画面に表示されたアイコンをタップすると男性音声が発せられ、リンドウを模した紋様と志騎の背後にセフィロトの樹を模した図形が出現する。左手で必死に船体を掴みながら右手に持ったスマートフォンをドライバーにかざす。
『ユニゾンセフィロティック!』
『Evolution to Infinity! Sephirothic Form!』
『It's over the ultimate』
その瞬間、十二のセフィラとリンドウの紋章が志騎と一体化し、志騎はセフィロティックフォームへと姿を変える。さらに右手を掲げると、船を襲っていた風が急激に止んだ。
「え、あれ……?」
「風が……止んだ?」
急に落ち着いた船の上で六人がきょとんとしながら立ち上がると、ふぅと息をついた志騎が言った。
「俺の空間操作の能力で船を覆った。これで風の影響を受ける事も無い。さっさとブラックホールに行くぞ」
「さっすが志騎! 頼りになるわねー!」
パンパンと風が嬉しそうに志騎の肩を叩く。が、安心していられる時間は非常に短かった。
「……っ!!」
突然志騎が目を見開き、周囲を見渡しながら叫んだ。
「バーテックス! 数は六体!! 来るぞ!!」
直後、志騎が言った通り六体のバーテックスが熱波を突破して船を取り囲むように出現した。
「あいつらまさか、ここを守ってるの!?」
バーテックスが出現した際の陣形を見た夏凜が驚愕交じりに叫ぶ。
バーテックスは、サジタリウス、ヴァルゴ、スコーピオン、タウラス、ピスケス、カプリコーン。厄介な能力を持ったバーテックスが勢揃いしていた。ただでさえ一刻を争う状況だというのに、これでは戦って生き残るだけでも危うい状況になってしまう。
「刑部姫、お前から見た戦力比は?」
志騎が尋ねると、神世紀最高の天才はすぐさま戦力差を見抜き告げた。
「キツイな。セフィロティックフォームのお前はいるが、乃木園子は満開済み、他の五人は一度しか満開できない。それでもなんとかこちらが勝つだろうが、きっとその隙に他のバーテックスが来る。それを考えたら、真正面でやり合うのは得策じゃない」
「それじゃあ、どうしたら……!」
刑部姫の話に樹が困惑した声を出すと、船の先頭に友奈がしゃがみ込みながら告げた。
「私が東郷さんの所へ行くよ!」
「友奈!」
自分から危険へ飛び込もうとする友奈に風が声を張り上げると、彼女から返ってきたのは心配しないでと言うような、力強い笑顔だった。
「絶対に一緒に戻ってくるから……」
「ゆーゆ……」
「ちょっと、大丈夫なの?」
夏凜から変わらず不安そうな声が漏れるが、一方風の方は大剣を肩に乗せながら言った。
「もう、ちゃんと帰ってきなさいよ友奈! 部長命令!」
「邪魔してくるのは私達で叩いちゃいますから!」
すると不安そうだった夏凜も、両手に刀を出現させながら、
「あんなもんの中じゃ何が起きても不思議じゃないわ。気合よ!」
「うん!」
「ゆーゆ」
夏凜に力強く答えた友奈に、今度は園子が声をかけた。彼女は友奈の顔をまっすぐ見て、
「わっしーの事、お願い!」
さらに、銀と志騎も友奈に声をかける。
「アタシからも頼む。須美を、絶対に助けてあげてくれ! その代わり、お前がいない間みんなはアタシが護るから!」
「こっちは俺達に任せろ。だから、須美を頼む」
東郷の……鷲尾須美の親友である園子と銀と志騎の願いに、友奈は頷いて答えた。
「任せて、園ちゃん、銀ちゃん、志騎君!」
作戦は決まった。そうなれば後は、実行あるのみだ。
「よーし! それじゃあ、一気に行くよー!」
園子が叫ぶと、七人が乗る船が膨大な霊力を身に纏い、光を帯びる。
光はまるでカラスのような形状になると、両翼を力強く羽ばたかせてブラックホールへと向かう。すると船を追うように、スコーピオン・バーテックスが接近してくる。
「ゆーゆの邪魔は……!」
「俺がやる! お前は船に集中しろ!」
志騎は叫ぶと、右手に専用武器『セフィロティックセイバー』を顕現させる。セフィロティックセイバーに刻まれた紋章にある円の一つが四色に光り輝くと、志騎が剣を振るう。距離を無視した斬撃がスコーピオンの体に直撃し、切り裂かれたスコーピオンは落下していった。
「友奈! 今だ!」
「うん! 行ってきます!」
志騎からの言葉に友奈は船の先頭から跳躍すると、ブラックホールの中へと落ちて行った。
「友奈、大丈夫かしら……」
「ブラックホールの中には強力な重力が集まっている。普通の人間なら死ぬだろうが、今のあいつには精霊バリアがある。それがある限り死ぬ事は無いだろうが、それもゲージがある間だ。ゲージが尽きる前にあいつが東郷美森の所に辿り着けるかが鍵になるだろう」
「じゃあ、アタシ達の役目は……!」
「邪魔をするバーテックスを倒す、だね!」
銀と園子が叫んだ瞬間、見計らったように五体のバーテックスが船の周りに出現する。すると、サジタリウスが無数の矢を船に発射した。
「無駄だ」
しかし無数の矢は船に突き刺さる寸前に速度を落とし、やがて完全に停止した。
「樹、夏凜!!」
「うん!」
「任せなさい!!」
風が合図をすると夏凜が両手に刀を持ち、サジタリウスを睨みつける。風が大剣を巨大化して停止した矢を全て薙ぎ払い、お返しと言わんばかりに夏凜が刀をサジタリウスに投げつける。刀がサジタリウスに突き刺さり動きを止めた直後、樹のワイヤーがサジタリウスの巨体に巻き付く。
「志騎さん!」
「ああ!」
志騎が返事をした直後、彼のセフィロティックセイバーに雷撃が宿り、剣をサジタリウス目掛けて振るうと雷撃がサジタリウスに放たれる。雷撃は見事に直撃し、サジタリウスは御霊ごと消滅した。
「まず一体!」
「よし、この調子でガンガン行くぞ!!」
銀が歓声を上げた直後、再び他のバーテックス達が周囲を囲み始める。
しかし、今の六人に退くつもりも負けるつもりもない。迫りくるバーテックス達を目の前にして、勇者達はそれぞれの武器を手にしてバーテックス達との戦いを再開した。
一方その頃、ブラックホールに突入した友奈は。
「わぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
高速で思いっきり吹き飛ばされていた。
精霊バリアのゲージを全て消費しながらもどうにかブラックホールの中に辿り着いた友奈を待ち受けていたのは、白い魂のような気体が後ろに吹き飛んでいく世界だった。友奈も他の気体と同様に吹き飛ばされそうになるが、急に体中から力が抜けていき瞼を閉じる。
するとその体から霊体が離れ、霊体のみとなった友奈はゆっくりと遠ざかりつつある肉体を振り返る。
「ゆ、幽体離脱!?」
よく見ると自分のへそから桜色の糸のようなものが自分の肉体と繋がっているのが見える。しかし友奈に、今の状況をじっくりと観察していられる時間など無かった。
背後から炎が次々と放たれ、友奈の肉体と霊体を襲ったからだ。
「きゃあっ!」
肉体の方に影響はないみたいだが、霊体の方はそうでもなかった。霊体のあちこちの部分が炎を食らうと、その部分が焼きただれていき霊体のみとなった友奈に文字通り焼ける様な痛みを与えてくる。
「うううう、あああああああああああっ!」
あまりの痛みに声を上げながら、徐々に離れていく自分の肉体に目を向ける。
「これって、もし私が砕けたら体の方はずっとこのまま……!?」
いや、それならばまだ良い。
下手をしたらさっきのブラックホールの重力が支配する場所まで戻され、道中自分を追いかけてきたバーテックスのように圧縮される可能性もある。バーテックスの末路を思い出して、肉体が無いにも関わらず友奈は思わず寒気を覚えた。
と、友奈の周りに何やら液体のようなものが降ってきた。ふと液体の中を見ると、そこには自分の大切な親友である東郷美森の顔が写っていた。
「東郷さん!?」
もちろん声をかけても液体の中の彼女が友奈に答える事は無い。しかしようやく見る事ができた親友の顔に友奈は思わず液体にそっと手を触れる。
その瞬間。
友奈の脳に、東郷美森という少女の記憶が流れ込んできた。
『――――そのっちと銀と志騎君が私達の中学に来てからしばらくして、大赦にとって予測してない事態が起こっていた』
それは、紛れもなく自分の親友の声。もう何年も聞いていなかったような親友の声に、友奈は霊体にも関わらず思わず涙を流しそうになる。
しかし、さらに自分の頭に流れ込んでくる親友の声は、友奈に更なる驚愕を与えてきた。
『私が結界の一部を壊してしまった事で、外の火の手が活性化してしまっているのだ。このままでは、外の炎が世界を呑み込む。大赦が進めていた反抗計画を凍結し、現状を打破する必要があった』
そこまで来たところで、液体が砕け散ってしまった。今の光景を思い出しながら、友奈は呟く。
「今見えたのは、東郷さんの記憶……。東郷さん、やっぱり中にいるんだね! 他には……!」
他の液体にも触れれば、再び東郷の記憶を見る事ができるかもしれない。そう考えた友奈はさらに別の液体を見つけると手を触れる。するとやはり、東郷の記憶が彼女自身の声となって友奈の頭に響き渡ってきた。
『火の勢いを弱めるには、『奉火祭』しかない。それは、神の声が聞ける巫女を外の炎に捧げ、天の神に許しを請う……。昔、西暦の終わりにも行われた、生贄の儀式である、と……。今、大赦でお役目を果たしている巫女達数人が、生贄のお役目に選ばれた。だけど、私でもその代わりができるという。私は、勇者の資格を持ちながらも、巫女の力も持つという、唯一無二の存在だとか』
記憶の中の東郷は、神官に土下座をされて何かを頼まれていた。きっと、奉火祭の生贄になるように懇願されているのだろう。彼女の表情は苦し気だったが、彼女の中で答えはすでに決まっているようだった。
『……悩むまでも無い。結界に穴を空けたのは私だ。私は償わなくてはいけない。友奈ちゃんがみんなが無事なら……私一人なら……』
しかしそうなると、東郷にはある不安が残った。
『私がいなくなれば、きっと友奈ちゃん達が、みんなが私を捜す。そうしないように……神樹様。お願いします……』
つまり今回、東郷美森の記憶が消えた事に大赦は本当に関係が無かったのだ。東郷美森という少女の願いに神樹が反応した結果、友奈達の記憶から彼女の存在が消えた。だからこそ、大赦も刑部姫も東郷美森に関する記憶が消えていた。
そして最後、大赦の大量の神官達によって壁の結界の上を運ばれていく東郷の姿が友奈の脳裏に映る。
東郷は最後に、小さく呟いた。
悲しそうに、不安そうに、それでもはっきりと。
「………友奈ちゃん」
「………っ!」
そこで東郷の記憶が終わり、友奈は右手を前に突き出しながら我に返る。そして次に友奈の顔に浮かんだのは、笑顔だった。
「東郷さんはいつも突っ走るなぁ……。自分をいない事にしちゃうなんて……」
いつも自分一人で抱え込んで、物事を悪く考えすぎて、最後には一人で突っ走ってしまう。しかも今回の場合は自分の存在まで消してしまうのだから、そこまで来るともう別の意味ですごい。勇者部五箇条に『悩んだら相談』とあるのだから、きちんと相談ぐらいはして欲しい。苦笑しながら、友奈はそう思った。そんな友奈に再び無数の炎が迫りくるが、彼女は手の中にわずかに残った水滴をぐっと握りしめ、
「でも、私は約束したもん! 東郷さんを一人にしないって!」
直後、再び友奈を炎が襲う。炎が友奈の体に直撃するたびに焼ける様な痛みが襲い掛かり、顔をしかめる。しかしもう、友奈は怯まない。
「――――だから、なんどでも! 助ける!」
友奈の視界が光に包まれ、意識が一瞬失われる。
次に友奈が目を開くと、そこは見覚えのある光景だった。
「ここ……前に……」
そこは以前友奈がバーテックスの御霊に触れた際にいた、生物がまったくいない無の世界だった。横を見ると自分の肉体が漂っており、肉体と霊体のへその部分が変わらずに糸のようなもので繋がれている。どうやら、肉体を失う事にはならなかったようだ。
ふと真上を見上げると、友奈の頭に以前ここにいた記憶が蘇る。
仲間の所に帰れず、一人でここを彷徨っていた不安。
自分と親友である東郷のために、自分を助けに現れた志騎。
そして、自分をみんなの所に導いてくれた青いカラス。
当時の記憶を思い出して、友奈は小さく呟く。
「やっぱり……あの時の場所だ」
そして友奈はそこで、自分の真横に以前は無かったはずのものがある事に気づく。
そこにあったのは円形の鏡だった。しかし一般的なものとは違い、人がすっぽりと入ってしまいそうなほどに大きく鏡面がひび割れたようになっている。そして鏡には人が両手を横に伸ばし、半身が鏡に埋められているような状態で入っていた。
その人物――――黒い長髪をした少女の姿を見て、友奈は思わず叫んだ。
「東郷さん!?」
それは間違いなく、友奈達が必死に捜していた東郷だった。しかし友奈の呼びかけにも、東郷はピクリとも動かない。さらに友奈が鏡の上に視線を変えて、思わず息を呑む。
そこには友奈と同じように霊体の姿の東郷が、両腕を横にして磔にされているような姿勢で全身を炎に焼かれていた。彼女の双眸は固く閉じられ、意識があるのかすらも分からない。
「これ……なに……?」
刑部姫なら何か分かるかもしれないが、自分には何が起こっているのかさっぱり分からない。
だが、今やるべきは東郷を助け出す事だ。友奈はゆっくりと浮遊すると、鏡の中の東郷を助けようとする。
「東郷さん!」
ようやく東郷の近くまで来て、友奈は東郷の今の状態に悲痛な声を出す。
「ひどい……!」
鏡の東郷はまるで業火に焼かれている霊体の状態を反映するように、全身が黒く焦げているような状態になっていた。呼吸をしているのかすら分からず、もしかして死んでいるんじゃないかという不吉な予感が友奈の胸によぎる。
「東郷さん!」
再び友奈が東郷の名前を叫ぶが、それでも彼女は目を覚まさなかった。上を見ると、変わらず東郷の霊体が炎に焼かれ続けている。友奈は自分の掌を見てから、ぐっと表情を引き締める。
「今、助けるね!」
どのような状態かは分からないが、東郷の体を鏡から取り出す事ができれば彼女を助けられるかもしれない。友奈が東郷の体に触れようとして指先が鏡に触れると、なんとそのまま指が鏡に吸い込まれた。
「っ!」
一瞬驚いて友奈は自分の指を見つめるが、幸いと言うべきか指に異常は見られない。友奈は覚悟を決めると、鏡の中に両手を入れて東郷の体を掴む。そのまま東郷の体を引っ張り出そうとするが、中々鏡の中から体が抜けない。
――――この時友奈は気付かなかったが、東郷の胸元の部分には奇怪な紋章があった。黒い太陽のような形をした、不気味な紋章。その紋章が消えていき、代わりに友奈の胸元に同じ紋章が徐々に現れると共に彼女の全身を炎に焼かれるような激痛が襲う。
激痛に襲われる中、友奈は直感する。この紋章は、人に不吉なものをもたらすものだ。東郷の体を離さなければ、自分はただでは済まない。
しかし友奈は東郷の体を離さない。必死に奥歯を噛み締めて激痛に耐え、東郷の体を掴む手にさらに力を入れる。
「構わない! 東郷さんを離して!!」
友奈の胸元の紋章の形がますますはっきりしていくと共に、東郷の体が鏡から引きはがされていく。
「ああああああああああああああああああああああっ!! 帰ろう、東郷さん!!」
そして、ついに。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
紋章がついに完全に現れ、激痛に耐えながら友奈が最後に力を振り絞ると東郷の体が鏡から完全に分離した。
「やった……これで……!」
腕の中の東郷を見て友奈が安堵するが、その時間は短かった。
胸元の紋章から得体の知れない火傷が友奈の全身に広がっていき、彼女の体を襲っていた激痛がますます強くなる。
「あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
ついに火傷が友奈の全身を覆い、あまりの激痛に友奈が悲鳴を上げる。
さらにそれまで東郷が囚われていた鏡に亀裂が走ると、次の瞬間鏡に走った亀裂から光が迸る。その光の光量は凄まじいもので、まともに見たら目が潰れてしまいそうだった。
その頃、ブラックホールの外で友奈達の帰りを待っていた志騎達は、友奈が飛び込んだブラックホールが砕けるところを目の当たりにしていた。
「きゃあああああああああっ!」
「な、何っ!?」
ブラックホールは樹木の形をした結界の真上で砕けると、最後に一際強い光を残して消滅する。
するとブラックホールから先ほどのものと比べるとはるかに小さいが、それでもしっかりと輝く光が舞い降りる。光はゆっくりと降りていくと徐々に輝きを失っていき……消滅した。
「あーあ」
友奈と東郷が去った無の世界で、白い髪の毛に赤い瞳の少女が残念そうな声を上げていた。
「東郷美森と結城友奈は帰っちゃったかぁ……。ちぇー、がっかり。ここで終わりだと思ってたんだけどなぁ……」
本当に心の底から残念そうに少女は呟きながら、しゅんと少女は項垂れる。
するとその肩が徐々に震えていき、少女が両手で口元を覆う。
自分が目障りに思っていた結城友奈が親友である少女をまんまと連れて四国に帰ってしまった。今回は、自分の完敗。
――――なんてことを、少女が思うはずも無かった。
「………うふふふふ……あははははははははははははっ!!」
今までずっと我慢していた感情が溢れ出し、少女は大声で笑う。
結城友奈はきっと、自分達の力で東郷美森を助け出したと思うだろう。
なんて思い上がり。なんて滑稽。
「滑稽、滑稽、すっごく滑稽!! 必死に友達を助けるのも全部私の予想通り! それで、タタリをもらうのも私の予想通り! すっごいよ、全部ここまで予想通りだと分かってやってるのかなって思っちゃう! 彼女達って、勇者なんかよりも道化の方がずっと似合ってる! あははははははははっ!!」
腹がよじれんばかりに笑ってから、少女は大きく息を吐き出した。
「はー、笑った笑った。こんなに笑うのはいつぶりかなぁ。ここ三百年間、全然笑える事なんて無かったからなぁ……。……三百年前より前は、不愉快な事しか起こらなかったし」
すると、少女の顔が笑みから深い闇を感じさせる表情に変わる。
見るだけで背筋に寒気が走る、氷のような……いや、そんな表現すら生ぬるい表情。一体どうして少女がそのような表情をするのか、答えられる者は少女以外にはいないだろう。
それから少女は再び口元に笑みを浮かべると、楽し気に呟く。
「さて、結城友奈の方はこれで良いとして……。あとは天海志騎だね。今回彼はこっちには来なかったけど……。私の天使越しに彼が壁の外に来てる事は分かったし、今は良いや。……もう、きっかけはできたしね」
そして少女は笑いながら鼻歌交じりに宙を踊る。
結城友奈と天海志騎の避ける事の出来ない終末を、思い浮かべながら。
「ふーふんふーふんふーふーふん」
「………っ」
東郷美森が目を覚ますと、まず目に飛び込んできたのは病院の病室だった。
そして次に、勇者部の部員達と、自分達の大切な親友の明るい笑顔。
「やった!目が覚めた!」
目を開けた東郷を見て友奈が明るい声を出す。
「東郷さん!」
「わっしー!」
「須美!」
友奈に続き、園子と銀も彼女に声をかける。目覚めたばかりでまだ頭が回らないものの、どうにか口を開いて今の状況を尋ねようとする。
「ここ……」
しかし東郷が尋ね終わるよりも早く、風が状況を説明してくれた。
「あんた数日寝てたのよ」
「助けて……くれたの?」
口ではそう尋ねるが、きっとそうだろうと東郷は思った。そうでなければ、自分が今ここにいるはずがない。
「うん!」
「でも……でもこのままじゃ、世界が火に……」
しかしそれに風は苦笑しながら、
「事情は聞いたわよ。火の勢いはもう安定したから、生贄はもう必要ないってさ」
「まさか、代わりの人が……」
「違うわ。東郷、普通なら死んでるぐらいの生命力をごっそり奪われてたんだって! それできっとお役目は果たせたのよ。でもタフだからまだ生きていた。で、私達が間に合った。そんな感じみたい」
「いっぱい体を鍛えてて良かったね~!
「どこも異常なしだそうです!」
「さすが須美! もう鷲じゃなくて不死鳥だな!」
「だとすると、わっしーじゃなくてふっしーだね~!」
「うん、二人共もうわけが分からなくなるからその辺にしろ」
「「えへへ」」
と、銀と園子と志騎がいつも通りのやり取りに突入しかけると、恐る恐るとといった感じで東郷が尋ねる。
「本当に私、助かったの?」
「そうよ、セーフ!」
「お勤めご苦労様! まぁもうしばらくは病院でしょうけど」
「これで改めて、勇者部全員集合だぜ~!」
「そうだ! 退院したら、須美のお帰りなさいパーティしようよ! 志騎、ケーキ作って! めちゃくちゃ豪華な奴!」
「おう、分かった。材料代に一人四千円出せよ」
「お金取るの!?」
「しかも何気に高いな!」
七人がわちゃわちゃし始め、弛緩した雰囲気が漂い始める。
しかしその勇者部独特の雰囲気が涙が出るほど懐かしくて、東郷は改めて自分が帰ったきたのだと実感した。
「みんな……」
「……東郷さん、ごめんね」
え? と東郷が思わず友奈の顔を見ると、彼女は唇をきゅっと噛み締めて、
「東郷さんの事、絶対に忘れないって約束してたのに、何日か忘れちゃってて……」
「……うん。私の方こそごめんね。そんなに心配して……」
自分が望んだ事とは言え、友奈にそんな表情をさせるつもりなど毛頭なかった。なのに友奈や他のみんなに心から心配させてしまった。それが申し訳なくて、東郷も友奈に謝る。
「仕方ないよ! たぶん私でも同じようにしてたよ」
「次からは、きちんと全部話しなさいね」
「……はい」
「まぁ、お互いさまという事で良いんじゃない? 私達も忘れてたし」
「そうだなぁ……。志騎の事もあったから、誰も絶対に忘れないって思ってたのに、情けないよなぁ……」
はぁ……と銀が深いため息をつくと、すかさず東郷がフォローする。
「そんな事は無いわ、銀。私が願った事だもの。あなたが気にする必要なんてまったくないの」
「須美……」
「それに、たとえ忘れていても、みんな思い出してくれた……。夢じゃないのね……」
「そりゃあそうだよ、須美! だってアタシ達の絆は、世界の理すらもぶっ飛ばすんだから!! ……だから、さ」
銀は東郷の頭に両手をやると、こつんと優しく互いの額と額を合わせた。銀の表情は変わらず笑っていたが、顔には少し悲しみの感情が入り混じっている。
「……もう、さ。あんまり一人で抱え込むなよ。アタシ頭そんなに良くないけど、対策とかも一緒に考えるからさ。だからきちんと話してくれよ。アタシ達、親友だろ?」
そう言って、二ッと銀は明るくも優しい笑みを浮かべた。親友の笑みと言葉に、東郷も自然と自分の口元がほころぶのを感じる。
「……そうね、銀。……みんな、ごめんなさい。私、また同じ過ちを繰り返す所だった。私のそばにはみんながいてくれたのに、また何も言わないで私一人で背負い込む所だった。……本当に、ごめんなさい」
そう言って東郷は深々と頭を下げると、やがてゆっくりと頭を上げて静かに微笑んだ。
「……そして、ありがとう。こんな私の事を思い出してくれて、私の事を心配して助けに来てくれて。勇者部の皆が……友奈ちゃんがいてくれて、本当に良かった」
すると友奈は照れくさそうに笑って、
「それは私も同じだよ、東郷さん! 私も東郷さんが友達で本当に良かったって思うから!」
「友奈ちゃん……。ありがとう……」
友奈の言葉に再び東郷が涙ぐむと、園子が彼女の頭を優しく撫でた。
「わっしー、よーしよーし」
「アタシも! よーしよーし!」
と、園子に続き銀も東郷の頭を優しく撫でてやる。
「一件落着、ね」
「はい」
すると、東郷の顔を覗き込んでいた友奈が勢いよく立ち上がって力強く叫んだ。
「よーし! これで本当に全員揃ってクリスマス! そして大晦日にお正月だー!」
「遊ぶ事ばっかじゃん!」
「良いんじゃないですか? 久しぶりに戦いましたし、それぐらいは良いと思いますよ」
「そうそう! クリスマスも正月もみんなで遊びましょうよ!」
「ミノさんはその前に、あまみんとデートだよね~」
「う! そ、そうだな……。着るもの早く選ばないと……!」
笑い合う友達を見つめて、東郷が静かに微笑んだ。
「そうだ。俺ちょっとのど乾いたから、飲み物買ってくるよ。何か飲みたいって人いる?」
「ハイハイ! アタシ、サイダーと肉まん!」
「あたし紅茶とガム!」
「調子に乗るなよあんたら」
勢いよく手を上げる銀と風にツッコミを入れてから、志騎は病室を出た。リクエストは今の所銀のサイダーと風の紅茶だけなので、自動販売機に言っても一人で難なく持ってこられるだろう。閉めた扉の向こうから再び少女達の笑い声が聞こえてきて、志騎はくすっと笑った。
そして院内の自動販売機へと向かって歩きながら、志騎は右手で口を覆った後けほっと軽い咳をする。それから右手を口から離して、掌を見る。
べっとりと鮮血が付いた、掌を。
「………」
志騎は目を細めると、自動販売機による前にトイレに向かって手を洗う事にした。これでは自動販売機や買った飲み物に血がついてしまう。
そう考え、志騎は自動販売機からトイレへと行く方向を変えて、歩き出した。
その日の夜、友奈は一人自宅の風呂場でシャワーを浴びていた。シャワーで体を温めてから、曇ったガラスを手で拭って自分の体を見る。
すると友奈の胸元に、不気味な紋章があるのが目に入った。
黒い太陽を模した、見るだけで不吉な予感を抱かせる、禍々しい紋章が。
東郷美森を奪還し、友奈達はようやく元の日常に戻る事ができたと思っていた。
彼女達は知らない。勇者部が東郷美森を取り戻した事すら、神の計画の上だった事を。
彼女達は知らない。東郷美森の奪還と引き換えに、大切な友達が負った代償を。
彼女達は知らない。
誰かを救うという事は、誰かを救わないという事である事を。